2017年11月27日月曜日

第33節 ヴィッセル神戸戦。

昨年の今日、パグのクロヱがやってきた。5月にテリ子が亡くなってからというもの、寂しい日々を過ごしていた我が家にぱっと明るさが戻ったのを思い出す。ときには(ときにはどころでは無い)粗相もするのだが、やはり”憎めないのが憎いのさ”な状況である。

それにしても、犬という生き物は「喜怒哀楽」を強く表現する。家族ひとりひとりの顔色を見て感じて、そして勇気づけ慰めてくれる。特にうちの子たちは察知する能力や感情を表現する能力が高い。テリ子、クロヱ、そんな彼女たちに本当に感謝している。

我がセレッソ大阪のこの20余年にも「喜怒哀楽」という言葉がぴったりである。Jリーグ昇格、3度の降格と昇格、ACL出場とルヴァンカップ制覇。あと数試合を残してはいるのだが、悲喜交交な日々を過ごしてきた僕らには今年は正に「喜」の多い一年となっている。

昨日のヴィッセル神戸戦。山口蛍選手が怪我で欠場ということもあって中盤のダイナミックさに欠けるのでは「哀」となったのだが、ユーティリティプレイヤーとして覚醒した山村和也選手の本職、そう、彼がボランチだったことを改めて思い出させてくれた。

確かに試合開始後20分くらいまでは相手にペースを握られる厳しい展開ではあったが、思いの外相手がラインを下げてくれたお陰でその後はセレッソ大阪のペースとなった。いまのうちの攻撃を受け止めて返せるチームは、Jにはあまりいないと思う。

そしてほぼ全ての選手が90分戦える体力をこの時期に見せてくれている。1-0を守り抜く試合も多くのゴールを決めて勝ち切る試合も思った通りの結果を出せるようになってきている。その中で多くの方を納得させられるゲームを出来るチームが出来上がりつつある。

面白いサッカーと強いサッカーの両立は難しいのは分かっているが、今、うちの選手たちはそれを実践しようとしている。見ている人をワクワクさせる、次は何をやるのか期待させるサッカー。そしてその中でも最後はきっちり締めて勝ち点3を手にするサッカー。

尹晶煥監督ならそれが可能では無いか、そんな思いがしてきた。その中で更に強くなって浦和レッズのようにアジアでも充分戦えるだけの力を培っていきたいと素直にそう思った。途轍もなくそしてあまりにも「楽」な考え方かもしれないが僕は信じていきたい。

そして僕は新潟に行く。3位以内の順位が確定し天皇杯の結果もある中でACLへの出場権を獲得したのだがまだ大事な仕事が残っている。それを見るために僕は新潟へ行く。1999年以来のタイトルホルダーの誕生を見るために僕はMaxときに乗り新潟へと向かうのだ。

「怒」の中から生まれるものは少ないとは言うが、12月2日土曜日は、ボールを要求し続け貪欲にゴールだけを狙って欲しい。エゴを存分に発揮し取れるだけの得点を奪って欲しい。そして試合後には最高の称号を手にして欲しい。杉本健勇選手にはその資格がある。

そして皆で「喜」を味わいたい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


2017年11月19日日曜日

第32節 横浜F・マリノス戦。

急に寒くなったこの週末。Jリーグはと言うと逆に熱い戦いが行なわれている。その中でも熾烈なJ2最終戦を見ながらこのブログを書いている。去年の今頃は胃をキリキリさせながら自軍を注視していたが、今日プレーオフを賭けて戦っている方々もそうなのだろう。

セレッソ大阪にも在籍した選手のいるクラブを中心に、ガチャガチャとAmazon FireTVのリモコンでチャンネルを変えながらDAZNを見ている。だがリモコンをを持つその手にも若干の汗が現れはじめて、改めてJ2の過酷さを感じている。まるで自分ごとのように。

そのような中で昨日の横浜F・マリノス戦である。雨中の試合かつ途中くらいから相当な気温低下もあり、選手もサポーターも集中力の勝負に近かった気がする。決めるべき選手が決めるという結果的にも内容的にもセレッソファンとして満足できる試合となった。

4得点全てとも賞賛すべきプレーだったがとりわけマテイ・ヨニッチ選手のゴールにかなり興奮してしまった自分がいる。何度も言い続けてきたが今シーズンの躍進の影にこのクロアチア人選手の存在が大きいと感じる。SUPER DOBROという言葉がとても似合う。

そしてもうひとつの見どころだったのが扇原貴宏選手。たとえどこのクラブに行ったとしても、いつも見ていたい選手のひとりである。アカデミーから見続けている選手であるし代表に行けるポテンシャルも間違いなく持っているはず。だからこそ期待し続けたい。

多くの選手が加入しそしてこのクラブを去っていく。「クラブは生き物だ」と誰かが言っていたがこんな時本当にそう思う。生き物だからこそいなくなった後も気にかけそして常に思い出す義務が僕らにはある。この先もそうやって僕らは共に生きていく。

大阪の気質かも知れないがセレッソファン、サポーターは本当に仲間を大事にする。クラブを去り他のクラブに所属する選手たちへの愛情が止むことはない。その選手がセレッソ大阪を好きでいてくれる限り、セレッソファン、サポーターは常に彼のすぐそばにいる。

今、そういった多くの選手たちが次のステージに向け戦っている。だからこそ僕らはそんな彼らのプレイを見る義務がある。いつの日か一緒に戦う場面を思い描くことが「サポーターである」と誇りに思う瞬間のひとつだと思う。幸せな人生とは実にシンプルだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

2017年11月11日土曜日

Remember527とRestart528。

歓喜から一週間たった今も気持ちの昂ぶりを抑えられない。多分すべてのセレッソ大阪ファンも同様だろう。ついついセレッソ大阪の記事や動画を無意識に探してしまうのは、これはもう「愛」でしかない。いや「最上級の愛」を持っている自分が誇らしい。

この「最上級の愛」は、1993年から持っている人もいれば先日のファイナルで手に入れた人もいる。これからもっと多くの「最上級の愛」がスタジアムに溢れかえると思われる。よって昔から愛し続けている人は、今までを上回る熱量の愛で更に燃えるしかない。

その数ある記事のひとつに非常に興味深いものがあった。昔からセレッソ大阪のことを良く知っている御方であるし、そしてなにより、タイトルの「Rmember527」という愛情のキーワードが「最大級の愛」を持つ僕らの心をギュッと鷲掴みにする、凄い言葉で。

2000年5月27日という日を忘れない意味でも、セレッソ大阪にはクラブ、ファン、サポーター問わず、様々な形での「527」が存在する。そんな僕らも「remember527.com」というWebサイトを数年前に立ち上げ、多くの方の「527」の思い出をいただきながら運営している。

多くの「527」の思い出のひとつでもある、あるTシャツを着たセレッソ大阪サポーターが11月4日の埼玉スタジアムにいた。「REMEMBER527 RESTART528 ROU2000」僕らが17年前に作ったこのTシャツは、あの頃の気持ちを如実に表していたのだなと素直に思った。

やはり大事なのは「527」同様「2000年5月28日に僕らは存在した」ということであるとそのTシャツ見て改めて感じた。悲劇の翌日に再起動できたことこそが重要であり、もう一度やり直そうと誓った「愛」が今のこの気持ちの支えになっていると言えるかもしれない。

その「528」からの強い思いがセレッソ大阪をファイナルで勝たせてくれた要因のひとつになるならば、僕らのやってきていることは決して間違いでは無かった。17年間保管し続け、それを思い出させてくれたこのTシャツを見ることができて本当に感謝をしている。

こういった歴史を紡いでいた人の思いがこの試合を通じて違う誰かに伝わり、更に歴史がつながっていく。そのために生きていく人生も決して悪いものではない。その後もその誰かが次の歴史を創っていくのだろう。そんなことを考えながらこの文章を書いている。

最後にこの「Remember527」の記事と「Restart528」Tシャツの不思議な縁。「最大級の愛」は人と人の絆も作っていく。人と人がつながりそしてその結果、セレッソ大阪が素晴らしいクラブになるのならば、僕の「愛」の使い方はそれで構わないと思う。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

2017年11月6日月曜日

Jユースカップ 川崎フロンターレ戦。

さり気なく生きたい。元来祭り事があまり好きでは無いので祝勝会などというイベントはとても苦手である。また、何となく持ち上げられたりすると少々気が重くなるのも子供時代から変わらない。要するに”変な人”なのだろうと心のなかで自己分析している。

試合終了後に多くのアミーゴと抱擁し優勝というものを味わった。僕にとっての祝勝はこれで良いのだなと満足感がある。駅伝監督の胴上げ拒否のニュースを見たがこの気持ちがよく分かる気がする。僕自身も敗者人生が長い分、気になってしまうことが多い。

三連休最後の11月5日。中学時代からのアミーゴでもあるシンガソングライター多田覚(臥龍)のライブの前にNACK5スタジアムに向かう。Jユースカップのクウォーターファイナルであり前日のリピートを見るためでもあった川崎フロンターレとの一戦が行なわれた。

ルヴァンカップファイナルが埼玉スタジアムだったこともありセレッソサポーターが多く詰めかけていたが、雪辱に燃える川崎フロンターレのサポーターの数が半端なかった。それだけでも若い選手たちの戦う気持ちを奮い立たす材料になっていたと言えるだろう。

結果的には2-3で敗れたわけだが、得点だけでなく随所に良いプレーがあり本当に素晴らしい試合だった。PKの判定は、ゴールキーパーが多少躊躇してしまい如何ともし難い内容だったが、前日の試合開始1分の出来事同様あれはあれでサッカーの怖さであると感じた。

1990年代後半、「ユースの試合も見なきゃ駄目」と当時のU-18監督に言われてからというもの、アカデミーを応援するサポーターが増えたのは間違いないだろう。これは本当に素晴らしいことだと思うしサッカーを見る幅とセレッソ大阪を見る量が格段に多くなった。

「日本全国でセレッソ大阪のサッカーをこんなに見れるなんて本当に幸せ以外の何物でもない。そして年末最後の最後までセレッソのサッカーを味わえる。しんどいけどね」と埼玉スタジアムに向かう電車でクラブスタッフの方と笑いながら話したのを思い出した。

トップ、U-23、アカデミーそしてレディース。僕らの旅路はこの先もずっと続いていく。それは、朽ち果てる時まで同じ気持ちでいたいと思う。そして、その時はさり気なく言いたい。"We will always be here,ever.(いつもここにいるから)"と。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

2017年11月5日日曜日

思いと共に前に進む。

多くの予感が朝からあった。しかしながら勝負は時の運。悔しい思いをする度に肝に銘じてきた。やっぱり、うちにはうちの川崎には川崎の様々な思いが存在する。そんな感情のひとつひとつが積み重なってこの試合がある。歴史の重みというものを感じる。

とは言いながら、カップ戦を一つ取っただけの通過点であることは選手もサポーターも分かっている。目標は更に高いところにあり、これからもっと険しい道を行くことになるが、この一勝がこの優勝が大いなる歩みの一足でもあるのだと信じてやまない。

その一足を踏み出させたのは間違いなくゴール裏サポーターなのだろう。前日に話を聞いていたカップのコレオは本当に素晴らしいものだったし素直に感動した。殆どの時間を支配された中でも、声で拍手で選手を後押ししていたのは間違いないと思う。

試合終了までの数分間、心の中で「POWER AND THE GLORY」を口ずさみながら森島さんのことを考えていた。この瞬間に、このふたつの思いが胸中に現れて良かった。歴史に歴史を積み重ねて君らは生きていくのだとサッカーの神様に何となく言われた気がした。

改めて、歴史は「変える」ものではなく多くの歴史の上に「創って」そして「刻む」ものだと理解した。僕らはこれから、またひとつひとつ歴史を積み重ねるため、数え切れない程の思いと共に前に進む。たとえそれが苦悩する茨の道だと分かっていても、だ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


2017年11月3日金曜日

創って刻む。

歴史は変えるものではなく「創る」ものであり「刻む」ものである。僕の尊敬する方が語った言葉である。この数日まったく同じことをひたすら考えていた。過去の我チームを見ても「変えたい」気持ちは山々だが、やはり僕としては、歴史は「創って」そして「刻む」。

 いよいよ前日に迫ったルヴァンカップファイナル。不思議なほど冷静でいると個人的には思っていたし公言もしていたのだが、「明日になったら分からんで」とアミーゴに言われ、なるほどと我に返った感もある。ワクワク感が止まらないのは同じなのだけれど。

決戦前夜に上野でアミーゴと飯を食う。騒ぐことも無くこれまでの苦い過去などについて「優勝」という名のハラミを食べながらしんみり語り合う。ここにいない仲間もいたが、多くのセレッソアミーゴがいつも一緒にいてくれて本当に幸せだなと感じる。

サッカーはセレッソはいつも僕に幸せを与えてくれているが、明日はそれらに加えて神様の前髪を触らせてもらいたいものである。もうこれ以上言葉は要らない。とにかく勝つ。勝って歴史を「創って」そして「刻む」。その瞬間を僕らは手に入れる。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP