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11月, 2019の投稿を表示しています

カオスから得るもの。

インドア派で知られる僕の数少ない趣味である読書と映画。B型の本能というか何というか本が中々進まず、買うには買うが手を付けられないという所謂”積読(つんどく)本”が家の中を散乱している。そんな生活が何年も続いているのは、僕の性格を知る方にとっては当たり前のこと。

歳を重ねて雑誌を買うのはほぼ無くなった。若い頃はサッカー雑誌がそこら辺に散らばっているまさにカオスな状況を醸し出していたが、カオスな状況をなかば美徳のように捉えてしまう一面も隠し持っており、それ相応のモチベーションが非常に高かったことを思い出してしまう。

当時はインターネットメディアがそれほど発達しておらず、サッカー情報も思うように手に入らなかったが、今では簡単に目の中に入るようになった。とはいえその弊害も多く、見たくない情報や言葉の行き違いも多く(まあこちらは今も昔も変わらないが)なったような気がする。

昨日のベネズエラ戦は仕事の関係で後半から見ることとなった。結果自体は皆さんの御存知の通りなのだが、問題点が一体どこにあるのか、監督なのか選手なのか。また、あの場面で応援すべきなのか否かなどの多くの言葉が、様々なネットニュース内でまさにカオスになっていた。

僕はそれほどこの状況を嫌いでもないし、単純な批判以外ならどちらの意見も正しいと思ったりもする。僕はそれ以上に、なんでこの試合にセレッソ大阪の選手が選ばれていないのだろうか、選ばれていたらどうなっただろうか、というちょっと的外れな妄想に掻き立てられている。

この試合から見ても海外組への比重を含めて今後の選手構成に大きく影響が出るのだろうと感じると同時に、更に多くの選手チャンスが訪れる気がする。うちの選手たちはどうだろう。その資格はあるだろうか。昨日のカオスは僕自身にも大きなモチベーションとなっているようだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※先日の長野で六文銭を見て素直に感動した。
※モチベーションが結構上がったのを思い出している。

熱さ。

先週の木曜日金曜日の二日間、TechCrunch Tokyo 2019というスタートアップイベントに行ってきた。毎年多くのベンチャー企業や投資家の皆さんのお話を聴くためにこの有料のイベントに参加しているのだが、非常に勉強・参考になると同時に気持ちの昂ぶりをもらっている気がする。
勿論、僕のベースはITではあるが、ヘルスケア、フィンテック、バイオテクノロジーという畑違いの分野についてのプレゼンテーションからも非常に学べる。それ以上にガートナーが語る「世界中の全ての企業がIT企業になっていく」という言葉の意味を、強く噛みしめる瞬間でもある。
そんな中で、今回のスタートアップバトルを見させていただいたが、キーワードとして多く出てきたのがAI、人工知能、ディープラーニング。じゃあ僕らはもっと人間臭いところで攻めてやろうか、なんてことを話しながら、イベント後の報告会で熱いしゃぶしゃぶを食したのだった。
当然ながら、理想論の塊になってしまっているようなものも無くはないが、それだけ熱い想いがある、ということかもしれない。このイベントから感じる途轍もない熱量。この熱さが業界を揺るがし、大企業を驚かせ、そして世界を変える大きな可能性を秘めていると僕は思っている。
今、自分の身近な方だけに向けて「超拡散ブレスト」というミーティングの機会を提供している。ただ単に僕が培ってきた経験を元に抱えている課題などについて思いっ切り拡散しながら話してみようという企画だが、いくつかの申込みを頂いており、本当にありがたいと感じるのだ。
熱さだけでも駄目かもしれない。しかしながらこの熱さから生まれるものが必ずあるはずだ。そしてそんな熱いベンチャー企業を応援することも続けていきたいと考えている。レゴ®シリアスプレイ®ワークショップも申し込みを頂いた。もう少しだけ熱く生きていくことができそうだ。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

未来を見据えないわけにはいかない。

日本全国を訪れる際に必ずと言っていいほど幕末明治の史跡を見て廻る。今、百田尚樹氏の「日本国紀」を読んで(聴いて)いるのだが、この時代の混沌さに対しての日本人の持つ素晴らしい気持ちの強さを感じる。150年経った今の僕らはどうだろうかといつも自問自答してしまう。

なでしこリーグ一部昇格を懸けたAC長野パルセイロ・レディースとの大事な試合。ホーム初戦を0-0として迎えたアウェイ長野Uスタジアムでのプレーオフ第二戦は、1-1のドローであったがアウェイゴール差でセレッソ大阪堺レディースが勝ち、ようやく来季はトップカテゴリーで戦える。

こんなことを書くと誤解を生みそうだが百濃実結香選手に惚れてしまった(もちろんプレーにだが)。後半開始(ちなみに事故渋滞で前半の途中からしか見ていない)から出場した百濃選手が相手の左サイドに圧力をかけにかけ続けた結果のゴールを見て素直にLOVEとなったのだった。

90分+アディショナルタイム(リスペクトを極端に欠く最後の一分間は非常に無駄でもあり苛立たしくもあった)を走り切った両クラブの選手たちも素晴らしいが、この試合を戦うために集まった多くのゴール裏サポーターも、勝利という称賛に値する存在なのだろうと思ってしまった。

どのスタジアムでもどんな状況であってもこんなに沢山のファンやサポーターが集まるクラブに、25年かけて成長した。昨日の試合の後、コールリーダーの某氏ともそんな話をしながら染み染みしてしまったが、それだけ長い期間、このクラブを見続けてきたという歴史なのだと感じる。

もうこれから先のセレッソ大阪サポーターは”アウェイ席に二人しかいない”なんていう状況も二度と起こり得ないのだろう。先日の大旗引退を宣言したアミーゴの言葉からも分かる通り、今を生きながら未来を見据えていく歴史とは、いつの時代も常にアップデートされていくものだ。

試合終了後の気分が乗っている中、なかなか来れる環境でも無かった松代を訪れた。幕末の日本に影響を与えたひとりでもある佐久間象山先生ゆかりの地をいくつか廻らせていただいた。時代の先を見過ぎるのも危険だが、未来を見据えないわけにはいかない。僕らの時間は実に短い。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

一路、長野へ。

今、長野へ向かう長距離バスの中でこれを書いている。それほど車系の乗り物に強くない(乗用車に乗るとすぐに祈りに入ってしまうタイプ)ので少々酔いそうになってしまうのを抑えつつ、とにかく手を動かす。若干の渋滞もあるにはあったが、今は順調に進んでいる気がしている。

それにしても今週は月曜日から昨日まで本当に多くの方々とお会いしてセレッソ、サッカー、映画、事業、レゴ®シリアスプレイ®、旅、もちろんITと様々な刺激をもらえた。知っていることの深堀りと知らなかったアミーゴの内面など含めて、改めて僕は恵まれていることに感謝する。

同時に、まだまだ僕は未熟だなと思ってしまう場面も多々有り、時間的制約や感謝、配慮といったものの足りなさを非常に痛感する。スキルと経験ばかりが上がっていき、人間性の向上が発展途上なのかもしれない。毎日の生活がまさに学ぶ場となっているのがとても有り難いなと思う。

人と人のつながりは本当に深い。特にセレッソ大阪に関わる方々との関係性はどこまででも続いていくような気がしている。だからスタジアムに向かう。いつものように時間が流れる。いつもの顔を見て安心する。柵や影響度合いなどは無意味だ。僕らはそんなものを超越しているのだ。

今日、長野ではセレッソ大阪堺レディースのなでしこリーグ一部昇格をかけた重要な試合が待っている。ここ数年の重要な試合ではほぼ負けていない勝利の男神(この単語、Google日本語でも出ないので存在しないのか)が参戦する。影響力の無さは半端ないが、兎にも角にも勝利を。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

歴史の1ページ。

毎年のように正月一般参賀で皇居を訪れていた身をご存知の多くの方から「パレードはいかがでしたか?」と常套句のように聞かれる。実のところ今年になってからすべての行事に参加できていない(と書くと如何にも関係者っぽく聞こえるが、全くもってそんなことはあり得ない)。

特に先週末についてはいつもの体調になかなか戻ってこれず、どうしたものかという気持ちで過ごしていた。そんな心持ちを切り替えるため、パレード中継が始まるまでに図書館へ行くことに決めた。中野区に引っ越してきてから実に半年以上経ってようやく登録を行なったのだった。

少しこの行事に話を戻すと、体調が良くないときに参加すると一番大変なのがトイレだということを感じる。一般参賀の時でもそうだがかなりの人数でしかも結構な時間を並ぶこととなる。少々些末な話ではあるが最近は回数が多くなり(これは歳のせいか)心もとない状況になる。

身体のせいばかりにしがちではあるが、元来人混みが苦手な人間でもある。できればひとり静かに体育座りをしているそんな場面が好きな性格。僕が図書館を愛する理由はそういうところからも表現されているのだろうと感じる。そう独りごちながらテレビを見るために家路に着く。

東中野図書館の近くに氷川神社があるので立ち寄った。ここには昭和十五年に建てられたと記されている「紀元二千六百年記念」の碑がある。以前住んでいた浅草近辺の神社にも勿論のこと趣があったが、ここ中野区のそれらにも、地場で培ってきた伝統や日本の文化が存在している。

考え方や思いは人それぞれではあるのだろうが僕は日本の歴史の深さを改めて感じた。人間ひとりひとりの歴史はせいぜい100年。でもその繋がりや繰り返し、積み重ねによって僕らが今ここに存在していると思えば、なんだか背中を押してもらっているような気にさえなってくるのだ。

天皇陛下御即位からパレードまでの一連の行事。また訪れるであろう正月一般参賀という歴史を僕は再び感じることができれば幸いだ。そんな思いでTVモニタに映るパレードの様子を見ながら、またもう一枚と歴史の頁を開き始める。あと何ページを僕はめくることができるだろうか。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

複雑性と手。

昨日、今月の諸々の予定を調整していた。なんとか上手く収めようとして逆に混乱してしまうという悪循環に陥る。難しいことをどうにか簡単に進めればいいかなのだが、それができないのも人間の持って生まれた複雑性によるものかもしれない。人はどうにも難しい生き物である。

そんな、どうでもいい内容を考えながら水曜日に行なうイベントのドキュメントを作成しつつセレッソ大阪U-23のゲームを見る。口では上手く言い表せないが、中島元彦選手がトップチームに昇格しなかった理由やベンチにも入れなかった理由が、少しだけ見えたように思えたのだ。

先日見たフィンセント・ファン・ゴッホの絵画展と映画を見たから特に感じるが、人にはそれぞれタイミングというものが存在しており、そのタイミングを逃すと次にまったく同じような状況が来るなんてことはほぼ無い。僕もそれらを多く逃してきたので感覚的に分かってしまう。

どうしてこんな感情を持って人間という生き物は生まれてくるのだろう。それは人間は生身であって機械では無いからだ。 0と1だけに支配される世界と近づいたり距離を置いたりできるところに人間の複雑性が現れるからだ。そんなことを中島選手とファン・ゴッホから感じ取れた。

こんな文章を書いたらまた「こいつは変わった奴だ」認定されるだろう。そう。今月から手書きノートに戻した。書くことの素晴らしさを思い出した。人間の不安定さは手から出るものが一番だ。レゴ®シリアスプレイ®に惹かれるのも無理はない。僕の手は0も1も勿論絵だって書ける。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第31節 湘南ベルマーレ戦。#スーパージンヒョン。

以前から書いているが、どうもヨーロッパから戻ってからというもの、気持ちが前に向かないというか何というか体調が優れない。特に右足の指がとても痛い。持ち前の変な感情と気力だけで保っているところもあるが、やはり病院などに行ったほうが良いのだろうかと考えてしまう。

そんな状況でお世話になっている組織で様々な催しなどを企画している。今週はデンマーク(いやロンドンとも言う)報告会を、そして「超拡散ブレスト」を先週末から開始している。長年同じ組織で培ってきた経験とそれによって得られた自分の能力を生かしていこうと考えている。

本当に申し訳ないのだがキム・ジンヒョン選手のJリーグ通算出場数が361試合となり、森島寛晃社長のクラブ歴代記録に並んだとのニュースを試合後のTwitterで知った。11年という長きに渡って外国人選手(もうそんな意識無い)が同じクラブでプレイするのも素敵なことなのだろう。

ミゲル・アンヘル・ロティーナ監督の就任によって、更に進化の一途を辿るジンヒョン選手。ここから年齢や怪我、様々な課題も増えてくるだろうし、常に変わり続けるサッカーに対応していくことも簡単では無くなってくる。しかしながら何時までも同じクラブで戦い続けたいものだ。

少なくとも三度は存在した”スーパー・ジンヒョン”。今シーズンを象徴するかのようなウノゼロ。31試合戦って失点23は素敵な数字だ。決してゴールキーパーだけの結果ではないが、彼の存在が大きく影響しているのは間違いないはず。新たなレジェンドの誕生を素直に喜びたいと思う。

残り三試合。アウェイ・ホームを関西で行ない最終節は大分。結果がどうなるかは別の次元であり、まずは自分たちのサッカー(この表現もどうだろうか)を貫いて勝ち点9を掴み取る。体調の問題もあるので僕はNJを見ることになるのだろうが、クラブの歴史と未来を共に堪能していく。

余談だがスーパージンヒョンチャント。本当に凄いなと感じる。20年くらい前に”ファンセ”ファン・ソンホンさんに向けて作ったチャイムのリメイク。間違いなくセレッソ大阪しか、いやセレッソ大阪だから見せられる他クラブとの違い。誰にも真似できない。それでいい。自信持っていい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

魂。

サッカー好きはプロレス好きの格闘技好きと相場が決まっていたが最近はどうなのだろうかと思ってしまうことがある。僕の場合はプロレスに寄っているところが多々あるが、タイムラインなど見ていても格闘技を愛する方々も多い。その格闘技のひとつにボクシングが存在している。

父親の影響もあり子供の頃からボクシングはよく見ていた。絶対王者、勇猛果敢なチャレンジャー、なぜ強いのか理解ができない世界王者など数多くの試合に触れてきた。12ラウンド(15ラウンドが懐かしい)というストーリーに沢山の感情が詰まっている。まるで、ドラマのようだ。

WBSS(World Boxing Super Series)のファイナルはかなり凄まじい戦いだった。どちらが勝ってもおかしくないと称される試合は、序盤こそ盛り上がるが尻切れトンボになることも少なくない。そんなものを払拭(誰の?)するかのようにラストまで息が切れない、途轍もない試合だった。

風貌以外を父から譲り受けていないのでスキルだとかなんとかは到底僕には分からないのだが、魂と魂の戦いがどういうものなのかは何となく見定められるような気はする。たとえテレビの中であっても、そんな至極の36分間を味わえたのは本当にありがたいし嬉しいことだと思った。

久々にプロレスや格闘技を見たくなってきた。ここ数年プロレスですら現地観戦できていない身ではあるが、もうそろそろ行こうかという気にさせてくれた今回のWBSSに感謝したい。殴られるのも蹴られるのも嫌(勿論殴るのも蹴るのも)だが、魂の戦いを感じるのはこの上なく好きだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

幸せ者。

成績の良し悪しに関わらず、毎日のようにセレッソ大阪のニュースが流れているだけで体調が良いのだ。勝った負けたは時の運だが、クラブの地力が上がるのは昨日今日で育まれたものではない。人生と同じ。いや、人生とセレッソ大阪は常にシンクロしていると言っても過言ではない。

セレッソ大阪のヤングジェネレーションの活躍が目覚ましい。非常に嬉しいのではあるのだが、目立てば目立つほど多くの熱視線を受けるのが世の常。ビッグクラブが意識してくれるのが心地よいというだけでなく、日本サッカーのレベルが向上していると考えると実に心踊ってしまう。

U-17ワールドカップは明日トーナメント一回戦を迎える。西川潤選手の活躍が楽しみではあるが、そうしても怪我しないようにと願ってしまうのは親心。どこまで勝ち上がっていけるかを考えただけでも興奮が止まらない。朝目覚めたときの歓喜とその先の過酷な戦いがイメージできる。
加えて、”桜なでしこ”セレッソ大阪堺レディースが、一部への昇格をかけたなでしこリーグ入替戦に臨む。何年か前にも埼玉県川越市まで試合を見に行った思い出があるが、今回のアウェイは長野県だ。行けるかどうかまだまだ微妙ではあるが、必ずや一部へと返り咲けると信じている。
年末には高校サッカー選手権が待っている。桐光学園と神戸弘陵学園が出場することを待ち焦がれている。毎回セレッソ大阪に内定している選手を見に行くようにしているが、今年(正月を越えて来年も)もしっかりと目に焼き付けておきたい。あ、そうか。予選があるから見に行くか。
それにしてもJリーグクラブのファンは幸せ者だ。僕らは一年中どんなときでもセレッソ大阪と関わっていくことができる。日程を見ながらニヤニヤしているだけでも楽しい(少しヤバい)。カテゴリー問わずクラブと一緒に歩いていく感覚が、この上なく充実しているのは間違いないな。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

手渡しでもらう温かい光は、次の光を灯していく。

基本的に朝の五時半にはうちのワンコと遊歩道を歩く。その一歩目で秋冬の到来を知る。布団から出るのはそれほど苦では無いのだが、このワンコの体温が思いのほか気持ち良い。まだ耳や手が痛くなるほどの寒さとは言えないものの、ジャージでは肌身に凍みる日も多くなっている。
三連休の最終日。先日来お世話になっているアミーゴからのお誘いで久々の勉強会に行ってみた。書籍タイアップでもあったが、今まで自分自身が学んだり語ったり(ファイナンシャル・プランナーだから!)してきたことの正当性を、改めて認識できたので有意義な学びの場だった。
人生を都合良い方向でしか考えていない生粋のお調子者なだけに、時々しっかりとした方のお話を聴いておかないと、おかしな方向へと転がっていってしまう。軌道修正とまでは言わないが、そんな、節目節目の学びを必要としている自分がいる。それが今回の勉強会のように思えた。
今、レゴ®シリアスプレイ®を多くの方に知ってもらおうと様々なところで説明をしたりしている。今回も勉強会終了後に紹介してくださったので、ダックを使って少しだけお話しさせていただいた。たった6個のパーツだけでも人の個性が表れるこのメソッドを知ってもらえたら幸いだ。
また、現在行なっているチャリティー活動についても、この勉強会からのご協力を賜ることとなった。本当に感謝しても感謝しきれないほどの思いだ。台風被害だけでなく首里城などの悲しい話も多いが、経済循環の歯車のひとつになることが少しでもできたなら、僕は本望でもある。
これから寒さが本格的になる可能性もある。しかし、仲間から手渡しでもらう温かい光は、必ず次の光を灯していく。やっぱりお調子者の僕には愛すべきアミーゴの存在が一番だ。自分自身の長生きを求めているわけではないが、生きている限りは誰かに火を渡したいとは思っている。
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評価と時間。

新宿中央公園で行われているマレーシアフェアにちょこっと足を運んでみた。普段あまり絡まないグローバルに触れることで、ボディケア同様にリフレッシュしたような気になる。大したことではないものでも気分転換の一助になるのだと思えば、時間は上手く使うべきだと感じる。

その後セレッソ大阪U-23の試合をDAZNで見る。先制されたもののしっかりと逆転しての勝利に、前日の鬱憤を晴らしたとか思っていた。しかしそんな気持ちを持っていたのは選手のほうが数段上で、中島元彦選手のインタビューを聞いていてもヒシヒシと伝わってくるようだった。

プロの世界は結果が全て。野球やラグビーやサッカーだけに限らず、会社や職人、サラリーマンのひとりひとりにも言えることだと僕は常々思っている。プロサッカー選手と企業社員は一体何が違うというのか。その職の価値が金額に表れるだけで本質には何も違っていないのではないか。

そんなプロサッカー選手が毎日練習を繰り返したとしても、試合に出られるかどうかは分からない。ましてや試合に出場したからといって毎試合ゴールが決められるわけでもない。そんななかでも練習の成果や、少しずつ結果を見せることで上司である監督にアピールし続けている。

上司や監督が自分を見てくれないのは全て上司の問題なのか。こんなに努力しているのに評価してくれない上司の責任なのか。上司には人を評価するに値する能力が足りていないのか。それとも。中島元彦選手の言葉は、そんな世間の承認欲求へのアンチテーゼに僕には聴こえたのだ。

上役の評価以前に、自分自身の努力は自分自身の本当の結論になっているのだろうか。自分に嘘をつかず、評価してもらえるように前に進もうとしているのだろうか。僕はこの若者からそんな思いを貰ったような気持ちになった。U-23があるべき本来の姿が、そこにあるように思える。

「どうせ上司が評価してくれないのだから努力する意味が無い」こんな言葉もある。しかし、上司はそれほど馬鹿じゃない。上司は大半を見てくれている。その評価がどちらに転ぼうとそれは自分の責任範疇ではない。最大の責任は、自分に正直なこと。そして、信じた道を歩くことだ。

人間が与えられた時間は限られている。だからというわけではないが、このブログも毎回そんなことを考えながら書いている。dobroのイバのblogもスタートしてから約二年。特に大したことで…

第30節 松本山雅FC戦。日頃の行ない。

ヨーロッパ出張の疲れからか身体にガタがきていたので、久々だがタイ古式マッサージに行ってみた。二時間ほどじっくりと身体を癒やして(苛め抜いて?)もらい少しは楽になったが、これはいっときのものなのかもしれない。やはり日頃の行ないがいちばん大事なのだろうと思う。

山雅戦は非常にもどかしいゲームになってしまった。日頃の行ないがこの試合に影響しているとはあまり思えないが、シーズンも終盤に近づくと怪我人の入れ替わりが多くなり、その影響を大きく受けた気がする。普段どおりのサッカーが、できている部分とできない部分が多かった。

それにしても前線からの守備は強烈だった。前半はそうでもなかったが後半の20〜30分はかなりの圧力だった。僕らの場合、前半はアウェイに向かって、後半はホームに向かっての攻撃になるのだが、先日のルヴァンもそうだが、背中を支えるサポーターの力を借りたいときもあるはず。

ファーストハーフの失点が少ない要因のひとつがゴール裏のサポーターだと僕は思っている。言い換えると、セカンドハーフにおいてのディフェンスに与えるパワーをどのように出していくのか。キンチョウはその距離を感じさせないが、ヤンマースタジアムは少し広過ぎるのかもだ。

先日まで行なわれていたラグビーワールドカップでも証明されていたが、スタジアムにいるファン、サポーターが色濃く影響するサッカーそしてJリーグ。残り4試合のうち一試合しか現地で見れない予定だが、最終節に影響力を出せるよう今日から日頃の行ないを意識しておきたいと思う。

※タイ古式マッサージのお姉さん
※誕生日が同じだった
※こんなこともあるのだな

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「品」。

昨日、ミーティングのため、六本木にある泉ガーデンタワーに行った。田舎生まれのお上りさんが立ち寄ってはいけない場所。まず、どのようにして目的地に行けばいいのか分からないし、帰りもどのように出ればいいのか見当もつかない。そもそも今何階にいるのかすら判断ができない。

まるで人生のようだ。走ったり立ち止まったり、抜け道を歩いたり遠回りしたりして僕らは生きていく。ときに迷うこともあり、そんな場面ではいつも、歴史から何かを学んできたように思える。昨日から読み始めた(聴き始めた?)百田尚樹氏の日本国紀からも感じるものが多い。

話は変わる。果たして「品」とは一体なんだろうと最近思うことがある。見た目にも中身にも通じるこの「品」という言葉を意識する機会が増えているような気がしている。品行方正、品性下劣と書くと少々キツい表現になってしまいそうだが、上品下品は普段使いされているだろう。

僕はその「品」を歴史に求めたい。日本全国の幕末明治の出来事や人物の史跡を回ることを人生の糧としている身としては、その史跡の「品」に心惹かれるケースと逆のケースに二分化されている。人は見た目が九割、なんて言葉が一昔前にあったが、史跡もまさに同じだと僕は思う。

なんとか出られた泉ガーデンタワーから歩いて10分。勝海舟先生・坂本龍馬先生の像、住居跡などを少し歩いてみた。赤坂氷川神社のほど近く、勝先生の愛したこの地に来ることはなかなか無い(本所亀沢はよく行った)。今回もまた、「品」というキーワードを思い出させてくれた。

僕はこれからも「品」を探す旅を続けるだろう。これからも日本全国、ちょっと立ち寄るその場所で、多くの史跡を見て回りたいと考えている。そこで多くの「品」と出会う人生も、それほど悪くない。遠回り上等。ゆっくりゆっくり歩いていく。最後に。沖縄の事故は本当に悲しい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP