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12月, 2018の投稿を表示しています

2019年に向けて。

年の瀬である。とは言っても全くもって年末感が見つからないのはなぜだろう。毎年そんな年末年始を迎えることが恒例行事となりつつある。時間が進むのが早過ぎて記憶にも記録にも残らないという。経過というか過程というか、そういうものだけが積まれていく。

そんな2018年は多くの出来事と共に流れてきた。2006年から11年を超える濃密な時間を味わってきた蹴球堂長居店。1月にリアル店舗を閉店したのが今年の全てだったような気がしてしまうが、自分自身についても沢山のチャレンジを行なってきた一年だったと思う。

しかしながら、最近色々なことをやり過ぎて少々食傷気味になっている。好きなことを断捨離していく決心をする。生活に必要不可欠なものは置いといて、それ以外については少し距離を置きながら生きていくことを選ぶ。そんな2019年にしていきたいと考えている。
それは物凄く厳しい決断かもしれないし、あっという間に忘れ去る存在なのかもしれない。人はそうやって忘却の彼方という過去に、何かを置き去りにしながら生き死にしていく生物。それで僕が満足できるかは正直わからない。この先のことは、神のみぞ知る。










と、偉そうなことを書いてまいりましたが、なんだかんだ2018年も多くの方にお世話になりました。一年間無店舗で結構寂しい思いをしてきましたので、来年こそはなにか動き出したいと考えています。厳しいかもしれませんが、希望だけはしっかり持っていきます。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

2018年に見た映画でも。【後ヘーン】

こんな年の瀬にバナナかよ、もとい、映画かよ、とお叱りを受けるかもしれないが、「後ヘーン」があると前回書いてしまったばっかりに少々。内容的に是非はともかく、今回も好き勝手に選んでいくことになる。2018年の締めくくりとして許してもらえれば本望。

5.わがチーム、墜落事故からの復活
コパ・スダメリカーナの決勝ファーストレグへ向かう途中のシャペコエンセに襲った悲劇を描いたドキュメンタリー。この映画を見る前、観た後にもケンペス選手のことが頭を過ったセレッソファンは僕だけでは無いはず。クラブ再生というキーワードが心に残る。


6.ミッション・インポッシブル フォールアウト
いや、今年の一番かも知れない。このシリーズは欠かさず見ているが、映画が終わっても興奮が本当に冷めなかった。トム・クルーズの格好良さに「いくつやねん」と突っ込みを入れたくなるくらいの気持ち。続編はもう難しいのかも知れないが期待をしている。


7.ボヘミアン・ラプソディ
これも甲乙付けがたいくらいのすごい作品だったと思う。ちょうど80年代に洋楽を聴き始めた者としては、懐かしさと共にこの時代のアーティストの儚さというものも感じられて少し寂しい気持ちにもなったのが今でも身体の中に残っている。応援上映に行きたいわ。


8.クライング・フリー・セックス
わずか15分というランチタイム上映にも関わらず、昼間に見て本当に良いのかという自分自身の葛藤との戦いを巻き起こした映画。馬鹿馬鹿しさでは史上最強レベル。監督さん、俳優さんとも仲良くなり、勢いからか続編にもクラウドファンディングしてしまった。


ということで2018年は非常に多くの映画と出会えて幸せな一年となった。2019年も更に素晴らしい名作の数々をこの眼で見られると信じて、時間の許す限り映画館へ足を運びたいと思う。来年こそはあの監督の映画を見たかったが、しばらくはお預けになりそうかな。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

2018年に見た映画でも。【前ペーン】

インドア派で自宅から出たくなく部屋の隅で本を読んでいたいタイプの僕が、外出する機会と言えば「仕事しに行く」「セレッソ観に行く」そして「映画館へ行く」。今日はそんな僕が2018年に観た映画を何本か紹介したいと思う。良い映画かどうかの判断は任せる。

1.カメラを止めるな!
言わずとしれたこの映画。何十回も映画館へ足を運ぶ方が続出している中、僕は二度ほど見に行った。一回目がまだ全国区になっていない頃。予備知識無しで行き、横の席の兄ちゃんが序盤からゲラゲラしている意味が分からずキョドってしまったのを覚えている。


2.祈りの幕が下りる時
東野圭吾「加賀恭一郎シリーズ」(決して新参者シリーズではなく)のファンである僕としては、この映画は非常に楽しみでもあった。小説は既に読んではいたものの改めて、東京の街の風景や人間という生き物について考えさせられる作品だった。阿部寛さん最高。



