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右利き社会の「左利きの日」。レフティを堪能せよ。

夢の中までどうかは分からないが生まれたときから左利きだった。子供の頃に得したことがあったかなんて憶えちゃいないが、格好いいだろ〜とスギちゃん張りだったのだけは思い出せる。しかし大人になってからはサウスポーというものが役に立たないと感じる。

今の状況はというと字を書くのとマウス以外はほぼ左手で行なう。確か幼少期に書く行為だけは矯正された覚えがある。ひらがななどを書いてみるとまるっきり逆向きになっていたらしい。こりゃ駄目だと両親が懸命に書き手を直させたと大人になってから聞いた。

8月13日は「左利きの日」だったのだ。そんな記念日があるのだよな・・・と毎年思う。とは言えこれは世界(特にイギリス?)に限った話だそうで日本は2月10日なんだとか。まあどっちでも良いのだがそれほど左利きが素晴らしいわけでもなく意識すらしていない。

聞くところでは左利きは世界で1/10の確率だそう。そんな幸運に恵まれて生まれてきたことに感謝したいのではあるが、この世は右利き社会なのだ。ハサミも包丁も10本に一本。改札も何もかもが僕の生活を少々苦しめる。しかしだ。一生一緒にいてくれや、なのだ。

ただし、スポーツの世界では重宝されるケースは多い。日本代表で必ず降って湧いてでる左サイドバック問題はネイティブレフティ(左利き)が良い、って話など。社会ではあまり優位ではない左利きも、一部のスポーツでは貴重な存在であるともいえるわけだ。

セレッソ大阪にも多くの左利きの選手が在籍した。今なら丸橋祐介選手ということだろう。このレフティが我がクラブにとってどれだけ大事なものなのかを改めて感じる今シーズン。彼の左足を見るだけでお腹いっぱいになるはず。ぜひスタジアムで見てほしいな。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

健康管理は◯◯じゃないとできない。

長生きしたい衝動が特にあるわけでもないのだが、ここ数年は体調管理に気を遣うようにしている。世も健康ブームだ。しかしながら辛いランニングなんてしたくないし、せめて歩くことと自分自身の身体の心配くらいは行なっておこうかと、かれこれ数年は経つ。

インドア派の僕としては外出が苦手ではあるのだが幸いにもうちには黒い犬が存在する。暑がりの寒がりな犬種なのでこの時期はなかなか散歩にも行けない(この前お医者さんからも止められた)のだが、行った時にはしっかりと歩数を稼いでカロリーを消費する。

更に、毎日体重を測り毎日血圧を測り毎日体温を測る。最近は左手首にApple Watch右手首にはWithingsを巻いて常にデータを取得する。もちろん布団の中でも添い寝。睡眠状況をロギングする。全ての情報はAppleのヘルスケアアプリで一元化して管理を行なっている。

寝る前には必ずストレッチと腹筋を行なう。腹筋アプリ(女性用らしい)を起動させお腹の上にセットして規定時間の回数を測る。そのあとストレッチアプリの先生に教わりながらじっくりと身体を労る。これらのデータは回数と共にGoogleカレンダーに記録する。

そして朝昼晩と食べたものは全て食事アプリで入力。カロリー計算したデータも前述の通り情報としてヘルスケアに自動送信。食べたものと翌朝の体重を対比し、どんなものを食すればどの程度の増減を生み出すのかを把握しておくだけでかなり違いが見えてくる。

コーヒー(カフェインの量)や水分量も都度都度登録するようにしている。僕は甘い飲み物が好きなのでジョブズの言う砂糖水や身体に悪そうなカフェオレっぽいのをついつい大量に飲んでしまう。制限を徹底するためにデータと分析が必要であると感じてしまう。

更にマインドフルネス。Apple Watchを利用しマインドを整える。自分の呼吸に集中し短時間でも周りの雑念を取り除いてみると、見える景色がどこか変わってくる気がする。これもGoogleカレンダーのゴール機能が毎日毎日空いている時間に案内してくれているのだ。

「ストイックですよね」とよく言われるが、それほど何かにこだわっているわけでもなく、ただ単に継続することができているだけだと思う。これはストイックなどというよりもどちらかというと◯◯に近いのかもしれない。言葉の想像はそれぞれの方に委ねる。

NEVER STOP,NE…

平和への願いと僅かばかりの貢献と。そんな一日でいいのだ。

人それぞれ東京に何かの思いを持っているのではないだろうか。僕の場合はこうだ。大阪に居たときからずっと憧れていた行きたかった場所。それが正月に行なわれる皇居一般参賀、新日本プロレス東京ドーム大会、そして靖國神社への参拝。今年も相も変わらず。

今日仕事を始める前の時間。平成最後となる8月15日終戦記念日の参拝。戦後73年という重みを感じながら九段下駅から歩き大鳥居をくぐる。暑さ対策で水もまかれている。8時だというのにもう多くの方々の姿がある。関心度が高い。あえて日向を選んで歩いてみる。

大村益次郎像付近に男女のグループがいる。近年、若い方々の参拝も多くなっていると聞く。どのようなきっかけなのかは知りえないのだが現に見ていてそう思う。「厳かな場所なので騒がないように」と話す代表らしき人物。この場所では確かにそう感じるだろう。

反面、遺族の方々の高齢化も懸念されていると聞く。そういう意味でも伝えることの大事さが必要になってくる。忘れ去られることは無いとしても時とともに少しずつ風化していってしまうのが世の常というもの。だからこそ毎年この時期に訪れてしまうのだろう。

そしてそんな速すぎる時代の流れの中で僅かでも平和への貢献ができているのだろうかと自分自身を問う日にもなっている。SNSでも同様のことを書いている方が多くいたりして、ひとりひとりの心の中に平和への願いが詰まっているのだなと改めて考えさせられる。

体質的なものなのか「インタビューさせてもらえますか?」と聞かれる。全て断る。九段下駅まで来た道を僕は戻る。夏の太陽のおかげでどっぷりかいた汗を駅ナカのエアコンが乾かしてくれる。こんなほんの小さな幸せも先人に感謝する。そんな一日でいいのだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

お盆休みは不思議がいっぱい。

世はお盆休みである。仕事で伺う機会があったので朝8時くらいから秋葉原にいたが、そこにはかなりの人。前日に行なわれたコミケからの流れかもしれない。この時間にもかかわらずただただ長蛇の列を作ったりしている。待つのが苦手な僕にはとても難しそうだ。

イベントに参加後、炎天下の街を歩く。相変わらず人だかりができていたり、お昼に近づいているせいかメイドカフェの案内が増えてくる。こんなおじさんにもビラの配布をしてくれる。真っ黒の衣装の彼女。太陽光を受けすぎて危険そうなのだが平然としている。

相変わらずの日本語オンリーの案内。よく似たアジアの方々ならまだしも明らかな欧米人のときには英語で伝えるのが必要だと感じる。しかしどこまでも頑な。これもひとつのジャパニーズスタイルだとするならば、文化を貫き通すのも選択肢のひとつだが、さて。

いろいろと考えながらアキバの街を歩く。何かGeekなものが無いかと店内を探してみるが、とてもじゃないが暑すぎて涼めやしない。「こんだけ汗かいているのって僕だけ?」と思えるくらいの尋常じゃない量の水分が蒸発して消えたが、一向に体重は減らない。

世の中はお盆休みである。家では黒い犬が何もない部屋の天井に向かって無性に吠えたりしている。犬は敏感な生き物。何かが降臨しているのかもしれない。そして何事も無かったかのように自分のベッドに戻っていく。やはりお盆は不思議なことが起きるものだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

サッカーができる幸せ、サッカーを見れる幸せ。存在の意義を考える。

東京に来て以来、毎年8月15日になると靖国神社に向かうようにしている。あの戦争について知っていること知らないことがまだまだ存在しているのだが、今年は知覧に行ったこともあり、より強い気持ちを持っている自分がここにいる。決して忘れてはいけないと。

以前、ブログでも書いたのだが、最近あの戦争について様々な書物や映画をよく見るようにしている。元来幕末期や明治維新が好きで主だっていたのだが、日露戦争から昭和初期にかけての歴史や文化、終戦に至るまでの道程や他国との関係性など非常に意味深い。

73年前の8月6日9日にふたつの街を襲った悲劇。頭の中から消えることはないが、残念ながら意識して思い浮かべるなどできていない気がしている。そんな終戦記念日まであと数日となった昨日。サンフレッチェ広島とV・ファーレン長崎の試合が広島で行なわれた。

この試合をアミーゴが「ピース・ダービー」と呼んでいた。呼び名がどうこうというわけではないのだが、この試合がこの時期に行なわれることの意義についてだけは改めて考えさせられる。原爆ドームと平和祈念像の前に立ったときのあの感覚をふいに思い出す。

僕が40年余りをともに過ごしてきた戦後の七十余年。こんな悲惨な戦争が二度と起こることのない平和な世界で行なわれるサッカー。多くの先輩方のおかげで今、このようにサッカーを人生の一部にして生きていくのが可能となったことを感謝しきれないほどだ。

せめて、毎年この期間だけでも”平和な世界でサッカーを”を考えることができれば、歴史は忘却の彼方に向かわない。サッカーができる幸せ、サッカーを見れる幸せ。戦争を知らない僕らがサッカーを通じて知る存在の意義を、噛み締めながら一日一日を大事に。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第21節 北海道コンサドーレ札幌戦。

トライ・アンド・エラーには時間のかかるものとそうでないものがある。自分自身も若い頃から色々と挑戦して挑戦して挑戦するの繰り返しだったのでよく分かる。失敗とは駄目だった時ではなくチャレンジをやめる時なのだという言葉が、強く心に突き刺さる。

火曜日から始まるアジア大会サッカーの日本代表に舩木翔選手が選出されていたのを今思い出したり。男塾生だったら確実にシバカれるレベル。U-23でも左サイドやセットプレーにおいてかなり戦っているなと感じる時代のスター候補選手のひとりだと言うのに。

今シーズンは左サイドの鉄板、丸橋祐介選手の調子がすこぶる良いのではあるが、トップチームのレギュラー奪取へと近づくであろうアジアでの活躍を期待したいところ。そしてその実績を持ってこの偉大な先輩選手に挑戦していく姿を是非とも見てみたいのだ。

8月の北海道、ましてや札幌ドームという羨ましい環境(とは言え中は暑いのかもだが)。そう言えば北の地アウェイ、もう何年も行っていない気がする。記憶の限りだが2001年の降格が決まった時以来かも。その際に訪れた石原裕次郎記念館も、もうないらしい。

スルガ銀行チャンピオンシップと札幌戦で試していた3-4-2-1。結果的にはいくつかの問題を露呈したが、チャレンジという面で見るとシュート数でも明らかだし、ディフェンスも良い場面がいくつか見えた感がある。尹監督の判断は間違っていないと思いたい。

それにしても山口蛍選手、杉本健勇選手のコンディションが良くないのか、期待しているレベルに達していない気がする。取れるところで取れない。収まるところで収まらない。決められるところで決められない。彼らが戻ってこないとやはり勝ち負けは厳しい。

これで中断明けで7戦勝ち無しとなった。明けない夜はさすがに無いのだろうが、負け方、引き分け方が良くない今、危機感は常に持っておくべきだ。何度も書くのだが若い選手たちの挑戦、チャレンジを待ちたい。駄目でもともと。殻を破ってくる奴を待っている。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※8月12日追記
舩木翔選手は怪我のため辞退した模様。

第20節 サガン鳥栖戦。

近所のファミリーマートがセルフレジを導入した。最近は朝から多い時に10人くらい並んでしまうこのコンビニエンスストアだったので少々困惑していたが、設置されたおかげでかなり便利になった。しかしモバイルTカードが使えない。なぜだか不思議ではある。

わざわざバッグからカードを出さなくてはならないし非常に面倒である。なにかの設定を行なえばモバイルで動くようになるのだろうかと模索する。それがなかなか見つからないのだ。新しいこと試し好きを自負しているにも関わらずこの体たらくはいただけない。

どういうきっかけで動くようになるかという問題は、我がクラブにも大いに感じているところだ。もしかすると昨年のような活動量をいつか取り戻せなくなるのではと感じざるを得ない鳥栖戦だった。勝てないときのオーラが半端ない。ゴールの臭いが全くしない。

僕自身もあまり良くないのだが、噛み合わせと言うか位置のずれた歯車をどのように修正するか。ほんのちょっとしたことなのだろうが直すのは非常に難しいなとは思う。何度も書いてはいるが、違う血というか何か起爆剤になる要素が必要のように感じている。

そういう意味でも若手選手の台頭を見たい。スルガ銀行チャンピオンシップに期待するものの、トップとU-23には紛れもない差があるのも事実。しかし若い子たちは伸びしろもある。厳しい状況だからこそ序列から飛び出す逸材を活かすチャンスでもあるはずだ。

話は戻すが前述のセルフレジ。GUなどに設置されている読み取り機がRFIDタグを利用しているのに対し、一品一品読み込む手間の不条理からか。店員さんがバーコード読むのと変わらないから使わないのだろうな多分。まあそれでも列に並ばなくてよいだけマシか。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第19節 ヴィッセル神戸戦。

「チームとはなにか」を最近良く考える。サッカーでも仕事でもチームは生き物。Wikipediaを見ていると「和・仲間チーム」「仕組み・軍隊チーム」「精鋭・開発チーム」 「変幻・アメーバチーム」の4つタイプがあるらしい。我が軍はどこに位置するだろうか。

見ている限り子供のサッカーでも、ボールに群がるだけなんてことは少なくなった。逆に一部の会社や大人がそっちの方向に流れている気がする。出来ればメンバーが各々の能力を遺憾なく発揮し成果を生むチームでありたいが、一筋縄ではいかないのが柵なのだ。

またまた当日に前節の試合を見ることになった。12連戦の5戦目。ホームでのヴィッセル神戸との阪神ダービー(って呼び名で良かったんかな?)。アンドレスとルーカスが欠場のなかでのウィークデーマッチだったが、完売していた模様で凄い状況が映っていた。

よく引き分けたな、と感じる試合が続いているが神戸戦も然り。少しずつ選手は怪我から戻ってはきているが何とも言えない。大阪特有のむせ返るような暑さのせいだけじゃないと感じる。前にも書いたけど相手チームと比べて活動量が圧倒的に少ない気がする。

とは言え普通に歩いているだけでもとてつもない状況。ましてや10km近く走ることを考えたら致し方ないところも多い。サッカーだから個の能力は確かに必要。だが個の能力だけではままならないことも多い。こういう時こそチーム力が試されるのだろうと思う。

そして今日はフェルナンド(いるのかな?)。しばらく勝ちが無いので3ポイントが喉から手が出るほど欲しいお年頃ではあるが果たしてどうなるだろうか。鍵はサイド、チームでボールを奪う、そしてチームで得点を取る。要所要所のチーム力で勝ちたいものだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

子供向けイベントのハシゴは修行とも言う。

繰り返し言うことになって恐縮だが、いきなり走り出したり何かを振り回したりする予測不能な動きや、見たまんまのことを発言してしまう子供が大の苦手だ。そんな僕がまさかそっち系統のイベントのハシゴ修行になろうとは誰がいつどう想像しただろうか。

午前中。ロボットを使ったプログラミングイベントのスタッフとして。子供が意味もなく走り出す。お、おぅ・・・。まあ大人になっても走って転んでスーツが破けて「お母ちゃんに怒られるー」とか言ってる人もいたので、子供だからというわけではなさそう。

そんななかでなんとか頑張ってお助けしようと頑張ってはみたものの、いろいろとなんちゃらオーラでも醸し出しているのか上手く噛み合わない。だが、子供とコミュニケーションが取れないわけではない。ゴール裏などでは一緒に応援していたわけなのだから。

午後は場所を東京ビッグサイトに移してMaker Faire Tokyoというものづくりのイベントを見学してきた。このMaker Faire、まさに子供のための催しといっても過言ではないが、新しい取り組みや面白い試みをしている団体を見るために、ここ数年は通い続けている。

昨年は鹿島アントラーズとKDDIのコラボによるサポーター向けのIoT(モノのインターネット)グッズが展示されていた。サッカー関連を見つけられなかったのだが、例年同様多くの団体のロボットやセンサで社会を変えようとする思いが素晴らしいと感じた。

そしてこのMaker Faireも例にもれず子供、子供、子供。どこまでいっても子供。風船バットを振り回す子供。なぜかいきなり走り出す子供。思ったこと感じたことを叫けぶ子供。なんとかそんな大量の子供たちのなかで僕は気持ちを整える。理解しようとする。

勘違いしてほしくないのだが、子供が「嫌い」なのではなく「苦手」なのだ。予測不能な動きや見たまんまを叫ぶ子供が苦手なのだ。朝のお勤め終了後、ユニフォームを着替えていた。たまたま見てしまった子供が僕にこう叫んだ。「あの人、気持ち悪いー」。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

固定概念を取っ払えるか。

ヴィッセル神戸戦はまだ見ていない。というか週末まで見れない。というか土曜も仕事入っていて見れない。日曜日にはもう試合が待っている。という悪循環をなんとか断ち切りたいが、頭が固いせいか抜け出すアイデアを絞り出せなくてなかなか苦労している。

どっかのホラーの映画監督が「・・・出すんじゃない、出るんだよ!」と言っていたが、やはり自然にアイデアが出てくるようになりたいものである。しかしながらこの固定した概念という化物を退治するだけの道具を持ち合わせていない。斧も置かれていない。
ここ一ヶ月で二度行なったレゴシリアスプレイのファシリテーター。一度目は来年社会人になるであろう方々向け。初対面の方が多いだけにアイスブレークの要素が非常に高すぎたのかもしれない。とは言えそこも含めて楽しんでいただけたかなとも感じている。
その次は、二十代前半から天命を知る五十代の方まで幅広い年齢層かつ男女混合でのレゴシリアスプレイとなった。生きてきた環境も働き方もまるで違う方々同士が、レゴを触ることで少しずつ相互理解を得て共同作業を行ない、アウトプットを出していく過程。
頭の中にある固定概念。まずはそれを取っ払ってレゴだけに向き合い、童心に帰った気持ちで創るレゴ作品の価値に重きを置く。皆がひとりひとり出したそのアイデアを認め、自分のアイデアと融合させていくというプロセス。ひたすらに手を動かすからこそ。
自分自身も凝り固まった頭をレゴで柔らかくしながら毎日の生活や仕事を更に円滑に充実したものにしていきたいと感じる。だからこそ子供の想像力を見習わなければと思う。でなければこのような産物は出てこない。「くまのプーさん」。言い得て妙、である。
子供、恐るべし(だから苦手、とも言う)。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第18節 ベガルタ仙台戦。

ストーリーを創るというのは実に難しい。先週末、今日行なう予定のレゴシリアスプレイ、そのドキュメントづくりに奔走していた。どうやってみても流れとかストーリーに脈絡が感じられない。自分でそうなのだから実際受講者はもっと思ってしまうだろう。

このストーリーという言葉から物語っぽい試合をイメージする。よく耳にする”勝ちに不思議の勝ちあり負けに不思議の負けなし”。江戸中後期の肥前平戸藩主、松浦静山(まつらせいざん)の発言で野村克也氏も語るこの名言。ピタッときてしまう仙台戦であった。

引き分けだったからどうなんだよとクレームが来そうだが、昨日の展開だけを見ていると勝てる要素はほぼほぼ無かった。そんな状況下で引き分けることができた。この勝ち点1は勝利に等しいと言っても過言では無いと感じている。絶対にあとで効いてくるはず。

フォーメーションのミスマッチとか言われてもピンとくることがないが、見ている限りでは活動量(運動量ではなくあくまでも)の乏しさがここ数試合続いているし集中力も無い。普通に考えて最後の笛を聴く瞬間は負けを想像したが、結果そうならなかった。

スポーツというものは筋書きのないドラマだと言ってしまえばそれまでだが、ストーリー的には結末が最後まで分からない推理小説みたいなものにどこか似ている。ラストシーンで解決に導くヒーロー。今回は丸橋祐介選手だったがこういうのは正直心臓に悪い。

Jリーグはそんなに甘くはない。甘くはないのだが、できればセレッソ大阪のサッカーだけは安定した試合を期待したいのだ。どっちに転んだとしても最後のどんでん返しはもう勘弁願いたい。しかしながら、ストーリーは突然に。ラブがあろうとなかろうと、だ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「口に入りゃ何でもええ」からの脱却。

食にこだわりの無い僕が言うのもなんだが食べ物には気を使ったほうがいい。若い頃は「口に入りゃ何でもええ」という感じで生きていたが、歳を取るにつれて量より質に変わってきてもいる。それでもまだまだ雑食で、なんか出てきたら食べるといった具合だ。

昨年11月に開催されてから8ヶ月。ALL ATHLETE DINNERに参加するため八芳園へと足を運んだ。スポーツと自然食がメインであるこのディナーイベントは、今回より「SDG's」というキーワードが追加され、より現代社会の課題に目を向けたものになっていた。

SDG'sについては最近特に学ぶことが多い。今やIT界隈のコミュニティやイベントでもこのキーワードが溢れており注目はしてきた。17のテーマをもとに継続可能な開発目標を考える。どこをとっても「口に入りゃ何でもええ」では駄目なことに気付かされる毎日。

幸か不幸か人見知りの性格により人と交わることが苦手なのである。特にこんな大きな会場に多くの方が集まると、気後れしてしまうというか心が折れる。と思っていたら、隣の席の女性は本当にひとりで来ていた様子。色々と話して、改めて一期一会を感じる。

セレッソ大阪とも関わりのあるアスリートの方々をアミーゴに紹介いただいた。以前からお会いしたかった方々と挨拶することができた。様々な考えやこれからのこと、何か一緒に出来ないかと大いに盛り上がった。緊張度は変わらないがなんとなく心が落ち着く。

社会の一員として何ができるか何をやらないといけないか、なんて大きなことをほざいているだけでは駄目だなとこのような場所に来るといつも考えてさせられる。愛すべき仲間とともに前に進み、自分のできることをコツコツと前向きに取り組みたいと感じた。

そして、今日登壇されていた方々、料理を作ってくれたシェフの方々、周りにいた多くの方々を見て学ぶ。僕の仕事も「口に入りゃ何でもええ」だけでなく、社会と向き合い真剣にここを生きなきゃという思いが沸々と湧いてくる。色々と考えていきたいと思う。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

小旅行。今日という日をさりげなく祝う。

昨日。とある仕事の関係で虎ノ門ヒルズまで行くことになった。都営地下鉄大江戸線青山一丁目駅で東京メトロ銀座線に乗り換えようと半蔵門線ホームまで上がったところで、ウロウロキョロキョロした外国人(アジアの方とお見受けする)の姿が遠くに見えた。

距離もあったので誰かが対応するかなと思いそのまま素通りしたが、気になって後ろを振り返ってみるとまだウロウロキョロキョロ。目が合った。彼が僕のところに近づいてくる。虎ノ門駅に行きたいのだが今がどこに居るのかがよく分からないとのことだった。

ところで僕は英語が喋れない。大抵「◯◯◯って英語ではなんだったっけ」と考えてしまい時間もかかってしまう。でも良いじゃないか。旅の恥は掻き捨て。日本語だってまともに話せてないんだから。英語だけ出来ないなんて考えるほうがおこがましい限りだ。

ちょうど同じ駅まで行くので「一緒に行こう」ということになり、ミニトリップが始まった。話を聞いてみるとマレーシア人らしい。奇遇にも虎ノ門ヒルズに向かうらしい。そこで友達と待ち合わせらしい。何回か日本に来たが東京の鉄道は難しい、などなど。

「君はマレーシアには来たことがあるのか?」と聞かれ「行ったことある、1997年のジョホールバルに行った」と返す。「今年の日本は特に暑いよ」と言うと「マレーシアも暑いんだよ」と返ってくる。そんな話をしていたらあっという間に虎ノ門ヒルズに到着。

「僕の名前はジェイだ、本当に助かったよ、ありがとう」「僕はマサヒロ、いやこちらこそ楽しかったよ」とシェイクハンドして別れる。なんてことはないこのミニトリップ。2020年に向けて多くのこんな小旅行が多くなると感じる。楽し過ぎて仕方がないのだ。

「一期一会」。何気ない日常に出会いがあるだけで一日を清々しい気持ちで過ごすことができる。帰りに近くの愛宕神社に寄る。出世の階段を久々に昇る。桜田烈士の碑を見る。二度と来ない今日という日をさりげなく祝う。生きるとはなんて楽しいのだろう。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第14節 鹿島アントラーズ戦。

手術以降、裂けたらどうしようかと思い悩み控えていた夜の腹筋活動を、二ヶ月ぶりに昨日ようやく再開した。どのような環境、生活スタイルだろうが怪我明けの運動はやはり怖さが残る。サッカー選手を代表するスポーツアスリートの勇気に脱帽する毎日。

夏場になると暑さもあってかところどころで怪我をする可能性が非常に高くなると感じるし、昨晩もそのようなシーンを数度見ることになった。相手チームながら大事に至らなければよいなと思うと同時に、どんなプレイにも常に危険が存在することを知る。

とはいえどんな世界でも、怪我を恐れて最後の最後まで足を出せない、走り切れない、飛び出せないだと多分一流(いや超一流か)にはなれない。これは自分への戒めでもあるだろう。昨日の試合を見ていて両クラブ選手のその強さの違いに気づいたのだった。

強さとは、高さとか上手さとか速さとかだけでなく、相手の急所を突くことや時にはリスクを侵すというギリギリのところの踏ん張りなのだろうなとこの試合を見て大いに感じた。その差を埋めない限りはたまに勝つことは出来ても常勝できるはずはないな。

さて腹筋。まだまだやれそうな気はするが自分で限界を決めてバイアスかけている感があるか。規定回数超えると傷口がヤバイとかそう思っている限りは僕も弱き子羊。たかが腹筋されど腹筋。徐々には増やそうと思う、リスクを(だから腹筋のじゃなくて!)。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

横の関係で生きていく。

変わらず今も同じ環境なのだろうとは思っているが、あの頃のゴール裏も中高生や小学生、もっと小さな少年少女たちで溢れていた。どうも大人という生き物は柵や好き嫌いに感情を左右されるが、いつの時代も子供たちの心というものは実にシンプルなのだ。

その頃の少年たちが今、様々なところで活躍しているのを見て本当に感慨深い。別に上から目線で偉そうなことをいうつもりはサラサラ無いのだが、嬉しい感情と共に、自分ももっと頑張らなければとつい思わされてしまうのだ。とても清々しい気持ちになる。

当時はまだ若かった僕個人も含めて我らの多くは、社会というものをスタジアムで学んだのではないだろうか。老若男女ただサッカーが好きセレッソ大阪が好きというだけでつながった縁。その中で生きられることに感謝しているのが本音なのかもしれない。

なんてことはないシンプルな縁は、セレッソ大阪がある限り続いていく。年齢を重ね経験を積み生きている限りそれは続くのではないか、と考えてしまう。そしてその思考はまさに、アドラー心理学で言うところの「横の関係」ではなかろうかと思えてくる。

そんな横の関係が僕は好きだ。柵や好き嫌いに左右されず、ただひたすらにセレッソ大阪が存在することの喜び、セレッソ大阪を愛する人と接することの喜び、そして同じ目標に向かって道をひとつにすることの喜び。僕はその喜びに囲まれて今を生きていく。

アドラー心理学をこの方から知ることによって自分自身でも幅が広がった感がある。セレッソ大阪がつなぐシンプルな縁を、受け売りの素人である僕が言ったところで説得力が皆無なのは分かっているが、そう思える気持ちだけは決して間違いで無い気はする。

繰り返しこの書籍を手に取ってしまう。聴いてしまう。そんな魔力がこの本にはある。何度も「うんうん」と頷いてしまう。とはいえ再度理解し、忘れ、また読む。何とも双六のようだ。でも横に友がいるから良いじゃないか。たとえふりだしに戻ったとしても。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第17節 浦和レッズ戦。

J1も折り返しまであと一試合となった第17節。スタジアムで観戦しない記録がここまで伸びるとは正直思ってもみなかったわけだが、いっそのこと今シーズン未観戦達成などという不名誉を味わってみるのも悪くないのでは、と思い始めている自分がいる。

とは言うものの後半戦で既に観戦を予定している試合がいくつかあり、恥ずかしい記録だけはなんとか免れそうだ。直近で決まっていそうなのは8月末。スタジアムでお会いすることがあればと思うが、あまりの暑さに不機嫌な姿をお見せしたら申し訳ない。
そんな暑い夏のJリーグ。試合への負担もかなり多そうだ。それは試合終了後の両クラブ選手のヘタリ具合から見てもよく分かった。日本各地で夏祭りまでもが中止になったりするなか、大阪特有の夏の蒸し暑さのなか、本当に最後まで走り切ったなと思う。

試合を通じて、両クラブのサポーターとももの凄いチャントが聞こえた。本当に選手とともに戦っている感が出て良い試合だった。前半はセレッソ大阪、後半は浦和レッズという構図は見ての通りだが、最後の最後まで攻め続けたのは次に繋がる気がする。
ひとつ。福満隆貴選手の動きが悪くなった瞬間、彼の足を今一度出させられるチャントをがあればどういった展開にだったろうかと考えてみた。サポーターもいっぱいいっぱいだったのだろうなと推測しながらも、もう一声を求めたい。彼なら行けたはず。

選手たちは限界まで走ってもなお、サポーターの声に勇気づけられている。音量、音質、よりもタイミングだと僕は思う。心に届くチャントは、心から脳へ、心から目へ、心から足へと伝わっていく。チャントはそんなふうに試合を作っていくのだと思う。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

映画「カメラを止めるな!」。あ、映画って良いな。

映画が好きで月に何本も観る。原則としてインドア派(これを家から出ないという)なのでBDやDVD、オンデマンド配信が多い。現状はアマゾンプライムビデオやNetflix。だんだん目も見えなくなってきたので、字幕は減らしてもっぱら国内映画多めでもある。

ときたま映画館にも行く。今も昔も映画館という場所に心地よさを感じる。多くの方と心ひとつ眼の前の何かを見つめる。これはサッカースタジアムに代表されるスポーツ観戦とどこか似ている。だからこそ共に愛してやまない存在であるのだなと感じている。

さてある日。相方から一本の映画を勧められる。その話を聴くと噂ではちょっとした伝説になっているらしい(ほぼ満席が続いているそうだ)。インディーズ映画としては異色の作品である。かなり面白い。「見なきゃ損だ」とまあ相当なべた褒め状況である。

ということもあり先日夜に渋谷ユーロスペースにて鑑賞してきた。予備知識全くなし状態だったのだが、これが面白い。前々から聞いていた映画史上に残る”37分ワンカット”を見て、「ほーなるほど」とか思う間もなく物語が進んでいく。うん確かに面白い。

個人的感想だけを述べるとするとインディーズだからこそできる出せる面白さなのだろうなとも感じる。リピートをあまりしない(僕がバック・トゥ・ザ・フューチャーやマトリックスを繰り返し見ていると怒る)相方が何度も何度も生き返る理由が分かる。

このような作品を見ていると「あ、映画って良いな」と素直に思える自分が出てちょっと恥ずくてちょっと嬉しい気がする。バンバン撃って思いっきり泣いて胃が痺れゾクッと興奮するだけではなく、素直に大声で笑える映画もまあ時には良いものだな、と。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第16節 清水エスパルス戦。

ワールドカップロスから立ち直る、とかいう感覚も無くすぐさまJ1リーグ(この呼び名には多少の抵抗感があるが)が再開した。40度を超えるような地域もあった日本列島で、しかもミッドウィークナイト。走り切ることが信条のセレッソ大阪は如何に。

と思って清水エスパルス戦を後半から見る。明らかに運動量で相手に劣り、決定機をなかなか作れず、時に来るチャンスをものにすることができない。これでは0-3は妥当としか言いようがない。交代含めて全体的に上手くいかなかったという感想でもある。

前々から思っている通りJ1リーグの実力に歴然とした差があるわけでもなく、たまたま勝っていて、たまたま4位にいて、たまたまたまたまがたまたま続いているだけであって(口を噛まないように)、違いを見せつけた試合なんてほんの僅かでしか無い。

そんな、たまたまの中で特別な能力を見せられるかどうかが、ネクスト日本代表への道だと思う。決定的な何か、を見せられる外国人が他のクラブには出てきたりするし、若い選手たちもかなり燃えているに違いない。さて一体セレッソ大阪はどうなのか。

個人的には十代から二十代前半の若者たちがもっとトップを脅かすようになってほしいと願っている。先のJ3東京戦のように暑さのなかで見せた走り切る力を発揮することができれば、何かのきっかけになるのではないかと考える。最近の若者は凄いから。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ワールドカップファイナルの日。

サッカーはリアルタイム観戦が良い。FC東京U-23との試合を見るために味の素フィールド西が丘に行ってきたが本当にそう感じた。あのうだるような暑さのなかで運動量を保つことが難しかったが、よく戦ったと思うしそれ以上に結果が出たのが嬉しい。

深夜に行なわれたワールドカップファイナルを見る。世間的に3試合連続の延長戦で勝ち上がったクロアチアへの肩入れが半端ない。タイムラインを見ていてもクロアチア勝利を願う投稿が軒並み。初優勝というムードが漂い始めていたここ数日だった。

個人的にもクロアチアという国に対する思い入れや感情がある。街が美しい。食事が美味い。サッカーを愛する方々が多い。大きな大会になると沢山の方がスタジアムへと足を運ぶ。そして何よりクロアチアにはアミーゴがいる。本当に愛すべき国だ。

結果的にはまだ早いと言われているのか、もう世界の強豪国に追いついているのかは正直なところ分からない。しかしながら、近い将来にジュール・リメ・トロフィーを掲げる姿を見ることになるやもしれないという、そんな可能性を感じた試合だった。

1998年に初出場してからの20年。クロアチアと日本は共にこのワールドカップという舞台で成長してきた。この両国が歩みを止めることは決してないだろう。どちらが先に世界一の称号を手に入れられるか。その瞬間まで生きていることが出来るだろうか。

勝っても負けてもリアルタイムでアミーゴにメッセージを送りたいと思ってはいたものの優男の粋な台詞が見つからない。そのまま眠りに落ちることとなった昨晩。今更ながらもう一度脳内で言葉を駆け巡らせるが、全く出てこない。まあそんな日もある。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

SUPER DOBRO!と今ここに叫ぶ。

最近、ほぼ毎日同じ格好で仕事をしている。周りの人から「イバさん、またおんなじ服やでえ」と思われても言われても一向に気にしない。それくらいその日の服装を決めるのが面倒なB型人間。それが愛すべき自分自身だということに気づき始めている。

昨晩の疲れもそこそこに3時前に目を覚ました。前日のセミファイナルはリアルタイムで見ることが出来なかったが、この戦いだけは見逃してはいけないなと身体が感じたのだろうか。クロアチア代表がワールドカップ決勝に進めるかどうかの大事な試合を。

それにしても本当にすごい試合だった。両チームの気迫が凄まじく、まさに魂の戦いだった。改めてこれがワールドカップなんだなと感じると同時に、16年間ものあいだ大きく関わってきたクロアチアがファイナルに進出したことを本当に嬉しく思っている。

決勝トーナメントに入ってから三試合連続の延長戦。フランス戦は一体どうなるのだろうか、と疲労困憊の選手の姿を見ながら少し不安に感じた。しかしこれ以上考えても仕方がない。初優勝に向けて応援するのみ。今僕らがやれることはそれだけだろう。

タイムラインがクロアチアへの祝福で埋まっている。決勝戦までの時間を楽しみながら、そして1998年のあの試合を懐かしみながら、2002年からのCBJAPANの活動を思い出しながら、この余韻を僕は味わうのだ。そしてSUPER DOBRO!と今ここに叫ぶのだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


心の支え、その一助に。

西日本を中心にかなりの被害が出ている。アミーゴの無事を知り安堵しているが亡くなった方も多数。とても心が痛む。この先も大変な状況であることは変わらないが、これ以上の犠牲が無いようにと、少しでも早く日常が戻ってくるようにと祈りたい。

サッカーが、被害を受けた方々の心の支えの一助になるかどうかは分からないが、本当に熱い試合を繰り広げているワールドカップ。中でも僕の人生に大きく関わっているクロアチアが勝ち上がっていることを何と表現すれば良いのか分からない僕の思考。

1998年。日本とクロアチアはフランスで対戦した。2002年日韓ワールドカップ。クロアチアはメキシコ、イタリア、エクアドルと日本で戦った。アミーゴが取ってくれたチケットを片手に新潟まで見に行った。イタリア戦の勝利も鮮明に頭の中で憶えている。

そして、開催が無かったにも関わらず、大阪にも多くのサポーターが来訪してくれたのだ。彼らとフットサルで楽しみパーティ語らい歌い楽しい夜を過ごした。本当に良き思い出として今も心に存在する。言葉は通じなかったが心が通うとはこういうことか。

そんな折、フェイスブックのタイムラインで一枚のフォトが目に入ってきた。あの新潟。皆で撮ったあの写真。何故か目頭が熱くなった。16年前のあの日、あの気持ちが蘇る。スポーツってワールドカップって心の支えの一助になり得るのだという感情。

改めてではあるが今起こっている被害に向けてサッカーが意味を持つものか正直言って僕には分からない。だけど寄り添うための肩や腕や手の、ほんの少しの代わりになり得るかもしれないとも感じる。多くの方の心の支え、その一助になっていると嬉しい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「そんなんできひんやん普通」。いや、できます。

まだまだ日本代表のワールドカップは続いている。賞賛、批判、悲喜交交である。素人の身で普通に気になってしまうもの。最後の失点シーン、山口蛍選手のポジショニングについての是非。プロの方々でも意見が分かれるこのプレーの結論は、如何に。

同時に話題になったベルギー戦後のロッカールーム。個人的には「いつもこんな感じやろー普通」と思ったが、世界から見たら「日本半端ないって、あいつ半端ないって、試合後のロッカールームめっちゃ綺麗もん、そんなんできひんやん普通」なのか。

「そんなんできひんやん普通」。いや、できます。使ったら片す。常に誰かから教えてもらってきたこと。普通で考えれば常識だが美化される。スタジアムのゴミ拾いも同様かと感じる。このようなことを普通にサラッと出来てしまうのも日本の良さだ。

ときにはそうじゃない人がいることも否定はできないが、日本の大半の方はそんなのは普通だと思っている。僕はそんな日本の文化が大好きだ。それが日本の持つ誇るべき力なのかなと考えてしまうのは、果たして、正しいだろうか正しくないだろうか。

普通のことを普通に行なえてしまう日本。だから、世界の普通も取り込んじゃえ。ワールドカップが終わったら、普通に次は自国のリーグにのめり込んでいく。これがグローバルスタンダード。25年間僕らが学び続けたフットボールのありかたなのだろう。

僕らには世界に誇れるリーグがある。我らのリーグから選ばれロシアで戦った選手たちが、4試合で得た経験を必ずこの先の普通に変えていける選手たちが帰ってくる。気持ちが高ぶらないはずがない。さあ世界の次は普通の日常へ。さあ準備始めよう。

Jリーグ

(とはいえファイナルまではワールドカップも楽しみましょう!)

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ベルギー代表戦。認めようじゃないか。

悔しさを認めようじゃないか。虚しさを認めようじゃないか。世界との差を認めようじゃないか。上手さと強さの違いを認めようじゃないか。決めきることの大事さを認めようじゃないか。勝負の世界には勝者と敗者がいることを認めようじゃないか。

そして僕らの力不足を認めようじゃないか。何かが足りていないってことを認めようじゃないか。まだまだ伸びると認めようじゃないか。その素直さが僕ら日本の良さなのだと認めようじゃないか。それこそが日本の心意気なのだと認めようじゃないか。

いつでも、僕らは乗り越えてきたじゃないか。フランスでも自国開催でもドイツでも南アフリカでもブラジルでも、そしてもちろんこのロシアも。認めようじゃないか、僕らは決して諦めないことを。認めようじゃないか、今日が新たな始まりなのだと。

サッカーの神様は実に残酷だ。そしてサッカーの神様は実にしたたかだ。どこまでも僕らに試練を与え続けるのだ。その試練という名の道のりを僕らは一歩一歩踏みしめるしかないのだ。認めようじゃないか、僕らは今日、階段をひとつ昇ったのだと。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

映画「わがチーム、墜落事故からの復活」。そして、色。

ベルギー戦が待ち遠しい。怪我人や体調の良し悪しもあると思うが、どのような選手構成であったとしても、必ずや自分の色を出してくれると信じている。早めに仕事を切り上げ軽く睡眠をして試合に臨みたいと思っているが、さてどうなるだろうか。

そしてこの週末。日本代表の結果如何に関わらず行きたい場所がある。それが映画館。7月6日から始まる映画「わがチーム、墜落事故からの復活」を鑑賞するため。応援割引もあるみたいなので是非愛する我らの桜色のユニフォーム姿で行きたいと思う。

このシャペコエンセというクラブには日本とゆかりのある選手スタッフが在籍していた。セレッソ大阪には多くの外国人選手がいたのだが、ケンペス選手ともこんな悲劇的な別れになってしまった。あの日の献花台を思い出し、そして悲しみが溢れ出す。

夜から朝方にかけて、ブラジルの試合、続けて日本の試合が行なわれる。映画が日本で公開されるタイミングのこの二試合は何かの縁かもしれない。カナリア色と青、勝色と白。これらの色が混ざり合うとあの鮮やかな緑になる(気がする)のだから。

流石に23時の試合を見ていると起きられない恐れがある。連チャン観戦は難しいが、あの御方も期待しているダブルを自分も喜んでいる姿が想像できる。お互いが勝ち上がると対戦することになるのだが、まずは次を考えず目の前の試合に集中したい。

2016年11月28日。あの事故で亡くなった多くの方々もこの二試合を見てくれているだろうか。共に良いゲームをもたらしてくれるだろうか。東京の空の青さを見上げながらそんなことを僕は思う。緑が広がるピッチの空も勝色に染まっていくだろうか。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

声の力が歴史を創る(かもしれない)。

ベルギーとの戦いに向けての高いモチベーションのなか、昨晩から一発勝負の決勝トーナメントが始まった。フランス-アルゼンチンを見ながら寝落ちしていたようで次に4時に起きたらウルグアイ-ポルトガルのハーフタイムだった。3日未明が心配である。

今朝テレビニュースで結果を見る。アルゼンチンサポーターの声援が凄い。どの国のサポーターも素晴らしい声量だ。その声は選手の疲れた足を前に進ませるだろうしそして試合を良くも悪くもできる。声の力が存在することをサポーターは皆知っている。

テレビをオンにする動作。そこにも声が存在する。アマゾンエコーに向かって「アレクサ、テレビつけて」「アレクサ、XXXかけて」と僕は話しかける。エアコンも今や音声でオンオフを切り替えている。声が作る生活、そんな毎日に日々なりつつある。

「そんなのリモコンでやればいいじゃないか」というご指摘を結構いただく。確かに今はそれで良い。しかしながら数年後、十年後、数十年後、まさに映画やドラマで見た光景がこれから広がっていくだろうし、その時のために準備をしておくことも重要。

一方、ITのほうも今はまだ求めるところまで追いついていないのも事実。面倒なワンオペも増えている。だからといって変わらないままだと食わず嫌いが身を滅ぼしかねない。多くのチャレンジを行なうことで、僕らは前に向かっていくのではなかろうか。

そして繰り返すがサッカーには声の力が必要だ。次のベルギー戦。ただ戦うだけでは厳しい状況になることは間違いない。だからこそ僕らは想いを声に乗せて届けなければならないだろう。歴史を創るには歴史を創るだけの声の力が必要だと僕は思うのだ。

そんなこんなで家を出る。鞄を持って鍵を持つ。なんならゴミ袋も。手は空いていない。が、そこにリモコンは無い。僕はひとことリビングのアマゾンエコーに声をかける。「アレクサ、テレビ消して」。ニーズと未来は意外と身近にあるかもしれない。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ポーランド代表戦。是非に及ばず。

懇親会が終了し急いで家路につく。ギリギリキックオフに間に合う。ウトウトしながら試合をテレビ観戦する。失点シーンだけは鮮明に覚えている。コロンビアがセネガル相手に先制したことで日本代表の戦い方が変わった。これが昨日の状況である。
「日本代表の戦い方が変わった」この最後のシーン。様々なメディアで賛否両論が繰り広げられている。周りのアミーゴに聞いてみても人それぞれの捉え方がある。そんな数分間のできごとは日本サッカー界でも長い時間議論されることになるのだろう。
この戦い方については個人的な感情も正直揺れ動いている。消極的なプレイを見たいわけではないというサッカーの美学を追求したい自分と、16強に勝ち上がるために手段を選ばないのは正解だと思ってしまう自分。なんとも歯がゆい気持ちであった。
「追いつかれるかもしれない」「同点にできるかもしれない」このような仮説は誰にでも立てられる。しかしながらできるかできないかの二択ではない。大事なのは可能性の選択だ。今の状況を踏まえどう動くかというデシジョンそのものだと僕は思う。
あの場面でコロンビアの勝利とセネガルの同点ゴールの選択。日本が得点を取るかノーファールでクロージングできるかの選択。ふたつのデシジョン。現実を追い求めたベンチワークは結果として試合内容をリライトするくらいの決断だったとは感じる。
事実セネガルは同点ゴールを奪えず、かたや日本代表はフェアプレイとはとても言いがたい戦い方で最小失点に抑え、皮肉だがフェアプレイポイントにより勝利を得た。ポーランド代表のボールを取りに行く気力がなくなっていたことも要因だったろう。
記憶に残るほうが良いかそれとも記録か。やはり共に大事だとは思う。が、25年前にこれが出来ていたら僕らはアメリカ大陸に行けていた。我らセレッソ大阪も何度も経験してきた。そういう意味では多くの失敗を重ねた末のこの勝利だったのだろうか。
この戦い方に是非を問うつもりは毛頭ない。美学に反したかもしれないが他国にとやかく言われる謂れもない。ベルギー戦に勝利することこそが今は大事なのだと感じる。全ては来たるべき次の試合のため。そう考えることに集中していたいなとは思う。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

セネガル代表戦。「乾くんは良い子」。

長友佑都選手のタッチが伸びて足元に入った瞬間、「打て」と叫んでいた。小さな振り足しかし鋭く曲がるいつものシュートがゴールに吸い込まれる。その刹那。横で相方が絶叫している。試合が始まってから30数分後。時間にして0時40分くらい。

「乾くんは良い子」。これが口癖でもある。2008年に横浜F・マリノスから我チームに移籍してきて以来、相方はこの言葉を散々繰り返し、僕は聞かされた。とはいえ初めて二十代前半の彼と話をした時、本当に素晴らしい人格者であると僕も感じた。

2011年に海外に移籍したあとも乾貴士選手のことは逐一チェックしてきた。セレッソ大阪生え抜きでは無いがこのクラブを本当に愛してくれているし、そしてそんな人柄を愛してしまう。何より彼からはオーラが出ているのだ。「サッカー好き」の。

「良い子」というフレーズはもう不釣り合いなのかもしれない。が、イメージというものは実に正直でもある。どれだけ時が経とうとも、プレースタイルや風貌、そして無類のサッカー好きも、相方からそう呼ばれていた時と何ら変わっていないのだ。

その乾選手がここ一番でゴールを決めた。それも本田圭佑選手へのアシストのおまけ付き(黄色い紙も)で。この事実だけが月曜朝の沈んだ気持ちを一新させる。「良い子」のサッカー、乾選手のワールドカップ。夢の続きを見る時間はまだまだある。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

日本の歴史と日本人の感性。

日本人の持つ独特の感性が「ハンパないって」と常々感じている。最近特に感じる機会が増えている。勤勉さ生真面目さなどを超越したところの何か。精神性というものでもなくかといって神秘性が伴うものでもない。説明が難しいがそんな感覚だ。

話が続いてしまって恐縮である。先日訪問した鹿児島の旅。目的はこの三点「アミーゴに会いに行くこと」「セレッソ大阪U-23の試合を見ること」そして「鹿児島の歴史に触れ合うこと」。今回は三つ目である「歴史に触れ合う」について書きたい。

幕末、特に黒船来航前後の1850年代から西南戦争が終結した1870年台後半までの約20数年。この間の混沌とした日本が好きでたまらず、有名無名問わず日本全国のあらゆる史跡をGoogleマイマップに登録し、そして近隣訪問時に寄るようにしている。

幕末、明治初期というと非常に難しいと思われがちだ。攘夷、開国、公武合体、佐幕、尊皇、大政奉還、倒幕などが複雑に関わり合う。何が正しくて何が悪いかだけではなくまさにカオス(混沌)な状況であったことを歴史が色濃く物語っている。

僕は歴史学者でも研究者でもなく只の歴史好きなだけの男なので歴史の矛盾に首を突っ込むつもりは毛頭ないのだが、不可解な事件が多いのがこの時代の特徴だとは思う。そこに日本人の独特の感性というものが大きく関わっている気がしている。

今日の深夜にセネガル戦が行なわれる。緒戦において日本代表が見せてくれた独特の感性。それを再現することができるかどうか。身長差年齢差など厳しい場面が多くなるとは思うが、物理的な要素を覆す何かが起こる可能性は十二分にあるのだ。

そして鹿児島といえば「ハンパない男」大迫勇也選手。あのゴールには正直感動した。旅の途中で後援会会長にお会いしたことも思い入れが大きい理由でもある。真夜中、感性を歓声に換えた僕のハンパない絶叫。彼がそれを巻き起こすに違いない。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

変わらなければ変わらない。

連日の熱戦に身体が持たなくなる戌年男が考えるワールドカップロシア大会。ひと言で表すとするならば「変」。前回のブラジルでも感じたが、今回は更に既存の勢力図が変わっていこうとしている。そんな感覚を楽しんでいる自分がいるのも事実。

想像ではあるのだが、多分、力の差を補うメソッドが徐々にそしてある意味急激に確立してきたのだろう。フォーメーション、戦術、そして選手の持つポテンシャルの活かし方など、強敵と戦う際の展開含め、いろいろな選択肢が相当増えているか。

その時、監督の力が必要になると僕は思っている。速い遅い広い狭いというものだけでなく、監督の考えや采配ひとつで変わる可能性はことのほか大きい。一年で僅かな時間しか与えられない代表監督の手腕というものに、なぜだか共感してしまう。

勿論その国のサッカーに対する文化や情熱といったものに大きく影響されると思う。お国柄や選手の基質、ファンやサポーターの目などもその国のサッカーを大きく変えてしまうバロメーターではある。代表監督はそんなプレッシャーとも戦っている。

そんな中での四年に一度のワールドカップ。弱者が強者に勝つ、だけではない何かが宿っている大会。今や既に「ジャイアントキリング」などという言葉すらも形骸化してきたようなイベントになっていることを、見ていてものすごく感じているのだ。

先日のこの投稿(レゴシリアスプレイとその効果。)のとおり、二十代前半の若者たちに集まってもらってレゴシリアスプレイのファシリテーターを務めさせてもらった。その際のワークのひとつ「自分が社長になったら」で少々面白い発見をした。

若さというものは時に無謀で時に頼りなく時に儚いものだと、綺麗な言葉で飾るとこんな感じかもしれないが、実に考えていることが自分自身のその頃と比べても相当変わってきている気がした。理想と現実、持っている価値観などは興味深かった。

人の特性、と言ってしまえばそれまでだが、世界人口70億人中のわずか11人でもその違いが如実に表れカタチとなる。そんなことを考えながらファシリテーションしていた。そしてこの尊敬すべき若者たちと共に強敵と戦うことをイメージしながら。

戦略は正しいか。彼らをどのように育て、力を見定め、適正な配置をどう組むか。相手とのバランスはどうか。それに併せて戦術はどう考えるべきか。プロセスと結果をどう分析するか。そしてアウトカ…

知覧。

鹿児島二日間の滞在では在住のセレッソ大阪サポーターの方々に大変お世話になった。スタジアムでは「身体は大丈夫ですか?」と声をかけていただいたり、まだまだ存在してもいいよと認めてもらっているような気がして生きていることを感じた。

最近特に存在感が無いと言われるので非常に有難いことだと思うと同時に、ここに存在する価値をどう見出していくかが本当に大切なのだと改めて考える次第。それが生きる希望になることを頭では理解しているがどうも身体がついていっていない。

そんな鹿児島の二日目。知覧に連れて行ってもらった。以前にも書いた通り自称歴史好きであるにも関わらず、あの戦争のことについてはほとんど学ぶ機会を得てこなかった。いや得ようとしなかったと言ったほうが正しい言葉なのかもしれない。

この数年書籍などを目にすることも多くなり、多少なりとも知識を頭に入れることはできたと思っていた。日本の置かれた環境や戦地の困難な状況、人々が持っていた感情といった情報を取って付けたかのように得て、僕は知った気になっていた。

富屋食堂を訪れた。そこで鳥濱トメさんと特攻隊員の方々の交流を知った。まだまだ無知であった自分を恥じた。展示されている品や手紙、「特攻の母」と呼ばれた鳥濱トメさんと若き特攻隊員の会話が綴られた文章を読むだけで目頭が熱くなった。

あの作戦が正しかったのかそうでは無かったのかを問う資格は僕には無い。しかしながら若い命を懸けてでも守るべきものとはなんだったのだろうか、「生きる」とはどういうことなのか「死ぬ」とはどういうことなのかを僕は改めて学んだ気がした。

「人生は”死ぬ”ために”生きる”んだ。そしてそれは長さじゃない」と尊敬する方から言われたことを思い出した。十代、二十代で儚く命を落とした特攻隊員の方々と支え続けた鳥濱トメさんがいたことを決して忘れてはならないと強く感じた知覧だった。

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コロンビア代表戦。意地のプレゼンテーション。

心地の良い目覚めだった。やはり勝つというステータスは身体に活力を漲らせるものだと改めて思い知った、そんな朝だった。とはいえ大阪のことが非常に気になる。地震に加えて大雨にも警戒が必要。本当に気をつけて生活をしてほしいと思う。

それにしても昨日のコロンビア戦。個人的には勝利の確率を低く見積もっていた。その確率を上げるための要素がこの試合に詰まっていたと言っても過言ではない。そしてその要素は決して奇跡などではなくあくまでも戦略だったと信じていたい。

とにかく打った手がことごとく効いていたと思う。乾貴士選手香川真司選手のセット。柴崎岳選手の先発。スタートダッシュが生んだ退場。ひとり少なくなってからの攻守。点を取りに行く場面の本田圭佑選手投入と変化をつけたコーナーキック。

よく「最後は個の力」と言う選手が多いが、いたるところでその個の力を見た気がした。ひとりひとりが局面で本当に身体を張っていたと思うし、とても印象に残った最後の最後、乾選手があの位置まで戻って守備をした場面にはかなり身震いした。

もしかしたらこれは個でもあるが意地でもあるのか、と試合を見ながら考えていた。期待の裏返しにいる世間に対する無言のプレゼンテーションだったのかもしれない。選手たちのそんな気持ちを32インチのモニタ越しに感じられて僕は幸せだった。

相手の数は関係ない。我々はこの試合に勝利した。その歴史だけは確実に残る。そしてその気持ちを持続させて次のセネガル戦に向かいたい。あぁ現地に行きたい。そんな気持ちを抑えつつ自分のやれることを精一杯見せていく。勇気もらったから。

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大阪地震について。

今朝の大阪地震速報に正直パニックになった。自分自身の親兄弟は無事ではあったが、残念なことに亡くなった方もいらっしゃると聞く。防ぎようがなかったのかと心の中で呟いてしまう。本当に悲しい。災害への対策その大事さを改めて思い知る。

個人的にはもうそろそろ母親にスマートフォンを持たせて、アプリなどでもすぐに連絡がつくようにしたいと思っている。今回も以前と同様に電話がかからず、しばらくしてつながるという状況でもあった。早めに対策をしていかねばと感じている。

翌日、二日後そして一週間後に再び来る恐れもあると思います。東京にいる身で軽々しく言えることでは無いですが、少しでも早くいつもの暮らしに戻れるようにと祈っています。そして、多くの方の心の痛みが和らいでいくことを切に願っています。

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J3 鹿児島ユナイテッドFC戦。

鹿児島二日目の朝。よく眠れた。多くの出来事があったなと昨日のことを思い出しながら書いている。人は人を呼び人を繋ぎそして人と紡ぐ。やはり世の中はアミーゴがいるから成り立っていると言える。そんなことを考えていると本当に心が和む。

それにしても珍しい試合だった。鹿児島に行っていることを知る多くのアミーゴから「大丈夫なのか?」と着いた瞬間に連絡が来た。何のことか全く状況を掴めておらず「無事に着いた」と生返事をしていたのだが、これが大きな間違いでもあった。

桜島が爆発的噴火していたのだった。そんななかで鹿児島に来たのだ。そりゃ「大丈夫か?」である。鹿児島中央駅から白波スタジアムまで歩く中、巻き上げる土埃を見て、ことの重大さに気づいてきた。降り注ぐ火山灰が道路を埋め尽くしている。

「中止になると思っていた」とご一緒した鹿児島ユナイテッドFCサポーターの方も仰っていたが、とてもじゃないが試合が出来る環境では無いと感じた。それでも結果的にこのゲームは開催され、約4,000人の観客で埋まり、素晴らしい試合となった。

スタンドで見ているだけでも息苦しいのに、両チームの選手たちは本当に頑張ったと思うが、とてもじゃないがこれが続くと心が折れそうになるだろう。そしてこういう場面に出会ってしまうのも”持っている男”である証明なのは紛れもない事実。

帰りのタクシーの中で「今年で10回くらいですかね」と運転手さんは雄弁に語っていた。日本が世界有数の火山国なのだと改めて感じた。だから心の強い方々が多く輩出されてきたのだなと考察する。歴史の重み人の重みを感じる旅はもう少し続く。

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14年後のイベリア半島ダービー。

今現在、飛行機の中でこのブログを書いている。これから鹿児島に向かうところではあるが久々の遠足でもあるので本当に楽しみだ。幸いにも天気は持ちそうでもあるしまずはありがたい。サッカーと歴史の二日間を思い切り楽しんできたいと思う。

そんなことをタイプしながらも、今朝録画で見たワールドカップのポルトガル代表対スペイン代表の試合。その興奮が未だ収まらない自分もいる。ハイレベルで情熱的でそして結果としても申し分の無さ。朝から僕と犬の唸り声だけがこだました。

いつも驚かれるのだが新婚旅行がEURO2004ポルトガルだった。新婚旅行でサッカーを見にいく、それもヨーロッパ選手権とか理解できない方も多いしれない。そんな人とは違った人生だ。まあその前に「結婚するとは」と驚嘆を生んだわけだが。

