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そんな小さなことなのだ。

12月に入り暖かい日が続いたかと思えば急に冷え込んだりしている。身体が気温差についていけていないが、これも日本の四季の良いところだと思えば許せてくる。世界中から愛されているかは分からないが、日本という国が本当に素晴らしいと感じる瞬間でもある。

先日、チームメンバーを集めて、マインド勉強会を開催した。自分の価値やモチベーションの源泉、チームへの貢献など当たり前かもしれないが必要なのに見逃されがちなこの領域について学んだ。どこまで人が進化したとしても、絶対に人格形成がキーになるはず。

テクニック論ばかりに目を向けず本質を見極めることこそ、今の世の中には大事なのではないかと、半ば反面教師を見ながら想像している。小手先だけではなく、本気でぶつかり本気で認め合い本気で称え合うことが僕らにできるようになるだろうか。道はまだ長い。
例えば、やるべきことがあったとして、その立場になったとき自分ごととして対処できるとしたら、ひとりひとりがそう思えればどうだろう。なんだか良い世界になるような気がしてくる。些細なことかもしれないけれど、それができないのは日本人としては寂しい。

昨日もとある勉強会でそんな話になった。僕は、ただ目の前にやることがあったので、ただやっただけ。それは、誰にでもできることだ。入り口近くに座ったので、醤油が近くにあったので、ただ鍋がそこに置かれたので。それだけのこと。そんな小さなことなのだ。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第34節 横浜F・マリノス戦。

今年は本当にサボっているというかなんというか、自分事ばかりを考えてしまいセレッソ大阪に関するあらゆるものから逃避していたように思える。「そんなことないっすよー」と周りからは言われるが、自分自身が本当によく分かっている。反省の念しかない。

そんな体質を改めようといろいろなことを考えてはいても、やはり行動に起こさないと何も前に進まない。この先の生活環境などを考えてみてもどうなるものでもない現状ではあるのだが、原点に立ち返ってみると見えるものもあるのかもしれないと思い始めている。

その自戒の中で最終節の横浜F・マリノス戦を見るために日産スタジアムに向かう。スタジアムで観戦できる機会があることに本当に感謝。天気もよく感謝。そしてなにより尹晶煥監督のラストマッチに勝利することができ、最大の感謝をするしかない状況だと思う。

ユンセレッソの原点に戻るというかこれがベターというか、本当に素晴らしい試合を見せてくれた。先制されたものの相手に走り負けず局面では体を張る。このような試合を34試合全てで出せていたら、間違いなく来シーズンはアジアの舞台に立っていたはずだ。

四半世紀に渡ってセレッソ大阪を応援し続けてきた情熱というものがどれだけチームのためになってきたかどうかなど関係ない。この横浜戦のような試合を見られるだけで感謝したい。監督が替わろうとも選手が替わろうとも、その情熱だけは永遠に続くのだろう。

サッカーショップ蹴球堂も現在Web(BASE)のみで活動しているので本当に申し訳なく思っている。2019年は多くの方の身近な存在としていられるようにもっと精進していきたいと思っている。そしてまた多くの方々とお会いして、多くのお話を聞きたい。素直に。

 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第33節 柏レイソル戦。

このクール、ドラマを多く見ている気がする。特に日曜日は目白押しとなっていて、リアルタイムで見れない分、その週の録画視聴が増えてしまう。特に「下町ロケット」は、リアルに自分たちと重ね合わせて見るため、なんだか見ているだけで胃がキュッとなる。

仕事というものはとても厳しく時には泣きたいくらい辛いこともある。はしごを外され更地に置き去りにされることもある。しかし、その分、結果として返ってきたときにはこの上なく嬉しいものだと再認識することができる。映画やドラマからそんなことを学ぶ。

ホーム最終戦となった柏レイソル戦。すれはすなわち尹晶煥監督のホームラストマッチでもあるわけだ。練習が厳しく選手が音を上げたとも噂されるが、昨年の2つのタイトルが示すとおり、結果として見えるものを手に入れた功績はとても素晴らしいし誇りに思う。

試合自体は散々な結果ではあったが、これもまた歴史の1ページ。ユンさんがセレッソ大阪にもたらしたものは非常に大きく、退任することで失うものも小さくはない。真の最終戦である横浜F・マリノス戦は日産スタジアムに行く予定。最後の勇姿を目に焼き付けたい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

感情と言葉と、時々パグ。

ちゃんと見てあげていなかったのかと反省する。土曜日の夜、外出から戻ってみるとうちの愛犬が少し左後ろ脚を気にしている様子。痛そうな素振りもなく触ってみてもそれほどの反応でもある。日曜日に病院に連れていき診察してもらったが特に問題は無かった。

体調もそれほど悪そうでも無かったのでそのまま散歩に連れて行ったのだが、いつも同様に歩く、走る、遊ぶ。でも、脚は気になるようだ。まずは経過観察ということもあり状況を見定めていこうと思っている。身体というもののメカニズムは実にわからないものだ。

特に動物のように言葉によって感情が伝わりにくい場合、どう判断すれば良いのか正直難しい。信頼関係と簡単に呼べるような代物でもないが、お互いのことを理解し目を見て次の行動を決めることで、なんとかコミュニケーションを図っているのが現状なのだろう。

人の目は本当にわかりやすい。喜んでいる、怒っている、哀しんでいる、楽しんでいる。目が発するメッセージは、言葉以上に何かを伝えている気がする。愛犬とも、目が合うと何かが解りあえるだろうか。そんな気持ちを感情を伝える表現を身に付けていきたい。

レゴ®シリアスプレイ®に視線を交わすことは存在しない。そこにあるのは作品を見つめる目。作品に集中し作品の良いところや疑問点に目を向ける。まずはこれができなければシリアスプレイとして成立しない。普段の生活から考えると非常に難しい行動でもある。

作品を通して感情と言葉のやりとりを行なう。そこに、今まで感じたことの無かった何かが生まれる。最近ファシリテーター有志で「スポーツ界におけるレゴ®シリアスプレイ®の可能性」についてのグループが立ち上がった。サッカーの世界にも是非広げていきたい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第32節 川崎フロンターレ戦。

暑いのか寒いのかわからないこの11月という季節。嫌いじゃない。嫌いじゃないが服装に困る。そんな基本的な仕事の格好はTシャツ、ジャージかジャケット、そしてデニム。先日もとある大学を訪れたのだが、そんなときでも最近はあまりスタイルを変えていない。

スーツを着る機会がめっきり減ったので、ときおりスラックスを履くときには胴回りに緊張感が走る。そうならないためにも定期的に足を通しておく必要があるなと感じる。日常とはそんなことの繰り返しなのではないだろうか。「人生は連続する刹那」だと言える。

Jリーグと関わって25年、悲喜交交、様々なシーンを体感してきている。たまたま昨年は運良く二度も素晴らしい経験をしたが、良いことだけが起こるわけでもない。そんな瞬間瞬間をどう生きるのか。サポーター生というものは、実に「連続する刹那」なのだと思う。

結果はご存知の通り、聖地長居で川崎の優勝を見ることになった。しかしながらその「連続する刹那」に一寸の釘を打ち込んだ。選手たちの気持ちかもしれないし僕らサポーターの持っている何かかもしれないが、この試合に勝つことの意味を強く知ることができた。

翌日、既にJ3優勝とJ2昇格を決めていたFC琉球に、6−0と勝利したU−23。川崎戦の想いがそのまま伝わった試合だった。一日一日は「瞬間」でしかないのだがこのように毎日を積み重ねることで物語になっていくと実感する。その輪にいられるのが殊更幸せなのだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第28節 名古屋グランパス戦。

公私共にバタバタしておりなかなか書く時間が無かったと久々に言い訳してみる。このバタバタという言葉。便利なのか周りから見たらはた迷惑なのかそれとも「どっちでもいい」なのかはよく分からないが、なんとなく使ってしまう悪習慣。お恥ずかしい限り。

そんな中、バタバタの原因である「それほど悪くないのになんで上手くいかない」の同義語を探している。そして、それをどうしても見つけられない自分がそこにいる。自らで解決できることできないことがこの世の中には多々ある。そんなときには本を読むに限る。

その本をサラサラと読みながら頭の中を整理してみる。立ち返ってみて自分の振る舞いはどうだったか。相手を理解していたか。自分は相手をどう見て、相手は自分をどう見ていたか。そこに、その行ないに合意はあったか、それともそれは単なる同意だったのか。

名古屋戦の選手たちもそのような気持ちで戦っていたのかなと重なってしまう思いで試合を見ていた。やりたいことも分かるしそれが上手くいかないもどかしさも。いつの時代も結果というものは実に残酷である。だが僕らは少しずつでも前に進むしか無いのだ。

書いてみると少々落ち着いてくる。文字や文章というものは人の感情だ。実に素晴らしい。心の葛藤を現実を受け入れつつ次のステージをどう迎えるのかを考える必要性がある。まずは、自分自身のミッション・ステートメントを書き直してみることから始める。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


第31節 鹿島アントラーズ戦。

学ぶことを怠ると間違いなく成長はない。そんな思いが頭の中を充満するここ最近だったわけだが、時間が進むのは途轍もなく早く、過ぎ去っていく。喉元過ぎれば熱さを忘れるという言葉通り、自分の甘さによって意識から消えてしまう。人の記憶とは、実に儚い。

平日夜の試合を見ることが叶わないのは仕方ないとしても、辛いシーンをリアルタイムでなくあとで確認するのは本当に厳しいなといつも感じる。サッカーだから勝ち負けは仕方ないとしても、過去からの学びが継続できないクラブ全体の課題のほうがもっと厳しい。

どんな組織もそうだが、フィロソフィーというかポリシーというか一本筋として関係者のすべてに植え付けられるものの存在。それがわずかでも欠如すると一枚岩になれないというジレンマに陥る。頭で考えるだけではなく身体が自ら動きだすようなものなのだろう。

そんなフィロソフィーとかポリシーは「偉大なる先人」の場合もあるし「語られた言葉」なのかもしれない。それが組織の中で生き続け伝えられていくことの大事さ。時代と共に変わり続けるものと変わらない価値観を持つ。今、それこそがどんな組織にも必要だ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ジョホールバルなんで。<その3>

10月に入ってからのシンガポール、マレーシア出張から宮城蔵王での会合、そして10周年を迎えたレゴ®シリアスプレイ®イベントでかなり体力を消耗してしまった。今日の夜にもイベントに参加する予定だ。体調の調整を行ないながら頑張って生きていこうと思う。
もうジョホールバルの記憶が薄れてきてしまうアラフィフとしては、なんとか文章として起こしておかないとどうも忘れる。このブログは初老の脳構造と化している。そんなものを読まされる方への配慮が全く足らず、毎回毎回本当に申し訳ないと素直に思っている。
さて、昼飯でも食べようとラルキンスタジアムをあとにしようかとしたが思い直してスタッフの方にお薦めのランチは無いかと聞いてみた。そうすると「近くに一軒ある。ローカルのレストランだが大丈夫か?」と問われたので、二つ返事でその店に行くことにした。
スタジアムのすぐ脇、バトミントンの練習場の横にそのレストランはあった。スタッフは店まで付いてきてくれて丁寧に注文までしてくれた。マレーシア人しかいない中で、日本人二人でナシゴレンを食べることになった。うん、意外にというと失礼だが美味かった。
そして支払いをしようと店員を呼び、話しかけたが、どうも反応が悪い。「ハウマッチ」が通じない。どうも英語が駄目のようだ。店員が何人も出てくる。しかしながら何も分かってもらえない。仕方なくキャッシュを一枚ずつ出していく。そんなやり取り悪くない。
21年振りだったジョホールバル・ラルキンスタジアムへの旅はこうして終わった。わずかばかりだけ当時を思い出すことができてよかったという気持ちと、それでもまだ記憶の半分も覚えていないことへの懺悔の意味も込めて、また改めてゆっくりと来てみたい思う。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ジョホールバルなんで。<その2>

昨日の東京の夜は極寒だった。かなり風邪を引きそうな予感があったが、なんとか耐えた。前回で「後編に続く」・・・とか書いておきながらタイトルは<その1>。まあ言っていることとやっていることのチグハグさはいつものことということで皆々様お許しを。

「中も見せてくれるの?ピッチレベル、入れる?」と僕は質問した。予備知識ゼロで来たせいもあるが、あとでInstagramを見ると色々と説明して廻ってくれることを知った。通路やロッカールームの場所などを見せてもらい「THIS IS LARKIN」もしっかり堪能した。

いよいよグラウンドへ。・・・うん、どうだろう。あまり記憶が鮮明でない。21年も経っているし当然回収もしているだろうから変わっているところ変わらずにいるところがあるとは思うが、何がどうという感じではなかった。ただ、良いスタジアムだなとは思った。

しかし、ここで初めてのワールドカップを勝ち取ったのだなと思い出すと、目頭が熱くなった。あの苦しかったフランスワールドカップ予選のことなどがフラッシュバックした。そしてこのラルキンスタジアムでの試合が如何に厳しいものだったのかを改めて知った。

時代は変革し続けているが、このようにいつも思い出せる場所があるのは本当にありがたい。頻繁に行けるようなところではないのだけれど、「そこにある」という存在感が心の拠り所になると感じる。今週末にはこんな映画もあるし、再燃するかもしれないな、と。

<その3>に続く。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ジョホールバルなんで。<その1>

シンガポール出張に併せて、マレーシアへの日帰りも組み込んでみた。ジョホールバルのForest City、LEGO LAND、そしてラルキンスタジアムことTan Sri Dato' Haji Hassan Yunos Stadiumの三箇所を廻ってきたのだが、今回はそのことについて触れていきたいと思う。

実に21年振り(ということはあのイラン戦以来)となったラルキンスタジアム。思い出があまりなくイメージとして残っているものは限りなく少なかった。Googleマップなどが普及し、いとも簡単に行くことが可能ではあるが、人の記憶というものは実に儚く、脆い。

全く予備知識無しで訪問したが、ジョホールバルの歓喜がなんとギャラリー化されている。スタジアムのホームクラブの展示と同じ場所ではあるが、当時の写真が何枚も飾られており、それらを見ているだけで、当時のあの場所での出来事が蘇ってきそうだった。

係の女性が色々と教えてくれた。「初めて来たのですか?」「いいえ、21年前のあの日このスタジアムのゴール裏にいましたよ」と答えると、素晴らしい!と最高の笑顔を見せてくれた。僕は調子に乗ってGoogleフォトに溜めている写真を彼女に見せてあげたのだった。

後編に続く。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第30節 FC東京戦。

仕事でシンガポールとマレーシアに行っていた。そのためにブログを書くのも一週間ぶりとなってしまった。現地では時間を調整してジョホールバルのラルキンスタジアムを訪問したのだが、かなり感動したこのスタジアムについては改めての報告としたいと思う。

週末は味の素スタジアムへ。しばらく勝っていないうえに憶測飛び交う中でのFC東京戦。久々に柿谷曜一朗選手、清武弘嗣選手、そして杉本健勇選手がスタートに並んだのは僕としては嬉しい。動きはそれほどでもなかったが、元気な姿を見れただけでも良かった。
今日はアミーゴとともにビジター自由席で観戦していた。雨の影響もあってかなり苦労もしたが、屋根のあるスタジアムはありがたい。試合が始まると小降りになり非常に助かった。サポーターの応援を間近で感じられるエリアは感情が高ぶるので気分転換に良い。
そして、昔からセレッソサポーターの応援は試合の流れとともに存在する。選手の息遣いや気力体力とシンクロして戦っている。旗もゲーフラも襷もそう。今のサポーターの多くもそんな試合の流れを大事にする方が多い。それが本当に素晴らしいなと感じている。
これで勝ち点44。中途半端な立ち位置のなかでひとつでも多くの勝利を掴みたいと思うが果たしてどうなるだろう。こういう試合をモノにできる実力は我々にはある。だからこそこれからの5試合の戦い方が重要になってくる。サポーターもその責任を持つ必要がある。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

次の荷物は誰が背負うか。

去年の9月以来だが明日からシンガポールへ行く。4日と短期間ではあるが是非良いものにしてきたいと思う。準備がほぼできておらず日本代表対パナマ代表を見ながら荷物を詰めている。今回はセレッソ大阪の選手が選出されていないのだが、この試合は楽しめそう。
ともにワールドカップロシア大会に出場しこれからカタールを目指す両国の戦いは、序盤だけを見ていても結構面白い。まだまだ足りないところは多々あるのだろうけれど若い選手(サッカー的にはもう若くは無いのだが)とロシア組との融合がかなり良い感じだ。
その中でも南野拓実選手の二試合連続ゴールはかなり痺れた。ボールの受け方、ターン、持ち出し、そしてキーパーを確認する余裕すらあるフィニッシュ。完璧なプロセスは当然のことだが大阪時代よりもキレが良くなっている。セレッソアカデミーの賜物でもある。
来年のアジアカップまで調子が続く保証はないのだがとにかく怪我なくいってほしいと思っている。うちの前線の若手選手たちの刺激になってくれたりすると本当に嬉しいのだ。負傷が相次いでいるが、重い荷物も背負えるような、そんな選手の台頭を期待している。
なんとか試合が終了するまでに荷物も準備できた。今回、ジョホールバルまで行く予定がある。時間が作れたらラルキンスタジアムまで足を伸ばしたいのだがどうなるだろうか。伺うとなると実に21年振りになる。気持ちの高鳴りをカバンに入れるのはとても困難。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第29節 大阪ダービーマッチ。

文章を書く気分になかなかなれない今日。地元の祭りなどに足を運んでみたもののなんだか何かが抜け落ちたようになってしまう。だからといってムシャクシャした気持ちをぶつける先もない。世界中のサッカーファンが一番悲しむ日を、まさに体現しているようだ。

「ダービーマッチは、勝つかもしくは死ぬかのどちらかだ」壮大な格言もどこか過去のようなそんな世の中になってしまった気がする。時代によってサッカーも変化し続けているが、大阪ダービーもずいぶんと変わってきたのだろう。良いか悪いかは別物としてもだ。

こんなことをあまり書きたくもないのだが、体力の限界まで走り抜いて試合途中で起き上がれなくなった相手をモニタ越しに見て、今日の試合にかける思いの差を感じた。ぶっ倒れるまで走ることを強要しているのではなく、見ている人は見ているし、思う人は思う。

応援ってチャントって、選手に、絶対に届いている。相手より大きいとか小さいとか跳んでるとか跳ねてないとかコレオの美しさだとか否かとか、多分そんなものは大した話じゃない。それよりも君の声は本当にセレッソ大阪の宝だ。勝つためには必要な要素なのだ。

だからこそ大事な場面で重要なシーンで選手の魂を奮い立たせるところで、その声を多く使ってほしい。大切なのは声量でもメロディでももちろん歌詞でもない。君の声だ。一足、選手が気力で出すその最後の一足を出させるために使ってほしい、と僕は切に願う。

祭りにも飽き、自宅に戻ってセレッソ大阪U-23の試合を見る。あんな屈辱を味わってもJ3戦は淡々と行なわれる。心が救われる。セレッソ大阪があってよかった。若い彼らは勝ちそして4連勝を決めた。うん。ダービーはまだ続く。勝てなかったが死ななくてよかった。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

再セットアップで手に入れたもの失ったもの。

先日リリースされたばかりのmacOS Mojave、さっそく我がMacBook Proをアップデートした。その途端といってはなんだが斯々然々でウイルスバスターが動作しなくなってしまった。いろいろと試行錯誤を繰り返したのだが健闘むなしく二度と動くことはなかった。

以前からこのMacBook Proは途中で止まったりファイルが保存できなくなったりとかなりの困ったちゃんであったわけだが、あとあとの手間などを考えるとなかなか決断ができなかった。この僕の決断力のなさ、優柔不断な性格を呪った。だがついに立ち上がったのだ。

僕はMacBook Proの再セットアップを行なうことを決意した。command+Rを押しながら電源を入れ、ディスクユーティリティで領域を初期化し、ネットワークに接続してクリーンセットアップを実行する。一連の流れはスムーズ。結果的にMacBook Proは見事に蘇生した。

そして気づいた。バックアップを取っていなかったことに気づいた。だいたいいつも、大事なことに気づくのは離れ離れになってからだ、という失恋ソングを思い出して口ずさむ。いや、そんな馬鹿なことを言ってられない。今までの努力がすべて水の泡となった。

僕は言葉を失った。Google日本語入力に登録した膨大な数の単語をすべて失ったのだった。バックアップしなかった自分を責めてももう遅い。これからまた細々と単語登録の日々が始まる。後ろを振り向いてはいけない。つま先を前に、進むことだけを意識する。

だが、手に入れたものが無いわけではない。ウイルスバスターは見事に立ち上がった。ファイルも問題なく保存される。フリーズする回数自体極端に減った。再セットアップで手に入れたもの失ったもの。人間社会とおんなじ。僕はひとり悦に入る。まだ生きている。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

企業は生き物。企業は花。

近所は台風一過。朝から30度近く気温もあがりかなり息苦しい。これから東北地域や北海道地域には影響がでそうだ。日本列島を南から北へ縦断する台風を今年いくつ見てきたのか分からないくらいだが、甚大な被害が出ている地域もあると聞く。まずは身の安全を。

出不精な身として、この日曜日は愛犬の散歩(辛うじて行けた)以外の外出を控え、溜まっていたドラマなどを見ることにした。そのひとつが「ラストチャンス再生請負人」。存続の危機に瀕した企業を再生する社長とその仲間たちの熱い物語という結構好物な内容。
といいたいところなのだが、中身はそれほど美味しく感じるものでもなかった。まあ、次から次へといろいろな災難が降り掛かってくるところは、我が身にも起こった様々なできごとを思い出したり、と自分たちに重ねて見てしまっていておかしくなったのだが(笑)
そういえば昨日、長居店閉店に際しいくつかの手続きをしていたもののなかでひとつだけ不備があったとの通知があったことに気づいた。急いで手続きを行なったので事なきを得そうなのではあるが、ある意味、改めて節目節目でのチェックの重要性に気付かされた。
企業は生き物だ。企業は花みたいなものだ。毎日毎日世話しないとしおれてしまう。水をあげないと枯れてしまう。毎日毎日の積み重ねが企業を会社を生かしていくんだなという部分だけは学べた気がする。今、本当に自分たちがそれを実践できているかどうか、だ。
来年に向けてそろそろ動き出さなくてはならない。先日もある方から「次の店、いつ?」と問われ答えに窮した。きれいな花を咲かせるための種を蕾を探す旅に毎日追われることになるだろうがそれも積み重ねのひとつ。花は人の努力を裏切らないらしい(我辞典)。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

若者の成長と飛躍を期待する。

日本全体が台風の脅威に晒されている。また被害が大きくなりそうで怖い。特に地元大阪もどうなるのだろうかと心配しているが、セレッソ大阪も名古屋グランパス戦の中止を発表し、やはり安全第一だ。もちろんのことではあるが自分の身をしっかり守ってほしい。

先程、我が家のLINEグループに一族からもメッセージが入っていた。母親も絵文字、漢字を駆使しており、この一週間でかなりiPhoneを使えるようになってきたのでまずは良かったと思う。学ぶことに年齢は関係ない、人は成長するのだと母親も感じていることだろう。
そんな中、主催したレゴ®シリアスプレイ®に何回も参加してくれたり何かと可愛がってきた若者が東京から大阪に異動となった。まだまだいろいろと一緒に高めていきたいと思っていたのだがこれも人生。そしてこれは関西でのレゴ®シリアスプレイ®の口実にもなる。
10月という節目あり出会いと別れの季節。大阪でもっともっと飛躍してほしいし、彼にはそれができると信じている。また皆でレゴを触って色んなモノを創ってみたいなと思う。レゴ®シリアスプレイ®は素晴らしいメソッドだといつまでも感じ続けてくれるだろう。
これからU-23の試合をDAZNで見る。天気はかなりすごい感があるがこれからも刻々と変わってくるのだろう。そのような状況下、レゴだけでなくサッカーでも若者の成長と飛躍を期待している自分がいる。明日の試合が無い分、よりしっかりと見ておきたいと思う。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

父親の言葉。

先週末。様々なトラブルに巻き込まれはしたが無事父親の七回忌法要を終えた。2012年に亡くなったので丸6年。もう?という気持ちのほうが大きく意外とサラッと来た感もある。次は十三回忌か。それよりも常に忘れないということのほうが大事なのだと思っている。

以前からも書いたが、僕がセレッソ大阪サポーターでいられるのも父親の発した「大阪の人間ならやらなあかんのとちゃうか」という言葉のおかげだ。子供のときも大人になってからもあまり口を利いた記憶が無いのではあるが、この言葉だけは今でも忘れられない。

25年もの前の言葉をなぜ思い出したかというと今製作中であるTシャツのことがきっかけ。大阪生まれ大阪育ちの僕が東京に出てきて11年とちょっと。人見知りの僕がなんとか頑張ってこれた原動力のひとつに、地元大阪の魂ってものも関与しているのだと感じている。

ULTRASのアイテムでも多く付けている「NEVER STOP,NEVER GIVE UP」そのあとに続く「This is Osaka spirits.」。まさにこの感覚が、これまでもこれからも前に進むための何かを産んでくれる、そんな気がする。大阪とは大阪市とはそんな街でもあると心から言える。

スタジアムで街なかでULTRASの若い皆さんが「NEVER STOP,NEVER GIVE UP This is Osaka spirits.」を胸に掲げて戦っている姿を多く目にする。正直目頭が熱くなる、泣きそうになってしまう。父親のあの言葉から四半世紀。spiritsは常に存在し、大阪の地に宿る。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

半径5mの「0.5」。

今回の帰省。妻さんと二人だったわけだが、やっぱりホテルは価格も普通に高いので今回はAirbnbにした。二人で8,000円台。リーズナブルなうえにホストさんも色々と教えてくれるという至れり尽くせりの状況。そしてなにより部屋がめちゃくちゃキレイ。嬉しい。

Airbnbを初めて利用したのが香港。ホテル代金が高騰化していたために仕方なく使ったのが最初。もちろん緊張もするし躊躇もする。しかしながら一歩目なんて誰でもそんなものだ。その一歩をどのように踏み出すかに人の強さがかかっているのではないだろうか。

半人前、というわけではないのだが、僕はよく自分自身を「0.5」と称することにしている。ゼロをイチに変える力もイチをヒャクにする力も今の僕には無い。いくら本を読んでも、いくら多くを学んだとしても、自分にはその能力が備え付けられていない気がする。

で、どうするかを考えた。それが「0.5」だった。食わず嫌いをできるだけしないようにした。自分でやろうと思ったことは人よりも先にやってみる。ただ、自分がしたくないことは、乗り気じゃないことは「やらない」と決めた。そうやって生きてきた。それが、今。

そんなこと言える立場ではないのだが、半径5mくらいの方々に伝えていきたいと思う。広いエリアに出ていけるような器でもないし世界を相手になんて大それたことも言えない。自分の家族に仲間にちょっとだけ未来を見せる。それが僕の「0.5」という基準である。

そんな「0.5」は人から見るとただの余興と見られるかもしれない。でも、そこも含めて僕なのだ。先日、スマホを持ったこともない母親にiPhoneを買ってあげた。ガラケーオンリーだったがようやく重い腰を上げたのだ。半径5mの「0.5」。僕だからこそできることを。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第27節 湘南ベルマーレ戦。

昨日から鼻炎か風邪か分からないのだががすこぶる体調が悪い。どうもくしゃみが止まらない、鼻水が止まらない。ものすごい量のティッシュペーパーとの生活に慣れているとはいえ、鼻をかみすぎたため顔が赤くなっていてかなり痛い。しばらくは痛みに耐える。

痛いといえば湘南ベルマーレ戦もそう。いろいろな意味で痛みを感じる試合だった。杉本健勇選手の脱臼(厳しい)もあの場面のパスミスももちろん痛いが、それ以上に心身とも疲れたのが入りそうで入らない得点力不足のほう。ここまで決められないと正直辛い。

ラストシーンはキム・ジンヒョン選手の攻撃参加が功を奏しなんとかドローに持ち込んだが、得点シーンよりその直前のビッグセーブに震えた。時に痛いポカ(佐々木健介風)もするが、あのような場面でも冷静になれるのがスーパー・ジンヒョンたる所以でもある。

しかしながら、勝ち点1をなんとか拾ってお祭り騒ぎにならないように気をつけたい。何とも言えないのだが、このチーム構成だとペナルティエリア内に入ってくる選手が極端に少なくなる。このあたりは正直痛いし山村和也選手ひとりだと厳しい。8番を欲する気持ち。

さてこの湘南戦。難波近辺に居たので一念発起スタジアムカフェで見た。もう何年ぶりかも分からないくらいの期間訪れていなかったと痛感。「十年ぶりくらいですかね」と言われ本当に申し訳ない気持ち。不甲斐ない試合とは裏腹にお会いできたことを嬉しく思う。

昔はセレッソ大阪関連のイベントなどでお借りしていたスタジアムカフェ。今年で十八周年だと聞いた。色んな痛みにも耐えてこられただろうと察する。存在価値に長短などどうでもいいことだが、18年もの長きにわたり続けられる気持ちと心の強さが素晴らしい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

なぜレゴ®シリアスプレイ®に惹かれたのか。

会社には会社の生き方というものがあり、その物語のなかで歴史を築き、創り出していく。少し抽象的ではあるのだが時代とともにその物語は紆余曲折し、その時その時にあった戦略戦術をもって、成長衰退を繰り返しながら未来へと一歩ずつ進んでいくのだろう。

会社が前に向かっていく中でいちばん大切な要素が「人」。人を大事に、と口では言うが中々フェーズが合っていかない。個々の意思は素晴らしいものが沢山あるのにどうして組織となった瞬間に統一性が失われてしまうのだろうか。そんなことを常に考えてしまう。

スポーツ、サッカーでもよく「連動性」という言葉で表現されるケースがある。選手間の意思統一が成された時、途轍もなく素晴らしいゲーム展開を創り出す。選手個人個人がフロー状態に入り、さらに相互理解と相互尊重のもと、まさにチームが一体化していく。

先日「LEGO®︎SERIOUS PLAY®︎(レゴ®シリアスプレイ®)メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテーター」となったのだが、チームビルディングの他に実践してきたいものごとがある。「人はなんのために働くのか」を追求していきたいと思っているのだ。

なぜ人は働くのか。どうして働くことを楽しいと思えないのか。会社を愛せない理由は。自分は何をしたいのか。どうすればできるのか。そして、それをいつやるか。ほんの目の前にあることなのに、そんな難しい話ではないはずなのに、たどり着けないもどかしさ。

セレッソ大阪のサポーターコミュニティやIT企業など30年近く同じ組織の中で過ごしてきた僕としても、そんな多くの悩みを垣間見てきた。そして、人は少しずつでも成長していけるという思いを色々な方から頂戴し、歳もそれなりに取って分かってきたものもある。

そこで経験したことを還元していきたいと思っているし、僕にしかできないことも多分あるはず。経営だとか戦略だとか高級で難しいことは、その道のコンサルタントさんがやればいい。僕にできるのはそんな、上の域に行けるはずの人に何かを気づいてもらうこと。

そんな思いを色々な方に話したらファシリテーターの仕事もいくつか頂けるようになった。なぜレゴ®シリアスプレイ®に惹かれたのか。人見知りの僕だがやっぱり人が好きなのだ。そう、僕なりに、人に何かをお返しできそうなこのメソッドに、心動かされたのだ。

NEVER STOP,NEVER GIV…

第26節 ジュビロ磐田戦。

オープニングにも行けずラストマッチにも行けず、セレッソファンとして残念な立場ではある。なんちゃら記念の試合にここ最近行ったというと何だったかも忘れるくらい。それ以前に2018年シーズンまだ1試合しかスタジアムで見れていないことを憂う必要性がある。

そして当のこの試合。一週間経ってようやく見ることができたという何たる体たらく。理由というほどでもないが、先週月曜から11勤(うち4日は研修)というものに耐えようやくの今日。身体と脳を休めながらの状況下で磐田戦。ネット様様、DAZN様様ということ。
「戦っているな」という印象の強いナイスゲームだった。確かにキム・ジンヒョン選手のミスなどはあったもののうちの外国人選手たちは本当に素晴らしいなと改めて感じた。韓国、ブラジル、クロアチア、スペインで構成されてはいるのだが、絶妙に呼吸が合うな。
ヨーロッパのクラブを見ていても多国籍選手が集まり一致団結して戦う姿をよく目にする。やはりそのクラブにあるフィロソフィーが全ての戦略/戦術を決めているのだなと分かる気がする。そういう意味では、我らの理念も良いものになってきたのかもしれない。
今シーズンはヨーロッパチャンピオンズリーグ、ヨーロッパリーグ、各国リーグが見放題になり、時間配分が大事なシーズンになりそう。今必死にELハイライトをひたすら流し見ながらこのブログを書いている。こんな毎日がまだまだ続いていく幸せな環境。正直怖い。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「声なき声」に耳を傾ける。

我が事で大変恐縮ではあるが、一年越しの目標だった「LEGO®︎SERIOUS PLAY®︎(レゴ®シリアスプレイ®)メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテーター」として正式にスタートを切ることになった。これから先が本当に楽しく未来がとても待ち遠しい。

このブログでも書いてきているがレゴ®シリアスプレイ®を端的に言うと「コミュニケーションと意思決定のための”問い”を出席者全員で考えていく」。もっとざっくりと乱暴に言うと「声なき声に耳を傾ける」。もしかするとそのワードがしっくりくるかもしれない。

企業でも学校でもどこでも起こってしまう「声が大きい人」「同調する人」「萎縮する人」「どうでもいい人」の組み合わせ。いわゆるニッパチではないが二割の意見がほぼ全ての結論に導かれてしまうのが、この普通の会議のどうしようもないところではある。

口では言う。「全員の意見を聴く」「何か意見は無いのか」「書いてみよう」。そんなもので絞り出されたような意見が、果たして本当に求めていたものなのだろうか。我々は何か思い違いをしているのではないだろうか。僕はいつもそのような思いを感じていた。

そこで一年前、初めてレゴ®シリアスプレイ®と出会った。「声なき声」に出会った。形から考える、考えから形にする。大事なのはそんなシンプルなものだったのに、長年蓄積された経験やカンや勢いという、言うほど意味の無いものに縛られていたことが分かった。

何度も何度もファシリテートすることでそれは疑問から確信に変わった。レゴ®シリアスプレイ®によって溢れ出す「声なき声」は本当に素晴らしく、まさにイノベーションを起こすためのひとつでもあった。僕が選択したことは間違いではなかったと今ようやく言える。

そんなレゴ®シリアスプレイ®に、もっと多くの方が関心を持ってもらえるよう努力していきたい。日本国内には今、400名のレゴ®シリアスプレイ®の認定ファシリテーターがいる。その先輩方、同期のアミーゴと共に、「声なき声」に応えていきたいと思っている。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

脳が身体が。

アジア大会eスポーツ「ウイニングイレブン」で日本代表が金メダルを獲ったのは記憶に新しい。公開競技ながらその盛り上がりっぷりを動画で見ると、身体から脳へ、脳から身体へと情報というものが伝達される仕組みはスポーツもeスポーツも変わらないなと感じた。

それほど上手くないがちょっとした息抜き程度にiPadで遊んでいる。最近では選手層も厚くなって選手の能力に手と頭が追いついていないような気がする。アジア大会のルールでどのような選手構成が使えるのか分からないが、レジェンドを獲得できると殊の外嬉しい。
話は変わるが森保ジャパン初陣となったコスタリカ戦。ようやくフルタイムで見たが、フレッシュ感が溢れる試合だった。特に前線の4人、とりわけ桜な方々は南野拓実選手のプレーに注目し代表初ゴールには嬉し泣きしたものと思う。帝王の名に恥じない活躍だった。
メディアを見ているとBチームに近いのではという話題があった。確かにロシア組が数名で、素人目でも個々の能力の差などはあった気が確かにする。ただ、僕らサポーターからすればこのチームも当然日本代表。国際Aマッチ出場の選手全てが僕らの代表でもある。
長い目で見てゴール(と言ってはなんだが)はカタールワールドカップ。その線上の点でしかない試合なんてものは存在しないなと個人的には思う。点が繋がるから線になる。線になるから強くなる。強くなるから勝てるに変化する。必ずこの試合にも意味は存在する。
そんな観点から見てもこの試合の意義はあったと思いたい。少なくとも何かが湧き出てくる選手はたくさんいると信じたい。きっと彼らの頑張りはインフルエンスしていく。脳が身体が動き始めるはず。うちの若手選手たちにも刺激になってもらえたら良いなと感じる。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

高みを目指して、今を見るか先を見るか。

原因論と目的論。「できない理由」を愚痴るよりも「どうすればできるか」を考えること。今を見るか、それとも、先を見るか。世の中には本当に多くの先生が存在している。そんな先生方にひとつひとつ教わって、僅かずつではあるが僕も成長している気がする。

さて、週末に行なわれたホーム二試合で多くのことが分かった。とにかくは以前からここでも書いているU-23の存在意義。確かに選手の能力差があるのはどうみても歴然なわけなのだが、トップチームの底上げになっているとはとても思えない内容がちらほらある。

日曜日のルヴァンカップにおいてのメンバー構成。尹晶煥監督が「選ばない」のか「選べない」のかは正直分からないところだが、U-21選手が含まれていないのは川崎とうちだけ。これだけで判断できるわけではないが、若い力というものを今のチームに感じない。

U-23の試合はほとんど見ているが、どうも面白くない。点が取れないとか拙い守りとかビッグセーブとか、何が面白くないのかはそういう観点などではなく見ていて正直つまらない。選手の気持ち、スタッフの気持ち、サポーターの気持ちは果たしてどうなのだろう。

人は常に成長することを止めてはいけないと感じている。特にスポーツ選手からそれが無くなったときは身を引くサインだと思う。上手い下手の問題ではなく、更なる高みを目指して戦うことこそFor The Top of Dreams。選手のマインドセットが今一度必要なのではと。

ひとつ思うのは以前にも似たような感覚。「J1では負けるけどJ2ではある程度勝つ。J2にいたほうが良いんじゃないの?」的なあの。育成と銘打つにも関わらず若手選手が育っていないようにみえるところをどう見るかだが、もう少し長い目で見ることも必要なのかな。

長居連戦に参加したかったが叶わず。多くのアミーゴが様々な大阪の状況を写真などで教えてくれる。ありがたい話。日本全国で発生している被害はどの地域も気になるのではあるが、やはり生まれ故郷である大阪を大正区をより心配にしている自分が、ここにいる。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

いろいろと考えること。

台風および地震の災害に遭われた多くの皆様に心よりお見舞い申し上げます。まだまだ大変だとは思います。僕自身自然災害の怖さをモニタ越しに目の当たりにして、この先のことをかなり不安に思ってしまいます。皆で気持ちを強く持っていきたいと切に願います。

大阪上空を大型台風が通り抜ける時間帯に親に電話した。前週に帰った際にも「色々なことに気をつけなあかんよ」という話をしていたばっかりでこのような事態が起こった。相当怖いのだろうが至って冷静に「ラジオ買っといてよかったー」とのことで安堵した。

停電、断水などの被害に見舞われている方も多いと聞いた。アミーゴとも話をしていたのだが、二人共大阪に親を残して上京していることもあり心配だけが募った。幸い互いに身内が大阪にいたり仲間も多くそれぞれ助け合ってなんとか凌いでいたようで安心する。

考えてみれば東京に来て10年以上。日本で災害が起こるたびにいろいろと考えることも多い。親もいい歳自分もいい歳。置かれている状況などを鑑みても、もうそろそろ帰阪すべきかどうなのかなどといった検討も、継続して行なっていく必要性があるのだろうな。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「好き」こそ一番。だから夢に投資する。

Google Bloggerに移籍して前回でめでたく100回目の投稿となった。燃えやすく飽きっぽいB型人間としてはツールがどうこうということでないが、長続きするひとつの要素でもあるかなと感じる。それ以上に文章を書くのが「好き」だという思いのほうが殊更デカい。

この「好き」という感情。あるジャンルにおいてもここ数年で相当変化があった気がする。それが株式投資。初めて株という有価証券を購入してからもう何十年も経つが、最近では紹介で出会ったGSさんから投資というもの教わり、捉え方が大きく変わっている。

勝ち負けの問題ではないが、株式投資を始めてそんなに損をした記憶はない。年間でも多少なりとも利益を出してきた。しかしながらこのゼロサムゲームというものに疲れたというか、巷に溢れるプロフェッショナルに勝てるはずがないことに遅まきながら気づいた。

そんなさなかに多くの勉強会に参加したりして、お金とは、経済とは、投資とは、といった多くを学んだ(気になっているだけかもしれないが)。薄々とは感じていながらも、恥ずかしながら残された時間がそれほど多くないことを僕は知った。時が一番の投機だ。

僕は持っていた株の大半を売った。残った一部は僕が個人的に応援してきたゲーム会社と長年お世話になっている航空会社だった。振り返るとこの二社は、紆余曲折しながらも企業としてのあり方を模索する良い会社だ。僕の今後の株式投資方針はここで固まった。

その日以来僕は、最も応援したい会社の株式を買うことを第一に決めるようにした。子供の頃から付き合いの長いスポーツメーカー、昔からお世話になっているIT企業、大好きな書籍の関連、そして身体に良い食材の会社。どの企業も本当に「好き」な投資先である。

そして昨日、とある投資先企業の勉強会に参加してはっきりした。投資額はそれほど大きくはないが、そこには「好き」になれる夢が存在した。鷲津さんから「私は夢に投資はしない」と言われるかもしれないが、それでも僕は夢に投資する。「好き」こそ一番だ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第25節 浦和レッズ戦。

雨が苦手である。いつも、身体を覆っているはずの傘があまり役に立ってないくらい濡れてしまうから。もしかすると傘との相性が良くないのだろうか。それとも持ち方が悪いのだろうか。問題解決という細い糸を寄って少しずつ太くしていけばクリアできるはずだ。
それにしても久々な感があるくらいの本気の土砂降りっぷりだった。更に雷の影響もあり30分試合開始が遅れる。レインコート、ビニール袋という万全の体制だったが、靴の中とりわけ靴下の状況が非常にヤバい。着替えは持ってきてはいるが靴自体が相当ずぶ濡れ。

試合中、雷雨が鳴り止まない状況ではあったが、締まった良い試合だったのではと思う。確かにスーペルなカウンターにやられたしあの疑惑のシーン(あれは助かった)もあったので何とも言えないのだが、ともかくアウェイで勝ち点3を手にできたのは素晴らしい。

あと、キーポイントになったなと思ったのが右手一本でセーブしたスーパー・ジンヒョンのあそこのシーンだったんじゃないだろうか。その他にも柿谷曜一朗選手が復帰し、清武弘嗣選手が復調気配だったし、ゴラッソの両外国人。次に繋がる試合だったように思える。

レッズスタッフの方と試合直前に「大雨のセレッソと言えば2000年のときの横浜F・マリノス戦だよね、今日はあのイメージがあるよね」という話をしていた。もう18年も前のことで盛り上がれるのは本当に嬉しい。サッカーでつながった糸も寄られて太くなっていく。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ちゃんと持ってけ、いろんなものを。

この日曜日に行なわれた結婚式。ほぼすべてのシーンでセレッソ大阪色がいっぱい(いやセレッソ大阪しかないと言っていいほど)だった。セレッソサポーターだらけ。披露宴の隣の席にはスタジアムDJ。祝辞、乾杯の発声もセレッソサポーター。お拘りがすごい。

新郎との思い出の中で一番記憶にの中に残っているものがある。ちょうど10年前の2008年北京オリンピック。ナイジェリア代表との第二戦が行なわれた場所である天津でのできごとだ。北京から天津へ時速300km超えで走った新幹線よりもなぜか鮮明に覚えている。

内容自体は直接聞いてくれたらお話しするが、今なら当たり前のようにできる「海外に行くときはちゃんと連絡を取れる仕組みの準備が大切だぜ!」ってことかもしれない。まあ汗水たらしてつながったからこそ、殊更記憶に残っているのではあるわけだが(笑)。

結局第三戦も残るようだったので、持ってきていた中国語のハンドブックを贈呈した。役に立ったかどうかは本人にも聞いていないので知らない(そこは興味もないのだが)が、少しでもその先の旅が楽になったのならば本望。多少だけど荷物も軽くなったのでね。

とても偉そうなことが言えるような生き方ではないが、人生の先輩として一言。「家族や親を大事にする心を持ってけ。自分を大切にしつつ精進する魂を持ってけ。そんな気持ちを高く持ってけ。無理はするな、無茶をしろ。そして、ちゃんと携帯とか持ってけ」。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

人は二度死ぬ。だからこそ。

阪神タイガース張りの長期ロード。木曜日に出発してからようやく東京に戻ってきた。今回は名古屋、大阪、広島、岡山ときて、最後は大阪に4日滞在。身体の節々の痛みに耐え切り、セレッソ大阪サポーターの結婚式、披露宴、とんでもない二次会に参加してきた。

それにしても本当にめでたい話である。セレッソのサポーターももう何世代目と言えるのだろうか。当然かもしれないが年老いたものはゴール裏から場所を移し、若いサポーターたちが台頭しその場を取り仕切っていく。世代交代というとおこがましいのではあるが。

確かにこの挙式に集まったサポーターの顔ぶれを見ていても勝手知ったる顔と初めてお目にかかる顔。この世代を超えた関係をつなぐのもセレッソ大阪という縁結びが存在するからこそであると改めて実感する。なんなんだこのソーシャルネットワークは、という感。

そして多くの方がこんな僕に声をかけてくださる。「体調、大丈夫?」「太りました?(またかよ)」「相談したいけど」「飲みに行きましょうよ」「はじめまして!」「今度東京行くので・・・」。こんなところでも人見知りが酷すぎて申し訳ないなと自暴自棄。

こんな素晴らしいセレッソアミーゴたちから祝福を受ける新郎新婦のお二人は本当に幸せものだと思う。そんな幸せ絶頂の新郎新婦から高砂前の特等席を準備してもらった僕は、もしかするともっと幸せなのかもしれない(新郎新婦を凌駕してどうするとツッコめ)。

僕はまだセレッソ大阪の中で存在し続けていることを実感する。存在して良いんだと心から感じる。その「居てもいいんだ」という意識が、仲間を大事にする気持ちに変わっていくのだなと思いたい。この愛すべきセレッソ大阪サポーターという存在が僕を強くする。

人は二度死ぬ。一度目は肉体的な死。そして二度目は忘却という死。そういう意味では僕はまだ生きている。最後の笛が鳴るまではフィールドで戦い続ける。人生というものは本当に美しい。風船もいつかは地に這いつくばる。その日までの飛び方が重要なのだなと。

(ごめん挙式の件はまた書くわ)

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第24節 サンフレッチェ広島戦。

2018年シーズンのJ1リーグ(この呼び方にまだ慣れない)初観戦と相成ったサンフレッチェ広島を迎えたこの試合。僕的には非常に珍しいのではあるが2時間前に入場してみた。久しぶりにこの時間のヤンマースタジアムの雰囲気を身体で感じる。なんだか心地よい。

多くのアミーゴに出会う。「なんか、太ったな?」とか「うわー負けるやん(失礼な)」とか声をかけられる。僕と同様に毎年ひとつずつは確実に年を取っているはずなのだが、暑い中でもみんな元気そうだ。セレッソ大阪を応援する行為は健康器具にも匹敵する。

ゴール裏のホーム側最上段から見ることにする。二万人超えてくるとこの付近もかなり混雑する。この10年でスタジアムの客層も変わったのだろう。四半世紀のあいだ見てきた多くの景色と今のこの状況を重ね合わせて見て、多くのことをふと思い出してしまった。

とは言え、ゴール裏の応援に合わせて拍手を送ったり声を出したりしている方も思いのほか多かったし、スタジアム全体がそのような雰囲気になっているってことなのだろうなと思った。だからゴール裏の力がより一層試される。彼らの頑張りがこれからも大事だ。

ただ、優勝できるチームとそうじゃないチームの差はいったいどこなのだろうか、それは何なのだろうか。選手、クラブ。そしてファンやサポーター。少しずつだけどちょっとずつ何かが、どこかが違うのかもしれない。そんなことを考えながらの広島戦だった。

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映画から学ぶ「サポーター生」。

「カメラを止めるな!」の勢いがまだまだNEVER STOPなのは本当にすごい。監督さん、役者さん、スタッフさんの生き様に感動してアミーゴもリピート&リピートしている様子。やっぱり映画は良い。映画の力は偉大だ。その「映画人生」を応援していきたくなる。

そういえば一本の洋画を見た。「チャンピオンズリーグ珍道中」。タイトルはそのままではある。会社の同僚であるイタリア人二人が当選でゲットしたチャンピオンズリーグファイナルのチケットを持って、開催地であるプラハまでの面白おかしな旅を描いた映画。

昔を懐かしむのは良くないかもしれないが、この映画を見ていて、サポーターという人種は旅人でもあるのだなということを改めて思う次第。今では多くのサポーターがアウェイのスタジアムを埋めてくれるのだが、たった二人しかいない状況の時もあったな・・・。

映画のシーン同様、自分自身にも起こった旅の途中の様々なできごと、そのひとつひとつが良い思い出となっている。この上ない財産になっていることを今更ながら実感する。そこで知り合った人たち。共に歩いた人たち。これからも一緒に前に進んでいく人たち。

「君と出会うために生まれてきたよ」と踊りながら歌う三人組がいたが、まさに何も無いところから出会い分かち合い泣き笑いする「サポーター生」。一般の方から見たら特異に見えてしまうそんな生き方。金や名誉よりも大事な、そんな生き方を愛してやまない。

さてこの「チャンピオンズリーグ珍道中」。オチが微妙ではあるし言ってしまえば「さてチャンピオンズリーグは一体何処へ?」という感が無くはないが、サッカーを愛する方がサラサラッと見るのには良さそう。騙されたと思って一度覗いてみてはどうだろうか。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第23節 V・ファーレン長崎戦。

多くの方から誕生日のメッセージをいただき至極感激している次第。この歳になっても嬉しいもの。しかしながら良い歳の取り方をしているかそうではないか、毎年この時期になると心の中のリトルイバと葛藤している。さて人生五十年。あと僅かばかりではある。

この長崎戦。実は密かに行くことを考えていたのだが叶わなかった。あの御方たちにお会いしたいと常々思っておきながら有言不実行。お許しを。タイムラインを追う。元気そうな顔を見ることができ、残りの人生の中でどれくらい会えるだろうかとひとりごちる。

長崎での試合というと1997年の天皇杯4回戦ジュビロ磐田との試合以来行った記憶がない。あの日はかなりの雨だったこととジュビロの選手となんかあったことくらいしかイメージできないが、アミーゴと平和祈念像や中華街などで撮った写真がアルバムに残っている。

20年以上も前のことはどうでもいいな。この試合は久々のクリーンシートとなった。厳しい場面もあったが相手に助けられた感もあるし一概に諸手を挙げて喜べるフシもないが、試合展開自体は上出来のように思えた。さてこれで36。首位チームとは勝ち点差13か。

ようやくというか何というか、今週土曜の広島戦は今シーズンのJリーグ初観戦の予定。この試合の重要性を理解しているが、多くのアミーゴに会うのも本当に大事。試合前、スタジアム内、試合後、そして翌日のアレ。みなさま、どうぞ宜しくお願いいいたします。

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第22節 清水エスパルス戦。

「どんだけ経ってから書いてんだよ」「もう次の節終わってんぞ」とお叱りを受けそうではある。敢えて言おう、僕はカスと。やはり今も昔も水曜日のナイトゲームをリアルタイムで見るのは、過密日程のチーム事情と同じく非常に厳しい。とか弱音を吐いてみる。

ヨーロッパ各国のリーグも始まっておりサッカー目白押し。最近ではDAZNの良さを最大限活用(つーか面倒なのだろ)してハイライト観戦が多い。しかしながらセレッソ大阪の試合だけは別だ。もちろん全てのシーンをチェックしておきたい。確認しておきたいのだ。

そしてそんな状況のなか、遅ればせながら清水エスパルス戦を見てみる。前回アウェイでの対戦は大敗しているので、是が非でもリベンジが必須だった。それにしても日本平は鬼門というか大負けしているイメージしかない。今回はホーム。必勝が求められている。

さてこの試合。久々に杉本健勇選手がゴールを決めたが、まだまだ彼の本領が発揮されたわけじゃないなと見ていて感じた。こんなもんじゃない、とセレッソ大阪ファン、サポーター以外の方々でも思うだろうし、もっともっと貪欲に狙っていく姿勢を期待している。

なんだか、清水と戦うときはいつもこういう試合展開のような気がする。大体主導権を握られるが運良く失点せず、なんとかゴールを決めて勝利するシーンを何度も見てきた。今回もそんな感があったが、今回は勝利だけが欲しかったので良しとしておくしかない。

そう言えば昔から清水エスパルスというクラブになんだか縁のようなものを感じる。過去にも選手の移籍など数多くあったし、オリジナル10では比較的身近なチームなのかも。CBJAPANやファンやサポーターの方を含め知り合いが多いことも要因なのだろうと思う。

このような縁はサッカーの素晴らしさを体現している。サッカーで繋がる縁。サッカーが繋ぐ縁。ひとつひとつの縁は非常に小さいもので非力なものかもしれないが集まれば相当な力になる。カスの僕でもそれくらいは分かる。そんな僕が今日、ひとつ大人になった。

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右利き社会の「左利きの日」。レフティを堪能せよ。

夢の中までどうかは分からないが生まれたときから左利きだった。子供の頃に得したことがあったかなんて憶えちゃいないが、格好いいだろ〜とスギちゃん張りだったのだけは思い出せる。しかし大人になってからはサウスポーというものが役に立たないと感じる。

今の状況はというと字を書くのとマウス以外はほぼ左手で行なう。確か幼少期に書く行為だけは矯正された覚えがある。ひらがななどを書いてみるとまるっきり逆向きになっていたらしい。こりゃ駄目だと両親が懸命に書き手を直させたと大人になってから聞いた。

8月13日は「左利きの日」だったのだ。そんな記念日があるのだよな・・・と毎年思う。とは言えこれは世界(特にイギリス?)に限った話だそうで日本は2月10日なんだとか。まあどっちでも良いのだがそれほど左利きが素晴らしいわけでもなく意識すらしていない。

聞くところでは左利きは世界で1/10の確率だそう。そんな幸運に恵まれて生まれてきたことに感謝したいのではあるが、この世は右利き社会なのだ。ハサミも包丁も10本に一本。改札も何もかもが僕の生活を少々苦しめる。しかしだ。一生一緒にいてくれや、なのだ。

ただし、スポーツの世界では重宝されるケースは多い。日本代表で必ず降って湧いてでる左サイドバック問題はネイティブレフティ(左利き)が良い、って話など。社会ではあまり優位ではない左利きも、一部のスポーツでは貴重な存在であるともいえるわけだ。

セレッソ大阪にも多くの左利きの選手が在籍した。今なら丸橋祐介選手ということだろう。このレフティが我がクラブにとってどれだけ大事なものなのかを改めて感じる今シーズン。彼の左足を見るだけでお腹いっぱいになるはず。ぜひスタジアムで見てほしいな。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

健康管理は◯◯じゃないとできない。

長生きしたい衝動が特にあるわけでもないのだが、ここ数年は体調管理に気を遣うようにしている。世も健康ブームだ。しかしながら辛いランニングなんてしたくないし、せめて歩くことと自分自身の身体の心配くらいは行なっておこうかと、かれこれ数年は経つ。

インドア派の僕としては外出が苦手ではあるのだが幸いにもうちには黒い犬が存在する。暑がりの寒がりな犬種なのでこの時期はなかなか散歩にも行けない(この前お医者さんからも止められた)のだが、行った時にはしっかりと歩数を稼いでカロリーを消費する。

更に、毎日体重を測り毎日血圧を測り毎日体温を測る。最近は左手首にApple Watch右手首にはWithingsを巻いて常にデータを取得する。もちろん布団の中でも添い寝。睡眠状況をロギングする。全ての情報はAppleのヘルスケアアプリで一元化して管理を行なっている。

寝る前には必ずストレッチと腹筋を行なう。腹筋アプリ(女性用らしい)を起動させお腹の上にセットして規定時間の回数を測る。そのあとストレッチアプリの先生に教わりながらじっくりと身体を労る。これらのデータは回数と共にGoogleカレンダーに記録する。

そして朝昼晩と食べたものは全て食事アプリで入力。カロリー計算したデータも前述の通り情報としてヘルスケアに自動送信。食べたものと翌朝の体重を対比し、どんなものを食すればどの程度の増減を生み出すのかを把握しておくだけでかなり違いが見えてくる。

コーヒー(カフェインの量)や水分量も都度都度登録するようにしている。僕は甘い飲み物が好きなのでジョブズの言う砂糖水や身体に悪そうなカフェオレっぽいのをついつい大量に飲んでしまう。制限を徹底するためにデータと分析が必要であると感じてしまう。

更にマインドフルネス。Apple Watchを利用しマインドを整える。自分の呼吸に集中し短時間でも周りの雑念を取り除いてみると、見える景色がどこか変わってくる気がする。これもGoogleカレンダーのゴール機能が毎日毎日空いている時間に案内してくれているのだ。

「ストイックですよね」とよく言われるが、それほど何かにこだわっているわけでもなく、ただ単に継続することができているだけだと思う。これはストイックなどというよりもどちらかというと◯◯に近いのかもしれない。言葉の想像はそれぞれの方に委ねる。

NEVER STOP,NE…

平和への願いと僅かばかりの貢献と。そんな一日でいいのだ。

人それぞれ東京に何かの思いを持っているのではないだろうか。僕の場合はこうだ。大阪に居たときからずっと憧れていた行きたかった場所。それが正月に行なわれる皇居一般参賀、新日本プロレス東京ドーム大会、そして靖國神社への参拝。今年も相も変わらず。

今日仕事を始める前の時間。平成最後となる8月15日終戦記念日の参拝。戦後73年という重みを感じながら九段下駅から歩き大鳥居をくぐる。暑さ対策で水もまかれている。8時だというのにもう多くの方々の姿がある。関心度が高い。あえて日向を選んで歩いてみる。

大村益次郎像付近に男女のグループがいる。近年、若い方々の参拝も多くなっていると聞く。どのようなきっかけなのかは知りえないのだが現に見ていてそう思う。「厳かな場所なので騒がないように」と話す代表らしき人物。この場所では確かにそう感じるだろう。

反面、遺族の方々の高齢化も懸念されていると聞く。そういう意味でも伝えることの大事さが必要になってくる。忘れ去られることは無いとしても時とともに少しずつ風化していってしまうのが世の常というもの。だからこそ毎年この時期に訪れてしまうのだろう。

そしてそんな速すぎる時代の流れの中で僅かでも平和への貢献ができているのだろうかと自分自身を問う日にもなっている。SNSでも同様のことを書いている方が多くいたりして、ひとりひとりの心の中に平和への願いが詰まっているのだなと改めて考えさせられる。

体質的なものなのか「インタビューさせてもらえますか?」と聞かれる。全て断る。九段下駅まで来た道を僕は戻る。夏の太陽のおかげでどっぷりかいた汗を駅ナカのエアコンが乾かしてくれる。こんなほんの小さな幸せも先人に感謝する。そんな一日でいいのだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

お盆休みは不思議がいっぱい。

世はお盆休みである。仕事で伺う機会があったので朝8時くらいから秋葉原にいたが、そこにはかなりの人。前日に行なわれたコミケからの流れかもしれない。この時間にもかかわらずただただ長蛇の列を作ったりしている。待つのが苦手な僕にはとても難しそうだ。

イベントに参加後、炎天下の街を歩く。相変わらず人だかりができていたり、お昼に近づいているせいかメイドカフェの案内が増えてくる。こんなおじさんにもビラの配布をしてくれる。真っ黒の衣装の彼女。太陽光を受けすぎて危険そうなのだが平然としている。

相変わらずの日本語オンリーの案内。よく似たアジアの方々ならまだしも明らかな欧米人のときには英語で伝えるのが必要だと感じる。しかしどこまでも頑な。これもひとつのジャパニーズスタイルだとするならば、文化を貫き通すのも選択肢のひとつだが、さて。

いろいろと考えながらアキバの街を歩く。何かGeekなものが無いかと店内を探してみるが、とてもじゃないが暑すぎて涼めやしない。「こんだけ汗かいているのって僕だけ?」と思えるくらいの尋常じゃない量の水分が蒸発して消えたが、一向に体重は減らない。

世の中はお盆休みである。家では黒い犬が何もない部屋の天井に向かって無性に吠えたりしている。犬は敏感な生き物。何かが降臨しているのかもしれない。そして何事も無かったかのように自分のベッドに戻っていく。やはりお盆は不思議なことが起きるものだ。

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サッカーができる幸せ、サッカーを見れる幸せ。存在の意義を考える。

東京に来て以来、毎年8月15日になると靖国神社に向かうようにしている。あの戦争について知っていること知らないことがまだまだ存在しているのだが、今年は知覧に行ったこともあり、より強い気持ちを持っている自分がここにいる。決して忘れてはいけないと。

以前、ブログでも書いたのだが、最近あの戦争について様々な書物や映画をよく見るようにしている。元来幕末期や明治維新が好きで主だっていたのだが、日露戦争から昭和初期にかけての歴史や文化、終戦に至るまでの道程や他国との関係性など非常に意味深い。

73年前の8月6日9日にふたつの街を襲った悲劇。頭の中から消えることはないが、残念ながら意識して思い浮かべるなどできていない気がしている。そんな終戦記念日まであと数日となった昨日。サンフレッチェ広島とV・ファーレン長崎の試合が広島で行なわれた。

この試合をアミーゴが「ピース・ダービー」と呼んでいた。呼び名がどうこうというわけではないのだが、この試合がこの時期に行なわれることの意義についてだけは改めて考えさせられる。原爆ドームと平和祈念像の前に立ったときのあの感覚をふいに思い出す。

僕が40年余りをともに過ごしてきた戦後の七十余年。こんな悲惨な戦争が二度と起こることのない平和な世界で行なわれるサッカー。多くの先輩方のおかげで今、このようにサッカーを人生の一部にして生きていくのが可能となったことを感謝しきれないほどだ。

せめて、毎年この期間だけでも”平和な世界でサッカーを”を考えることができれば、歴史は忘却の彼方に向かわない。サッカーができる幸せ、サッカーを見れる幸せ。戦争を知らない僕らがサッカーを通じて知る存在の意義を、噛み締めながら一日一日を大事に。

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第21節 北海道コンサドーレ札幌戦。

トライ・アンド・エラーには時間のかかるものとそうでないものがある。自分自身も若い頃から色々と挑戦して挑戦して挑戦するの繰り返しだったのでよく分かる。失敗とは駄目だった時ではなくチャレンジをやめる時なのだという言葉が、強く心に突き刺さる。

火曜日から始まるアジア大会サッカーの日本代表に舩木翔選手が選出されていたのを今思い出したり。男塾生だったら確実にシバカれるレベル。U-23でも左サイドやセットプレーにおいてかなり戦っているなと感じる時代のスター候補選手のひとりだと言うのに。

今シーズンは左サイドの鉄板、丸橋祐介選手の調子がすこぶる良いのではあるが、トップチームのレギュラー奪取へと近づくであろうアジアでの活躍を期待したいところ。そしてその実績を持ってこの偉大な先輩選手に挑戦していく姿を是非とも見てみたいのだ。

8月の北海道、ましてや札幌ドームという羨ましい環境(とは言え中は暑いのかもだが)。そう言えば北の地アウェイ、もう何年も行っていない気がする。記憶の限りだが2001年の降格が決まった時以来かも。その際に訪れた石原裕次郎記念館も、もうないらしい。

スルガ銀行チャンピオンシップと札幌戦で試していた3-4-2-1。結果的にはいくつかの問題を露呈したが、チャレンジという面で見るとシュート数でも明らかだし、ディフェンスも良い場面がいくつか見えた感がある。尹監督の判断は間違っていないと思いたい。

それにしても山口蛍選手、杉本健勇選手のコンディションが良くないのか、期待しているレベルに達していない気がする。取れるところで取れない。収まるところで収まらない。決められるところで決められない。彼らが戻ってこないとやはり勝ち負けは厳しい。

これで中断明けで7戦勝ち無しとなった。明けない夜はさすがに無いのだろうが、負け方、引き分け方が良くない今、危機感は常に持っておくべきだ。何度も書くのだが若い選手たちの挑戦、チャレンジを待ちたい。駄目でもともと。殻を破ってくる奴を待っている。

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※8月12日追記
舩木翔選手は怪我のため辞退した模様。

第20節 サガン鳥栖戦。

近所のファミリーマートがセルフレジを導入した。最近は朝から多い時に10人くらい並んでしまうこのコンビニエンスストアだったので少々困惑していたが、設置されたおかげでかなり便利になった。しかしモバイルTカードが使えない。なぜだか不思議ではある。

わざわざバッグからカードを出さなくてはならないし非常に面倒である。なにかの設定を行なえばモバイルで動くようになるのだろうかと模索する。それがなかなか見つからないのだ。新しいこと試し好きを自負しているにも関わらずこの体たらくはいただけない。

どういうきっかけで動くようになるかという問題は、我がクラブにも大いに感じているところだ。もしかすると昨年のような活動量をいつか取り戻せなくなるのではと感じざるを得ない鳥栖戦だった。勝てないときのオーラが半端ない。ゴールの臭いが全くしない。

僕自身もあまり良くないのだが、噛み合わせと言うか位置のずれた歯車をどのように修正するか。ほんのちょっとしたことなのだろうが直すのは非常に難しいなとは思う。何度も書いてはいるが、違う血というか何か起爆剤になる要素が必要のように感じている。

そういう意味でも若手選手の台頭を見たい。スルガ銀行チャンピオンシップに期待するものの、トップとU-23には紛れもない差があるのも事実。しかし若い子たちは伸びしろもある。厳しい状況だからこそ序列から飛び出す逸材を活かすチャンスでもあるはずだ。

話は戻すが前述のセルフレジ。GUなどに設置されている読み取り機がRFIDタグを利用しているのに対し、一品一品読み込む手間の不条理からか。店員さんがバーコード読むのと変わらないから使わないのだろうな多分。まあそれでも列に並ばなくてよいだけマシか。

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第19節 ヴィッセル神戸戦。

「チームとはなにか」を最近良く考える。サッカーでも仕事でもチームは生き物。Wikipediaを見ていると「和・仲間チーム」「仕組み・軍隊チーム」「精鋭・開発チーム」 「変幻・アメーバチーム」の4つタイプがあるらしい。我が軍はどこに位置するだろうか。

見ている限り子供のサッカーでも、ボールに群がるだけなんてことは少なくなった。逆に一部の会社や大人がそっちの方向に流れている気がする。出来ればメンバーが各々の能力を遺憾なく発揮し成果を生むチームでありたいが、一筋縄ではいかないのが柵なのだ。

またまた当日に前節の試合を見ることになった。12連戦の5戦目。ホームでのヴィッセル神戸との阪神ダービー(って呼び名で良かったんかな?)。アンドレスとルーカスが欠場のなかでのウィークデーマッチだったが、完売していた模様で凄い状況が映っていた。

よく引き分けたな、と感じる試合が続いているが神戸戦も然り。少しずつ選手は怪我から戻ってはきているが何とも言えない。大阪特有のむせ返るような暑さのせいだけじゃないと感じる。前にも書いたけど相手チームと比べて活動量が圧倒的に少ない気がする。

とは言え普通に歩いているだけでもとてつもない状況。ましてや10km近く走ることを考えたら致し方ないところも多い。サッカーだから個の能力は確かに必要。だが個の能力だけではままならないことも多い。こういう時こそチーム力が試されるのだろうと思う。

そして今日はフェルナンド(いるのかな?)。しばらく勝ちが無いので3ポイントが喉から手が出るほど欲しいお年頃ではあるが果たしてどうなるだろうか。鍵はサイド、チームでボールを奪う、そしてチームで得点を取る。要所要所のチーム力で勝ちたいものだ。

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子供向けイベントのハシゴは修行とも言う。

繰り返し言うことになって恐縮だが、いきなり走り出したり何かを振り回したりする予測不能な動きや、見たまんまのことを発言してしまう子供が大の苦手だ。そんな僕がまさかそっち系統のイベントのハシゴ修行になろうとは誰がいつどう想像しただろうか。

午前中。ロボットを使ったプログラミングイベントのスタッフとして。子供が意味もなく走り出す。お、おぅ・・・。まあ大人になっても走って転んでスーツが破けて「お母ちゃんに怒られるー」とか言ってる人もいたので、子供だからというわけではなさそう。

そんななかでなんとか頑張ってお助けしようと頑張ってはみたものの、いろいろとなんちゃらオーラでも醸し出しているのか上手く噛み合わない。だが、子供とコミュニケーションが取れないわけではない。ゴール裏などでは一緒に応援していたわけなのだから。

午後は場所を東京ビッグサイトに移してMaker Faire Tokyoというものづくりのイベントを見学してきた。このMaker Faire、まさに子供のための催しといっても過言ではないが、新しい取り組みや面白い試みをしている団体を見るために、ここ数年は通い続けている。

昨年は鹿島アントラーズとKDDIのコラボによるサポーター向けのIoT(モノのインターネット)グッズが展示されていた。サッカー関連を見つけられなかったのだが、例年同様多くの団体のロボットやセンサで社会を変えようとする思いが素晴らしいと感じた。

そしてこのMaker Faireも例にもれず子供、子供、子供。どこまでいっても子供。風船バットを振り回す子供。なぜかいきなり走り出す子供。思ったこと感じたことを叫けぶ子供。なんとかそんな大量の子供たちのなかで僕は気持ちを整える。理解しようとする。

勘違いしてほしくないのだが、子供が「嫌い」なのではなく「苦手」なのだ。予測不能な動きや見たまんまを叫ぶ子供が苦手なのだ。朝のお勤め終了後、ユニフォームを着替えていた。たまたま見てしまった子供が僕にこう叫んだ。「あの人、気持ち悪いー」。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

固定概念を取っ払えるか。

ヴィッセル神戸戦はまだ見ていない。というか週末まで見れない。というか土曜も仕事入っていて見れない。日曜日にはもう試合が待っている。という悪循環をなんとか断ち切りたいが、頭が固いせいか抜け出すアイデアを絞り出せなくてなかなか苦労している。

どっかのホラーの映画監督が「・・・出すんじゃない、出るんだよ!」と言っていたが、やはり自然にアイデアが出てくるようになりたいものである。しかしながらこの固定した概念という化物を退治するだけの道具を持ち合わせていない。斧も置かれていない。
ここ一ヶ月で二度行なったレゴシリアスプレイのファシリテーター。一度目は来年社会人になるであろう方々向け。初対面の方が多いだけにアイスブレークの要素が非常に高すぎたのかもしれない。とは言えそこも含めて楽しんでいただけたかなとも感じている。
その次は、二十代前半から天命を知る五十代の方まで幅広い年齢層かつ男女混合でのレゴシリアスプレイとなった。生きてきた環境も働き方もまるで違う方々同士が、レゴを触ることで少しずつ相互理解を得て共同作業を行ない、アウトプットを出していく過程。
頭の中にある固定概念。まずはそれを取っ払ってレゴだけに向き合い、童心に帰った気持ちで創るレゴ作品の価値に重きを置く。皆がひとりひとり出したそのアイデアを認め、自分のアイデアと融合させていくというプロセス。ひたすらに手を動かすからこそ。
自分自身も凝り固まった頭をレゴで柔らかくしながら毎日の生活や仕事を更に円滑に充実したものにしていきたいと感じる。だからこそ子供の想像力を見習わなければと思う。でなければこのような産物は出てこない。「くまのプーさん」。言い得て妙、である。
子供、恐るべし(だから苦手、とも言う)。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第18節 ベガルタ仙台戦。

ストーリーを創るというのは実に難しい。先週末、今日行なう予定のレゴシリアスプレイ、そのドキュメントづくりに奔走していた。どうやってみても流れとかストーリーに脈絡が感じられない。自分でそうなのだから実際受講者はもっと思ってしまうだろう。

このストーリーという言葉から物語っぽい試合をイメージする。よく耳にする”勝ちに不思議の勝ちあり負けに不思議の負けなし”。江戸中後期の肥前平戸藩主、松浦静山(まつらせいざん)の発言で野村克也氏も語るこの名言。ピタッときてしまう仙台戦であった。

