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4月, 2019の投稿を表示しています

平成最後の日を穏やかに過ごす。

2019年4月30日。東京の空は雨。平成元年、単なる高校生だったあの頃から少しばかりいい大人になったなと感じる。今思うと非常に感慨深い。とは言え、この国にも自分自身にも様々な出来事があったこの30年。頭の中を駆け巡るのは必ずしも良いことばかりではない。

僕だけではないだろうが、平成という時代の印象としてはどうしても未曾有の災害の数々がまず思い浮かぶ。地震、風水害、噴火など数多くの甚大な被害を受けた我が国。しっかりとこの記憶を持って生きていかなければならない、とお言葉を聴いていて考えさせられた。

僕にとっての平成はセレッソ大阪と生きた時代だった。多くの仲間との出会いや別れも存在した。結婚した。東京へ行くことになった。父が亡くなった。言葉で言い表せるはずもない数々の思い出が溢れ出るほどに、複雑な平成という時代の象徴だという感じがしている。

いや、象徴というのは非常に恐れ多い。「祈ること」「寄り添うこと」、長きに渡り象徴としてご苦労されたであろう両陛下のことを考える。多くの被災地をご訪問され、僕ら国民に勇気をくださる姿がテレビに映るたびに、どうにも熱いものがこみ上げてくるのだ。

これからあと数分で令和の時代が僕たちの前にやってくる。さてどんな時代になるのだろうか。平成と比べてもより幸せな時代が広がることを期待するだけでなく、そうなるために自らも参加していくことが大事だと思う。やれることは決して多くないが意識していく。

どこまでいっても僕のスタンスは変わらないだろう。ITを勤しみ歴史を学びサッカーをこよなく愛するという自然体を貫いていくだろう。そのなかで周りの方に寄り添い幸せにしていけるよう努力していく所存。平成最後の日、穏やかに過ごした。自分らしくこれからも。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

出会いかたにも魅力がある。

引越し後の部屋の片付けがまだ終わらない。開けていない段ボールも多くしばらくはこの状況が続く気がする。その中でも書籍関連だけは既に本棚にぎっしりと並べられている。本好きとしては当たり前の行動だが、順序を間違えると諸々不都合も出るので考えものだ。

紙はもちろんのこと、オーディオブックや電子書籍も含めて年間100冊を目標にしているのだが、この数年は中々達成できていない。特に今現在、電車に乗る機会がかなり減っているのと映画好きが相まって、本への情熱が翳ってきているのはある意味本音かもしれない。

昔はかなりハウツー本なども読んだりしていたのではあるが、最近では伝記や自伝に惹かれる。「どのように生きるか」よりも「どんな生き方をしたか」に興味が寄っていっている気がする。テクニックでなんとかするのも時には必要だが人格がより大事だと気付いた。

この前アミーゴに教えてもらった本を読んだ。「大家族主義経営」。街歩きしていた際にポスターを見て知識は得ていたのだが、読んでみて初めて、どのように素晴らしい組織や会社へ変わっていくのかを知ったり学んだりできた。自分自身のモチベーションが高まった。

出会う本には出会いかたにも魅力がある。自分で見つけるのも良いが、街で見かける、誰かに教えてもらうという出会いかたもある。そんな出会いのなかから生まれてくる新たな何か(特定のものではなくあくまで何か)が存在する。それが僕が本を愛する理由でもある。

「若者の本離れ」になっているわけではないのだが、少しでも本の魅力を伝えていきたいと感じている毎日。とある女性スタッフからの「休みのあいだで読み切りたいので本を持って帰っていいですか?」に感動した。出会うきっかけ作りに貢献できているなら本望だ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第9節 大分トリニータ戦。

「ストロベリーナイト・サーガ」を二話ほど見た。ぶっちゃけた話「ストロベリーナイト」を見ていなかったせい(おかげ?)で予備知識無しで味わうことができている。良いことも悪いこともだが、過去と今を見比べてしまうのは人間の性だということなのだろうか。

良い時のイメージだけが頭に残り都合の悪いイメージは余所に退けてしまうのも人だ。セレッソ大阪ファンの僕もこの幻影と戦い続けている。ゴールが欠乏しているチームへの想いとその温度差のギャップ。更に「ロティーナのサッカーの浸透は時間がかかる」という言葉。