試合前には北澤豪さんに会って写真撮ったりエウゼビオさんを見たりと楽しんだ中でも、リスボンで見たクリスティアーノ・ロナウド選手に感動したことに身震いする。弱冠19歳の若者だった彼がガムシャラに走っていたことを今も思い出す。

そのEURO2004で見たイベリア半島ダービーから14年。彼も今や33歳になった。この14年間は彼にとっても僕にとっても素晴らしいものであったと思う。若干(なのか)のレベル差はあるが、あの頃を思いながらこの先の人生を進んでいくだろう。

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ロシアワールドカップ開幕に向けて。

ワールドカップムードが沈滞しているのは手術入院の影響かそれとも日本代表チームに対する思いのせいなのかは正直分からないが、これまでの大会と比べてもなかなかテンションが上ってこない自分がいた。始まってしまえば、と脳が言っていた。

今日6月14日は世の中的には「モリシの日」。2002年ワールドカップ日韓大会、聖地長居スタジアムで行なわれたチュニジア戦で森島寛晃さんがゴールを決めた日を記念して創設された日。今でもあのときの興奮を忘れないままでいる人は多いと思う。

あの日の長居スタジアムは多くの人が集まっていて朝からごった返しているという本当にお祭りムード一色ではあったが、程よい緊張感と勝って決勝トーナメントに行くという強い覚悟が全てのファン、サポーターから漲っていたことを思い出す。

2−0で勝利したあと、大阪に来ていたクロアチア代表のサポーターと一緒にフットサルやパーティをした。トゥルコビッチさんやクロアチアサポーターとの関係はあの2002年から始まった。16年前という事実に驚くばかりだ。実に時というものは速い。

過去出場した5回の大会、出場したセレッソ大阪所属選手はそう多くはなかったが、そこにいると感じられるだけで幸せな気分になった。どのカテゴリーでもいつも思うことだが、日の丸を背負った彼らの姿を見るたびに多くの勇気をもらってきた。

ラストマッチとなったパラグアイ戦。そこにはキャプテンマークを付けた山口蛍選手がいた。いつもの見慣れた光景であるはずなのに、あの青のユニフォームの左腕に巻かれた黄色いものを見ただけで、震えてしまう自分がいることに気付かされる。

確かにたまたまかもしれないし、あの選手たちがひとりでも出ていればこんなシーンは訪れることはなかったと思うが、その一回を目の当たりにすること自体が嬉しいわけで、それが明日への活力になっていると言っても決して過言ではないのだ。

そんなもろもろなことを思い出しながら遂にワールドカップが開幕する。多くのアミーゴも既に現地に入っていたりこれから向かう準備をしている。みんなと同様に程よい緊張感を早く手に入れ、これからの一ヶ月を楽しみたいと思う。Vamos Nippon!

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レゴシリアスプレイとその効果。

典型的なB型の影響か、はたまた持って生まれた資質の問題か。それとも育ってきた環境によるものかは知らないが、人にものごとを伝えるという基本的な行為が結構苦手なほうなのである。思っていることをうまく伝えられない、そんな人生だ。

逆に、感情が身体をまとうオーラとなってしまったり、そのまま吐き出したりしてしまい、周りに迷惑をかけてしまったことも多々あったと思う(現在進行形なら”あると思う”が正しい)。とても偉そうなことを言える立場でもないのだろう。

この、人にものを伝えるという行為の意味において自分の欠点を補おうと長年勉強をしてきてはみたものの、なかなかうまく行かないのも事実。そこにはふたつの問題があるのだ、ということだけは自分の身をもって感じられたところでもある。

ひとつは「直感的にアウトプットしてしまうために論理的に説明することができない」そしてもうひとつは「頭の中では整理できていてもカタチとしてアウトプットすることができない」というふたつの「できない」に僕は支配されているわけだ。

全ての方の身体の中にこれらが存在するかどうかは別として、少なくともこれらのジレンマに陥るケースは非常に多いと思う。ではどのようにすれば解決するのだろうか。その答えに近づくかもしれないアイテムが子供の頃の遊び道具にあった。

レゴ®シリアスプレイ®」というメソッドをご存知だろうか。その名のとおりあの「LEGO」を使った手法なのではあるが、初めて「レゴシリアスプレイ」の体験会に参加した際に起こった自身の脳内活性に衝撃が走ったのをかすかに覚えている。

グループワークによる組織形成や個人ワークを含めた新たな発見。直感的にカタチにして説明する力と整理されたイメージを即座にカタチにする力。この両方の力を短期的に意識することが可能となる。もはや子供の遊び道具だけに留まらない。

いや、子供の遊び道具と言っては失礼だ。今も昔も子供たちは、レゴプレイによってインスピレーション活性化とプロトタイピング能力が飛躍的に向上しており、この先の日本、世界を創り上げていっているのではないか、と僕は感じているのだ。

現在、5回述べ50名程度の方々への疑似レゴシリアスプレイを実施しており、近々にも今年から仕事を始めた10名ほどの方に向けてイベントを開催する。もちろんまだファシリテーターとしては未熟なため、迷惑をおかけしながら…

適度な勇気と悲壮感と。

自分の身体のことばかりで恐縮ではあるのだが、ようやく傷の痛みも癒え始め歩くスピードもずいぶん早くなった。まだ走るなどの行為は幅10センチほどの傷口が「パッカーン」となりそうで怖くて悲観的に染まってしまう。本当にだらしがない。

勇気を持って本格的な活動を再開したいと思っている。今、残念ながらセレッソ大阪トップチームの試合は中断期間だが、リハビリを兼ねてまずは6月中旬の鹿児島に行くことにした。薩摩の地で多くのアミーゴに会えることを心待ちにしている。

やはり、ロシアに赴くのは少々厳しい。テレビでの観戦で留まりそうではある。そのうえワイワイ見るのが苦手なほうなのでパブリック・ビューイングなどに行く予定はほぼ無いのだが、仲間と楽しくサッカーを見るのはとても良いことだと思う。

さて、その、肝心の日本代表である。今しがた妻が録画してくれたスイス代表との強化試合を見た。FIFAランク6位とスイス代表は非常に強いのではあるが、日本代表は相変わらずお馴染みの「自分たちのサッカー」探しのような展開でもあった。

別に悲壮感のおすそ分けが欲しいわけでもないのだが、”このままではいけないかもしれない”という危機感が必要なのかも。「良いところもあった」という言葉がインタビューなどで沢山出たが、「90分やって無いわけないやろー」と呟いてしまう。

開幕まであとわずか数日。緒戦を考えるとあと10日あまりしか残っていない。楽観視なんて出来るはずもないが、かと言って絶望的な感情だけで頭を埋めても仕方がない。自分も日本代表も適度な勇気と悲壮感を持って向かっていくしかないかな。

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キャラクター文化、ときどきロビ太。

少し前の話になるが、リハビリ兼ねて近所で行なわれていた「ご当地キャラクターフェスティバル」というイベントに行ってきた。クロヱの散歩コースにはたくさんのオーディエンスとたくさんのキャラクターがいて、さながらカオスだった。

ご当地キャラクターはそこかしこで大人気で、多くの方と写真を撮ったりペタペタ触られたりしていた。その中でも案の定「ふなっしー」は別格だった。それにしても知らぬ間に兄弟(?)がいたなんて。キャラクター業界も少々大変な気がする。

サッカーショップ蹴球堂のメインキャラクターと言えばみなさんご存知の「ロビ太」。サポーターのシンボルとして幕をスタジアムに飾ってくださったり、多くの方に愛されているのだなと感じると同時に、関係者の方々にも本当に感謝している。

初めてサポーターキャラクターを検討しようと思った際、直感で降りてきたものが何を隠そうWWEスーパースターの「ロック様」だった。ロック様の卓越したマイクパフォーマンスの瞬間をどうにかキャラクターに盛り込めないだろうかと考えた。

舌の出し方、眉の釣り上げ方。ロック様の要素を含んでかつ、サポーターらしくマフラーを巻いたりサポーターシャツを身にまとった姿を試行錯誤したり。そんなロビ太を創りあげるためにアミーゴのデザイナーと幾度となく協議したあの日々。

大横川親水公園に設置されたステージに上がった多くのキャラクターを見ていて、ロビ太を思いつき、そしてロビ太を形にしていこうと考え、このロビ太という存在感をさらに上げてやることが肝要と感じていたあの頃を思い出してしまった。

日本全国、いや世界も含めたご当地キャラクターや商品キャラクター同様、各クラブそして各クラブのサポーターには誇るべきキャラクターが存在している。そしてそのキャラクターたちには創りての並々ならぬ努力や苦労が詰まっているのだ。

キャラクター文化は本当に素晴らしい。彼らはこれからも様々なイベントや各地に出向き活躍していくのだろう。そんな素晴らしい文化は我々のスタジアムにも溢れているのだ。僕らにはロビーやマダム・ロビーナ、そしてチビーがいるのだから。

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ロシアワールドカップ日本代表発表。

この歳にもなると、ましてや入院明け間なしで深夜に仕事するとかは、翌日の身体にこたえてくる。若い頃はそれほど問題ないと思っていたことも歳を取るにつれ難しくなってくる。それが老いというものでもあり、そして最近顕著に感じている。

ようやく今朝、ワールドカップ日本代表発表直前のガーナ戦を見た。我らの山口蛍選手。運動量などはまずまずだったが、パスミス、中途半端なポジショニングなど、見るからに3バックとウイングバックとの関係性に問題があるように思えた。

それでもなんとか23人のメンバーに選ばれたことは非常に嬉しい話ではあるし、素直に応援していきたい。対戦相手やボランチの組み合わせで考えると山口蛍選手ともうひとり、になりそうではあるが、やはりフル出場が彼には似合うはずだ。

そして乾貴士選手、香川真司選手が選ばれたのも素晴らしい。メンバーの平均年齢の話が多分に出ているが、若さには若さのベテランにはベテランのそれぞれの味というものがあると思う。まあそれほど老いを感じさせる年齢でも無いわけだが。

そしてそのベテランの経験や勝負感が活かされる瞬間が必ず来ると思う。話は変わるが、先日、僕の周りにいるベテランの方の話を聴いていてそれを強く感じた。周囲から「あいつは終わった」と言われていたその方の逆襲が始まる予感がする。

そういう意味でも、年齢はネガティブな要素だけでなくポジティブに捉えることも時には必要であると感じた。自分自身もここまでの経験を活かし次のステップを考え、行動し、そして結果を出すこと。この数日で多くの何かを学んだ気がしたのだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

5月27日に思う。

サッカーショップ蹴球堂の誕生日をサッカーショップ蹴球堂で味わえない、何とも言えない5月27日となった。復活の日までは相当先が長そうではある。「確かあんなお店が長居にあったよね」といつまでも憶えていてもらえるとは到底思えない。

しかしながら今年もこの記憶を共有できるということだけで本当に感謝している。なかなか前に進めないのが僕の不徳の致すところ。皆様の頭の片隅にこれからも残り続けてくれるとしたら、それこそが常に求めてきたことなのだろうと感じる。

18年という歳月は様々な環境の変化をもたらし、多くの「アミーゴ」は生き方すら激動の中で変わっていってしまった。悲劇なのか何なのかも全く分からないまま柵の上で立ち尽くしたあの時間が、記憶の隙間を縫って脳を出入りしてくる。

そしてあの戦いや、あの戦いに至るまでの歴史で届けられた「アミーゴ」との関係は永久にいつまでも色あせない。あの日確かに僕らは長居にいた。浮ついた気持ちで長居にいた。全てを出し切ることが出来なかった者が長居にいたのだ。

大人になりきれない自分を天国のあの方々はこれからも叱ってくれたりするだろうか。この先もそんな記憶を数多く思い出しながら、僕は生き続けそして野垂れ死んでいくのだろうか。人生なんて喜劇みたいなもんだ。今日もまた幕が上がる。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


2000年5月27日の思い出をまとめています。
http://remember527.com/

失敗の本質から学ぶ。読書で学ぶ。

痛みもかなり和らいできたので今週から本格的に仕事をしている。特に偉いとは思っていないが人を導く立場にいることもあってか、復帰すればそれなりの選択がついて回る。それが与えられたミッションでもありそして当然のことだと思う。

発言ひとつ取ってみても選択には責任というものがあり、その責任は選択した本人にあると言える。そのためにリーダーシップやマネジメントを学ぶことを自ら課し、更に多くの選択を迎えることとなる。そこから逃げることは決して許されない。

最近ようやく「失敗の本質―日本軍の組織論的研究」を読み終え「失敗の本質 戦場のリーダーシップ篇」を読み始めている。そしてこれが実に面白い。どうして今までこの本を手に取らなかったのだろうかと少々自責の念に駆られている次第。

内容としては第二次大戦時の日本陸軍、日本海軍の失敗の本質が詳細に書かれており、リーダーとして学ぶべきものは非常に多い。特に日本とアメリカのリーダーシップのありかたについては、身につまされる思い以外の感情が出てこない。

数々の戦いの中で、準備不足があったりリーダーが選択を誤ったりと、まさに今の時代でも起こっている出来事とほとんど変わらない。人間はやはり過去からの学習が苦手で同じ轍を踏む。だからこそ書籍にはその価値があるのではと思う。

読書は良い。読む力書く力伝える力。どんな書籍であれ何かを学べる。読み方もいろいろ。紙の本でもいいし電子書籍でもオーディオブックでも勿論いい。昨今の駄目な大人にならないよう、若者には是非本を手に取ってほしいと切に願う。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第15節 サンフレッチェ広島戦。

早く外出とかしたいが、信じられないくらい痛みが続いているのでいつになることやら。切ったところは勿論のことその周りも結構腫れていて、そのうえ身体が重い。時間の問題とは思ってはいるのだが今週の抜糸次第でどう変わっていくか。

なんとかリハビリ兼ねてクロヱの散歩には出掛けているが、引っ張られるたびにズキンと腹部に響く。友達のワンコがいる場合はまさに地獄絵図。別に痛さを悟られたくないわけではないが、必死の形相は飼い主さんに不審がられているはず。

そんなこんなで5月は大きく動けそうにない。本格的な活動再開は来月からになりそうだ。前にも書いた通りここまでのセレッソ大阪の試合はゼロックス・スーパーカップ以降見れていないので、まずは6月のU-23に行こうと検討している次第。

しかしながら、セレッソがあれば生きていける。見える景色がたとえテレビの向こう側でも。試合を見れる喜びを噛みしめる。やっぱりセレッソが好きなんだなと再確認するし、セレッソの試合を見ている時だけ素の自分になれるのだろう。

歳を取るごとにその気持ちが増えていく感がある。若い頃に持っていた想いと今の想い。決して違いを考えたいわけでは無いのだが、ちょっとずつ変わってきている気もする。それはそれで有りなのだろうなと考えると少し恥ずかしくなる。

そう言えば、セレッソ大阪が昇格した年の開幕戦の場所だった広島ビッグアーチにも、かなり長いあいだ行ってない気がする。モニタ越しにも当時とあまり変わっていない風景に思える。ノスタルジーばかりに耽っていてはいけないのだが。

そんな中で行なわれたサンフレッチェ広島戦。監督も言っていたように似たようなチームの似たような試合。首位の力というか広島のサッカーは本当に凄い。前半あれだけセカンド獲られて失点しなかったのが奇跡のようであるがこれも実力。

そして高木俊幸選手の試合後のインタビューのひと言が強烈だった。これが一流選手の”逆襲する力”なのだと感じた。悔しい気持ちを腐ることではなくプレーで見せるのがプロフェッショナル。また好きな選手がひとり誕生した瞬間でもあった。

この試合を境にリーグ戦は約二ヶ月のインターバル期間となる。山口蛍選手、キム・ジンヒョン選手は代表へ、残ったチームは前述のU-23そして天皇杯を戦う。そしてレディース、アカデミーと楽しみは沢山ある。やはり早く逆襲しないと。

NEVER …

支えてくれている。だから支えていく。

5月17日。テリ子の命日である。11歳2ヶ月という若さで亡くなったボストンテリアのテリ子。今はテレビ台の上にいて妻が毎日水を入れてあげて供養している。安らかに眠っていると思うし、後輩クロヱを陰ながら支えてくれているだろう。

入院からちょうど一週間経った。腹部の痛みは徐々に小さくなってきてはいるが、動作するたびに痛みが走る。今一番楽なのは寝転がっているか椅子に座っているか。どちらにしても外出も難しく、仕事はしているのだが非常に厳しい状況。
そんな調子の中で妻にはとても感謝している。あまり病気などをしないタイプなので看病という行為を受けること自体が少ないが、4年前の時もそして今回も、身の回りのことなどで本当に助けてもらっている。もちろんクロヱの散歩も然り。
”虫の知らせ”だろうか。何かが飛んだのかもしれないが、退院して全国タクシー使って帰ってきたその日に母親から電話があった。自分の身体も結構良くないのに我が子のことを気遣ってくれる。昔からそんな感じだがありがたみを感じる。
それ以外にも多くの方がメッセージくれたりブログにコメントくれたりと、こんな大したことないこの僕を気にかけてくれている。そんなファミリーという存在が支えてくれていると思うだけで、何だか痛さを忘れさせてくれる気がするのだ。
人は支え支えられて生きていくもの。だからこそ感謝の心を忘れずに前に進んでいかねばならないと改めて身が引き締まる思いである。そう言えば今日こんな名言が廻ってきた。神様も実に心憎いことをするものだ。よく分かってるってば。
「これからは良い事をされたら100倍にして返せ!その代わり嫌な事をされたら100分の1にして返せ」 チェ・ゲバラ

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

四半世紀の変わり続けない光景。

腹部が痛すぎる。立っていても痛いし座っていても痛いし寝ていても痛いし。おまけに生理現象の全てが腹筋で成り立っていることを改めて知る。果たして社会復帰は可能かと疑いたくなるが「その程度で言っててどうする」と叱られそうだ。
科学の力だけで解決できるものもあればできないものもある。例のドラマでも言っていたが、身体にメスを入れた際のあとから来る痛みだけは生き物である以上仕方のないことなのだろう。あまり効かない痛み止めも飲まないよりはマシか。
そう言えば今日は5月15日である。我らは25周年という節目のシーズンを戦っているが、まさに25年前の今日、1993年5月15日にJリーグは開幕したのだ。それから、多くの方の多くの努力と思い出によってJリーグは成り立っているのだなと感じる。
四半世紀と言えば何を想像するか。0歳だった子が既に25歳。25歳だった若者が50歳。50歳だった初老の紳士が75歳。75歳でも現役だったご老人が三桁を迎える。歴史の尺度を25年周期で見る風習もあるくらいだ。実に長く、短く、実に奥深い。
1993年の初夏、22歳のただの若造は、国立競技場で行なわれたヴェルディ川崎対横浜マリノスを家のテレビで見ていた。綺羅びやかで超満員の雰囲気を感じ、何かが変わるのではないか、というそんな気持ちになったことを鮮明に覚えている。

それから四半世紀が経ち、Jリーグは様々な要素で変わり続けている。日本人は変化を好まないと言われたりもするが決してそんなことはないと個人的には思う。選手も監督もクラブもファンもサポーターも、変わり続けてきたから今がある。

そんな風に腹部の痛みも時とともに和らいでいくのだろう。いつの日か痛みがあったことすら忘れていくのも人の常であり、また痛みが発生し、泣くのも人の常。人間という生き物が持って生まれた変わり続ける力であると信じて止まない。

当然、変わり続けないものも存在する。綺羅びやかな部分はモニタ越しの映像と比べた減ったのかもしれない。が、スタンドに座りそして眺める先は、25年前に見たあの光景とちっとも変わらない。多分この先も変わっていかないのだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP