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5月, 2021の投稿を表示しています

新年。

激動の一年が明け、また来たるべき一年が訪れるという、あいも変わらない人生を送っている。少なくともこの2022年という空間を、また、多くの方とともに歩めればそれでいいと感じる自分が大きくなってきた。年齢を重ねている証拠だろう。 セレッソ大阪というクラブを愛し始めてかれこれ三十年弱となるわけだが、この思いだけは決して色褪せないのがありがたい。ひとえにこれは仲間の存在が大きい。時間というファクターは人を不幸にすることもあれば、人を幸せにもしていく。 ようやくヨドコウ桜スタジアムに足を踏み入れることができ、F.C.OITOでイベントも開催できた。Twitter Spaceだって四十四回も続けることができたのだ。2022年はいったいどんな一年になるのだろうか。そう思っていた矢先に、あれが来た。 今年も多くのアミーゴに巻き込まれながら過ごしていくことになるだろう。 サッカーショップ蹴球堂は、まあぼちぼちやっていく。健康に気をつけながらゆっくりと前に向かって、着実に歩く。そうして辿り着ける先の、その向こうへと・・・。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第17節 ベガルタ仙台戦。

僕はカップラーメンが好きだ。年齢のせいか最近では量は減ってきたものの、コロナ禍で家にこもることが多くなった今、お昼ご飯としては最適でもある。身体に悪いとの話もあるだろうが、この好き感は、それらを超越しているかもしれない。 さて、仙台戦である。チアゴ選手、ダンクレー選手、瀬古選手による3バックと、原川選手の1アンカーのスタートメンバーを見て少々驚いた。監督としてもいよいよと言った感があるが、交替メンバー含めて見ても、即席感が否めないのも事実。 それでも、改めてひとりひとりの能力は高いなと感じると同時に、個々の選手は勢いを取り戻しつつ(と言ってもわずかばかりの)ある。だからこそここでいくつかのインターバルが取れるのは、チームにとってとてもありがたいことだと思う。 先日のSpaceでも話したが、今、監督が替わるのは好ましくないと僕は感じる。サポーターにも個性があり、考え方がそれぞれ違うのも当たり前なのだ。スタジアムで対話することがなかなか難しい時代だからこそ、多くの考えが出てきていい。 しかしながらその部分だけは即席では上手くいかないだろう。考え方や思想の違いをもっともっと共有して、対話を繰り返すことの重要性。サポーター同士はもちろん、監督と選手、選手と選手そしてサポーター。お湯を入れて3分ではできない。 話は戻るが、どんなカップラーメンが好きかというと、わかめラーメン、チキンラーメン、サッポロ一番塩ラーメン。やはり、カップラーメンもサッカーも、よりシンプルで分かりやすいなもののほうが好みなのである。後入れはとても難しい。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第16節 鹿島アントラーズ戦。

今年もこの日がやってきた。毎年のことではあるのだが、思い出す内容が少しずつ少しずつ減ってきている感もある。だからと言って綺麗さっぱり捨て去っていいものでもない。セレッソ大阪に関わる方々にとって非常に価値のある一日なのだ。 2000年5月27日から21年経つ、その前日に、鹿島アントラーズとのアウェイゲームが行なわれた。結果はもちろんご存知の通り。もうしばらくのあいだサポーターにとっては、なかなか(相当?)上手くいかないなと感じる試合が続いている。 選手もかなりフラストレーションが溜まっているのが見て取れる。また周辺でも、クラブや選手のSNSなどを拝見するだけで、なんとも言えない気持ちの葛藤が大きくなってくる。こればかりは時間が解決してくれるとはとても思えない状況だ。 勝てなくなると湧き上がる感情とは少しニュアンスが違っている。「怒り」などというよりはどちらかと言うと「寂しさ」とか「哀しさ」に限りなく近い。選手にもファンにもそしてサポーターに対しても「寂しさ」「哀しさ」を感じてしまう。 もちろんこの四年間で高く積み上げたレゴブロックが音を立てて崩れるのにどことなく似ている。だが、それ以上に寂しいのは、クラブの感情がまったく見えてこないこと。そこに本当の「寂しさ」が見え隠れしているような気がしてならない。 今日のspaceは果たしてどんな感情に包まれるのだろう。時間はあるようでそれほど残されていないような思いのほうが大きい。今やれること。根本的なことや将来のこと。ひとりひとり感じ方も違うだろうから。悲観的にはなりたくはないけど。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第15節 サンフレッチェ広島戦。

今日で長居スタジアムとしばしのお別れとなる。どの試合が思い出に残っているかと問われたところですべてが過去であり、常に未来を見据えていたいと言ったら、綺麗事だと言われるだろうか。共に過ごした日々はまさに「悲喜交交」だった。 クラブにおけるサポーターの存在は、偉大だ。どんなことがあろうとも惜しみなくクラブを愛し続け、ときには叱咤激励し、ともに笑い、ともに泣く。クラブが過ちを犯したとしても、繰り返し繰り返し裏切られたとしても、愛は、止めどない。 だから、長居スタジアムで起こった数々の出来事は、質量ともに自分自身への影響がとてつもなく大きい。そしてそれは、サポーターだからこそであり、人生の生活の大半を捧げているからこそ、そのような、多くの感情で溢れ返っているのだ。 その記念の試合でもある広島戦。ほぼほぼ見せ場などなく逆転負けという結果だけが目の前に残った。基本的にこのような記念マッチ的な試合で勝った場面を思い出すことができない。大概見てきてそうなのだから、多分、勝ってはいないはず。 まあそんなメモリアルはともかく、ここ数試合を見ているだけで、二十数年蓄積されてきたストレスと同様の何かを身体の中に溜めつつある。そのストレスがじわじわと全体に染み渡り、最後にはどうしようもない状況に陥りそうな、あれだ。 正直なところ、ここ数年ではあまり感じなかったし、開幕当時もそれこそ若いセンターバックを盛り立てる気持ちのほうが大きかったのでなんとかクリアできていた。しかしながら今は、勝てない勝ちきれない以上のもどかしさを抱えてしまう。 いつも書くことだが、サポーターがスタジアムにいたなら、少なくとも意味不明な失点をいくつかは防ぐ手伝いはできただろうし、90分間戦い続ける闘志を送ることは可能だっただろう。ジャッジよりもリモートマッチに不公平感を強く感じる。 とは言え、勝利から遠ざかっていることに変わりはない。1990年代、2000年代は「三歩進んで二歩下がる(いや四歩も五歩も、のときもあったかな)」の人生だったのを決して忘れてはいない。現代の、幸せな時代だからこその悩みでもある。 何度も書くが、長居スタジアムにおけるサポーターの力は偉大だった。たとえクラップだけだったとしても、選手に伝えられない辛さを、今サポーターは経験し、クラブはその力を評価できなかったのだろう。それほど、僕らは、強くないのだ

第14節 ヴィッセル神戸戦。

いつも思うのだが、時間の使い方ひとつで人生が良くも悪くも変わる。いつも思わされる。上手く使うことばかり考えるのではなく、大事に時間を活用するのが実に肝要だ。一分一秒を大事にしなければならないが、人は忘れる生き物でもある。 先日、ある新入社員の方に向けてプレゼンを行なうため、ドキュメントを作成していた。その際にたまたま1993年のこと(ちょうど彼らと同じくらいのときでもある)を振り返って懐かしんでいたのだった。そこで、あの5月15日と出くわした。 あの日あの時の思い出が蘇ってくる。そこにはもちろんセレッソ大阪はいない(実際にセレッソ大阪と出会うのは、その二ヶ月くらい先になる)。そんなJリーグ誕生から28年経った今日に試合が行なわれる意味や意義。噛み締めて生きている。 Jリーグの誕生日に、というか、何かの記念日には必ずと言っていいほど、なんとも言えない試合をしてしまうのがセレッソ大阪だ。それがデフォルトだと思えば良いのだろうが、結局、歴史の中からは何も学んでいないのだろうと感じてしまう。 いくつもの「タラレバ」もあった。毎回書くし、毎回どこかで話しているが、こういうときにサポーターとしてスタジアムに居られないのが、本当にもどかしい、と思うシーズンが続いている。歴史をつなげる一分一秒が、やっぱり大事なのだな。 あと何度同じような場面に遭遇したら耐えうる力が我々に宿るのだろう。それともいつまでも同様の葛藤に悩まされるのだろうか。まだ28年されど28年。時間の問題だけではなく、Jリーグとは死ぬまで付き合うつもりなのだろう。頭も身体も。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第13節 名古屋グランパス戦。

最近、左足の膝に違和感を感じたりすることがある。毎日夜間に黒いワンコと緑道を走っていたのだが、最近では歩くだけになってしまっている。怪我は、最初のうちは違和感のレベルで始まり、気づいたときには大ごとになることもしばしば。 サッカー選手ともなれば、日常的に怪我と付き合っていくことになる。「人間万事塞翁が馬」という言葉もある。いつそれが訪れるのか誰にも分からない。分かっているのは唯一、自分の行ないなのかもしれない。今ではそう思ったりしている。 名古屋戦は、ある意味、想定した通りの試合展開で、想定した通りの得点差で、想定した通りの結果に終わった。お互いそれほどの差は無いと思うが、前二戦の辛い敗戦から抜け出そうとする相手チームの気持ちの面のほうが上回った感がある。 それは決してガッツポーズとかだけではなく、クラブ、選手そしてサポーターの内面の強さに見えた。我らが駄目なのではなく、彼らが気持ちを見せたと、個人的には思っている。もう一度、彼らを上回る内面の強さを作っていかねばならない。 久々にTシャツのデザインなどしてみた。ふと降りてきたアイデアを形にしていくと、今までの自分に無いようなものが出来上がった。変わらないものと、変わってはいけないものと、変わっていく必要のあるもの。大ごとになる前に気づくべき。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第12節 大阪ダービーマッチ。

いまだにスコアレスドローで終えたことがないらしい。戦績では水を開けれられてはいるものの、100年構想で考えればまだ1/4程度でもある。世界に数多く存在しているが、大阪の2クラブによる戦いは既に文化となっているのではないだろうか。 その大阪ダービーマッチはドローで終わった。いや、終わってしまったというべきか。もちろんハンドの判定などについて語る気もないし、個々の選手のプレーも同様。それらを超越して勝ち点3を手に入れるのが、ダービーマッチというものだ。 昨年の第二節での吹田アウェイゲームでも感じたが、ファンやサポーターのいないダービーマッチほど寂しいものはない。やはり両ゴール裏の、お互いの気持ちと気持ちがぶつかるあの瞬間こそが生き甲斐だ。今ここに生きている、と言えるのだ。 日本各地にはダービーマッチがたくさんあるけれど、どこの誰が見ても最高のダービーマッチであると自負する。これからの大阪には多分いくつものJリーグクラブが誕生するのだろうが、大阪ダービーマッチと言えば未来永劫このカードなのだ。 そんな環境に存在できるのがありがたいと思うと同時に、重責に押しつぶされそうになるのはどちらのクラブも同じだろう。特にホームゲームともなると、積まれるものは倍々と膨れ上がっていくのだ。楽しみでもあり、プレッシャーでもある。 無観客試合の影響はホームゲームに出やすいという噂も耳にした。払拭する意味でも、バックスタンドに広がる桜色がモニタ越しにも圧巻だった。長居や鶴ヶ丘周辺のお店の方々も、最大限の力でこのダービーマッチを戦い続けたと聞いている。 時間が経てば記憶も薄れていく。しかしながらこのような一試合一試合が我らの血や肉となるはずだ。Clubhouseでも話したダービーマッチの重みを改めて考えるゲーム。怪我の選手は心配だが、反攻に出る体制は整いつつある。前進あるのみ。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

大阪ダービーマッチとはなにか。

誕生してから初めて無観客でのダービーマッチを戦ったのがちょうど一年前。改めてこの試合の重みを感じる瞬間を迎えようとしている。その結果、神聖なる思し召しを得るのか、血に塗れた屍となり地に這いつくばるのか。誰も分からない。 ダービーマッチとはなにか。それは、その街の覇権を争うだけのものにあらず。我らが持つべきものは、大量のプライドとわずかばかりの運。ダービーマッチとはなにか。それは、我らに与えられた、至極のコロッセウムにおける魂のやり取り。 少しだけ時間旅行をする。それまでの成績などにかかわらず織り交ぜられ、そのダービーマッチの結果は次の作用を生み出す。二十六年前のあの日からなにひとつ変わらない化学反応が今もこのつながりの中に潜んでおり、そしてもがき続ける。 ダービーマッチは心の起伏。大阪というこの例えようのない劇場で選手たちは戦い、観客という観客が与えられた時間の分だけ狂喜乱舞する。時代は変わろうとも、世代が変わろうとも変わらないものは唯一無二。それが大阪ダービーマッチ。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP