花粉症との戦いのなか、なんとか一ヶ月以内にはと思っていた書き起こし「 CEREBAKA EPISODE3 」が完了し、公開にこぎつけることができた先週末。多くの方の共感をいただいたことで、実現できて本当に良かったな、とつくづく感じる。 改めての「育成のセレッソ」と銘打って始まった2021年。思うところも多々ありながら、二人の会話をテキストにしていて感じたのは、クラブを生かすも殺すもサポーターの存在なのだなということだった。それを再認識できた喜びが今、ある。 人を育てるという行為はとても難しい。機械にプログラムを追加して、思い通りに動かすというわけにはいかない。教わる側も教える側も、そこには「心」というものがあるから。歳を取り、暇ができ、時間ができたからこそ、大事な要素だ。 開幕戦の柏レイソル戦は、結果こそ満足いく終わりかただった。しかしながら要所要所においてこの先のゲームで良い面と悪い面に出るだろうなと思える、いくつかのシーンも見てとれた。相手が10人になったことで、良い訓練にはなっていた。 もちろん勝利は一番のモチベーションにもなりえるし、特に若いセッターバックの二人の落ち着きは目を見張るものがあった。CEREBAKAで話してきた、サポーター側から見る育成の姿を意識していくことは、監督が誰であろうと同じでもある。 目の前の一瞬も大事。しかしながら一瞬の出来事だけに目を奪われることなく、僕らは次のステージへと向かう必要はある。僕も、もっともっとセレッソ馬鹿な方々と語り合って、そして、多くのセレッソファンに伝えないといけないのだろう。 そしてセレッソ大阪としてクラブの在りかたを認めさせるには、大久保嘉人選手の200という数字をなんとか成し遂げること。 YOSHI METERを前人未到の域にたどり着かせる、 そのためには多分僕らの役目も重大かもしれない。未来のために。 十代のヨシト、二十代のヨシトそして三十代のヨシトを知る人が先頭に立って、という必要性を改めて知った。たかだか15年、いや加入から言えば20年という距離は、1ゴールによって「ほんの一瞬」に変わったはず。さて、ここからである。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP
dobroサッカーショップ蹴球堂オーナーの憂鬱。この狭い世の中を適当に歩きながら、セレッソファン、サポーターに勇気を届けたいと思います。どうぞよろしくお願いします。