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6月, 2019の投稿を表示しています

チャンス。

定期的に多分一年に一度は訪れていたのではと思っている香港。その香港がかなり大変なことになっている。ニュースを見るたびに複雑な気持ちになる。さまざまな思いがあるが、まずはあの香港の街並みをまた歩きたいという気分。近々で訪れるチャンスがあるだろうか。

香港のことはどこかで記したいと思っている。今、ウルグアイ対エクアドルを見ながらこのブログを書いているわけだが、改めてDAZN様様である。世界最古の・・・という謳い文句はともかく、レベル感が似通っていてどこが勝ってもおかしくないこの大会は非常に面白い。

もうそろそろコパ・アメリカの日本代表戦が始まる。久保建英選手が注目される中ではあるが、来年の東京オリンピックそして3年後のカタールワールドカップに向けてすべての選手の活躍を待っている。うちの選手は残念ながらなのではあるが、まだまだチャンスはあるはず。

そんな中でどのような戦いを挑むのか。初戦は二連覇中のチリ代表。強豪に対してどのようなサッカーでチャンスを掴むのか。大きな経験を得るだけでなく勝利、勝ち点を掴み取るその姿勢をしっかりと見ておきたいと思う。三試合+α。僕の戦いは試合開始時間だけか(笑)

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

大阪市税をクレジットカードで納付する。

自分の生活が少しでも楽に便利になっていければと常々思っている。それでも多くのものは強者の理論や既得権益で覆い尽くされていて、中々手出しにできない領域に存在するのだ。だからまずは自分の領域で楽をする方法を考える。そんなこと(妄想)を毎日考えている。

個人的に楽をすることと手を抜くことは根本が違うと感じている。なぜこの方法を実行しないといけないのかというWhyを常に意識していたいと思っている。が、どうしても本質からかけ離れたところに行ってしまうのが僕の悪い癖でもあり面倒くさがりな性格の問題もある。

そんな最中、店長から連絡があり、大阪市税がクレジットカードで支払えることを知った。お前は今さら何を言っているのかとかなりお叱りをいただきそうだが、早速この週末に自宅でMy MacBookから納付してみた。手数料はかかるものの楽に支払うことができて満足している。

慣習であった、銀行へ行く→お金引き出す→お金を持ってコンビニエンスストアに行く→支払いを行なうという手間が省けるだけでも、生活が良くなっていると言える。インターネット経由なので勿論良いことも悪いこともあるが少なくとも僕にとってはありがたい話なのだ。

物理的な距離の壁がぶっ壊されていく気がする。東京に来て12年。大阪の店長やスタッフに毎回お願いしていたことがひとつ無くなって楽が増えていくと、もっと自分たちの時間を有意義に使かえるようになる。その上で好きなことに手を抜かない生活をもっと手に入れたい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ネバー・エンディング・ストーリー。

今日久々に「ネバー・エンディング・ストーリー」を見た。本好きが高じたのとリマールの歌に導かれて中学生くらいのときの初めて鑑賞した記憶があるのだが、今見ても感動してしまった。どこまでも続いていく物語。ラストに近づくにつれ泣きそうな気持ちになった。

しかしながら永遠に続くものなどない。知りながらなお今日を真っ直ぐに生きていくこと、それが大事でもあり次の世代へと何かを渡していく糧にもなる。育成とはそういうものだろうし、信じて前に進む気持ちを切らさずにただひたすら愛情を注いでいくものであると感じる。

セレッソ大阪U-23のガイナーレ鳥取戦を見た。勝利するサッカーとそうじゃないサッカーとの差を見てしまったようだ。確かに山根永遠選手のゴールが素晴らしかったのは事実なのだが、メンバー構成や試合内容を見ても、育成はこのままで良いのかと少々心配にもなってくる。

育成と勝利を共に達成するという大命題がセレッソ大阪にはある。同様にそれは今の僕にも存在している。若い頃に尊敬する御方から「人は上に立ったその日から後任を育てなければならない」とよく言われたものだ。そうやって十何年もあいだ育ててきたつもりでもある。

人を、選手を育てることを僕らは止めてはいけない。当然痛みも伴う。勿論恨みも買う。結果が出なかったその時には自分自身の責任を追う。そんな果てしなく続く育成という”ネバー・エンディング・ストーリー”を今、生きているのだ。そしてそれは決して無駄などではない。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

コパ・アメリカ2019開幕。

昨日の試合を彷彿とするような大雨の日は、溜まっている録画や映画を黙々と見るのが一番である。できるだけ明るいものをと思いながら引き摺る視聴構成になってしまっている。払拭すべくAmazon FireTVで探っていたら、コパ・アメリカは開幕していたことに気づいた。

開幕戦のブラジル対ボリビアを見た。前半は中々エンジンがかからないブラジルと引いて守るボリビアの緩い展開だったが、金曜日のセレッソ大阪同様不用意なファールでのペナルティーキックを与えてしまい、そこから崩れてしまうという何ともデジャヴュな試合だった。

それにしても三点目のエヴェルトンのゴラッソは凄いの一言だった。NEXTネイマールとも噂される23歳のボールの軌道が半端ない。我がトフィーズのリシャルリソン、スタメンだったネレスといったサイドアタッカーが育つ国ブラジルに途轍もなく感激したイバなのであった。

日本代表も参加しているこのコパ・アメリカ。チリ、ウルグアイ、エクアドルとすべての国が強敵であると言える。若い選手たちとオーバーエイジを意識したメンバー構成で戦うわけだが、結果を恐れずがむしゃらに行け!その前にまずトゥーロンか。舩木翔選手頑張れ!

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第15節 鹿島アントラーズ戦。

僕らのJ1リーグが二週間ぶりに帰ってきた。しかも金Jナイトゲーム。どうも相性が悪いのだろうか結局今年もカシマスタジアムに行く夢が叶わなかった。とは言えセレッソ大阪と共に歩める週末を楽しめるのがやっぱり嬉しい。ましてやこの日は「モリシの日」でもある。
さてその鹿島戦。前半と後半がまったく違うチームになったように見えているが、序盤からちょっとずつ何かがズレているような気がしていた。相手がしたたかだったのもあるのだが、決定的な場面で決めきれなかったのはそのちょっとしたズレのせいであるのかもしれない。
ズレというものは当の本人が気づかないから非常に厄介だ。僕が抱えている案件でもそんな場面が多々あるが、修正する方法はいくらでもあるのにそれが中々できない。そしていつの間にか蟻地獄のような状況になって身動きができなくなるのを無意識のまま待つことになる。
こうした場合にどのようにこのズレをどう直していくか。いや、それ以前にズレに気づけるか。その留め金に誰がなれるのか。自分自身とこの日のセレッソ大阪を重ね合わせている。そしてカシマスタジアムと僕の長年のズレを、来年こそは修正したいと心に誓うのだった。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「モリシの日」ともうひとつの醍醐味。

今日、6月14日は「モリシの日」である。正式に登録されているれっきとした記念日だ。2002年日韓ワールドカップ、長居で行なわれたチュニジア戦でゴールを決めた森島寛晃現社長。スタジアムでは今日もサポーターが集い語り合うという思い出に浸っていることだろう。

実はあの日、僕らはもうひとつの醍醐味を味わっていたのだった。母国代表を応援するため日本に来ていたクロアチアサポーターがはるばる大阪にやってきた。僕らセレッソサポーターは彼らとフットサルを行なったり、ウェルカムパーティで盛り上がったことを思い出す。

サッカーとはワールドカップとは出会いの場なのだと思う。出場している各国だけにとどまらず世界中のアミーゴとつながっていける場所でもあるのだ。日本でワールドカップが行なわれた意義、それが17年経った今でも友情の形で残っているだけで充分なのかもしれない。

今年のラグビーワールドカップ、そして来年の東京オリンピック。スポーツが与えてくれる感動ともうひとつの醍醐味がこの国に訪れるのを僕は待っている。また多くのアミーゴと出会う機会がやってくる。そんなことをふと考えてしまった今年の「モリシの日」だった。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

止まらない。諦めない。

諦めなければ夢は叶うとあのネズミな方々が仰る。確かにそのとおりのときもあり、特に今年の欧州チャンピオンズリーグセミファイナルなどはまさに言葉通りだった。しかしながら諦めない気持ちを継続するのが難しくなってきている。どう保っていくのかが鍵である。

その鍵というか何というか。僕らセレッソ大阪ファンが昔から語り継いできている言葉である「セレッソ大阪、今ここに・・・」そしてもうひとつが「NEVER STOP,NEVER GIVE UP」である。常にこの言葉を背負って戦ってきたのだなと改めて自分を奮い立たせるのだ。

リヴァプール対バルセロナのセカンドレグ。出場が叶わなかったモハメド・サラーが着ていたNEVER GIVE UP。フィールドで戦う選手の魂を奮い立たせたのは勿論のこと、何よりサラー自身の諦めない気持ちを表していたのだと思うと、この言葉の素晴らしさに胸が熱くなる。

さてU-22日本代表がトゥーロン国際大会でメキシコを破り決勝進出したとのニュースを見て興奮している。どんなカテゴリーでも世界大会でのこの結果は嬉しい限り。ファイナルはブラジル戦。厳しい試合ではあるが”止まらない諦めない”気持ちで思いっきり戦って欲しい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

フロー状態になれるか。

スキルとレベルのバランスはとても重要だ。能力的に簡単すぎる問いかけ、チャレンジしたい内容かどうかの見極め。僕自身、管理職やオーナー歴が20年近い身ではあるのだが、スタッフの特性や持っている能力などを見定めるのは非常に難しいなと今でも感じている。

今日レゴ®シリアスプレイ®を実施した。体験会を実施するのは実に久々だったので非常に新鮮でもあった。様々な職種の方々が集まってのワークショップなので「問い」が非常に悩みどころでもあった。問題解決やチームビルディングなどよりも頭を使ってしまうのだ。

悩んだ末に考えた「未来からの逆算」。僕が大好きな7つの習慣の第二の習慣である「終わりを思い描くことから始める」ではあるのだが、普段僕らはどうしても目の前の問題に追われて積み上げ式になってしまう。終わりから考えることで、掘り下げていく機会を設ける。

レゴ®シリアスプレイ®の醍醐味でもある「問いは難しいがやってみたくなる」フロー状態にどう持っていくか。これがファシリテーターの度量。僕は努力しているところなのでまだまだ未熟ではあるが、先輩ファシリテーターの方々を見習って更に精進していきたいと思う。

今日のワークショップでも参加者の皆様から様々なことを教えてもらえた気がする。本当に、毎日が学びであり活力源でもあるとも感じる日々。今回、新たな要望や依頼などもいただけそうな予感なので、フロー状態でもっともっと向かうべきところに向かっていきたい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


エルサルバドル戦で感じた宿命とは。

今朝久々に夢を見た。何故かこの僕が転職する。だが出勤初日にも関わらず会社の場所が分からない。迷いながらなんとか玄関に着くも自分のカードで入口を通れない。色々試してみるも上手くいかず、最後は仕方なくボーっとしていると中に入れてくれた、そんな夢だ。

この夢が何を暗示しているのかも全く分からないが実にもどかしい。夢を見るなんてそれほど多くない体質(寝言はよく言うらしいが)なのにどうして選りに選ってこんな内容なのか。だいたい夢を見ると碌なものでは無い。それもこれも自分自身の持つ宿命というやつなのか。

さて日本代表のエルサルバドル戦。永井謙佑選手の2ゴールは本当に素晴らしかったが、それを上回るのが途中出場した久保建英選手。ボールタッチやシュートは勿論のことながら、それ以上に、加熱するメディアに対する言葉を含めて”持っている選手”だとしか思えない。

試合後に永井選手が「ゴール決めた試合にデビューするよな」と冗談交じりに話していたのも印象的だった。そういう星の下に生まれたとでも言うのだろうか、僕を始め特定の人間は実にそのような場面に出くわすのだ。運命なら変えられるかもしれないが宿命は非常に難しい。

その久保選手の出場シーン。心の中で僕は「帝王との交代だけは回避してくれー」と何とも理不尽なお願いを何処かの誰かに向かって発したのだが、無情にも9→27というボードが示されてしまった。まあ僕の願いが全て逆に行ってしまうのは今に始まったことではないのだが。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「普段は身軽に、そして時々、思い出の印に。」を見て感じたこと。

何を隠そう僕は現金払いというものが大の苦手なのである。どうも子供の頃から”緊張しい”な性分でもあるので、現金払いしかも後ろに列ができたりしたら大変。焦ってしまって大きいお金を出す始末。お釣りはポケットに突っ込んで足早に立ち去ることも殊の外多い。

そんな苦いエピソードもあるせいで、基本的にはクレジットカード、おサイフケータイやQR決済という代物を使い分け、できる限り現金を使わないようにしている。ひとつはお釣りが出ないこと。もうひとつ(特にスマホ)は操作が単純明快であること。実にありがたい。

それでも幾許かの現金は常に持ち歩いており、現金が必要な場合はいつでも出せるような準備はしている。これは大人の礼儀とでもいうか肝っ玉の小さな僕の性格上なのか。もしクレジットカードが使えなかったら・・・もしおサイフケータイの機械が壊れていたら・・・。

もうひとつ大事なこととして急遽どうしても現金が必要となる場合を想定している。いや突然では無かったとしてもその場で必要になるケースはいくらでもある。眼の前のにあるものだけでなかったとしても、動産としての現金が信用や信頼をつなぐ印になるのだろう。

だから常に現金の出入りを含めて管理をしておく。僕はマネーフォワードを利用しているが管理の方法は人それぞれ。ただどんなアプリケーションや管理手法を利用したしても持っておくマインドは同じだと感じる。現金もクレジットカードも人と人の絆に成り得るのだと。

クレジットカード会社のテレビコマーシャルを見た。ある俳優さんが語ったひとことが非常に重くのしかかり、少し考える機会をもらえた気がした。「普段は身軽に、そして時々、思い出の印に。」現金のあり方が変わってきた今日、ひとつ何か分かったような気がした。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「無音」の心地よさ。

様々な音色に囲まれている日常を飛び出して、音から離れた世界に行ってみたいと時々思ってしまう。誰とも会わず誰とも交わらず静かで穏やかな状況をゆったりと過ごす。ただしそれがずっと続いてもいけない。雑踏の中のオアシスというか、時折やってくるのが良い。

少し前ではあるが映画「さよならくちびる」を見た。女性デュオ「ハルレオ」を主人公とした音楽映画ではあるが、途中途中でやってくる「無音」の心地よさに震えたのだった。人は音無しでは生きていけない。だが人は音と距離を取りたい生き物でもあると改めて知った。

この世は音が溢れすぎている。そんな音に敏感になりすぎている。気持ちを整理する時間すら準備できない時代をしぶとく生き延びるのに必死になるが故、自分すら聴きたくもない音を発してしまうこともある。「さよならくちびる」を見た僕の頭の中を感情が渦巻く。

騒がしい街並みを抜け、僕は思い立って髪の毛を切りに床屋へ行く。静かな空間で髪にハサミが入る音だけが聴こえ・・・いや、ざわついている。スタッフさんの声、声、声。それも良い。「音」と「無音」のハーモニー。このバランス感覚がやっぱり良いものなのだ。

さて「さよならくちびる」である。周りの方々同様に本当に素晴らしい映画だと感じたが、やはりイバ的見どころは小松菜奈さん一択であると叫びたいのだ。どこまでいっても彼女を応援し続けるのだと僕は改めて心に誓ったのだった。これだけは「無音」でいられない。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

アートとアート力。

最近”アート力”という言葉を耳にする。ビジネスの世界で何を以てアート力と呼ぶかは人それぞれなのだと思うがこのワードを常に意識して仕事に向かっている気もする。その定義を偉そうに語るつもりは毛頭ないが、神様が授けてくれた人の性であることだけは分かる。

アミーゴの映画監督のおかげでアート、芸術というものをより意識している感がある。撮影現場に訪れて、まさに「神は細部に宿る」(なのだろうか)を地で行く方々に触れるのだが、果たして、アート力とは一体何を指して言っているのだろうかといつも悩んでしまう。
前述の通りアート力がITビジネスの世界でも必要とされている。とは言え「なんやそれ」という方もまだまだ多いだろうしレゴ®シリアスプレイ®などもその対象だと思う。遊びの延長線と扱われるケースも少なくないが、逆にアート力にしか活路が無いようにも見て取れる。

「既存路線だから必要なし」というお決まりの分割論はとうの昔に消え去っており、全ての仕事にはアートが存在し、そして様々考えていく上でアート力が不可欠になってくるのだろうなと思う。そんな時代、生き方の道を誤ってはいけないなと固く誓う毎日でもあるのだ。

趣味である幕末明治の延長で神社仏閣を巡る。建物や像の持つ事細かで研ぎ澄まされた感覚などに触れる。充分過ぎる言葉と映像が頭の中でシャッフルされて整理されていく。人を惹きつけて止まない力。それもひとつのアート力だと思えば、自ずと見えてくるものもある。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP


上手くいかないときにどうするか。

本来だったら今日から韓国大邸だったはずなのに未だ日本の首都にいる。発表後に試合日程・時間の変更というあまりお目にかかれない出来事があり、当然のことながら飛行機、ホテルのキャンセル料を支払って、旅行を取りやめるという状況。毎度のことながら辛い。
どこ都合なのか、などの事情含めてここでは割愛するが、そういうことも想定してアウェイを考えていかなければならないことを改めて悟った。キャンセル料はそれほど惜しくはないのだが、日程変更の通知ひとつで終わったことに”気遣い”という言葉の重みが心に残る。
そんな昨日の試合。セレッソ大阪はなんとか勝利したようだ。メンバー構成と得点者だけは知っているが動画などもまだ見ていないので、どのような試合内容だったかは分からない。しかしながらこの先のカップ、リーグにつながるようなゲームであったことを祈っている。

中々上手くいかないときも人間には多々ある。そんなときにどう生きるかどう考えるかで度量が決まる。怒りの矛先を相手に向けてそれで満足できるのか。それとも違うベクトルにそのパワーを使うか。僕なら迷わず後者を選択する。怒りには何のメリットも僕は感じない。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※これは、怒りではなく戯れてるだけか(笑)

繰り返しながら変えていく。

ここ数年、毎日朝夕に神社にお礼を伝える。「神社はお願いをする場所ではなくお礼をいう場所」と誰か(覚えていない)から教えてもらって以来、「お願いします」「ありがとうございました」と心の中で話をする。もはや生活の一部としてルーティーン化している。

先日も「ひたすら毎日続けられるのがイバさんの強さ」ととある御方に褒められたりしたのだが、大した話でもない。同じ行動を繰り返すことで良いとこ悪いとこを自分自身で見定めることができる、ただそれだけだ。飯を食ったらログを取る。体重、血圧、体温然り。

令和初の日本代表戦ということで非常に楽しみにしていたわけだが、よく分からない試合展開に見ているほうもかなり戸惑う内容だった。3か4かというよりも久保建英選手がフル代表でどれだけ通用するのかを見たかった気持ちのほうが上回ったのような空気感に感じた。

勿論同じシステムを継続して熟成させていくという手も大事だが、新しい血、新しいメソッドで活性化させるのも必要かなと個人的には感じる。繰り返しながら少しずつ変えていく。人間にも組織にも必要な要素だと思っている。結果は芳しくなかったが継続して欲しい。

継続といえば最近お昼ご飯はもっぱら”からあげクンレッド”だ。毎日毎日赤いパッケージを開き5つの塊を口に頬張る。よく飽きないなと周りの方もローソンの店員も思っていることだろう。からあげクンレッドの個人消費量、今僕が日本代表かもしれない(なんの話や)。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る。

時代は四半世紀ごとに巡るとよく言う。もうそろそろ二回転めになろうかという僕ではあるが、その言葉がなかなか飲み込めていない。流行りだなんだに弱い情報弱者でもあるわけでもっと敏感にならねば(敏感肌ではあるが)と常々考えているのだが、どうだろうか。

先日、1989年ACミラン対ナシオナル・メデジンのトヨタカップのことを書いたのだが、よくよく考えてみたらこれ今から30年前なのだ。今主流になりつつあるプレッシングサッカーの原型とも言うべきアリーゴ・サッキのゾーンプレス。改めて動画を見ても物凄いと感じる。

ITの世界はもっと速い。アプリケーションは年間に数回どころか十数回、いや多ければ何十回もアップデートしないと世の中のスピードについていけない。ハードウェアもそうだ。だからこそ「所有する」時代から「利用する」時代へ変わっていったのもうなづけるのだ。

それでも、”四半世紀ルール”だけではないが、古き良きものが見直されることもある。例えばオフィスのデスクを固定席から自由に利用できるようにするフリーアドレス。Wikipediaによると初めて行なわれたのは1987年。30年以上経った今まさに時代が訪れている気がする。

温故知新。故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る。そう言えば流行っていると噂の「子供カメラ」にチャレンジした。昔からこういうものはあったような気はするが、今テクノロジーのお蔭で簡単に実現する時代になった。今こそ古き良き考え方に寄り添うのも手だな。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


僕が何故レゴ®シリアスプレイ®を最優先に考えるのか。

昨日、僕にとって大事で有能なチームメンバーとステーキハウスに行った。「海外サッカーを語る2nd」と題してひたすら海外サッカーのことを語り続けながらステーキを食らうという何とも至福な時間を過ごした。もちろん今回はヨーロッパ二大タイトルの話題となった。

年齢は様々だった。二十代もいれば三十代そして僕のように五十路まっしぐらな人間も存在している。しかしながら、同じ話題でのトークに年齢差など関係無いのだなと感じる。ただ、決してサッカーというキーワードだけが持つマジックではないと僕らのDNAは知っている。

もし仮に、だ。その場にいる全員が立場や柵を乗り越え同じ目線で同じ議論が出来たとしたら、果たしてその組織はどのような相乗効果を生み出すのか。まさに僕が今コミュニケーションの最優先メソッドとしてレゴ®シリアスプレイ®を位置付けている理由がここにある。

たとえ口で「君の本音を聞かせて欲しい」と言ったところで上司と部下の関係の中から生まれるものが、すべてのシーンで立場の壁を越えられるわけでもない。特に、答えのない答えを探す、価値観や原理原則などを見つけ出す場面においては顕著に表れる気もするのだ。

「目を見て話さない」「作品に集中する」という方法論だけではなく、手が発する素直で誠実な語りが徐々に見えないものをより見えやすくしていくのだ。とある管理職の方から頂いた言葉を拝借すると「意外と変化を生み出したんです」。それだけでも有りなのではと思う。

話は戻るが、やはり最後は大昔のサッカーの話題へと蛇行してしまう。挙句の果てには1989年のトヨタカップ、ACミラン対ナシオナル・メデジンのハイプレスの戦いについて語り始めてしまった。僕はまだまだ同じ目線での会話に慣れていないようだと痛感したのだった。

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チャンピオンズリーグファイナル雑感。

僕の周りにはリヴァプールファンが殊の外多い。人気クラブなのでしょうがないところも多分にはあるのだが、トフィーズ好きとしては気持ちの整理が難しい。世界一美しいダービーマッチと言われるマージーサイド・ダービーのライバルがヨーロッパの頂点に立った。

それにしても今年のUEFAチャンピオンズリーグ、ヨーロッパリーグの両ファイナリストが全てイングランド・プレミアリーグのクラブというのは凄いなと思うのと同時に、母国リーグのチャンピオンがここにはいないという想像を絶する層の厚さを感じざるを得ない。

トッテナム・ホットスパーは序盤のペナルティ・キック献上でゲームプランが相当変わってしまったのかなとも感じた。ありったけの圧力を持って終始攻めている。リヴァプールは逆に守備の時間が多い。いや敢えて攻撃を受けているのだろうな、と素人ながらに考えた。

個人的には両サイドバックが試合を決めた気もする。昨年のこともあるし、ヨーロッパを制する準備とか心づもりの面でも既に勝敗が確定していたようにも感じる。それ以上に、スタジアムに響き渡る「You'll never walk alone.」の勝利なのだろうなとひとり納得する。

この試合を「凡戦」と呼ぶ方々も多々いるだろうが、僕は逆にリアルな今を象徴した味のある試合だったように思えた。勝つよりも負けないことを優先したかのような顔やサポーターの一喜一憂の映像が映るたびに、なんだかホッとしたような気持ちになったのだった。

近々レッズファンのアミーゴと酒を交わすことになりそうだ。満面の笑みを浮かべられるのを覚悟する。トフィーズは当分ヨーロッパカップ戦もお預けか。とりあえずはadidasの「マージーサイド・パック」なるスニーカーを探す旅に出よう(何処に売っているんだろう)。

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第14節 サガン鳥栖戦。

先日のことではあるが少々ショックなことが起こった。見たかった映画試写会の券がフリマサイトで売られていて妻が申し込んでくれていた。決済前日になって何故か申し込みが取り消されたのだが、その理由が「おじさんはチョット・・・」。お、おじさん・・・。

若者よ、おじさんも頑張っているのだ。Jリーグでもおじさんがまだまだ走っているのを見ると正直ホッとしているのだ。人はいずれ歳を取りその仲間入りをしていく。その刹那どう生きているだろうか、と30代前後から40歳に向かう過程でそんなことを多分考えるのだ。

かくいうセレッソ大阪のサッカーは比較的30歳前後の選手たちの活躍が目立っている。おじさんと呼べる年齢層では無いのだが、若い若いと思っていてもいずれその域へと入っていくのも人生。「おじさんはチョット・・・」という言葉が身に沁みる時期が来てしまうのだ。

さて鳥栖戦。相手のハイプレスに結構苦しんだが、多少のミスがあるにしても後方からの作りがかなり形になってきている。そのおかげで得点シーンのようなミドルサードを上手く利用できるシーンを作り出せていた。ロティーナのサッカーの素晴らしさを肌で感じる。

ようやくと言っていいか今季スタートから試行錯誤してきたサッカーが浸透しつつある。さもそれは若者が良い具合に歳を重ねていく道筋にも似たような感覚。老獪さと、選手たちが培ってきた経験に裏打ちされた真の強さ。そんなものに自分を重ねて見ていたのだった。

改めて言う。実はおじさんも頑張っている。若者には若者の、おじさんにはおじさんの、それぞれの良さというものがある。「おじさんはチョット・・・」を越えていくコラボレーションを生み出していきたいと真剣に思った。この世のおじさん諸君よ、共に頑張ろう。

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宝田沙織、女子ワールドカップフランスへ。

UEFAヨーロッパリーグファイナルをようやく見た。期待していたビッグロンドンダービーとしては少し差がついてしまった。開催地や選手の欠場など、難しい問題も多く抱えたこの試合ではあったが、高い技術が存分に詰まった非常に面白いゲームだったように思う。
ムヒタリアン選手のことを考えると胸が痛い。祈るしかないのではあるのだが、平和な世界でサッカーができる環境が増えていくことを切に願う。この後はUEFAチャンピオンズリーグファイナルが待っている。これぞ世界最高峰のサッカーという素晴らしい試合を期待する。
国家レベルでの世界最高峰の戦いと言えばワールドカップということになる。今月中旬から始まる女子ワールドカップ・フランス大会。追加招集としてセレッソ大坂堺レディースの宝田沙織選手が選出された。年齢制限のクラスからフル代表へ。本当に嬉しい気持ちだ。

だが、世界のトップクラスで必ず通用するとは言い難いのかもしれない。しかしながら、数試合しか見てはいない僕が言うのもなんだが、宝田選手のポテンシャルや類まれなる素質を存分に活かせたとき、とてつもない結果を生み出してくれるのではという思いでもある。

U-20ワールドカップとこのなでしこJAPAN。セレッソの選手が世界の舞台で戦っている姿を見るのは、この上なく嬉しいものである。いつものあのプレースタイルでピッチを走っている宝田選手。イメージが目に浮かぶようだ。神様はいつもあとからご褒美をくれるはず。

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