3.レディ・プレイヤー1
ある意味かなり驚かされた映画でもあった気がする。ストーリー自体はそれほどでもなかったが、やはり映像と出てくるキャラクター、そして音楽がツボにハマりまくった。ずっと興奮が止まらず見続けられた映画かもしれないなというのが印象に強く残っている。


4.銀魂2
大好きな福田雄一監督、銀魂の続編。1にも増してギャグのオンパレードという映画ではあったが、それ以上に俳優さん女優さんの身体を張った演技というものにプロフェッショナルを感じた作品。内容は、まああれはあれで良いのかなというくらいの思いでもある。


【後ヘーン】へ続く・・・。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

レジェンドたちに光あれ。

主力の離脱よりも若手の育成移籍がかなり気持ちをモヤモヤさせているセレッソ大阪ファンのひとりでもあるが、意外と落ち着いて状況を見ている節もある。その中で多くの噂や報道というものが溢れ毎年同様にオフシーズンを賑わしている。言うほど嫌いではない。

話は変わるし、ましてや相当前の話になる。先日、セレッソ大阪の歴史に名を刻んできた選手たちの契約満了がメディアに発表された。時代の流れなのかプロフェッショナルとして当然のことだとは思うが寂しい気持ちが多分にある。やはりこの世界は厳しいな、と。

衰えや若手の突き上げ、クラブの考え方、監督の意向など要素は様々あるが、これは何もスポーツ、サッカーの世界に限った話ではないと思う。とは言え一般人からすると対岸の火事と感じがちだが、社会自体もそのような状況であることを忘れないようにしたい。

もっとも自分自身だ。多くのことを考える年代に入ってきたわけでもあるが、僕は今まで以上に、若い方々の持てる力を最大限に活かし発揮していけるよう努力しながら、個人的にもまだまだ足掻いていくつもりだ。身体がもつ限り、前に進む努力を惜しまないよう。

幸いにも僕にはあの方々をはじめ、お手本となる御方がたくさん存在している。気持ちと身体が相反していくからこそやれることはまだまだあるはず。道は明るくそして果てしない。セレッソ大阪を去るレジェンドたちに光あれ。と、月に向かって僕はひとり呟く。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

拝啓 森島寛晃社長。

このたびの代表取締役社長就任、誠におめでとうございます。長年。選手時代そして引退してからの姿を見続けてきた身としては非常に嬉しく思います。まさかこのタイミングで就任されるとは思わず、驚きを隠すことができません。それくらいの衝撃があります。

選手・森島寛晃。中心となってセレッソ大阪を支え続けてくれた年月。あなたとともに追い求めた夢は何度も何度も挑戦しましたが、遂に叶いませんでしたね。あなたが選手生活に別れを告げグラウンドを去る瞬間までの全てのシーンが、今、脳裏に浮かんできます。

そしてクラブスタッフとなってもセレッソ大阪のことを一番に思い、考え、素晴らしいクラブへと生まれ変わっていく過程を走り続け、2017年には念願のタイトルをふたつも手にすることもできました。これはひとえにあなたのセレッソ大阪に対する思いの結晶です。

また、多忙の中、蹴球堂の周年記念行事にも来ていただきましたね。その時にはただただ「嬉しい」の一言しか思い浮かびませんでした。セレッソ大阪というサッカークラブと同じ思いで文化を創っていくという、”セレッソタウン長居”の誇りをいただいた気がします。

これからクラブは変革の時期を迎えることになるでしょう。そう、ここから新たな歴史が始まっていくのです。社長という仕事はもしかすると監督業よりも辛く厳しいかもしれません。ですが、あなたにはあなたが思うよりずっと、応援する多くの方々がいるのです。

僕もそのひとりです。

敬具
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

主力選手の移籍について。

出会いと別れは常に訪れる。人付き合いの下手くそな僕にとっても、この時期から3月の年度末にかけての様々な人間関係は実に感慨深い。歳を取れば取るほどその思いが大きくなってきて、だから人間という不思議な生き物を僕は愛してしまうのだなと感じている。

遂にというか、以前より噂されていた山口蛍選手が神戸へ、山村和也選手の川崎、そして杉本健勇選手の浦和への移籍が発表された。当然のことながら、強くなればなるほどこのような移籍話は多くなってくる。これは運命というよりも宿命という言葉が似合う。

以前からこのような話は多く存在しそのたびに一喜一憂する。しかしながらこれまでの大半は降格もしくは海外という形が多かったが、今回のように国内のクラブに主力として移籍するケースは稀だった。それは愛すべきクラブにセレッソ大阪がなった証明でもある。

個人的な意見ではあるが、僕は選手が移籍していくことに際し特に思うところは何も無い。その彼がセレッソ大阪の選手ではなくなり他のクラブの選手になる。ただそれだけだと思っている。よく「冷たい」と言われることが多いが、それは隠せない感情でもある。

僕はセレッソ大阪というサッカークラブを愛している。そのクラブに所属する選手を愛している。そのクラブを愛してくれた選手を愛している。今でもそのクラブを愛している選手を、僕は愛す。僕の愛の対象はそれ以上でもそれ以下でもない。それはそれでいい。

だから僕は彼らを愛する。悩みに悩んで決めた彼らの決断を愛する。そうやって僕らは四半世紀このクラブと共に生きてきた。思いは自分勝手に進むのではなく、強い意思を持ち、前へと向かい続ける。これからも僕はセレッソ大阪というクラブを愛し続けるだろう。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「幕末明治大好き」の2018年。

知っている人は知っていて、知らない人はまったく知らない。そんなどうでもいいイバ情報のひとつに「幕末明治大好き」という項目がある。日本全国津々浦々、旅行や出張の際に少しでも時間が空いたりすると幕末や明治初期の史跡や偉人のお墓などを巡っている。

日本列島のすべてが混沌とした状況でもあった幕末、近代日本に向かう礎となった明治初期。このふたつの時代を生きた方々の気持ちがいかほどだったのか。有名無名問わず様々な土地で様々な情報をかき集め、その場所を訪れ、150年前のこの国に思いを馳せる。

僕のこの時代の基準は黒船が来航する1853年から日本最後の内戦とも言うべき西南戦争(戦争と名付けて良いのかという議論は置いといて)1877年までの24年ほどだ。この四半世紀にも満たない中には濃密な歴史が存分に込められており、魅力を感じているのだ。

そんな「幕末明治大好き」の2018年の目玉はやはり鹿児島への旅だったと言える。リハビリを兼ねたJ3セレッソ大阪U-23の鹿児島戦に併せて、ちょうど今年のNHK大河ドラマで放送されていた「西郷どん」の波に乗っかろうと薩摩の史跡を時間が許す限り廻ってきた。

その中でも西郷隆盛熱は凄いものがあるなと感じた。大久保利通との間に何があったのか、は愚問かもしれないが、明治政府から征韓論そして西郷起つに至る明治初期のゴタゴタはとても興味のあるところだ。期待通り描けているものが少ないのが残念ではある。

さて今回の「西郷どん」。前半が長過ぎると感じていた。とは言え総じて良い大河ドラマだったように僕は思う。多くのシーンで「これはどうかな?」というシーンと「これはこれでいいのかも」と思えるシーンなど含めて、すべてが「西郷どん」で良しとするか。

「西郷どん」を代表とする大河ドラマを機会に幕末明治の歴史に触れ、興味を持ち始める方が増えていれば嬉しい。そしてこの時代には星の数ほどの偉人が存在し日本のどの街に行ってもその足跡を見れることを、もっともっと多くの方に知ってほしいと切に願う。

僕の「幕末・明治史跡マップ」もかなりの未訪問地がいまだ地図上に広がっている。死ぬまでにすべての場所を訪れることはまず無いだろう。しかしながら歴史は人を魅了し僕を狂わせる。これからも多くの街に行き、多くの史跡を見られる人生を望んでやまない。

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「私の芸術は、自己告白である」。

ブログを書き始めて20年以上になる。このBloggerに移ってきてからも投稿を続けてはいるのだが、その中身はというと実にくだらなく実に味気なく実に読むに値しない内容でもある。そんなブログにお付き合いしてくださっている皆様に感謝の念しか思い浮かばない。

言葉が人を動かすケースは非常に多い。幕末が好きなもんで当時の偉人が発する名言に心を踊らせてきたこの48年(赤ちゃんのときは流石にないやろ)だった。何気なく発したひとことだったとしてもそこに魂が吹き込まれているのであれば、人は惹かれてしまう。

エドヴァルド・ムンクの「叫び」を見るために東京都美術館で開催されているムンク展に行ってきた。僕はそこで、絵画だけでなく言葉でも人を魅了するムンクの姿を見た。その中でも特に「私の芸術は、自己告白でもある」という文言にいたく共感してしまった。

この言葉にはとてつもない重みがあると僕は考えている。感情むきだしのまま自分自身をさらけ出してカンヴァスにぶつけていくことこそが人生そのものであり、理性と本能の境目にある「何か」だと言っていい。これ以上の方法を見つけるのはとても難しいだろう。