引き分けだったからどうなんだよとクレームが来そうだが、昨日の展開だけを見ていると勝てる要素はほぼほぼ無かった。そんな状況下で引き分けることができた。この勝ち点1は勝利に等しいと言っても過言では無いと感じている。絶対にあとで効いてくるはず。

フォーメーションのミスマッチとか言われてもピンとくることがないが、見ている限りでは活動量(運動量ではなくあくまでも)の乏しさがここ数試合続いているし集中力も無い。普通に考えて最後の笛を聴く瞬間は負けを想像したが、結果そうならなかった。

スポーツというものは筋書きのないドラマだと言ってしまえばそれまでだが、ストーリー的には結末が最後まで分からない推理小説みたいなものにどこか似ている。ラストシーンで解決に導くヒーロー。今回は丸橋祐介選手だったがこういうのは正直心臓に悪い。

Jリーグはそんなに甘くはない。甘くはないのだが、できればセレッソ大阪のサッカーだけは安定した試合を期待したいのだ。どっちに転んだとしても最後のどんでん返しはもう勘弁願いたい。しかしながら、ストーリーは突然に。ラブがあろうとなかろうと、だ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「口に入りゃ何でもええ」からの脱却。

食にこだわりの無い僕が言うのもなんだが食べ物には気を使ったほうがいい。若い頃は「口に入りゃ何でもええ」という感じで生きていたが、歳を取るにつれて量より質に変わってきてもいる。それでもまだまだ雑食で、なんか出てきたら食べるといった具合だ。

昨年11月に開催されてから8ヶ月。ALL ATHLETE DINNERに参加するため八芳園へと足を運んだ。スポーツと自然食がメインであるこのディナーイベントは、今回より「SDG's」というキーワードが追加され、より現代社会の課題に目を向けたものになっていた。

SDG'sについては最近特に学ぶことが多い。今やIT界隈のコミュニティやイベントでもこのキーワードが溢れており注目はしてきた。17のテーマをもとに継続可能な開発目標を考える。どこをとっても「口に入りゃ何でもええ」では駄目なことに気付かされる毎日。

幸か不幸か人見知りの性格により人と交わることが苦手なのである。特にこんな大きな会場に多くの方が集まると、気後れしてしまうというか心が折れる。と思っていたら、隣の席の女性は本当にひとりで来ていた様子。色々と話して、改めて一期一会を感じる。

セレッソ大阪とも関わりのあるアスリートの方々をアミーゴに紹介いただいた。以前からお会いしたかった方々と挨拶することができた。様々な考えやこれからのこと、何か一緒に出来ないかと大いに盛り上がった。緊張度は変わらないがなんとなく心が落ち着く。

社会の一員として何ができるか何をやらないといけないか、なんて大きなことをほざいているだけでは駄目だなとこのような場所に来るといつも考えてさせられる。愛すべき仲間とともに前に進み、自分のできることをコツコツと前向きに取り組みたいと感じた。

そして、今日登壇されていた方々、料理を作ってくれたシェフの方々、周りにいた多くの方々を見て学ぶ。僕の仕事も「口に入りゃ何でもええ」だけでなく、社会と向き合い真剣にここを生きなきゃという思いが沸々と湧いてくる。色々と考えていきたいと思う。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

小旅行。今日という日をさりげなく祝う。

昨日。とある仕事の関係で虎ノ門ヒルズまで行くことになった。都営地下鉄大江戸線青山一丁目駅で東京メトロ銀座線に乗り換えようと半蔵門線ホームまで上がったところで、ウロウロキョロキョロした外国人(アジアの方とお見受けする)の姿が遠くに見えた。

距離もあったので誰かが対応するかなと思いそのまま素通りしたが、気になって後ろを振り返ってみるとまだウロウロキョロキョロ。目が合った。彼が僕のところに近づいてくる。虎ノ門駅に行きたいのだが今がどこに居るのかがよく分からないとのことだった。

ところで僕は英語が喋れない。大抵「◯◯◯って英語ではなんだったっけ」と考えてしまい時間もかかってしまう。でも良いじゃないか。旅の恥は掻き捨て。日本語だってまともに話せてないんだから。英語だけ出来ないなんて考えるほうがおこがましい限りだ。

ちょうど同じ駅まで行くので「一緒に行こう」ということになり、ミニトリップが始まった。話を聞いてみるとマレーシア人らしい。奇遇にも虎ノ門ヒルズに向かうらしい。そこで友達と待ち合わせらしい。何回か日本に来たが東京の鉄道は難しい、などなど。

「君はマレーシアには来たことがあるのか?」と聞かれ「行ったことある、1997年のジョホールバルに行った」と返す。「今年の日本は特に暑いよ」と言うと「マレーシアも暑いんだよ」と返ってくる。そんな話をしていたらあっという間に虎ノ門ヒルズに到着。

「僕の名前はジェイだ、本当に助かったよ、ありがとう」「僕はマサヒロ、いやこちらこそ楽しかったよ」とシェイクハンドして別れる。なんてことはないこのミニトリップ。2020年に向けて多くのこんな小旅行が多くなると感じる。楽し過ぎて仕方がないのだ。

「一期一会」。何気ない日常に出会いがあるだけで一日を清々しい気持ちで過ごすことができる。帰りに近くの愛宕神社に寄る。出世の階段を久々に昇る。桜田烈士の碑を見る。二度と来ない今日という日をさりげなく祝う。生きるとはなんて楽しいのだろう。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第14節 鹿島アントラーズ戦。

手術以降、裂けたらどうしようかと思い悩み控えていた夜の腹筋活動を、二ヶ月ぶりに昨日ようやく再開した。どのような環境、生活スタイルだろうが怪我明けの運動はやはり怖さが残る。サッカー選手を代表するスポーツアスリートの勇気に脱帽する毎日。

夏場になると暑さもあってかところどころで怪我をする可能性が非常に高くなると感じるし、昨晩もそのようなシーンを数度見ることになった。相手チームながら大事に至らなければよいなと思うと同時に、どんなプレイにも常に危険が存在することを知る。

とはいえどんな世界でも、怪我を恐れて最後の最後まで足を出せない、走り切れない、飛び出せないだと多分一流(いや超一流か)にはなれない。これは自分への戒めでもあるだろう。昨日の試合を見ていて両クラブ選手のその強さの違いに気づいたのだった。

強さとは、高さとか上手さとか速さとかだけでなく、相手の急所を突くことや時にはリスクを侵すというギリギリのところの踏ん張りなのだろうなとこの試合を見て大いに感じた。その差を埋めない限りはたまに勝つことは出来ても常勝できるはずはないな。

さて腹筋。まだまだやれそうな気はするが自分で限界を決めてバイアスかけている感があるか。規定回数超えると傷口がヤバイとかそう思っている限りは僕も弱き子羊。たかが腹筋されど腹筋。徐々には増やそうと思う、リスクを(だから腹筋のじゃなくて!)。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

横の関係で生きていく。

変わらず今も同じ環境なのだろうとは思っているが、あの頃のゴール裏も中高生や小学生、もっと小さな少年少女たちで溢れていた。どうも大人という生き物は柵や好き嫌いに感情を左右されるが、いつの時代も子供たちの心というものは実にシンプルなのだ。

その頃の少年たちが今、様々なところで活躍しているのを見て本当に感慨深い。別に上から目線で偉そうなことをいうつもりはサラサラ無いのだが、嬉しい感情と共に、自分ももっと頑張らなければとつい思わされてしまうのだ。とても清々しい気持ちになる。

当時はまだ若かった僕個人も含めて我らの多くは、社会というものをスタジアムで学んだのではないだろうか。老若男女ただサッカーが好きセレッソ大阪が好きというだけでつながった縁。その中で生きられることに感謝しているのが本音なのかもしれない。

なんてことはないシンプルな縁は、セレッソ大阪がある限り続いていく。年齢を重ね経験を積み生きている限りそれは続くのではないか、と考えてしまう。そしてその思考はまさに、アドラー心理学で言うところの「横の関係」ではなかろうかと思えてくる。

そんな横の関係が僕は好きだ。柵や好き嫌いに左右されず、ただひたすらにセレッソ大阪が存在することの喜び、セレッソ大阪を愛する人と接することの喜び、そして同じ目標に向かって道をひとつにすることの喜び。僕はその喜びに囲まれて今を生きていく。

アドラー心理学をこの方から知ることによって自分自身でも幅が広がった感がある。セレッソ大阪がつなぐシンプルな縁を、受け売りの素人である僕が言ったところで説得力が皆無なのは分かっているが、そう思える気持ちだけは決して間違いで無い気はする。

繰り返しこの書籍を手に取ってしまう。聴いてしまう。そんな魔力がこの本にはある。何度も「うんうん」と頷いてしまう。とはいえ再度理解し、忘れ、また読む。何とも双六のようだ。でも横に友がいるから良いじゃないか。たとえふりだしに戻ったとしても。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第17節 浦和レッズ戦。

J1も折り返しまであと一試合となった第17節。スタジアムで観戦しない記録がここまで伸びるとは正直思ってもみなかったわけだが、いっそのこと今シーズン未観戦達成などという不名誉を味わってみるのも悪くないのでは、と思い始めている自分がいる。

とは言うものの後半戦で既に観戦を予定している試合がいくつかあり、恥ずかしい記録だけはなんとか免れそうだ。直近で決まっていそうなのは8月末。スタジアムでお会いすることがあればと思うが、あまりの暑さに不機嫌な姿をお見せしたら申し訳ない。
そんな暑い夏のJリーグ。試合への負担もかなり多そうだ。それは試合終了後の両クラブ選手のヘタリ具合から見てもよく分かった。日本各地で夏祭りまでもが中止になったりするなか、大阪特有の夏の蒸し暑さのなか、本当に最後まで走り切ったなと思う。

試合を通じて、両クラブのサポーターとももの凄いチャントが聞こえた。本当に選手とともに戦っている感が出て良い試合だった。前半はセレッソ大阪、後半は浦和レッズという構図は見ての通りだが、最後の最後まで攻め続けたのは次に繋がる気がする。
ひとつ。福満隆貴選手の動きが悪くなった瞬間、彼の足を今一度出させられるチャントをがあればどういった展開にだったろうかと考えてみた。サポーターもいっぱいいっぱいだったのだろうなと推測しながらも、もう一声を求めたい。彼なら行けたはず。

選手たちは限界まで走ってもなお、サポーターの声に勇気づけられている。音量、音質、よりもタイミングだと僕は思う。心に届くチャントは、心から脳へ、心から目へ、心から足へと伝わっていく。チャントはそんなふうに試合を作っていくのだと思う。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP