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人は二度死ぬ。だからこそ。

阪神タイガース張りの長期ロード。木曜日に出発してからようやく東京に戻ってきた。今回は名古屋、大阪、広島、岡山ときて、最後は大阪に4日滞在。身体の節々の痛みに耐え切り、セレッソ大阪サポーターの結婚式、披露宴、とんでもない二次会に参加してきた。

それにしても本当にめでたい話である。セレッソのサポーターももう何世代目と言えるのだろうか。当然かもしれないが年老いたものはゴール裏から場所を移し、若いサポーターたちが台頭しその場を取り仕切っていく。世代交代というとおこがましいのではあるが。

確かにこの挙式に集まったサポーターの顔ぶれを見ていても勝手知ったる顔と初めてお目にかかる顔。この世代を超えた関係をつなぐのもセレッソ大阪という縁結びが存在するからこそであると改めて実感する。なんなんだこのソーシャルネットワークは、という感。

そして多くの方がこんな僕に声をかけてくださる。「体調、大丈夫?」「太りました?(またかよ)」「相談したいけど」「飲みに行きましょうよ」「はじめまして!」「今度東京行くので・・・」。こんなところでも人見知りが酷すぎて申し訳ないなと自暴自棄。

こんな素晴らしいセレッソアミーゴたちから祝福を受ける新郎新婦のお二人は本当に幸せものだと思う。そんな幸せ絶頂の新郎新婦から高砂前の特等席を準備してもらった僕は、もしかするともっと幸せなのかもしれない(新郎新婦を凌駕してどうするとツッコめ)。

僕はまだセレッソ大阪の中で存在し続けていることを実感する。存在して良いんだと心から感じる。その「居てもいいんだ」という意識が、仲間を大事にする気持ちに変わっていくのだなと思いたい。この愛すべきセレッソ大阪サポーターという存在が僕を強くする。

人は二度死ぬ。一度目は肉体的な死。そして二度目は忘却という死。そういう意味では僕はまだ生きている。最後の笛が鳴るまではフィールドで戦い続ける。人生というものは本当に美しい。風船もいつかは地に這いつくばる。その日までの飛び方が重要なのだなと。

(ごめん挙式の件はまた書くわ)

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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