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無茶振りな話。

中野は雪かもという予報だったが昨晩から雨が続いている。暑さにも寒さにも弱腰の僕としてはどちらにしても厳しい朝だ。かなりの量が降っていると思っていたらそれほどでも無いので15分ほど歩いてみる。実に風が強いのだが、とにかくこの週末は晴れてほしいと空に無茶振りしてみる。

先週の疲れもあったので昨日は仕事も早く切り上げてと考えていたが、思い立って動画などを作ってしまった。僕はクリエイターでは無いので出来栄えの自信ははっきり言って皆無だ。短時間で伝えたいことをサクッと書いてサクッと上げる。あとは、フィニッシャーが決めてくれるだろう。

だいたいいつもそうだ。人の手助けがなければ僕は何も終わらせられない。LINEスタンプもそう。”あの”デザインを考えたときも同様だ。特に思い出すのはやはり「11人の戦士を支える12番目の狼」を企画したときのこと。実に20年くらい前のことだと思うが、今でも脳裏から離れないのだ。

ちょうど当時は日本代表サポーターなどによる影響でサポーター全盛。ステータスも当然高かった。スタジアムでも選手と同等いやそれ以上の存在となるカリスマの方々もいらっしゃった。特段反発したわけでもないのだが、僕は比較的、そのような状況とは対極にいたような気がしている。

そんななかで今一度「選手たちを後押しするための僕らのスタイルって一体何なのだろうか」と考えてみた。試行錯誤、紆余曲折、色々と苦悩しながら頭を絞りアイデアを練った中でようやくぼんやりと形となって現れてきたのがこの「11人の戦士を支える12番目の狼」というものだった。
しかしながら僕が描けるのはここまで。僕は、当時まだまだ普及していなかったインターネットでこの想い(無茶振り)を形にしてくれる方を探す。そんなときとあるアミーゴが声をかけてくれたおかげで「11人の戦士を支える12番目の狼」の姿や形を世にお見せできることが可能になった。

このエンブレム制作の例からも分かるとおり、ひとりひとりは個性がありアビリティの違いや得意不得意もある。セレッソ大阪サポーターも職業や活躍の場がそれぞれ広範囲に広がっている。そんなサポーターの持つチカラを結集できれば滅茶苦茶面白いことができると思うが、どうだろう。

最近の口癖でもある「セレサポのセレサポによるセレサポのための」何かを実現していきたいと考えている。また適当に思いついたままを書いて…

「まあこんなもんでいいか」が多過ぎる。

東京に戻ってきて呆けていた。どうも脳と身体と胃(特に)を使い過ぎたようだ。それほど睡眠は取らないが、それこそボーッとしている時間がこの週末は多かった。そんな中で本を読み映画を見てサッカーを味わう。ときには人生に休息も必要だ。年齢的にも持たなくなってきているのだ。

セレッソ大阪U-23の試合をYoutube Liveで見た。正しく書くとすればAmazon Fire StickのYoutubeアプリで見ていた。映像遅延らしきものもほぼ無く比較的安定して流れていたように思える。世界中のサッカーはインターネットのなかですべてつながっていくのではないかと思わせてくれる。

それにしても試合結果については非常にいただけない内容だった。ここからトップチーム昇格に向けて戦っていかなければならないのに、なかなか良いプレイを見せられなかった選手が多いなと感じた。前々から伝えているが、ここで終わっていいと思うのならば、この先の未来はなさそうだ。

サッカーの世界だけでなく身近なところ(勿論僕自身含めて)でもこの「ここで終わっていいのか?」が多過ぎる。なんだか短時間で「まあこんなもんでいいか」と自己評価してしまっている感がある。子供の頃の夢を続けられるほうが稀で、一般人は及びもしないということなのだろうか。

確かに社会のしくみの問題や環境も影響有るかもしれない。他人と比べたときの絶対的な差なんてものも、そこに存在しているかもしれない。しかしながら僕は思う。それでもいいやんか。ただひとつ。「ここがゴール」だなんて思わないでいい。そう判断するのは紛れもない、自分自身だ。

物事を終わらせるのも自分。ここから先の人生を組み立てていくのも自分。「まあこんなもんでいいか」は本気の自分への裏切り行為でもある。本当に好きなものならその気持ちが必要なのだろうなと思う。だから例えばサポーターが好きなら、その思いに「まあこんなもんでいいか」は無い。

前述に戻る。背番号が、この大会用になっていたため少々選手を確認するのがとても難しかったが、試合が進むに連れて動きで分かるようになってきた。やっぱり短時間で物事を見定めるのは困難なものもある。じっくりと時間をかけて「まあこんなもんでいいか」をぜひ減らしていきたい。

話は違うが冒頭にも書いた映画のこと。「ジャックは一体何をした?」と「ラストレター」について記しておく。改め…

蹴球堂。ミドルサードからバイタルエリアへ。

まだまだではあるのだがサッカーショップ蹴球堂リアル店舗のリニューアルオープンについて常々考えている。今月末でちょうど二年(厳密にはあと二日で丸二年)。インターネットやなんやらでその時期を模索しているが、未だ復活の呪文がどうも降りてこないという弱々しいオーナーだ。

先日とあるアミーゴから「NEW蹴球堂の良い物件ありますよ」と連絡が来た。このような情報は本当にありがたいのだ。それ以上に”気にしてもらえている”ことが非常に嬉しいのは以前にも書いた。同じマインドでいられるアミーゴの存在が自分自身を更に強くしてくれている気がするのだ。

僕自身も毎日そのような気持ちで生きている。若い頃と比べてより人のことそ考える時間が増えたとも感じる。大人になったのだと胸を張って言えるわけではないが、少しずつでも学びつつ前に進んでいるのだろう。蹴球堂長居店での約12年も、一日一日成長の歩みだったと思い出している。

その「良い物件」。非常に絶妙なポジションに存在する。僕自身のポジションも今ミドルサードのギャップの中で”浮いている”感がある。ここから勝負するために僕は更にバイタルエリアへと侵入していく。ゴールを決められるかは問題じゃない。要は、考えて動く、動きながら考える、だ。

※とは言え、まずはインターネットストアで。
※是非、Tシャツ購入よろしくお願いします。

サッカーショップ蹴球堂BASE店

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

今から約14年前。2006年5月の風景。

サポーターのヒト・モノ・カネ。

遂にというかようやくというかリヴァプールの南野拓実選手が、サディオ・マネ選手の怪我によるスクランブル出場でプレミアリーグデビューとなった。ホテルの一室でその様をDAZN視聴したように、いつでもどこでも映像を見ることができるオンデマンドは、本当にありがたいと思う。

そのDAZN。先日、通常の月額払いからセレッソ大阪「DAZN年間視聴パス」に切り替えたのだった。なにごともセレッソ大阪中心にしていけるこの時代でもある。そのひとつひとつがセレッソ大阪のチーム強化につながると思うと、なんだか自分自身の気持ちもかなり高ぶってくるのだ。