昨日の大分戦はメンバーを入れ替えて臨んだ。「深さを出す」というロティーナの言葉が体現できたかどうかは分からないが、お互いの持ち味が出て良い試合だったように思う。しかしながらゴールを決めない限りは、如何に無失点で抑えたとしても勝つことはできない。

清武弘嗣選手の悲壮感たっぷりだったインタビューを試合後に見た。人間の性とは実に難しい。上手くいかない時も多々ある。だからこそこの転換期を大事にしたい。大事に大事に育てていきたい。育てた結果の先に過去を乗り越える何かが得られるのかもしれない。

結局のところ、元号が変わる最後の試合もスタジアムで見ることができなかった。令和の時代に僕らのサッカーはどのように変わっていくだろうか。今日NEXTの試合から何かを感じ取れるだろうか。セレッソ大阪と共に生きた平成の時代だったなと改めて心に刻んでおく。

「セレッソ大阪、今ここに・・・」

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

引っ越し一ヶ月。かけ合わせる。

ルヴァンカップの田中亜土夢選手のゴールを見た。巷では大反響のようだがその言葉通り、凄い。一年に何度も見られないだろう衝撃的なシュートを是非見てほしいなと思う。このルヴァン組とリーグ組をかけ合わせて、より良いチーム構成になることを望んでいる。

引っ越しを行なって一ヶ月が経過した。公共交通はそれほど嫌いではなかったが、やはり通勤電車に乗らなくなっただけで気持ちが楽になっている気がする。特に朝というより夜帰宅に消費するパワーが今までよりも軽減され、なんと幸せなことだろうかと実感する。

それにしても、12年住んでいて今更ながらだが東京のラッシュは凄い。さすが首都と言うのかそれとも偏重しているのかではあるが、とてつもなく人が多い。当初は限界に近い気分だったが、慣れというものは非常に怖く、さも当たり前に過ごしているのが今だろう。

現在住んでいる地域は浅草近辺に比べて人の数がさすがに少ない。もちろん外国人旅行者はそれほど来ない(というか見るべきものがないのか)。都会っぽいイメージを持っていたが、中のほうに一歩入ると、昔懐かしい風景というか子供の頃を思い出してしまった。

近所の古民家カフェに行ってみた。長屋をリフォームしたのだろうかなり古い建物が目を引く。ちょうどお昼頃だったのでランチを頂いてみる。こんな場所でペペロンチーノを味わう。今と昔をかけ合わせて未来を生きる。しばらくはこの街に長居してみようと思った。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

若者たち。

この二日間は歓送迎会だった。20代前半の方々が自分のやりたいことに邁進する姿に感動すら覚える。「最近の若者」は本当によく考えていると思うし、実行が伴っているケースも多々ある。逆におじさんたちのほうが理想と現実と狭間にいる気がしている。しばし反省。

昨日のルヴァンカップ。見れてはいないのだが、いつも応援している瀬古歩夢選手もスタートから出場したということで本当に嬉しい限り。彼の、12歳の頃のインタビューを聴いてからというものすっかりファンになってしまって、今に至る。もうそろそろトップで見たい。

そんな12歳と言えば飛び込みの玉井陸斗選手。水泳のことは全く分かっていない僕ではあるのだが、プレーはともかくインタビューの際の受け答えなどとても今年中学生になったとは思えない立ち振舞いだった。関西出身なのも好感が持てる。本当に素晴らしいと感じた。

若いスタッフ若い選手には夢がある希望がある。そしてまだまだ時間がある。当然挫折も味わうだろうし心折れる瞬間が来ない保証は全く無い。そんなときに支えになれるよう、おじさんは少しでも努力したい。今日からまたひとつ始めようと思うことがある。継続だな。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※このワンコは2歳半。人間年齢でいうと25歳くらい?
※いまだトイレが上手くできません・・・。

書くことを「やってみなはれ」。

先日ここでも言ったとおり、小説を書き始めた。誰が読むのか分からないがとにかく始めることにした。以前からショートは公開していたのだが、本格的なレベルを頑張ってみようと思っている。まずはやってみる。素人で何も学んではいないが、気持ちは入っている。

「やってみなはれ」という言葉が好きだ。まずはやってみる始めてみる。失敗や問題に直面する。更に考える。答えが簡単に導き出せるような世の中ではないが、そのプロセスを大事にする。何だかいつの時代も人のマインドというものは何一つ変わっていない気がする。

昨日、とある方にレゴ®シリアスプレイ®について説明をさせていただいた。なぜこんなものが生まれたのか、そしてこれはどこへ向かっていくのか、など様々ディスカッションをして更に理解を深められた。「思ったら行動する」ことを意識すると目の前の何かが変わる。

まだまだ努力が足らず、半径10mの世界ですら理解してもらうのに苦労しているのも事実だが、心の中のリトルがペプシ・・・ではなく「やってみなはれ」と話しかけてくる。今、多くの方にリーチしながら自分自身も成長しようと努力している段階。「やってみる」。

3月末にご卒業されたスタッフから頂いたプレゼントを、今日開けた(スミマセン)。中身はレLEGOムービーのキャラクター。僕は袋をハサミで切って中身を出す。クレヨンガール・・・お、おぅ。「書く」ことを始めた僕に対しての勇気づけかそれとも警告なのか・・・。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


渡し船。

先日、何気なくテレビを見ていたらとある渡し船が目に入ってきた。「ドキュメント72時間「大阪・渡し船 片道1分の人生航路」というNHKの番組内での大正区と港区を繋ぐ甚兵衛渡(だろうか)。子供の頃を思い出して、食い入るようにブラウン管に釘付けになった。

この渡し船。大阪市が運営しわずか1分のクルーズとは言いながらもなんと無料。木津川と尻無川に囲まれ更に大阪湾に面しており、橋しか本州とのルートを持たない大正区民にとってはまさしく「足」とも呼べる。僕の実家の裏からも西成区へ渡る船が出航している。

少なすぎると叱られはするのだが、年に一度は大正区へ帰り、変わっていく街の風景を見ながら懐かしさとのギャップやコントラストを味わう。東京には無いコテコテのテースト。間もなく来る令和の時代などそっちのけ。実に昭和を感じさせる空気感が大好きなのだ。

番組では渡し船に乗る人々のドラマが数多く描かれていてどうしても目頭が熱くなる。時代は前に進むが、留まってほしい留まり続けて欲しい風景は数多く存在する。大阪市が区民の足であるこの渡し船を運営し続けてくれていることに感謝の念しか見つからない。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第8節 清水エスパルス戦。

先日、何年ぶりか分からないくらい久々にカラオケボックスへ行った。若い頃は本当によく歌っていた記憶があるが、最近では大きな声を出す機会も少なくなってきたなと感じる。ストレスを発散できたかどうかは不明だが「声を出す」のは気持ちの良い行動でもある。

今期のセレッソ大阪の試合。大きな声を出す機会は多いのか少ないのか会場にいない人間は分かるよしもないが、少なくともゴールの少なさとデュエルの勝負弱さに対するため息のほうが多い気もする。まだまだなのは理解できるが、リーグ戦は既に8戦を終えている。

それにしても日本平では本当に勝てない。しかも実に辛い負け方が多いという感がある。何度も足を運んだ会場ではあるが、日本平で勝利したシーンを見た記憶がないのだ。頭がかなりボケてきてきていて忘れているだけかもしれないが、それくらい印象に残っている。

焦りはない、が楽観視も禁物・・・というかこんなこと毎年書いているなと自笑しながら書いている。なんだかチャント同様に自分自身の考えも、ひとつ覚えのマンネリ化をしてしまっているのかもしれない。何をどう変えるか、変えられるか、いや変えなきゃいけない。

気持ちの持って行きようが難しいが、地球滅亡までのしばらくのあいだは太陽は毎日西の空に消えていきそして必ず昇り続ける。信じて戦い続けるしかないのだろう。取り急ぎ気持ちを切り替えるため、ストレス発散ではなく心落ち着かせる意味で小説でも書いてみる。

まったくもって意味はない。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ノートルダム大聖堂火災に思う。

ミスかどうかはともかくあの失点よりも、ゴールが生まれないことのほうがよっぽど心配になる気持ち。昨日の試合は改めて書こうとは思うが、造るのは難しく壊れるのは簡単なのはなにもチームだけではない。あの建物の尖塔ですらあっけなく崩れ落ちるのだから。

フランス、ノートルダム大聖堂が火に包まれる姿を見て心を痛めている。中世西洋史や十字軍、テンプル騎士団などについて興味があって調べたりしているが実のところ肉眼で見たことがない僕としては、シテ島自体を「イバがいつか行きたいリスト」に登録していた。
シテ島といえば前述したノートルダム大聖堂に加えてポン・ヌフ、そしてヴェールギャラン公園から見えるルーヴル美術館。その中でも島の西端にあるこの三角公園にはどうしても行ってみたい理由があるのだが、ここでは個人的事情も含めて割愛しておきたいと思う。
原因追求や復旧の時期などがまだまだ不透明ななかではあるが、フランスはもちもんのこと世界中から哀悼の意と多額の寄付が集まっているという。今までと全く同じ状態状況に戻ることはもうないのだろうが、歴史をこれから先の未来に繋ぐのは人類の責務なのだろう。

かくいうセレッソ大阪の歴史は一体なんだったのだろう?「打ち勝つサッカー」?。「4点取られても5点取って勝つサッカー」・・・だったか?本当に?もう一度セレッソ大阪の歴史を伝えていくことが責務なのかも知れないと改めて思ってしまった。自戒の念として。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

Yahoo!ニュースに気づかされる「同期」という言葉。

なにげにYahoo!ニュースを見ていた。「セレッソ大阪」と「小松菜奈」を登録しているテーマタブに忽然と現れた「山口蛍、丸橋祐介選手ブラジル留学のお知らせ」。一体何なんだと恐る恐る見てみると2009年5月12日の記事。なんでこんなものが出たりするのだろうか。

こういうご縁もご縁なので今日は「同期」というテーマで書いてみたい。この二人もセレッソ大阪2009年加入の同期である。プロとしてもう10年もサッカーをしているのだなと思うと、時の流れというものは非常に速く、限りがある。そりゃ歳も取るということだろう。

僕自身も少年時代や働き始めてからも多くの「同期」と共に生きている。「同期」の存在に勇気づけられ励まされ、ときには嫉妬などの複雑な感情も抱いたりしたこともあった。入り口は同じだが環境が変わり、生き方が変わったりしながら「同期」はつながっている。

今年も多くの加入選手や新入社員がいる。「同期」の輪ではないが共生の意識が高いように見えた。むろん同期は大事にしたほうが良いと思うし、その中で切磋琢磨し高めあい、1×1、N×Nが大きな数字に変わることを期待したい。その関係性を持ち続けてくれることを願う。

そして、始まりと終わりは違っていい。咲くときも散るときも心の中で一緒。まさに「同期」の絆というものは生涯何も変わらないのだ。春だからこそ起こる奇跡を信じて同期会などを行なってみようかと思ってはみたが、内気な僕には出来るよしもないことに気づいた。

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簡単なお仕事の最高の締めくくり方。

ここ数日で「最近東京スカイツリーの写真がアップされないじゃないですか」というご指摘を頂戴することが多い。もちろん引っ越しをしたからなのだが、僕に「ツリーの人」というイメージが付いて回っている。嬉しいことなのか寂しいことなのかは分からないが。
近所に建ったのをきっかけに撮り続けた東京スカイツリーの写真は5,000枚程度。プロの方とは比べ物にならない些末なものでもある(iPhoneでの撮影でしかないし)。こんなことを書いている時点でおこがましいが2008年くらいからの約10年、年500枚は多いか少ないか。
毎日見続けてきて分かったこともある。東京スカイツリーには顔がある。見る角度によって様々な表情を垣間見ることができる。晴れの日、雨の日、風の日。イベントや朗報、ときには悲劇もその姿を配色を駆使して表現する。それらを記録に留めるという簡単なお仕事。
ここ数年ではSkytreefanというサイトも立ち上げた。特に外国人向けに東京スカイツリーの日常や表情を見てもらう機会、関心を持ってもらい、2020年の東京オリンピックの際には是非近所に立ち寄ってもらって交流を深めたいとも思っていたりしたのだが、遂に潰えた。
先日、墨田区役所を訪れるとき、最後の一枚に良い写真を撮りたいと思い、僕はiPhoneを構えた。その刹那、カップルの外国人が話しかけてきた。いつもなら微調整しながらなのだが僕は慌ててボタンを押し、彼らの話し相手になった。「浅草寺に行きたい」のだと言う。
僕は、目と鼻の先に存在する浅草寺の場所を「Over there」のひとことで終わらせた。我儘だが、最後の東京スカイツリーの出来栄え、というより撮り直しを考えていた。iPhoneの写真アプリを開いて確認する。・・・なんだか良い。この写真を使うことに決めたのだった。
少し罪の意識に苛まれた僕は雷門に向かうこのカップルの後ろ姿を目で追った。何かを察知したのか彼らは振り返り、そして目が合う。お互い親指で合図を送り合ってその場を離れていく。簡単なお仕事の最高の締めくくり方だ。僕は誰にも気づかれることなく小さく笑った。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

習慣化。

U-20日本代表のニュースにうちの選手たちの名前も出ていて心から喜んでいる。中島元彦選手のようなアカデミー出身者も名を連ねていてことさら嬉しい。5月23日からポーランドで行なわれる本戦での代表選出に向け、ぜひともこの合宿で成果を出してほしいと思う。

若い世代の方々にはいつも「7つの習慣」を薦める。特に同じチームで働くことになったメンバーには3日間みっちり学べる講習会にも参加して頂くようにしている。この年代だから、ワークライフバランス、ライフがワークを作ることを覚えるのが効果的だと感じている。

「主体的である」という第一の習慣も当然といえば当然なのだが、7つの習慣のなかで僕が一番しっくりくるのが「終わりを思い描くことから始める」という第二の習慣だ。誰しも終わりは訪れる。そのときにどんな生き方をしているだろう(してきただろう)ということ。

素晴らしい人生が始まったばかりの方々にこんなことを言うのもどうかと思うが、この第一、第二の習慣にこの7つの習慣の本質がある気と僕は思っている。難しいことではなく、物事は常にシンプルで「始まりは終わりであり終わりは始まり」というあの言葉に近い。

僕は現在では、書籍ではなくオーディオブックで聴くようにしている。目から入れる情報と耳から入れる情報。共にお互いの良さがある。どちらも習慣化されていることに違いはないが、じっくり本を読めないという方はオーディオブックで読書するのも良いだろう。

話は戻すがU-20。このU-20ワールドカップ、来年の東京オリンピック、そして3年後。サッカー選手として成長していくと同時に、ひとりの人間としても成長していくことになるこの数年の大事さを噛み締め、ぜひ習慣化を心がけて欲しいと思う。あ、老婆心はここらで。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「知っている」と「知らない」の違い。

暑い。東京でも20度をゆうに超えてきて暑い。寒さと暑さのどちらかを選べと言われたら、びっくりドンキーで150gにするか300gにするかくらい難しい。ただ、暑ければある程度は脱げる。しかし寒ければ着ることはなかなかできない。そのくらいの違いでしか無い。

少し質問を変える。「確信犯」と「無知」のどちらが悪いと思うか、と個人的に問われるときはいつもこう答える「知らないは罪」。人には多くを知る権利があり、知る機会はこの世界にはいくつも転がっているはずなのだが、関心のない方々もわずかながらにいる。

大した知識ではないのだが自分の近辺に向けて様々なことを伝えていく機会を多く持ち始続けている。お金のこと経済のこと読書のこと、それからレゴ®シリアスプレイ®のことなど。月に何度か勉強会などを開催し少数の意欲の高い若者を中心に話を聞いてもらっている。

特にお金については日本人の特性上(そう言って良いのだろうか)でもあるのか非常に意識の遠い存在。今回、少しでもそれらを払拭できるよう、まず「なんでお金ができたのか」とか、「お金を貰う払うとはどういうことなのか」のようなところからスタートしてみた。

「知っている」と「知らない」。生きるにおいてそれほど大きな違いが見えてこないのかもしれないが、知ることで自分自身の生き方が少しだけ変わるかも知れない。何回かに分けて伝えていきたいがその時間は決して無駄ではないと素直に思う。僕にとっても、だ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

"若さゆえ"。

セレッソファンとしてはこの週末NJに沸いたわけだが、前日6分間の出場とはいえ先発とはとても予想できなかった。まだまだ無駄も多いと感じるこの選手のことは改めて書きたいとは思うが、”若さゆえ”のプレーを見て「怪我しないで欲しいな」と願ってしまう僕がいる。

書類を受け取るため久方ぶり(とは言っても三週間ほどだが)に墨田区役所に行った。第二第四日曜日に開館してくれているのは非常にありがたい。朝一だったこともありほとんど区民もおらずスムーズな手続き。並ぶことを心の底から嫌がる僕としてはこれ幸いだ。

その帰りに、少し歩いてみようと思いたち、浅草寺から「恐れ入谷の鬼子母神」で有名な入谷まで。このあたりには歴史的建造物も多く、また大好きな幕末明治初期の偉人も居を構えた地域でもある。場所的になかなか訪問することも少なかったので良い機会だった。

薩長史観の影響というか子供の頃はどうしても「悪い徳川幕府」と「良い新政府軍」というイメージを持っていたのだが、今ではかなり捉え方が違ってきているのも事実で、日本という国には本当に多くの若者が命を散らし多くの若者がその後に事を成し遂げられた。

JR鶯谷駅の近くに西蔵院という場所がある。ここに佐久間貞一追悼碑がある。徳川幕府の旗本であり彰義隊士でありながら動乱の幕末明治を生き抜き、政治家や様々な企業経営に携わったりと政財界で影響力を発揮した人物。労働組合の結成にも大きく関わっている。

その追悼碑を書いたのが晩年を墨田区で過ごした榎本武揚。この碑を見たくて入谷まで歩いたと言っても過言では無い。あの幕末を二人が生き延びたからこその今かもしれないと思うと、長生きはするもんではないが、”若さゆえ”が全てではないことにも気付かされる。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第7節 北海道コンサドーレ札幌戦。

今どき珍しいのかもしれないが転職という経験が僕には無い。それが良いか悪いかは正直分かるよしもないのだが、好きを仕事にするのかそれともまず働くことでその仕事が好きになっていくのかのふたつの道があるとするならば、果たして僕自身どうなのだろうか。

先日、ひょんなことからとあるサッカー選手の職のことで相談を受けた。その話と関係有るか無いかだが、サッカー選手という職業もうちの社長のようにひとつのクラブで働き続けることは稀で、大抵は移籍をすることで経験と徳を積みながらそのサッカー人生を歩む。

都倉賢選手もそのひとり。昨季まで所属していた北海道コンサドーレ札幌との試合は格別だっただろうし、ゴールを決めて恩返ししたいと考えていただろうがそれは叶わなかった。しかしながら要所要所で身体を張り、ゲームを盛り上げようとしたことには違いない。

試合自体は札幌に優位に進められて、なかなか良いところなく敗れた感もあるが、西川潤選手も初めてJ1に出場するなど、今は多くを試しているのも事実。突出した個に加えて時折見せた連動性を高められたら、それほど負けるような試合はそうそう無いはずだろう。

ちなみに今日のゲーム。「育成のセレッソ」と言われながらアカデミー出身の選手は実に二人。更にセレッソ大阪一筋となると丸橋祐介選手のみである。アカデミー出身ではないが木本恭生選手とキム・ジンヒョン選手の二人もセレッソ大阪だけで仕事を続けている。

こうは書いてはいるが永久就職が良いか悪いかを問いたいわけではない。移籍が選手を成長させていく場合も多々ある。否定するつもりもないしチーム構成に不満があるわけでもない。けれど、それはそれとして個人的には少し寂しい気がするのも事実。時代なのかな。

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「問い」と「合意」。

4月の新シーズンになって初めてレゴ®シリアスプレイ®ワークショップを実施した。短時間ではあったのだが、15名程度の新規プロジェクトにおけるキックオフにおいて「自己紹介」とプロジェクトを遂行するにあたっての自分自身の「羅針盤(ガイド)の構築」。
スキルビルディング(準備運動)から本番に行くに連れ、参加者の本気度が上がっていく様を見て、レゴ®シリアスプレイ®の本質というものを改めて感じることができ、力不足なファシリテーターではあるがかなり満足したワークショップになったような気がしている。
今回「問い」には相当苦労した。状況を知っているだけに、「難しいがアウトプットしやすい」問いにどうすればできるかを非常に苦慮した。レゴ®シリアスプレイ®とは全員が参加し全員が意見を出し全員で「合意」すること。毎回、まずこれを肝に銘じて設計書を作る。
時々「普段の会議でも全員に意見を求めて合意している」と苦言を受ける場合もあるが、全てはないが多くの会議では合意ではなく「同意」を求めている場合が多く、それは上下関係やしがらみ、過去の仕事などによって左右されてしまうことも多々あると感じている。
人それぞれにが個性があり考えがあり思っていることは違う。それはレゴブロック例えば赤いブロックひとつとっても、これを「情熱」と呼ぶ人もいるし「止まれ」だと言う人もいる。はたまた「野球チーム」と言うこともできるし「ブレーキランプ」でも間違いはない。
そんな、組織の中のひとりひとりが個性を発揮し心理的安全性が確保された中で、フル回転させた手から導き出される極上の言葉を聴く。意義を「問い」そして全員の意見を結集した「合意」を見つけていくことのお手伝いをしていきたい。更に努力を積み重ねていく。
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ITツール活用の一助に。

先日、父親の誕生日だった。Googleカレンダーが毎年のようになんでもないこの一日を教えてくれる。決してこの時を刻む道具に頼り切っているわけではないのだが、僕の頭の中に”記憶”として残り続けていけるよう、このようにいつもサポートをしてくれているのだ。

兎角ITとは便利さの追求だの時間の効率化だのという決まりきった言葉でまとめられがちである。たとえそうだとしても、人の心にそっと寄り添ったりできることこそ、この情報化社会におけるツールの本懐であると思っているのだが果たして間違っているだろうか。

コンピュータの世界に飛び込んで30年あまり。アウトプットに目が行きがちだったばかりに忘れてしまっていることも多い。ワークライフバランスなのかライフワークバランスなのかという言葉尻なことだけでなく、人生にとってより最適な活用方法とは何なのかと。

今、僕の個人Googleカレンダーには普段のスケジュールだけでなく、ToDoリストやリマインダーといったタスク、プライベートの予定や誕生日、イベント情報などすべての生活サイクルがそこにある。もちろん運動やヘルスケア情報なども計測したら登録されていく。

カレンダーを見つめながら長期中期短期のものごとを考え、実行していく。データは嘘を言わないが、ツールの使い方ひとつで正にでも悪にでもなりえる。大したことはできないが、IT関係者の端くれとしてより豊かな社会にするための活用の一助になる責任があるかも。

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父親が眠る一心寺さん

捨てられないもの。積まれていくもの。

三浦知良選手が26年前の後悔を語っているニュースを見た。僕はあまり後悔しないほうだが、いろいろと振り返ってみると「なんてことを語ってたのか」と思い出して恥ずかしくなることも多い。歳を重ねれば重ねるほど積もり積もった思いに苦笑する日々でもある。
昔は毎週のようにサッカー雑誌をアホみたいに(ここで言うアホは褒め言葉)購入し、読みたいときに読めるようにと部屋に積んでいた。部屋中に本という本が散らばっていた。そんな中で生活するのが当たり前だったが、引っ越しするたびに処分する本も増えていった。
その度に「これは残して」「これは・・・さようなら」と紆余曲折しながら片付けていくわけだが、どうしても捨てられないものも人にはある。理解できない方々には全くもって意味の分からない代物ばかりだが、このような紙の媒体だからこそ感傷に浸れることもある。
B型の収集癖はとんと手に負えない、と著名な方が言ったかどうかは知らないが、地で行く僕ももうそろそろ潮時。とは言いながら紙の雑誌の神々しさを知っている身としては、どうしても手が伸びてしまう。そしてまた部屋の隅に積み重なっていくことになる運命なのだ。
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神田川。

住む街住む町で周辺を探索する。多くの人に様々な出会いに遭遇する。なんだか有名女優が出演する地下鉄のコマーシャルみたくなってしまうが、街には街の顔というものがあり、その顔に向き合うたびに嬉しい気持ちになる。日本という国は本当に素晴らしいと思う。
犬を連れて散歩に出かける。緑道を歩きながら街を見渡す。住み慣れた本所も下町風情があり心地良かったが、この中野(とある方から”シティボーイですね”と言われた)もなんだかホッとするくらいの親しみやすさがある。そんなことを考えながら更に歩いていく。
僕らは川にぶつかった。神田川である。僕よりもう少し年齢が上くらいの方々にとっての神田川はやはりかぐや姫。「貴方はもう忘れたかしら」で始まるこの歌、昭和48年(1973年)の発表なのでリアルタイムで聴いてはいなかっただろうが、何故だか歌うことができる。
歌碑があった。犬と僕はそれを見ながら口ずさむ。その向こうには綺麗な桜も見えている。”神田川四季の道”と言うらしいので早速歩いてみる。散りゆく花びらが目の前を通り過ぎる。「若かったあの頃 なにも怖くなかった」。もう若くないのだなと今更ながら知った。
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第6節 川崎フロンターレ戦。

引っ越しをして二週間。まだまだ片付けが出来ておらず部屋が乱雑ではあるが、ようやくと言っていいか通常の生活に戻りつつある。各所の住所変更手続きなどこれからも手がかかることも多いが、これも、産みの苦しみだと言ってしまえば、なんとか収まりも良い。

4月序盤の金Jはスタートからリアルタイムで見れないのは仕方がないことでもある。それでもDAZNの見逃し配信はことのほかありがたい仕組み。サッカーファンとは、ゴールシーンを見たいだけでは決して無く、そこに至るプロセスというものも楽しみたい生き物なのだ。

Jリーグ二連覇中の王者である川崎フロンターレとの試合は非常に面白かった。調べていたら、川崎にはここ最近負けていないということを知る。両チームとも順位的には気に入らないと思うしお互いミスも多かったのは事実だが、良さ自体は存分に出ていた気がする。

それにしても柿谷曜一朗選手のゴールに痺れる。間に入って受ける準備をする。ボールを持った瞬間に味方選手がスペースを空けてくれる。前に三人後ろに二人。相手守備5人のうち誰が行くのかと混乱に陥れて、ドリブルそしてシュートとまさに完璧なゴールだった。

同点には追いつかれたものの、監督も話していたとおり見応えもあり妥当な結果であったと感じる。この6試合でリーグの戦い方というものを確立した節も見て取れるし、ここからが楽しみでもある。早く自分の混乱を片付けスタジアムでみんなに会いたいのが本音だ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

昭和、平成、令和。

昭和生まれの自分ではあるが、やはり30年近く続いた平成という時代のイメージがことのほか強い。最近では西暦に慣れてしまっているせいか元号を書いたりすることがめっきり減ってしまったが、意識だけは常に頭の中に存在し、こびりついて離れないのが実情だ。

平成の元号発表の際はまだ高校生だった。その時は「ふーん変わるんや」くらいにしか感じていなかったが、いろいろと経験を積み、考えることが人並みに多くなった今、こういった出来事を静粛に受け止め、なぜだか気持ち穏やかな状態で受け止めている気がする。

そんな中でも最近は昭和時代(そんな呼び方があるのかは不明だが)のことを懐かしむ声も多く出てきている。先日もとあるフェイスブックグループにお誘いを受けて書き込みを見たりしていたら、なんだかホッとする瞬間があった。もう相当に歳を取ったのだろう。

良いことも悪いことも引っくるめて「歴史」と呼ぶ。既に記憶が薄れ始めている「昭和」未曾有の災害により心を痛めた「平成」そして次に来る「令和」という時代は、どんな世界に導くための元号となるのか。ちょっとの不安と大きな期待を僕はポケットに入れる。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


※上手く書けないもんですね・・・

第5節 ベガルタ仙台戦。

新元号が「令和」に決まった。「昭和」に近く三文字ということで呼びやすさもあるが、冷たいイメージが先行してしまうのも感覚として持っている。「平成」の際にも感じた「そのうち慣れるさ」が今は頭を埋め尽くしている。西暦との計算ギャップに疲れそう。

先日のベガルタ仙台戦は3月末ではありながら雪の中の試合となった。ピッチに積もりカラーボールが出てくる始末。こういう試合もありっちゃありだがプレーする選手も応援する側も厳しい環境であるのは間違いない。そんな中でも確実な試合運びが出来た感があった。

得点を決めた二人アシストした二人も素晴らしいなと感じたが、それ以上に古巣対戦となった奥埜博亮選手の動きが素晴らしかった気がする。存在感が際立っていたしよくボールにも絡んで試合を作っていたと思う。実に良い選手だなとしみじみとテレビを見ていた。

今季も早5節。まだ一試合もスタジアム観戦出来ていないこの身を案じる。今週末は金J。場所は近いのだがまたまた行けそうにない。多分リアルタイムでのテレビ観戦も難しいとは思うが可能性を捨てはしない。この感覚に馴れすぎてはいけないなと思う今日この頃。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP