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6月, 2019の投稿を表示しています

サッカーとレゴ®シリアスプレイ®。ふたつがある日常。

コパ・アメリカを見ながらこのブログを書いている。アルゼンチン、ブラジルのサッカーが見れるだけで何だか幸せな気になる。サッカーのある日常が活力になっているのは当たり前だが、最近ではこのテリトリーにファシリテーターというお仕事が加わってきているのだ。

この週末の土曜日。某チーム7名+マネージャーに向けてレゴ®シリアスプレイ®のファシリテーターを務めた。朝9時から夕方17時までの休憩を挟んだ8時間という長丁場。参加者にとって良い結論を得ることへの大事な空間。勿論僕にとっても非常に大事な時間でもあった。

テーマは主体性。人間という生き物には、自分自身を知りひとりひとりの個性や特性を活かし、素晴らしい人材となっていく過程がある。そのなかで自分の内にあるモヤモヤしたもの、他人の目、上司の評価、同僚との関係性など考えれば考えるほどまとまりを欠いてしまう。

今回のワークショップ。遊び心も加えながら少々緩い感じでスタートしたが、より主体性を意識させていく流れを重視してワークを行なった。4つのパーツで行なういつもの始めの第一歩から「作品を作って意味をあたえてストーリーを語って振り返る」を何度も何度も続ける。

その中で少しずつ自分の手の力を信じ始める。頭の中の違う箇所を使うため相当疲れながらではあるが、段々と主体的なイメージができあがっていく。様々なワークを繰り返すことで生まれてきた作品は実に30個近く。これらを関係性を意識してコネクションに入っていく。

カオスのような状況から更に掘り起こして自分自身を見出していく頃には、自分は何をすべきなのか、しなければならないのか、自分は何をしたいと考えているのか、などが見えてくる。結論を急ぎがちなこの世の中だからこそ、この過程が非常に大事なのだと僕は思う。

全員の意見を聞きじっくりと時間をかけて対話しながらワークショップを進行する。先週二度ファシリテートしたことで自分の中でも更に成長しているのではと感じる瞬間が多々あった。今週もワークショップが待っている。セレッソ大阪の二試合を見ながら設計でもしよう。

なんとか、サッカーとレゴ®シリアスプレイ®を絡めていきたいと思ってはいるがこの先どうなっていくだろうか。このふたつがある日常がいったいどこまで続いていくのかはまったく分からないがこの瞬間を楽しんで生きていく。多くの方が興味を持ってくれることを信じて…

内なる声を形にするお手伝いを楽しむ。

先日、持っている株の現在値を見てびっくりしてしまった。あまり一喜一憂しないタイプではあるが、人間という生き物は、想定外(これは失礼なのだが)のことが起こるとパニックになったり、思っても見なかったことを考えてしまったりする。一部の例外を除いて。

以前にも書いたが、繰り返し繰り返し「第8の習慣」を耳から頭の中に入れようと努力している。それにしても、長年使っているがAudiobookはなんとも素晴らしいツールだなと思えてしまう。読書と比べる気はさらさら無いのだが、目で読む時間が今少なくなりつつあるのだ。

これも改めて書くのだが、その第8の習慣で冒頭に語られる「内面の声(Voice)を表現する」という言葉が好きだ。ビジョン、自制、情熱、良心。4つの視点から自分を内観する。いろいろなことがポツリポツリと見えてきて、それが形になって進むべき道標となっていく。

僕のワークショップでもこの「内面の声(Voice)を表現する」にチャレンジしてもらうケースがかなり多い。先日もとある方とマンツーマンで打ち合わせをしている最中にこのワークを実際に行なってもらったところ、お互いの感情が分かり、話がスムーズに進んだのだった。

内観だけですべてに片がつくわけではないことは会社や政治、社会を見ても一目瞭然だが、それでもその一助になり得ると僕は信じている。これから丸一日かけて自分自身と向き合うワークショップを開催する。参加者の個々の力を信じて、内なる声を形にするお手伝いを楽しむ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

評価のプロに。

プロの目は非常に厳しいのだなと感じる瞬間をよく目にする。どのような業界、業種、業態にいようが、また、社長だろうが管理職だろうがいちメンバーであろうが、働く人ひとりひとり全員、少なからず何らかのプロであるのだと改めて考えさせられる機会があった。

プロなのであれば当然のことながら結果を求められる。スポーツの世界などはなおのこと。そうなるとその結果を評価する側も勿論プロでなければならない。しかし、評価する側に”評価のプロ”などというものが存在しないケースのほうがことさら多い気もしている。

SAKURA NEXTの山根永遠選手の育成型期限付き移籍が発表された。U-23ではほぼレギュラーのポジションを掴んでいた彼ではあるが、トップに帯同するにはまだ何かが足らないのだろうか。J3の三年間で通算13ゴールという結果だけでは難しいことがあるかもしれない。

本人も語っていたように、ここから先はJ2というひとつ上のカテゴリーで結果を出せるかが鍵になってくる。セレッソ大阪アカデミー出身者を中心に若い選手たちが移籍した先で活躍している姿を見ていると安泰ではないが、この先のクラブの行末が楽しみになってくる。

好きな選手のひとりだったので桜色のユニフォームに袖を通していない彼を見るのはとても寂しいことではあるが、ここで大きく成長して強くなって帰ってくることを期待したい。実は7月に金沢に行く予定があったのだが、急遽中止になってしまい寂しさの上塗りでもある。

話は戻るが、プロの成長にそっと寄り添っていける評価のプロになりたいと常々思っている。ただ単に人が人を判断するなどということではなく、生きる道を一緒に模索しながら短期、中期、長期な目線で評価点を付けていく。それが無いと唯の差をつけるだけの機械だ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ファシリテーター人生。

昨日の夜はあまりにも精魂尽き果ててブログ更新が叶わなかった。それくらいかなり充実した一日であったのは間違いないと思う。こんな毎日を過ごすことができるのはやっぱり仲間に恵まれているのと、大好きなものがそこにあるからだ。本当にありがたい話である。

「レゴ®シリアスプレイ®体験ワークショップ with 山之上」(ネーミングセンスは置いといて)は9名の参加を頂いて開催した。ひととおり「レゴ®シリアスプレイ®とは何か」、「何が得られるか」、「どんなことを行なうのか」などを説明と実際にプレイしていただいた。

手で何かを作ることから生まれる思考を大事にするコンストラクショニズムと、「問いは難しいが更に作りたくなる」感覚を持つことができるフロー理論。このふたつを駆使して進めていく過程で、モヤモヤした感覚や言葉にできなかった何かを形にしていくことが可能となる。

自分の手をひたすら信じ限られた時間の中で組み立てた、眼の前にあるこの作品。そのひとつひとつのレゴブロックには意味が絶対にある、たとえ「眼の前にあったから」取り付けたものであったとしても。「強いて言えば」「例えるなら」形から言葉を思考することはできる。

ファシリテーターの力量不足のせいで中々上手くいかないところもあったとは思うけれど、このワークショップではそんなシリアスプレイ(真剣に遊ぶ)を経験していただけたのではないかと感じている。ひとりひとりが何かを掴んで持ち帰ってもらえたとしたら非常に嬉しい。

この先もワークショップが待っている。8時間かけてレゴ®シリアスプレイ®で自分を探すワークショップ。自分たちの事業を更に加速させるためのワークショップ。更に近々で数回行なう予定だ。声をかけてくれるアミーゴに支えられてファシリテーター人生は続いていく。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

Jリーグマネジメントカップに見るセレッソ大阪の未来。

レゴ®シリアスプレイ®ワークショップがある明日はルヴァンカップFC東京戦。必ず勝って上に上がりたいところだ。一試合でも多くセレッソ大阪の試合を見たいと思うのはファン、サポーターの願いでもある。これはこの25年間まったく変わらない感情ではないだろうか。

この記事を読んだ。勿論経営力においてビッグクラブには及ばないのだが、非常に興味を持てる数字が並んでいる我がクラブ。売上高・チーム人件費率については今ここで語ることは無い(!)のだが、それ以外でこのデータを出せるようになったのが素晴らしいと感じた。

その中でも「新規観戦者割合」が非常に目を引く。確かに成績が良かった2017年のデータではあるのだが、隣のクラブと比べてポイントで3倍。逆に客単価面で差をつけられているとなると、コアなファン(サポーター)の数が圧倒的に違うということでもあるのかなと思う。

また、SNSのフォロワー数も全クラブで一番。アジア戦略によるフォロワー増であることは周知の事実だろうが、少なくとも人気が高まっている国がアジアで増えているのは事実。インバウンドの成果は見ていないので何とも言えないのだがとても魅力的な数字でもある。

今後50年、100年とセレッソ大阪がどのようなクラブになって前へ向かって進んでいくのか。そしてそれはJリーグ然り。村井さんがチェアマンになってから次々に斬新なアイデアが結実していっている。僕らのクラブが未来に向かって走る姿を、生きている限り見続けたい。

※そこにレゴ®シリアスプレイ®で参画したい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ふたつの言葉。

レゴ®シリアスプレイ®ワークショップを今日入れてあと3日後に開催する。気持ちの高ぶりを抑えながら昨晩もドキュメントを作っていた。それでも高揚するので何となく映画を流しながら仕事をすることにした。その垂れ流していた映画は「マトリックス」である。

僕はこの映画が非常に好きだ。若かりし頃には「現実に起こりうるのかもしれない」と本気で思いながら見ていたのだが、今この時代で改めて、人とAIの関係性などを考えさせられる素晴らしい作品だと感じている。この映画の名言にも実は着目していていたのだった。
それはレゴ®シリアスプレイ®の中でも活かされている言葉であると僕は思っている。ひとつは「Don't think you are,know you are.(速く動こうと考えるな、速いと知れ)」。頭の中で考えてから作るより人間の手が更に素晴らしい結果をもたらしてくれることもあるのだと知る。

そして「Free your mind.(心を解き放て)」。まさにこれがレゴ®シリアスプレイ®の真髄かもしれない。しがらみや価値の相違や固定観念。そんなものから開放されて自由な発言の場を提供する。そのお手伝いを僕のような認定ファシリテーターが正しく導いていくのだ。

今週水曜日、渋谷区の片隅で、ふたつの言葉と作っていくワークショップ。レゴ®シリアスプレイ®を思いっきり楽しんでもらい、学んでもらい、解き放ってもらい、何かを持って帰ってもらおうと僕は考えている。準備の方は徐々に完了に近づいている。当日が待ち遠しい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


走り続けるほうが良いという話。

週末ダブルのこんな夜は本当に気持ちが良い。しかも共にクリーンシートのおまけ付きでもある。セレッソ大阪が勝利すると決まった金額で投資信託を購入しているのだが、なんだかちょっと嬉しい気分になった。このまま走り続けて、投資額も増えていけばなと思う。

それにしても今日のSAKURA NEXTは素晴らしい試合だった。特に野村天真選手17歳、西尾隆矢選手18歳、下川太陽選手17歳、林田魁斗選手17歳のバックス4人。J3だからといっても甘くはないこのリーグでこの若い選手たちの躍動に、おじさんはとても勇気づけられている。

若者たちの活躍に後押しされる形で中堅(と言っても20代前半)も非常に良い結果を出しているし、トップで使っても良いんじゃないかと思う選手もいる。見ていて実に気持ちがいいくらい走る。無駄かもしれないが走る。やっぱり走り続けることが大事なのかもしれない。

そういや、金融庁の例の2000万円発言。個人的には至極当然、というか知っているというか、自分自身で開催するお金の勉強会で繰り返し説明している内容でもある。不足金額が多いか少ないかではなく、今この状況を知ったうえで行動していくことが必要であると思う。

若い方々は、今更なことで一喜一憂するよりはしっかり学んでしっかり知って、形はともかく全ての面において走り続けること。まずはそれが良いのかなと僕は思う。近所に長者橋という名の橋があったな。長生きはしたくないが、走っていれば得することがあるかもよ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第16節 ジュビロ磐田戦。

身も心も雨模様。そんなときは気分転換が一番良いとは思うが、それがサッカーなのかもしれない。朝、なんとかコパ・アメリカのウルグアイ戦を見て、そして夜にはセレッソ大阪の試合を見る。モニタの中とは言え心が晴れていく気がする。非常にありがたい話である。

そんなジュビロ磐田戦。前節のこともあったので入りを意識していたのだが、そこはさすがロティーナさんだなと感じた。本当に良い監督に来てもらった。一試合通しての内容はともかく、勝ち点3を積み上げられたことこそが今のセレッソ大阪に必要なものだったと思う。

会場にいなかったので何とも言えないし憶測ではあるのだが、試合終盤。ここまでかなり走って受けて出してを繰り返していた清武弘嗣選手の足が止まり始めたところで聴こえた「キ・ヨ・キヨタケ」コール。今一度持ち直すきっかけになっていたように思えたのだった。

これこそ、サポーターが12番目の選手と呼ばれる所以だと思う。試合に関係ないところでただ騒ぐだけの応援ではなくまさに試合と一体化する応援。やっぱり僕らセレッソファン、サポーターは最高だ。これからも選手たちに勇気を提供できる応援というものを見ていたい。

気持ちは晴れてきたが当の天気はどうなのだろうか。梅雨のジメッとした感覚が人より不快な思いをする体質を持つ僕だが、どうにか晴れ間に変えていく力を持ちたい。そしてまた明日にはSAKURA NEXT U-23の試合もある。このまま夏に向かっていくのだなと確信した。

※いや、その夏も苦手なのだが・・・。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

東京オリンピックの抽選結果。

宣言どおり(!)コパ・アメリカのウルグアイ戦はまだ見ていない。今日は色々あってこの時間になってしまったが、まだまだやることが山積みでもある。まずは来週のイベントの準備でレゴの整理をする。レゴを触っているだけで落ち着いてくるのは職業病だろう。

そんななか、東京オリンピックのチケット抽選結果を確認する。結論から言うと「全滅」である。一試合くらいは・・・と高をくくっていたが全ての項目において落選マークという何とも運の悪さを露呈する。東京在住12年。都民枠など存在しないのだなと落胆する。

アミーゴの状況をSNSなどで確認した。どのような仕組みで抽選されたのか知らないが、これまでの人生などは何も考慮されずただ選ぶ行為だけが行なわれたかのような全滅組の行列になっていた。何とも言えない気持ちだけを抱えて、週末を迎えるこの身を嘆いている。

今回申し込んだ開会式、閉会式、男女サッカーのファイナル、卓球女子ファイナルなどは、次の販売では取れないだろうなと既にあきらめムードにはなっている。そういうわけで浮いたお金で何かをしようかとも思ったが、とりあえず次の販売に向けて置いておくつもりだ。

生きている間に地元でオリンピックを見るなど最後だと思うのでなんとか楽しむことを継続したい。会場の近くを廻って様々な国の方々との出会いにも興味がある。そう考えるとなんだかんだでこのお祭り気分を味わっていける。チケットだけが全てじゃない(強がり)。

※せめて日本サッカー後援会枠とか・・・。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

気にしてもらえるありがたさ。

知人を勉強会に連れていくため昨日は味の素スタジアムに行けなかったが、夜になってアミーゴから連絡をもらって、試合は敗れはしたのだがとても嬉しい気持ちになれた。気にしてもらえていることが本当にありがたいし、僕にとってこれが生きている証にもなるのだ。

各カテゴリーのサッカーてんこ盛りな今週ではあるが少しお金の話を。勉強会は「海外での資産運用」と「こどものための経済教育」についてだった。特に後者に関しては興味を持って聴かせていただいたが、これが非常に面白い内容で僕はかなり惹き込まれてしまった。

自分自身でも感じるが、小さいときからお金は「汚いもの」というネガティブなイメージを植え付けられていたような気がする。例えば貸し借りや「足りない」という言葉ばかりが目立って、お金の話をしたりすることすら憚られる感もあった。そんな思い出のほうが大きい。

要は、僕は子供の頃にお金について何ひとつ学んでいなかったのだ。「子供の時に知っていたら・・・」という後悔の念はそんなには無いのだが、知っていると知らないでは雲泥の差があるのは明白。今こんな世の中だからこそ、子供、特に日本の子供にお金の教育が必要だ。

改めてだが僕は子供が苦手(嫌いなのではない)だが苦手を克服するときが来たかもしれない。今後もしかしたら様々なことが動いていく可能性もある。僕を気にしてくれている方に感謝しなければという想いが苦手を勝るか。まさに「ありがとう」が生きている証である。

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1999年とチリ戦。

日本がコパ・アメリカに招待され参戦したのが20年前の1999年。この年のセレッソ大阪といえば、中田英寿氏が在籍したペルージャと試合したり、最終的にスター黄善洪さんが得点王を取ったりしたが、結局このコパ・アメリカの日本代表には誰も選出されていなかった。

当時の僕は朝から晩までそして休日含めて本当に仕事尽くしだった。そんなつかの間の6月に行なわれた大会。前年のフランスワールドカップ後から1年経ったトルシエジャパンにとって試練とも呼ぶべき”レッスン”は、1分2敗という結果だけでは測れない何かが存在していた。

そのおかげでアジアカップや2002年の日韓ワールドカップにつながったと言ってもいいかもしれないし、何となくフランスワールドカップの得失点差だけを鵜呑みにしていた「世界基準との違い」を、子供の頃先生に頭をごツンとされたような気になったのを覚えている。

