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第27節 大阪ダービーマッチ。

ダービーとはなにか。というテーマは、サポーターにとっての永遠の問いだ。ただ単に3ポイントを奪い合う(ときには一点ずつ分けあうのだが)だけの、そこらへんの試合とは違う。これはクラブが生まれた28年前からまったく変わっていない。 また逆の意味でダービーとは、その街のバロメータにもなり得る。サポーターのモチベーションやテンションによって、試合の質はかなり変わってくる。そんな生活を、人生の半分以上の期間で意識しながら生きていると思うだけで身震いする。 ましてやとんでもないかたちでの監督人事が行なわれた直後でもあり、サポーターの葛藤が手にとるように分かる展開が繰り広げられ、その渦のなかで、いくつかの番組で話をさせてもらった。そこでも明確なことはただひとつだけなのである。 さて、その本題のダービーは、小菊さんによってどういった色にチームが染まっているのか(たった二日で染めきれたのかは想像に任せる)を確認する試合でもあった。ダービーをそんな品定めのような言いかたになってしまい申し訳なかった。 そんななかで、戦う姿勢を存分に見せてくれたチームに心が躍った。話の中でも、どこまで原点回帰するのか、という部分に興味があったが、この四年間という濃密な時間がグッと凝縮されているのではないかと思い、それでいいや、と感じた。 ダービーの重みと、重苦しい空気を払拭する気持ちとのギャップはそれほどなかった。もちろん相手があってのことなので、一概に比較することをしてはいけないのだろうけれど、監督を変えるとは多分こういうことなのだなと改めて思った。 勘違いをされたくはないが、チームの空気を変えるのと、クラブのコンセプトを変えるのは、似て非なる。いや、まったくもって意味が違う。だから僕らは、覚えておかなければならない。クラブのコンセプトは何も変わっていないと推測する。 だが、まずは小菊さんの元で輝きを取り戻した選手たちが多かったことを喜ぼう。大阪ダービーという勝ち点3以上のありがたみを感じよう。その歓喜も今日を過ぎれば、明日からまた過酷なダービーマッチの旅路が続くのだ。まずは熟睡からだ。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第12節 大阪ダービーマッチ。

いまだにスコアレスドローで終えたことがないらしい。戦績では水を開けれられてはいるものの、100年構想で考えればまだ1/4程度でもある。世界に数多く存在しているが、大阪の2クラブによる戦いは既に文化となっているのではないだろうか。 その大阪ダービーマッチはドローで終わった。いや、終わってしまったというべきか。もちろんハンドの判定などについて語る気もないし、個々の選手のプレーも同様。それらを超越して勝ち点3を手に入れるのが、ダービーマッチというものだ。 昨年の第二節での吹田アウェイゲームでも感じたが、ファンやサポーターのいないダービーマッチほど寂しいものはない。やはり両ゴール裏の、お互いの気持ちと気持ちがぶつかるあの瞬間こそが生き甲斐だ。今ここに生きている、と言えるのだ。 日本各地にはダービーマッチがたくさんあるけれど、どこの誰が見ても最高のダービーマッチであると自負する。これからの大阪には多分いくつものJリーグクラブが誕生するのだろうが、大阪ダービーマッチと言えば未来永劫このカードなのだ。 そんな環境に存在できるのがありがたいと思うと同時に、重責に押しつぶされそうになるのはどちらのクラブも同じだろう。特にホームゲームともなると、積まれるものは倍々と膨れ上がっていくのだ。楽しみでもあり、プレッシャーでもある。 無観客試合の影響はホームゲームに出やすいという噂も耳にした。払拭する意味でも、バックスタンドに広がる桜色がモニタ越しにも圧巻だった。長居や鶴ヶ丘周辺のお店の方々も、最大限の力でこのダービーマッチを戦い続けたと聞いている。 時間が経てば記憶も薄れていく。しかしながらこのような一試合一試合が我らの血や肉となるはずだ。Clubhouseでも話したダービーマッチの重みを改めて考えるゲーム。怪我の選手は心配だが、反攻に出る体制は整いつつある。前進あるのみ。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

大阪ダービーマッチとはなにか。

誕生してから初めて無観客でのダービーマッチを戦ったのがちょうど一年前。改めてこの試合の重みを感じる瞬間を迎えようとしている。その結果、神聖なる思し召しを得るのか、血に塗れた屍となり地に這いつくばるのか。誰も分からない。 ダービーマッチとはなにか。それは、その街の覇権を争うだけのものにあらず。我らが持つべきものは、大量のプライドとわずかばかりの運。ダービーマッチとはなにか。それは、我らに与えられた、至極のコロッセウムにおける魂のやり取り。 少しだけ時間旅行をする。それまでの成績などにかかわらず織り交ぜられ、そのダービーマッチの結果は次の作用を生み出す。二十六年前のあの日からなにひとつ変わらない化学反応が今もこのつながりの中に潜んでおり、そしてもがき続ける。 ダービーマッチは心の起伏。大阪というこの例えようのない劇場で選手たちは戦い、観客という観客が与えられた時間の分だけ狂喜乱舞する。時代は変わろうとも、世代が変わろうとも変わらないものは唯一無二。それが大阪ダービーマッチ。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第26節 大阪ダービーマッチ(ザ・パーク・ダービー)。

唐突ではあるが、僕は政治というものに非常に興味がある。とは言え自分自身が政治家になりたいというような、そういう願望よりも、この国や自分が生まれ育った地域の政や街づくりがどうなっていくのかという部分に対しての思いが大きい。 今はアメリカ大統領選挙が話題独占(この選挙方式は良くも悪くも興味が尽きない)だ。しかしながら我が街大阪(と東京都民が言う)でもここ数週間は熱い日々だったように感じる。それに呼応するかのようにサッカーが微妙に関わっていく。 世界のダービーマッチを見渡しても、政治(というか社会というのか)との関わりで始まったものは多い。すべては「点」ではなく「線」で繋がっているのだと思うと、投票日まで続いていた話題は、あって然るべきと言えるものなのだろうか。 四十回という節目の大阪ダービー。今年もヤンマースタジアムに行きたかったのだけれど、やはりこのような状況下でもあるので泣く泣く自重することにした。モニタ越しに見てかなりの観戦客でもあり、日常とまではいかないが、正直嬉しい。 ミスが多かった試合ではあったが、どちらかと言えば勝ち点ふたつを落とした感のある引き分けだった。中二日と中九日をどう見るか、現在の調子をどう見るかに話が向いていた。だが大事なのは自分たちがどうあるべきか、という部分だろう。 スタジアムにはもう、セレッソ大阪ダブルをその眼で見たファン、サポーターが少なくなってきているかもしれない。時代は移り変わっていき、人もクラブもそれに同調する。嬉しいようなそれでいて少し哀しみもあるような、そんな気持ちだ。 そんなに簡単にダブルが成し遂げられるとは思っていなかったが何となく気配はしていた。しかしながら、やはり、ダービーマッチはそれほど甘くはない(だからダービーマッチなのだ)。来年のホームアンドアウェイも実に楽しくなりそうだ。 大阪がどのような街になったとしてもダービーマッチは変わることなく永遠に続くストーリーだと僕は思っている。彼らがいるから僕らがいる。府も市もそこにあるサッカークラブも「線」で繋がっている。そこにはREALがはっきりと存在する。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

遊び心。

大事な大事な大阪ダービーマッチの前日。大阪都構想住民投票の翌日。そんな一日だったが、ひたすらレゴ®︎シリアスプレイ®︎のワークショップを行なっていた。 どのように 組織やチームに棲みつく多くの問題(ビースト)と向き合っていくのか。 ファシリテーターとしての自分と参加者としての自分。そしてオーディエンスとしての自分。一歩下がってみて俯瞰的に見ると違った側面がまるで水面のように目の前に広がる。レコブロックだからこそ成し遂げられるものもあるということだ。 おもちゃだからこそ違った意味での真剣さだからこそ見えてくるものが多いのがレゴ®︎シリアスプレイ®︎なのだ。そのシリアスとプレイの間に存在する「遊び心」という要素が、今の時代でとても重要になっている。そこに攻略の鍵はあるだろう。 皆、あがいている。何か突破口は無いか。劇的に一変させる方策は果たして何なのか。明日の試合もそう。出場の機会が訪れるか否か。そのときを待ち続けている選手も多いだろう。だがピッチに立つことを、最後まで叶えられない場合もある。 さて大阪ダービーマッチだ。選手はピッチに立てることを誇りに思わなければならない。コロナ禍においてこのような濃密な戦いが見られるのにも感謝しなければいけないのだ。そしてこの試合で大事なのが「遊び心」なのだと僕は思っている。 「遊び心」に惹かれる人もいれば嫌悪感を示す人もいるのは事実だ。しかしながら僕は彼のこの「遊び心」に期待せざるを得ないのだ。明日もどうなるか直前まで分からない。そしてその「遊び心」を見たとき、誰もが魅了されてしまうだろう。 レゴ®シリアスプレイ®のワークショップは童心に帰るのではなく、また、おもちゃを楽しむというものでもない。「遊び心」を持つことで効果を発揮する。最高のプレイも最高のアイデアも、凝り固まった思考のなかでは決して生まれやしない。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ザ・パーク・ダービー。

大阪ダービーマッチの思い出は数多くある。セレッソ大阪ファン、サポーターにとっての最高の場面は2017年のルヴァンカップセミファイナルなのだろうか。また、もう少し時計の針を戻したとするならば、2011年のACLということになるのか。 個人的に90年代の万博競技場でのダービーマッチがものすごく印象に残っている。試合も非常に拮抗した内容が多かった。今ではなかなか書けないような、サポーター同士の熱さも忘れがたい。だが遠い昔を懐かしがっているだけではいけない。 今回はなんと40試合目の節目のゲームとなるらしい。結果はかなりの割合で向こうに分があるが、とにかくダービーマッチとは結果が見えないものだ。今回も立ち位置や現状を見てもどうなるのか予想もつかない。だからこそ、ダービーなのだ。 現在大阪ダービーマッチ連勝中であるもののここ数試合で結果が出ていないうちと、目下絶好調とも言える向こうのチーム。二位以内に入るためには、もうここからすべての試合で負けられない。どのような試合になるのか、今から待ち遠しい。 今回はうちのホームだが、そう言えば両クラブのスタジアムとも緑が広がる公園という素晴らしい立地環境下にある。「ザ・パーク・ダービー」とも言える、世界にも誇れる街の威信をかけた戦いをじっくりと集中してテレビ観戦したいと思う。 さて、当の90年代の大阪ダービーマッチだ。ホームゲームで一番鮮明に覚えているのが1999年の試合だ。当時在籍していた西谷正也さんが、相手ディフェンスを完璧なほど切り裂き、"チンチン"にしていた場面だ。この時の相手ディフェンダーは。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP この写真は2019年のホーム

ボイスメモの音。スタジアムの音。

今、ある資格取得に向けて、通信教育を受講している。テキストとDVDという時代を匂わせる手法で学んでいる途中ではあるのだが、記憶力ベースの学習はどうも苦手だ。もちろんまる覚えがすべて正しい方法ではない。知識は使ってナンボだ。 現在どのように勉強の仕方をしているのかというと、テキストに記載されている内容を漏らすことなく読み上げて、その内容をiPhoneのボイスメモで録音している。そして、ワンコの散歩などの際に、このボイスメモをひたすら聴いているのだ。 自分自身の声を聴くのは恥ずかしいことだ。しかしながら、気のせいではあるものの何となく聴き心地が良く感じる。年齢のせいか頭の中に入っていく率は若い頃に比べて落ちている。工夫でなんとか乗り切りたいのだが、どうなることだろう。 このボイスメモを使ってみて感じたのは声の音質や聴き取りやすさだ。あまり利用してこなかったアプリケーションなのだが、こういう使い方の際には非常にシンプルでかつ効果を出せるのだと僕は素直に思った。案外見逃しがちかもしれない。 先日行なったレゴ®︎シリアスプレイ®︎のワークショップ。ICレコーダーを忘れていて、映像と共にGoogle Meetで録音するのみとなった。やはり遠くからでもあったので、満足できる音質は満たせなかった。そのためレポート作成は困難を極める。 音とは重要なファクターだ。応援歌もそう。独りよがりではなく、選手と、スタジアムと、そして試合と調和していくことが必要だ。最近は動画配信にて事前確認が可能なので、しっかりと予習したうえでスタジアムでの応援を楽しめるだろう。 そして、試合を盛り上げる音楽という音。DJが奏でる声という音。サポーターが張り上げるチャントという音。やはりサッカーはリアル観戦が望ましいということを暗に教えてくれているだけではない。音は生きていて、そして、脳に刻まれる。 初戦は無観客、今回は声援の無い2020大阪ダービーマッチになる。この無音での環境を力に変えるのはどちらのクラブかなんて野暮なことは書かない。必ずやダブルを成し遂げてくれるはずだ。そしていつか、音のあるスタジアムへと帰りたい。 話は戻るがボイスメモ。難点もいくつかある。そのひとつが連続再生。3〜4分の音声をいちいち再生しなければならない。誰か上手い使いかたをご存知あればお教えいただければ幸いである。そんなこんなでまた...

第24節 浦和レッズ戦。

もうこれで、正真正銘の最後となるのだろう。三勝三敗三分けというまったくの五分で迎えた、十回目のU-23大阪ダービーマッチ。感情に浸りながらその試合を見ていた。結果的にはこれで良かったのかな、と思ったりする自分も存在している。 それにしても昨日の浦和戦。 今日の「これぞダービー」と感じてしまうくらいの熱い試合を見てしまった以上、 書くことがとても少ないゲームだったなと感じてしまう。二位を目指す情熱を見せたかと思えば次節ではこんな試合になってしまう。 まだまだ真の強さが身に付いているわけではないのは重々承知している。今年の変則的なリーグの恩恵を受けているのも重々承知している僕ら。だからこそ一試合一試合に重みがある。その目の前の試合を大事にできるかどうかにかかっている。 そのなかで非常に印象の薄い試合になってしまうのが非常に口惜しい。次の大阪ダービーマッチでその鬱憤をすべて晴らすことができるだろうか。僕はもちろんテレビ観戦になるのだろうが、今日のU-23のように記憶に残る戦いを見せてほしい。 さて、ゴール裏サポーター(今は集まることはできないけど)の話を色々と聞かせていただいた。書けるような内容では無いのだけれど、この状況において目的をひとつにチームを導けるファクターのひとつがゴール裏のウルトラだと僕は思う。 ウルトラのひとりひとりが真剣にセレッソ大阪と向き合って、応援だけではなく、真のサポートが見えることを願ってやまない。あと、感じたのだが、やはり太鼓は、スタジアムをひとつにするための道具なのだな。そのためだけにあるのだ。 うちの太鼓打ちも多分こういう試合からそんなものを学んだのではないだろうかと推測する。太鼓打ちとは、叩きたいから叩くのではなく、スタジアムを声を拍手をひとつにする覚悟の上に存在する。二十数年の歴史。そんなに甘くはないよね。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

タクミゴールに思う。

やはり高みを目指して頑張るのと、現状維持をベースに考えるのとではモチベーションが変わってくると僕は思っている。常に新しいことにチャレンジしながら前に進む。そんな人生のほうが楽しいと感じるのは、まだまだ若いということか。 スモールワールドではあったが、まず最初にやってみたいと若い頃は思っていた。ヤンマーのプロサッカー推進室に行ったのもそうだったし、それ以外にも「初めてやる」が身体にこびりついていた。今思えば若気の至りだが充実はしていた。 「やっても成功しなかったらやるだけ意味ないじゃないですか」と若者から言われるときもあるにはある。同じような気持ちをモチベーションを伝えるだけでは上手くいかない。ただ言えることは、心と相談して決めたことは必ず意味がある。 意味がないと思うのは、まだそれを「やる覚悟」みたいなものが足らないのかもしれない。また我武者羅に突き進むことで可能性の変化も生まれるかもしれない。そんなことを先日のコミュニティシールドでの南野拓実選手を見ていて感じた。 リヴァプールでの公式戦初ゴール。夢が叶うかどうかよりも、自分の心と相談して、そして我武者羅に突き進む力が何かを変えていくのだと僕は思っている。若者から教わることは非常に多い。その中で何を学んでいくのかが求められている。 残念ながらリヴァプールは敗れた(トフィーズファンとしては?)が、途中出場での堂々たるプレイだった。プレミアリーグでも勇姿を見られることが非常に嬉しい。活躍して、できればマージーサイドダービーで戦う姿を僕は現地で見たい。 またちょっとずつ周りの若者に勇気づけを始める。一歩で駄目なら半歩でも前に進む言葉。それをもっと手に入れられたら良いなと思いながら毎日を過ごす。それにしてもエヴァートンの移籍話がホット過ぎる。ついにプレミア制覇なのかな。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第2節 大阪ダービーマッチ。

何度も何度も「2003年ぶりのダービーアウェイ勝利」という言葉がタイムラインを賑わしている。そんなに勝ってなかったかと思ってしまうほどだが、ダービー自体をそれほどものにしていない口が語るフレーズではまったくもって、無い。 1990年代の万博記念競技場では結構勝っていたイメージがある。しかしながら上記の話からいくと、リーグ戦での吹田スタジアムは未勝利ということになる。サポーターの力は味方にも相手にも影響力があるのだと改めて知る試合になった。 もちろん勝利を目指して闘うのがダービーではある。ところが何故か試合が進むにつれて心境の変化が訪れた。勝つことだけじゃない。そう、そこには、勝敗を度外視した何かが、僕らの中に芽生えようとしているのが手に取るように分かる。 「WE ARE WITH YOU」の言葉になんだか泣きそうになる。大阪弁を駆使した様々なバナーにも少しばかり共感した。やはりこの大阪ダービーマッチは特別なんだ。今までのダービーとは違うんだ。そう思いながら感慨深くモニタを見ていた。 結果もそうだが、このように試合ができる喜びというか。サッカーを見ることができる喜びというか。こんなにラグジュアリーな気持ちで大阪ダービーマッチを観戦するのも初めてであったけど、やっぱり心の底から好きなんだなJリーグが。 試合終了後、セレッソのトレーニングウェアを着て相手クラブ選手と肘タッチしている方がいて、誰なんだろうとか思っていた。トニ・ヒル・プエルトフィジカルコーチなのだそうだ。終了直後のあのプレーでのイライラが一気に吹っ飛んだ。 予定だと次の大阪ダービーマッチは文化の日。ヤンマースタジアム長居(のはずだ)。この試合は間違いなく熱い闘いになるはずだ。だから、そのために早く新型コロナウイルスが終息してほしいがちょっと先が見えない。けど、諦めない。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

譲れないポイント。

昨日の大阪ダービーについての投稿は少しおとなしいモードで書いてしまった。スポーツだからサッカーだから思う部分と、闘いとしての一面とを併せ持つのがこのダービーマッチでもある。だからこそ、譲れないポイントがいくつもあるのだ。 しかもついさっき知ったのだが、土日でダブルヘッダーだったのか。この二試合を連勝したとしたら、なんて素敵な週末になるのだろうか。そんなことを妄想しながら過ごすだけで実に幸せな気持ちになってくる。まずは明日のJ1が重要である。 そんな折、うちの栄光の背番号8な方々のインタビューをいくつか見た。もちろんそれぞれに個性があり譲れないポイントというかアイデンティティがある。森島寛晃社長、清武弘嗣選手そして柿谷曜一朗選手ひとりひとりのセレッソ愛を感じた。 タレント性の強いチームをまとめるキャプテンでもあり辿ってきたストーリーもまったく異なる三名。だが、ダービーの勝利だけを求めて戦うはず。去年のヤンマースタジアムでの快勝は出来すぎた。そんなことは忘れてしまってもよいだろう。 どんな形であっても、たとえワンゼロでも良いから、結果だけは決して譲れないという気持ちを全面に出してくれると、そう信じている。そのトップの気持ちが見えたのならば、翌日のU-23にもその思いが必ずや伝わっていくのだと思っている。 「譲れない」と言えばこんな僕にもいくつかある。プライドなんていうとおこがましいのかもしれないが、やはりその「譲れない」が大事なときもある。さて僕の一番「譲れない」は何なのだろう。どうもくだらないものばかりが浮かんでくる。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

無観客ダービーが、決まる。

「もし無人島に行くとしたら何を欲しいか」という質問を子供の頃に受けたことがある。ひとり遊びが得意だったので多分「本」とか言ったんじゃないかと思う。最近の若者だったら「スマートフォン」となるのかと頭の中で妄想したが、よく考えればスマホを無人島で使うことができるのか甚だ疑問だ。 ようやくと言っていいくらいだがJリーグ、J1再開のカードが決定した。我がセレッソ大阪はアウェイでの大阪ダービーマッチのようだ。ダービーマッチでの無観客試合なんて、世界でそれほど巡り会えるとも思えないが、こうして決まってしまった以上、選手たちには何とか良い試合を期待したいと思う。 ヨーロッパなどでも、無観客試合でサポーターがスタジアムの外で応援している姿を見たりする。2006年ワールドカップアジア地区最終予選でのタイ・バンコクで行なわれた北朝鮮戦の試合も思い出したりする。あの試合も多くのサポーターがスタジアムの外で応援していたなとか思い出したりしている。 この7月4日そして5日も、日本サッカーの歴史の1ページに刻み込まれるのだろう。6月19日の県外移動の緩和後も、しばらくは遠出をすることは立場的にまだまだ難しいと感じている。吹田スタジアムの周りには行けないかもしれないが、ホームの大阪ダービーマッチは、昨年同様訪れると心に決めておく。 その日は大阪ダービーマッチに飢えた両クラブのサポーターでヤンマースタジアム長居が埋め尽くされることだろう。その全員がF.C.OITOに来たら底が抜けてしまうなあ、と変な妄想をしながら書いている。やはり妄想はひとりでもいいのだが、より多くの人と一緒というのも案外良いのかもしれないな。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第27節 大阪ダービーマッチ。

予感はあった。今回はなんだか勝つ気がしていた。そんな大阪3Days最終日の朝。心地よい疲れと多少花粉を感じる鼻が現実を思い出させてくれている。いつ以来か忘れてしまったが、久々のヤンマースタジアム長居はやはり居心地が最高だ。一年に数試合はこの環境を味わいたいものだ。 先方は凄いメンバー構成。だが普通に戦えれば勝ち負けになる相手だと感じる。だが、ダービーという独特の空気が一気に感覚を変えてしまうのだ。厳密には同じ街ではなく「ダービーじゃ無いのでは?」というご意見もあるにはあるが、世界に誇るダービーマッチだと僕は思っている。 さて試合。ブルーノ・メンデス選手、柿谷曜一朗選手→水沼宏太選手のダメ押しも素晴らしかったが、流れを決めたのはマテイ・ヨニッチ選手の二点目だったと思う。あそこでスタジアムの温度が一気に変わった気がする。ゾーンにあれだけ飛び込んでこられると絶対に対処できない。 それにしても長居でダービーマッチを見るのは何年ぶりなのだろう。ほぼ記憶に残っていないのは先日にも書いたのだが時代が流れるに連れ、脳が退化している。そんななかで見た風景。ピンクのユニフォームの子供と青黒のユニフォームの子供が同じ場所でサッカーを楽しんでいた。 殺伐とした空気(無くは無かった)も付き物だが、純粋にサッカーを大阪ダービーを楽しむ環境が長居には整いつつあると感じた。我らの勝利とその後のラグビー日本代表の快挙(あとで書きたい)を見ると、日本を象徴である桜が咲き誇ると、幸せになる人が実に多くなるのだろう。 この旅はまだ今日一日ある。レジェンド社長との会食(これはまた書く)、多くのセレッソサポーターさんとツーショット(これは書かない(笑))などの思い出もたくさん頂けた。今日もヤンマースタジアムへ行く。二試合見て東京へ戻る。見かけたら是非ともよろしくお願いします。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

