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2019年に向けて。

年の瀬である。とは言っても全くもって年末感が見つからないのはなぜだろう。毎年そんな年末年始を迎えることが恒例行事となりつつある。時間が進むのが早過ぎて記憶にも記録にも残らないという。経過というか過程というか、そういうものだけが積まれていく。

そんな2018年は多くの出来事と共に流れてきた。2006年から11年を超える濃密な時間を味わってきた蹴球堂長居店。1月にリアル店舗を閉店したのが今年の全てだったような気がしてしまうが、自分自身についても沢山のチャレンジを行なってきた一年だったと思う。

しかしながら、最近色々なことをやり過ぎて少々食傷気味になっている。好きなことを断捨離していく決心をする。生活に必要不可欠なものは置いといて、それ以外については少し距離を置きながら生きていくことを選ぶ。そんな2019年にしていきたいと考えている。
それは物凄く厳しい決断かもしれないし、あっという間に忘れ去る存在なのかもしれない。人はそうやって忘却の彼方という過去に、何かを置き去りにしながら生き死にしていく生物。それで僕が満足できるかは正直わからない。この先のことは、神のみぞ知る。










と、偉そうなことを書いてまいりましたが、なんだかんだ2018年も多くの方にお世話になりました。一年間無店舗で結構寂しい思いをしてきましたので、来年こそはなにか動き出したいと考えています。厳しいかもしれませんが、希望だけはしっかり持っていきます。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

2018年に見た映画でも。【後ヘーン】

こんな年の瀬にバナナかよ、もとい、映画かよ、とお叱りを受けるかもしれないが、「後ヘーン」があると前回書いてしまったばっかりに少々。内容的に是非はともかく、今回も好き勝手に選んでいくことになる。2018年の締めくくりとして許してもらえれば本望。

5.わがチーム、墜落事故からの復活
コパ・スダメリカーナの決勝ファーストレグへ向かう途中のシャペコエンセに襲った悲劇を描いたドキュメンタリー。この映画を見る前、観た後にもケンペス選手のことが頭を過ったセレッソファンは僕だけでは無いはず。クラブ再生というキーワードが心に残る。


6.ミッション・インポッシブル フォールアウト
いや、今年の一番かも知れない。このシリーズは欠かさず見ているが、映画が終わっても興奮が本当に冷めなかった。トム・クルーズの格好良さに「いくつやねん」と突っ込みを入れたくなるくらいの気持ち。続編はもう難しいのかも知れないが期待をしている。


7.ボヘミアン・ラプソディ
これも甲乙付けがたいくらいのすごい作品だったと思う。ちょうど80年代に洋楽を聴き始めた者としては、懐かしさと共にこの時代のアーティストの儚さというものも感じられて少し寂しい気持ちにもなったのが今でも身体の中に残っている。応援上映に行きたいわ。


8.クライング・フリー・セックス
わずか15分というランチタイム上映にも関わらず、昼間に見て本当に良いのかという自分自身の葛藤との戦いを巻き起こした映画。馬鹿馬鹿しさでは史上最強レベル。監督さん、俳優さんとも仲良くなり、勢いからか続編にもクラウドファンディングしてしまった。


ということで2018年は非常に多くの映画と出会えて幸せな一年となった。2019年も更に素晴らしい名作の数々をこの眼で見られると信じて、時間の許す限り映画館へ足を運びたいと思う。来年こそはあの監督の映画を見たかったが、しばらくはお預けになりそうかな。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

2018年に見た映画でも。【前ペーン】

インドア派で自宅から出たくなく部屋の隅で本を読んでいたいタイプの僕が、外出する機会と言えば「仕事しに行く」「セレッソ観に行く」そして「映画館へ行く」。今日はそんな僕が2018年に観た映画を何本か紹介したいと思う。良い映画かどうかの判断は任せる。

1.カメラを止めるな!
言わずとしれたこの映画。何十回も映画館へ足を運ぶ方が続出している中、僕は二度ほど見に行った。一回目がまだ全国区になっていない頃。予備知識無しで行き、横の席の兄ちゃんが序盤からゲラゲラしている意味が分からずキョドってしまったのを覚えている。


2.祈りの幕が下りる時
東野圭吾「加賀恭一郎シリーズ」(決して新参者シリーズではなく)のファンである僕としては、この映画は非常に楽しみでもあった。小説は既に読んではいたものの改めて、東京の街の風景や人間という生き物について考えさせられる作品だった。阿部寛さん最高。



3.レディ・プレイヤー1
ある意味かなり驚かされた映画でもあった気がする。ストーリー自体はそれほどでもなかったが、やはり映像と出てくるキャラクター、そして音楽がツボにハマりまくった。ずっと興奮が止まらず見続けられた映画かもしれないなというのが印象に強く残っている。


4.銀魂2
大好きな福田雄一監督、銀魂の続編。1にも増してギャグのオンパレードという映画ではあったが、それ以上に俳優さん女優さんの身体を張った演技というものにプロフェッショナルを感じた作品。内容は、まああれはあれで良いのかなというくらいの思いでもある。


【後ヘーン】へ続く・・・。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

レジェンドたちに光あれ。

主力の離脱よりも若手の育成移籍がかなり気持ちをモヤモヤさせているセレッソ大阪ファンのひとりでもあるが、意外と落ち着いて状況を見ている節もある。その中で多くの噂や報道というものが溢れ毎年同様にオフシーズンを賑わしている。言うほど嫌いではない。

話は変わるし、ましてや相当前の話になる。先日、セレッソ大阪の歴史に名を刻んできた選手たちの契約満了がメディアに発表された。時代の流れなのかプロフェッショナルとして当然のことだとは思うが寂しい気持ちが多分にある。やはりこの世界は厳しいな、と。

衰えや若手の突き上げ、クラブの考え方、監督の意向など要素は様々あるが、これは何もスポーツ、サッカーの世界に限った話ではないと思う。とは言え一般人からすると対岸の火事と感じがちだが、社会自体もそのような状況であることを忘れないようにしたい。

もっとも自分自身だ。多くのことを考える年代に入ってきたわけでもあるが、僕は今まで以上に、若い方々の持てる力を最大限に活かし発揮していけるよう努力しながら、個人的にもまだまだ足掻いていくつもりだ。身体がもつ限り、前に進む努力を惜しまないよう。

幸いにも僕にはあの方々をはじめ、お手本となる御方がたくさん存在している。気持ちと身体が相反していくからこそやれることはまだまだあるはず。道は明るくそして果てしない。セレッソ大阪を去るレジェンドたちに光あれ。と、月に向かって僕はひとり呟く。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

拝啓 森島寛晃社長。

このたびの代表取締役社長就任、誠におめでとうございます。長年。選手時代そして引退してからの姿を見続けてきた身としては非常に嬉しく思います。まさかこのタイミングで就任されるとは思わず、驚きを隠すことができません。それくらいの衝撃があります。

選手・森島寛晃。中心となってセレッソ大阪を支え続けてくれた年月。あなたとともに追い求めた夢は何度も何度も挑戦しましたが、遂に叶いませんでしたね。あなたが選手生活に別れを告げグラウンドを去る瞬間までの全てのシーンが、今、脳裏に浮かんできます。

そしてクラブスタッフとなってもセレッソ大阪のことを一番に思い、考え、素晴らしいクラブへと生まれ変わっていく過程を走り続け、2017年には念願のタイトルをふたつも手にすることもできました。これはひとえにあなたのセレッソ大阪に対する思いの結晶です。

また、多忙の中、蹴球堂の周年記念行事にも来ていただきましたね。その時にはただただ「嬉しい」の一言しか思い浮かびませんでした。セレッソ大阪というサッカークラブと同じ思いで文化を創っていくという、”セレッソタウン長居”の誇りをいただいた気がします。

これからクラブは変革の時期を迎えることになるでしょう。そう、ここから新たな歴史が始まっていくのです。社長という仕事はもしかすると監督業よりも辛く厳しいかもしれません。ですが、あなたにはあなたが思うよりずっと、応援する多くの方々がいるのです。

僕もそのひとりです。

敬具
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

主力選手の移籍について。

出会いと別れは常に訪れる。人付き合いの下手くそな僕にとっても、この時期から3月の年度末にかけての様々な人間関係は実に感慨深い。歳を取れば取るほどその思いが大きくなってきて、だから人間という不思議な生き物を僕は愛してしまうのだなと感じている。

遂にというか、以前より噂されていた山口蛍選手が神戸へ、山村和也選手の川崎、そして杉本健勇選手の浦和への移籍が発表された。当然のことながら、強くなればなるほどこのような移籍話は多くなってくる。これは運命というよりも宿命という言葉が似合う。

以前からこのような話は多く存在しそのたびに一喜一憂する。しかしながらこれまでの大半は降格もしくは海外という形が多かったが、今回のように国内のクラブに主力として移籍するケースは稀だった。それは愛すべきクラブにセレッソ大阪がなった証明でもある。

個人的な意見ではあるが、僕は選手が移籍していくことに際し特に思うところは何も無い。その彼がセレッソ大阪の選手ではなくなり他のクラブの選手になる。ただそれだけだと思っている。よく「冷たい」と言われることが多いが、それは隠せない感情でもある。

僕はセレッソ大阪というサッカークラブを愛している。そのクラブに所属する選手を愛している。そのクラブを愛してくれた選手を愛している。今でもそのクラブを愛している選手を、僕は愛す。僕の愛の対象はそれ以上でもそれ以下でもない。それはそれでいい。

だから僕は彼らを愛する。悩みに悩んで決めた彼らの決断を愛する。そうやって僕らは四半世紀このクラブと共に生きてきた。思いは自分勝手に進むのではなく、強い意思を持ち、前へと向かい続ける。これからも僕はセレッソ大阪というクラブを愛し続けるだろう。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「幕末明治大好き」の2018年。

知っている人は知っていて、知らない人はまったく知らない。そんなどうでもいいイバ情報のひとつに「幕末明治大好き」という項目がある。日本全国津々浦々、旅行や出張の際に少しでも時間が空いたりすると幕末や明治初期の史跡や偉人のお墓などを巡っている。

日本列島のすべてが混沌とした状況でもあった幕末、近代日本に向かう礎となった明治初期。このふたつの時代を生きた方々の気持ちがいかほどだったのか。有名無名問わず様々な土地で様々な情報をかき集め、その場所を訪れ、150年前のこの国に思いを馳せる。

僕のこの時代の基準は黒船が来航する1853年から日本最後の内戦とも言うべき西南戦争(戦争と名付けて良いのかという議論は置いといて)1877年までの24年ほどだ。この四半世紀にも満たない中には濃密な歴史が存分に込められており、魅力を感じているのだ。

そんな「幕末明治大好き」の2018年の目玉はやはり鹿児島への旅だったと言える。リハビリを兼ねたJ3セレッソ大阪U-23の鹿児島戦に併せて、ちょうど今年のNHK大河ドラマで放送されていた「西郷どん」の波に乗っかろうと薩摩の史跡を時間が許す限り廻ってきた。

その中でも西郷隆盛熱は凄いものがあるなと感じた。大久保利通との間に何があったのか、は愚問かもしれないが、明治政府から征韓論そして西郷起つに至る明治初期のゴタゴタはとても興味のあるところだ。期待通り描けているものが少ないのが残念ではある。

さて今回の「西郷どん」。前半が長過ぎると感じていた。とは言え総じて良い大河ドラマだったように僕は思う。多くのシーンで「これはどうかな?」というシーンと「これはこれでいいのかも」と思えるシーンなど含めて、すべてが「西郷どん」で良しとするか。

「西郷どん」を代表とする大河ドラマを機会に幕末明治の歴史に触れ、興味を持ち始める方が増えていれば嬉しい。そしてこの時代には星の数ほどの偉人が存在し日本のどの街に行ってもその足跡を見れることを、もっともっと多くの方に知ってほしいと切に願う。

僕の「幕末・明治史跡マップ」もかなりの未訪問地がいまだ地図上に広がっている。死ぬまでにすべての場所を訪れることはまず無いだろう。しかしながら歴史は人を魅了し僕を狂わせる。これからも多くの街に行き、多くの史跡を見られる人生を望んでやまない。

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「私の芸術は、自己告白である」。

ブログを書き始めて20年以上になる。このBloggerに移ってきてからも投稿を続けてはいるのだが、その中身はというと実にくだらなく実に味気なく実に読むに値しない内容でもある。そんなブログにお付き合いしてくださっている皆様に感謝の念しか思い浮かばない。

言葉が人を動かすケースは非常に多い。幕末が好きなもんで当時の偉人が発する名言に心を踊らせてきたこの48年(赤ちゃんのときは流石にないやろ)だった。何気なく発したひとことだったとしてもそこに魂が吹き込まれているのであれば、人は惹かれてしまう。

エドヴァルド・ムンクの「叫び」を見るために東京都美術館で開催されているムンク展に行ってきた。僕はそこで、絵画だけでなく言葉でも人を魅了するムンクの姿を見た。その中でも特に「私の芸術は、自己告白でもある」という文言にいたく共感してしまった。

この言葉にはとてつもない重みがあると僕は考えている。感情むきだしのまま自分自身をさらけ出してカンヴァスにぶつけていくことこそが人生そのものであり、理性と本能の境目にある「何か」だと言っていい。これ以上の方法を見つけるのはとても難しいだろう。

文章が上手いとか下手とか絵を描くのが得意とかそういうことではなく、どのように自分を表現していくかという魂のありかたの問題であると感じざるを得なかった。人を動かす前に自分を動かさなければ良いものは生まれない。そんなことを学んだムンク展だった。

サッカー界にも国内海外問わず名言が多く存在している。サッカーを見たこと無い方や興味が無い方でもこんな本こんな本を是非手にとって是非読んでみて欲しいと切に願う。僕らがサッカーに染まってしまう理由を分かってもらえると思う。言葉は凄い力を持つ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

新監督発表。

遂にスペイン人監督がセレッソ大阪で誕生する。東京ヴェルディからミゲル・アンヘル・ロティーナがやってくる。中心選手の移籍話がまだまだ気になる時期なのではあるが、まずは新監督を歓迎したいと思う。これまで就任した監督は以下の通りとなっている。

パウロ・エミリオ
楚輪博
松木安太郎
レネ・デザイェレ
副島博志
ジョアン・カルロス
西村昭宏
塚田雄二
ナドベザ・ペーター
フアド・ムズロビッチ
アルベルト・ポボル
小林伸二
都並敏史
セルジオ・ソアレス
レヴィー・クルピ
ランコ・ポポヴィッチ
マルコ・ペッツァイオリ
大熊裕司
パウロ・アウトゥオリ
大熊清
尹晶煥

ヤンマー時代のネルソンさんを経て、セレッソ大阪としてスタートしてから22人目の監督となるミゲル・アンヘル・ロティーナ。どんなサッカーを魅せてくれるのか今から楽しみでならない。そう言えばしばらく監督と話しをした記憶がない。来年こそは時間を割きたい。

監督の一覧を見ていて今ふと思い出したのだが、蹴球堂の一周年を記念して2007年に行なったイベントのゲスト、副島さんに来てもらったのだった。なんだかよく覚えてはいないのだが、あの川崎フロンターレ戦をふたりでトークしたのをなんとなく記憶しているな。

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Jリーガーとレゴ®シリアスプレイ®の可能性。

師走に入り西日本を飛び回っている。加えて、2018年を忘れたい方々との飲み会(忘年会と世間では言う)も多く、年賀状を書いたり、年末年始の準備をしている状況でないのも事実だ。そんな中でも多くの方々と出会い、更に様々なことを学ばせてもらっている。

ご存知の通り、今年はレゴ®シリアスプレイ®の認定ファシリテーターとしての資格を得たこともあり、同じファシリテーターと話をする機会が殊更多い。職業も置かれている立場も様々で本当に多くの気付きがもらえる。その場にいられるだけでも幸福感が満載だ。

現在、スポーツ選手に向けてのシリアスプレイの可能性について議論する機会を得ている。例えば、脚中心の生活を送ってきたプロサッカー選手が手と感性を使うとどのように創造することができるのだろうか。そんなことばかりを考えてしまう自分がここにいる。

来年の目標はJクラブに向けてレゴ®シリアスプレイ®の良さを伝えていく。そのうえで選手、スタッフの方々に向けてワークショップが実施できれば最高である。肝心の問を考えるのは至難の業ではあるが、これも2019年の目標のひとつとして取り組んでいきたい。

僕はコンサルタントでもなくマインドコーチでもなくファシリテーターだ。場をコントロールし問に対してひとりひとりに促進力をもたらし的確なプロセスを出せるよう導き出すことが仕事。Jリーガーとそんなシリアスプレイをする可能性。ワクワクが止まらない。

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僕らがなぜTシャツを2,527円で販売するのか。

先週末、サッカーショップ蹴球堂の新たな場所を探すために色々と調査をしていた。立地条件や環境などは当然のことながら、もっと本質的なところ、例えばどんなショップにしていくかなども含めて検討が必要であるのは間違いない。模索していく日々でもある。

そんな中、ネット販売だけは行なっている。行なっているとは言っても現在はOCFCシリーズ「BORN IN THE OSAKA」の紺シャツ×ピンクとピンクシャツ×紺の2色展開のみをこじんまりと販売している。今後は更に商品数を増やしていく予定ではあるがまずは、これ。

「かなり安いよね」とお言葉をかけてくれたりSNSなどでも目にする2,527円という価格設定。なんでこんな中途半端な値段なのか、なぜ一円単位にまで拘っているのか。これはセレッソ大阪ファンでないと絶対に意味がわからないであろう。今日はこのことについて。

昨シーズン、川崎フロンターレに勝利したルヴァンカップと4度目の挑戦で天皇杯を獲得したセレッソ大阪。しかしながら僕らはリーグ制覇という結果を残念ながら持っていない。そのJリーグの優勝に限りなく近づいたあの日。前述の川崎に、地獄に叩き落された日。

その6年後の同じ月同じ日。僕らサポーター有志は長居駅前に一軒のサッカーショップをオープンした。それが蹴球堂である。時代は巡ったとしても記憶というものは変わらずそこに存在しセレッソファンに影響を絶えず与え続けている。それが歴史というものでもある。

話を戻すが、なぜ2,527円なのか。2000年5月27日。僕らは確かにそこに存在した。この日を境に、僕らの考え方は変わっていった。天皇杯でファイナルまで行こうと、ロスタイムで同点に追いつかれ苦汁を舐めようと、この2000年5月27日が無ければ何も生まれなかった。

そんな思いから僕らの金額は2,000円+527円=2,527円のスタンスを一貫している。その思いがどこまで伝わるかも分からないし、ましてや、今の若いサポーター達に気づいてもらえるとも思えないが、その思いを後世に伝えていく役目を持っていると考えているのだ。

それぞれの思いを胸にJリーグ制覇という目標を目指して戦っている。いつになるかも分からないし、もしかすると死ぬまで成し遂げられないのかもしれない。しかしながら2000年5月27日は確かに存在し、胸に刻まれている。その思いを商品に込め、今日…

そんな小さなことなのだ。

12月に入り暖かい日が続いたかと思えば急に冷え込んだりしている。身体が気温差についていけていないが、これも日本の四季の良いところだと思えば許せてくる。世界中から愛されているかは分からないが、日本という国が本当に素晴らしいと感じる瞬間でもある。

先日、チームメンバーを集めて、マインド勉強会を開催した。自分の価値やモチベーションの源泉、チームへの貢献など当たり前かもしれないが必要なのに見逃されがちなこの領域について学んだ。どこまで人が進化したとしても、絶対に人格形成がキーになるはず。

テクニック論ばかりに目を向けず本質を見極めることこそ、今の世の中には大事なのではないかと、半ば反面教師を見ながら想像している。小手先だけではなく、本気でぶつかり本気で認め合い本気で称え合うことが僕らにできるようになるだろうか。道はまだ長い。
例えば、やるべきことがあったとして、その立場になったとき自分ごととして対処できるとしたら、ひとりひとりがそう思えればどうだろう。なんだか良い世界になるような気がしてくる。些細なことかもしれないけれど、それができないのは日本人としては寂しい。

昨日もとある勉強会でそんな話になった。僕は、ただ目の前にやることがあったので、ただやっただけ。それは、誰にでもできることだ。入り口近くに座ったので、醤油が近くにあったので、ただ鍋がそこに置かれたので。それだけのこと。そんな小さなことなのだ。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第34節 横浜F・マリノス戦。

今年は本当にサボっているというかなんというか、自分事ばかりを考えてしまいセレッソ大阪に関するあらゆるものから逃避していたように思える。「そんなことないっすよー」と周りからは言われるが、自分自身が本当によく分かっている。反省の念しかない。

そんな体質を改めようといろいろなことを考えてはいても、やはり行動に起こさないと何も前に進まない。この先の生活環境などを考えてみてもどうなるものでもない現状ではあるのだが、原点に立ち返ってみると見えるものもあるのかもしれないと思い始めている。

その自戒の中で最終節の横浜F・マリノス戦を見るために日産スタジアムに向かう。スタジアムで観戦できる機会があることに本当に感謝。天気もよく感謝。そしてなにより尹晶煥監督のラストマッチに勝利することができ、最大の感謝をするしかない状況だと思う。

ユンセレッソの原点に戻るというかこれがベターというか、本当に素晴らしい試合を見せてくれた。先制されたものの相手に走り負けず局面では体を張る。このような試合を34試合全てで出せていたら、間違いなく来シーズンはアジアの舞台に立っていたはずだ。

四半世紀に渡ってセレッソ大阪を応援し続けてきた情熱というものがどれだけチームのためになってきたかどうかなど関係ない。この横浜戦のような試合を見られるだけで感謝したい。監督が替わろうとも選手が替わろうとも、その情熱だけは永遠に続くのだろう。

サッカーショップ蹴球堂も現在Web(BASE)のみで活動しているので本当に申し訳なく思っている。2019年は多くの方の身近な存在としていられるようにもっと精進していきたいと思っている。そしてまた多くの方々とお会いして、多くのお話を聞きたい。素直に。

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第33節 柏レイソル戦。

このクール、ドラマを多く見ている気がする。特に日曜日は目白押しとなっていて、リアルタイムで見れない分、その週の録画視聴が増えてしまう。特に「下町ロケット」は、リアルに自分たちと重ね合わせて見るため、なんだか見ているだけで胃がキュッとなる。

仕事というものはとても厳しく時には泣きたいくらい辛いこともある。はしごを外され更地に置き去りにされることもある。しかし、その分、結果として返ってきたときにはこの上なく嬉しいものだと再認識することができる。映画やドラマからそんなことを学ぶ。

ホーム最終戦となった柏レイソル戦。すれはすなわち尹晶煥監督のホームラストマッチでもあるわけだ。練習が厳しく選手が音を上げたとも噂されるが、昨年の2つのタイトルが示すとおり、結果として見えるものを手に入れた功績はとても素晴らしいし誇りに思う。

試合自体は散々な結果ではあったが、これもまた歴史の1ページ。ユンさんがセレッソ大阪にもたらしたものは非常に大きく、退任することで失うものも小さくはない。真の最終戦である横浜F・マリノス戦は日産スタジアムに行く予定。最後の勇姿を目に焼き付けたい。

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感情と言葉と、時々パグ。

ちゃんと見てあげていなかったのかと反省する。土曜日の夜、外出から戻ってみるとうちの愛犬が少し左後ろ脚を気にしている様子。痛そうな素振りもなく触ってみてもそれほどの反応でもある。日曜日に病院に連れていき診察してもらったが特に問題は無かった。

体調もそれほど悪そうでも無かったのでそのまま散歩に連れて行ったのだが、いつも同様に歩く、走る、遊ぶ。でも、脚は気になるようだ。まずは経過観察ということもあり状況を見定めていこうと思っている。身体というもののメカニズムは実にわからないものだ。

特に動物のように言葉によって感情が伝わりにくい場合、どう判断すれば良いのか正直難しい。信頼関係と簡単に呼べるような代物でもないが、お互いのことを理解し目を見て次の行動を決めることで、なんとかコミュニケーションを図っているのが現状なのだろう。

人の目は本当にわかりやすい。喜んでいる、怒っている、哀しんでいる、楽しんでいる。目が発するメッセージは、言葉以上に何かを伝えている気がする。愛犬とも、目が合うと何かが解りあえるだろうか。そんな気持ちを感情を伝える表現を身に付けていきたい。

レゴ®シリアスプレイ®に視線を交わすことは存在しない。そこにあるのは作品を見つめる目。作品に集中し作品の良いところや疑問点に目を向ける。まずはこれができなければシリアスプレイとして成立しない。普段の生活から考えると非常に難しい行動でもある。

作品を通して感情と言葉のやりとりを行なう。そこに、今まで感じたことの無かった何かが生まれる。最近ファシリテーター有志で「スポーツ界におけるレゴ®シリアスプレイ®の可能性」についてのグループが立ち上がった。サッカーの世界にも是非広げていきたい。

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第32節 川崎フロンターレ戦。

暑いのか寒いのかわからないこの11月という季節。嫌いじゃない。嫌いじゃないが服装に困る。そんな基本的な仕事の格好はTシャツ、ジャージかジャケット、そしてデニム。先日もとある大学を訪れたのだが、そんなときでも最近はあまりスタイルを変えていない。

スーツを着る機会がめっきり減ったので、ときおりスラックスを履くときには胴回りに緊張感が走る。そうならないためにも定期的に足を通しておく必要があるなと感じる。日常とはそんなことの繰り返しなのではないだろうか。「人生は連続する刹那」だと言える。

Jリーグと関わって25年、悲喜交交、様々なシーンを体感してきている。たまたま昨年は運良く二度も素晴らしい経験をしたが、良いことだけが起こるわけでもない。そんな瞬間瞬間をどう生きるのか。サポーター生というものは、実に「連続する刹那」なのだと思う。

結果はご存知の通り、聖地長居で川崎の優勝を見ることになった。しかしながらその「連続する刹那」に一寸の釘を打ち込んだ。選手たちの気持ちかもしれないし僕らサポーターの持っている何かかもしれないが、この試合に勝つことの意味を強く知ることができた。

翌日、既にJ3優勝とJ2昇格を決めていたFC琉球に、6−0と勝利したU−23。川崎戦の想いがそのまま伝わった試合だった。一日一日は「瞬間」でしかないのだがこのように毎日を積み重ねることで物語になっていくと実感する。その輪にいられるのが殊更幸せなのだ。

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第28節 名古屋グランパス戦。

公私共にバタバタしておりなかなか書く時間が無かったと久々に言い訳してみる。このバタバタという言葉。便利なのか周りから見たらはた迷惑なのかそれとも「どっちでもいい」なのかはよく分からないが、なんとなく使ってしまう悪習慣。お恥ずかしい限り。

そんな中、バタバタの原因である「それほど悪くないのになんで上手くいかない」の同義語を探している。そして、それをどうしても見つけられない自分がそこにいる。自らで解決できることできないことがこの世の中には多々ある。そんなときには本を読むに限る。

その本をサラサラと読みながら頭の中を整理してみる。立ち返ってみて自分の振る舞いはどうだったか。相手を理解していたか。自分は相手をどう見て、相手は自分をどう見ていたか。そこに、その行ないに合意はあったか、それともそれは単なる同意だったのか。