昨日のチリ戦を見た。当時と違うのは働き方が変わった恩恵かリアルタイムで見ることができたってことだ。そんな中での0-4。数字以上のインパクトと”やれるのではないか”という期待感とが入り混じった感覚が残る。確かに二連覇中のチリのしたたかさが印象的だった。

当然ゴールを決めないと勝てないしそのチャンスはかなりあった。外しちゃいけない場面も多く存在した。ここをレッスンと捉えるのが正しいか否かを問いたいわけではないし、これがベストだと大手を振って言えるかはさておき、彼らは我々の日本代表でもあるわけだ。

僕個人としてはこの戦いを残り二戦も繰り返してほしい。たとえ破れたとしても必ずや彼らは何かを持って帰ってきてくると心から信じている。20年前の日本代表とは多くが変わっている。若いこの選手たちだからこそできる試合をウルグアイ、エクアドル戦で見せてほしい。

そういや1999年のセレッソ大阪は非常に面白かった。ベルギー人のレネ・デザイェレ監督のもと年間順位6位という好成績だった記憶がある。レッスンという名の若手とベテランの融合もこの頃から。ラジオ「ANIMO!CEREZO!」に出ていたのもこの年。20年で随分変わったな。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

チャンス。

定期的に多分一年に一度は訪れていたのではと思っている香港。その香港がかなり大変なことになっている。ニュースを見るたびに複雑な気持ちになる。さまざまな思いがあるが、まずはあの香港の街並みをまた歩きたいという気分。近々で訪れるチャンスがあるだろうか。

香港のことはどこかで記したいと思っている。今、ウルグアイ対エクアドルを見ながらこのブログを書いているわけだが、改めてDAZN様様である。世界最古の・・・という謳い文句はともかく、レベル感が似通っていてどこが勝ってもおかしくないこの大会は非常に面白い。

もうそろそろコパ・アメリカの日本代表戦が始まる。久保建英選手が注目される中ではあるが、来年の東京オリンピックそして3年後のカタールワールドカップに向けてすべての選手の活躍を待っている。うちの選手は残念ながらなのではあるが、まだまだチャンスはあるはず。

そんな中でどのような戦いを挑むのか。初戦は二連覇中のチリ代表。強豪に対してどのようなサッカーでチャンスを掴むのか。大きな経験を得るだけでなく勝利、勝ち点を掴み取るその姿勢をしっかりと見ておきたいと思う。三試合+α。僕の戦いは試合開始時間だけか(笑)

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大阪市税をクレジットカードで納付する。

自分の生活が少しでも楽に便利になっていければと常々思っている。それでも多くのものは強者の理論や既得権益で覆い尽くされていて、中々手出しにできない領域に存在するのだ。だからまずは自分の領域で楽をする方法を考える。そんなこと(妄想)を毎日考えている。

個人的に楽をすることと手を抜くことは根本が違うと感じている。なぜこの方法を実行しないといけないのかというWhyを常に意識していたいと思っている。が、どうしても本質からかけ離れたところに行ってしまうのが僕の悪い癖でもあり面倒くさがりな性格の問題もある。

そんな最中、店長から連絡があり、大阪市税がクレジットカードで支払えることを知った。お前は今さら何を言っているのかとかなりお叱りをいただきそうだが、早速この週末に自宅でMy MacBookから納付してみた。手数料はかかるものの楽に支払うことができて満足している。

慣習であった、銀行へ行く→お金引き出す→お金を持ってコンビニエンスストアに行く→支払いを行なうという手間が省けるだけでも、生活が良くなっていると言える。インターネット経由なので勿論良いことも悪いこともあるが少なくとも僕にとってはありがたい話なのだ。

物理的な距離の壁がぶっ壊されていく気がする。東京に来て12年。大阪の店長やスタッフに毎回お願いしていたことがひとつ無くなって楽が増えていくと、もっと自分たちの時間を有意義に使かえるようになる。その上で好きなことに手を抜かない生活をもっと手に入れたい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ネバー・エンディング・ストーリー。

今日久々に「ネバー・エンディング・ストーリー」を見た。本好きが高じたのとリマールの歌に導かれて中学生くらいのときの初めて鑑賞した記憶があるのだが、今見ても感動してしまった。どこまでも続いていく物語。ラストに近づくにつれ泣きそうな気持ちになった。

しかしながら永遠に続くものなどない。知りながらなお今日を真っ直ぐに生きていくこと、それが大事でもあり次の世代へと何かを渡していく糧にもなる。育成とはそういうものだろうし、信じて前に進む気持ちを切らさずにただひたすら愛情を注いでいくものであると感じる。

セレッソ大阪U-23のガイナーレ鳥取戦を見た。勝利するサッカーとそうじゃないサッカーとの差を見てしまったようだ。確かに山根永遠選手のゴールが素晴らしかったのは事実なのだが、メンバー構成や試合内容を見ても、育成はこのままで良いのかと少々心配にもなってくる。

育成と勝利を共に達成するという大命題がセレッソ大阪にはある。同様にそれは今の僕にも存在している。若い頃に尊敬する御方から「人は上に立ったその日から後任を育てなければならない」とよく言われたものだ。そうやって十何年もあいだ育ててきたつもりでもある。

人を、選手を育てることを僕らは止めてはいけない。当然痛みも伴う。勿論恨みも買う。結果が出なかったその時には自分自身の責任を追う。そんな果てしなく続く育成という”ネバー・エンディング・ストーリー”を今、生きているのだ。そしてそれは決して無駄などではない。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

コパ・アメリカ2019開幕。

昨日の試合を彷彿とするような大雨の日は、溜まっている録画や映画を黙々と見るのが一番である。できるだけ明るいものをと思いながら引き摺る視聴構成になってしまっている。払拭すべくAmazon FireTVで探っていたら、コパ・アメリカは開幕していたことに気づいた。

開幕戦のブラジル対ボリビアを見た。前半は中々エンジンがかからないブラジルと引いて守るボリビアの緩い展開だったが、金曜日のセレッソ大阪同様不用意なファールでのペナルティーキックを与えてしまい、そこから崩れてしまうという何ともデジャヴュな試合だった。

それにしても三点目のエヴェルトンのゴラッソは凄いの一言だった。NEXTネイマールとも噂される23歳のボールの軌道が半端ない。我がトフィーズのリシャルリソン、スタメンだったネレスといったサイドアタッカーが育つ国ブラジルに途轍もなく感激したイバなのであった。

日本代表も参加しているこのコパ・アメリカ。チリ、ウルグアイ、エクアドルとすべての国が強敵であると言える。若い選手たちとオーバーエイジを意識したメンバー構成で戦うわけだが、結果を恐れずがむしゃらに行け!その前にまずトゥーロンか。舩木翔選手頑張れ!

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第15節 鹿島アントラーズ戦。

僕らのJ1リーグが二週間ぶりに帰ってきた。しかも金Jナイトゲーム。どうも相性が悪いのだろうか結局今年もカシマスタジアムに行く夢が叶わなかった。とは言えセレッソ大阪と共に歩める週末を楽しめるのがやっぱり嬉しい。ましてやこの日は「モリシの日」でもある。
さてその鹿島戦。前半と後半がまったく違うチームになったように見えているが、序盤からちょっとずつ何かがズレているような気がしていた。相手がしたたかだったのもあるのだが、決定的な場面で決めきれなかったのはそのちょっとしたズレのせいであるのかもしれない。
ズレというものは当の本人が気づかないから非常に厄介だ。僕が抱えている案件でもそんな場面が多々あるが、修正する方法はいくらでもあるのにそれが中々できない。そしていつの間にか蟻地獄のような状況になって身動きができなくなるのを無意識のまま待つことになる。
こうした場合にどのようにこのズレをどう直していくか。いや、それ以前にズレに気づけるか。その留め金に誰がなれるのか。自分自身とこの日のセレッソ大阪を重ね合わせている。そしてカシマスタジアムと僕の長年のズレを、来年こそは修正したいと心に誓うのだった。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「モリシの日」ともうひとつの醍醐味。

今日、6月14日は「モリシの日」である。正式に登録されているれっきとした記念日だ。2002年日韓ワールドカップ、長居で行なわれたチュニジア戦でゴールを決めた森島寛晃現社長。スタジアムでは今日もサポーターが集い語り合うという思い出に浸っていることだろう。

実はあの日、僕らはもうひとつの醍醐味を味わっていたのだった。母国代表を応援するため日本に来ていたクロアチアサポーターがはるばる大阪にやってきた。僕らセレッソサポーターは彼らとフットサルを行なったり、ウェルカムパーティで盛り上がったことを思い出す。

サッカーとはワールドカップとは出会いの場なのだと思う。出場している各国だけにとどまらず世界中のアミーゴとつながっていける場所でもあるのだ。日本でワールドカップが行なわれた意義、それが17年経った今でも友情の形で残っているだけで充分なのかもしれない。

今年のラグビーワールドカップ、そして来年の東京オリンピック。スポーツが与えてくれる感動ともうひとつの醍醐味がこの国に訪れるのを僕は待っている。また多くのアミーゴと出会う機会がやってくる。そんなことをふと考えてしまった今年の「モリシの日」だった。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

止まらない。諦めない。

諦めなければ夢は叶うとあのネズミな方々が仰る。確かにそのとおりのときもあり、特に今年の欧州チャンピオンズリーグセミファイナルなどはまさに言葉通りだった。しかしながら諦めない気持ちを継続するのが難しくなってきている。どう保っていくのかが鍵である。

その鍵というか何というか。僕らセレッソ大阪ファンが昔から語り継いできている言葉である「セレッソ大阪、今ここに・・・」そしてもうひとつが「NEVER STOP,NEVER GIVE UP」である。常にこの言葉を背負って戦ってきたのだなと改めて自分を奮い立たせるのだ。

リヴァプール対バルセロナのセカンドレグ。出場が叶わなかったモハメド・サラーが着ていたNEVER GIVE UP。フィールドで戦う選手の魂を奮い立たせたのは勿論のこと、何よりサラー自身の諦めない気持ちを表していたのだと思うと、この言葉の素晴らしさに胸が熱くなる。

さてU-22日本代表がトゥーロン国際大会でメキシコを破り決勝進出したとのニュースを見て興奮している。どんなカテゴリーでも世界大会でのこの結果は嬉しい限り。ファイナルはブラジル戦。厳しい試合ではあるが”止まらない諦めない”気持ちで思いっきり戦って欲しい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

フロー状態になれるか。

スキルとレベルのバランスはとても重要だ。能力的に簡単すぎる問いかけ、チャレンジしたい内容かどうかの見極め。僕自身、管理職やオーナー歴が20年近い身ではあるのだが、スタッフの特性や持っている能力などを見定めるのは非常に難しいなと今でも感じている。

今日レゴ®シリアスプレイ®を実施した。体験会を実施するのは実に久々だったので非常に新鮮でもあった。様々な職種の方々が集まってのワークショップなので「問い」が非常に悩みどころでもあった。問題解決やチームビルディングなどよりも頭を使ってしまうのだ。

悩んだ末に考えた「未来からの逆算」。僕が大好きな7つの習慣の第二の習慣である「終わりを思い描くことから始める」ではあるのだが、普段僕らはどうしても目の前の問題に追われて積み上げ式になってしまう。終わりから考えることで、掘り下げていく機会を設ける。

レゴ®シリアスプレイ®の醍醐味でもある「問いは難しいがやってみたくなる」フロー状態にどう持っていくか。これがファシリテーターの度量。僕は努力しているところなのでまだまだ未熟ではあるが、先輩ファシリテーターの方々を見習って更に精進していきたいと思う。

今日のワークショップでも参加者の皆様から様々なことを教えてもらえた気がする。本当に、毎日が学びであり活力源でもあるとも感じる日々。今回、新たな要望や依頼などもいただけそうな予感なので、フロー状態でもっともっと向かうべきところに向かっていきたい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


エルサルバドル戦で感じた宿命とは。

今朝久々に夢を見た。何故かこの僕が転職する。だが出勤初日にも関わらず会社の場所が分からない。迷いながらなんとか玄関に着くも自分のカードで入口を通れない。色々試してみるも上手くいかず、最後は仕方なくボーっとしていると中に入れてくれた、そんな夢だ。

この夢が何を暗示しているのかも全く分からないが実にもどかしい。夢を見るなんてそれほど多くない体質(寝言はよく言うらしいが)なのにどうして選りに選ってこんな内容なのか。だいたい夢を見ると碌なものでは無い。それもこれも自分自身の持つ宿命というやつなのか。

さて日本代表のエルサルバドル戦。永井謙佑選手の2ゴールは本当に素晴らしかったが、それを上回るのが途中出場した久保建英選手。ボールタッチやシュートは勿論のことながら、それ以上に、加熱するメディアに対する言葉を含めて”持っている選手”だとしか思えない。

試合後に永井選手が「ゴール決めた試合にデビューするよな」と冗談交じりに話していたのも印象的だった。そういう星の下に生まれたとでも言うのだろうか、僕を始め特定の人間は実にそのような場面に出くわすのだ。運命なら変えられるかもしれないが宿命は非常に難しい。

その久保選手の出場シーン。心の中で僕は「帝王との交代だけは回避してくれー」と何とも理不尽なお願いを何処かの誰かに向かって発したのだが、無情にも9→27というボードが示されてしまった。まあ僕の願いが全て逆に行ってしまうのは今に始まったことではないのだが。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「普段は身軽に、そして時々、思い出の印に。」を見て感じたこと。

何を隠そう僕は現金払いというものが大の苦手なのである。どうも子供の頃から”緊張しい”な性分でもあるので、現金払いしかも後ろに列ができたりしたら大変。焦ってしまって大きいお金を出す始末。お釣りはポケットに突っ込んで足早に立ち去ることも殊の外多い。

そんな苦いエピソードもあるせいで、基本的にはクレジットカード、おサイフケータイやQR決済という代物を使い分け、できる限り現金を使わないようにしている。ひとつはお釣りが出ないこと。もうひとつ(特にスマホ)は操作が単純明快であること。実にありがたい。

それでも幾許かの現金は常に持ち歩いており、現金が必要な場合はいつでも出せるような準備はしている。これは大人の礼儀とでもいうか肝っ玉の小さな僕の性格上なのか。もしクレジットカードが使えなかったら・・・もしおサイフケータイの機械が壊れていたら・・・。

もうひとつ大事なこととして急遽どうしても現金が必要となる場合を想定している。いや突然では無かったとしてもその場で必要になるケースはいくらでもある。眼の前のにあるものだけでなかったとしても、動産としての現金が信用や信頼をつなぐ印になるのだろう。

だから常に現金の出入りを含めて管理をしておく。僕はマネーフォワードを利用しているが管理の方法は人それぞれ。ただどんなアプリケーションや管理手法を利用したしても持っておくマインドは同じだと感じる。現金もクレジットカードも人と人の絆に成り得るのだと。

クレジットカード会社のテレビコマーシャルを見た。ある俳優さんが語ったひとことが非常に重くのしかかり、少し考える機会をもらえた気がした。「普段は身軽に、そして時々、思い出の印に。」現金のあり方が変わってきた今日、ひとつ何か分かったような気がした。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「無音」の心地よさ。

様々な音色に囲まれている日常を飛び出して、音から離れた世界に行ってみたいと時々思ってしまう。誰とも会わず誰とも交わらず静かで穏やかな状況をゆったりと過ごす。ただしそれがずっと続いてもいけない。雑踏の中のオアシスというか、時折やってくるのが良い。

少し前ではあるが映画「さよならくちびる」を見た。女性デュオ「ハルレオ」を主人公とした音楽映画ではあるが、途中途中でやってくる「無音」の心地よさに震えたのだった。人は音無しでは生きていけない。だが人は音と距離を取りたい生き物でもあると改めて知った。

この世は音が溢れすぎている。そんな音に敏感になりすぎている。気持ちを整理する時間すら準備できない時代をしぶとく生き延びるのに必死になるが故、自分すら聴きたくもない音を発してしまうこともある。「さよならくちびる」を見た僕の頭の中を感情が渦巻く。

騒がしい街並みを抜け、僕は思い立って髪の毛を切りに床屋へ行く。静かな空間で髪にハサミが入る音だけが聴こえ・・・いや、ざわついている。スタッフさんの声、声、声。それも良い。「音」と「無音」のハーモニー。このバランス感覚がやっぱり良いものなのだ。

さて「さよならくちびる」である。周りの方々同様に本当に素晴らしい映画だと感じたが、やはりイバ的見どころは小松菜奈さん一択であると叫びたいのだ。どこまでいっても彼女を応援し続けるのだと僕は改めて心に誓ったのだった。これだけは「無音」でいられない。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

アートとアート力。

最近”アート力”という言葉を耳にする。ビジネスの世界で何を以てアート力と呼ぶかは人それぞれなのだと思うがこのワードを常に意識して仕事に向かっている気もする。その定義を偉そうに語るつもりは毛頭ないが、神様が授けてくれた人の性であることだけは分かる。

アミーゴの映画監督のおかげでアート、芸術というものをより意識している感がある。撮影現場に訪れて、まさに「神は細部に宿る」(なのだろうか)を地で行く方々に触れるのだが、果たして、アート力とは一体何を指して言っているのだろうかといつも悩んでしまう。
前述の通りアート力がITビジネスの世界でも必要とされている。とは言え「なんやそれ」という方もまだまだ多いだろうしレゴ®シリアスプレイ®などもその対象だと思う。遊びの延長線と扱われるケースも少なくないが、逆にアート力にしか活路が無いようにも見て取れる。

「既存路線だから必要なし」というお決まりの分割論はとうの昔に消え去っており、全ての仕事にはアートが存在し、そして様々考えていく上でアート力が不可欠になってくるのだろうなと思う。そんな時代、生き方の道を誤ってはいけないなと固く誓う毎日でもあるのだ。

趣味である幕末明治の延長で神社仏閣を巡る。建物や像の持つ事細かで研ぎ澄まされた感覚などに触れる。充分過ぎる言葉と映像が頭の中でシャッフルされて整理されていく。人を惹きつけて止まない力。それもひとつのアート力だと思えば、自ずと見えてくるものもある。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP


上手くいかないときにどうするか。

本来だったら今日から韓国大邸だったはずなのに未だ日本の首都にいる。発表後に試合日程・時間の変更というあまりお目にかかれない出来事があり、当然のことながら飛行機、ホテルのキャンセル料を支払って、旅行を取りやめるという状況。毎度のことながら辛い。
どこ都合なのか、などの事情含めてここでは割愛するが、そういうことも想定してアウェイを考えていかなければならないことを改めて悟った。キャンセル料はそれほど惜しくはないのだが、日程変更の通知ひとつで終わったことに”気遣い”という言葉の重みが心に残る。
そんな昨日の試合。セレッソ大阪はなんとか勝利したようだ。メンバー構成と得点者だけは知っているが動画などもまだ見ていないので、どのような試合内容だったかは分からない。しかしながらこの先のカップ、リーグにつながるようなゲームであったことを祈っている。

中々上手くいかないときも人間には多々ある。そんなときにどう生きるかどう考えるかで度量が決まる。怒りの矛先を相手に向けてそれで満足できるのか。それとも違うベクトルにそのパワーを使うか。僕なら迷わず後者を選択する。怒りには何のメリットも僕は感じない。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※これは、怒りではなく戯れてるだけか(笑)

繰り返しながら変えていく。

ここ数年、毎日朝夕に神社にお礼を伝える。「神社はお願いをする場所ではなくお礼をいう場所」と誰か(覚えていない)から教えてもらって以来、「お願いします」「ありがとうございました」と心の中で話をする。もはや生活の一部としてルーティーン化している。

先日も「ひたすら毎日続けられるのがイバさんの強さ」ととある御方に褒められたりしたのだが、大した話でもない。同じ行動を繰り返すことで良いとこ悪いとこを自分自身で見定めることができる、ただそれだけだ。飯を食ったらログを取る。体重、血圧、体温然り。

令和初の日本代表戦ということで非常に楽しみにしていたわけだが、よく分からない試合展開に見ているほうもかなり戸惑う内容だった。3か4かというよりも久保建英選手がフル代表でどれだけ通用するのかを見たかった気持ちのほうが上回ったのような空気感に感じた。

勿論同じシステムを継続して熟成させていくという手も大事だが、新しい血、新しいメソッドで活性化させるのも必要かなと個人的には感じる。繰り返しながら少しずつ変えていく。人間にも組織にも必要な要素だと思っている。結果は芳しくなかったが継続して欲しい。

継続といえば最近お昼ご飯はもっぱら”からあげクンレッド”だ。毎日毎日赤いパッケージを開き5つの塊を口に頬張る。よく飽きないなと周りの方もローソンの店員も思っていることだろう。からあげクンレッドの個人消費量、今僕が日本代表かもしれない(なんの話や)。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る。

時代は四半世紀ごとに巡るとよく言う。もうそろそろ二回転めになろうかという僕ではあるが、その言葉がなかなか飲み込めていない。流行りだなんだに弱い情報弱者でもあるわけでもっと敏感にならねば(敏感肌ではあるが)と常々考えているのだが、どうだろうか。

先日、1989年ACミラン対ナシオナル・メデジンのトヨタカップのことを書いたのだが、よくよく考えてみたらこれ今から30年前なのだ。今主流になりつつあるプレッシングサッカーの原型とも言うべきアリーゴ・サッキのゾーンプレス。改めて動画を見ても物凄いと感じる。

ITの世界はもっと速い。アプリケーションは年間に数回どころか十数回、いや多ければ何十回もアップデートしないと世の中のスピードについていけない。ハードウェアもそうだ。だからこそ「所有する」時代から「利用する」時代へ変わっていったのもうなづけるのだ。

それでも、”四半世紀ルール”だけではないが、古き良きものが見直されることもある。例えばオフィスのデスクを固定席から自由に利用できるようにするフリーアドレス。Wikipediaによると初めて行なわれたのは1987年。30年以上経った今まさに時代が訪れている気がする。

温故知新。故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る。そう言えば流行っていると噂の「子供カメラ」にチャレンジした。昔からこういうものはあったような気はするが、今テクノロジーのお蔭で簡単に実現する時代になった。今こそ古き良き考え方に寄り添うのも手だな。

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僕が何故レゴ®シリアスプレイ®を最優先に考えるのか。

昨日、僕にとって大事で有能なチームメンバーとステーキハウスに行った。「海外サッカーを語る2nd」と題してひたすら海外サッカーのことを語り続けながらステーキを食らうという何とも至福な時間を過ごした。もちろん今回はヨーロッパ二大タイトルの話題となった。

年齢は様々だった。二十代もいれば三十代そして僕のように五十路まっしぐらな人間も存在している。しかしながら、同じ話題でのトークに年齢差など関係無いのだなと感じる。ただ、決してサッカーというキーワードだけが持つマジックではないと僕らのDNAは知っている。

もし仮に、だ。その場にいる全員が立場や柵を乗り越え同じ目線で同じ議論が出来たとしたら、果たしてその組織はどのような相乗効果を生み出すのか。まさに僕が今コミュニケーションの最優先メソッドとしてレゴ®シリアスプレイ®を位置付けている理由がここにある。

たとえ口で「君の本音を聞かせて欲しい」と言ったところで上司と部下の関係の中から生まれるものが、すべてのシーンで立場の壁を越えられるわけでもない。特に、答えのない答えを探す、価値観や原理原則などを見つけ出す場面においては顕著に表れる気もするのだ。

「目を見て話さない」「作品に集中する」という方法論だけではなく、手が発する素直で誠実な語りが徐々に見えないものをより見えやすくしていくのだ。とある管理職の方から頂いた言葉を拝借すると「意外と変化を生み出したんです」。それだけでも有りなのではと思う。

話は戻るが、やはり最後は大昔のサッカーの話題へと蛇行してしまう。挙句の果てには1989年のトヨタカップ、ACミラン対ナシオナル・メデジンのハイプレスの戦いについて語り始めてしまった。僕はまだまだ同じ目線での会話に慣れていないようだと痛感したのだった。

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チャンピオンズリーグファイナル雑感。

僕の周りにはリヴァプールファンが殊の外多い。人気クラブなのでしょうがないところも多分にはあるのだが、トフィーズ好きとしては気持ちの整理が難しい。世界一美しいダービーマッチと言われるマージーサイド・ダービーのライバルがヨーロッパの頂点に立った。

それにしても今年のUEFAチャンピオンズリーグ、ヨーロッパリーグの両ファイナリストが全てイングランド・プレミアリーグのクラブというのは凄いなと思うのと同時に、母国リーグのチャンピオンがここにはいないという想像を絶する層の厚さを感じざるを得ない。

トッテナム・ホットスパーは序盤のペナルティ・キック献上でゲームプランが相当変わってしまったのかなとも感じた。ありったけの圧力を持って終始攻めている。リヴァプールは逆に守備の時間が多い。いや敢えて攻撃を受けているのだろうな、と素人ながらに考えた。

個人的には両サイドバックが試合を決めた気もする。昨年のこともあるし、ヨーロッパを制する準備とか心づもりの面でも既に勝敗が確定していたようにも感じる。それ以上に、スタジアムに響き渡る「You'll never walk alone.」の勝利なのだろうなとひとり納得する。

この試合を「凡戦」と呼ぶ方々も多々いるだろうが、僕は逆にリアルな今を象徴した味のある試合だったように思えた。勝つよりも負けないことを優先したかのような顔やサポーターの一喜一憂の映像が映るたびに、なんだかホッとしたような気持ちになったのだった。

近々レッズファンのアミーゴと酒を交わすことになりそうだ。満面の笑みを浮かべられるのを覚悟する。トフィーズは当分ヨーロッパカップ戦もお預けか。とりあえずはadidasの「マージーサイド・パック」なるスニーカーを探す旅に出よう(何処に売っているんだろう)。

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第14節 サガン鳥栖戦。

先日のことではあるが少々ショックなことが起こった。見たかった映画試写会の券がフリマサイトで売られていて妻が申し込んでくれていた。決済前日になって何故か申し込みが取り消されたのだが、その理由が「おじさんはチョット・・・」。お、おじさん・・・。

若者よ、おじさんも頑張っているのだ。Jリーグでもおじさんがまだまだ走っているのを見ると正直ホッとしているのだ。人はいずれ歳を取りその仲間入りをしていく。その刹那どう生きているだろうか、と30代前後から40歳に向かう過程でそんなことを多分考えるのだ。

かくいうセレッソ大阪のサッカーは比較的30歳前後の選手たちの活躍が目立っている。おじさんと呼べる年齢層では無いのだが、若い若いと思っていてもいずれその域へと入っていくのも人生。「おじさんはチョット・・・」という言葉が身に沁みる時期が来てしまうのだ。

さて鳥栖戦。相手のハイプレスに結構苦しんだが、多少のミスがあるにしても後方からの作りがかなり形になってきている。そのおかげで得点シーンのようなミドルサードを上手く利用できるシーンを作り出せていた。ロティーナのサッカーの素晴らしさを肌で感じる。

ようやくと言っていいか今季スタートから試行錯誤してきたサッカーが浸透しつつある。さもそれは若者が良い具合に歳を重ねていく道筋にも似たような感覚。老獪さと、選手たちが培ってきた経験に裏打ちされた真の強さ。そんなものに自分を重ねて見ていたのだった。

改めて言う。実はおじさんも頑張っている。若者には若者の、おじさんにはおじさんの、それぞれの良さというものがある。「おじさんはチョット・・・」を越えていくコラボレーションを生み出していきたいと真剣に思った。この世のおじさん諸君よ、共に頑張ろう。

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宝田沙織、女子ワールドカップフランスへ。

UEFAヨーロッパリーグファイナルをようやく見た。期待していたビッグロンドンダービーとしては少し差がついてしまった。開催地や選手の欠場など、難しい問題も多く抱えたこの試合ではあったが、高い技術が存分に詰まった非常に面白いゲームだったように思う。
ムヒタリアン選手のことを考えると胸が痛い。祈るしかないのではあるのだが、平和な世界でサッカーができる環境が増えていくことを切に願う。この後はUEFAチャンピオンズリーグファイナルが待っている。これぞ世界最高峰のサッカーという素晴らしい試合を期待する。
国家レベルでの世界最高峰の戦いと言えばワールドカップということになる。今月中旬から始まる女子ワールドカップ・フランス大会。追加招集としてセレッソ大坂堺レディースの宝田沙織選手が選出された。年齢制限のクラスからフル代表へ。本当に嬉しい気持ちだ。

だが、世界のトップクラスで必ず通用するとは言い難いのかもしれない。しかしながら、数試合しか見てはいない僕が言うのもなんだが、宝田選手のポテンシャルや類まれなる素質を存分に活かせたとき、とてつもない結果を生み出してくれるのではという思いでもある。

U-20ワールドカップとこのなでしこJAPAN。セレッソの選手が世界の舞台で戦っている姿を見るのは、この上なく嬉しいものである。いつものあのプレースタイルでピッチを走っている宝田選手。イメージが目に浮かぶようだ。神様はいつもあとからご褒美をくれるはず。

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