2018年5月22日火曜日

第15節 サンフレッチェ広島戦。

早く外出とかしたいが、信じられないくらい痛みが続いているのでいつになることやら。切ったところは勿論のことその周りも結構腫れていて、そのうえ身体が重い。時間の問題とは思ってはいるのだが今週の抜糸次第でどう変わっていくか。

なんとかリハビリ兼ねてクロヱの散歩には出掛けているが、引っ張られるたびにズキンと腹部に響く。友達のワンコがいる場合はまさに地獄絵図。別に痛さを悟られたくないわけではないが、必死の形相は飼い主さんに不審がられているはず。

そんなこんなで5月は大きく動けそうにない。本格的な活動再開は来月からになりそうだ。前にも書いた通りここまでのセレッソ大阪の試合はゼロックス・スーパーカップ以降見れていないので、まずは6月のU-23に行こうと検討している次第。

しかしながら、セレッソがあれば生きていける。見える景色がたとえテレビの向こう側でも。試合を見れる喜びを噛みしめる。やっぱりセレッソが好きなんだなと再確認するし、セレッソの試合を見ている時だけ素の自分になれるのだろう。

歳を取るごとにその気持ちが増えていく感がある。若い頃に持っていた想いと今の想い。決して違いを考えたいわけでは無いのだが、ちょっとずつ変わってきている気もする。それはそれで有りなのだろうなと考えると少し恥ずかしくなる。

そう言えば、セレッソ大阪が昇格した年の開幕戦の場所だった広島ビッグアーチにも、かなり長いあいだ行ってない気がする。モニタ越しにも当時とあまり変わっていない風景に思える。ノスタルジーばかりに耽っていてはいけないのだが。

そんな中で行なわれたサンフレッチェ広島戦。監督も言っていたように似たようなチームの似たような試合。首位の力というか広島のサッカーは本当に凄い。前半あれだけセカンド獲られて失点しなかったのが奇跡のようであるがこれも実力。

そして高木俊幸選手の試合後のインタビューのひと言が強烈だった。これが一流選手の”逆襲する力”なのだと感じた。悔しい気持ちを腐ることではなくプレーで見せるのがプロフェッショナル。また好きな選手がひとり誕生した瞬間でもあった。

この試合を境にリーグ戦は約二ヶ月のインターバル期間となる。山口蛍選手、キム・ジンヒョン選手は代表へ、残ったチームは前述のU-23そして天皇杯を戦う。そしてレディース、アカデミーと楽しみは沢山ある。やはり早く逆襲しないと。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

2018年5月17日木曜日

支えてくれている。だから支えていく。

5月17日。テリ子の命日である。11歳2ヶ月という若さで亡くなったボストンテリアのテリ子。今はテレビ台の上にいて妻が毎日水を入れてあげて供養している。安らかに眠っていると思うし、後輩クロヱを陰ながら支えてくれているだろう。

入院からちょうど一週間経った。腹部の痛みは徐々に小さくなってきてはいるが、動作するたびに痛みが走る。今一番楽なのは寝転がっているか椅子に座っているか。どちらにしても外出も難しく、仕事はしているのだが非常に厳しい状況。

そんな調子の中で妻にはとても感謝している。あまり病気などをしないタイプなので看病という行為を受けること自体が少ないが、4年前の時もそして今回も、身の回りのことなどで本当に助けてもらっている。もちろんクロヱの散歩も然り。

”虫の知らせ”だろうか。何かが飛んだのかもしれないが、退院して全国タクシー使って帰ってきたその日に母親から電話があった。自分の身体も結構良くないのに我が子のことを気遣ってくれる。昔からそんな感じだがありがたみを感じる。

それ以外にも多くの方がメッセージくれたりブログにコメントくれたりと、こんな大したことないこの僕を気にかけてくれている。そんなファミリーという存在が支えてくれていると思うだけで、何だか痛さを忘れさせてくれる気がするのだ。

人は支え支えられて生きていくもの。だからこそ感謝の心を忘れずに前に進んでいかねばならないと改めて身が引き締まる思いである。そう言えば今日こんな名言が廻ってきた。神様も実に心憎いことをするものだ。よく分かってるってば。

「これからは良い事をされたら100倍にして返せ!その代わり嫌な事をされたら100分の1にして返せ」 チェ・ゲバラ

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

2018年5月15日火曜日

四半世紀の変わり続けない光景。

腹部が痛すぎる。立っていても痛いし座っていても痛いし寝ていても痛いし。おまけに生理現象の全てが腹筋で成り立っていることを改めて知る。果たして社会復帰は可能かと疑いたくなるが「その程度で言っててどうする」と叱られそうだ。

科学の力だけで解決できるものもあればできないものもある。例のドラマでも言っていたが、身体にメスを入れた際のあとから来る痛みだけは生き物である以上仕方のないことなのだろう。あまり効かない痛み止めも飲まないよりはマシか。

そう言えば今日は5月15日である。我らは25周年という節目のシーズンを戦っているが、まさに25年前の今日、1993年5月15日にJリーグは開幕したのだ。それから、多くの方の多くの努力と思い出によってJリーグは成り立っているのだなと感じる。

四半世紀と言えば何を想像するか。0歳だった子が既に25歳。25歳だった若者が50歳。50歳だった初老の紳士が75歳。75歳でも現役だったご老人が三桁を迎える。歴史の尺度を25年周期で見る風習もあるくらいだ。実に長く、短く、実に奥深い。

1993年の初夏、22歳のただの若造は、国立競技場で行なわれたヴェルディ川崎対横浜マリノスを家のテレビで見ていた。綺羅びやかで超満員の雰囲気を感じ、何かが変わるのではないか、というそんな気持ちになったことを鮮明に覚えている。

それから四半世紀が経ち、Jリーグは様々な要素で変わり続けている。日本人は変化を好まないと言われたりもするが決してそんなことはないと個人的には思う。選手も監督もクラブもファンもサポーターも、変わり続けてきたから今がある。

そんな風に腹部の痛みも時とともに和らいでいくのだろう。いつの日か痛みがあったことすら忘れていくのも人の常であり、また痛みが発生し、泣くのも人の常。人間という生き物が持って生まれた変わり続ける力であると信じて止まない。

当然、変わり続けないものも存在する。綺羅びやかな部分はモニタ越しの映像と比べた減ったのかもしれない。が、スタンドに座りそして眺める先は、25年前に見たあの光景とちっとも変わらない。多分この先も変わっていかないのだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

2018年5月14日月曜日

入退院あれこれ。

話題になっていたあのアメリカンフットボールの試合。テレビで問題のラフプレーシーンを見た。悪質極まるプレー自体に憤りを感じるとともに、被害を受けた選手の怪我が早く治ってほしい、そして、選手生命が続くよう祈るほかはない。

このニュースを知らなかった理由。それは先週から入院していたからであるのだが、以前からここでも書いていた通り鼠径ヘルニア手術のために木曜日から入院。そして今日、晴れて退院した。自分自身もとにかく、ホッとひと安心している。

今回はその間のことを書き綴っていきたいと思う。と言っても麻酔がじっくり効いていた時間もあるのでその部分は仮説ではあるが、今後入院する方にも分かりやすく備忘録的に残しておきたい。当然ながら必要ない方は無視で結構である。

5月10日木曜日
午前中仕事をしてから午後に入院。病院までは歩いて15分程度。手続きの際、保険組合名を見て事務員さんから頂いた言葉「御社の電子カルテシステム、前の病院で本当にお世話になりました」。どんな場所でも人は繋がっていると強く感じた。

5月11日金曜日
手術当日。今回は再発のため調査含めて時間がかかるので全身麻酔。「すぐ眠気が来ますよー」と注射された瞬間から意識を失う。その後はなすがままの状況(だったと思う)。気がついた時には腫れた腹部。ここから痛みと戦う日々が始まる。

5月12日土曜日
前夜から痛みで寝られないのは前回の時と同じ。腹部だけでなく背面まで痛くなってきている気がする。仕方なく本を読んだりウイニングイレブンで気を紛らわす。しかしながらそれで局部が和らげられるはずもなく、当然ながら熱も出る始末。

5月13日日曜日
痛みは一向におさまらず、且つ熱は測るたびに上がり続けている。風邪かなと思い看護師さんに相談するとあっさり「氷枕で大丈夫」。ひたすら氷と向き合うことを選択。映画一本と本二冊を読み切る。こういう時の非常に軽い小説はありがたい。

5月14日月曜日
熱が下がる。アドバイス通りすっきり1.5度以上。看護師さん神。主治医さんが傷口を見てくれる。そしてひとこと軽く「退院出来るけどどうする?」。もちろん選択肢はひとつ。痛みは残るものの早く帰宅したいという気持ちに勝てなかった。

怪我がないに越したことはないが、手術入院となった時の参考になれば幸いである。そして多くの方から励ましの言葉を頂いて本当に感謝している。一番インパクトあったのが、書き置きとバナナ。入院前に食べたおかげもあるかもしれない。

数日振りに風呂に入れてスッキリしたのだが、現状も歩いたりくしゃみしたり咳したりすると腹部に激痛が走るため、残念ながらしばらくは自宅療養しておく。まずは完治に向けて定期的に通院。そして皆様も健康であるようにと再度祈る。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

2018年5月10日木曜日

名もなきシンガーは唄い続ける。

人付き合いというジャンルがとことん悪い割には、大事にしないとバチが当たるくらいの良い人が仲間でいてくれたりして本当にありがたいと思っている。47年の人生はまんざら間違いでも無かったのかなと独りごちてみたりしている。

そうは言いながらもやはり人と話す時には緊張が隠せないし、汗も相当かいてしまう恥ずかしがり屋さんでもあるので、生きていくには少々荷が重い。この歳になってもまだ生き方の勉強をしているのだがそれもまた人生なのだろう。

手術入院直前でもある中、いや手術を控えているからこそ、中学生の頃からのアミーゴである”臥龍”ことシンガーソングライター多田覚のライブを楽しみに、原宿と渋谷のちょうど中間地点くらいにある原宿クロコダイルへ行ってきた。

いつもながら彼のライブから貰うもののひとつである”続けることの大事さ”を噛みしめる。子供の頃からずっとギターを弾いていたイメージそのままの姿に、大人になった今でも、そのスタイルがひとつも変わっていない感が素晴らしい。

たとえ歌う場所が仕事になったとしても、常に”好き”の延長線上にいるように思える、と、そんなことを思いながらライブを見ている。そして相変わらずのパワフルさを見せてもらい、身体のことなど何処かへ行ってしまった気がした。

個人に置き換えてみたら、正直どうなのだろうか。子供の頃から好きだったもの、続けてきたもの、大事にしてきたものは一体何だったんだろうかと、大人になった今でも悩み続けている自分がそこにいる。そんな事を思い出させてくれる。

夢や理想、期待と現実といった様々な葛藤の中で人は生きている。先日も数人の若い方々とそんな話をしていて中々ご本人たちの思うようにいかないことが多いと聞いた。そして、そこでこの世界で生きていくことの難しさを改めて感じる。

しかしながら心配は要らない。支えてくれる方々はどこにでもいるものだ。学校だけでなく世の中には”人生”の先生が溢れている。例えば、何も言わないがそっと隣で寄り添ってくれる先生や、その思いを歌声で代弁し勇気をくれる先生。

臥龍はまさに先生なのではないか、そう思えてくる。彼の歌から愛をもらい、寂しさを知り、生き方を学び、何処かへ行き着く術を得る。これからも名もなきシンガーは唄い続けるだろう。そして僕らはそこから何かを学び取れるはずだ。

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2018年5月6日日曜日

第13節 V・ファーレン長崎戦。

世界卓球を見ている。これから女子の決勝が始まる。単純なシングルスではなく団体戦ということもあり特に面白い。中々スピードについていけないのではあるのだが、選手の表情から伝わってくるものも多く、感動の毎日でもある。

同じような形式は他にもあるのだが、この卓球の団体戦という競技は実に面白く興味がある。形こそ団体戦ではあるのだが、試合自体は個人対個人の戦い、正に「組織」の中においての「個の力」が重要な試合方式ではないだろうか。

卓球に限らず、どんなスポーツにおいてもそうなのだろうが、個人戦であろうと団体戦であろうと、そしてチーム戦であったとしても、最後の最後で勝負を決めるのはやはり「個の力」なのだろうと僕は思っている。サッカー然り。

2018年5月5日こどもの日のJリーグ、V・ファーレン長崎戦。常に子供の心を持ち続けるオッサンは相も変わらずのDAZN観戦と相成った。試合の結果も伴ったセレッソ大阪選手の「個の力」を感じることが出来て非常に満足している。

その中でも特に一点目の柿谷曜一朗選手のドリブルにゾクゾクした。身体の動きだけで相手ディフェンダーに尻もちをつかせるあのフェイント。柿谷選手の「個の力」を存分に発揮したあのプレーが今日の勝利を手繰り寄せたのだと思う。

そして、次の試合まで二週間インターバルがある。出続けている選手は休養でき怪我からの復帰も期待できるだろう。その間に手術もある(それはチームには関係ない)。次節広島戦は行けそうにないが、6月のU-23には間に合わせたい。

それにしても「個の力」の無さからなのか、これで開幕してから13試合テレビ観戦継続中でもある。こんな年はいまだかつて無いのだが、まあそれはそれで良しとしたいところ。そしてサッカー現地観戦に飢えている自分がここにいる。

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2018年5月4日金曜日

第12節 名古屋グランパス戦。

役割が増えれば増えるほど、更に重い役割を上増しされていく。それはやはり信頼されている証拠か、それとも何か他の要因があるからか。仕事でもサッカーでも同じような場面に度々出くわすが、出来が良すぎるというのも少々勝手が悪い。

ゴールデンウィークの真っ只中の平日の夜、連戦でしかも大雨の中での名古屋グランパス戦は、当然のことながらDAZNで見逃し配信での観戦となった。これで一体何試合連続でスタジアム観戦できていないのかと自分自身少々案じている。

試合内容はと言うと御存知の通りスコアレスドローとなった。ワールドカップ出場へと相当な期待をされていた清武弘嗣選手が足の怪我で離脱したため、開始20分程度で山村和也選手がスクランブル出場となったが卒なくこなしていた。

それにしても彼は本当に色々な役割を淡々とプレーしているように見える。この試合では途中出場で2トップの一角にも入ったが、ボランチ、センターバック、昨年のトップ下含めて、もうセレッソ大阪になくてはならない存在となっている。

話はちょっと変わる。最近ちょうど「キャプテン翼ROAD TO 2002」を読み終わったところなのだが、大空翼が”バルサの鷹”リバウールのポジションでもあるFCバルセロナのトップ下にこだわり、Bチーム降格という挫折するシーンがある。

プロとは、やはりこのこだわりが必要なんじゃないか、自分自身も以前はそう考えていた。「やりたいこと」「やれること」と「期待されていること」。当の本人とその上役との間には少なからずギャップというものが存在している。

しかしながら山村選手を見ていると、そんなことを考えている自分の考えも否定してしまいたくなる。様々なポジションを任されるのは正に頼られている証拠。こだわり同様これはプロであるが故の立ち振舞いなのではないかと感じた。

勿論、山村選手も言いたいことは山ほどあるのだろうが、それ以上にプロとして信頼されるプレーに集中している気がする。尊敬に値すると同時に、彼のような選手が今の日本代表に必要なのではないか、と真剣に思うところでもある。

トップ下へのこだわりを持ち続けた大空翼について。リバウールからの「まだトップ下にこだわっているか」との問いに対しポジションはどこでも良いと答えたシーン。読んでいて山村選手とシンクロしたような気がして泣きそうになった。

山村選手と翼に勇気をもらい、また明日から頑張れそうな気がしてきた。今いる場所、今与えられた役割を真剣に生きる。それはプロとしてのこだわりと同じくらい重要なことでもあるのだろう。仕事もサッカーもそこが大事なのだと思う。

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2018年5月2日水曜日

クロヱの夏の始まりと終わり。

世の中はゴールデンウィーク。だが外に出歩くことがあまり得意ではない。これを言うと多くの方から「はあ?」と言われるのではあるが、サッカースタジアムのように目的があれば別なのだが、人が沢山いる場所がどうも苦手なのだ。

とは言いながら家でゴロゴロ、映画三昧、漫画三昧、ゲーム三昧になるのもあれなので、愛犬クロヱ(黒パグ、♀、1歳8ヶ月)を連れて、テリ子がいた時に一度だけ行ったことのあるららぽーと豊洲内のドッグラン「ILIO」に来てみた。

豊洲までは都営バス一本で行けるので便利ではあるが、なにせクロヱは暴れる。バスの中でどんなことになるかとヤキモキしながら到着を待つ。意外なまでにおとなしくしているのだが、パグ特有というか呼吸音がバス全体に響き渡る。

豊洲到着後、バッグから出してドッグランまで歩かせる。想像してほしい。この犬の体力を消耗させていく28度を超す勢いの気温。歩くスピードのこの上ない遅さ。とてつもないほどの舌の出方。そして日陰を探して彷徨っている黒パグ。

ドッグランに着く頃にはもうヘロヘロになっていた。中には友だちワンコが数匹いたが、遊ぶこともままならない。最後には土の地面にベターと転がって動かなくなった。せっかくフリーダムになれるチャンスだと言うのに残念である。

時間が経つに連れ体力も回復し、新たに増えた友だちともクンクンするようになってきた。そのタイミングでちょっと走ってみた・・・が本当にちょっとだった。また同様に地面にベター。走ったのを見たので30分延長してきたのだが。

ということで、初めてのドッグラン体験(ドッグはランしていないが一応)から無事帰着。確かに昨年も夏場の散歩は動かなくなったし、やはり暑さには勝てないということだけ分かってよかった。クロヱの2018夏は終わった(嘘)。

(ブログに数枚写真あり)

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2018年5月1日火曜日

試される信頼関係。

人が人を見放す時にはいくつかのターニングポイントがあると思う。怒りや憤りというバロメータはどちらかというと正の力であって、人心離れていくのはやはり諦めや侘しさのような感情からくるものなのか。そんな気はしている。

好きの反対は嫌いではなく”無関心”であると誰かが言っていたが、その感情が生まれた瞬間、信頼関係なんてものは脆くそしていとも簡単に崩れるのだろう、そんなことを思ってしまう。そしてその感情は双方にしか分からないものだ。

先日ヴァヒド・ハリルホジッチが日本代表監督を解任された。内情は分からないし興味も無いのでどっちでもいいのだが、残り60数日となったタイミングでの監督交代が、今、どのような効果を産み出しているかがとても気になる。

今回、後任には技術委員長の西野朗氏となった。アトランタ五輪代表監督でありJリーグ最多勝利数を持っているこの監督には期待するしかないのだが、それはそれで、やはりここで頑張らなければならないのは選手だと正直思う。

現在、ワールドカップメンバーの当落線上にいると目されている我がセレッソ大阪の選手たち。山口蛍選手、杉本健勇選手、そして怪我からの復帰した清武弘嗣選手。それ以外の選手も信頼を勝ち取るチャンスがあるのかもしれない。

僕個人もピンチをチャンスに代えていく所存である。先日発生した怪我の関係もあり彼の地ロシアに行けるかどうか本当に微妙ではある。しかし、何とか最後まで調整し、一試合でいいので参戦したいと思うが果たしてどうなるだろうか。

来週末、選手同様ロシアへの切符をかけた戦いに臨むわけではあるが、僕と医者先生との信頼関係が試される時なのだろうか。絶対に負けられない戦いがそこにあるかどうか分からないのだが、決戦に挑む気持ちに変わりはなさそうだ。

・・・スケールは小さすぎるほど小さいのではあるが。

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2018年4月29日日曜日

第11節 ジュビロ磐田戦。


やっぱり人間という生き物が好きだ。特に人間が持ち得る曖昧さや中途半端さが好きだ。その曖昧さや中途半端さが好機も生むし危機も呼び込む。この人間の曖昧さや中途半端さによって様々なドラマが起こったと言っても過言では無い。

歴史の中でもこの何とも言えない人間のもどかしさによって、時代の転換期を迎えたのだと思う。そして、もしAIなどの機械が人になり変わって決断してきていたとしたら、この世はどうなっていたのだろうと思うと不思議な気持ちになる。

ましてや、サッカーのレフェリーは瞬間的に判断しなければならない職業。最近はビデオ判定などが採用されるリーグもあるが、個人的には人間の曖昧さや中途半端さというファジーな部分がサッカーを面白くしていると感じている。

ジュビロ磐田戦はそんな人間の曖昧さを感じる試合だったのではないか。両者ともレフェリングに苛立ちを隠せず、最後の最後までそのフラストレーションが溜まっていく。その何とも言えない展開は正に人間でしか起こせないことだろう。

そのレフェリングに苦しめられたのか助けられたのかはそれぞれの見方があると思うので割愛するが、それ以上に我チームの細かなミスが自分たちの足を引っ張り、その結果なんとかドローで終わったというのは九死に一生を得た感がある。

僕自身ITにも関わる身として、先の未来でAIがものごとを判断し決断していくシーンが多くなる世の中になっていく手助けをしている。その関係で少しずつ曖昧さや中途半端さが薄れていくことに力を貸しているのも紛れもない事実である。

だが、身体中にベタベタとセンサーを付けられた選手が、グラウンドの至るところをモニタで監視される環境下でプレイするくらいなら、この世からサッカーというスポーツは無くなったほうがいいと感じるのは果たして僕だけだろうか。

繰り返しではあるが、やっぱり人間という生き物が好きだ。そしてサッカーの試合には曖昧さが、ファジーが、中途半端がよく似合う。選手の皆さんには大変失礼ではあるのだが、そんなアナログを感じられるサッカーが、僕は好きだ。

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2018年4月28日土曜日

第10節 ベガルタ仙台戦。

吹田での試合のショックから立ち直れないまま今週を過ごしているのだが、お役所仕事という更に辛い現実が見えてしまいかなりの疲れ気味でもある。ダブル、いやトリプルなのだろうか、人には困難がいくつも重なってやってくるものだ。

どうもディストピア的な発想しか出てこないような気分になっているのはやはり手術のことを考えているからか。そんな時はちょっと空いた時間に好きなことをする。読書、映画、そして先日大人買いしてしまった漫画。プチ幸せを味わう。

当のセレッソ大阪について。過密日程の中で選手たちも厳しいとは思うが、見る側のこちらも水曜日夜開催のリアルタイム観戦は非常に厳しい。ということで、ダービーロス後の大事な大事なベガルタ仙台戦を金曜日に見ることとなった。

久々に勝負強さを感じたし、勝ち切るセレッソ大阪が戻ってきてくれている気はするが、まだまだ怪我人や連戦の影響で疲れが取れていない選手も多いと思う。ここからゴールデンウィークでもあり予断を許さないと感じている。

とは言いながらセレッソ同様嬉しい話が無いわけでもない。先日も素敵な連絡が入ってきた。前途は明るいなと素直に思う。という文章をU-23の試合をテレビで見ながら書いている。サッカーをセレッソを見ていられる幸せを味わっている。

さあ、ジュビロ磐田戦が始まる。

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2018年4月22日日曜日

第9節 大阪ダービマッチ。

「Waiting For Love」のAviciiが亡くなった。PKを足に当てたのに止められなかった。相手のベンチにレヴィーがいた。ショッピングポイントを使い損なった。アウェイで15年以上も勝てていない。そうやって、ドウシヨウモナイ一日が、終わった。

ダービーで負けるとはそういうこと。以上。

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2018年4月16日月曜日

第8節 FC東京戦。

多くの方に気遣っていただいて本当にありがたい。アミーゴの声一つ一つが本当に気力の一部になる。選手たちが最後の最後で力を振り絞れるのは「声」という後押しがあるから。耳から目から入ってくるその「声」に勇気づけられる。

とは言え至って健康そのものではあるし手術で治るものでもある(と先生は言う)ので、まずはご安心いただければこれ幸い。選手同様、6月のロシアワールドカップに向けて何とか万全にしていきたい。行けるのか、という問題はさておき。

話は変わるが、今年に入ってACLはおろかリーグ戦も現地で見ていないという何たる有様。散々たる結果であるがその分チームは調子良い。この幾何学的反比例のような成績は今に始まったわけではないが、貢献度に胸を痛める毎日である。

ワールドカップイヤーでもあり15連戦という厳しい日程に晒されているクラブの一つでもあるセレッソ大阪。そんな中でも、月並みな言葉ではあるが”したたか”に戦っている印象がある。終盤の守備陣形など見てもそれがよく分かる。

このFC東京戦も結構辛い状況に置かれるシーンが多々有った。ハードワークで乗り切ってはいたが、特に後半の左サイド(FC東京で言う右サイド)は丸橋祐介選手、木本恭生選手が相手に対して後手に回る機会が多くなっていた。

選手たちの顔がモニタに映し出されるたびに疲労の影を気にしてしまう。明日にはもうACLのアウェイ、そして週末には大事な大事な大阪ダービーが待っている。「怪我だけはしないよう充分ケアして欲しい」とモニタに「声」をかける。

たとえ、ファン、サポーターの「声」がその選手の体調を良くしたり怪我を治したり出来るわけではなかったとしても、その「声」は必ず、選手たちの身体のどこかに届きそして強く響いている。それだけは間違っていないと断言できる。

そう思いながら、僕は今週もその「声」に耳を澄ます。

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2018年4月14日土曜日

第7節 川崎フロンターレ戦。

この試合が行なわれる水曜日の朝。病院に行き検査をして、そして手術入院と相成った。この歳になってくると本当に色んなことが起こるし何とも言えない。調査も含めての入院だが、それほど重くもないと感じているので自分でも安心している。

まあそれはさておき。第8節が行なわれる土曜の朝にようやくこのゲームを見終わるという何ともだらしないセレッソサポーターではあるが、ご容赦願いたい。公式戦4連勝とは言え薄氷を踏む思いも度々感じているし両手を挙げて喜んではいない。

15連戦という未だかつて無いスケジュールを乗り切らないといけないJリーグ。ターンオーバーを上手く活用し選手の休息に努めるのが監督の役目とするならば、モチベーションを保ち続ける尹晶煥監督の手腕というものは本当に凄い。

それもこれも、昨年のルヴァンカップ、紐解いてはU-23の設立というクラブ全体の意識の持ちようなのかもしれない。選手たちが「頑張れば出場できる」環境を構築することも、モチベーション維持に大きく貢献する要素なのは間違いない。

ベテランと若手、前線と守備陣、日本人と外国籍選手。それだけではない。様々なせめぎあいがクラブの中で生まれ、切磋琢磨し、そしてお互いのレベルが限界を超えていく。それこそがミューチュアルリスペクトと呼べると僕は思う。

2ヶ月ぶりに清武弘嗣選手がピッチに戻ってきた。違いを魅せられる選手として当然この切磋琢磨の中に入ってくる。そして今後も怪我人が戻ってきて、更なるレベルアップが行なわれるはず。厳しい日程が続くが、うちの選手たちは戦える。

<15✕30の中での3ラインに尹晶煥監督の美学を見ました。>

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何気なく、さり気なく、そして熱く。

チームのために”戦える”選手が僕は大好きだ。たとえ僅かな時間しか与えられなくとも全力で走り奪いそしてまた走る。セレッソ大阪にはそんな”戦える”選手が多くいた。今、尹晶煥監督の指揮により更に”戦える”選手が増えてきている。

正直なところ、仙台のクラブや埼玉のクラブに在籍していた頃の彼を、あまり好きではなかった。と言うか、どちらかと言えば嫌いなタイプの選手だった。そんな彼がセレッソ大阪に来ることになった時、あまり歓迎していなかったのも事実だ。

しかしながら、セレッソ大阪に入団し蓋を開けてみるとまったくの正反対。チームのために何気なく、さり気なく、そして熱く献身的にプレーし、そして先発だろうが途中からだろうが、最後の最後まで戦い抜ける選手だったことに気付かされた。

そこで僕は自分の愚かさというか心が小さいことを知った。それは本当に僕という人間の底の浅さを表現していたのだった。そして分かったのだ。僕は、彼のことを嫌いなのではなかった。他のクラブのために”戦える”彼が嫌いだったのだ、と。

彼のブログを見た。いつもと変わらないビックリマークの多い、軽いタッチ。しかし、その中にそっと、満開の花が見えた。「俺の中には桜は一生咲いています!」彼は最後まで何気なく、さり気なく、そして熱い男だった。改めて、惚れた。

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2018年4月10日火曜日

なぜ本を読むのか、と問われても。

「なぜ本を読むのか」と問われ「そこに本があるからだ」と簡単には言い切れない自分がそこにはいる。そして、なぜ人は本を読むのだろう、なぜ僕はこんなにも本を読むのだろう。そんなことをいつも考えてしまう。本を読みながら、である。

その本という話題。最近というかようやくというか、ジャパネットたかたの創業者で現在はV・ファーレン長崎社長でもある高田明氏の著書「伝えることから始めよう」をオーディオブックで拝聴し、先日読了した。その話を今日は書きたいと思う。

読んでの率直な感想だが、自己啓発本というよりはどちらかというと自叙伝に近いものではあるが、非常に読みやすい(この場合は聴きやすい、か)。カメラ店から始まり撮影スタッフの話などとても興味を掻き立てられる内容だった。

とある方に「どうせ本を読むなら、ハウツー本や自己啓発本よりも、歴史を創った人の自叙伝や伝記を読んだほうが良いですよ」と言われたことをなんだか思い出してしまった。確かにそれ以降「人の生き方」に関する読書が多くなった気もする。

先日ある会社からの献本。第一部は業界の仕組みみたいな内容であまり興味が湧かなかった。がしかし、第二部以降の社長さんの話になると半ば食い入るように短時間で読み切ってしまった。実のところそんな人間臭さを求めているのかもしれない。

本には魔力がある。読みだしたら止まらない、だけではなく、その本の中に入っていく気持ちになる。その昔「ネバーエンディング・ストーリー」という映画もあったが、まさにそのような気分になってしまう。その感覚が好きで読んでしまう。

確かに面白くない本もこの世には存在する。しかしながら面白い本に出会った時の感動は、忘れられない一瞬となる。これからも多くの本と出会いたいし、そして多くの「人の生き方」にも触れたい。そんな思いでまた次のページを僕は開く。

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2018年4月8日日曜日

第6節 サガン鳥栖戦。

4年おきに起こることは何もワールドカップやオリンピックだけではない。身体の異変もそんな感がある。自分では分からないところとはっきりと分かってしまうところ。これから少々病院通いの生活となる予定、どうも心が晴れてこない。

そんな心折れそうな週末の土曜日にセレッソ大阪の試合を見る。勝ち負けはともかくセレッソ大阪と過ごす週末がある生活は本当に素晴らしい。ましてや勝ってくれたりするとポキっとなった部分にギブスを付けてくれたような気持ちになる。

ふたつのゴールとも、結果的には偶然が重なった事故に近いカタチでだったので何とも言えないこの口。しかしながらそれ以上に、丸橋祐介選手や高木俊幸選手を中心とした左サイドが活性化すると、良い試合展開になるのだなと感じた。

聞くところによると9試合連続失点らしい。鳥栖戦の失点もマークを外してしまっていたしまだまだ修正すべきところもあるとは思う。それよりも、決めるべき人が決めるべきところで確実に決めてくれるようになってきているほうが嬉しい。

水曜日にはまた試合がある。ミッドウィークと終末との連戦は負担も相当なものだと思う。選手、スタッフ、ファン、サポーターにも疲労の色が出てくると思うので全てのセレッソ大阪に関わる方々のご健勝をお祈りしたい。それは自分にも。

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2018年4月7日土曜日

第5節 湘南ベルマーレ戦。

4月である。新しい年度に新しい出来事。多くの方が様々な出会いと別れに触れ合っている季節。その一期一会を、より楽しむかそれともより悲しむかは人それぞれ。しかし、そんな2018年の春を味わうつもりが、物凄い暑さでまいり始めている。

そんなことを言っている場合では無いのも分かっている。我がセレッソ大阪はリーグ戦で未だ勝利が無く、厳しい状況に置かれている。怪我人が続出し調子も下り坂であるこの現状を打破するにはとにかく一勝すること。それに尽きる。

そんな中、4月直前の土曜日に湘南ベルマーレとの試合を見る。どのクラブに対してもそうなのだが、Jリーグで1年先輩の湘南との試合には若い頃から良いこと悪いこと多くの記憶が殊更ある。あの頃を思い出して懐かしむ日も少なくない。

湘南ベルマーレとの記憶で初めに思い出してしまうのはもちろん1995年正月の天皇杯決勝ではあるのだが、それと同じくらい、両クラブに所属した選手や監督コーチ、そしてスタッフの方々が頭をよぎる。特に多くを教えてもらったあの方を。

話を戻して、試合。結果は満足しているがそれ以上に試合内容が素晴らしい。両チームとも最後まで走る、走りきる。本当に気持ちがいい。特にセレッソの選手はインターナショナルウィークでリフレッシュ出来た効果があった気はする。

いずれにせよ今節で勝ち点3を獲得できたことは極めてこの先のセレッソにとっては大きい。ここから更に暑くなる季節、そしてワールドカップ前後までの厳しい日程。少しずつ選手も復帰し、近々でしっかりとした体制を整えられる気がする。

そう言えば今年の正月にあの方から年賀状を頂いていたのを今思い出す。返事も出さずなんて不義理なのかと自分を腹立たしく思う。近々手紙でも書いてみようかと考えている。人付き合いが苦手な僕ではあるが、一期一会を大事にはしたい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

2018年4月1日日曜日

ヒーロー考。

「オー・マイ・ジャンプ!〜少年ジャンプが地球を救う〜」を見終わった。どうでもいい内容(失礼)ではあったが、子供の頃から憧れてきた”ヒーロー”という存在があったせいか、最終話では思わず泣いてしまいそうな場面も多く存在した。

今では驚かれるかもしれないが、読書が好きだったこともあり多くの漫画を読んでいたあの頃。毎週月曜日が来るのを心待ちにしていた。キン肉マンはどうなるのか、キャプテン翼はどうなるのか・・・など、ワクワクしていたことを思い出す。

セレッソ大阪がJリーグに昇格した1995年。JFLで優勝を勝ち取ったのだが、やはり新戦力の加入が急務だったあの時。出場は無かったのがブラジル代表として前年のアメリカワールドカップの優勝メンバーであったジルマールがクラブに加入した。

どうしても守備に重きを置かざるを得なかったチームの守護神として素晴らしい活躍を目の当たりにして、世界のゴールキーパーとはこんなに凄いのだと、正に”ヒーロー”を見る目でジルマールに熱視線を送っていたことを今も記憶している。

昨日の湘南ベルマーレ戦のハーフタイム。DAZNからジルマールの映像が流れた時、一瞬あの時に戻ったような気持ちになった。サッカーも漫画も、”ヒーロー”はいつでも僕らを助けてくれる。そんな事を思い出させてくれるこの週末だった。

一度、歴代の外国人選手についても改めて調べてみようと思う。多くの素晴らしい選手たちに囲まれてこのクラブは育ってきたと言える。悲喜こもごもではあるが、こんな事を考えられるのも”ヒーロー”達のお陰、といっても過言ではない。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

2018年3月25日日曜日

テストは何を得て何を失うか。

何がトリガーだったかは分からないが、何故だか急に欲して三浦知良選手の「足に魂こめました」を読み始め、そして瞬く間に読了した。何を得て何を失ったか、まるで浜田省吾の歌のような気分。読み終わった感覚としてはそんな気持ちだ。

ひとつ理由を絞り出すとするならばフランスワールドカップのメンバー選出における当時の岡田監督の決断を思い出した、という結構ベタな内容。しかもこの本はアメリカワールドカップ最終予選いわゆる「ドーハの悲劇」前。何とも理由が雑。

とは言え、この予選とそれ以前のダイナスティカップからアジアカップに続くあのテストな流れ。あそこから日本サッカーは勢いを増し、そしてJリーグという珠玉を手に入れ、ドーハでは一度挫けたものの今があるのだな、と正に思う。

マリ代表との試合を見た。本番までの3ヶ月という正にサバイバルの中、選手によってはこの試合で得たもの失ってしまったものが沢山あると思う。ある意味4年に一回ではあるのだが、代表選手にとってこの時期のテストは学生と大差ない。

テストでは、勉強すれば点を手に入れ勉強しなければ点を失う。ではこの試合ではどうだったか。テストには受かったのかそれとも駄目だったのか、それ以前にテストすら解く機会を与えられなかったのか。追試はあるのか無いのか。果たして。

仮想なんちゃらの前にやらないといけないことはまだまだありそうだが、それでも試合をしてくれる相手国の方々には感謝したい。正直言ってマリ代表を甘く見ていた感も否めないし、セネガルはこれ以上のチームであることは間違いない。

何となく4月以降の立ち位置も分かってきたので、ロシアへの旅でも探してみる。多分一試合が限度だろうからどの試合を見るかによって随分変わってくる。あ、その前に広州に行く準備もしなきゃならない。さて「何を得て何を失う」のだろうか。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

2018年3月22日木曜日

第4節 ヴィッセル神戸戦。

気温差が激しい。こういう時は本当に体調管理が難しい。だからこそ早めに寝たり予防を怠らないようにしたいのだが、どうも人間が出来ていない模様でそれもおぼつかない。なんとか毎日を死なないように過ごしている、そんな感がある。

さて、ヴィッセル神戸戦もまたテレビ観戦となってしまった。今年は多くの試合を見に行きたいと思っているにも関わらず、未だAFCチャンピオンズリーグもロシアワールドカップも予約出来ていないのだ。何故だか身体が前に動かないのだ。

そんな中アウェイである大事な一戦。原因を怪我人と疲労だけにしたくは無いのだが、今年はかなり早い時期からスタートしているだけあってやはり息が上がる時間が殊の外早い。そんな印象しか持ち得ない状況なのは間違いない。

確かに相手も良かったわけだがセレッソ大阪の出足が良くない。普段なら出る足が中々出ていない。とりわけ先制点も追加点も普段ならあと一足が出ていたはず。如何なサポーターでも、声の限りを尽くしたとしてもやはり限界がある。

とは言えリーグはまだ4戦。SAKURA NEXTの勝利も励みになる。巻き返しは絶対にあるし、セレッソファン、サポーターの期待をこのチームは決して裏切らない。まずは体調管理などこのインターバルでの回復を待ち望みたい。前へ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

2018年3月14日水曜日

第3節 柏レイソル戦。

若い頃は何となく人生というものを競争だと思ってしまう節もあり、自分が勝つためには他人を蹴落とさないといけないと変に考えてしまうところもあったかもしれない。今となっては若気の至りと笑えるが、当時は死活問題だった気がする。

年を取るにつれて、というか今ではコラボレーションや共闘やミューチュアルリスペクト(相互尊重)といったキーワードが自分の中でも多くなった。ライバル同士が共に成長し共に結果を出していける、そんな気持ちになりつつあるのだろうか。

柏レイソルとは1995年のJリーグ昇格の同期であり、柏餅桜餅の「餅ダービー」仲間でもある。柏レイソルサポーターにアミーゴも多いし、そういう意味では因縁という言葉にも近い近親感があるクラブというイメージを長年持ち続けている。

そんな柏レイソルとのアウェイ戦。関東圏での試合であるにも関わらず、結果的には諸事情によって今季三試合連続でのテレビ観戦となってしまった。勝利が欲しかったわけだが内容から言うと勝ち点2を落とした試合としか見ることが出来ない。

3試合で勝ち点3。負け無しと見るか1勝2敗と見るかはまちまちだが、ソウザ選手のスーペルゴラッソが残り30試合強の布石となるかどうか。今日のブリーラム・ユナイテッド戦にかかっているところは思いのほか大きいのだと思う。

そしてこの日立台では、24年前に大敗して以来多くの思い出がある。良いことも悪いことも沢山この場所では起きてきた。そして今回、またひとつ課題を抱える形になってしまったのは残念ではならないが、出来る限り早期に解決を願いたい。

柏レイソルとは共にアジアを戦うアミーゴとしてこれからも切磋琢磨したい。そしてお互いに素晴らしい選手をもっと輩出していくことが出来ると信じている。そんなアンニュイな間柄。なんだかこの言葉がしっくり来る、自分的には。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

2018年3月12日月曜日

記録の力を。

最近は、日本という国についてよく調べるようになった。若い頃はそうは感じなかったが、この国が作ってきた歴史や文化を知るたび思う。先人の方々が残してくださったおかげで、今の時代でも色々と考えたり学んだりすることができる。

東日本の震災から昨日で7年になった。7年をどう捉えるかは個人個人であると思う。多くの方と話をしていても感じるが、自分自身としては”まだ7年”だろうという気持ちが大きい。そして、これからも多くの思いを持って生きていくのだろう。

2011年10月に仙台を訪れ、2012年9月に南三陸町を訪れ、そして2013年9月に気仙沼と陸前高田を訪れたことがある。しかしながら鮮明に思い出せるかと言われると難しいところも正直ある。これは神戸の震災、そして熊本に関してもそうだ。

人の「記憶」というシステムは新しいものが入るたびに少しずつ少しずつ古いものを風化させていってしまうもの。学者ではないのだが、そんな気が僕はしている。だからこそ少しずつでも語り継いでそして残していく必要があると思っている。

人とは優しく素晴らしい生き物なのだなと心から思っている。そして、そのような人達が紡ぎ出す「記録」の力はことのほか大きいと感じる。僕個人としても、このブログや語りによって、多くのことを伝えていけるように努力していきたい。

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2018年3月6日火曜日

ターンオーバー考。

多くのアミーゴがタイを訪れている。今回は日程的に中々厳しく、4月のアウェー最後の広州には何とか行きたいと思ってはいるがどうなるだろうか。時間を上手く作れない自分自身に歯痒さを感じている。鼻と目のほうがもっと痒いわけだが。

このブリーラム・ユナイテッドとの一戦。尹晶煥監督はほぼ完全なターンオーバーを敷いてきた。特に、スタートが見込まれる山田寛人選手には大きな期待をしたいのだが、それ以外にも新加入選手を含めて、良いプレーをしてくれるものと思う。

ターンオーバーと聞くといつも思い出してしまうのがナビスコカップのターンオーバー問題・・・ではなくキャプテン翼。南葛SCの城山監督が出場を懇願する若林源三に向けて言い放った言葉である。それが耳にこびりついて離れないのだ。

若林 おれたちの目標は全国大会出場じゃない
全国大会優勝だ
これくらいの試練をのりこえられんようじゃ
年ねんレベルがあがっている全国大会にでても
とうてい勝ちぬくことは不可能だ
それならいっそのこと
ここで負けてしまったほうがました!

静岡県予選の準決勝、島田小サッカー部に先制され更に追加点を奪われたあとのこのシーンが、何故かずっと覚えているシーンのひとつ。この試合は、キャプテン翼の数々の試合の中でも、かなり清々しい気持ちにさせてくれるのだ。

と同時に、これは所謂ターンオーバーというものでは無いかと、大人になって気づいた。全国優勝に向けた監督の激でもあるし、若林源三を決勝にベストな状態で出場させる理由もあり、そしてサブの森崎有三を育成するためのものでもあった。

そのような意味付けからもこのターンオーバーというものを上手く利用し、選手層の底上げが出来た昨シーズン。今シーズンはルヴァンカップからACLチャンピオンズリーグには変わったものの、その流れは変わらないのかもしれない。

そしてその期間をより長く、そしてより厳しい試合をこなせるように、とにかく予選を突破し更に高みを目指して戦って欲しい。その中で多くのヤングスターやベテランの輝きを魅せてくれることを期待しながら、今日はモニタの前で、祈る。

あぁタイに再び行きタイ。

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2018年3月4日日曜日

第2節 コンサドーレ札幌戦。

遂にまたこの季節がやってきた。無性に鼻が痒い。目が痒い。ティッシュペーパーと目薬の使用量が経済を潤すのではないかと感じるくらいの、そんな花粉症と戦う日々。薬の力をもってしても、集中力を保ち続けるのが本当に困難である。

Jリーグは毎年新しい試みを続けている。その中のひとつ「フライデーナイトJリーグ」と称し金曜日開催となった今節の札幌戦。10,415人の観客をキンチョウスタジアムに集めての試合は3-3のドローとなり、我がセレッソは開幕二戦で勝ち点2となった。

当然相手も研究してきているわけでもあるし、全ての策が上手くいくはずもない。しかしながら、”走り負ける”ことだけはどんな内容の試合になったとしても結果として表れる。この札幌戦を見ていて、そんな思いをついつい持ってしまった。

とは言えまだ2試合。当然この後のACLそして更にJリーグと続く厳しい戦いの真っ只中で、確かに勝ち点3は欲しかった。が、取るべき人もゴールを決め、大味なゲームにはなってしまったもののそういう意味では悲観する必要は無い気がする。

花粉症同様、春という季節は日程的にも体力的にも厳しい。そんな中でひとりひとりの力を出し切りたい。あ、そういえば秋にはブタクサがあった。サッカーも花粉症も、一年中通して厳しさだけは変わらないようだ。薬は早めに処方を。

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2018年2月27日火曜日

第1節 横浜F・マリノス戦。

1年に一度あるかないかのくらいな風邪である(インフルエンザでは決して無い)。そんな中でLEGO勉強会のファシリテーターなんかをやってしまったせいで声が本当に出ない。そして当然のことながら、先週末は悲しみの三連休となってしまったのである。

多分3日間で40時間程度の睡眠を取ることができた。やはり人間にとって睡眠は大事な行動のひとつであると実感した。そして、僕の身体はまさに「寝ること」を欲していたのだと思うと、この休暇は天からの贈り物なのかもしれないと素直に受け取った。

そういう意味でも、休息の多かった横浜F・マリノスと短かったセレッソ大阪との差が開幕戦に出たとは思わないが、3試合こなして息が一旦上がった状況であることは間違いないと思うし、チームとしてもここからが重要になってくるのだと感じる。

選手は機械ではない。病気もすれば怪我もする。特に今年のような試合数の場合は尚更である。そのためにも休みの時はしっかりと休み、そして来るべき時に備えて準備を万全に整えて戦ってくれるだろう。暇を大切にする。僕が言うのだから間違いない。

なんだかんだ言っても2018年のJリーグがスタートしたのだ。あれこれ言っても始まらない。平昌オリンピックで心に響いたフレーズ「STAY POSITIVE」を胸に刻んで、長い長いこの1年を多くの方と一緒に楽しみたい。いや、楽しめるはずだ。

余談だが前述のLEGO勉強会。今までのファシリテーションの中でもかなり上手くやれた部類に入るくらいの出来栄えだったと自画自賛している。やはり調子が悪い時こそ、その一瞬一瞬を大事にしようと殊更神経が研ぎ澄まされるのかもしれない。

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2018年2月20日火曜日

心を届ける。気持ちを届ける。

冬のスポーツはからっきし駄目なタイプなのだが、見るのは楽しめるタイプである。ジャンプのダイナミックさ、スピードスケートの速さなどに感動したり、またカーリングのような緻密さ、フィギュアスケートの美しさに驚嘆してしまう毎日だ。

例えは古いかもしれないが”ウインタースポーツ音痴”の僕のような人間にとって、冬季オリンピック出場選手は「代弁者」なのだ、時々そう感じてしまう。自分に出来ないことを代わりに体感し、そして見る者に感動を与えてくれる存在であると。

メダルの有無に関わらず全ての競技選手の中にあるドラマをひとつひとつ知るたびに、冬だろうが夏だろうが、スポーツというものの素晴らしさに感動以外の言葉が見つからなくなる。それはひとつとして例外はないと思う。

そしてその選手たちの後ろには彼らを支える多くの方々もいる。家族、技術指導をしてくれるコーチや体調管理を促すトレーナー、食事に気をつかってくれる調理師さんや身の回りのお世話をしてくれるマネージャー。勿論応援する観客も然り。

人間は、たったひとりでは何も出来ない生き物だ。支えあって励ましあって時には叱咤激励も含めて人と人との”気持ち”で成り立っているといっても過言ではない。だからこそここ一番で実力を発揮できたり、苦しい時に最後の力を振り絞れる。

我々サポーターも同様だと思う。選手は我々に代わりフィールドで戦ってくれている。だからこそ我々は心の底から彼らに”気持ち”を届ける。その思いは必ずや選手に伝わっていく、気づいてくれる。そしてそれが最後のひと足を出す力に変えていく。

「心の代弁者」というとなんだか重くなってしまうが、個人的にはその思いがかなり大きい。選手がそのような多くの”気持ち”を背負って戦っていることを知る。たとえ声にならなくても、その”心”がスポーツを見る側には一番大切なのだと思う。

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2018年2月12日月曜日

最高のスタートとありがたい話。

ゼロックススーパーカップを見るために埼玉スタジアムに行ってきた。昨年の日産スタジアムはセレッソ大阪アカデミーの選手が出場していたためNEXT GENERATIONS MATCHからだったが、今年は諸々の都合で13時35分からのこの試合だけにした。

2018年のセレッソ大阪はアジア・チャンピオンズリーグ、Jリーグ、ルヴァンカップ、天皇杯の四冠とこの試合を併せた5つのタイトルを狙えるチャンスが訪れている。まずはこのゼロックススーパーカップでどれだけ魅せられるかが焦点になっていたと思う。

最近では「賞金のあるプレシーズンマッチ」と揶揄されることも多いゼロックススーパーカップだが、やはりどんな試合でも勝つというのは嬉しいものである。しっかり賞金も稼いで、今シーズンの始まりとしては最高のスタートを切ったと感じる。

当の試合は殆どセレッソ大阪のものだったし、2つの凡ミスを除けばほぼ完璧な試合だった。昨年とさして変わらない構成の上、新加入選手も実にスムーズに試合に入っていた。彼らを見ることが出来たのも大きな収穫であるし、本当にありがたい話である。

しかしながらこの時期の試合は調整不足などもあり、見る側も”怪我をしないように”と考えてしまう。続々と行なわれる選手交代(試合の途中でレギュレーションを知った)もそういったコンディションへの配慮だと思うと、少しありがたい気持ちになった。

ありがたい話というともうひとつあって、試合前に様々な方から連絡をいただいた。「埼玉来てるの?」とか「何処で見てるの?」といった連絡をもらい本当に嬉しかった。存在を忘れないでいてくれるだけで幸せな気持ちになれるのは誠にありがたい。

サッカー観戦だけでも充分楽しいのだが、好きなことで仲間と触れ合えるという、また違った独特の人間関係を本当にありがたく感じる。これがJリーグの歴史というものだろうか。サッカーには人生を捧げる何かがあるのだ、と改めて心に記した。

Jリーグは今年25周年を迎える。この歴史の積み重ねが自身の人生における幾重の層となって形成づけられている。このような機会を頂けるJリーグに感謝しつつ、今後も、信頼する多くの仲間への「ありがとう」と共に更に前に進みたいと感じている。

とはいえ、人見知りの冒険はもうしばらく続きそうだ。

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2018年2月6日火曜日

生涯続く「悩み」。

寒い日が続いているせいかそれとも老化現象なのか、身体のあっちこっちに異変をきたしている。最近では背面、特に腰痛には非常に悩まされている。立っている時や歩いている時はそれほどでも無いのだが、長時間椅子などに座っているのが辛い。

人間のほぼ全ての行動に関与してくる腰。元々持病みたいなものを親から受け継いでいたこともあり、故に誰にも文句を言うわけにもいかず、かと言って病院に行くほどでも無いと勝手に決めこんで、いわば”生涯付き合っていく”悩みなのだと理解している。

三十代の頃には健康なんて言葉など考えもせず暴飲暴食だった日々を思い出し、やはりそういった積み重ね(いや負の蓄積と言ったほうが正しい)の影響で今の身体があるとするならば、タイムマシンであの頃に戻って「アホ」とアドバイスしたいくらいだ。

セレッソ大阪のキャンプも終わり、やはり怪我人も出てきている。仕方のないところも多いとは思うが逆の見方も出来る。シーズンはここからロングラン。最後の最後で力を必要とされるシーンが必ず出てくるので、じっくりと腰を据えて治してほしい。

今週末には2018年のシーズンを占う一戦が待っている。練習試合では結果が出たとしても本番は違う。ましてや相手はJリーグチャンピオンである。2018年の元旦まで戦い時間的制約というものに一番左右された我らセレッソ大阪は、確かに分が悪いかもしれない。

とは言うもののこのような悩みはこれから「生涯続く」のである。これは常勝軍団を目指す身としては当然受け入れなければならない事実でもある。そのためのアカデミーそのためのU-23なのだと思えば案外悲観的になる必要もない。つまり嬉しい悩みでもある。

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2018年2月1日木曜日

”水の街”のサッカーショップ。

「片付けをしていると次から次へと『やってますか?』ってお客様が来られるんですよ。申し訳なく思いました。」とメンバーから聞かされ、改めて、本当に多くの方々からご支援やご愛顧を賜りながら生きてきたのだなと心にしみる。

この1月末をもって足掛け11年8ヶ月の蹴球堂長居店を閉店することにした。理由は蹴球堂長居店ブログにて記載しているので割愛するのだが、長きに渡りまさに”悲喜こもごも”という言葉がピッタリであったように思える。それくらい濃密だった。

”水の街”、”水都”と言われる我らの大阪で11年で4回も水漏れ事故が発生する店は本当に珍しいというかあり得ないことであるとは思うが、今思い出してみるともっと多くの諸問題も発生しており、店舗運営で起こる殆どの障害と向き合った気がする。

とは言え、多くのお客様、取引先様、そしてセレッソ大阪様には大変お世話になり、ここまであの場所で続けてこれたのではないだろうか。本当に感謝している。しばらくはインターネットとイベント運営をしながら新しいことを模索する日々が続く。

肝心の新店舗については様々検討をしているのだが、前回同様多くの方が楽しんで頂けるようなスペース、環境を提供していければと考えている。しかしながら課題も多いので色々と悩んでいるのも事実。少々先の話しになりそうだ。

これからも”セレッソファンのセレッソファンによるセレッソファンのため”のサッカーショップ蹴球堂を運営すべく「水もしたたる良い◯◯◯」揃いのスタッフ一同で努力していきたい。この先の蹴球堂の活動にも感心を持ってもらえると幸いである。

昨晩、スーパーブルーブラッドムーンを見た。空に輝き、満ち欠けしていく姿に自分を重ね合わせた。まだまだ捨てたものじゃないなと感じつつ、更にその先を追い求めて走り続けることが必要だ。心の水がとめどなく溢れ出すのを必死でおさえた。

最後の最後まで”水”である。

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2018年1月29日月曜日

セレッソファン東京支部。

少し前の話にはなるが、先日、セレッソファン東京支部の新年会が催された。セレッソファン東京支部とは、諸々の事情で関西から上京してきているセレッソファンで構成されており、現在はフェイスブックで細々とグループ運営をしている。

第一回目は大阪の味「串かつ田中」だったが、今回の場所は、今季のセレッソ大阪の勢いをつけるべく新宿の「アントニオ猪木酒場」。まさに猪木ワールド全開の居酒屋でもあった。そして、とある御方の飛び入り参加もあり濃密な新年会となった。

セレッソファンは何処にいてもセレッソ大阪を通じてつながっている。これからはグローバルな時代になり、関西人もドンドン世界へと飛び出していくに違いない。どんなに遠く離れていても気持ちはひとつ。それがWe are CEREZO.というものだろう。

今回6名(一名は大阪からの参加だが)での開催だったが、もっと多くの関西出身東京在住者の方と交流したいと思っている。このブログが告知に有効かどうかは全くもって不明ではあるが、まるで長居にいるかのようなセレッソトークができれば幸いである。

余談だが、この新年会でセレッソサポーターによるセレッソサポーターについての映画撮影の話題になった。もしかして大御所がようやく重い腰を上げてくれるかもしれない。過度な期待をせずに朗報を待っていたいと思う。元気があればなんでも出来る。

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2018年1月22日月曜日

イチを何かに変える。

セレッソ大阪が遂にキャンプインした。今年も流石に見に行くことは叶わなそうなので、Twitter等のSNSで逐一チェックする。今季はカップ二冠王者としての誇りを持って戦うシーズンでもある。常に全力を出して戦う姿勢を今年も見せてもらいたい。

さて話は変わる。御存知の通り筋金入りの幕末明治維新オタクを自称しているのだが、正確に言うと明治中期くらいまで追いかけている。明治維新というカオスな時代と、近代国家として世界の中での日本が形成されていく時代、まさにその両方である。

特に幕末明治維新で名を馳せた方々が明治の世になってどのように変わっていったのか、また変わることなく生き続けたのか。そういう意味ではゼロをイチにするよりも難しい時代として、日露戦争くらいまでのほうが、とても印象に残る人物が多い気がする。

現在、松岡圭祐氏の「黄砂の籠城」という本を読んでいる。大抵の日本人が、聞いたことはあるが殆ど知らない「義和団事件」に立ち向かう日本人を描いた小説である。そう書いている僕も正直、義和団という言葉だけが頭に残っている程度の知識だった。

このあまり馴染みの無い義和団事件。改めて調べたりしてみると物凄く多くの出来事が起こっている。現代の日本人にも通ずる様々なシーンに目頭が熱くなる。日本人としての誇りというものが一体何なのか。何か身体の中に芽生えるものも少なくなかった。

まだ上巻のみ完読しただけなのだがこの本が素晴らしい作品であると既に感じ始めている。大胆且つ細心、敵を知り、そして自分自身の脆さを理解して善処する。日本人が日本人としてやれることを全力で行ない困難に立ち向かう姿。早く下巻を読みたい。

セレッソ大阪にとって、この2018年は正念場とも言える。今季はまさに「ゼロをイチにする」時代から「イチを次のステージへ押し上げる」時代へと変化している。そしてその変化を継続することは、とても厳しく難しいものだということのも分かっている。

イチの次ははたして何処になるのか、そこに立ち向かうために大事なことは何なのかを常に考えていくと同時に、今季も外国人選手と日本人選手との息の合ったプレイで観客を魅了し続けて欲しい。その中で是非日本人の誇りを体現してもらいたい。

そう言えばこの義和団事件。今年ワールドカップを開催するロシアを含む八カ国の連合軍だったようだ。この本を読んで個人的にまだまだ歴史の勉強不足が否めず精進が必要だと感じた。これからも多くの事を学び、知り、そしてイチを何かに変えていく。

もっともこの事件によって日本とロシアの対立そして日露戦争へとつながっていくのではあるのだろうが、ワールドカップを機会に両国の歴史を学んでみるのも悪くないと思った。せめて一試合くらいはロシアで見たい。行くとなると21年振りである。

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2018年1月13日土曜日

雑誌。

2018年シーズンに向け各クラブの補強が着々と進んでいる。我がセレッソ大阪も然り、獲得、残留、移籍というフレーズが飛び交っている。まだ確定していない選手もいる状況下ではあるが、近々キャンプも始まる。何とも早い一年のスタートである。

そんな中、久しぶりに雑誌というものを欲しくなったのである。子供の頃はそれこそ雑誌好きで、週刊ジャンプや週刊マガジンなどの漫画雑誌やマガジンやダイジェストのサッカー雑誌、それ以外にもIT関連雑誌などを結構買っていたくらいである。

しかしながらもう10年ほど本気になって雑誌を買うことなんて無かった。時代の流れではあるのだろうが、インターネットにある記事のほうが鮮度が高いし一週間ましてや一ヶ月遅れの情報に何の意味があるのか、そう思うようになってしまっていた。

そんな折に今回、2冊の雑誌が目について衝動買いをしてしまった。良いか悪いかは別にして雑誌の衝動買いというものに何故だかドキドキした。年間で書籍を80冊以上読んではいるので本を買うことに抵抗感は無いのだが、この感情は一体何だったのだろうか。

そのうちの一冊が「サッカーダイジェスト」。表紙を見た瞬間に手に取ってしまった。なんならおまけにポスターも付いている。セレッソファン・サポーターとしてこれほどの嬉しい雑誌はないのではないか、そう思えるような代物だったのである。

中身を見たらそれほど求めていたものでもなく、己にとって有益かと言われると疑問符を投げかける内容ではあったものの、様々な写真や記事を見てニヤニヤしてしまう自分がいたことも紛れもない事実。ネットでは味わえない雑誌ならではの感覚だと思う。

時代の波に飲まれて雑誌の廃刊も続いているという。とは言いながらも復刻したりする雑誌もあるわけでまだまだ雑誌の力は侮れないのではないだろうか。手に持って馴染むあの紙の感覚や独特の匂い。時には雑誌も買うものだとしみじみ感じたのだった。

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2018年1月4日木曜日

いつもとはちょっと違う正月の風物詩。

東京に来てかれこれ11年。今年はいつもと違う最高の形で元旦という日を終え、恒例と言っては何だが1月2日の天皇陛下一般参賀と靖国神社への初詣に行ってきた。毎年欠かさずこのルーティーンなのだが東京にいる限りは続くのではないかと思っている。

その一般参賀。年々人が増えているのは気のせいだろうか。国内旅行客に加え、更に外国人の方々が本当に多くなってきている。二重橋、楠木正成公像、北の丸公園、日本武道館なども含めて、観光スポットとしての皇居になっているのだろうと思う。

今回10時10分の回に行ったのだが思いのほか列が長く、朝9時の時点で桜田門のあたりまで続いていたのは初めてだ。入場にはさほど時間はかからなかったが、それでも記念撮影をしながら歩く人の群れでごった返しているのはいつもどおりの光景と言えた。

何はともあれ11回目で初めて、天皇皇后両陛下並びに皇族の皆様に天皇杯を頂いたことについて御礼ができた。本当に嬉しい。いつもとはちょっと違う一般参賀で身も心も綺麗になった気がする。ますます日本という国が好きになる、そんな正月の風物詩だった。

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2018年1月3日水曜日

時間が創り出す”歴史”の物語。

今までタイトルとは無縁だったチームがカップ2冠である。チームというものはちょっとしたきっかけで変わるもの。会社の管理職にとっては喉から手が出るほどそのノウハウが欲しいと思うであろうセレッソ大阪の2017年の躍進ぶりではないだろうか。

元旦の天皇杯決勝の録画を見た。ニュースでも感じていたのだがヤンマー時代から通算で43年振り4度目の優勝というフレーズに、何か足の裏を刷毛でコチョコチョされているような感覚がある。やはりこのクラブの”歴史”というものを感じざるを得ない。

アッパースタンドで久しぶりに宮本代表理事と会った。前回のルヴァンの時も電車の中で横井さんにバッタリ会って、その試合を勝ち取ることができたので何とも縁起が良い。やはり共に昔から戦ってきたアミーゴとこのような試合を見れるのが感慨深い。

宮本さんも元気そうで何より、というより、森島さんを見てもそう思ったが、プロのサッカークラブとしてスタートし、いきなりの天皇杯決勝を戦ったあの日を思い出してしまった。それだけで、胸の奥が熱くなった。1995年元旦の天皇杯決勝。

その試合。気持ちが舞い上がりすぎて何もできないままベルマーレ平塚に2-0と敗れる。僕の天皇杯の歴史はそこから始まった。2002年には清水エスパルスに延長Vゴールで、2004年の決勝はジュビロ磐田相手に何もさせてもらえず完敗した、この合計三試合。

思い残すことはもう無い、このまま死んでもいいというと大げさではあるが、それくらい天皇杯のタイトルが喉から手が出るほど欲しかった。セレッソ大阪の選手が天皇杯を掲げるシーンを生きている間に見ることができ、これ以上の喜びはもう無いかもしれない。

しかしながら、1995年、2002年、2004年。この三試合があったからこそこの勝利があったと思いたいオールドファンではあるのだが、周りにいた若いファンの方々を見ていても、当然のことながらそれだけではないことも肌でひしひしと感じている。

時代は巡っていて変わり続けている。そして人の想いも気持ちも変わり続けている。でも変わらないのは勝利という結果。勝てないチームから勝てるチームへと変わり続けた末の賜物であると考えるとこの三試合は単なる”歴史”の一部でいいのではないだろうか。

選手、ファン・サポーターやクラブも今躍動しているのはその時代を体感していない若い方々が多い。そして、そんな彼らの後ろにはその単なる”歴史”を毎年毎年積み重ねてきた先輩方が、きめ細かくフォローし前に進む手助けをしているのだろう。

そしてそれは淡々と受け継がれるだけではない。たとえ単なる”歴史”であったとしても地に根を構える樹木のように、幾重にも縞を織りなす地層のように、足元を見るとそこに存在している。そんな様々な思いが詰まった台地の上に今、彼らは立っている。

時間が創り出す”歴史”の物語は本当に偉大だ。強き心と弱き心。続けていく力と道半ばで挫けた思い。愛語る言葉と愛されることに疲れた者。今ここにある命ともうここにはない魂。その全てが”歴史”として刻まれる。そんな今だからこの言葉が一番心に響く。

「セレッソ大阪、今ここに・・・」

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2018年1月1日月曜日

2018年のスタートにあたり。

年男としての2018年がスタートした。そんな一年の事始めをサッカーでスタートできる幸せを噛み締めながらこのブログを書いている。過去3度と違って初めて東京で迎える元旦サッカーの朝は清々しいものである。気持ちが高ぶってくるのを抑えきれない。

そして今年はワールドカップイヤーであり冬季オリンピックがあり他にも多くのスポーツとも触れ合える一年になりそうだ。特に20年振りになるロシアには1試合でも良いから行きたいと思っており、これからスケジュールに四苦八苦する可能性が大だろう。

そんな中で最も注目していくのが勿論アジア・チャンピオンズリーグ。重要なスケジュールを決めるのが今日の天皇杯決勝であるということ。だとすると今日の試合は本当に今年を占う一戦になるわけで、勝つと負けるとでは雲泥の差を生み出してしまう。

休むと気持ちが緩んでしまうので常に何か考えていたい僕と比べれば(比べる必要がない)選手には疲労回復やリフレッシュも必要で、ちょっとでも多く取れるようにしてあげたいと多くのセレッソ大阪ファン・サポーターは皆考えているものと思う。

今日の試合はそんな様々な想いと葛藤と自信と不安を抱えて戦う。2017年シーズンに3勝している相手であったとしてもそれほど簡単な試合で無い。昨年は昨年、今年は今年。気持ちをひとつに、静かな闘志と誠実さを持って。今年もそんな戦い方が続く。

何はともあれ新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願いいたします。
常にまごころを持って誠実に生きてまいります。

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