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「『羨ましい』とか、うるせえ」。

「セレッソ、強くなったね」とよく言われるが、そんなことは決して無い。昨日の天皇杯は見ていないがおおよそ試合内容に想像がつく。良いときと悪いときのバランス、それが前者のほうに少し寄っただけだ。他クラブの立場から見てもそれほど羨ましがられるレベルではないのだ。

それにしてもだ。僕がファシリテーションをしているとその振る舞いが「羨ましい」という言葉をかけられたりする。う、うん。なんだろう。確かに、楽しそうではあるだろうしそう見せたいとは常々意識しているが、この「羨ましい」が正しい表現かどうか悩むことがしばしばある。

浦和戦で素晴らしいゴラッソを決めた(DAZNベストゴールにもなった)田中亜土夢選手のインタビュー記事を読んだ。試合に出られないことやベンチでの日々、アンダーカテゴリーでの出場などの悔しい気持ちを隠さずに語る内容に、「あ、プロなんだな、この人」と素直に共感した。

プロとは一体なんだろう。どんな世界であっても常に考えておかなきゃならないこの問いに「羨ましい」という気持ちは必要だろうか、それとも否か。プロ野球界で「お前、野手だからポジションいっぱいで良いよな、羨ましいな」というピッチャーは果たして存在するのだろうか。

自分が持っていないものを相手が持っている。自分ができないことを相手ができてしまう。そんな風にいつも相手と自分を比較してしまうこの感情をどうコントロールするかで「羨ましい」と思わないようになれるかもしれない。もっと自分を好きになるってことなのかもしれない。

とは言え、そんな御託を並べている僕にしたって、やっぱりこの「羨ましい」感情が無いわけではない。正直な思いは隠さないほうだが、おおっ広げに口に出さないだけだ。これをやせ我慢と見るかそうじゃないかは個人の思いにもよるだろう。だから今から僕は自分自身にこう叫ぶ。

「『羨ましい』とか、うるせえ」(でも言ってしまうんだろうけど(笑))。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※豪邸が立ち並ぶ中野区。う、羨ましく、ね、ねーずら・・・。

神輿は担がない。

唐突だが、この時期になると神輿が動き回る現象が首都東京という街に出没してくる。大阪にはだんじり祭りなども存在しているのだが、僕の生まれ故郷である大正区で自分自身が神輿を担いだ記憶は全然無いし、そもそも神輿自体を感じたことはほぼ皆無だ。この違いはなんだ。

半年前まで11年間住んでいた墨田区でも、5年に1度は大祭と銘打ってはいるものの毎年のように途方も無い数の神輿がマンション前を威風堂々と闊歩していたことを思い出す。声と太鼓(!)などが織り交ぜられ音楽を奏でながら、次から次へと多くの方々が過ぎ去っていくさま。

ここ中野区でも同様の状況である。老若男女問わず揃いのハッピで身を固め神輿と共に歩く姿を横目で見ながら、僕はスキマ時間を利用して髪の毛を切りに行くことにした。いつもならしばらく待つことが義務付けられているのだが、意外と空いている。これは少しツイているな。

「毎年、当日になるとこうです。先週は凄かったんですけどね」ハサミを入れながらスタッフのお姉さんが声をかけてくれた。祭りという存在は当然のことながら街の経済にも影響するのだろう。そんな会話をふたつみっつしていたら、あっという間にさっぱりする時間は終了した。

人が集まる場所が僕はあまり好きではないこの性格。こんなだからいつまで経っても街に馴染めないのは自分でも分かっている。神輿を見るたびにそんなことを考えさせられるのだ。「一度担いでみてはどうですか」お姉さんに叱咤激励を受ける。うん、それは無いでしょうと一言。

やはり、神輿も人も担ぎ担がれるのは好きじゃない。そんな状況は言うほど気持ちの良いものではないのだが、かと言って放っておかれるとそれはそれで寂しい気持ちになる(笑)。何という曖昧で貧弱な感情なのだと自分自身を見越して笑けてしまうが、それもそれでなんか、良い。

※誰が上手く言えと。

※引き続きサッカーショップ蹴球堂ではチャリティー販売を実施しています。どうぞよろしくお願いします。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「自分自身」をシリアスプレイすることで生まれる何か。

僕が「LEGO® SERIOUS PLAY®メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテーター」となってちょうど一年となった9月17日。ありがたいことに過去のこの日を思い出させてくれるフェイスブックは実に素敵なツールだ。どこまで使うかは不明だがまだ当分お世話になるだろう。

先週金曜日。東京五反田で行なわれたワークショップに、ファシリテーターとして声をかけていただいた。これもフェイスブックがつないでくれたご縁かもしれないが、僕がレゴ®シリアスプレイ®のファシリテーションを行なっている様(投稿)を見て、誘っていただけたのだと思う。

今回はある特定分野における「自分自身」の特性や考え方や他者から見た付き合い方、そして目指すべき方向性をその作品群から導き出すというワークにさせていただいた。作品に個性が溢れ、個人個人の考え方を尊重したダイアログが生まれた素晴らしいシリアスプレイだった。

誰にとっても簡単でブロック同士をくっつけていくだけで完成する作品。スキルとチャレンジのバランスに調和が生まれてくる。作るにつれて更に感性が研ぎ澄まされ、各人がフローな状態に入っていく。作品の完成度が問題ではない。作品は既に「自分自身」へと変貌している。

レゴブロックくらい「自分自身」を忠実に表現することができるツールは、今のところ僕の周りでは見当たらない。そしてその思いを熱く伝えるのがファシリテーターとしての僕の役割でもある。今回もヒートアップしてしまったのだが、あくまでも主役は参加者である皆さんだ。

僕の技量ではまだまだ人を変えられないかもしれない(そもそも人を変えようとは思っていない、人は自分で変わろうとした瞬間に変わる)が、レゴは少しだけその手助けをしてくれるのだと今回も気付かされた。シリアスプレイ(真剣に遊ぶ)ことの重要性を改めて感じている。

「自分自身」をシリアスプレイすることで何かが生まれたのなら、これから先の道筋に僅かでも光が見えたのなら、それは実にファシリテーター冥利に尽きるというものだ。考えを形にする、形から考える。今、ようやく形として目の前に誕生した瞬間だ。それを心に留めるのだ。

※引き続きサッカーショップ蹴球堂ではチャリティー販売を実施しています。どうぞよろしくお願いします。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

台風15号により被害を受けた方々へ。今できることを今行なう。

前回と同じようなスタートになるのかもしれないが、僕らの日本にはJリーグという素晴らしい仕組みがある。日本全国に50を超えるクラブが存在し、共に手を取り、日本サッカーの発展を目指して頑張ってきたし、今もそれは継続されている。クラブとクラブの友情も勿論である。
サッカーショップ蹴球堂長居店はセレッソ大阪だけでなく、そんな多くのJリーグクラブのファン、サポーターにも支えられてここまで来た。今はWebサイトだけで運営をしているのだが、その気持ちだけはずっと変わらず今ここにある。だからこそ僕らは今も存在し続けられている。

そんななか。台風15号の被害が甚大な千葉県。その千葉に本拠地を置くジェフユナイテッド市原・千葉ホームタウンの被害状況と不足物資についての詳細を「ジェフサポーター有志の会」から聞いた。僕が思っている以上に厳しい環境に置かれていることに、改めて気付かされた。

何かできることをと思っていたらセレッソ大阪ゴール裏サポーター有志も動き出しているようだ。蹴球堂としても少しでもチカラになれればと思いチャリティー商品の販売を開始した。微力ではある。だがその微力を結集して被害を受けた方々へのサポートができればと考えている。

既に数名のサポーターの方からご購入いただいたこともあり早速ブルーシートなどを手配した。セレッソファンとしても若い頃から多くのサッカー、Jリーグファンから支援を貰ったりした。今できることを今行なうのが僕らのやり方だ。皆様のご協力、どうぞよろしくお願いします。

サッカーショップ蹴球堂BASE店

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

#サッカー は #Jリーグ は仲間の絆を作る。

やはり、サッカーはJリーグは仲間の絆を作っていく。同じサッカークラブを愛する者同士のコミュニティのなかでつながっていく仲間。学校や会社といった組織とはまた違った人間関係。しがらみの無い環境を構築していく。僕はこの何とも言えない感覚が好きで好きでたまらない。
学校で何があろうと会社でどんなにミスをしても、スタジアムではそんなものは何の関係ない。ただただ自分たちの好きなクラブを応援し、目の前に存在する勝ち負けに一喜一憂する。笑顔も涙も、たったひとつの共通項にだけ反応していく。そういう生き方を僕らは愛しているのだ。
多くの若い仲間とも出会った。未就学児や小学生、中学生、高校生サポーターも数多く見てきた。果たして彼ら彼女らが学校でどんな状況だったのかは知る由もない。しかしながらファン、サポーターとして見たならば、それはあまり大したことではないのだと僕は今でも思っている。
昨日、もう20年以上の付き合いになるアミーゴがチームに帯同して横浜まで来るということだったので晩飯を食うことにした(とは言えU-50としてはそれほど食えない)。今のこと、健康のこと、他のアミーゴのこと。そして”あの頃”のこと。二人きりの同窓会は大いに盛り上がった。
確かにファンやサポーターでいるだけでは幸せになれないのかもしれない。でも人生を豊かにしてくれるかもしれない。本当の仲間に出会えるのかもしれない。学生生活や会社員、そんなものに疲れたら、是非スタジアムに来てほしい。サッカーを見て応援して楽しんでみてほしい。
スタジアムにも同様の状況があるのも否定はしないがそれ以上に得られるものは多い。お互い、時間が経ってぬるくなった烏龍茶を飲みながらそんなことを思い描いていた。あの頃のまま歳だけ重ねた。僕らは常につながっている。何度でも言う。サッカーはJリーグは仲間の絆を作る。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP
※49のオッサンズがストローで烏龍茶。 ※そして手羽先はマストアイテム。

第26節 浦和レッズ戦。#フィンランド #フィンエアー つながり。

フライデーナイトのセレッソ大阪は浦和レッズとの戦いだったが僕にとっての金Jはレゴ®シリアスプレイ®のワークショップファシリテーター。貴重な関東地域のアウェイ戦ではあったのだが、僕のファシリテーションを待ってくださっている方がいる。僕は、五反田で戦っていた。

勿論だがセレッソ大阪も僕も共に勝ち点3を手にしたと思っている。完勝かどうかは評価が分かれるだろうが、お互い、自分たちのやれることを全て出し切ったはず。このワークショップについては改めての機会で書きたいと思いつつ、涼しく過ごしやすい朝、見逃し配信で視聴する。

埼玉スタジアム2002はセレッソ大阪の歴史的に鬼門のイメージが続いていたが、最近では総じて”幸せが訪れる場所”でもあるとも感じている。自分たちの良さとそれが潰れる場面(西村さんどうぞよろしくお願いします)が入り混じってはいたが、全体的に見て僕らの試合だったと思えた。

特に守備面においては、いくつかミスはあったもののかなり安心できる。特にセンターバック二人とボランチ二人のボックス。どのようなメンバーで構成しても一定の成果を出るという点では古参な人間からするとどうもむず痒く感じるが、チームとしての浸透度の高いだと理解する。

それにしても試合を決めた田中亜土夢選手のゴラッソは何度でもご飯がお代わりできるだろう。ひとり少ない相手とはいえ右サイド三人で崩して空けたバイタルがあれだけ大きいと、何でもできる亜土夢選手ならあっさり決めてしまうわけだ。更にはフィンエアーから鉄腕アトム。

フィンランドと言えば来月、トランジットにはなるのだがヘルシンキに寄る。そういやフィンエアーにも乗る。なんだかこのタイミングでの田中亜土夢選手の活躍。何かの巡り合わせなのかも知れないな。ヘルシンキ空港での滞在時間は約3時間だ。何かできることはあるだろうか。

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#DQウォーク にハマる予感。ハマらない予感。

取り急ぎはっきりと申し上げておくと僕はドラゴンクエストが大好きだ。1986年にこのシリーズが誕生する以前にもロールプレイングゲームというジャンルは確立していたものの、個人的にはここが原点であるのではないかと強く感じている(あくまでも個人の感想として【強調】)。

そのなかでも特に「ロトの三部作」と呼ばれるⅠ〜Ⅲは、大人になってからでも何度も何度も繰り返しプレイした記憶がある。成長、出会いと別れ、そして決断。なんとなく自分に置き換えてイメージしながら、まさに人生をどのように歩いていくのかを意識させられたような気がした。

年齢を重ねるにつれてなかなかまとまった時間でプレイすることが難しくなり、殆どロールエンドを見たためしがなかった。スマートフォンが普及しスマホアプリとしても登場したドラゴンクエストだったが、それでもまともにプレイできる状況には当然なれず、かなり距離があった。

2016年8月。ドラゴンクエスト誕生から30年を迎えたこの年に「ドラゴンクエストミュージアム」を見に行った。なんだか若い頃を思い出し大はしゃぎした。子供心というものは一生消えない宝物なのだなと、僕は正直思った。その時買ったドラクエ扇子は、今も常に持ち歩いている。

そして昨日、このドラゴンクエストと現実社会が融合したスマートフォンアプリ「ドラゴンクエストウォーク」の配信が始まった。早速ダウンロードして少しだけ遊んでみた。まずは流れる音楽がお涙を誘う。お、おぅ、面白いじゃね−か。と神田川のほとりでしばらくゲームに浸った。

とは言え今更ゲームにハマるたちでもなく、いつかはMyスマホの「使わないアプリ」の仲間入りをするのだろう。しかしながら大好きな感情は色褪せることもなく、僕とドラゴンクエストの旅はこれからもそこそこ続いていくものと思われる。腐れ縁というほどのものでもないが。

※自分のペット(モンスターw)を仲間にできるとかだと散歩が楽しそう。
※スクエア・エニックスさん、なんか、お願いします(笑)。

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雑談の時間。

毎週行なっていることのひとつに「雑談の時間」がある。とあるチームのメンバー(全員女性だが)と世の中のことについて対話する貴重な貴重な1時間だ。まったく仕事には関係の無いと思われるような内容も中にはあるが、話していると途中でふと何かに気づくメンバーもいたりする。

この「雑談の時間」こそこの時代には必要であり、その雑談のなかで気づくものに価値があると僕は感じている。これを、無駄な努力と見るか未来への投資と見るかによって、その先の考え方が大きく変わっていくのだと信じている。だからこそこの気づきに重きを置いているのだ。
月曜日の台風の関係(まだまだ被害の大きい地域の皆様のことを考えると心が痛い)で今週は中止も発生したレゴ®シリアスプレイ®。昨日は別のチームだったのではあるが、要請を頂き二時間強のワークを実施した。自分自身の内省とそこから導き出すチームビルディングという内容。
終了後の感想で「形から考えるの意味が理解できた」「後づけしたものにも意味があると知りました」という嬉しいコメントも頂戴した。作品を作って、意味を与えて、ストーリーを語り、振り返るというレゴ®シリアスプレイ®の真髄を知ってもらえて本当に感謝してもしきれない。

明日金曜日もワークショップが待っている。二時間という限られたなかで楽しく自分というものを意識してもらう。それからこの感想のようなチームの活性化だ。「出来上がった作品を中心にして話す点は、誰かを傷つけることを怖がって発言が臆病になるのを軽減してくれるようだ」

改めて言う。手のチカラを信じる。手が語りだす言葉を決して否定しない。作品がすべてだ。他者の作品にリスペクトする。やりっぱなしではなく作品について振り返る。ひとりひとりが違うことを受容する。そして「雑談の時間」を大事にする。貴重な時間を有意義に使ってもらおう。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

良いところとそうでないところ。

墨田区から中野区に移り住んではや半年になる。一番感じるのが「歩き煙草」の方が想像以上に多いことだ。個人的感想を申すとこれがこの街の印象にどれくらい影響しているのかは皆目分からないが「良いところとそうでないところ」を引っくるめて街というものは形成されている。

昨晩のワールドカップ二次予選ミャンマー戦を見た感想としては、その「良いところとそうでないところ」が入り混じった試合だな、と。「凄えな」とか「流石」とかに混じって「え、そこ行かないの」とか「なんでそれ」とか「意味が分からない」というのが僕のバズワードだった。

なんだかゴツゴツしたあの個性は無くなったものの何とも言えないオーラの選手たちに、良くも悪くもこれが今の日本を象徴する代表スタイルなのだと僕は見えてしまった。後半圧力を強めてきたミャンマーに対する戦い方は、少なくとも今後このチーム形成に大きく影響するだろう。

それでもしっかり手にした無失点での勝ち点3はこの水浸しのピッチを見ているだけでも正しい道を進んだのだと僕は感じる。「毒を以て毒を制す」という言葉が適切かどうかではあるが、良いところとそうでないところが今必要な個性だとするならば、信じる道をひた走るしかない。

何となくだが今回のワールドカップ予選、どこかでアウェイ戦を見に行く予感がしている。僕のこれまでの記憶を辿ると、訪問した国々で起こった「良いところとそうでないところ」が入り混じった歴史でもあった。今回はどちらに転ぶのだろうか。正直なところ皆目分からないが。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

本から「もうそろそろ大人になれ」と言われた件。

好き嫌いがあまりないのだが始めに断っておく。大変恐縮ではあるが11年前の例の出来事以来、どうもあの御仁を好きになれないままでいる。Jリーグのホームタウンやホームスタジアムという概念を考え直すきっかけになった(はずの)2008年に起きた事件のことを今でも思い出す。

普段はあまりこの手のものは読まないのだが、先日とある御方からの紹介で「サッカー日本代表帯同ドクター ~女性スポーツドクターのパイオニアとしての軌跡~」という書籍を手にとった。ロシアワールドカップに帯同したスポーツドクター・土肥美智子さんについて書かれている。

お恥ずかしい話お名前を存じ上げていなかった(本当に失礼)こと、また、ドクターの立場から見たロシアワールドカップという非常に新鮮な内容でもあってか、ほんの僅かな時間で読み切ることが出来た。文中には何名かのスタッフの方のコラムもあり、とてもリアルに感じられた。

このような本を読むと日本代表という華やかな舞台の裏で様々な方々の下支えが存在していることに気づく。特に2ゴールを決めた乾貴士選手の大会直前の話などは、良いところだけしか見ていないワールドカップなんてなんとつまらないものなのだろうかと自嘲してしまうくらいだ。

女性として組織内での立ち位置にまつわるハリルホジッチ氏とのこと(スーツの話はふいた)、そしてそれ以上に家族。常に苦労と葛藤があるのだろうなと文面からは感じ取れた。スポーツ界における性別の問題についてもそう。全ては人の関係性から物事が始まっていると言える。

さて今日から日本代表はワールドカップカタール大会への長く厳しい戦いが始まる。選手たちが素晴らしいコンディションで試合を迎えられるのも土肥さんのようなスポーツドクターを含む支えがあるからだ。まずは何とか緒戦を勝ち取って幸先良い2022年への第一歩を踏みしめたい。

そこで冒頭の話に戻ることになる。事件については至る所で話してきたのでここでは割愛しておきたいと思うが、なんだかこの本から「もうそろそろ大人になれ」と言われた気がした。おかげで少しだけ(ほんの少しだけ)好きが増えた気にもなってきた。もうあれから、11年も経つ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

命あっての物種。

台風15号が猛威をふるっている。いつも思うことは「備えあれば憂いなし」。人間はなかなかそれができない。危険だと思いつつも手を打っておくことが何故かできない。僕自身もそう。だから問題が長期化する。喉元過ぎれば熱さを忘れてしまう。実にどうしようもない生き物だ。

ちょうど今、雨、風とも上がっていたのでひとまず歩いてみる。近所の神田川の流れがいつもの10倍近く速く、水位も高い(それほど見ていないので正しいかは分からない)。これは結構なものが流されていっていると推測される。いつでも目に見える形で自然の脅威は現れてくる。

いつも仏様の周りに立てられていた旗の付いた物干し竿が全て根元から折れている。これを見るだけでも、この場所に途轍もなく強い風が吹いたことを感じ取れる。公共交通機関の遅れも相当あるため少なくとも午前中の関東圏はかなり混乱するであろう。そんな中で仕事を始める。

兎に角、何よりも我が身の安全、家族の安全を最優先に考えてほしい。鈍感な僕とは違ってアミーゴの方々は「備え」ておられるはずなので大丈夫だと思うが、まずは細心の注意を。やはり、命あっての物種、だ。早くこの台風15号が日本列島から離れていくことを切に願いながら。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

雨降りが好きだった理由。僕らが存在する理由。

台風が近づいている。最近では風水害も多く不謹慎ではあると思うが、子供の頃は雨降りの日が好きだった。しかしながら時を重ねるたびに好きという感情がなくなっていった気がする。先日に見た映画「天気の子」ではないのだが、恵みの雨があればそうでない雨の場合もある。

月曜、水曜、金曜と今週レゴ®シリアスプレイ®のワークショップが続く。対話の内容も全て違うのでドキュメント作成が目の前の課題だ。昨日一日かけてなんとかふたつのプレゼン資料を仕上げ(自分なりに)たので残りひとつ。類まれなる集中力の欠如と仕事が遅い性分を呪う。

「LEGO® SERIOUS PLAY®メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテーター」となって早いもので一年が経ったが、それにしても多くの方にお声をおかけいただいて非常に感謝している。この歳でもあるので体力とのトレードオフが必要だが、なんとかお役に立ちたい。

一年間ワークショップを行なってきてやはり感じるのは一年前にも書いた「声なき声に耳を傾ける」ことであると確信している。「好き」の反対語は「嫌い」ではなく「無関心」であることを僕は常々言い続けているが、言葉にならない思いは組織にとって何の足しにもならない。

不確実な世の中でもある。モヤっとしたこの感情のまま会議を進めるのかそれとも原点に立ち返って「自分たちは一体何者なのだろうか」「自分たちは何のために存在しているのだろうか」「自分たちはなぜここにいなければならないのだろうか」を再認識してみるのも手である。

個人的感想だが、チームが上手くいかない大半がこれらを意識しないまま「どうすれば」を探す旅に出てしまっている。そして、到底これらは自分たちだけでクリアできる問題ではない気もしている。だからこそコンサルタントだけでなく僕らファシリテーターが存在しているのだ。

僕は解決方法を指し示すこともできないし、正しい方向性を見出すこともできない。しかしながら組織やチームが進むべき道を照らし、掃き慣らし、歩きやすくすることはできるのかもしれない。その仕事が今の僕の心と身体にとって、間違いなくフィットしていると思っている。

もうそろそろ関東地域も雨が降ってくるはず。子供時代に好きだった理由のひとつに「雨上がりの虹」というご褒美があった。先日、出産祝いのお返しでLEGO®のペンを貰った。僕の前に今、虹がかかった。何となくで…

#マトリックス から見るシンギュラリティ前夜。

いつも意識していることがいくつかある。近い未来も中途半端な今後も長期的な将来もそこには含まれている。その中でもシンギュラリティ(技術的特異点)という言葉に非常に惹かれる。2045年、AI(Artificial Intelligence)いわゆる人工知能が人間の知性を超える概念でもある。

それほど多くのデータがあるわけではないが、お粗末ながら僕自身も人間の働き方のジャンルにおいて様々な研究をしてきた。その結果、人はコンピュータが導き出すおよそ求める答えに近いであろうサジェストという産物は、人と人の関係性にまで影響力を及ぼしていると感じる。

映画「マトリックス」が20周年という迎える節目の今年。各地でMX4D上映されることを知って震えた。同調してくれる方も多いと思うが、初めてこの映画を見たときの何とも言えない衝撃を今でも憶えている。まさに僕自身も子供のころから常々考えていた未来にほぼほぼ近い。

見れるのは僅か二週間。僕は居ても立っても居られず初日に観に行ってきた。当時と映像は同じではあるが、動く座席と特殊効果によって更に感情が高ぶる。MX4Dという”マシン”から提供された136分の極上体験。僕自身、生活だけでなく娯楽においても機械に頼ってしまっている。

もうどこまでがAIの指示に付き従っているのか、それとも自分の意思を貫けているのかが分からなくなってきているこの時代。もはやそれを見極めることが出来ないくらい人間社会は多様性に満ち溢れてしまったのだろうか。データに頼る「選択と集中」。見極められない「偉い人達」。

それでも僕は「リローデット」「レボリューションズ」と続くマトリックスシリーズを多くの人に観てもらいたいと思っている。当然三部作となると大いに好みが分かれる(この映画もそのひとつ)のではあるが、物語の背景や事情も含めて理解すると、より味わえるのではと思う。

こんな話ばっかりしているので既に”変な人認定”されているのは仕方がないとは思うが、僕らは既に「マトリックス」というカプセルの中で踊らされているだけなのかもしれない。兎に角まだまだ時間は存在する。人間という生物学的生命体がこの先どんな選択をするか楽しみだ。

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パラグアイ戦の帝王。

厳しかった8月が終わりここからバイオリズムが上がってくれば良いなと感じているのだが果たしてどうなっていくだろうか。少なくともこの先ワークショップ3本分のドキュメント作成が待っているのだが時間的制約をクリアしきれないスキル。まだまだ努力の足りなさを痛感している。

そんな9月の始め。2022年ワールドカップカタール大会を目指している日本代表。二次予選直前のパラグアイ戦をテレビで見た。今これが一番の構成であろうメンバーで戦い結果2-0。特に大迫選手、中島選手、堂安選手、そして帝王を含めたカルテットは惚れ惚れするほどの状況だった。

先日行なわれた川崎フロンターレ戦での瀬古歩夢選手の猛アピールによって一部では改めて話題になった南野拓実選手だが、歳を重ねるごとに大人になっていくのを非常に感じる。ゴールシーンの動き直しなど見ていても、セレッソ大阪にいた頃と比べたら桁違いに凄くなっている。

試合終了後はさすがに消耗していた表情をしていたが、フル出場のなかでも運動量は落ちずどのセットでも問題なくプレーできるところは本当に素晴らしいなと感じてしまう。ミャンマー戦のスターティングメンバーがどうなるのか正直分からないが、まずは強い日本代表を見たい。

セレッソ大阪に関わる選手が日本代表として出場しているだけで心が和む。特に少年の頃から見続けているだけに肩入れもしてしまう。何となく西が丘サッカー場で「あいつは凄いよ。日本代表は間違いないだろう」と語ってくれたあの御方を思い出した。あぁ会いに行かなあかんわ。

そんなこんなで3つのワークショップのあいだに行なわれる日本代表戦を楽しみにしながら、週末はひたすらMacBook Proと向き合ってひたすらプレゼンを作り続けることになりそう。イライラして「うっさいん・・・」口から飛び出さないよう気をつけないと、と心に誓うのだった。

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クロヱ3歳。人生と犬生。

すっかり書くのを怠っていた。時が経つのは案外早いもので、先日我が家のクロヱ(パグ♀)が3歳の誕生日を迎えた。人間の年齢でいうと28歳?くらいで、ようやく大人として成熟しかけているところだがまだまだお転婆娘のままである(いや40越えてもオコチャマは存在する)。

思い返せば自分自身がオコチャマだった幼年期の頃から常に犬と一緒に暮らしていたという実感がある。戌年生まれでもあるし、獅子座だし(関係ない)、里見八犬伝好きだし(もっと関係ない、あ、こっちのほうがまだマシか)。人犬共に幸せに満ち溢れた時間を共有している。

僕の運命的に寿命的にクロヱが最後の犬のような気がしてならない。だからこそ今まで共に歩んできたジル、エリー、ポール、テリ子のことをいつも思い出しながら懐かしみながら、クロヱと触れ合える時間を大切にして毎日を過ごしていきたいと思う気持ちがとても大きいのだ。

人生と犬生。この数奇な巡り合わせを胸にこれからも前向きに進んでいくつもりだ。散歩の距離が伸びれば伸びるほど、生き物同士の距離は近づいていくのだと僕はそう思う。物言わぬ分だけ余計にそう思う。それが人間だと、それが人間ができる愛情表現のひとつなのだと感じる。

子供も犬も自分の道具じゃない。彼らは大事な家族でありかけがえのない存在なのだ。勿論ときには躾が大事なのかもしれないがそれ以上に愛情はもっと大事だ。いやそんな言葉で収まるものではないのだ。最後は何度も何度も繰り返される哀しい出来事に重ねてしまって済まない。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

僕がセレッソ大阪ニュースをLINEで見る理由。

とある御方から「IT屋のくせにブログで全然ITのこと書いてないやん」とのお叱りを受けた。全くもってその通りだ、面目ない。ということもあり、たまにはITについて書いておかねばまた罵声を浴びせられることにもなりかねないので、少々お付き合いをお許しいただきたい。

以前に、移転前の「dobroのイバのblog」でも書いてあったのだが改めて。僕セレッソ大阪の公式情報をLINEで見るようにしている。何故チャットなのかというと、生活の中での使用比率が高いからだ。セレッソ大阪を生活の一部としている僕としては言わば当然のことだと思う。

ところでだ。情報というものは鮮度がある。だからこそ自分の生活に合った、自分の生活に準じた場所(タッチポイント)でキャッチできなければ情報の鮮度は落ちていくだろう。今の僕はLINE、Facebook(メッセンジャー含む)、Twitterなどに比重を置き過ぎている節もあるが。

少し横道に逸れてしまったが、そのような意味合いでLINEに情報を集めるようにしている。さてこの設定に必要なものは、スマートフォン、LINEアカウントそしてIFTTTというアプリケーション。それからセレッソ大阪のブログを受け取れる環境(RSS)を準備することになる。

また、ブログだけでなく、気になるTwitterアカウントもこの方法を利用してLINE上で閲覧できるように設定している。これにより、わざわざブログやTwitterに出向いて、雑多な操作や検索に惑わされることなく、自分の欲しい情報に辿り着ける。設定方法は・・・またの機会に。

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「両雄並び立たず」。

「両雄並び立たず」とはいつの時代にも現れるが本当にそうなのかと疑問も湧き上がる。先日レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットが初共演した「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」を観に行ってきたが、改めて「両雄は並び立つ」ことを認識したのだった。

「両雄並び立たず」とは中国の史記にまつわる言葉のようだが、僕の中のイメージでは横山光輝先生の漫画「三国志」の中での曹操孟徳と劉備玄徳の関係性で出てきた一節のイメージがかなり大きい。「英雄は二人いらない、ただひとりで良い」という感じだったような気がする。

サッカー界でもしばしば「共存できるか」だとかいう言葉で語られるケースは多い。少し毛色は違うし何となくぼやっと感ではあるが、僕はどうしても二人のロベルトを思い出してしまう。二番手に甘んじることを敢えて拒否する姿勢などが物議を醸しだしていた1994年のアメリカ。

セレッソ大阪ではどうだろう。噛み合わないだろうなと思いきや意外とマッチした黄善洪さんと西澤明訓さん。年齢差のおかげなのかも知れないが、この二人が本当にとんでもないファンタジーを見せてくれていた。クラブ64ゴールという数字とともにあの年の良き思い出でもある。

東京国立博物館で行なわれている「特別展三国志」がもうすぐ終了してしまうのだ。近々で何とか行きたいと思っているが仕事とのトレードオフはどうなるのだろうか。両雄並び立ったどころか国家三分の計という三人の英雄を生み出したその歴史を堪能したい。何とか頑張りたい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

40年。

分かる人には分かる。

先日時間を作って「#009 WALKMAN IN THE PARK」を見るために銀座まで足を運んだ。今年でちょうどソニーウォークマンが40周年を迎えた。このブログでも以前盛田昭夫氏の動画を紹介したが、僕にとってのSONYは憧れの存在以外の何物でもなかった。それくらいイカしていたのだ。

会場へ辿り着いた。嬉しいのは最終日前日という日取りもあったのかもしれないが、かなり多くの方々がこのイベントに訪れていたことだ。中学生だろうか友達同士からご年配の夫婦まで老若男女が40年の記念を祝うかのように、ウォークマンを手に取りヘッドホンを頭につけている。

著名人の面々が思い思いに自身の思い出を綴っている。僕が初めてウォークマンを持ったのは一体いつだっただろう。親にねだって買ってもらったのだろうか、それともせっせと貯金をして手に入れたのだろうか。まったく記憶にはないのだが、手のひらの感触だけは今も残っている。

楽器を演奏していたわけではないし、音質なんかにもそれほど興味が無い。そもそも音楽自体を聴くこともそれほど多くなかった。しかしながら、人生の節目節目でどこかの誰かの「歌声」というカプセルに入った「勇気」のサプリを注入してもらったと感じていることだけは確かだ。

40年の時が流れ今の時代はスマートフォンでお気に入りの音楽を楽しむ。手軽に気軽に耳が音楽を受け入れていく。同じくらい半世紀近くを生きている僕の最近のお気に入りは何故か「For The Top of Dreams」。作詞作曲は勿論、ウォークマンと同じときを過ごしているであろうあの方。

分かる人には、分かるのだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第25節 川崎フロンターレ戦。

「因縁」とはいつの時代も大事な場面で訪れる。自分自身も先日「因縁」という言葉を強く感じるシーンがあったのだが、できるだけ考えないようにしたところ何故だか不思議とクリアすることができた。あまり深く考えず”ケ・セラ・セラ”よろしく流していくのもありなのだ。

長居スタジアムでの川崎フロンターレ戦となるとどうしても2000年5月27日を思い出すだろうが、よく考えてみるとあの頃とはもう立ち位置も状況もまったく変わってしまっている。2006年の雨の長居第二陸上競技場も含めて、川崎との「因縁」はこのまま薄れていくのだろうか。

瀬古歩夢選手の先制、鈴木孝司選手の勝ち越し共に我々の”らしさ”が出たゴールだった。特に瀬古選手のJ1初ゴールは自分ごとのように非常に嬉しい。U-22日本代表にも選出されたが、セレッソ大阪で更に活躍し、ここから東京オリンピック代表、フル代表への足がかりにしたい。

それにしてもだ。この暑さのなか、奥埜博亮選手、藤田直之選手、レアンドロ・デサバト選手の三人で35km以上を走り切るのは本当に驚異的だ。勿論走らされていたと言える部分も無くはないが、チームが助かっているのは言うまでもない。全ての選手のRUNの勝利だとも言える。

インターバル前のこの大事な試合で勝ち点3が手に入れられたのはとても大きい。「因縁」なんてものはどうでもいいと思えるような熱い試合内容。怪我人も増えるであろうなかでまたひとつ戦えるチームに成長したという感がある。残り9試合で更なる「因縁」が増えねばよいが。

何故ここまで僕が「因縁」という言葉に拘った書きっぷりなのか。それはまた別の機会にお伝えしたいと思っている(果たして書けるのかこれ)。それにしても大人になればなるほど引くに引けなくなる喜劇。踊る道化師のように”ケ・セラ・セラ”と僕は右から左に受け流す(古)。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

リアルで魅力溢れる大正区を感じよ。

少々大阪で滞在した際に梅田周辺を歩いてみた。確か、阪神梅田駅にジュースが飲める店があったような気がして僕は階段を降りる。店はかなり綺麗になっていてかなりの人だかりになっていた。久しぶりに飲むリアルなミックスジュースの味は変わったような変わらないような。
大阪の街も変わり続けている。年に1回帰れば良いほうな僕の故郷大正区も同様。無くなってほしくないのにいつの間にやら消えていく。実家に戻るたびにそう感じてしまうのはどうやら歳を取りすぎたせいだろうか。時間の経過とともに過去も消されていく気になってしまうのだ。

大正区という街をご存知だろうか。大正時代に出来たわけでもなくたまたま大正橋という存在のおかげでこの区名になったと歴史は語る。木津川と尻無川に囲まれた橋を渡らないと辿り着けない”修羅の国”。聖地と言われる千島団地は「軍艦マンション」とも呼ばれているらしい。

総人口6万人。リトル沖縄と称されるこのモアイみたいな形をした街の変わりようが気になる。滞在時間が限りなく短いであろう次回の帰省の際にも、新たな変化が眼中に飛び込んでくると信じているがどうなるやら。そんな中途半端さも含めて僕は大正区という街が大好きなのだ。

リアル渡し船に乗れ。リアルメガネ橋を渡れ。リアルに美しい(いや過去形か)夕日を昭和山から見よ。そんな魅惑の街大正区を肌で感じてみよ。僕はこの街で人生の最期を迎えることになるはず。その場所を探す旅にまた向かう。唯一の交通手段であるバスに揺られることだろう。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

二十世紀セレッソノスタルジア。

セレッソ大阪の選手たちが次々と日本代表選出されていくニュースがITを駆使した自分独自に設定しているLINEグループに流れてくる。J3での出場機会やガールズの存在によって若い頃から代表レベルで世界と戦えているのは、成長における有意義なポイントでもあると思う。

レストランでバイエルン・ミュンヘンから来ていた御方と当時U-18の監督さんから言われた強烈な一言を思い出した。1990年台後半の出来事。そこからアンダーカテゴリーの試合を見るようになったのは以前にも書いた。そういう信念の積み重ねが今の成績に表れている気がする。

よく考えてみるとあの頃は非常に充実していた。ただ生活するだけでなく多くの方と触れ合い、刺激を貰って自分の中で解釈し実行に移していた。二十代から三十代に差し掛かるこの多感な時期の出会いによって、今の自分というものが形成されていったと途轍もなく感じる。

その中でも、セレッソ大阪というサッカークラブに関わってこられた方々との交流が今も続いている。まだまだ学ばせていただく機会を頂けていることに素直に感謝したい。「ええおっさんになったな」と声をかけてもらえただけで、歩んだ道が間違っていなかったと思えるのだ。

今日のクラブとサポーターの距離感とはまた違った関係性。そんなものが21世紀に差し掛かる間際のセレッソ大阪に存在していたような気はする。勿論のことながら今は今でとても素晴らしい関係なのだが、個人的に最近やけに”二十世紀セレッソノスタルジア”に浸ってしまう。

9月末。ちょうど父親の命日で大阪に戻る。そこでも多くの”二十世紀セレッソノスタルジア”に浸る予定でもある。信念の積み重ねの末に辿り着く場所。そんなことを考えていると早くサッカーショップ蹴球堂を復活させたくなる。そんな折に店長から連絡が。さて動き始めるか。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※蹴球堂十周年記念ユニフォームとクロヱの図。

錦糸町でベリーダンス初体験。

雨である。九州ではかなりの災害レベルだともニュースで見る。この地域のアミーゴの無事を祈っている。雨のせいか逆に東京は朝晩の気温がぐっと下がっていて、ハーフパンツなどで散歩に出かけると若干肌寒さを感じる。日本という国の天候気候は実に難しく実に読めない。

そんななかで昨日「THE SILKROAD」なるベリーダンスイベントを訪れて少し日本的感覚から離れてみた。錦糸町に足を踏み入れたのは実に5ヶ月ぶりだ。両国から一駅歩いてみたのだがこの界隈の街並みはかなり変わり果てていた。たった半年足らずなのに時が経つのは実に早い。

SILKROAD Cafeというお店に辿り着く。え?こんなんあったっけ?何時出来たの?と幼く見えるが笑顔がキュートな店員さんに聞いてみたらなんと3年ほど前。本当に?いつもこの前を自転車とか歩いたりしていたよ?僕の観察力とは所詮この程度でしかなかったのかと改めて凹む。

そもそも”踊る”という行為が全く似つかわない僕。ベリーダンスというジャンルはもちろん初体験。食わず嫌いではないのだが正直なところ接点が何も無かったのだ。今回アミーゴからお誘いを受けて赴いたこの地で、何が起こるのかも全く想像がつかないなかイベントが始まる。

うん・・・いやこれすごく良いな。なんだか心を揺さぶられる。なんだか夢を見ているのかな、そんな高揚感で溢れてくる。確かに、飲みながら食べながらダンスを楽しめるのもこのイベントの素晴らしさを更に大きくしている気がする。正直あっという間に至福の3時間が終了した。

とは言え、とてもじゃないが自分自身が踊ることは死ぬまで無さそうだ。とりあえず見て楽しむほうはまだまだいけそうに思えてきた。今回何名かのベリーダンサーさんともお知り合いになることができたので、また機会があれば見てみたい、そう思えるベリーダンス初体験だった。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「私は、そもそも人間というものに向いてないのですよ」。

誰かが誰かを応援するには勿論のことながら理由が存在する。例えば病気がちだった子供の頃に勇気を貰ったとか、近所でも評判の”ちゃんと挨拶できる子”だったとか。応援する側にもされる側にもそれぞれの論理があり、それが実に美しく調和されているところに僕は惹かれる。

若い頃から「アイドル」という生物学的行動体に惚れてしまう体質でもあった。大手を振って世界の中心で叫べるほどではないが、聖子ちゃん明菜ちゃん、おニャン子クラブに始まり今日に至る過程の中にも、ある意味特別でれっきとした僕なりのこだわりが散りばめられている。

最近ではご当地アイドルと銘打って日本全国(いや世界中か)にアイドルグループが存在し、いつでもどこでもアイドルと触れ合える機会を持つことが可能になっている。オジサンとなった今でも彼女たちの情熱に感化され応援し続けている方が僕の周りにもことさら多いのだ。

3年前の5月。アミーゴの某監督からの要請で参加した「ロリさつ」という作品により知った秋葉原女優アイドル・プロジェクト『ピカ☆マイ』。今年7月に解散したものの、ことあるごとに応援し続けてきた。その流れで映画「星を捨てて」を見るために池袋シネマ・ロサを訪れた。

内容そのものはアイドルものでありSFっぽいところあり涙あり感動あり。僕はただの映画好きなので細かい話はするつもりは毛頭無いが、ひとつだけ言えることとすれば特定のワンフレーズにとてつもない共感を得る結果となったのだ。映画の中の女子高生から教わったのだ。

「私は、そもそも人間というものに向いてないのですよ」

ポスターやフライヤーでは何遍もこの言葉を見てきたにも関わらず、映画の冒頭でこの台詞を聴いた瞬間、僕は何もかもを見透かされたような気持ちになってしまった。この思いを誰かに知ってほしいわけでは無いのだが、多分何も感じない人には到底想像もつかないのだろう。

老いも若きもなく映画に心動かされることは少なくない。どんな映画であろうとそのワンカットワンカットから発せられる極上の言葉が溢れ出してくる。「私は、そもそも人間というものに向いてないのですよ」もしこの言葉に惹かれたのなら、是非池袋に足を運んでみてほしい。

アイドルだからとか若い子たちはちょっと・・・ではなく、是非、素の彼女たちを見てほしいと切に願う。僕は何の影響力も持たないが彼女たちを応援することくらいはできる。こんな…

僕のサポーター的考え方。

先週からの繰り返しの話で大変恐縮ではあるのだが、先日のキッズイベントの僕が描いたイメージは「混沌のなかの秩序」。レゴを利用していたこともあって参加させていただいたのではあるが、改めて子供たちのイマジネーションというか感性は素晴らしいのだなと再認識した。

