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1999年とチリ戦。

日本がコパ・アメリカに招待され参戦したのが20年前の1999年。この年のセレッソ大阪といえば、中田英寿氏が在籍したペルージャと試合したり、最終的にスター黄善洪さんが得点王を取ったりしたが、結局このコパ・アメリカの日本代表には誰も選出されていなかった。

当時の僕は朝から晩までそして休日含めて本当に仕事尽くしだった。そんなつかの間の6月に行なわれた大会。前年のフランスワールドカップ後から1年経ったトルシエジャパンにとって試練とも呼ぶべき”レッスン”は、1分2敗という結果だけでは測れない何かが存在していた。

そのおかげでアジアカップや2002年の日韓ワールドカップにつながったと言ってもいいかもしれないし、何となくフランスワールドカップの得失点差だけを鵜呑みにしていた「世界基準との違い」を、子供の頃先生に頭をごツンとされたような気になったのを覚えている。

昨日のチリ戦を見た。当時と違うのは働き方が変わった恩恵かリアルタイムで見ることができたってことだ。そんな中での0-4。数字以上のインパクトと”やれるのではないか”という期待感とが入り混じった感覚が残る。確かに二連覇中のチリのしたたかさが印象的だった。

当然ゴールを決めないと勝てないしそのチャンスはかなりあった。外しちゃいけない場面も多く存在した。ここをレッスンと捉えるのが正しいか否かを問いたいわけではないし、これがベストだと大手を振って言えるかはさておき、彼らは我々の日本代表でもあるわけだ。

僕個人としてはこの戦いを残り二戦も繰り返してほしい。たとえ破れたとしても必ずや彼らは何かを持って帰ってきてくると心から信じている。20年前の日本代表とは多くが変わっている。若いこの選手たちだからこそできる試合をウルグアイ、エクアドル戦で見せてほしい。

そういや1999年のセレッソ大阪は非常に面白かった。ベルギー人のレネ・デザイェレ監督のもと年間順位6位という好成績だった記憶がある。レッスンという名の若手とベテランの融合もこの頃から。ラジオ「ANIMO!CEREZO!」に出ていたのもこの年。20年で随分変わったな。

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