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資本主義と労働を改めて学ぶ。

佐藤優氏の「資本主義の極意 明治維新から世界恐慌へ〜」を読んでいる(というか聴いている)。幕末の金銀通貨問題(この件は本当に面白い)から明治初期の財政。戦争とその後に来る世界恐慌。そして終戦から今日に至る日本の資本主義について書かれている(というか話している)。

この書籍は、どこまで行っても資本主義からは逃れられずどのように付き合っていくかという終わり方をする。労働者に支払われる賃金、賃金から賄われている生活水準と労働再生というサイクル。さらなる労働力の投入が資本家(企業など)にとっての一番の考えるべき課題だと言う。

僕は政治家でもなく経済評論家でもないのでよく理解できていないところも多い。正直なところトマ・ピケティ氏の「21世紀の資本」も読んだことが無いし、自ら進んで手に取るなんてことも無さそうだ。この本を読もうかと思った最大のポイントはやはり「明治維新」という言葉だった。

明治維新とは一体何だったんだろう。近頃は仕事そっちのけで考えに耽ってしまうことがことさら多い(これは拙い)。議論は「政権交代」かはたまた「軍事革命」だったのかで揺れたりしているところもある。必要論もあり不要論もありと、たくさんの論争が繰り広げられているのだ。

少なくとも明治以降の日本は世界の中で大きく発展を遂げた。ただその全てが明治維新後に”出来事”として起こっただけで、幕藩体制(とある書籍では江戸時代に幕藩体制などというものは存在せず明治の世になってから付けられたとも言う)下においても、重要な決定は成されている。

どうしても若者だけが頑張ったかのように見えてしまう感が明治維新にはあるが、中年の方々(これは失礼つかまつる)の活躍も相当目立っている。なんとなく僕らの目が戊辰戦争などの攻撃的な面に注がれてしまうのは致し方ないとしても、官僚や財界にも多くの人財が存在していた。

その中には残念ながら時代に身を共にし尊い命を散らした方々もいるが、そんなひたむきな労働によって今日の日本は支えられているのかも知れない。僕は新政府にも旧幕府にも双方肩入れするつもりはないのだが、本当に優秀な労働者の方々がこの日本という国にいらっしゃったのだ。

前述の書籍中に「稼ぐに追いつく貧乏なし」という言葉があった。フーテンの寅さんの名言だ(いや諺だ)。趣味や遊びやたまの贅沢がたとえ労働力再生の道具に過ぎないとしても、目の前のものを敢えて全部好きになってそのサイクルを楽しんでいけばいいのかなとも思い始めている。

まあ、今更感はあるのだが。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※ちなみに記録は「Studyplus」というiPhoneアプリを利用している。

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