文章が上手いとか下手とか絵を描くのが得意とかそういうことではなく、どのように自分を表現していくかという魂のありかたの問題であると感じざるを得なかった。人を動かす前に自分を動かさなければ良いものは生まれない。そんなことを学んだムンク展だった。

サッカー界にも国内海外問わず名言が多く存在している。サッカーを見たこと無い方や興味が無い方でもこんな本こんな本を是非手にとって是非読んでみて欲しいと切に願う。僕らがサッカーに染まってしまう理由を分かってもらえると思う。言葉は凄い力を持つ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

新監督発表。

遂にスペイン人監督がセレッソ大阪で誕生する。東京ヴェルディからミゲル・アンヘル・ロティーナがやってくる。中心選手の移籍話がまだまだ気になる時期なのではあるが、まずは新監督を歓迎したいと思う。これまで就任した監督は以下の通りとなっている。

パウロ・エミリオ
楚輪博
松木安太郎
レネ・デザイェレ
副島博志
ジョアン・カルロス
西村昭宏
塚田雄二
ナドベザ・ペーター
フアド・ムズロビッチ
アルベルト・ポボル
小林伸二
都並敏史
セルジオ・ソアレス
レヴィー・クルピ
ランコ・ポポヴィッチ
マルコ・ペッツァイオリ
大熊裕司
パウロ・アウトゥオリ
大熊清
尹晶煥

ヤンマー時代のネルソンさんを経て、セレッソ大阪としてスタートしてから22人目の監督となるミゲル・アンヘル・ロティーナ。どんなサッカーを魅せてくれるのか今から楽しみでならない。そう言えばしばらく監督と話しをした記憶がない。来年こそは時間を割きたい。

監督の一覧を見ていて今ふと思い出したのだが、蹴球堂の一周年を記念して2007年に行なったイベントのゲスト、副島さんに来てもらったのだった。なんだかよく覚えてはいないのだが、あの川崎フロンターレ戦をふたりでトークしたのをなんとなく記憶しているな。

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Jリーガーとレゴ®シリアスプレイ®の可能性。

師走に入り西日本を飛び回っている。加えて、2018年を忘れたい方々との飲み会(忘年会と世間では言う)も多く、年賀状を書いたり、年末年始の準備をしている状況でないのも事実だ。そんな中でも多くの方々と出会い、更に様々なことを学ばせてもらっている。

ご存知の通り、今年はレゴ®シリアスプレイ®の認定ファシリテーターとしての資格を得たこともあり、同じファシリテーターと話をする機会が殊更多い。職業も置かれている立場も様々で本当に多くの気付きがもらえる。その場にいられるだけでも幸福感が満載だ。

現在、スポーツ選手に向けてのシリアスプレイの可能性について議論する機会を得ている。例えば、脚中心の生活を送ってきたプロサッカー選手が手と感性を使うとどのように創造することができるのだろうか。そんなことばかりを考えてしまう自分がここにいる。

来年の目標はJクラブに向けてレゴ®シリアスプレイ®の良さを伝えていく。そのうえで選手、スタッフの方々に向けてワークショップが実施できれば最高である。肝心の問を考えるのは至難の業ではあるが、これも2019年の目標のひとつとして取り組んでいきたい。

僕はコンサルタントでもなくマインドコーチでもなくファシリテーターだ。場をコントロールし問に対してひとりひとりに促進力をもたらし的確なプロセスを出せるよう導き出すことが仕事。Jリーガーとそんなシリアスプレイをする可能性。ワクワクが止まらない。

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僕らがなぜTシャツを2,527円で販売するのか。

先週末、サッカーショップ蹴球堂の新たな場所を探すために色々と調査をしていた。立地条件や環境などは当然のことながら、もっと本質的なところ、例えばどんなショップにしていくかなども含めて検討が必要であるのは間違いない。模索していく日々でもある。

そんな中、ネット販売だけは行なっている。行なっているとは言っても現在はOCFCシリーズ「BORN IN THE OSAKA」の紺シャツ×ピンクとピンクシャツ×紺の2色展開のみをこじんまりと販売している。今後は更に商品数を増やしていく予定ではあるがまずは、これ。

「かなり安いよね」とお言葉をかけてくれたりSNSなどでも目にする2,527円という価格設定。なんでこんな中途半端な値段なのか、なぜ一円単位にまで拘っているのか。これはセレッソ大阪ファンでないと絶対に意味がわからないであろう。今日はこのことについて。

昨シーズン、川崎フロンターレに勝利したルヴァンカップと4度目の挑戦で天皇杯を獲得したセレッソ大阪。しかしながら僕らはリーグ制覇という結果を残念ながら持っていない。そのJリーグの優勝に限りなく近づいたあの日。前述の川崎に、地獄に叩き落された日。

その6年後の同じ月同じ日。僕らサポーター有志は長居駅前に一軒のサッカーショップをオープンした。それが蹴球堂である。時代は巡ったとしても記憶というものは変わらずそこに存在しセレッソファンに影響を絶えず与え続けている。それが歴史というものでもある。

話を戻すが、なぜ2,527円なのか。2000年5月27日。僕らは確かにそこに存在した。この日を境に、僕らの考え方は変わっていった。天皇杯でファイナルまで行こうと、ロスタイムで同点に追いつかれ苦汁を舐めようと、この2000年5月27日が無ければ何も生まれなかった。

そんな思いから僕らの金額は2,000円+527円=2,527円のスタンスを一貫している。その思いがどこまで伝わるかも分からないし、ましてや、今の若いサポーター達に気づいてもらえるとも思えないが、その思いを後世に伝えていく役目を持っていると考えているのだ。

それぞれの思いを胸にJリーグ制覇という目標を目指して戦っている。いつになるかも分からないし、もしかすると死ぬまで成し遂げられないのかもしれない。しかしながら2000年5月27日は確かに存在し、胸に刻まれている。その思いを商品に込め、今日…

そんな小さなことなのだ。

12月に入り暖かい日が続いたかと思えば急に冷え込んだりしている。身体が気温差についていけていないが、これも日本の四季の良いところだと思えば許せてくる。世界中から愛されているかは分からないが、日本という国が本当に素晴らしいと感じる瞬間でもある。

先日、チームメンバーを集めて、マインド勉強会を開催した。自分の価値やモチベーションの源泉、チームへの貢献など当たり前かもしれないが必要なのに見逃されがちなこの領域について学んだ。どこまで人が進化したとしても、絶対に人格形成がキーになるはず。

テクニック論ばかりに目を向けず本質を見極めることこそ、今の世の中には大事なのではないかと、半ば反面教師を見ながら想像している。小手先だけではなく、本気でぶつかり本気で認め合い本気で称え合うことが僕らにできるようになるだろうか。道はまだ長い。
例えば、やるべきことがあったとして、その立場になったとき自分ごととして対処できるとしたら、ひとりひとりがそう思えればどうだろう。なんだか良い世界になるような気がしてくる。些細なことかもしれないけれど、それができないのは日本人としては寂しい。

昨日もとある勉強会でそんな話になった。僕は、ただ目の前にやることがあったので、ただやっただけ。それは、誰にでもできることだ。入り口近くに座ったので、醤油が近くにあったので、ただ鍋がそこに置かれたので。それだけのこと。そんな小さなことなのだ。
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第34節 横浜F・マリノス戦。

今年は本当にサボっているというかなんというか、自分事ばかりを考えてしまいセレッソ大阪に関するあらゆるものから逃避していたように思える。「そんなことないっすよー」と周りからは言われるが、自分自身が本当によく分かっている。反省の念しかない。

そんな体質を改めようといろいろなことを考えてはいても、やはり行動に起こさないと何も前に進まない。この先の生活環境などを考えてみてもどうなるものでもない現状ではあるのだが、原点に立ち返ってみると見えるものもあるのかもしれないと思い始めている。

その自戒の中で最終節の横浜F・マリノス戦を見るために日産スタジアムに向かう。スタジアムで観戦できる機会があることに本当に感謝。天気もよく感謝。そしてなにより尹晶煥監督のラストマッチに勝利することができ、最大の感謝をするしかない状況だと思う。

ユンセレッソの原点に戻るというかこれがベターというか、本当に素晴らしい試合を見せてくれた。先制されたものの相手に走り負けず局面では体を張る。このような試合を34試合全てで出せていたら、間違いなく来シーズンはアジアの舞台に立っていたはずだ。

四半世紀に渡ってセレッソ大阪を応援し続けてきた情熱というものがどれだけチームのためになってきたかどうかなど関係ない。この横浜戦のような試合を見られるだけで感謝したい。監督が替わろうとも選手が替わろうとも、その情熱だけは永遠に続くのだろう。

サッカーショップ蹴球堂も現在Web(BASE)のみで活動しているので本当に申し訳なく思っている。2019年は多くの方の身近な存在としていられるようにもっと精進していきたいと思っている。そしてまた多くの方々とお会いして、多くのお話を聞きたい。素直に。

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