このDAZN視聴パスを含め、SAKURA SOCIOハナサカクラブを中心として、セレッソ大阪を熱烈に支援するサポーターがこのクラブには物凄く多い。以前他クラブのサポーターの方と食事する機会があった際にもこのセレッソ大阪の支援システムについてとても感心してもらえたのだった。

特にアンダーカテゴリーを支援するハナサカクラブ。昨年末にも書いたがもともとサッカーショップ蹴球堂に至る原点はこの「アカデミー支援」だった。クラブはやはり下からの育成システムが不可欠。人を育て、戦う場所を提供して次のトップ選手を作っていくこのシステムが重要なのだ。

新しくセレッソ大阪ファンになった皆さんには是非ハナサカクラブへの参加をお薦めしたいと強く思っている。この先のセレッソ大阪を強くするための次世代の選手たちの育成が大事だ。これは何もサッカーの話だけではない。家庭でも職場でも、いやそれ以外でも重要なポイントでもある。

ヒト・モノ・カネ。その中でもカネはやっぱり必要だ。そのためには常に稼ぐ力やモノを身につけなければならない。そしてそれらをつかさどるのはヒト。すべての鍵はバランスでもあるなと感じている。今年もアカデミーから数名の選手がアカデミーから昇格した。サポーターの力は偉大だ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

僕の役目は。

先週も来ていて今更感があるのだが、地下鉄福岡空港駅から福岡空港へと向かうルートが素晴らしく綺麗になった。以前はなんとなくクルクル回らされていた気がする。仕事、サッカー観戦と何度も訪れている福岡で、今回も多くの変化を感じさせてもらった。何だか気持ちが清々しい。

グランドハイアット福岡にて三日間という長丁場のなか行なわれていた「経営者フォーラム」が終了した。経営のこと、資本主義のこと、メディアのこと、政治のこと、社会貢献のことなど多くの話を聴かせてもらったなかでも一番心に響いたのは、世界から見た日本という国の見え方だ。
僕が今まで日本人として内側から見てきた日本という国。それに対して、世界という外側から俯瞰して見たときの日本とのギャップ。そんなに大きなことを言えるような立場では無い僕としても、そのイメージの差が殊の外大きいと感じてしまう。日本という国のあり方が今問われている。
このイベント終了後、誘っていただいたアミーゴと話をした。ほんの少しずつではあるのだが、考えるべきことや考えないといけないこと、あるべき姿をしっかりと描くのが必要であると感じた。そして今、僕の役目は何なのだろうかと考えながらこのブログをモノレール内で記していく。
サッカー、IT、歴史、カルチャー。まだまだやれることはたくさんあると思う。もっと素直に受け止め、もっと研鑽し、もっともっともっと・・・。そんな三日間を福岡で過ごしたとここから示していきたい。まずは、今回学んだ内容をしっかりと振り返り、周りに伝えていこうと考えている。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

フォーラム二日目の夜。

学びとはまさに温故知新。古きを尋ね、新しきを知る。そんな多くの学びを感じる二日間だった。今、福岡でとある経営者フォーラムに参加させていただいているが、一分一秒に知識を得られる感覚がある。僕は何者でもないしがない人間なので、このような場が本当にありがたいと感じる。

それ以上に僕のこれだけの時間をフリーにしてくれるうちのメンバーには感謝しか無い。それほどワーカホリックでもないと自負しているが、休暇もほどほどに取らなければならないこの時代。働きたくてウズウズしているのに制限されるという、昨日聴いたセミナーの言葉を思い出した。

そもそも働くとは何なのだ。実に考えさせられる。僕自身は「人の役に立つ」という観点から入っていく。とは言え、人それぞれ思いも考え方も違う。そうなるとどのように合意していくかが大事になってくるのだろう。今もそんな悩みを抱えながら、日々仕事をしている気すらしている。

さて、このようなセミナーの際の基本は、iPadの「NOTABILITY」というアプリでざっと下書きしてうえでその後ノートに自分の解釈を足して転記する。聴いた100%すべてが脳に蓄積されるわけでは決してないが、時間をかけて二度書くことによって何かの知識を得たような感覚になるのだ。

残念ながら僕はあまり勉強が好きではない。できれば学ばずとも知識を手に入れたいがそんなことが可能なわけないのだ。常に学び続ける日々。課題は、学んだ知識をどこで活かすのか、だ。失敗することに妙に臆病な気質が根深く残っていて、なかなか足が前に出ないというケースも多々。

このフォーラムでは多くのご縁もいただきながらあとまだ一日(厳密には半日か)学ぶ機会がある。面白いお仕事の話もあり身が引き締まってくる。学習して、知識を得て、そして実践する。お手本のような方々の熱い会話を聴くだけで、この会に参加している意義を感じさせられるのだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

#久々のスーツ。

二週続けて羽田空港にいる。これからまた西の方角へと旅立つ。墨田区に住んでいた頃は羽田、成田共に通いやすかった気がしていたが、中野区に引っ越してからは結構大変だと感じている。理由は地下鉄、モノレールの両電車があまりに込み過ぎている。緩和できないものだろうか。

もうひとつある。今回の旅の装備(衣装とも言う)でもあるスーツだ。実にどれくらいぶりに着て、いつ以来のネクタイをしているのだろうか。そうだ、僕はほんの数年前くらいまではこのスタイルで仕事をしていたのだということを思い出した。良い悪いは別にして考えさせられた。

そう。良い面悪い面がある。悪のほうだが、まず出かける準備が大変だ。シャツ、ネクタイ、スーツ。折り目やシワを気にしてしまう。何より時間がかかる。Tシャツにデニムだとほんの数分で済むところが、その何倍もかかっている感がある。雑な僕にはかなり息苦しい時間でもある。

逆に良い点としては、パリっとする(笑)。あと、真面目そうに見える。仕事できそうに見える。背が高そうに見える(本当か?)。更に(言い過ぎかもしれないが)気が引き締まる空気感というかそんなものを大きく感じる。スーツにはそんな力が宿っているような気がしているのだ。

そんなことでこれから飛行機に乗る。先週同様に多くの方々との出会いが待っている。外見だけでなく大事な内面を意識してことに当たりたいと思う。どちらかと言うと、スーツ姿よりもそっちのほうが、僕の苦手な分野でもある。しっかりと気持ちを高く持っていきたいと考えている。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

温良恭倹譲。

以前一緒に仕事をしていたアミーゴと、何年ぶりかに食事を共にする機会があった。現在の仕事や昔々の辛かったことなど色々な話をしていて気付いたのは「苦労は若いうちにするべき」だった。たしかにあの時期はまさに「背中から斬られる」ことが日常茶飯事だったなと思い出される。

その苦労のおかげで今の自分たちが存在しているなら、この斬り込みもまんざら悪かったわけでもないのだなとしみじみ語り合っていた。アルコールを断っているなか、烏龍茶で酔いながら時間も忘れて盛り上がってしまった。今も昔もアミーゴとこんな人生を共に過ごせているのが嬉しい。

いや、この「背中から斬られる」という言葉でふと思い出した。それは昨年末、長野県で行なわれたセレッソ大阪堺レディースのなでしこ一部二部入れ替え戦後に訪れた松代市。松代藩士佐久間象山先生の史跡を廻ったこと。幕末明治史跡好きの僕として、かなり行きたかった場所でもある。

その佐久間象山先生が1864年、京都で尊王攘夷派に殺害されたのがまさに「背中から斬られた」と歴史が語っているのだ。稀代の思想家としてはどこからも狙われる存在だったのだろう。その理由が「温良恭倹譲のどの語も欠ける」と仲間内からも言われたとか言われなかったとからしい。

「温良恭倹譲」。論語の一節でもある。では自分自身に当てはめてみるとどんなことになるのだろう。つまり、だ。

温・・・おだやかで、
良・・・すなおで、
恭・・・うやうやしく、
倹・・・つつましく、
譲・・・ひかえめなこと。

うん、穏やか。うん、素直なときもある。うん、うやうやしいな。うん、つつましく生きている。うん、ひかえめ。すべて当てはまっている。自分ではそう思っているが、やはり気に入らない方もいるのだろう。しかしそれでも、多くのアミーゴに恵まれているのだろうなとも感じてしまう。

多くの変革を求めながらも歳を重ねるたびにひとつずつ棘が丸くなってく感覚も自分のなかには育っている(敢えて)。いつでも書くのだが歴史から学ぶことが殊更多い。それでもまだまだ僕の幕末明治史跡マップにおけるたくさんのマークが黄色から赤色に変わっていかない。もっと歩こう。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

生粋の大阪人。

多くの事柄がちょっとずつ変わっていく。先日大阪で、とある若い方々との飲み会(こういう言葉を使うだけで老けた感がある)の際「セレッソファンの友達に話したら、イバさんのこと知ってました。一体、セレッソの、何者なんですか?コルリだったんですか?」と聞かれたのだった。

僕は串揚げを食べながら少々顔が赤くなってしまった。毎回ヤンマースタジアムやキンチョウスタジアムに行くたびに、大阪人だという過去すら既に忘却の彼方へと捨て去られていたと思っていた。ところがまだまだ憶えていてくださっていると思うと人生捨てたもんじゃないなと感じる。

そんななか、生まれも育ちも生粋の大阪人のはずなのに「大阪満喫粉もんコース」なんてものに、大阪人から招待してもらうという。たこ焼きを食べ、お好み焼きや焼きそば、豚平焼き(というの?)を食べる。いやはや、故郷を離れて13年経っているのだなと本当にしみじみしてしまう。

それにしても、なんばの街並みも以前と比べても変わってきている気がする。いや、なんばだけじゃない。地元の大正区やその他の地域も昔とは大違いであるし、それこそ文化そのものも変わりつつ有るのだろう。まあうちの母親もiPhoneを持ちLINEでコミュニケーションする時代なのだ。

変わらないのは大阪人の心意気だけか。この二日間もそんな感じだった。いつまで経っても何も変わらず、集まってはワイワイし始める。特にセレッソ大阪という星のもとに集まってくるとそれは実に顕著に表れる。皆少しずつ歳を取ってはいるが、まるですべてがあの頃と同じに見える。
僕は新大阪駅から東京行きの”のぞみ”に乗る。2007年。新しい場所へと向かうために新幹線に乗り込んだホームと同じかどうか記憶してもいないが、大阪を離れる瞬間の気持ちは今も昔も変わらない。やはり僕は生粋の大阪人だ。その確認ができただけでもこの旅の価値があるなのかもしれない。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※そして大阪と言えば・・・これ。

エネルギー源としての「お前、楽しそうで良いよな」。

無事自宅へ戻ってきた。今回は福岡から広島、そして大阪と三都市で多くの方と会い話を聴いて、多くを学んだ。膝を突き合わせて対話する大事さを改めて知った。このような時間をいただけるのが本当にありがたいし、そのための努力を更に重ねていかなければならないのだと強く感じた。

よく「お前(の仕事)、楽しそうで良いよな」と言われる。これは良い意味悪い意味の両面あると自分自身も受け止めている。レゴ®シリアスプレイ®とデザインシンキングを駆使しての「超拡散ブレスト」が、僕だけでなく外から見ている方にとっても楽しそうに見えるのだと自覚をしている。
仕事が楽しいかどうか。ここは議論の境目でもある。楽しい仕事を行なっているのか、それとも仕事を楽しく行なっているのか。僕の場合は明らかに後者だ。仕事が楽しくない、と感じること自体が少ない。常に目の前にある仕事を好きになる。だから楽しそうに見えているのかもしれない。
自分がやりたい仕事に就くか、もしくは行なっている仕事をやりたいことに変えていくのか。どちらかしかないと僕は思っている。もし、やりたくない仕事が目の前にあるのならば、今すぐやりたい仕事なのだと考えてみればいい。それだけで楽しい仕事に変えていけるのではないだろうか。
今「お前、楽しそうで良いよな」は、叱咤激励としても僕の仕事のエネルギー源になっている。僕が楽しく仕事をしている様をもっと見せていくことでもっと多くの方にその楽しさが伝わればと考えている。立ち止まっている時間が勿体ない。駅弁のように楽しさテンコ盛りでいこうと思う。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

練習場に行ってみる。

実に何年ぶりだろうか。大阪に滞在していることもあり思い立ってセレッソ大阪の練習場「セレッソスポーツパーク舞洲」を訪れてみる。メトロとJRという電車二本乗り継ぎ、最後は市バス(シティバスというのか今)に乗るという。個人的にはこの交通の不便さは言うほど嫌いじゃない。

結構遅かったので既にゲーム形式の練習は佳境に入っており、なんとか30分ほどは見ることができた。レギュラー組とそうでない組に分かれているのかどうかは定かでは無いが、モチベーションの差を少し感じたのは僕だけだろうか。宮崎キャンプも待っているし、まだこれからだろうが。

それにしても練習場を訪れているファン、サポーターの人数が半端ない。土曜日の朝とはいえこれほど集まっていると想像できていなかった僕は、もうこの時点で大阪人としての資格を失っているのかもしれない。こんな体たらくでは老若男女色んな人に叱られてしまいそうだ、本当に。

「非公開練習も多いのでそれ以外の日には集まりやすい」との情報も聞いた。公開であっても戦術練習については静止画も撮影禁止という徹底ぶり。へえそういうことなのかと感じながら僕は舞洲をあとにした。意外とシティバスはすぐにやってきて、花粉にやられている我が身を運ぶ。

公式戦まで約一ヶ月。もう老眼に近くあまりしっかりと人を捉えられていないのだが、見ていると怪我人(コンディション不良?)も出ているようで厳しいスタートの可能性もある。スタートから新加入選手を含め総力戦となることは必至な2020シーズン。準備は着々と進んでいるのだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

神戸の街が教えてくれている。

新幹線に乗り九州から広島、そして大阪へと向かう窓に「新神戸駅」が見える。日本にとっては、震災から25年という長い時間が経った今でも決して忘れてはならない。1月17日、今日。そんな日に、新幹線とはいえ神戸の街を通っていくことの意味を深く考える。あの日のことは頭から離れない。

僕は当時24歳で長居スタジアムの近くのJR鶴ケ丘駅前にひとりで住んでいたこともあり、被害はそれほどではなかったと記憶している。しかしながら大阪市営地下鉄など交通網はストップしたり、携帯電話が今ほど普及していなかったため電話ボックスに列ができていた風景が蘇ってくるのだ。
テレビでドキュメントを見る。そこで改めてではあるのだが25年も経ったのだということを実感する。震災後に何度も神戸の街に足を運んで各地を見て廻って、復興のスピードに真に感動した反面、今でも建物がない土地があるのだとアミーゴのレポートなどを見て、正直心を痛めてしまう。
僕を乗せた新幹線はしばらく新神戸駅で停車したのちに、目的地である新大阪駅に向けて動き出したのだった。しばらくのあいだ僕は目を閉じる。ひとりの思いはとても小さいのかも知れない。いつまでもこの震災を忘れずに生きていくことが、今、僕らでもできる小さな活動なのだと感じた。
今年の元旦、ヴィッセル神戸の天皇杯優勝や、震災直後のオリックス・ブルーウェーブの優勝から、「人は人に勇気を伝えていける」ことを僕らに発信し続けてくれている気がする。全国廻って勇気を伝える僕の仕事もまさしく同様なのだぞ、と神戸の街がそっと教えてくれているようだった。
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足元は暖かいほうが良い。

令和二年初めてのフライトにて福岡にいる。東京と比べても若干肌寒さが高い気もする。何となく九州と言えば暖かいイメージ、という固定観念が植え付けられているのだろうなと思うと、僕の脳などさほど大した事が無いと気付く。いや、それにしても寒い。特に足が辛く感じてしまう。

そんななか我らのNJこと西川潤選手の話題が飛び込んできた。昨年のU-20U-17というふたつのワールドカップから見ても、当然のことながら彼には海外移籍の話が常に付きまとう。実現する可能性は限りなく高いとも思われるが、セレッソ大阪としてはどう善処するのかが焦点になってくる。

ネットを見ていると移籍金について多く語られている。たしかに安売りは良くない。セレッソ大阪が手塩にかけて育てたわけでは決してないが、それでもうちに入ってくれたわけだ。そのようなご縁のなかで少しでもクラブとして恩恵を受けられるのであれば、それはそれで非常に嬉しい。

僕としてはまずJリーグで結果を出して(まあ夏のマーケットになるだろうからオリンピックまでは出られる)から海外に行くのが良いのではと感じる。また、今までの例から鑑みても、しっかりと試合に出場できて、できればヨーロッパを舞台に戦えるチームが最適だとも思ってしまう。

若者の前途は希望に満ちている。だからこそ学ぶ時間や期間も必要になる。今、各地を回り若い方々(だけじゃないが)とじっくり話す時間を多く取るようにしている。導かずとも進むのだろうけれど、その道にほんの僅かでも光を灯すことはできるかもしれない。足元は暖かいほうが良い。

とは言え話している内容が「これは大東亜戦争当時の・・・」「日本の歴史と重ね合わせると・・・」と見事な老害ぶりを発揮してしまっているという残念なお知らせもある。今まさに博多にいるからこそ「それなら新世紀エヴァンゲリオンで・・・」のほうがまだ会話が成立するのかも、だ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

僕は今日、死ぬのかもしれない。

ここ最近は本当に悲しすぎる出来事が身の周りや世間に多く起こっている。その中でもマレーシア遠征中に交通事故に遭ってしまったバトミントンの桃田賢斗選手のニュースは非常に心が痛い。東京オリンピックでの金メダル云々よりもまず、一命をとりとめたことにホッとした自分がいる。

この世界のすべてが「一寸先は闇」とは言わないものの、もしかすると僕だって今日死ぬのかもしれない。ひょっとして事故に巻き込まれるかも、戦争が始まるのかもしれない。また隣の誰かに刺されるのかもしれない。良くも悪くも、そんな時代に生きているのだなと日々考えさせられる。

そんななかでも、無事セレッソ大阪が始動した。サッカーがスポーツがそこに存在するだけで、気持ちが和らぐのは何故だろう。自分がプレイしてもしなくても、見ているだけで生きた心地がするのだ。そんな繰り返される毎日の刹那に僕は生きている。いや、死ぬことのために生きている。

僕は今日死ぬのかもしれない。だから今日精一杯生きたかどうかを確かめる必要が僕にはある。それでも、後悔とまではいかずとも「やっといたらよかった」を少しでも減らしていく努力が必要だ。時間はそれほど無いし、時間があっても死ぬときは死ぬ。だから今この瞬間を大事に生きる。

ところで桃田選手は東京オリンピックに間に合うのだろうか。僕は見えざる者の存在を賛否しない無神論者だ。しかし、どう考えても何者かによってとしか言いようのない奇跡のような話にめぐり逢うこともしばしばある。この先どうなるのかまったく見えないが、今後どうなるか気になる。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

成人の日は高校サッカーで大人になる。

昨日は成人の日だった。三連休になってから何年経ったかは分からないが、自分自身が成人になってからは約三十年という長い年月が過ぎていることを年齢から容易に推測できる。ニュースでも見えるようにど派手な衣装と大人になる決意が入り混じったこのイベントにも似た式典は微笑ましい。

ご自身が成人式に参加していないという、とある芸能人の方のツイートに目が止まった。かく言う僕自身も地元の成人式典などにも参加もしておらず、同級生に会ったり、その場の空気感や雰囲気を楽しむ機会を持っていなかったひとりだ。僕のことをよく知る方なら理由がお分かりであろう。

そんな晴れの日に高校サッカー選手権ファイナルをテレビで見る。前日の消化不良を払拭するかのような素晴らしい試合に、終始感動しっぱなしだった。まだまだ未成年ではあるのだが、Jリーグに進む選手、大学へと進学する選手、そのまま働く選手、サッカーとはここでお別れをする選手。

これから成人へと向かっていくであろう彼らの振る舞いを見て、僕はひとりの大人としてまたひとつ勉強させていただいた気持ちになった。学ぶ気持ちさえあれば年齢など関係ないのだな、若者から教わることは多いなと感じる。彼らの大人への道が素晴らしいものになるようにと、祈る。

さて話は戻る。成人式に行かなかったことに対して後悔の念があるかと言えばそれほどでもない(鈍感)。それこそ今となっては”若き日の良い思い出”と呼んで良いのかも知れない。敢えて言うならフェイスブックの記事のひとつやふたつ、人よりも少ないってことだけなのだろうな、多分。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

”凄み”や”恐さ”とやら。

僕と平成プロレスとのあいだにはいつも獣神サンダーライガーがいた。ベストバウトを挙げたらキリがないのだが、それでもひとつ選ぶとするならば佐野直喜との名勝負だと僕は思っている。1995年新日本プロレス対UWFインターナショナル全面対抗戦は、まさに圧巻の試合だったと記憶する。

大型化するヘヴィー全盛の時代に、ジュニアの価値を高めたその貢献度は素晴らしいと感じる。それ以上に、ウェイトの差など微塵も感じさせない熱さ。その熱が”凄み”となる。その燃えるような言葉と行動が、僕の魂とシンクロしていく。これがいわゆる”人の心を惹きつける戦い”なのだろう。

そんな獣神サンダーライガーが、澱んだ空気を一変させる”凄み”の技。それが掌底。どれだけ劣勢になったとしても強烈な一撃で流れを自分に引き寄せ、そこからフィニッシュへと結びつけていくのだ。違いはあれど、サッカーの世界で例えて言うならそれは「勝負の縦パス」な気がしている。

U-23日本代表のアジア予選を見ていて非常にもどかしいのは、このライガーの掌底のような「勝負の縦パス」が限りなく少ないからだろうか。実にそれは”凄み”が足りない。そんな彼らに先の全面対抗戦の全試合を見ることをお薦めしたい。プロレスの凄みというか”恐さ”を感じられるはずだ。

全面対抗戦は難しいとしても、澱んだ空気を一変させる必殺技を持った選手たちを呼ぶことはできる。ゴールを決めた選手も試合終了後に話していたが、やはり最後のところは”個”の戦いだ。まだまだ多くの選手にチャンスはある。日本代表としての凄みを見せてくれる選手を見てみたい。

そう言えば文章を書いている途中で思い出したがこの試合(全面対抗戦のほうね)。ライガーのトップロープからのプランチャを間一髪で交わした佐野のトペ・スイシーダ。そして最後の猛虎原爆固め(タイガースープレックスホールド)も、見ている者全てに向けての強烈な”凄み”だったな。

※それにしても獣神サンダーライガーさん、お疲れ様でした。
※そして、後を追うように現役引退した佐野直喜さんにも。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。

健康を意識していると言われればその通りかも知れないが、幸か不幸か今年に入って(厳密には昨年末から)アルコール摂取していない。そのせいか、飲み会になると、以前にも増して食う食う食うという流れになってしまっている。とは言え体重の増加は見られないのは実に不思議である。

さて、先日から過去の書き起こしばかりを掲載していた関係もあり、古い記憶や記事を遡る作業を行なうシーンが増えている。こういうとき写真が中心にはなりがちではあるが文章も然り、本当にメチャクチャなことを大量に書いている姿を思い出し赤面してしまっている自分がここにいる。

対談のなかでも話題になっていたゴール裏に行く行かない(とは言えこれは2014年の話なのでそこから既に6年経っている)という件について、今日は持論を少し書いてみたいと思う。全てのサポーターに当てはまるわけではないので、あくまでも僕自身の考え方であるとご容赦いただきたい。

企業人として三十数年、管理職や経営層としても二十年近い期間を過ごした。その中で一番感じるのが「人を育て組織を永続させる」ことだ。組織はひとりのものでもなく仮にスーパースターが存在したとしても、結局はその人物がいなくなると同時にその組織は終焉を迎えることが殊更多い。

若い頃お世話になった上司に「自分がその地位になったときに自分の代わりを見つけることこそ、管理職経営層の仕事」と脳に刷り込まれた。僕も同様に、メンバーには口酸っぱくなるほど語っている。そして、その実現に向けて教育や環境を提供するのが、上の者の責務であると思っている。

僕は常にそんな感覚で生きており、それはサポーターの世界でも全く同様な気がしているのだ。教育は簡単だが、環境の準備は一時的とはいえ自分が場所を失うのとイコールでもある。その時の流れと戦えるのか。自分は更に上を目指せるのか。それ以上に「忘れられる」恐怖に耐えられるか。

僕にはそのこだわりがない(人への関心が薄いように見られるのはそのせいだ)。今のゴール裏のリーダーたちは、僕らが築いたフィロソフィーの上に更に自分たちのスタイルを確立していると僕は見ている。それ以上に何を求めろと言うのだろうか。僕には正直、喜び以外の感情が存在しない。

そう言えば思い出した。「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば…

【対談】編集長がオーナーに聞いてみた <その4>。

つらつらと転載だけしてきたこの書き起こしも今回で最後となる。あの2014年シーズン途中という、ちょうど降格ラインぎりぎりで戦っている状況のなかでの対談でもあり、非常にネガティブ内容になりがちだ。だが、それもこれも含めて素晴らしい思い出になっているのかもしれない。

僕とセレッソ大阪との接点はあくまでもクラブとサポーターという関係以外を意識できない。だからこそ、今こそ、セレッソサポーターに焦点を当てていくというこの企画に僕は大いに賛同しているのだ。ならば、これからも続く僕のサポーター人生は、まだまだ道半ばだということだ。

(全て当時書き起こしていただいたママ)
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

■伊庭さんならどうする?

轟:
今、チームが残留争いでしんどくい中で、伊庭さんならどうチームを支えます?今もし伊庭さんがゴール裏にいたとしたら、どうサポーターをまとめると思いますか?

伊庭:
2001年とか2006年の残留争いの時とは状況は違うなと思っていて、 落ちないだろうなというのはなんとなく思っているんですけど。

だけど、多分問題はそこじゃないんだと思います。

自分たち(ゴール裏のサポーター)がやろうとしてることや信念が伝わっていない人たちに対して、どうアプローチするかっていうのが一番かなという気がしますね。

でもやっぱりそこが一番難しいんですよね。

人って、”持ち味がそれぞれ違う”ってことで考えたら、自分たちでちゃんと枠を作って、その中だけでもなんとかする、っていうのを、どんどん増やすということが、これから必要になるかな、という気がします。

それは2000年のときにすごく感じて、川崎フロンターレ戦のときに4万人をひとつにする応援、って理想では言っていたけど、そんなもんできるわけないわ、っていう思いがあって。

やっぱりちゃんと自分たちが浮き足立たずに、自分たちのコアの中で、思い切って自分たちの想いをちゃんと伝えるぞ、というのをどんどんちょっとずつでも増やすことをしないとアカンというのを感じました。 っていうくらいですかね。

チームはそれなりにやるやろうし、その中でサポーターがどうやっていくかっていうのは、みんなが悩めばいいんじゃないでしょうか。

轟:
伊庭さんはもうゴール裏は行かないんですか?

伊庭:
わかりません。

轟:
一回ゴール裏行きましょうか、一緒に。

伊…

【対談】編集長がオーナーに聞いてみた <その3>。

今回のテーマはセレッソ女子。いわゆる「セレ女」。ブームだったかどうか(そういう定義もどうかとは思うが)はさておき、彼女たちが支えていると言っても過言ではないだろう。。スタジアムの雰囲気やソーシャルメディアなどを拝見していても、その素敵な空気に満ち満ちている。

今では「セレ女」と言うキーワードを発することもないくらい、セレッソ大阪サポーターは老若男女様々な方々が自然と集まる良い組織になっているなと感じる。「美学生図鑑」編集長で、かつご自身がカメラマンでもある辻村さんからの質問と併せて今回も拝読いただければ幸いである。

(全て当時書き起こしていただいたママ)
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

※ここからは、事前に用意していた質問を伊庭さんに聞いてみます。

■セレ女ブームについて

轟:
少し前に「セレ女」という言葉が出てきたじゃないですか。これについてはどう思いますか?

伊庭:
例えば、柿谷選手のサッカーをやっている姿を見たら、女子じゃなくても男でもシビれるじゃないですか。やっぱりそういうところに惹かれている、ってところもあると思うんですよね。

サッカーの質によって、ついてくるファンの数が変わるっていうのは大きいかもしれない。

女子も増えているのかもしれないけど、男のほうが圧倒的に増えているという気が僕はしますね。

極論の話をすると、ある程度、ゴール裏は「男の文化」的なところがどうしてもあると思うし、それは避けて通れないみたいなところがあります。

男女について言うつもりはないです。言うつもりはないんですけど、男と男のほうが、殴り合ってわかる、ということがあるんやろなとは思います。

例えば、殴り合いの喧嘩やったあととか結構仲良くなったりすることってありますよね、男って。そういうのがスタジアムでは結構多いと思います。

でもやっぱり、女子のパワーっていうのは絶対あったほうがいいと思うし、受け入れていくべきやとは思いますよね。

でも、セレ女がどういうところに喜びを感じてどういうところに嬉しさを感じて・・・というポイントが、俺はあんまりわかってなくて。

例えば、スタジアムに行ったことがないけど、自分のことをセレ女やと思っている人がどんだけいるんやろとか。

練習場だけ行ってスタジアムには行ったことがない、 テレビで応援するけどスタジアムには行ったことがない みたいな人たちは…

【対談】編集長がオーナーに聞いてみた <その2>。

第二回目である。今回きっかけとなったのがセレサポ企画部の「ライター募集」だった。その中に書かれている「セレサポの生き方や価値観を発信する」「サポーターとチームの歴史を残す」「ノウハウを共有して新しいサポーターを育てる」という理念に近いコンセプトに共感したのだ。

なんでセレッソ大阪をここまで愛せるのか、という疑問が、多分サッカー、Jリーグに深く関わっていない方には若干分かりづらいところもあるかと思う。この回以降の内容を読んでくだされば、何となく(本当に何となくで大丈夫なので)知ってもらえればなと感じる。それくらい根は太い。

(全て当時書き起こしていただいたママ)
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盛江:
こういう風に、女子高生が熱い思いを語って一緒にやらせてくださいって言ってくるのって、どう感じますか?

伊庭:
すごいと思うし、多分そういうことが実現できる場でもあるんやろね。スタジアムっていうのは。

会社とか学校とかって序列の中でどうしても生きなあかんけど、スタジアムってそういうのがないわけやん。 例えば俺が4歳の子どもにも怒られたりすることもあるやろうし、60歳の人を叱ったりすることもきっとある。

年齢なんか関係なくて、多分セレッソに対する愛情の強さや温度差だけがあるんだと思います。

だからスタジアムっていうのは誰もが行動しやすい環境だと思うし、そういう意味でJリーグはすごいですね。

もちろん、いいことも悪いこともあると思います。サポーター同士が揉めたりとか。

ヨーロッパの真似かもしれないけど、プロサッカークラブができて、サッカークラブを支援するっていう街ができて、その過程なのかな。

一期一会も、この先ずっと一緒にやっていくぞという人との出逢いも、そこで生まれると思うんですよね。

最初から仲良くやろうぜなんてことは多分ほぼないんですよ。

自分らの自我とかあるけど、でも、真剣になって向き合って、バシッとやった時に熱い気持ちを伝えたら、相手も応えてくれたとか。

感情を前面に出してできるっていうのは、スタジアムの良さかなぁ、っていう気はしますけどね。

長居スタジアムに来て嘘ついている人、自分に正直じゃない人ってたぶん1000人に1人くらいやと思っています。

スタジアムに来るために嘘つく人はおるかもしりませんけど(笑)

スタジアムは自分の思っていることを、一番さら…

【対談】編集長がオーナーに聞いてみた <その1>。

嬉しい出来事は突然やってくるものだ。皆さんは「セレサポ企画部」というコミュニティをご存知だろうか。そのセレサポ企画部の中核であり「美学生図鑑」編集長を務めておられる辻村さんからメンションをいただいたことにより、多くのことを思い出すというハッピーが訪れたのだった。

そんな経緯から以前こちらでも書かせていただいた「サポーター・アイデンティティ  ~We will always be here,ever~」同様に、今回は大阪スポーツカンファレンスの盛江代表と轟さんが企画した、辻村さんと僕との対談(良いこと言っいてると褒められた)を4回に渡ってシェアしていきたい。

(全て当時書き起こしていただいたママ)
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■はじめに
大阪スポーツカンファレンス代表の盛江がある日、何気なくTwitterをしていたら、今年の2月に大阪スポーツカンファレンスが開催させていただいた、伊庭雅浩さんの講演会のイベントレポートをリツイートしてくだった方がいらっしゃいました。

その方は、今大学生の間で話題の美男美女大学生の写真&インタビューサイト「美学生図鑑」の編集長を務めている”つじちゃん”こと、辻村真依子さん。

辻村さんはセレッソ大阪のサポーターで、高校時代はホーム・アウェイ関わらずほとんどの試合を現地に駆けつけて応援していました。

2009年にはセレッソ大阪のホームゲームで大型ビジョンの映像中継カメラマンという大役を務め、少し前にはフットボールWebマガジンQolyのインタビュー記事にも取りあげられたこともあります。

そんな辻村さんがサッカーショップ蹴球堂オーナーの伊庭さんの講演会の内容に感銘し、伊庭さんに会ってみたいとおっしゃってるではありませんか。

伊庭さんと辻村さんが対談するとどうなるのか?
なにより自分自身が楽しみだ、と。

代表の盛江は、あまりなにも考えず対談をセッティングします。誰もが何をするのかわからないまま当日を迎え、すったもんだがありながら、対談はスタートしたのでした。

■伊庭さんと、辻村さん

盛江:
辻村さんが「サポーター・アイデンティティ」のイベントレポートを読んで、伊庭さんに会いたいとツイッターで言ってくださっていて。

美学生図鑑の編集長、そしてカメラマンという場で活躍している辻村さんと伊庭さんがお会いしたらどんな話題になるのか、という…

朝活の威力を考える。

いやはや、それにしても本当に凄い時代が来た。FAカップとはいえ、憧れのマージー・サイド・ダービーのキックオフシーン。そのセンターサークル内に日本人選手がいる。しかもその日本人選手が少年の頃から見続けてきた選手とあれば、身震いしているのは僕だけでは無いと思っている。

そんな南野拓実と贔屓クラブのエヴァートンとの化学反応を眺める朝。なんとなく中和されてしまった感は正直否めないのだが、朝の清々しさが勝っている気もする。併せて、プロレスファンにとって憧れの存在である獣神サンダーライガーが引退試合を知る朝。朝の威力は実に素晴らしい。

毎朝のお勤め(クロヱの散歩とも言う)に出かける時間にはまだ日の出を迎えていないのだが、それでも毎日毎日が身の引き締まる思いでもある。その先に訪れる朝日。僕の澱んだ心を洗ってくれる気がするのだ。寺の前でこのワンコがかなりキリっている。そんなゆるい朝が本当に好きだ。

5時半に起床して仕事を始めるまでの約3時間。ここで上記のような自分自身のタスクの大半を行なうようにしている。まさにこの朝のゴールデンタイムが僕にとってのエネルギー源。「明けない夜は無い」のと同様に「朝が来ない今日」は存在しないのだ。改めて朝活の威力を考えてみる。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

去年の冬、運命という名の学び。

どうも幕末明治好きは”こじつけ”が多い。奇遇を運命だと勘違いするきらいもある(僕だけかもしれない)。特に東京へ来てからというもの若い頃よりも余計に感じられるようになったと感じている。上手く勘違いできるよう、必要な知識を常にアップデートしておかなければならないのだ。

そんな幕末明治好きの僕としては当然のことながら、ファンが集まるグループにも参加している。先日、そのグループの中で少々珍しい光景を見た。多くの方が1991年に公開された映画「福沢諭吉」の感想を書かれているのだ。これは一体どういうことなのだろうかと思考を巡らせてしまう。

実のところ僕も昨年末にこの映画を見た。理由は何故だか分からないがどうしても見たくなってしまいAmazonプライムビデオのリモコンにその名前を告げて検索を行なったのだった。その映像はなんてことのない歴史群像ドラマ。それほど大きくインスパイアされることは最後まで無かった。

年の瀬に大分県と東京の洗足池に行く機会があった。福沢諭吉先生と言えば大分中津藩。しかし生まれもは大阪堂島浜。生誕地が大阪なだけでも共感を持つ。更に洗足池には咸臨丸での渡米同行や「痩我慢の説」でもつながる勝海舟先生のお墓。何という偶然なのだろうかと僕はほくそ笑む。

もう一度問うてみる。どうして今、「福沢諭吉」に手を伸ばす方が多くなったのだろうか。これしきの僕の知識ではどこまで行っても答えを見出だせるはずがないことを自分でも分かっている。だが、ただひとつだけ言えるのは「学び続ける大事さ」であると、DNAが語っている気がする。

幕末明治を中心とした歴史から学び続ける理由。それは、日本人としての尊さとか日本人らしさとか、この国の素晴らしさ。運命と呼べるようなものでは全く無いのだが、この短い老い先ちょっとずつでも自分自身の糧にするため、このような学びが続くのだろうなと寒空の下で僕は思った。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※どちらかと言うと福沢諭吉先生よりも勝海舟先生に近いかな、僕。

そもそもそのデータは一番正しいのか。

年末年始が長すぎるとは口が裂けても言わない。まさに多くのワークをこなす休暇期間でもある。一年を振り返るときでもあるこの睦月。サッカーショップ蹴球堂の決算処理を行なうのが毎年の定番でもある。だらしない僕の元に貯まっている数々のデータを元に、ドンドンと入力していく。

スタッフや顧問税理士先生との情報共有には、お馴染みのGoogleドライブを利用している。今更ながらGoogleドライブを簡単に説明しておく。これは、ワープロや表計算、プレゼンテーションのデータを作成したり、作成したデータをチャットしながら共同でメンテナンスできたりする。

我が蹴球堂では10年ほど前から使い続けてきているのだが、まだまだこのGoogleドライブのすべてを使いこなせているわけではない。特にコラボレーションという部分においてはなかなか実用に至っていないのが本音だ。少しずつでもGoogleドライブに寄せていきたいと真剣に考えている。

もともと、Googleサービスと出会い、そこから僕の心の中に宿っていた「Excel狩り」という野望から生まれた目的でもある。ファイルをメールに添付する、チャットアプリなどでファイルを共有する時代から、データそのものを複数の手によって入力しあうというスタイルに変えていく時代。

友達同士のデータのやりとりならば以前の方法でも問題無い(とは言えセキュリティ面を重視するとあながち無いわけではない)のだが、ことビジネスともなると質量とともに求められるのが「情報の完全性」だ。コピーが繰り返されることによってその完全性は精度を落としていくのだ。

検索し、そのデータがいつ誰によって、どれくらい修正されたのかを調べる。そもそもそのデータは一番正しいのか、を見極める必要がある。そんな無駄に近い作業を一体いつまで続けるのだろうか、になかなか気付けない。少なくとも一日の検索時間を20分は減らせるのではと僕は思う。

これは必ずしもExcelの全てを否定しているわけでもなく、複製によるデータの完全性の欠如について問うているのだ。これが「当たり前」の世界なのだと言っているIT鎖国状態の脳みそを活性化させていくのも僕の仕事。そう意識していく2020年にしたいとも思う。まずは自分から変わる。

さて肝心の決算処理だ。大半は完了しているのだがこの先も2月末くらいまではずるずると続いていく。毎年こんな状況に…

「やらかしちまった」の魅力。

どぶろっく風に言うと「やらかしちまった」というべきだろうか。大晦日に「義母と娘のブルース」を見始めて録画した経緯は先日述べたのだが、まさか正月明けの二日に続きがあるなどとは露知らず、途中で挫折することとなった。転ばぬ先の杖。調べておくべきであったなと後悔する。

原則段取り八分の姿勢で臨む僕として突発的な事象への弱さを露呈してしまったのは、やはり年々お肌とともに衰える”気持ちのハリ”のせいだ。急にボールが来たら外してしまうストライカーもいた。訓練はともかく本番ではそのような場面が存在し、数多く手にしたほうに栄光は訪れる。

サッカーの勝ち負けを決するのは「失敗の連続による刹那」だと僕は思う。失敗が存在しない試合などあり得ないし、その失敗の連続を自分たちの味方にするか敵にするかによって結論付けられたエンディングへと結びつく。それは当然のことながら選手だけでなくレフェリーにも言える。

見切れないドラマに衝撃を受けた僕は、DAZNで放送されている「Jリーグジャッジリプレイ」を見る。2019シーズンは不可解なジャッジ(まあ取り消しされたものもあるにはあったが)が実に多かったが、それら以外にも細かな部分で難しいレフェリングを求められていたような気がする。

Jリーグでも2020年からVAR(Video Assistant Referee)が導入される。その名の通り4つの視点(得点の有無、PKの有無、一発レッドカードの是非、選手の退場や警告処分の間違い)で主審のアシストを行なうのだが、既にスタートしているリーグでは多くの問題点があるのも聞いている。

すき焼きのミスは取り返せる。だが試合ではそうはいかない。必然というと聴こえが悪いが「やらかしちまった」もJリーグそしてサッカーの魅力のひとつだと僕は感じる。既に失敗を前提に段取りをしてくださっているのだろうが、その魅力をどうか消さないようお願いしたいものである。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ちょうど良い一日。ちょうど良い生活。

この年末年始もサッカーを楽しんでいる。セレッソ大阪内定選手を見るためだけになっているフシもあるの高校サッカーだが、神奈川県予選決勝の桐光学園と全国での神戸弘陵学園を二試合。結果として一勝二敗。ちょうど良いというと本当に両校に失礼ではあるが、何となく僕らしい。

勝利するのはいつも嬉しい。更に言うと負けるのは嫌いだ。だが他人であれ自分であれ、敗れた瞬間に垣間見える”本物に近い姿”を見るのが僕はたまらなく好きだ。「性格が悪い」と言われることがよくあるが、実のところそのようなプラマイゼロな空気感を、心底愛しているとも言える。

天皇陛下一般参賀からの初詣が毎年のルーティーンだった。しかしながら今年の一月二日は靖国神社だけを訪れることにした。理由はいくつかあり内容はまたの機会と思っているのだが、まずは2019年を良き年にしてくれた破魔矢とお守りをしっかりとお返しできたのでホッとしている。

九段下駅の階段を上がったところから続く喧騒の中を歩く。一拝ののち大鳥居をくぐる。手水を使って清める。その後、五円玉とともに無事にお返しを終える。多くの参拝者の方々で本堂への列ができている。並ぶことが苦手な僕は別場所で二拝二拍手一拝。そしておみくじを引いてみる。

いつも開けるのが超困難なおみくじをざっと読む。吉。二度見。吉。おおよそ分かっていたが今の僕にはぴったりだ。とびっきりの幸運もとんでもない災難も正直なところ僕には似つかわない。プラマイゼロの生活が一番過ごしやすい気がしているのだ。それがちょうど良くて嬉しいのだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

サポーターの”セブンセンシズ”とは何なのか。

昨年末に講演会「サポーター・アイデンティティ ~We will always be here,ever~」を三部作で書いた(というか転載しただけ)ときに感じたのが、人生の実に半分以上をセレッソ大阪とともに過ごしてきたということだ。頭の中も内臓も、五感すらも全部染まっているように思えてくる。

”小宇宙(コスモ)”というものが人間の可能性として備わっているならば(少なくとも僕は信じている)、セレッソ大阪に関する場面場面において僕が撮ってきた様々な写真は、まさに”小宇宙を超える何か”が巻き起こしたとしか言いようがない。それくらい不思議な縁が数多く存在した。

新しい家(と言っても借家)に引っ越してきて久々に片付けを行なっていたところ、とても懐かしい写真が出てきたのだ。当時は兎に角チェキにハマっており撮りまくっていた記憶が蘇る。そう言えば今そのチェキが再流行していると聞き、コマーシャルも流れていて非常にビックリした。

アミーゴたちとの写真。みんな若い。外国人のジェントルマンが真ん中にいる。名前が一部しか出てこず、僕はインターネットで検索する。すぐ出てきた。レスリー・モットラムさんだ。懐かしい。この階段の感じ、一体何処のスタジアムなのだろ、いや一撃で理解した。万博陸上競技場だ。

インターネットは実に便利だ。いろいろな情報がそこには存在し、短い言葉ひとつですぐに辿り着くことができる。ところでこの写真。一体、いつのものなのだろう。裏面などを見ても一切書かれておらず、仕方なく僕はパソコンを開いて検索を始める。「モットラム ダービー 万博」と。

1999年5月15日。2-1で勝利している。この試合をよく憶えていないが、黄善洪さんの終了間際のゴールで大阪ダービーを三連勝(ちなみに二年連続シーズンダブルの四連勝だった)したというページが出てきた。この年、我らがアイドル真妃ちゃんが『おはようセレッソ!』の担当となった。

あの頃はほとんどインターネットなどというツールが今ほど使い物になっておらず、かなり苦労しながら物事を探したりしていたのだろうが、このようにして現在では大昔の20年前のことでさえ鮮明に蘇ってくるのだ。本当に凄い時代でもあり、空恐ろしい時代でもあるとおじさんは感じる。

さて、この1999年は、前述の黄善洪さんが24得点を獲り、セレッソ大阪に初めてのタイトル「Jリーグ得点王」をも…

何事も決めつけはよろしくない。

節目を迎える2020年が遂にスタートした。困難が多く降り注いだ「不惑」の四十代があと八ヶ月ほどで終わることになる。まだまだ若いと思っていたがもういい加減死ぬための準備をし始める必要があるのだなと感じつつではあるが、まだ「ここが限界」というには早過ぎるのかもしれない。

国立競技場へと戻ってきた天皇杯ファイナルをテレビで観戦する。弱い心構えが駄目だとは思いながら、こういう場面を見るといつも何冠とかのほうが有利かと考えてしまうのが、関西クラブのジレンマたるものなのだろうか。良い悪いを簡単に決めてしまってはいけないのだなと感じる。

何事も決めつけはよろしくない。昨日大晦日のニッパツ三ツ沢球技場に行く直前まで何となく付けていたシャープのテレビで流れている「義母と娘のブルース」。何となく、本当に何となくではあるのだが、苦手なほっこり家族ドラマだと僕は勝手にイメージしてしまっていたことを知る。

少し早めの到着を考えていたが結構ギリギリに近い。それくらい凝視してしまっていたがもう出かける時間だ。ハードディスクレコーダーの録画ボタンを僕はそっと押し、その後、東京メトロ丸の内線内にてスマートフォンのアプリで正月に行なわれる予定のスペシャルを予約するという。

少し話がずれたが、論語でも孔子が「五十にして天命を知る」と語るとおり、今僕が天から与えられた使命とは一体何かを考える時期でもある。やれること、やるべきこと、やらなければならないこと。これらを整理していくのがひとまずの自分に課せされている。時間はまだまだあるはず。

早速ではあるのだがこの1月には福岡、広島、大阪を訪問(特に福岡は二週連続)する。特に福岡と大阪では滞在時間も比較的多いので、より多くの出会いを求めていきたいと思っている。思っているだけでは勿論駄目だが、天命だと感じて僕という人間を上手く利用してもらえたら幸いである。

昨年同様、経営企画に新規事業企画、サービス開発や24時間365日のサポートセンターの責任者を担ってきた経験、更にはサッカーショップ蹴球堂で小売やリアル店舗運営も行なってきたという経験を活かして、あっちこっちに飛び火する「超拡散ブレスト」を継続していこうと計画している。

「そんなもんやれるか!」「何の意味があるのか」「で、売れんの?」「そんなことやっている間に売上のひとつでも」こんなバイアスを一旦取り除いて、ま…