先日、愛犬のクロヱさんが誕生日を迎えた。満四歳。ちっちゃい頃から子熊みたいな状況は変わってはいないが、やはりそれでも大人にはなってきた感がある。パグの四歳というと人間年齢で32歳だそうだ。年相応かどうかの判断は任せる(笑)。 僕には子供の頃からワンコとの生活が身近にあったので、まさに生と死の境もこの目で見てきた。もちろん、良いことばかりでないのはご承知の通りだが、ごくごく当たり前に死生観というものを意識して生きていたなと、両親に感謝している。 当然ながらワンコたちには「話す」という能力が備わっていない(いや、もしかしたら「 カモメに飛ぶことを教えた猫 」のように、実は話せるのかもしれないが)。そんな彼らは素敵なことに、表情と声だけで、喜怒哀楽を伝えてきているのだ。 そのような彼らと、言葉によるコミュニケーションに凝り固まっていた僕による共同生活はかけがえのないときだった。今でもGoogleフォトを彩る写真たちを見るたびに懐かしさと、もっといろいろできたんじゃないかという思いとが交錯する。 そう。僕らは言葉に執着する。綺麗な言葉を作ろうとする。言葉は勇気を与える場合もあれば、逆に気持ちを削ぐケースもある。人は何故、ワンコたちには備わっていない言葉というツールがあるにも関わらず、上手く使いこなせないのだろう。 そんなことを考えながらクロヱさんの誕生日を祝った。コロナ禍の今年はケーキを買ってあげたのだった。しかしながら、名前がちょっとだけ残念だった。このようなワンコとの生活ができているのが、ささやかながら幸せだと僕は感じている。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP
dobroサッカーショップ蹴球堂オーナーの憂鬱。この狭い世の中を適当に歩きながら、セレッソファン、サポーターに勇気を届けたいと思います。どうぞよろしくお願いします。シェアは推奨しません。