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3月, 2021の投稿を表示しています

新年。

激動の一年が明け、また来たるべき一年が訪れるという、あいも変わらない人生を送っている。少なくともこの2022年という空間を、また、多くの方とともに歩めればそれでいいと感じる自分が大きくなってきた。年齢を重ねている証拠だろう。 セレッソ大阪というクラブを愛し始めてかれこれ三十年弱となるわけだが、この思いだけは決して色褪せないのがありがたい。ひとえにこれは仲間の存在が大きい。時間というファクターは人を不幸にすることもあれば、人を幸せにもしていく。 ようやくヨドコウ桜スタジアムに足を踏み入れることができ、F.C.OITOでイベントも開催できた。Twitter Spaceだって四十四回も続けることができたのだ。2022年はいったいどんな一年になるのだろうか。そう思っていた矢先に、あれが来た。 今年も多くのアミーゴに巻き込まれながら過ごしていくことになるだろう。 サッカーショップ蹴球堂は、まあぼちぼちやっていく。健康に気をつけながらゆっくりと前に向かって、着実に歩く。そうして辿り着ける先の、その向こうへと・・・。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第6節 湘南ベルマーレ戦。

その昔、結構な怪我をしたことがあった。順調なときにそういった事態になるとやはり心は折れるし、それ以上に焦りの色が濃くなってしまう。とは言え、どうするわけにもいかず途方に暮れてしまいがちだが、乗り越えてこその人生でもある。 ここのところ雨のなかでの試合が多かったので、体力の面ではかなり心配はしていた。多い少ないに関わらず雨による消耗が大きい。肉体面だけでなく心身ともに厳しい環境にある。そのなかでギリギリの勝負をするのだから、なにかは起こる。 結果的に湘南戦において怪我人が出てしまったわけだが、こればかりはなんとも言えない。この過密日程での頑張りがあって勝ち点を取れたのは、三選手 のおかげでもあるし、またその延長線として二人の日本代表選出も叶ったような気がする。 まずはしっかりと治して戻ってきてくれるのを願っているのだが、それ以上に出場機会を得られた選手たちの活躍に期待する。これにより競争意識がさらに活発化され、チームとしてはより一層強化されていく。そんなことを考えたりしている。 そして、その競争意識を続けていくためにも、ここからの三試合が大切になってくる。代表帰りならもともと出られる予定では無かった次の好調鳥栖戦では、チームの真価を問われる重要な一戦でもある。特に怪我明けの選手たちに期待したい。 さて昨日のClubhouseではゲストも来ていただいたりして、今後のJリーグについて話を聴かせていただいた。ACLのこと、日程変更のこと、みなし開催のことなど、ちょいちょい挟まる裏話にも耳を傾けていると、分かってくることがある。 今までは当たり前のように存在していた「週末サッカーとともに過ごす」という日常。この日常はコロナウイルスが蔓延している現在も、それらが去ったあとの世界でも、常に背中合わせで生きなければならないことを僕らに教えてくれている。 いくらライバルクラブであっても、みなし開催での不戦敗なんて辛すぎる。もし自分たちが同じ立場だったらどう感じるのか。その思いを、Jリーグも分かってくれていることを知れただけでも、昨日のウダウダ話は充実した時間だったと思える。 「結構続いているよね」と最後に言われ、ハッとした。続いている。続けている。発信を続けているのだ。やっぱり、今こそ、今だからこそ続ける意味があるのだと信じ始めてもいる。毎週木曜日の21時。是非とも同じ時間を共有して

日本代表選出雑感。

日本代表選出に盛り上がっている週末。嬉しいことばかりでも無いのが正直な気持ちではあるのだが、それでもナショナルチームの一員としてうちの選手が存在するのは素晴らしい。世界と戦った彼らが、無事にクラブに戻ることを願っている。 水曜日から米国テキサス州オースティンで毎年行われているサウス・バイ・サウス・ウエストに参加している。現状を鑑みて今年はオンライン開催なので、参加が容易ではあるものの、趣きも様変わりしているので少し戸惑っているのが本音だ。 2015年そして2016年とオースティンを訪れて、この世界的イベントを肌に触れ、様々な考えかたが変わったのも事実である。世界と戦うとか偉そうなことは決して言えないものの、日本という枠を飛び越えて感じる風景はまた格別なものがある。 当時はなかなか現地でお会いする方も少なかったが、近年では多くの日本人も参加している。インタラクティブであれ、フィルムであれ、ミュージックであれ、日本の素晴らしさを存分に発揮できるこのSxSWは、何度でも行きたいイベントだ。 そういえばこの前のニュースを見ていて、二回目の参加の際オースティン空港で、前日のイベントに出演されていたPerfumeの御三人にお会いしたのを思い出した。世界ではそのようなサプライズも数多く訪れるもの。これも旅の醍醐味である。 今週のClubhouseでも話題に上がったが、今年はアジアチャンピオンズリーグもある(集中開催にはなるが)。 コロナ禍では時間が比較的余裕がある方しか行けないだろうが、 また多くのファンやサポーターが、世界へと飛び出していくだろう。 アーカイブがあるにも関わらず、リアルに体感したい気持ちが大きいため、深夜にがっつりライブで参加している。しかしながら年齢の壁は越えられない。体調のコントロールに苦慮する今週でもあった。まずは湘南戦に向けて体調を整える。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第5節 大分トリニータ戦。

どのような世界でも「違いを見せる」方が存在して、いつも僕らを驚かしてくれる。仕事でもサッカーでも思ってしまうが、こういう人たちはどういう頭と心臓を持っているのか。僕のような凡人ではおよそ考えも及ばないし、興味が尽きない。 今年2021年のレヴィーセレッソは、事あるごとに前年までのサッカーと比較されてしまう。大分トリニータとの対戦でも同様。ウノゼロかそれとも攻撃力で捩じ伏せにかかるのか。どうでもいいとも思うが、悩ましいがそれでも意識してしまう。 坂元達裕選手のスーペルゴラッソが無ければ厳しい試合でもあった。引いてブロックを作られた相手とのゲームは、やはり「個」の勝負になるのが必定。そのような個人のスキルだけに頼るのも良くないのだが、とかく勝つとはそういうものだ。 さて、内容は僕が語るよりも、いつものように専門家の方々に任せるとして。水曜日の試合が多かったので、なかなかキックオフに追いついていなかった。ようやくミッドウィーク開催から解放されるか、と思ったら、次次節は「金J」なのか。 とは言え、ナショナルマッチデーウィークを挟むので、いま一度スケジュールの調整でもしてみるか。だが、凡人には何をやらせても中途半端なので、また、しくじり先生になりそうな予感もしている。次節勝って、穏やかな二週間を迎えたい。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第4節 横浜FC戦。

「一週間」という唱歌がある。ロシア民謡がベースとなっていて、一週間の仕事についてチュラチュラと描かれている。子供のときにはあまり納得感が無かった歌詞だったが、歳を取るにつれこの歌の意味がなんとなく分かるようになってきた。 そんな「チュラチュラ」な一週間の締めくくりとしての横浜FC戦となった。前々日にいつものウダウダ話、そして前日には横浜FCサポーターにお誘いをいただき、Clubhouseで少し話したのだが、雷雨以外は良くも悪くも予想した通りになった。 ぬかるんだピッチでもあり、思い描いたプランというわけにはいかなかっただろうが、攻撃において「個」の力が存分に出ていた。しかしながらディフェンスは相変わらず。少なくともこの五試合は、感情のアップダウンが激しい観戦でもある。 少なくとも前カノ(前任者)が残してくれたベースに獲得した選手が上手く絡めているのは事実だろうし、そのことには触れる必要も無い。この五試合が肝だと思っていたので、勝ち点9で乗り越えられたことには感謝しか頭には浮かんでこない。 Clubhouseでも話題になったターンオーバーやローテーションも、レヴィーが試合のなかで上手く行なってくれていると考えて良いだろうか。一週間に三試合のペースが持ち込んでくる疲労感を、どのようにいなしていくかも重要になってくる。 「金曜日には糸巻きもせず土曜日はおしゃべりばかり」。ときには休息も必要だ。僕個人はインターバルばかりが目立ってきているのも否めない。予定では3月21日に首都圏の緊急事態宣言解除だ。さあ、糸と麻を買いに行く準備も始めないとな。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第3節 清水エスパルス戦。

人には、触れられたくない痛みが、ひとつくらいはあるものだ。僕が歴史を好きになるきっかけの小説に、そこに触れたら命のやり取りになる、的なニュアンスの文章があったのをふと思い出す。その小説のタイトルがいまいち思い出せないが。 清水エスパルスとのゲームを「前カノ今カノ」対決で括るのはどうかとは思うが、お互いの監督があまり触れてほしくない部分なのだろうなと思いながら見ていた。サッカーだけに限らず戦術は生き物であり、選手が変われば戦いかたも変わる。 試合はそれこそ、プロの方やセミプロの分析官に任せたい。そこでClubhouseでも少し話題にはしたのだが、太鼓について。 セレッソファンの太鼓も聴こえなくはなかったが、 スタジアムでもモニタ越しでも、サンバの音色がかなり響いていた。 僕は常々、 無駄な太鼓ほど不必要なものは無い 思っている。無くても充分に応援をまとめることは可能だ。しかしながらこのコロナ禍では満足な声も出せず、クラップもなかなか合わせる機会が難しい。だから今は太鼓の力を借りる必要がある。 そういう意味では、各クラブの太鼓の方々の苦悩がよく分かる。スタンドで立って応援することもままならない状況で、太鼓の力だけで拍手を統一化させていくのはとても難しいのだろうなと感じる。コールリーダーと太鼓打ちの関係も、然り。 新型コロナウイルスは生活を一変させ、働きかたを一変させ、そして、応援スタイルまでも変えてしまった。セレッソファン、サポーターが一体となって、コールリードのありかた、太鼓がある意味などを議論・対話していくべきだと感じた。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第2節 FC東京戦。

僕が歴史好きなのは既にご承知のとおりだが、その歴史のなかには「勝てば官軍」という言葉が存在する。歴史とは常に勝者側のものの見方であって、敗者の歴史は葬り去られる。しかしながら最近では、それらが覆されるケースも、多々ある。 例えば、好物の明治維新に関しても同様だ。結果的に勝利した薩長を中心とした史観が通説と思われてきたが、ある意味「正しい部分」と「修正が必要な部分」が明確になってきている。だが、見かたは人それぞれで、その人に委ねられている。 今のセレッソ大阪も個人的にはそんな「人それぞれの見かた」がある。クラブの方向性や監督についても、考えかたは変わってくる。僕は否定するつもりもないし、そのような多くの考えが生まれることで、クラブは強くなっていくのだと思う。 前節同様に、最後は底力を見せつけられての逆転負けだが、不思議と結果に対しての不満の感情が生まれてこない。選手はかなり、このチームのために献身的に戦っている。また、それだけではなく、局面局面で素晴らしいプレーも見せていた。 次節がすべてのターニングポイントになり得る。この三試合で昨年の幻影をものの見事に断ち切った感もある。そのサッカーがロティーナの戦術に対してどう立ち向かうのか。第三者的見かたで恐縮だが非常に興味がある。これは偏見ではなく。 ただし、これはなにも、僕が今年のサッカーを認めたことを意味しない。いくら攻撃的チームを全面に出したとしても、前節同様、昨年までだったら起こらなかったような事故的失点(キーパーのは別で)を、とてもじゃないが僕は肯定できない。 最近はClubhouseなどでアウトプットしているので、僕の考えなどは聴いてもらえると幸いだ。そこでは、押し付けなどではなく、多様性を話し合える場づくりが重要だとも感じている。セレッソファン同士はそれができる仲間だと信じている。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第11節 川崎フロンターレ戦。

「頑張って前に進もう」と言い続けていても、進む方向を誤っていたらゴールには辿り着けない。目指すべき場所が正しくなければ、いくらやりかたが素晴らしいものであっても結果はついてこない。いつの日か僕らはそれに気付いてしまった。 その目指すべき場所が昨年と今年では大きく変わった。それは今に始まったわけでもなく、これまでの歴史のなかでもよくあった話。ひとつ違うのは、先ほども書いたが、僕たちは気付いてしまったということだ。それは紛れもない事実なのだ。 今年一年が、そのギャップを感じながら生きることになったのを悲観しているわけではない。物事には理由があり、そして選択がすべて。クラブが選んだ目的地と大半のサポーターが見ている目的地との乖離は、程よい温度感になってしまった。 Clubhouseのウダウダルームでも話したのだが、王者である川崎フロンターレとのアウェイゲームがそれほどの点差にならなかったことにびっくりしている。試合展開から見ても前半後半で変化のあった、非常に不思議な試合のようにも感じた。 終わってみればの当然の結果ではあったものの、選手個人個人にとっては、とても重要なレッスンであったように思えた。特に若いセッターバックのふたりには酷のようでもある川崎の強烈なアタックに対峙するだけでも学びの場になったはず。 ウダウダルームで、もしスタジアムにセレッソサポーターがいたら少しくらいは空気を変えられたかもしれない、と喋ったけれども、少なくとも二度の同点の場面では選手たちに勇気を届けることはできただろう。早くスタジアムに戻りたいね。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP