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主力選手の移籍について。

出会いと別れは常に訪れる。人付き合いの下手くそな僕にとっても、この時期から3月の年度末にかけての様々な人間関係は実に感慨深い。歳を取れば取るほどその思いが大きくなってきて、だから人間という不思議な生き物を僕は愛してしまうのだなと感じている。

遂にというか、以前より噂されていた山口蛍選手が神戸へ、山村和也選手の川崎、そして杉本健勇選手の浦和への移籍が発表された。当然のことながら、強くなればなるほどこのような移籍話は多くなってくる。これは運命というよりも宿命という言葉が似合う。

以前からこのような話は多く存在しそのたびに一喜一憂する。しかしながらこれまでの大半は降格もしくは海外という形が多かったが、今回のように国内のクラブに主力として移籍するケースは稀だった。それは愛すべきクラブにセレッソ大阪がなった証明でもある。

個人的な意見ではあるが、僕は選手が移籍していくことに際し特に思うところは何も無い。その彼がセレッソ大阪の選手ではなくなり他のクラブの選手になる。ただそれだけだと思っている。よく「冷たい」と言われることが多いが、それは隠せない感情でもある。

僕はセレッソ大阪というサッカークラブを愛している。そのクラブに所属する選手を愛している。そのクラブを愛してくれた選手を愛している。今でもそのクラブを愛している選手を、僕は愛す。僕の愛の対象はそれ以上でもそれ以下でもない。それはそれでいい。

だから僕は彼らを愛する。悩みに悩んで決めた彼らの決断を愛する。そうやって僕らは四半世紀このクラブと共に生きてきた。思いは自分勝手に進むのではなく、強い意思を持ち、前へと向かい続ける。これからも僕はセレッソ大阪というクラブを愛し続けるだろう。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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