名古屋戦の選手たちもそのような気持ちで戦っていたのかなと重なってしまう思いで試合を見ていた。やりたいことも分かるしそれが上手くいかないもどかしさも。いつの時代も結果というものは実に残酷である。だが僕らは少しずつでも前に進むしか無いのだ。

書いてみると少々落ち着いてくる。文字や文章というものは人の感情だ。実に素晴らしい。心の葛藤を現実を受け入れつつ次のステージをどう迎えるのかを考える必要性がある。まずは、自分自身のミッション・ステートメントを書き直してみることから始める。

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第31節 鹿島アントラーズ戦。

学ぶことを怠ると間違いなく成長はない。そんな思いが頭の中を充満するここ最近だったわけだが、時間が進むのは途轍もなく早く、過ぎ去っていく。喉元過ぎれば熱さを忘れるという言葉通り、自分の甘さによって意識から消えてしまう。人の記憶とは、実に儚い。

平日夜の試合を見ることが叶わないのは仕方ないとしても、辛いシーンをリアルタイムでなくあとで確認するのは本当に厳しいなといつも感じる。サッカーだから勝ち負けは仕方ないとしても、過去からの学びが継続できないクラブ全体の課題のほうがもっと厳しい。

どんな組織もそうだが、フィロソフィーというかポリシーというか一本筋として関係者のすべてに植え付けられるものの存在。それがわずかでも欠如すると一枚岩になれないというジレンマに陥る。頭で考えるだけではなく身体が自ら動きだすようなものなのだろう。

そんなフィロソフィーとかポリシーは「偉大なる先人」の場合もあるし「語られた言葉」なのかもしれない。それが組織の中で生き続け伝えられていくことの大事さ。時代と共に変わり続けるものと変わらない価値観を持つ。今、それこそがどんな組織にも必要だ。

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ジョホールバルなんで。<その3>

10月に入ってからのシンガポール、マレーシア出張から宮城蔵王での会合、そして10周年を迎えたレゴ®シリアスプレイ®イベントでかなり体力を消耗してしまった。今日の夜にもイベントに参加する予定だ。体調の調整を行ないながら頑張って生きていこうと思う。
もうジョホールバルの記憶が薄れてきてしまうアラフィフとしては、なんとか文章として起こしておかないとどうも忘れる。このブログは初老の脳構造と化している。そんなものを読まされる方への配慮が全く足らず、毎回毎回本当に申し訳ないと素直に思っている。
さて、昼飯でも食べようとラルキンスタジアムをあとにしようかとしたが思い直してスタッフの方にお薦めのランチは無いかと聞いてみた。そうすると「近くに一軒ある。ローカルのレストランだが大丈夫か?」と問われたので、二つ返事でその店に行くことにした。
スタジアムのすぐ脇、バトミントンの練習場の横にそのレストランはあった。スタッフは店まで付いてきてくれて丁寧に注文までしてくれた。マレーシア人しかいない中で、日本人二人でナシゴレンを食べることになった。うん、意外にというと失礼だが美味かった。
そして支払いをしようと店員を呼び、話しかけたが、どうも反応が悪い。「ハウマッチ」が通じない。どうも英語が駄目のようだ。店員が何人も出てくる。しかしながら何も分かってもらえない。仕方なくキャッシュを一枚ずつ出していく。そんなやり取り悪くない。
21年振りだったジョホールバル・ラルキンスタジアムへの旅はこうして終わった。わずかばかりだけ当時を思い出すことができてよかったという気持ちと、それでもまだ記憶の半分も覚えていないことへの懺悔の意味も込めて、また改めてゆっくりと来てみたい思う。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ジョホールバルなんで。<その2>

昨日の東京の夜は極寒だった。かなり風邪を引きそうな予感があったが、なんとか耐えた。前回で「後編に続く」・・・とか書いておきながらタイトルは<その1>。まあ言っていることとやっていることのチグハグさはいつものことということで皆々様お許しを。

「中も見せてくれるの?ピッチレベル、入れる?」と僕は質問した。予備知識ゼロで来たせいもあるが、あとでInstagramを見ると色々と説明して廻ってくれることを知った。通路やロッカールームの場所などを見せてもらい「THIS IS LARKIN」もしっかり堪能した。

いよいよグラウンドへ。・・・うん、どうだろう。あまり記憶が鮮明でない。21年も経っているし当然回収もしているだろうから変わっているところ変わらずにいるところがあるとは思うが、何がどうという感じではなかった。ただ、良いスタジアムだなとは思った。

しかし、ここで初めてのワールドカップを勝ち取ったのだなと思い出すと、目頭が熱くなった。あの苦しかったフランスワールドカップ予選のことなどがフラッシュバックした。そしてこのラルキンスタジアムでの試合が如何に厳しいものだったのかを改めて知った。

時代は変革し続けているが、このようにいつも思い出せる場所があるのは本当にありがたい。頻繁に行けるようなところではないのだけれど、「そこにある」という存在感が心の拠り所になると感じる。今週末にはこんな映画もあるし、再燃するかもしれないな、と。

<その3>に続く。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ジョホールバルなんで。<その1>

シンガポール出張に併せて、マレーシアへの日帰りも組み込んでみた。ジョホールバルのForest City、LEGO LAND、そしてラルキンスタジアムことTan Sri Dato' Haji Hassan Yunos Stadiumの三箇所を廻ってきたのだが、今回はそのことについて触れていきたいと思う。

実に21年振り(ということはあのイラン戦以来)となったラルキンスタジアム。思い出があまりなくイメージとして残っているものは限りなく少なかった。Googleマップなどが普及し、いとも簡単に行くことが可能ではあるが、人の記憶というものは実に儚く、脆い。

全く予備知識無しで訪問したが、ジョホールバルの歓喜がなんとギャラリー化されている。スタジアムのホームクラブの展示と同じ場所ではあるが、当時の写真が何枚も飾られており、それらを見ているだけで、当時のあの場所での出来事が蘇ってきそうだった。

係の女性が色々と教えてくれた。「初めて来たのですか?」「いいえ、21年前のあの日このスタジアムのゴール裏にいましたよ」と答えると、素晴らしい!と最高の笑顔を見せてくれた。僕は調子に乗ってGoogleフォトに溜めている写真を彼女に見せてあげたのだった。

後編に続く。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第30節 FC東京戦。

仕事でシンガポールとマレーシアに行っていた。そのためにブログを書くのも一週間ぶりとなってしまった。現地では時間を調整してジョホールバルのラルキンスタジアムを訪問したのだが、かなり感動したこのスタジアムについては改めての報告としたいと思う。

週末は味の素スタジアムへ。しばらく勝っていないうえに憶測飛び交う中でのFC東京戦。久々に柿谷曜一朗選手、清武弘嗣選手、そして杉本健勇選手がスタートに並んだのは僕としては嬉しい。動きはそれほどでもなかったが、元気な姿を見れただけでも良かった。
今日はアミーゴとともにビジター自由席で観戦していた。雨の影響もあってかなり苦労もしたが、屋根のあるスタジアムはありがたい。試合が始まると小降りになり非常に助かった。サポーターの応援を間近で感じられるエリアは感情が高ぶるので気分転換に良い。
そして、昔からセレッソサポーターの応援は試合の流れとともに存在する。選手の息遣いや気力体力とシンクロして戦っている。旗もゲーフラも襷もそう。今のサポーターの多くもそんな試合の流れを大事にする方が多い。それが本当に素晴らしいなと感じている。
これで勝ち点44。中途半端な立ち位置のなかでひとつでも多くの勝利を掴みたいと思うが果たしてどうなるだろう。こういう試合をモノにできる実力は我々にはある。だからこそこれからの5試合の戦い方が重要になってくる。サポーターもその責任を持つ必要がある。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

次の荷物は誰が背負うか。

去年の9月以来だが明日からシンガポールへ行く。4日と短期間ではあるが是非良いものにしてきたいと思う。準備がほぼできておらず日本代表対パナマ代表を見ながら荷物を詰めている。今回はセレッソ大阪の選手が選出されていないのだが、この試合は楽しめそう。
ともにワールドカップロシア大会に出場しこれからカタールを目指す両国の戦いは、序盤だけを見ていても結構面白い。まだまだ足りないところは多々あるのだろうけれど若い選手(サッカー的にはもう若くは無いのだが)とロシア組との融合がかなり良い感じだ。
その中でも南野拓実選手の二試合連続ゴールはかなり痺れた。ボールの受け方、ターン、持ち出し、そしてキーパーを確認する余裕すらあるフィニッシュ。完璧なプロセスは当然のことだが大阪時代よりもキレが良くなっている。セレッソアカデミーの賜物でもある。
来年のアジアカップまで調子が続く保証はないのだがとにかく怪我なくいってほしいと思っている。うちの前線の若手選手たちの刺激になってくれたりすると本当に嬉しいのだ。負傷が相次いでいるが、重い荷物も背負えるような、そんな選手の台頭を期待している。
なんとか試合が終了するまでに荷物も準備できた。今回、ジョホールバルまで行く予定がある。時間が作れたらラルキンスタジアムまで足を伸ばしたいのだがどうなるだろうか。伺うとなると実に21年振りになる。気持ちの高鳴りをカバンに入れるのはとても困難。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第29節 大阪ダービーマッチ。

文章を書く気分になかなかなれない今日。地元の祭りなどに足を運んでみたもののなんだか何かが抜け落ちたようになってしまう。だからといってムシャクシャした気持ちをぶつける先もない。世界中のサッカーファンが一番悲しむ日を、まさに体現しているようだ。

「ダービーマッチは、勝つかもしくは死ぬかのどちらかだ」壮大な格言もどこか過去のようなそんな世の中になってしまった気がする。時代によってサッカーも変化し続けているが、大阪ダービーもずいぶんと変わってきたのだろう。良いか悪いかは別物としてもだ。

こんなことをあまり書きたくもないのだが、体力の限界まで走り抜いて試合途中で起き上がれなくなった相手をモニタ越しに見て、今日の試合にかける思いの差を感じた。ぶっ倒れるまで走ることを強要しているのではなく、見ている人は見ているし、思う人は思う。

応援ってチャントって、選手に、絶対に届いている。相手より大きいとか小さいとか跳んでるとか跳ねてないとかコレオの美しさだとか否かとか、多分そんなものは大した話じゃない。それよりも君の声は本当にセレッソ大阪の宝だ。勝つためには必要な要素なのだ。

だからこそ大事な場面で重要なシーンで選手の魂を奮い立たせるところで、その声を多く使ってほしい。大切なのは声量でもメロディでももちろん歌詞でもない。君の声だ。一足、選手が気力で出すその最後の一足を出させるために使ってほしい、と僕は切に願う。

祭りにも飽き、自宅に戻ってセレッソ大阪U-23の試合を見る。あんな屈辱を味わってもJ3戦は淡々と行なわれる。心が救われる。セレッソ大阪があってよかった。若い彼らは勝ちそして4連勝を決めた。うん。ダービーはまだ続く。勝てなかったが死ななくてよかった。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

再セットアップで手に入れたもの失ったもの。

先日リリースされたばかりのmacOS Mojave、さっそく我がMacBook Proをアップデートした。その途端といってはなんだが斯々然々でウイルスバスターが動作しなくなってしまった。いろいろと試行錯誤を繰り返したのだが健闘むなしく二度と動くことはなかった。

以前からこのMacBook Proは途中で止まったりファイルが保存できなくなったりとかなりの困ったちゃんであったわけだが、あとあとの手間などを考えるとなかなか決断ができなかった。この僕の決断力のなさ、優柔不断な性格を呪った。だがついに立ち上がったのだ。

僕はMacBook Proの再セットアップを行なうことを決意した。command+Rを押しながら電源を入れ、ディスクユーティリティで領域を初期化し、ネットワークに接続してクリーンセットアップを実行する。一連の流れはスムーズ。結果的にMacBook Proは見事に蘇生した。

そして気づいた。バックアップを取っていなかったことに気づいた。だいたいいつも、大事なことに気づくのは離れ離れになってからだ、という失恋ソングを思い出して口ずさむ。いや、そんな馬鹿なことを言ってられない。今までの努力がすべて水の泡となった。

僕は言葉を失った。Google日本語入力に登録した膨大な数の単語をすべて失ったのだった。バックアップしなかった自分を責めてももう遅い。これからまた細々と単語登録の日々が始まる。後ろを振り向いてはいけない。つま先を前に、進むことだけを意識する。

だが、手に入れたものが無いわけではない。ウイルスバスターは見事に立ち上がった。ファイルも問題なく保存される。フリーズする回数自体極端に減った。再セットアップで手に入れたもの失ったもの。人間社会とおんなじ。僕はひとり悦に入る。まだ生きている。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

企業は生き物。企業は花。

近所は台風一過。朝から30度近く気温もあがりかなり息苦しい。これから東北地域や北海道地域には影響がでそうだ。日本列島を南から北へ縦断する台風を今年いくつ見てきたのか分からないくらいだが、甚大な被害が出ている地域もあると聞く。まずは身の安全を。

出不精な身として、この日曜日は愛犬の散歩(辛うじて行けた)以外の外出を控え、溜まっていたドラマなどを見ることにした。そのひとつが「ラストチャンス再生請負人」。存続の危機に瀕した企業を再生する社長とその仲間たちの熱い物語という結構好物な内容。
といいたいところなのだが、中身はそれほど美味しく感じるものでもなかった。まあ、次から次へといろいろな災難が降り掛かってくるところは、我が身にも起こった様々なできごとを思い出したり、と自分たちに重ねて見てしまっていておかしくなったのだが(笑)
そういえば昨日、長居店閉店に際しいくつかの手続きをしていたもののなかでひとつだけ不備があったとの通知があったことに気づいた。急いで手続きを行なったので事なきを得そうなのではあるが、ある意味、改めて節目節目でのチェックの重要性に気付かされた。
企業は生き物だ。企業は花みたいなものだ。毎日毎日世話しないとしおれてしまう。水をあげないと枯れてしまう。毎日毎日の積み重ねが企業を会社を生かしていくんだなという部分だけは学べた気がする。今、本当に自分たちがそれを実践できているかどうか、だ。
来年に向けてそろそろ動き出さなくてはならない。先日もある方から「次の店、いつ?」と問われ答えに窮した。きれいな花を咲かせるための種を蕾を探す旅に毎日追われることになるだろうがそれも積み重ねのひとつ。花は人の努力を裏切らないらしい(我辞典)。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

若者の成長と飛躍を期待する。

日本全体が台風の脅威に晒されている。また被害が大きくなりそうで怖い。特に地元大阪もどうなるのだろうかと心配しているが、セレッソ大阪も名古屋グランパス戦の中止を発表し、やはり安全第一だ。もちろんのことではあるが自分の身をしっかり守ってほしい。

先程、我が家のLINEグループに一族からもメッセージが入っていた。母親も絵文字、漢字を駆使しており、この一週間でかなりiPhoneを使えるようになってきたのでまずは良かったと思う。学ぶことに年齢は関係ない、人は成長するのだと母親も感じていることだろう。
そんな中、主催したレゴ®シリアスプレイ®に何回も参加してくれたり何かと可愛がってきた若者が東京から大阪に異動となった。まだまだいろいろと一緒に高めていきたいと思っていたのだがこれも人生。そしてこれは関西でのレゴ®シリアスプレイ®の口実にもなる。
10月という節目あり出会いと別れの季節。大阪でもっともっと飛躍してほしいし、彼にはそれができると信じている。また皆でレゴを触って色んなモノを創ってみたいなと思う。レゴ®シリアスプレイ®は素晴らしいメソッドだといつまでも感じ続けてくれるだろう。
これからU-23の試合をDAZNで見る。天気はかなりすごい感があるがこれからも刻々と変わってくるのだろう。そのような状況下、レゴだけでなくサッカーでも若者の成長と飛躍を期待している自分がいる。明日の試合が無い分、よりしっかりと見ておきたいと思う。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

父親の言葉。

先週末。様々なトラブルに巻き込まれはしたが無事父親の七回忌法要を終えた。2012年に亡くなったので丸6年。もう?という気持ちのほうが大きく意外とサラッと来た感もある。次は十三回忌か。それよりも常に忘れないということのほうが大事なのだと思っている。

以前からも書いたが、僕がセレッソ大阪サポーターでいられるのも父親の発した「大阪の人間ならやらなあかんのとちゃうか」という言葉のおかげだ。子供のときも大人になってからもあまり口を利いた記憶が無いのではあるが、この言葉だけは今でも忘れられない。

25年もの前の言葉をなぜ思い出したかというと今製作中であるTシャツのことがきっかけ。大阪生まれ大阪育ちの僕が東京に出てきて11年とちょっと。人見知りの僕がなんとか頑張ってこれた原動力のひとつに、地元大阪の魂ってものも関与しているのだと感じている。

ULTRASのアイテムでも多く付けている「NEVER STOP,NEVER GIVE UP」そのあとに続く「This is Osaka spirits.」。まさにこの感覚が、これまでもこれからも前に進むための何かを産んでくれる、そんな気がする。大阪とは大阪市とはそんな街でもあると心から言える。

スタジアムで街なかでULTRASの若い皆さんが「NEVER STOP,NEVER GIVE UP This is Osaka spirits.」を胸に掲げて戦っている姿を多く目にする。正直目頭が熱くなる、泣きそうになってしまう。父親のあの言葉から四半世紀。spiritsは常に存在し、大阪の地に宿る。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

半径5mの「0.5」。

今回の帰省。妻さんと二人だったわけだが、やっぱりホテルは価格も普通に高いので今回はAirbnbにした。二人で8,000円台。リーズナブルなうえにホストさんも色々と教えてくれるという至れり尽くせりの状況。そしてなにより部屋がめちゃくちゃキレイ。嬉しい。

Airbnbを初めて利用したのが香港。ホテル代金が高騰化していたために仕方なく使ったのが最初。もちろん緊張もするし躊躇もする。しかしながら一歩目なんて誰でもそんなものだ。その一歩をどのように踏み出すかに人の強さがかかっているのではないだろうか。

半人前、というわけではないのだが、僕はよく自分自身を「0.5」と称することにしている。ゼロをイチに変える力もイチをヒャクにする力も今の僕には無い。いくら本を読んでも、いくら多くを学んだとしても、自分にはその能力が備え付けられていない気がする。

で、どうするかを考えた。それが「0.5」だった。食わず嫌いをできるだけしないようにした。自分でやろうと思ったことは人よりも先にやってみる。ただ、自分がしたくないことは、乗り気じゃないことは「やらない」と決めた。そうやって生きてきた。それが、今。

そんなこと言える立場ではないのだが、半径5mくらいの方々に伝えていきたいと思う。広いエリアに出ていけるような器でもないし世界を相手になんて大それたことも言えない。自分の家族に仲間にちょっとだけ未来を見せる。それが僕の「0.5」という基準である。

そんな「0.5」は人から見るとただの余興と見られるかもしれない。でも、そこも含めて僕なのだ。先日、スマホを持ったこともない母親にiPhoneを買ってあげた。ガラケーオンリーだったがようやく重い腰を上げたのだ。半径5mの「0.5」。僕だからこそできることを。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第27節 湘南ベルマーレ戦。

昨日から鼻炎か風邪か分からないのだががすこぶる体調が悪い。どうもくしゃみが止まらない、鼻水が止まらない。ものすごい量のティッシュペーパーとの生活に慣れているとはいえ、鼻をかみすぎたため顔が赤くなっていてかなり痛い。しばらくは痛みに耐える。

痛いといえば湘南ベルマーレ戦もそう。いろいろな意味で痛みを感じる試合だった。杉本健勇選手の脱臼(厳しい)もあの場面のパスミスももちろん痛いが、それ以上に心身とも疲れたのが入りそうで入らない得点力不足のほう。ここまで決められないと正直辛い。

ラストシーンはキム・ジンヒョン選手の攻撃参加が功を奏しなんとかドローに持ち込んだが、得点シーンよりその直前のビッグセーブに震えた。時に痛いポカ(佐々木健介風)もするが、あのような場面でも冷静になれるのがスーパー・ジンヒョンたる所以でもある。

しかしながら、勝ち点1をなんとか拾ってお祭り騒ぎにならないように気をつけたい。何とも言えないのだが、このチーム構成だとペナルティエリア内に入ってくる選手が極端に少なくなる。このあたりは正直痛いし山村和也選手ひとりだと厳しい。8番を欲する気持ち。

さてこの湘南戦。難波近辺に居たので一念発起スタジアムカフェで見た。もう何年ぶりかも分からないくらいの期間訪れていなかったと痛感。「十年ぶりくらいですかね」と言われ本当に申し訳ない気持ち。不甲斐ない試合とは裏腹にお会いできたことを嬉しく思う。

昔はセレッソ大阪関連のイベントなどでお借りしていたスタジアムカフェ。今年で十八周年だと聞いた。色んな痛みにも耐えてこられただろうと察する。存在価値に長短などどうでもいいことだが、18年もの長きにわたり続けられる気持ちと心の強さが素晴らしい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

なぜレゴ®シリアスプレイ®に惹かれたのか。

会社には会社の生き方というものがあり、その物語のなかで歴史を築き、創り出していく。少し抽象的ではあるのだが時代とともにその物語は紆余曲折し、その時その時にあった戦略戦術をもって、成長衰退を繰り返しながら未来へと一歩ずつ進んでいくのだろう。

会社が前に向かっていく中でいちばん大切な要素が「人」。人を大事に、と口では言うが中々フェーズが合っていかない。個々の意思は素晴らしいものが沢山あるのにどうして組織となった瞬間に統一性が失われてしまうのだろうか。そんなことを常に考えてしまう。

スポーツ、サッカーでもよく「連動性」という言葉で表現されるケースがある。選手間の意思統一が成された時、途轍もなく素晴らしいゲーム展開を創り出す。選手個人個人がフロー状態に入り、さらに相互理解と相互尊重のもと、まさにチームが一体化していく。

先日「LEGO®︎SERIOUS PLAY®︎(レゴ®シリアスプレイ®)メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテーター」となったのだが、チームビルディングの他に実践してきたいものごとがある。「人はなんのために働くのか」を追求していきたいと思っているのだ。

なぜ人は働くのか。どうして働くことを楽しいと思えないのか。会社を愛せない理由は。自分は何をしたいのか。どうすればできるのか。そして、それをいつやるか。ほんの目の前にあることなのに、そんな難しい話ではないはずなのに、たどり着けないもどかしさ。

セレッソ大阪のサポーターコミュニティやIT企業など30年近く同じ組織の中で過ごしてきた僕としても、そんな多くの悩みを垣間見てきた。そして、人は少しずつでも成長していけるという思いを色々な方から頂戴し、歳もそれなりに取って分かってきたものもある。

そこで経験したことを還元していきたいと思っているし、僕にしかできないことも多分あるはず。経営だとか戦略だとか高級で難しいことは、その道のコンサルタントさんがやればいい。僕にできるのはそんな、上の域に行けるはずの人に何かを気づいてもらうこと。

そんな思いを色々な方に話したらファシリテーターの仕事もいくつか頂けるようになった。なぜレゴ®シリアスプレイ®に惹かれたのか。人見知りの僕だがやっぱり人が好きなのだ。そう、僕なりに、人に何かをお返しできそうなこのメソッドに、心動かされたのだ。

NEVER STOP,NEVER GIV…

第26節 ジュビロ磐田戦。

オープニングにも行けずラストマッチにも行けず、セレッソファンとして残念な立場ではある。なんちゃら記念の試合にここ最近行ったというと何だったかも忘れるくらい。それ以前に2018年シーズンまだ1試合しかスタジアムで見れていないことを憂う必要性がある。

そして当のこの試合。一週間経ってようやく見ることができたという何たる体たらく。理由というほどでもないが、先週月曜から11勤(うち4日は研修)というものに耐えようやくの今日。身体と脳を休めながらの状況下で磐田戦。ネット様様、DAZN様様ということ。
「戦っているな」という印象の強いナイスゲームだった。確かにキム・ジンヒョン選手のミスなどはあったもののうちの外国人選手たちは本当に素晴らしいなと改めて感じた。韓国、ブラジル、クロアチア、スペインで構成されてはいるのだが、絶妙に呼吸が合うな。
ヨーロッパのクラブを見ていても多国籍選手が集まり一致団結して戦う姿をよく目にする。やはりそのクラブにあるフィロソフィーが全ての戦略/戦術を決めているのだなと分かる気がする。そういう意味では、我らの理念も良いものになってきたのかもしれない。
今シーズンはヨーロッパチャンピオンズリーグ、ヨーロッパリーグ、各国リーグが見放題になり、時間配分が大事なシーズンになりそう。今必死にELハイライトをひたすら流し見ながらこのブログを書いている。こんな毎日がまだまだ続いていく幸せな環境。正直怖い。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「声なき声」に耳を傾ける。

我が事で大変恐縮ではあるが、一年越しの目標だった「LEGO®︎SERIOUS PLAY®︎(レゴ®シリアスプレイ®)メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテーター」として正式にスタートを切ることになった。これから先が本当に楽しく未来がとても待ち遠しい。

このブログでも書いてきているがレゴ®シリアスプレイ®を端的に言うと「コミュニケーションと意思決定のための”問い”を出席者全員で考えていく」。もっとざっくりと乱暴に言うと「声なき声に耳を傾ける」。もしかするとそのワードがしっくりくるかもしれない。

企業でも学校でもどこでも起こってしまう「声が大きい人」「同調する人」「萎縮する人」「どうでもいい人」の組み合わせ。いわゆるニッパチではないが二割の意見がほぼ全ての結論に導かれてしまうのが、この普通の会議のどうしようもないところではある。

口では言う。「全員の意見を聴く」「何か意見は無いのか」「書いてみよう」。そんなもので絞り出されたような意見が、果たして本当に求めていたものなのだろうか。我々は何か思い違いをしているのではないだろうか。僕はいつもそのような思いを感じていた。

そこで一年前、初めてレゴ®シリアスプレイ®と出会った。「声なき声」に出会った。形から考える、考えから形にする。大事なのはそんなシンプルなものだったのに、長年蓄積された経験やカンや勢いという、言うほど意味の無いものに縛られていたことが分かった。

何度も何度もファシリテートすることでそれは疑問から確信に変わった。レゴ®シリアスプレイ®によって溢れ出す「声なき声」は本当に素晴らしく、まさにイノベーションを起こすためのひとつでもあった。僕が選択したことは間違いではなかったと今ようやく言える。

そんなレゴ®シリアスプレイ®に、もっと多くの方が関心を持ってもらえるよう努力していきたい。日本国内には今、400名のレゴ®シリアスプレイ®の認定ファシリテーターがいる。その先輩方、同期のアミーゴと共に、「声なき声」に応えていきたいと思っている。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

脳が身体が。

アジア大会eスポーツ「ウイニングイレブン」で日本代表が金メダルを獲ったのは記憶に新しい。公開競技ながらその盛り上がりっぷりを動画で見ると、身体から脳へ、脳から身体へと情報というものが伝達される仕組みはスポーツもeスポーツも変わらないなと感じた。