僕のもっとも不得意とする未就学児たちがレゴデュプロで好きなものを作っている。これもまさに「混沌」だ。しかしながらそんなカオスな中にも、子供なりのルールが存在し実にコントロールしている。この才能を活かしてどう大人になっていくか周りのサポートが大事だ。

あまり過保護になってもいけないし放置が過ぎると良くない。サポートとは付かず離れずただし本当に助けて欲しいときに手を差し伸べてあげられる、そんな気持ちがあれば人は育つのだろうと勝手に解釈しているが正しいだろうか。子供が大の苦手な僕が言うのも何なのだが。

サポーターとしても同様だと僕は感じている。歌い続けることが好きでは無かった。もっと試合を見よう、試合の流れを見よう、それからもっと選手たちの表情を見よう。そのうえで今やれる最大限のサポートの声をピッチに向かって発しよう。そんな言葉を常々口にしてきた。

クラブができてサポーターとしても黎明期を越え、今、ゴール裏にはたくさんの方々で埋め尽くされている。当然ながらファンが集まり強くなったセレッソ大阪しか見ていない人も大勢いるだろうが、だからといって歴史を押し売りする気はさらさら無い。そしてその必要もない。

姿形は変えようともDNAは受け継がれている。彼らは試合を読み、選手の息遣いを感じ取り、本当に助けてほしいと願う最善のタイミングで最高のチャントを鳴り響かせる。セレッソ大阪にしかない、いや、セレッソ大阪だからこそ、この戦い方が受け継がれているのであろう。

僕のような人間がもはや彼らに言うことなど何も無い。何かを請われても願い下げだが、若い方々に向けて常にイマジネーションと感性を伝え続けてきたことについては誇れる。長い歴史の中では僕などは点でしかないが、点と点はいつでも繋がる。それもサポートだと僕は思う。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第24節 ジュビロ磐田戦。

結果を知っての状況だが、今、見逃し配信でジュビロ磐田戦を視聴した。試合については後述するが素晴らしい内容であることにとても満足している。良いサッカーは溜まりに溜まった身体の疲れを一気に晴らしてくれる活力剤でもある。結果が伴うと更に清々しい思いだ。

僕にとってのもうひとつの栄養源、それは多くの方から聴く「言葉」だ。コミュニケーションに問題のある僕だが、金曜日のレゴ®シリアスプレイ®とその後の懇親会、土曜日にキッズイベントと昼食会で得ることができた。やはりポジティブな言葉が多くなる対話は楽しい。

昼食会ではインターンの皆さんに囲まれて本音を聴かせていただいた。自信と期待と不安が入り交じる、まさに試合開始前の気持ちに近いのではないだろうか。これから選択の時期がくる彼女らの質問が新鮮過ぎてなんだか心地よかった。僕の言葉が少しでも役立てばよいのだが。

さて肝心の磐田戦。相手の死物狂いさが伝わってきて受けてしまう時間が多かったのではあるが、チームとしての形が確立してきている気がするゲームだった。ベースは変わっていないとはいえ、鈴木孝司選手のようにすぐにフィットしてしまえる柔軟さもあるのは素晴らしい。

多分そこには言葉があるのだろう。選手同士の言葉が飛び交っているシーンが試合中でも多く描かれている。議論でも反論でもなくそこにあるものは対話。チーム力はそこから生まれてくると確信している。今のセレッソ大阪はその言葉の力を余すところ無く見せてくれている。

言葉のパワーは無限大だ。この週末は女子大生と我がクラブから教えられた気持ちで胸いっぱいになった。人前では見た目以上に緊張しっぱなしの僕ではあるが、誰かの言葉によって少しずつこの歳になっても成長している気がする。Childrenとの対話もいつか克服できるだろうか。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

また旅に出かけるとするか。

九州熊本県。あの地震から三ヶ月後の2016年7月以来か。ロアッソ熊本との試合と被災地を訪れたのを今でも憶えている。今回は時間がなかったので近くまでは行けなかったが、熊本城は今も修復工事中だろうか、赤と白の色をしたクレーンが設置されているのが遠くから見えた。

セレッソ大阪が当時まだJ2にいたことを思い出した。なかなか試合に行けていない時代(いや今もそうだろう)にどうしてもこの試合だけは見たいと思った熊本。その地でレゴ®シリアスプレイ®を行なうことを想像するどころか存在も知らなかった。時間が経つのは思いのほか早い。

多くの方の協力を受けて無事ワークショップも終了。個人のこと、仲間のこと、チームのこと、未来のこと、今できること。レゴで作っていけば行くほど深みが増していく。コンストラクショニムズ、フロー理論、「まずやってみる」思考への転換を中心に前向きになっていく。

仲間の作品を見て感じることを経て、手を使ってものを作ることで自分自身の考えに更に拍車がかかっていく。この感覚は実際に体験してみないと分からないのかも知れない。後づけ、蛇足何でもあり。まずは手を信じて動かしてみる。それは子供がおもちゃで夢中に遊ぶように。

しかしながら大人の僕らは、ただ単に遊ぶだけでなく、眼の前に展開される作品に意味付けることができる。手から発したその言葉の先に原理原則、コアアイデンティティが見えてくるのだ。それぞれの立場を越えたなかから、今回も最高の共有モデルが完成して正直心が震えた。

これから移動し今度はレゴを利用した子供向けのイベントに参加する(大丈夫だろうか)。レゴ、レゴ®シリアスプレイ®が導き出す威力はまだまだこんなもんではない。僕自身まだまだファシリテーターとしてはひよっこでもあるので努力を継続していく。また旅に出かけるとするか。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

人の感情の歴史。

歴史は繰り返す。幕末明治人間を標榜する僕だが、縄文・弥生以前の時代からの日本史全般、そして紀元前から中世にかけての世界史についても読んだり聞いたりすること少なくない。そこからまさに人間の持つ感情というものの歴史が繰り返されているように思えてくる。
そんななか、先日録画していたNHKスペシャル「全貌 二・二六事件 ~最高機密文書で迫る~」(ちゃんと払ってます)を見た。謎の多かった二・二六事件に関する極秘文書がこのたび発見されたという内容だったが、いち個人としても本当に驚きを隠せない真相でもあったのだ。

僕の中の既知情報とは違う。日本海軍による想定の範囲などを額面通りに受け取るとするならば、一歩道を間違えていたら日本最後の内戦は「西南戦争」では無くなっていたことになる。しかも首都の東京で起こるという、とてつもなくインパクトの大きな出来事であると感じた。

その詳細を記していたのがなんとその海軍だったという。資料が殆ど存在せず謎の歴史になりつつあった「二・二六事件」について少しずつ明らかになっていく。過去の情報を現代に蘇らせる技術だけでなく、過去の事実を受け止める準備が必要な時代なのだなと感じてしまう。

歴史は繰り返す。人間の感情によって繰り返されていくのだ。そんな世に僕は生きている。個人の思いに加えて、しがらみ、立場、固定観念、既成事実、やっかみ、思惑・・・。当時は乗り越えられなかった陸や海を、新たな武器を手に入れた今の時代ならどう歩けるのだろうか。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

猛犬と散歩。

最近何だか健康を意識するようになってきた自分に驚いている。若い頃は暴飲暴食と言うほどでは無いにしてもリミッターなんてものは存在していなかった気がするし、提供されたものは隅から隅まで平らげないといけないのだなと直感的に植え付けられていたようにも思える。

以前、からあげクンダイエット法(ネーミング!)を書いたことがあるが、少しペースは落ちてきたもののほぼ毎日食べている。このおかげかどうかは不明だが体重も狙い通りの値になっているので効果は少なからずある。三食必ず食べるが増減の差は思っているほど変化は無い。

またもうひとつはクロヱ(パグ♀もうすぐ三歳)の散歩量かもしれない。前の家のときは朝に散歩に行く時間がまったくなかったのだが、今は毎朝有り余るほど時間があるのでひたすら歩き続ける。犬も人も早朝からかなりバテバテになるのだが、それはそれで気持ち良いものだ。

5時くらいから暴れまわるこの犬の手伝いもあって健康を保てているのあればそれはそれで良しとするしかないな。年齢も年齢なので自分の身体くらいは自分で考える必要があることをここに来て知った。いつまでも元気で健康でサッカーを見たいから続けられるというものだろう。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

お待たせしました。お待たせしすぎたのかもしれません。

毎度の繰り返しで恐縮なのだが僕はインドア派である。「アクティブな活動をいつも拝見しています」「色々と飛び回っていますね!」「活動的なところを見習います」いやいやそんなの生活の0.0何%だから。内向的な性格だから。家のテレビで映画とかドラマとか派だから。
サッカーを含めて放っておいたらずっとテレビを見てしまうたちなので、最近は意識的に見ない(テレビを消すなど)ように努めている。ようやく映画もドラマも途中で止めることを何のためらいもなくできるようになってきた。大人への階段を登れるようになったということか。
そんななか少し前の話で恐縮なのだがNetflixで超絶話題になっている「全裸監督」を先日一気見した。年齢的にも時代背景が近いこともあってかかなり見入ってしまった自分がここにいる。ド素人として何も分かっちゃいない(と怒られている)が俳優陣の演技に素直に感動した。

そういや、昔運営していたULTRASサイト(閉鎖中)でも「ナイスですねえ」というコーナーを作って楽しんだりしていたし、かなり影響されていた感があるのも否めない。更にそれくらいパワーを持っている方々をパワーを持った方々が演じているのだから面白くない訳が無いのだ。
どぎつい描写も数多く存在しているので、今のこの時代にこのドラマが地上波で流れることは決して無いだろう。子供の頃にコソッと見ていた時代が懐かしい。そのような気持ちや思いが満載のまま大人になった自分を褒めてあげたい。僕の周りにはそんなアミーゴもかなり多い。
何だか書籍も読みたくなってきた。年末には村西監督の映画も公開されるようだ(いつ見れるのかと待ち焦がれていた)。待たされて焦らされてそれでもついていってしまうのが性分だ。そんな時には家から出てアクティブになるのだ。いつまでもどこまでもミーハーだな、僕は。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

シンプルなサポーター生を歩む。

若い頃と比べてスタジアムで試合を見る機会、特に長居へ行くことがめっきり減ってしまった(東京に来てから蹴球堂長居店を閉店してからとも言う)。サポーターという人生いわゆるサポーター生(独自語)が一体どこまで続くのだろうかと考えることが多くなっている。

今や人生の半分以上の期間をセレッソ大阪を応援し続けている。この四半世紀以上のサッカー生は嬉しいこともあれば勿論悲しみに暮れる日々も多々あったが、それでもこうしてサポーター生を歩んでこれたのはセレッソアミーゴのおかげだと言っても決して過言ではない。

老若男女問わず同じ目的意識を持ってただセレッソ大阪の勝利だけを目指して共通のベクトルとそんな距離感。会社や学校の枠を越えながらも毎週毎週同じ場所で共に戦うことで心と身体で通じ合い分かり合っていく。そんな関係性の居心地の良さが僕としては大好きなのだ。

今、このようにいい歳となったからといってその目的は変わらない。そうたったひとつなのだ。セレッソ大阪の勝利。それだけは揺るがない。だからこそ僕らはこんな長い時間を共有できているのかもしれないと感じている。僕らが考えている以上に幸せとは案外シンプルだ。

※多くの誕生日メッセージありがとうございました。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP
My妻からのバースデーケーキ

第23節 横浜F・マリノス戦。

先々週、やむを得ない事情で味の素スタジアムに行けなかったため、スタンドでサッカーをリアルタイム観戦するのは多分5月のなでしこリーグ以来ではないかと思っている。それで良いのかという叱責と共にこれほどセレッソ大阪の試合を見ていないシーズンも実に珍しい。

それにしても本当に暑くて熱い試合であった。気温は高く蒸し暑く、席にいるだけでも衰弱していくそんなゲーム。また中二日というこの時期での過酷日程。都倉賢選手の言葉を借りるならば「命を削る戦い」であったとも言える。両クラブ選手たちの頑張りには敬意しかない。

奥埜博亮選手の2ゴールと最後の最後までチェイスする姿にレジェンド現社長が重なって見えた。スピードと高さだけがサッカー選手の必要な資質ではないことを、奥埜選手は常に体現してくれている。尹さんからロティーナへ。全員で走り切るスタイルというものに感動を覚える。

そんな選手達を後押ししたのはULTRAS。あの絶妙なタイミングでの「何が何でも勝ち点3取れ」には本当に感動したし素直に尊敬する。3ポイントがどうしても欲しかったこの試合。足が止まる瞬間にチームの心をひとつにさせるチャントとはこういうものだと改めて知ったのだ。

久々ではあったが、やっぱりサッカーは現地観戦が一番いい。テレビモニタでは映し出されない色々なシーンに出会うことができるのだ。新横浜駅は28,304人の観客の一部を飲み込みかなりの混雑ではあったがこれもひとつのシーン。疲れ汗だくの身体に電車のエアコンが、沁みた。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

アミーゴは見てくれている。

サッカーショップ蹴球堂長居店が閉店して一年半になる。諸々の事情でなかなか次の場所も見つけられないのではあるが、多くの方に気にしていただけて本当にありがたい。なんとかポジティブに捉えて前に進みたいと思うが、僕らはどんな方向性で未来を迎えるのだろうか。

そんななかで今現在インターネットのみに店舗を置いて展開している。サッカーショップ蹴球堂BASE店である。現在は2デザインの三色展開でしかないのが本当に申し訳なく思っているが、そのような状況であってもTシャツを購入していただけていることに非常に感謝している。

先日もとある機会でお会いした方から「NEVER STOP,NEVER GIVE UP。すごく勇気が湧くワード。是非購入させていただきます」というお言葉と共にご注文を頂戴した。僕自身のモチベーションもアップしたがそれ以上に”アミーゴは見てくれている”という嬉しさのほうが大きい。

現在新たなデザインもかなり考えており、これからもアミーゴに見てもらえるよう努力して参りたい。2006年から毎年繰り返してきている僕らの試みは、たとえリアルな店舗が無かったとしてもひたすら続けていくつもりだ。言葉に込めたメッセージを多くの友に届けていく。

またいつの日かスタジアムを訪れる多くのファンやサポーターが、試合前そして試合後に集える環境を創りあげていきたいと思っている。多くの笑顔と出会える日がどんな毎日になるのか。夢を見る時間が長いのは申し訳ないが、この気持ちの持続は決して止まらないのだ。

今日、これから今年始めての観戦に向かう。いつものように僕の胸には燦然と「NEVER STOP,NEVER GIVE UP」が光輝く。いくら時間が経っても色褪せないこの言葉を噛み締め横浜Fマリノス戦に臨みたいと思う。スタジアムで顔を見たら是非声をかけてくださると幸いである。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

僕は金言を言えない。

調子が思わしくない。風邪っぽいこともあるが身体の節々がとても痛い。とは言え休んで床に臥すほどでもなく仕事はするし犬の散歩にも朝晩欠かさず行く。年齢のせいもあると自分自身に言い聞かせる毎日でもあるのだが、これほど急激に来たのはやはり45を越えてからだ。

親のおかげで子供の頃からスポーツだけは行ってきたおかげで何とかここまで無事生きてこられたが、ここからは老いとの共生を余儀なくされる。いつもお世話になっている先輩方の後ろ姿を、と考えているが思いのほか僕の周りには参考にならないくらいの元気人が多すぎる。

全国を飛び回ることが多いのでその際にも様々なお話をいただいたりするのだが、その言葉のひとつひとつが五臓六腑に沁み渡るくらいの金言だ。若い頃の僕はあまり人を大事にしなかった大馬鹿者だったが、それでも言葉をくれる方々には感謝だけでは足りないと感じている。

さて天皇杯の三回戦。レノファ山口との試合をゴールシーンだけだが視聴した。二発のミドルは見事だったがそれ以上にターンオーバー(というと出場している選手に失礼)のプレーヤーがここ数試合の払拭とまではいかないものの無失点で抑えられたことが非常に嬉しく思う。

試合に出られる選手がいる以上は出場できない選手が存在するのも必然。そんなときにどうすれば良いのか、を常に考えて生きているのだろうな、どうやってモチベーションを保っているのかな、と、この山口戦に出場してた選手を見ていて僕はそう思ってしまったのだった。

僕はそんなプロスポーツ選手の感情に向けてもレゴ®シリアスプレイ®メソッドを実践してみたいと常々考えている。僕はコーチでもなくコンサルタントでもないので難しい局面も多々あるとは思うが、個人個人の内省に導くことはできるはず。たとえ金言は言えなくとも、だ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

歴史から先人から僕らはどう学ぶのか。

仕事の関係で残念ながら今年の終戦記念日は靖国神社に行くことができなかったが、心のなかでお祈りさせていただいた。毎年のように書いてはいるが、今このような社会で暮らせているのも多くの先人の犠牲のうえに成り立っているからだと身が引き締まる思いでもある。

僕は周りから”マニア”と呼ばれるくらいの歴史好き(特に幕末〜明治初期)だが、最近は特に昭和史を選んで見たり読んだりしている。明治の終わりから大正を経て迎える昭和という時代。世界の中での日本という国家の存在。国民の暮らしなども含めて非常に考えさせられる。

昨日、録画視聴したNHKの番組(僕は受信料払っている)の中で描かれていた太平洋戦争に至る過程を見ていて、スケールの大小はともかく思考や行動など見ても、今の時代も言うほど変わっていないのかも、と妙に納得してしまうとともに少し不安に思ってしまう場面もあった。

今ちょうど読んでいるユヴァル・ノア・ハラリ氏の「ホモ・デウス」でも書かれているが、歴史から先人から僕らはどう学ぶのか、眼の前にある教科書をどう読み解くのか。そんな思いを強く感じさせてくれるのが8月6日や8月9日と同様にこの終戦記念日なのだと僕は思っている。

来年オリンピックとパラリンピックの間に75回目の終戦記念日を迎える。東京にいるかどうかは定かではないが是非お参りをしたいと考えている。それより今、自分自身の思考や行動を改めて見つめ直したいと思う。時間はあるようでそれほどでは無いことだけは自覚している。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※写真は2018年のもの。

思い立ったが吉日。

来週行なうワークショップの設計書をようやく書き上げ提出した。昨日の繰り返しではないのだが、この瞬間がとても心地良い。段取りができれば、あとは信じて行動するだけ。そんな毎日を過ごすのは僕にとって非常に意味のあることだと思うし、納得感に溢れるのだ。

たまたま過去のブログを見返していた。11年前、2008年の今頃は北京を始め実に様々な場所、土地を訪れていたのだった。最近は行動力が影を潜め中々出不精になってしまった我が身を憂う。年齢のせいもあるがなんだか段取りするところで挫けてしまうケースが殊の外多い。

確かに北京オリンピックなどは「思い立ったが吉日」ではないが本当に直近での即決だった。ヤフオクでチケットを探しエアなどの予約を行なってすぐさま飛び立つといった感じだった記憶がある。これに関しては段取りがどうこうという問題では無さそうではあるのだが。

そんなこんなで決めた。大阪ダービー、行く。ちょうど父の命日が近いこともあるのでタイミングが良い。どうも次の日にはJ3もヤンマースタジアムで行なわれる模様なので連チャンの様相。練習場は行けなさそうだが美味い飯を食らう時間は山程ある。行動あるのみ(何やそれ)。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※天津でのナイジェリア戦。

第22節 サガン鳥栖戦。

物事には全て理由があり必然と偶然は常に背中合わせである。事故は起こるべくして起こるが時に超常現象にも似た理解しがたい状況も訪れる。それがこの世の中であり、そこに僕らは住んでおり、そんな混沌の時代を生きている。どのような局面においても当てはまる。

だから人は準備をする。もし事故が起こったら、もしお金に価値がなくなったら、もし、もし・・・。段取り八分とはよく言ったものだが、ただ、この人という生き物は時間が経つに連れ過去のことを忘却の彼方に置き去りにする。残念ながら人間なんぞ欠点だらけなのだ。

昨日ようやくDAZNでサガン鳥栖戦を視聴した。結果的に逆転負けを喫したわけだが、モニタ越しで見たがそれほど悪い試合ではないというかどちらかと言うと全体を通して面白い内容でもあった。勝敗は時の運でもあり、勝ち点ふたつを取りに行った姿勢へのしっぺ返しだった。

それよりも悔やむべきは最初の失点であり、多分ここの守備を何度も何度も練習していたと思われるが、最後の最後でファーを開けてしまったところだと感じた(まあコーナーキックは最高だったが)。今のJ1に力の差は殆どない。こんな結末は大いに有り得るし現に起こった。

そんな結果の善し悪し以上にこのロティーナサッカーがセレッソ大阪に浸透した姿を早く見たいとさえ思った。バックラインの組み立てがハマったときやサイドにおける数的優位な状況を見ただけで、何だかセレッソ大阪が変わっていく感覚に鳥肌が立つほど興奮してしまう。

残り十試合強のなかでどれだけ勝ち点を積み上げて戦術の浸透と明確な結果の両方をこの2019年シーズンで残してくれるだろうか。指揮官や管理職には共に求められるところであり、選手の出入り、若手の台頭、ターンオーバー含めて、そのための準備が大切になってくる。

今僕はとても練習を見に行きたいと感じている。日程的に厳しいがどこかで舞洲を訪れる機会を、そう思い始めているのだった。準備と段取りが物の見事に下手くそな僕はこの先の未来どころか数日先のことすら決められないのだ残念ながら。ここが肝心なのではあるのだが。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ソニー創業者 盛田昭夫氏のメッセージ。

今、鳥栖戦を見ている。まだ序盤なのだがこの先に来る悲劇まで感情が持つだろうか。そんな「山の日」に山下達也選手が完全移籍するという何とも言えない振替休日を味わっている。まあ元来平日休日も意識していない性分でもあるので振り返られている気持ちはないが。
世間では三連休というその最中。先日たまたま見つけたこのような動画アーカイブを見ることにした。ソニー創業者の盛田昭夫氏によるウォークマン十周年について語っている。12分ほどおひとりで喋り続けている動画ではあるが、非常に興味深い内容で見入ってしまった。
「そのプロダクトがどんな人の生活を生み出すか」よりも「そのプロダクトは人の生活のどこで活かされるか」。現存するプロダクトが姿形を変え、どのようなイノベーションを起こすのか。ウォークマンの歴史を見ているとそんなことを思い出させてくれる気がしている。
今日、既に多くの技術や価値が存在しており世の中に全く無い価値を見つけ出すのは本当に難しい。僕自身もイノベーティブな企画を考えたりすることが多いが、ゼロをイチにする難しさをお腹が痛くなるくらい痛感している。また同じことを考えている人も万を下らない。
僕がとあるサービスを考えだしたとき、プロダクトというか仕組みは四半世紀前に存在していたのだが、そこに新たなテクノロジを組み込むことで違った価値を生み出すことができた。この価値を感じて頂ける方も増えていき、かなりのID数を獲得することもできたのだった。
それにしてもこのようなアーカイブがネット上に残っているのはありがたい話だ。Youtube始め見るに堪えない動画も無くは無いのだが、時たま見つけるお宝映像に心を震わされるのがインターネットの素晴らしさだろう。まだ手元にいくつかのお宝がある。無いのは時間だけだ。
※このあとで鳥栖戦は書こうと思う。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

東京ドームシティという教材。

東京ドームで開催の巨人対ヤクルトの試合を見に行ってきた。とある事情で少なくとも年に一回は読売ジャイアンツの試合を観戦する必要があるのだが、これまでとは全く違った展開(アナウンスでは13年ぶりと言っていた)のゲームになり非常に価値のある時間だった。

昨年までの観戦では最後まで居座ることがほぼ無かったのだが、手に汗握る展開(かなり寝ていたのも事実)もあり試合終了まで席を立つことは無かった。そんなイベント全体を見て多くの学びがあったのも事実で、それを見ただけでも4時間という長丁場が苦痛と感じなかった。

サッカーと比べて決定的に違うのは攻守交代における時間だ。サッカーの場合だと前後半のハーフタイムがそれにあたるのだろうが、野球の場合は3分程度のインターバルが十数回存在する。この行間を埋めているのがファン(特に子供たち)にフォーカスをあてた催しだった。

また試合終了後には、既に22時にも関わらず多くのファンの方々がグラウンドレベルに入り、多くのイベントに参加していた。サッカーでは考えられないが翌日にも公式戦を迎える野球クラブとして、その準備をしながらファンサービスを行なう姿を見て素直に感動を覚えた。

この試合に限って言えば4時間の試合を含めたイベント全てがつながっていると思えた。サッカーの試合はたかだか2時間。試合は勿論のこと、その一日をどのように「フットボールパーク」で楽しんでもらえるかが、これからのサッカークラブのファンサービスの基礎となるだろう。

スタジアムを含む僕らの長居公園がこれから様々な変化を経て、サッカーを見るのも楽しく、試合の前後も楽しく、それ以外の時間幸せに過ごせる。そんなとても素敵な空間になっていくのだろう。その日がやってくるのはまだ少し先なのかも知れないが、楽しみで仕方ない。

今、日本で一番ファンが集まる場所かもしれない東京ドームシティという「ベースボールパーク」。野球開催がなくても人は集まり、試合の当日はこの公園全体がジャイアンツ一色に染まる。そんな日本一の環境を見て考えさせられることも多い。どんなところにも教材はある。

※7点差を逆転したのは実に13年ぶりだそう。
※その試合を見るとか、まさに持っている。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第21節 FC東京戦。

人生には上手くいくときとそうでないときが交互にやってくる。堪えるところは堪えながら生きていくのではあるが、心が折れそうな場面も当然ながら来る。どのようにその壁を越えていくのか。チームとしての資質が問われるそんな瞬間。総力戦という言葉だけでは無い何か。

ようやくトップの試合をライブ観戦できるはずだったがよんどころない事情により叶わず、先程ようやくDAZNで見ることになった。結果は既に入手していたので淡々としてはいるが、相変わらずの前半と後半のガラッと変わる(勿論相手もいるから)チームを僕はかなり見飽きた。

ファーストハーフが良かっただけに3失点するような試合展開では無かったのだが何より後半最初の失点で試合展開の全てが狂ったように感じた。それ以上に前半に仕留められていたらもっと違った形で進められたのだろうが勝負は時の運。こんな試合も長いシーズンの中で訪れる。

点差ほど決定的なチームの差があるとは思えないが、言葉の壁、ひとりひとりの意識、そして何より仲間への思いやり、リスペクト。そんなものが勝敗を分けるのだろうと僕は思っている。その先にこそ戦略や戦術は存在し、そしてそれがチームにマッチすることになる筈である。

サッカーも人生も、このようなときだからこそチームとしてどのように前に進んでいくのかを求められるのだろう。与えられた時間は限りなく少ないが、その中で結果に結びつけていくかが大事になる。この言葉が自分自身の頭の中でリフレインする。もうすぐバースデーなのだが。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

広島と長崎。そして。

先月、仕事で広島に行った際に原爆ドームを訪れた。本当に久々に見た原爆ドームは変わりなく戦争の悲惨さを表していた。外国人旅行者の方々が大半。建物を説明しているボードをじっくりと読んでいる方々が多かったが、逆に日本人は読んだことあるのかなとも思った。

中学生の頃の卒業旅行が確か広島の平和記念公園と山口萩の城下町だったように覚えている。学生時代には広島に原子爆弾が投下されたという社会の勉強レベルでの知識でもあったが、大人になるにつれてさらなる情報と学習意欲が増し、知る機会も格段に増えていった。

それは2002年からクロアチアやボスニア・ヘルツェゴビナを支援する活動を始めたこともきっかけのひとつなのかもしれない。多くの方々と出会い、学び、そして伝える。戦争の無い世界で思う存分にサッカーを楽しめる幸せ。そんな当たり前の日常を噛み締めている。

2019年は正月明けの長崎と併せてこのふたつの場所を訪問できたのは非常に意味のあることではないかと自分自身の心に問いかけてみる。初めて日本に来たアミーゴが一番行きたいと言った街、広島。原爆ドーム。平和記念公園。日本人はもっと注目してもいい気はする。

どうやら今年は靖国神社を訪れることは難しそうな8月15日。僕らはまた終戦記念日を迎える。最近は中々行けていないのが悲しすぎる長居スタジアム(ヤンマースタジアムか)には「平和な世界でサッカーを」の幕が今も張られているのだろうかとひとり懐かしむのだった。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

車音痴の僕が鈴鹿8耐予選に行ってみた(後編)。

【前編】

【中編】

子供の頃に撮った写真。そこに写っているセピア色の風景や屈託のない笑顔とはまったく違う姿を見せている鈴鹿サーキットと僕。40年の歳月がいろいろなものを変えていく。時間という生き物はそんな僕らの人生をも変化させていくのだ。そんなファーストインパクトだった。

実に30年ぶりくらいに会う幼馴染はすぐに分かった。大人の世界に染まってはいるが僕らの風貌は何ひとつ変わっていなかった。ここから午後の予選が始まるのと併せて午前中の結果によって多少ピリピリとした空気感ではあったが、その状況すら楽しんでいるかのようだ。

15時。もうすぐ予選走行となるため僕らはスタンドへと向かった。ピットで観戦してもという幼馴染のアドヴァイスだったが、部外者ましてや車音痴の僕がそこにいる資格はない。地下道を通り向こう正面(というのか)のスタンド上部まで登り、そこで観戦することにした。

予選走行が始まった。

・・・誰が誰だか分からない。速すぎてついていけない。57番とだけは聞いているので探・・・せるわけない。そうか、色だ。色を探せば良いのだ。僕は黄色のバイクを必死で見つけようと努力する。見つけた。あのバイクだ。と、眼の前にきて1秒も滞在しないまま過ぎ去る。

夕刻に近づくに連れてそんな時間が次々と訪れては消えていく。あの歌のあの歌詞では無いのだが僕は徐々に途方に暮れていく。スピード感は確かに受け止めた。しかしながら僕の類まれなる動体視力の低さのため、楽しむどころか何とも言えない空気を味わっていたのだった。

その空気は決して悪い意味では無い。車音痴の僕が吸うべきもののような気がしたのだ。そんな機会をアミーゴからもらえたことに感謝しているのだ。幼馴染に再会できたことに感謝しているのだ。僕は実に恵まれている。それが分かっただけでもこの旅には意味が存在するのだ。

新たなアミーゴも増え、決して美味いものばかり食えたわけではないが夜の楽しい時間も過ごせた。そんな幸せなときは台風の到来とともに形が変わっていった。すべてがハッピーエンドでは無かったがバッドエンドというには惜しすぎる。そんな中途半端が僕にはお似合いだな。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

車音痴の僕が鈴鹿8耐予選に行ってみた(中編)。

【前編はこちら】

仕方なく近鉄特急窓口の列に並んだ。動かない途切れないこの行列にこれからの旅が険しいものになると僕らは感じていた。そのとき直前に並んでいた女性から声をかけられた。ちょっと確認してくるので荷物を見ておいてほしいとのこと。素直な僕はその言葉に従うことにした。

何やら女性は駅員と話し込み、その間僕らは荷物を見張るという妙な連携が生まれた。女性が戻ってきた。「あなた達どこまで行くの?」「白子駅です」「じゃあ26分の急行のほうが良いわね」という言葉を信じて、僕らはこの行列を捨て、改札を通り、駅中に入ったのだった。

?二度見?26分の電車など、存在しない。その決断を促した女性もとうにいない。動かない電車。途方に暮れる僕ら。そんな刹那アナウンスが入る。電車が動き始めたとのこと。急いで特急券券売機に並び、そしてなんとか10分遅れの上本町行きに乗車することができたのだった。

白子駅に着いた。ここからはタクシーで行くことになる。勿論のことながら周りには明らかにレースチームなのだろうなとおぼしきスタイルの軍団が増えてきている。タクシー待ちもそこそこに僕らは鈴鹿サーキットの9番ゲート(それがそうなのかも分からないが)に到着する。

連絡はしていたが、案内してくれる方が・・・いない?とにかく暑くてどうしようもない僕らは炎天下のもと通常入り口に向かって歩き始める。100mごとに汗が1リットルは出ているなと感じるくらい、辛い。挫けそうになった瞬間アミーゴの電話が鳴り響き、僕らは息を吹き返した。

こうして紆余曲折しながらもようやく鈴鹿サーキットに来ることができたのだった。幼馴染がいるピットへと足を進める。歩きながら、この地を夢見て努力してきた多くのライダーやメカニックの方々の想いを肌で感じる。夢の舞台、鈴鹿。僕自身も興奮が増し気持ちが踊り始める。

後編へ続く。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

車音痴の僕が鈴鹿8耐予選に行ってみた(前編)。

以前、実家に戻った際に子供の頃の写真を見ながら思い出に浸っていた。その中の一枚に4つ下の弟とふたりでランボルギーニなんとかとおぼしきスポーツカーと映っているフォトがあった。「あぁ小さいときは車に興味があったのだな」となにか不思議な気持ちになったのだ。

車競技に対して抵抗感があるわけではないのだが、なぜだか自分に入ってこない。何が理由かも分からないのだがとにかく入ってこない。一番の原因は極度の「車音痴」だということでもあるのだろう。自動車はともかくバイクという存在との接点が皆無な人生を歩んでいた。

そんなさなか鈴鹿サーキットに行かないかとのお誘いを受ける。小中と同級で更に言うと同じマンション住人だった幼馴染が鈴鹿8耐に出場するという。三年前(だったと思うが)にも同じようなシチュエーションがあったが当時は拠ん所ない理由でどうしても行けなかった。

そのときにはドリンクの差し入れを送っていたのではあるが、今回念願叶って鈴鹿へと赴くことになった。当然ながらバイクレースを見るのは初めてになるわけである。僕はどんなふうに思いを抱くのだろうかとワクワクの数週間。準備もそこそこに台風近づく西へと向かう。

この旅はアクシデントの連続だった。新幹線で品川駅を出発し名古屋駅に到着した僕らは、一番美味いと評判(都市伝説?)のJR在来線3-4番線にある住よしで「かき揚げきしめん」なるものを食そうということになった。ところが券売機にはこんな言葉が寂しくが踊っていた。

【油の調整中です】

豚しゃぶきしめん(これはこれで美味い)を腹に放り込む。その後僕らは近鉄電車に乗り換えようと階段を降りたところ眼の前に人だかりが見えてきた。確認すると人身事故のため運転見合わせだと言う。特急券販売も止まっており窓口に人が殺到している状況だったのだ。

次に続く。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「若い力」を「支える力」。

久保建英選手がレアル・マドリーのユニフォームを着て試合に出ている姿をテレビで見た。バルセロナへ移籍した安部裕葵選手含め、本当に凄い時代が来たのだなとしみじみ感じてしまう自分がここにいる。うちの選手たちもこれからそうなっていく可能性は充分にある。

自分自身、今、若者を支える仕事もしているのでよく分かるが、才能を伸ばすのはポジティブでもありネガティブなところでもある。そもそも人がどう育つかなど誰も予測できないものなのだ。本人以外は。そうなると本人をどのように意識づけしていくのかが大事になる。

自分の若い頃はどうだっただろうかと考えてしまいがちだ。もっとこう頑張ればよいのにとか僕だったらこうするとか、比較して相対的に見比べるのは良くないと思うのだが僕も人間(だもの)だ。感情のコントロールがとても重要だと思っているがまだまだなのだろう。

先日もとある勉強会を実施した。ファシリテーターとしての諸々を2時間ほど説明させてもらったのだが、伝え方含め非常に難しかった感もある。勿論コミュニケーションは様々な道があると思うのだが、自分自身の「支える力」が必要であると改めて考えさせられたのだった。

まさにレゴ®シリアスプレイ®で行なう「コネクション」というアプリケーションが実に当てはまる気がする。関わり方はどうなのか、どう支えていくのか。つながれた線にはどんな情報がどのように流れたりするのか。多くの複雑な想いを整理するのにもこのワークは利用可能だ。

これからも若い方々の育て方や伸ばし方を意識して支えていく。残された時間はそれほど多くはないのだが少しでも前に進んでいきたいと思う。インターハイが沖縄で始まる。多くのセレッソファンも訪れることだろう。うちのNJが進む道と支える力。さてどうなるだろうか。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

お笑いのDNA。

僕ら大阪人は生まれたときからお笑いのDNAが組み込まれている。好きか嫌いかは別として身体の一部と化しているのは間違いない。子供の頃から新喜劇や漫才、コントを見て育ってきたわけでもあるので、知らず知らずの間にそのDNAが更に進化をしているのだと思う。

東京に来てからも番組欄にお笑いがあるとなぜかチャンネル(ガチャガチャからリモコンに変わってからもリモコンのことをチャンネルと呼んでいた)を回しているし、生活の一部として、いや、二部三部くらいは占めているであろうお笑いへのこだわりがプライドでもある。

芸人さんは勿論のこと所属企業やマネジメント会社を含め多くの課題を抱えている昨今。少なからず、素直に笑えていたあの時代から移り変わっている。規制や時代背景からくる笑いの地殻変動も激しくなっていった。そんなお笑いそのものに違和感を感じることも多くなった。

今回の件。善悪だけで判断すると当然のことながら初めにかけ違えたボタン(嘘)がトリガーであることは間違いはないと思う。ただ、対象の芸人さんを好きか嫌いかは横に置いたとしてもモニタ越しで見たくない姿であったのは紛れもない事実。正直、悲しみ以外が出てこない。

いちお笑いファンとしてこれだけは言いたい。お笑い芸人さんの持つDNAにどれだけ救われたか、どれだけの人を勇気づけてきたのか。少なくとも僕は救われた。これからも僕はお笑いを見続けるだろう。そして笑い続けるだろう。お笑いのDNAが組み変わったとしても。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ファシリテーターの内省。

一日経って今日。良いこと悪いこと普通のこと。欽ちゃん的なノリにもなれないような何とも言えない気持ちでお腹がいっぱいになっている。梅雨も相まってか参議院議員選挙開票、J3リーグでの大阪ダービーで湿っぽい空気が漂う。払拭する起爆剤を見つけなければと感じる。

それにしても投票率が50%に満たないのはどう考えればよいだろうか。政治に興味がないのは仕方ないとしても世の中に興味がなくならないようにと思う。お金の勉強会を通じて対話の場を作り始めているがまだまだ道半ば。ファシリテート能力向上に努めなければと思う。

そんななか昨日は半日かけてレゴ®シリアスプレイ®練成会(いわゆる勉強会)に参加してきた。認定ファシリテーターとして常にアップデートしておかないと遅れてしまうのを防ぐ意味もあるが、新たな気づきの場としても最適だと感じる。仲間意識も実に深いものがある。

そもそもファシリテーターとはどうありたいかどうあるべきかが時々ブレることがあるのを是正しながら生きているのも事実。そんな弱さを補ってくれるのがファシリテーター仲間でありこのような場であると思うと、本当にありがたい気持ちが胸いっぱいに広がっていく。

自分自身がファシリテートばかりでシリアスプレイする機会が実に少ない。皆で真剣に遊ぶという場所としても、このような勉強会に参加する意義があるのだと感じる。とにかく手を動かす。考えを形にする。形から考える。自分自身で内省していくことで見えるものもある。

勉強会ではファシリテーターである意義や意味、使命を作品にしてみた。詳細はここでは割愛するが、対話と自走を生み出すファシリテーターを意識して作成したのだった。作るときには手と直感に任せて、作り終えたあとで内省する。実に最高の"シリアスプレイ"だった。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第20節 ベガルタ仙台戦。

参議院議員選挙の投票日である。引っ越しで選挙権が無かった統一地方選ではヤキモキしたのだが今回ようやく権利をいただくことができ先程投票してきた。今回の焦点となっている年金の問題や消費税の問題。勉強会を実施した身内への効果は果たしてあっただろうか。 

そんな前日。ベガルタ仙台との一戦はスコアレスドローとなった。モニタ越しに見ても大阪特有の蒸し暑さが伝わってくるようななかで、いつものようなセカンドボール奪取が中々はまらず厳しい時間も多かった。チャンスもあったのでひとつ決めていればという展開だった。

最近少し気になるのが、ゴールキックからのビルドアップで引っ掛けられるケースが多くなったことだ。誰が悪いという話ではなく、どう回したいのかの意思疎通に欠ける瞬間が本当に怖い。特にテレビだとリプレイしているあいだだと、なにか起こったのかが全く見えない。

ボール回しが悪いわけではないのだろうが少し心臓に悪い。ただ、結果だけを見るとホームでの6試合無失点は素晴らしいと思うし、最近のようにチーム戦術が浸透してきたら当然相手も手を打ってくるわけである。その上でのこの貴重な勝ち点1は及第点と呼べるだろうか。

参議院議員選挙に話を戻す。自宅に戻ってきて速報を見る。どんな日本になっていくのか、まだまだ未知数である。国民の意思疎通は正直難しいのだろうが国のことを少しでも考えられる世の中になるきっかけになってくれたらと思う。僕も継続して勉強会を行なっていく。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

時間泥棒になりたくない。

アフリカネーションズカップのファイナル、セネガル対アルジェリアの試合を見ながらこのブログを書いている。歳を取ると目覚めるのが早く、クロヱ(パグ♀)の散歩に行ったあと、映画を二本見てこの時間。生き急いではいないので、実に優雅な土曜の朝を迎えている。

とは言えMacBookを開くとどうしても仕事をしてしまうのはどうしようもない。特に、普段なかなかできていない雑用(と呼ぶと大変失礼なのだが)を細々とこなすのが、週末の恒例になっている。7つの習慣で言うところの「重要だが緊急ではない」第Ⅱ領域というやつだ。

以前より申し上げている通り、僕はスティーブン・R・コヴィー先生の7つの習慣が大好きだ。もう何度も繰り返し読んでいるが目を通すたびに新たな発見がある。その中でも緊急度よりも重要度の高い仕事をするという第3の習慣「再優先事項を優先する」のコーナーが好きだ。

この緊急度の重要性に対して僕の中にはかなり明確なローカルルールがある。
【郵便】  →期限までに対応してほしい
【チャット】→気付いたら対応してほしい
【メール】 →今すぐではないが早めに対応してほしい 【電話】  →今すぐ対応してほしい 【対面】  →下記では伝えづらいものがある
まずは時間を思い描く。2〜5分でできることはすぐに実施する可能性は高いが、そうでなければこれらのアクションに対してタスク化/リマインダー化させる。これにより一旦頭の中から取り除いてしまう。大抵の場合は当日の夜か翌日の朝まですべてスヌーズしてしまう。
今来た仕事よりも僕にはその前から残としてある重要度の高いタスクが山盛りだ。それをクリアするために周りを相当な時間シャットアウトする。しかしながら対面や電話はその行為に容赦なくやってくるのだ。この無比な攻撃からどのような回避するかかがより重要になる。
誰もが生きている時間の流れが違うのだ。僕らはそんな時代に生きているのだ。メールやチャット、SNSは、時間の流れを上手くコントロールしてくれる便利な道具だ。僕はそんな便利な道具がとても好きだ。これからも僕は他人の時間を奪うような時間泥棒にはなりたくない。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※完訳7つの習慣は是非読んでもらいたい一冊。