歴史が熱い。

とある若い女性グループの面々と子供の頃に苦手だった教科の話になった。口裏を合わせたかのように全員揃って”社会”だそう。全ての女学生がそうでは無いにしても、社会の学習に苦手意識があるようだ。その中でもとりわけ顕著なのが地理だそうである。時代なのか否かは不明。 しかしながら、歴史は好きだという。話が盛り上がって深堀りして聞いてみると、かなりの出来事を起こった年とともに憶えていたりする。興味の有る無しに関わらず、なんだか凄いと感じながら、この国のそして世界の歴史についての意識が高いことに気付かされたトークだった。 歴史といえば、大阪ダービーマッチも初対戦から約四半世紀。最近のセレッソ大阪サポーターから見たらなかなか勝てないという印象のほうが強いと思うが、結果もまさにその通りなので何とも言えない。今回こそはと意気込むが、なにせ僕が参戦するので何か恐ろしい予感はする。 ○●○●●●●●○○○○●●●○○●●●●●●●-●●-○--●-●●●● 黒が目立つ中で燦然と輝く緒戦。Jリーグ参戦し初めての大阪ダービー勝利が今の自分の糧でもある。バルデスのゴールを守りきっての勝利だったことを微かに覚えてはいるが、その他の試合はチンチンにやられた記憶のほうがはっきり言って多く、そしてそこに少なからず僕がいる。 とは言いながらも、2017年のルヴァンカップのこともあるし、強運・悪運併せ持つ僕の力を上手く利用するほかないだろう。久々のヤンマースタジアム過ぎてテンパってしまうかもしれないがご容赦願いたい。セレッソ大阪関係者全員の力でこの7年間の悪夢に終止符を打ちましょう。 余談だが、まだ先方さんと互角に戦えていた時期にいたあの御方と近々飯を食う予定。選手もクラブもサポーターも勢いで戦っていたあの頃が懐かしい。綺麗に纏まらなくてもいいので我武者羅に戦うことが大事だ。一番印象に残っているのは1999年2ndの4-1。熱い戦いに期待する。 ○●○●●●●●○○○○●●●○○●●●●●●●-●●-○--●-●●●● それにしてもこの星取表 メールの署名みたいなので 実際に署名みたいにしてみよう ○●○●●●●●○○○○●●●○○●●●●●●●-●●-○--●-●●●● NEVER STOP,NEVER GIVE UP ...

第12節 大阪ダービーマッチ。

無。とにかく無。ダービーで敗れるということは、今まで積み上げてきた多くのもの全てが無になってしまいそうな、そんな気持ちになる。時間が経てば忘れるのかもしれないが、これだけ勝てないとなんだかDNAにそう書き込まれているのではないかと勘ぐってしまう。 そのDNAの書き換えが必要かどうかは僕みたいな一サポーターには分からないが、改めてここから前に進まなければならない。ダービーマッチという重みが身体と頭を埋め尽くしたそんな数日を過ごすことになるだろう。現実逃避は今日だけにしておきたいとは思う。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP NEVER STOP,NEVER GIVE UP NEVER STOP,NEVER GIVE UP NEVER STOP,NEVER GIVE UP NEVER STOP,NEVER GIVE UP

サポーターのコミュニティが彩る未来。

この時期というか毎年5月になると思い出すJリーグ元年。1993年5月15日。日本にプロサッカーリーグが誕生し26年。とある番組でその話題になっていたが、歴史の積み重ねとこれから変わっていく先の未来がシンクロした素晴らしい環境なのだなと改めて認識したのだった。 先日も、やるきを出すためだけにホルモンを食べながら、Jリーグについて某メンタルコーチとあれこれ話しした。勿論良いことばかりではないが、全てが思い出というか気持ちの良い懐かしさでもある。彩りある人生を送らせてもらっていることが実に幸せなのだと思う。 その中で「サポーターのコミュニティ」という話があった。事あるごとに僕も話していることではあるのだが、しがらみのない、ただサッカーがセレッソ大阪が好きな人同士がスタジアムに集まり、試合を見て、議論しあって、クラブをより良いものにしていくはずだ。 そんな「サポーターのコミュニティ」から人間関係が深まり、様々なムーブメントが起きたりもしている。普通に生きていたら全く出会うことのないはずの仲間ができ、絆を深めあい、その仲間のために戦い、涙を流す。僕らが持ち得ている最高の能力なのかもしれない。 会社や学校のコミュニティと同様にこの「サポーターのコミュニティ」が存在していることで、少なくとも僕は生きながらえていると感じると共に、その環境を提供してくれた方々や道半ばでお別れした方々、そして今繋がり続けている方々に感謝する毎日なのでもある。 今日は令和初の大阪ダービーである。今回もスタジアムには行けないのだが多くのセレッソ大阪サポーターが素晴らしい試合を演出し最高のゲームになると信じている。未来のためにただがむしゃらに勝ち点3を取りに行く姿が、今日のテレビモニタを彩ることだろう。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第29節 大阪ダービーマッチ。

文章を書く気分になかなかなれない今日。地元の祭りなどに足を運んでみたもののなんだか何かが抜け落ちたようになってしまう。だからといってムシャクシャした気持ちをぶつける先もない。世界中のサッカーファンが一番悲しむ日を、まさに体現しているようだ。 「ダービーマッチは、勝つかもしくは死ぬかのどちらかだ」壮大な格言もどこか過去のようなそんな世の中になってしまった気がする。時代によってサッカーも変化し続けているが、大阪ダービーもずいぶんと変わってきたのだろう。良いか悪いかは別物としてもだ。 こんなことをあまり書きたくもないのだが、体力の限界まで走り抜いて試合途中で起き上がれなくなった相手をモニタ越しに見て、今日の試合にかける思いの差を感じた。ぶっ倒れるまで走ることを強要しているのではなく、見ている人は見ているし、思う人は思う。 応援ってチャントって、選手に、絶対に届いている。相手より大きいとか小さいとか跳んでるとか跳ねてないとかコレオの美しさだとか否かとか、多分そんなものは大した話じゃない。それよりも君の声は本当にセレッソ大阪の宝だ。勝つためには必要な要素なのだ。 だからこそ大事な場面で重要なシーンで選手の魂を奮い立たせるところで、その声を多く使ってほしい。大切なのは声量でもメロディでももちろん歌詞でもない。君の声だ。一足、選手が気力で出すその最後の一足を出させるために使ってほしい、と僕は切に願う。 祭りにも飽き、自宅に戻ってセレッソ大阪U-23の試合を見る。あんな屈辱を味わってもJ3戦は淡々と行なわれる。心が救われる。セレッソ大阪があってよかった。若い彼らは勝ちそして4連勝を決めた。うん。ダービーはまだ続く。勝てなかったが死ななくてよかった。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第9節 大阪ダービマッチ。

「Waiting For Love」のAviciiが亡くなった。PKを足に当てたのに止められなかった。相手のベンチにレヴィーがいた。ショッピングポイントを使い損なった。アウェイで15年以上も勝てていない。そうやって、ドウシヨウモナイ一日が、終わった。 ダービーで負けるとはそういうこと。以上。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ルヴァンカップセミファイナル第2戦。

朝7時に自宅を出て夜11時に戻ってくる。そんな日帰り、しかもサッカーのために?と思われるかもしれない。でも、それだけの価値がサッカーにはあり、そしてこの試合の意味は確かに存在した。それがダービー、それが僕にとっての「デュエル」。 もちろん、この一試合が全てを変えるわけでは無いのだが、この一試合を見なかったせいで変わってしまう人生は絶対にある。そんな場面に何度も何度も出会ってきているからこそ、「必ず見ておけ」と魂が脳と身体に伝えていたのかもしれない。 何を隠そう、吹田スタジアムでの初観戦である。 それ以上に、万博公園に来ること自体が相当ご無沙汰であったのでワクワクとドキドキが正直止まらなかった。もっと言うと、航空券やチケットを手配したのも前日の出来事であったし、正にワクドキを通り超えていた。 試合開始2時間前、太陽の塔を見た瞬間にスイッチが入った。やはり、大阪ダービーマッチのアウェイ、しかも勝たなくてはならないという追い込まれた中での戦いでもあり、会う人会う人の顔つきがいつもと全く違っていることに、この試合の持つ意味合いを深く感じた。 試合中はずっと立ちっぱなしだった。というのも、ゴール裏は既にスタートからハイテンションであり、殆どの方が立っている状態だった。立っているというよりも選手の気迫に自然に立っている、立たざるを得ないというのが正しいのかもしれない。 足の痛みで、ファイナルの実感を得るというのも不思議な話なのだが、やはりゴール裏は特別な聖域であるのだなと改めて感じたし、サッカーを一番楽しめる場所であると思えた。 そして、今日と同じ三連休の真ん中である11月4日土曜日に埼玉スタジアムで行なわれるファイナルは川崎フロンターレとの対戦となった。先日も”あの”等々力で1-5と敗れた相手でもあるし、過去には優勝を阻まれたりJ2降格を突きつけられた因縁のクラブだけど、やはり僕らとしては謙虚に戦わなければならないのだろうな、と思う。 そのためには、より走らないといけないし、より正確さが求められるし、より力強さが必要となってくる。この試合でも多々あった球際での勝負、ハリル監督が言うところの「デュエル」を見せなければ勝てない相手でもあるのだ。 その一足、次のその一歩を出させるサポーターの底力。疲れた選手の背中をそっと押してあげられる底力。セミフ...