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「品」。

昨日、ミーティングのため、六本木にある泉ガーデンタワーに行った。田舎生まれのお上りさんが立ち寄ってはいけない場所。まず、どのようにして目的地に行けばいいのか分からないし、帰りもどのように出ればいいのか見当もつかない。そもそも今何階にいるのかすら判断ができない。

まるで人生のようだ。走ったり立ち止まったり、抜け道を歩いたり遠回りしたりして僕らは生きていく。ときに迷うこともあり、そんな場面ではいつも、歴史から何かを学んできたように思える。昨日から読み始めた(聴き始めた?)百田尚樹氏の日本国紀からも感じるものが多い。

話は変わる。果たして「品」とは一体なんだろうと最近思うことがある。見た目にも中身にも通じるこの「品」という言葉を意識する機会が増えているような気がしている。品行方正、品性下劣と書くと少々キツい表現になってしまいそうだが、上品下品は普段使いされているだろう。

僕はその「品」を歴史に求めたい。日本全国の幕末明治の出来事や人物の史跡を回ることを人生の糧としている身としては、その史跡の「品」に心惹かれるケースと逆のケースに二分化されている。人は見た目が九割、なんて言葉が一昔前にあったが、史跡もまさに同じだと僕は思う。

なんとか出られた泉ガーデンタワーから歩いて10分。勝海舟先生・坂本龍馬先生の像、住居跡などを少し歩いてみた。赤坂氷川神社のほど近く、勝先生の愛したこの地に来ることはなかなか無い(本所亀沢はよく行った)。今回もまた、「品」というキーワードを思い出させてくれた。

僕はこれからも「品」を探す旅を続けるだろう。これからも日本全国、ちょっと立ち寄るその場所で、多くの史跡を見て回りたいと考えている。そこで多くの「品」と出会う人生も、それほど悪くない。遠回り上等。ゆっくりゆっくり歩いていく。最後に。沖縄の事故は本当に悲しい。

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