それほど上手くないがちょっとした息抜き程度にiPadで遊んでいる。最近では選手層も厚くなって選手の能力に手と頭が追いついていないような気がする。アジア大会のルールでどのような選手構成が使えるのか分からないが、レジェンドを獲得できると殊の外嬉しい。
話は変わるが森保ジャパン初陣となったコスタリカ戦。ようやくフルタイムで見たが、フレッシュ感が溢れる試合だった。特に前線の4人、とりわけ桜な方々は南野拓実選手のプレーに注目し代表初ゴールには嬉し泣きしたものと思う。帝王の名に恥じない活躍だった。
メディアを見ているとBチームに近いのではという話題があった。確かにロシア組が数名で、素人目でも個々の能力の差などはあった気が確かにする。ただ、僕らサポーターからすればこのチームも当然日本代表。国際Aマッチ出場の選手全てが僕らの代表でもある。
長い目で見てゴール(と言ってはなんだが)はカタールワールドカップ。その線上の点でしかない試合なんてものは存在しないなと個人的には思う。点が繋がるから線になる。線になるから強くなる。強くなるから勝てるに変化する。必ずこの試合にも意味は存在する。
そんな観点から見てもこの試合の意義はあったと思いたい。少なくとも何かが湧き出てくる選手はたくさんいると信じたい。きっと彼らの頑張りはインフルエンスしていく。脳が身体が動き始めるはず。うちの若手選手たちにも刺激になってもらえたら良いなと感じる。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

高みを目指して、今を見るか先を見るか。

原因論と目的論。「できない理由」を愚痴るよりも「どうすればできるか」を考えること。今を見るか、それとも、先を見るか。世の中には本当に多くの先生が存在している。そんな先生方にひとつひとつ教わって、僅かずつではあるが僕も成長している気がする。

さて、週末に行なわれたホーム二試合で多くのことが分かった。とにかくは以前からここでも書いているU-23の存在意義。確かに選手の能力差があるのはどうみても歴然なわけなのだが、トップチームの底上げになっているとはとても思えない内容がちらほらある。

日曜日のルヴァンカップにおいてのメンバー構成。尹晶煥監督が「選ばない」のか「選べない」のかは正直分からないところだが、U-21選手が含まれていないのは川崎とうちだけ。これだけで判断できるわけではないが、若い力というものを今のチームに感じない。

U-23の試合はほとんど見ているが、どうも面白くない。点が取れないとか拙い守りとかビッグセーブとか、何が面白くないのかはそういう観点などではなく見ていて正直つまらない。選手の気持ち、スタッフの気持ち、サポーターの気持ちは果たしてどうなのだろう。

人は常に成長することを止めてはいけないと感じている。特にスポーツ選手からそれが無くなったときは身を引くサインだと思う。上手い下手の問題ではなく、更なる高みを目指して戦うことこそFor The Top of Dreams。選手のマインドセットが今一度必要なのではと。

ひとつ思うのは以前にも似たような感覚。「J1では負けるけどJ2ではある程度勝つ。J2にいたほうが良いんじゃないの?」的なあの。育成と銘打つにも関わらず若手選手が育っていないようにみえるところをどう見るかだが、もう少し長い目で見ることも必要なのかな。

長居連戦に参加したかったが叶わず。多くのアミーゴが様々な大阪の状況を写真などで教えてくれる。ありがたい話。日本全国で発生している被害はどの地域も気になるのではあるが、やはり生まれ故郷である大阪を大正区をより心配にしている自分が、ここにいる。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

いろいろと考えること。

台風および地震の災害に遭われた多くの皆様に心よりお見舞い申し上げます。まだまだ大変だとは思います。僕自身自然災害の怖さをモニタ越しに目の当たりにして、この先のことをかなり不安に思ってしまいます。皆で気持ちを強く持っていきたいと切に願います。

大阪上空を大型台風が通り抜ける時間帯に親に電話した。前週に帰った際にも「色々なことに気をつけなあかんよ」という話をしていたばっかりでこのような事態が起こった。相当怖いのだろうが至って冷静に「ラジオ買っといてよかったー」とのことで安堵した。

停電、断水などの被害に見舞われている方も多いと聞いた。アミーゴとも話をしていたのだが、二人共大阪に親を残して上京していることもあり心配だけが募った。幸い互いに身内が大阪にいたり仲間も多くそれぞれ助け合ってなんとか凌いでいたようで安心する。

考えてみれば東京に来て10年以上。日本で災害が起こるたびにいろいろと考えることも多い。親もいい歳自分もいい歳。置かれている状況などを鑑みても、もうそろそろ帰阪すべきかどうなのかなどといった検討も、継続して行なっていく必要性があるのだろうな。

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「好き」こそ一番。だから夢に投資する。

Google Bloggerに移籍して前回でめでたく100回目の投稿となった。燃えやすく飽きっぽいB型人間としてはツールがどうこうということでないが、長続きするひとつの要素でもあるかなと感じる。それ以上に文章を書くのが「好き」だという思いのほうが殊更デカい。

この「好き」という感情。あるジャンルにおいてもここ数年で相当変化があった気がする。それが株式投資。初めて株という有価証券を購入してからもう何十年も経つが、最近では紹介で出会ったGSさんから投資というもの教わり、捉え方が大きく変わっている。

勝ち負けの問題ではないが、株式投資を始めてそんなに損をした記憶はない。年間でも多少なりとも利益を出してきた。しかしながらこのゼロサムゲームというものに疲れたというか、巷に溢れるプロフェッショナルに勝てるはずがないことに遅まきながら気づいた。

そんなさなかに多くの勉強会に参加したりして、お金とは、経済とは、投資とは、といった多くを学んだ(気になっているだけかもしれないが)。薄々とは感じていながらも、恥ずかしながら残された時間がそれほど多くないことを僕は知った。時が一番の投機だ。

僕は持っていた株の大半を売った。残った一部は僕が個人的に応援してきたゲーム会社と長年お世話になっている航空会社だった。振り返るとこの二社は、紆余曲折しながらも企業としてのあり方を模索する良い会社だ。僕の今後の株式投資方針はここで固まった。

その日以来僕は、最も応援したい会社の株式を買うことを第一に決めるようにした。子供の頃から付き合いの長いスポーツメーカー、昔からお世話になっているIT企業、大好きな書籍の関連、そして身体に良い食材の会社。どの企業も本当に「好き」な投資先である。

そして昨日、とある投資先企業の勉強会に参加してはっきりした。投資額はそれほど大きくはないが、そこには「好き」になれる夢が存在した。鷲津さんから「私は夢に投資はしない」と言われるかもしれないが、それでも僕は夢に投資する。「好き」こそ一番だ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第25節 浦和レッズ戦。

雨が苦手である。いつも、身体を覆っているはずの傘があまり役に立ってないくらい濡れてしまうから。もしかすると傘との相性が良くないのだろうか。それとも持ち方が悪いのだろうか。問題解決という細い糸を寄って少しずつ太くしていけばクリアできるはずだ。
それにしても久々な感があるくらいの本気の土砂降りっぷりだった。更に雷の影響もあり30分試合開始が遅れる。レインコート、ビニール袋という万全の体制だったが、靴の中とりわけ靴下の状況が非常にヤバい。着替えは持ってきてはいるが靴自体が相当ずぶ濡れ。

試合中、雷雨が鳴り止まない状況ではあったが、締まった良い試合だったのではと思う。確かにスーペルなカウンターにやられたしあの疑惑のシーン(あれは助かった)もあったので何とも言えないのだが、ともかくアウェイで勝ち点3を手にできたのは素晴らしい。

あと、キーポイントになったなと思ったのが右手一本でセーブしたスーパー・ジンヒョンのあそこのシーンだったんじゃないだろうか。その他にも柿谷曜一朗選手が復帰し、清武弘嗣選手が復調気配だったし、ゴラッソの両外国人。次に繋がる試合だったように思える。

レッズスタッフの方と試合直前に「大雨のセレッソと言えば2000年のときの横浜F・マリノス戦だよね、今日はあのイメージがあるよね」という話をしていた。もう18年も前のことで盛り上がれるのは本当に嬉しい。サッカーでつながった糸も寄られて太くなっていく。
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ちゃんと持ってけ、いろんなものを。

この日曜日に行なわれた結婚式。ほぼすべてのシーンでセレッソ大阪色がいっぱい(いやセレッソ大阪しかないと言っていいほど)だった。セレッソサポーターだらけ。披露宴の隣の席にはスタジアムDJ。祝辞、乾杯の発声もセレッソサポーター。お拘りがすごい。

新郎との思い出の中で一番記憶にの中に残っているものがある。ちょうど10年前の2008年北京オリンピック。ナイジェリア代表との第二戦が行なわれた場所である天津でのできごとだ。北京から天津へ時速300km超えで走った新幹線よりもなぜか鮮明に覚えている。

内容自体は直接聞いてくれたらお話しするが、今なら当たり前のようにできる「海外に行くときはちゃんと連絡を取れる仕組みの準備が大切だぜ!」ってことかもしれない。まあ汗水たらしてつながったからこそ、殊更記憶に残っているのではあるわけだが(笑)。

結局第三戦も残るようだったので、持ってきていた中国語のハンドブックを贈呈した。役に立ったかどうかは本人にも聞いていないので知らない(そこは興味もないのだが)が、少しでもその先の旅が楽になったのならば本望。多少だけど荷物も軽くなったのでね。

とても偉そうなことが言えるような生き方ではないが、人生の先輩として一言。「家族や親を大事にする心を持ってけ。自分を大切にしつつ精進する魂を持ってけ。そんな気持ちを高く持ってけ。無理はするな、無茶をしろ。そして、ちゃんと携帯とか持ってけ」。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

人は二度死ぬ。だからこそ。

阪神タイガース張りの長期ロード。木曜日に出発してからようやく東京に戻ってきた。今回は名古屋、大阪、広島、岡山ときて、最後は大阪に4日滞在。身体の節々の痛みに耐え切り、セレッソ大阪サポーターの結婚式、披露宴、とんでもない二次会に参加してきた。

それにしても本当にめでたい話である。セレッソのサポーターももう何世代目と言えるのだろうか。当然かもしれないが年老いたものはゴール裏から場所を移し、若いサポーターたちが台頭しその場を取り仕切っていく。世代交代というとおこがましいのではあるが。

確かにこの挙式に集まったサポーターの顔ぶれを見ていても勝手知ったる顔と初めてお目にかかる顔。この世代を超えた関係をつなぐのもセレッソ大阪という縁結びが存在するからこそであると改めて実感する。なんなんだこのソーシャルネットワークは、という感。

そして多くの方がこんな僕に声をかけてくださる。「体調、大丈夫?」「太りました?(またかよ)」「相談したいけど」「飲みに行きましょうよ」「はじめまして!」「今度東京行くので・・・」。こんなところでも人見知りが酷すぎて申し訳ないなと自暴自棄。

こんな素晴らしいセレッソアミーゴたちから祝福を受ける新郎新婦のお二人は本当に幸せものだと思う。そんな幸せ絶頂の新郎新婦から高砂前の特等席を準備してもらった僕は、もしかするともっと幸せなのかもしれない(新郎新婦を凌駕してどうするとツッコめ)。

僕はまだセレッソ大阪の中で存在し続けていることを実感する。存在して良いんだと心から感じる。その「居てもいいんだ」という意識が、仲間を大事にする気持ちに変わっていくのだなと思いたい。この愛すべきセレッソ大阪サポーターという存在が僕を強くする。

人は二度死ぬ。一度目は肉体的な死。そして二度目は忘却という死。そういう意味では僕はまだ生きている。最後の笛が鳴るまではフィールドで戦い続ける。人生というものは本当に美しい。風船もいつかは地に這いつくばる。その日までの飛び方が重要なのだなと。

(ごめん挙式の件はまた書くわ)

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第24節 サンフレッチェ広島戦。

2018年シーズンのJ1リーグ(この呼び方にまだ慣れない)初観戦と相成ったサンフレッチェ広島を迎えたこの試合。僕的には非常に珍しいのではあるが2時間前に入場してみた。久しぶりにこの時間のヤンマースタジアムの雰囲気を身体で感じる。なんだか心地よい。

多くのアミーゴに出会う。「なんか、太ったな?」とか「うわー負けるやん(失礼な)」とか声をかけられる。僕と同様に毎年ひとつずつは確実に年を取っているはずなのだが、暑い中でもみんな元気そうだ。セレッソ大阪を応援する行為は健康器具にも匹敵する。

ゴール裏のホーム側最上段から見ることにする。二万人超えてくるとこの付近もかなり混雑する。この10年でスタジアムの客層も変わったのだろう。四半世紀のあいだ見てきた多くの景色と今のこの状況を重ね合わせて見て、多くのことをふと思い出してしまった。

とは言え、ゴール裏の応援に合わせて拍手を送ったり声を出したりしている方も思いのほか多かったし、スタジアム全体がそのような雰囲気になっているってことなのだろうなと思った。だからゴール裏の力がより一層試される。彼らの頑張りがこれからも大事だ。

ただ、優勝できるチームとそうじゃないチームの差はいったいどこなのだろうか、それは何なのだろうか。選手、クラブ。そしてファンやサポーター。少しずつだけどちょっとずつ何かが、どこかが違うのかもしれない。そんなことを考えながらの広島戦だった。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

映画から学ぶ「サポーター生」。

「カメラを止めるな!」の勢いがまだまだNEVER STOPなのは本当にすごい。監督さん、役者さん、スタッフさんの生き様に感動してアミーゴもリピート&リピートしている様子。やっぱり映画は良い。映画の力は偉大だ。その「映画人生」を応援していきたくなる。

そういえば一本の洋画を見た。「チャンピオンズリーグ珍道中」。タイトルはそのままではある。会社の同僚であるイタリア人二人が当選でゲットしたチャンピオンズリーグファイナルのチケットを持って、開催地であるプラハまでの面白おかしな旅を描いた映画。

昔を懐かしむのは良くないかもしれないが、この映画を見ていて、サポーターという人種は旅人でもあるのだなということを改めて思う次第。今では多くのサポーターがアウェイのスタジアムを埋めてくれるのだが、たった二人しかいない状況の時もあったな・・・。

映画のシーン同様、自分自身にも起こった旅の途中の様々なできごと、そのひとつひとつが良い思い出となっている。この上ない財産になっていることを今更ながら実感する。そこで知り合った人たち。共に歩いた人たち。これからも一緒に前に進んでいく人たち。

「君と出会うために生まれてきたよ」と踊りながら歌う三人組がいたが、まさに何も無いところから出会い分かち合い泣き笑いする「サポーター生」。一般の方から見たら特異に見えてしまうそんな生き方。金や名誉よりも大事な、そんな生き方を愛してやまない。

さてこの「チャンピオンズリーグ珍道中」。オチが微妙ではあるし言ってしまえば「さてチャンピオンズリーグは一体何処へ?」という感が無くはないが、サッカーを愛する方がサラサラッと見るのには良さそう。騙されたと思って一度覗いてみてはどうだろうか。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第23節 V・ファーレン長崎戦。

多くの方から誕生日のメッセージをいただき至極感激している次第。この歳になっても嬉しいもの。しかしながら良い歳の取り方をしているかそうではないか、毎年この時期になると心の中のリトルイバと葛藤している。さて人生五十年。あと僅かばかりではある。

この長崎戦。実は密かに行くことを考えていたのだが叶わなかった。あの御方たちにお会いしたいと常々思っておきながら有言不実行。お許しを。タイムラインを追う。元気そうな顔を見ることができ、残りの人生の中でどれくらい会えるだろうかとひとりごちる。

長崎での試合というと1997年の天皇杯4回戦ジュビロ磐田との試合以来行った記憶がない。あの日はかなりの雨だったこととジュビロの選手となんかあったことくらいしかイメージできないが、アミーゴと平和祈念像や中華街などで撮った写真がアルバムに残っている。

20年以上も前のことはどうでもいいな。この試合は久々のクリーンシートとなった。厳しい場面もあったが相手に助けられた感もあるし一概に諸手を挙げて喜べるフシもないが、試合展開自体は上出来のように思えた。さてこれで36。首位チームとは勝ち点差13か。

ようやくというか何というか、今週土曜の広島戦は今シーズンのJリーグ初観戦の予定。この試合の重要性を理解しているが、多くのアミーゴに会うのも本当に大事。試合前、スタジアム内、試合後、そして翌日のアレ。みなさま、どうぞ宜しくお願いいいたします。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第22節 清水エスパルス戦。

「どんだけ経ってから書いてんだよ」「もう次の節終わってんぞ」とお叱りを受けそうではある。敢えて言おう、僕はカスと。やはり今も昔も水曜日のナイトゲームをリアルタイムで見るのは、過密日程のチーム事情と同じく非常に厳しい。とか弱音を吐いてみる。

ヨーロッパ各国のリーグも始まっておりサッカー目白押し。最近ではDAZNの良さを最大限活用(つーか面倒なのだろ)してハイライト観戦が多い。しかしながらセレッソ大阪の試合だけは別だ。もちろん全てのシーンをチェックしておきたい。確認しておきたいのだ。

そしてそんな状況のなか、遅ればせながら清水エスパルス戦を見てみる。前回アウェイでの対戦は大敗しているので、是が非でもリベンジが必須だった。それにしても日本平は鬼門というか大負けしているイメージしかない。今回はホーム。必勝が求められている。

さてこの試合。久々に杉本健勇選手がゴールを決めたが、まだまだ彼の本領が発揮されたわけじゃないなと見ていて感じた。こんなもんじゃない、とセレッソ大阪ファン、サポーター以外の方々でも思うだろうし、もっともっと貪欲に狙っていく姿勢を期待している。

なんだか、清水と戦うときはいつもこういう試合展開のような気がする。大体主導権を握られるが運良く失点せず、なんとかゴールを決めて勝利するシーンを何度も見てきた。今回もそんな感があったが、今回は勝利だけが欲しかったので良しとしておくしかない。

そう言えば昔から清水エスパルスというクラブになんだか縁のようなものを感じる。過去にも選手の移籍など数多くあったし、オリジナル10では比較的身近なチームなのかも。CBJAPANやファンやサポーターの方を含め知り合いが多いことも要因なのだろうと思う。

このような縁はサッカーの素晴らしさを体現している。サッカーで繋がる縁。サッカーが繋ぐ縁。ひとつひとつの縁は非常に小さいもので非力なものかもしれないが集まれば相当な力になる。カスの僕でもそれくらいは分かる。そんな僕が今日、ひとつ大人になった。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP