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人に優しくなるにはどうすれば良いだろうか。

一昨日の朝、10名によるレゴ®シリアスプレイ®ワークショップを実施した。プロジェクトメンバーということもあるが、ファシリテーターとしても学びとなる非常にスムーズな進行と、的確な作品が作られていくという、実に美しいワークショップだったように僕には思えたのだった。

無論人間という不安定な生物が行なうこと全ての事柄においては、人の感情がついて回るのが世の常と言える。その感情という抗いがたい生き物が、口から発する言葉と無機質に近いテキストに乗った瞬間、まったく違った状態(擬態も含めて)に変わってしまうことも少なくない。

言葉とテキストですべてが解決するのであればレゴ®シリアスプレイ®は必要ないと僕は思っている。忙しい中、長い時間をかけて熟成するのは参加する方ひとりひとりの内なる声やモヤモヤした何か、そして自分自身の原理原則。今回のワークショップの中でも表現されていたと思う。

自分自身は一体何者で、何のために存在し、そして何を成すためにここにいるのか。参加者すべてが、自分を描いた映画の主人公として、果たしてどんな名言を発していくのか。そんな様を見ていて、少しずつ素敵なクライマックスにつながる余韻を楽しんでいるかのような空気だった。

人に優しくなるにはどうすれば良いか。「仲間の言葉をこんなところまで聞く機会が無かったかも」という感想に全てが凝縮されているような気すらする。レゴ®シリアスプレイ®はレゴブロックを使った遊びのように思えるかもしれないが、遊びの中でしか得られないものもあるのだ。

勿論のことだが、鼻で笑われ馬鹿にされることがしばしばあるのも事実。それでも僕はそんな人たちにも優しくありたい。レゴ®シリアスプレイ®とはなにかを懇切丁寧に伝え、何故必要なのかを共に問い、結果的にひとりひとりに幸福が訪れるようなワークショップを行なっていきたい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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