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FOOTBALL CONNECTIONでつながる縁。CHANTと蹴球堂。

ついに緊急事態宣言が発されるのだろうか。東京、埼玉、千葉、神奈川、大阪、兵庫、福岡が対象になっているとのニュースを見た。期間は一ヶ月程度だろうか。ちょうどFC OITOのオープン予定日も含まれている。なかなか難しい選択になると思うが、粛々と準備は続けていきたいと思う。

今回、このコミュニティスペースがお好み焼き鉄板焼きCHANTとサッカーショップ蹴球堂でのコラボレーションから生まれたのは、多くの方も既に知るところだろう。改めて考えてみるとCHANTと蹴球堂は至るところでジョイントしてきた。その延長線上が今だと思うと感慨深いものもある。

元々は共に、コミュニケーションやイベントの場を提供してきた。そのなかでCHANTは飲食として、蹴球堂はアパレルを中心にその環境を育ててきたのだ。そしてこれからそのなかに新たに様々な文化が加わってくる。本然り、映画然り、音楽然り。まさにセレッソライフに彩りが加わる。

セレッソライフとは一体何なのだろうかとふと考え込んでしまうときがある。創成期のセレッソファンでも既に20年強の歳を重ねている。ある方も言っていた。今、クラブが存在しているのは、当時の方々がいたことも一助になっている。それをすべてのファンが認識すべきであるのだと。

海外のクラブを見ていると、オールドファンへのリスペクトの気持ちを非常に大きく感じる。日本の、Jリーグのなかでは、それが序列のなかでしか起こっていない気もしている。称賛されるべき方々はもっと多いのだが、僕の努力が足りなすぎて、それが伝わっていかないのも事実なのだ。

FC OITOにおける様々な仕事をしているなかで、構想として以前考えていた「FOOTBALL CONNECTION」という仕掛けを行なっていたのをふと思い出した。様々なフットボールのつながりを大事にしようとする取り組み。様々なサポーターをリスペクトしようとする取り組みだったと思う。

同じような気持ちになれるかどうかではあるが、やっぱり僕はすべてのセレッソファンを尊敬し、讃え、そして共に生きていくと誓いたいと思っている。そのFOOTBALL CONNECTIONの第一回目のインタビューが何を隠そう「お好み焼き鉄板焼きCHANT」だった。縁とはこんなもんである。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP



※ということで、セレッソファン対談なんてものも始…

記録というものは無いよりはあったほうが良い。

別に今までと時間の流れが変わったわけでもないのだが、なぜだか本の進みが良い。ウダウダせずに手に取っている。やはり環境によって生活や趣味は影響されやすいことを如実に表している。この間(まあ早く終わってほしい)にどれだけ読破できるだろうか。ちょっとした楽しみだ。

この本。どうしても単行本サイズが僕は苦手だ。それほど手が小さくはないのだが居心地が良くないのだろうか手元から落ちそうになる。そういう理由もあり大半が新書か文庫本という流れになるので、小説などはしばらく待たないといけなくなる(どうしても読みたいものは、買う)。

この文庫本サイズは実に僕の手のひらににフィットする。手帳もそうだ。どうしても無印良品の文庫本ノートを買ってしまう。ご存知の通りひたすら書いたり(最近はiPadに下書き落書きしたうえで文庫本ノートに転記する)貼ったりする僕なので、段々と手帳が溜まっていってしまう。

時間があったので久しぶりに手帳を見直してみた。文庫本サイズの手帳で書き始めたのが2008年。東京に来て2年目だった。中身を見てみるとあるわあるわ。馬鹿げたことを書いていたり、どうでもいい新聞の切り抜きを貼っていたり。思い出に浸るつもりは毛頭ないが、とても懐かしい。

そこから現在まで辿っていくと、「ああこんなこと考えていたのか」とか「これは今でも面白いな」というアイデアもあった。記録というものは無いよりはあったほうが良いなととても感じると共に、そんな記録から役立つものが現れたりするのが非常に心地よい。大事なことだと思う。

以前とある書類の保持期限が過ぎたので処分しても良いかと訪ねたところ「記念に持っておいても良いと思う」と諭されたのを思い出した。もちろん場所や必要性とのトレードオフは重要だが、新たな発見につながる可能性も持っている。なので僕の部屋が片付くことは当分ないだろう。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「終わりの見えない不安」。今やるべき蜂起。

すっかり忘れていた。2007年から東京に来て14年目に入る。また、墨田区から中野区へ越してちょうど一年。早いのか遅いのかもうそんなことすら思わなくなってしまった。身も心も東京の人になったわけではないが、住めば都という言葉もあるとおり、なかなか良い街だなと感じている。

とはいえ今、東京はかなりの状況に陥っている。人が多い分、感染の速度も速い。幸いにも身の回りに感染者がいないが油断はできない。このウイルスは約二週間後に発症するので、今自分がどうなっているのかすら見分けもつかない。なんだか非常に重苦しい空気が蔓延しているようだ。
考えてみれば仕事をしていても重苦しさのせいで手が止まってしまう。今までは途中途中でサッカーが見れたから良かったのだが、ストレスフルを脱する楽しみたちが手のひらからこぼれてしまっている。だが僕にはもうひとつの解消方法が残っていた。それが「幕末」というジャンル。

終わりの見えない状況はこの幕末期にも漂っていた。人々の心うちも不安でいっぱいになっていく。明治維新の原動力がこの「終わりの見えない不安」という要素だけでは決して無いのだが、人間はどうしても「先行き」にかなりのウェイトを置いてしまう生き物だ。今、この時代も同様だ。

大阪には幕末の史跡がそれほどない。それでもそこここに動乱期の爪痕が残っている。大阪城、天保山、四天王寺。鳥羽伏見の戦い後は主戦場が関東などに移っていく。終わりの見えない不安という点で見れば、少し遡るが「大塩平八郎の乱」か。いつの時代も見えてくるのは「政治と困窮」。

新政府が樹立して明治に入っていくわけだが、まずは「終わりの見えない不安」の払拭に力を入れたせいかかなり逼迫した状態になった。だが、その後に見せた日本の底力は、終わりが見えて少しずつでも未来に光が当たったからだ、と僕は思う。今、その光を、僕らは見せられるだろうか。

やはり歴史は面白い。幕末期案件にも関わらず「大塩平八郎の乱」が出てきたりする。天保の大飢饉を見て武装蜂起しかないという思い行動した大塩平八郎先生。これが正しいかはまったく分からないが、コロナウイルスに対して今やるべき蜂起が「家から出ない」ことであるのは、分かる。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ドメインとGoogleアカウントがあれば。

当然というか、何というかこの週末も外出自粛要請が東京都民に出ている。お家にこもってやれることをやる、それだけ。確かに溜まっているものも多いがひとまずOITOのブログなどのWeb周りをなんとかしようと思う。ショップができていく過程での実況中継なども実に乙なものである。

このブログもそうなのだが僕の好みのベースはGoogle Bloggerだ。そのメンテナスが必要なのだ。サービスのライフサイクルが速いのでRSSリーダーやInboxのようになんの前触れもなく終わってしまう危険性がある(米国らしさの)Google。だが、やはり安定して稼働するのが非常に良い。

Bloggerの良さはやはりGoogleとの親和性だ。Googleアナリティクスなど含め、これからもっと連携を深めていきたいと思っている。こんなご時世だからこそだが、OITOの連絡網もGoogleを結構使い込んできている。どっぷり浸かってはいけないのがクラウドサービスの常なのではあるが。

もちろん、自分自身の環境も整備していかねばならない。今こんなサイトを簡単だが立ち上げるテストをしている。このページ実はGoogleサイトというサービスを利用している。当然ながらGoogleアカウントの範疇だ。ドメインとGoogleアカウントがあれば大概のことはできてしまうのだ。

厳しい状況だが、まだ緊急事態宣言は発令されていない。どんなレベルで判断すればいいのか、僕は頭が悪いので分からない。歴史的に見て既に国難のように思える。在宅勤務やテレワークだけでなくプライベートでも家に押し込められている今、ITの世界でも貢献していきたいと思っている。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ペニャロール戦のフラッグで初心に返ってみる。

4月、という気持ちはほとんどない。なんだか慌ただしい毎日(と言ってもこの二日)を過ごしている。OITOも蹴球堂も準備がまだまだな上、期待とは裏腹に少々不安も先立ってきている。Jリーグのスタートも、先日の発表より更に遅れるのだろう。それでも手を動かしていないと落ち着かない。
以前から、体温を測り、血圧を測り、体重を測ってきた。更には食べたものなども登録している。そのおかげというとおこがましいが、測ることへの抵抗感もなく、ただひたすら測り続けている毎日が苦痛ではない。少しの変化も見逃さず、記録していくのは本当に大変だがやり続けていく。
ほぼ自粛を行なっている僕でも感染のリスクが皆無だとは絶対に言えない。自分が感染するよりも「うつしたくない」という思いのほうが大きい。注射により花粉は防げているが、常にマスクは付けるようにしている。「自分が良ければいい」ではこの状況は一生変わらないような気がする。
ついに、というか、我らがセレッソ大阪の選手にも新型コロナウイルスの感染者が出てしまった。当然のことながらクラブは活動休止になっている。今、誰しもが被害者になり加害者になり得る。僕自身もコロナ疲れが目に見えてきているが、若い方々にいたってはもっと感じているのだろう。
首都ロックダウンの可能性も現実味を帯びてきた。この前見たテレビでは「感染率よりも死亡率が重要」とも話しがされていた。起こる経済損失の大きさが影響しているのだろう。首都封鎖が起こってもこのまま自粛ムードが続いても、先の見えない状況自体が最も心折れそうになってしまう。
セレッソ大阪は最短でも11日から練習再開だ。まずは全員で感染の脅威を乗り越えていければと思っている。ひとりひとりの自覚。それがもっと重要になってくる(いや既にそうなっている)だろう。クラブのスタートとなったこのフラッグを貼っとく。まずは、しっかりと初心に返ってみたい。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

OITOと蹴球堂と「FOOTBALL」と。

各所で案内をしている関係でこのブログ読者もご存知の方が多いのではないだろうか。以前から書いてきた「新たな取り組み」をようやく形として公開できることになった。まだまだできているところできていないところ様々ある。しかしながらこの日を迎えられたのは、素直に嬉しい。

「Family」
家族はもちろん汗と涙を共に流したセレッソファミリーとの絆。そんな絆という糸と糸が集まるスペースがある。

「Osaka」
大阪の街に誇りを持つ僕らが見ていたいのは魂の叫びだ。大阪のクラブを応援する大阪の街のシンボルを目指す。

「OITO(8)」
僕らにとって大事な背番号である8。スペースに命名したこの思い。その思いがやがて無限∞へとつながっていく。

「Theater」
夢と希望の長居スタジアムと桜スタジアム。正にSweet Homeとも言えるこのふたつの劇場が間近に見える場所。

「Book」
学びの文化、学びの面白さ。そしてその学んだものごとを誰かのために活かす喜びを提供できる本との出会いが。

「Art」
芸術はいつの時にも不変であり普遍でもある。僕らの街が醸し出す美しさと調和の世界が目の前に広がっていく。

「Live」
声援や応援の美しい音色。窓を開ければいつのときもCHANTが聴こえる環境。音と映像に囲まれた熱気が溢れる。

「Life」
僕らは今ここに生きている。僕らは今ここから生きていく。人生は実に素晴らしい。We will always be here, ever…

これから僕らは多くの「文化」と触れ合っていきたいと考えている。こんな時期だからこそ少しでも僕らは元気を出していく。OITOと蹴球堂とその先にある「FOOTBALL」。光を探す準備をまずは4月30日から始める。そして”あの”5月27日へと向かっていく。4月1日はそんな一日になった。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


明日から卯月なので元気を出してみる。

元旦(実際には昨年の12月28日から)ひたすら書き続けて今日で三ヶ月が経った。一回だけ日を越えてしまったがそれ以外は毎日何かを表題に、モニタの前でキーボードを打って打って打ちまくってきた。ここで一旦区切りかなとも思いながら、多分明日になったらまた書くのだろう。

3月31日といえば結構な企業などで年度の締めなのだろう。しかしながら今年は打ち上げを行なう会社も少ない(実質無いのかも)と思う。昨日、東京都知事も夜間の外出や飲む場所へ行くことも自粛を求めている。メディアでは賛否両論が巻き起こっているが当然のことだとは思った。

僕らはサッカーショップ蹴球堂長居店を2018年1月に閉じた。だがもしそれまでの間にこの新型コロナウイルスのような状況が訪れていたとしたら、僕らはどんな判断や決断をしていたのだろうかと最近考えてしまうことがある。小規模な飲食や小売の方々は今どんな思いなのだろうか。

明日から4月。当分は厳しい時を過ごすはず。昨日とあるニュースを見ていて、皮肉にも「家族の孤立化が進んでおかげで死亡率が低い」と言っていた。そうなのかもしれないが少し寂しい気分になる。家族のLINEグループにメッセージを送る。みんなまだ、”元気”なのがありがたい。

悲しい話ばかりだと気が滅入るので少し元気の出るマンガを読んでみた。「花の慶次」。何回読んだか分からないが何度読んでも良いものは良い。隆慶一郎先生の原作「一夢庵風流記」も改めて読みたくなってきた。マンガを含めて本はやっぱり良い。さあ卯月。気持ちを高めていくぞ。

近々で発表をしていく予定。こんな時期にと思われるのかもしれない。しかし僕らにとっての大事な日に大事な物語を話していきたいのも事実。もしかするとあちらこちらから五月雨式にリリースしてしまう可能性が高いのでご容赦願いたい。少しでも街に勇気を与えたいと思っている。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※マンガBANG!で読んでいる・・・

命とお金。どっちも大事。

新型コロナウイルスの恐怖に怯える日々が続いている。有名人が亡くなると特にその怖さが増す気がする。何とも言えない気持ちの連続で、自分自身もなかなか整理ができない。どのように対策すればよいかすら判断に迷うのがもはや日常茶飯事になっている。とにかく家にいるべきか。

皮肉にもこの数日、ある程度まとまった時間を作ることができている。そんななかで、後回しにしていた様々な学びに徹している。ひとつは溜まっていた記事に目を通す。もうひとつはドキュメントを作成する。そして「見ろ見ろ」と何度も言われていたYoutubeチャンネルを見始めた。
そのひとつがいつもお世話になっている「家族で学べるお金の学校」というYoutubeチャンネルだ。本当に「お金」というものを学ばずに生きてきたと痛感する。そんな無知な人間に懇切丁寧教えてくれて助かっている。ここで教わったおかげで人生が少し豊かになったような感もある。

また、お金の勉強の機会をくださるだけに飽き足らず、僕が行なっているレゴ®シリアスプレイ®なども積極的に取り入れて体験会を開いてくださったりしている。本当に感謝の思いしか出てこない。レゴはまあ置いといて、とにかくこのYoutubeチャンネルにある数々の動画を見て欲しい。

最新動画もアップされたので早速閲覧する。元サッカー日本代表の高原直泰さんと代表の中村さんの対談だった。沖縄でスポーツクラブを創設された高原さん。また、いつもお世話になっている中村さんの言葉の重みを感じながらさらなる学びを得る。時間が経つのを本当に忘れてしまう。
僕のような行動力に欠けている人間は、このような活動的な方々から元気をもらうのが一番だ。今経済も大変な状況なのでより多くのお金の学びをしていかなければならないし、お金を学ぶことによって命の大事さを改めて知る。どちらも天秤にかけることのできない大事なものなのだ。
お金は汚いものだと親から言われたことはなかったと記憶しているが、僕もかなりのお金を両親に使わせたほうだと思う。果たして大人になっても恩返しができているかどうか。まったくのところ分からない(多分NOだ)と言えてしまう。これからでも少しずつ恩を返していけるだろうか。
思えば志村けんさん。学年で言えば8年前に亡くなった父と同い年なのか。同じように酒も煙草も豪快だった。この団塊の世代(1950年も含まれるのかな?)の方…

Google Keepで書くサッカー小説。

つい先程、2019年度のすべての手続きを終えた。毎年のことではあるが税理士先生には本当に助けてもらってばかりで感謝の言葉しか出てこない。今年度はサッカーショップ蹴球堂もようやくリアル店舗をオープンさせるつもりでもあるので、さらに厚いヘルプをいただく所存でもある。

とは言いつつも、世の中が大変な状況の中でそんな話ばかりもしていられない。東京はロックダウン間近ではないか?とメッセージが届きビクビクする日々を過ごしている。ニュースを見ていても都内の繁華街は閑散としており、やはり外出自粛されている方が多いのだと気付かされた。

そんななか、自宅にいることをポジティブに捉え前々からここでも書き続けている小説なんてものにチャレンジしている。段取り八分だなんだといつも言っている僕だが、ことこの話になるとプロットなんてものをそれほど描くこともせず、とにかく書きながら進めることに徹している。

まさにアジャイル。もちろんあっちこっちに話が飛ぶので今読んだら「なんじゃこりゃ」な感もなくはない。しかしながらプロを目指しているわけでもなく、ただ自分自身が楽しみながらが心地良い。すべてをさらけ出すのは恥ずかしいので、触りだけ話すとすれば「サッカー関連」だ。

「サッカー関連」の内容的には、様々なかたちでJリーグや世界中のサッカークラブ、選手、サポーターなんてものを書いていきたいと思っている。しかしながら僕が描きたいのは子供も楽しめるファンタジー。現実のようで現実でない感覚。適当に書いているくせにどの口が言っている。

スマートフォンで書いている(これが正しいかは正直分からないがポータビリティに優れているので何時でも書ける)が、ようやく10,000文字に到達した。通常の文庫本だとだいたい120,000文字と聞いたので、あと12倍。頑張れるかどうかが不安になってくるのが手に取るように分かる。

大半はGoogleのサービスであるGoogle Keepを利用している。ひたすらテキストを書いて書いて書きまくる。あとはそのまま放置したり引用したり。最近では蹴球堂でもチームワーキングにてKeepを利用する。とにかく汎用性と携帯性、迅速なテキストの置き場としてはかなり重宝する。

それにしても頭の中で妄想を掻き立て思うがままに書いていくこのスタイルが僕は好きだ。時間を忘れて指を動かし続けてしまう。もう少し現実も見な…

ひと工夫で、想像の世界へようこそ。

この週末は大人しく家に籠もっていることにした。やることはたんまりあってそれほど困らない。だが若干運動不足にはなりそうな予感がする。しかも東京は雨。朝はなんとか愛犬の散歩に行くことができた。身体が退化してしまいそうなので、なんとか色々動かしながら生きていこうと思う。
それにしても首都が封鎖されてしまう危険がある日々を過ごしている。自分自身もいつ感染者になるのかも分からず本当に毎日ビクビクしてしまう。僕は平日はほとんど電車に乗らないのであまり気にはならないが、東京の大半の方にとって通勤ラッシュなどが辛いだろうなと心中お察しする。
取り急ぎ、Webサイトなどのメンテナス(メンテナンスの場合とメンテナスの場合が入り混じっている)が溜まっている。今日もサッカーショップ蹴球堂のサイトを直したり、自身のオフィシャルサイトをいじったりと、細々した作業に明け暮れる。合間合間で気持ちをリフレッシュしていく。
このブログでも再三書いている通り僕は本が好きなので、このような状況下ではボーッと読むようにしている。「いつもどんな本を読んでいるんですか?」とよく言われるので少し紹介したいと思う。ビジネス書もいいができればたまには「少し考えながら読める小説」をお薦めしたいと思う。
例えば、僕の場合、歴史と旅行が好きだ。なので歴史の謎を追いながら世界各地を回っていく小説を読みながらGoogle Earthで検索していく。言葉だけでなかなかイメージできない建造物や史跡をビジュアルで保管するようにしている。これで、このふたつ情報をリンクしていくことができる。
最近ではジェームズ・ロリンズ「シグマフォースシリーズ」を連続して読んでいる。アメリカが舞台ではあるが、世界中の遺跡、史跡を廻って謎を解き明かしていく。ダン・ブラウン「ダ・ヴィンチ・コード」などに似た感じだが、内容はそれらを上回るほど濃いので、無理には勧められない。
そうやって文字だけでなく立体的にイメージでき、頭の中で様々な想像を行ないながら本を読み進めることが可能になる。また、頻繁には行けないような旅行をしている気分にもなれる。海外の小説だったらなおさらだ。歴史の謎の世界旅行よろしく、僕は何処へだって訪れることができるのだ。
心が沈んでしまいそうなこんなときだからこそ、世の中の誰かを批判すること無くまずは一日一日を大事に生きること。そして新たな…

今こそ「ネバーギブアップ」。

昔からさまざまなTシャツを作ってきて思うのは、制作したときよりももっとあとで必要になる瞬間がかなり多いということ。しかしながら、時間とともに陳腐化していくものがいくつも存在している。デザインなんて栄枯盛衰。だからデザイナーさんって本当に凄いなといつも思ってしまう。

僕のなかでの最高傑作は「フランスで君と会いたい。」Tシャツだ。今も持っている方が多いかもしれない。ご存知”アキ”こと西澤明訓さんがフランスワールドカップ出場に向けて戦う日本代表に初選出されたことを祈念して作ったものだ。確か、1997年5月21日の国立競技場での日韓戦だった。

それ以外にも他クラブのサポーターの方から依頼されたものや、もちろん527のデザインも含めてよく作っていたなと思い出される。もうそのひとつひとつはデータも残っていないと思う(調べていないので何とも言えないが)。記録より記憶を大事にするタイプらしい行動(単にB型なだけ)。

昨日のブログで「サッカーショップ蹴球堂BASE店の在庫をすっからかんにしたい!」と書いたら、そのあとで何枚かのご注文を頂戴した。本当にありがたい話だ。その販売しているいくつかのデザインに、このブログの文末にいつも添えている「NEVER STOP,NEVER GIVE UP」というものがある。

当然ながら横断幕などにも利用している僕らにとっては常套句のような存在だ。昨日アミーゴといろいろやり取りしている中で「ネバーギブアップ」の大事さを語り合っていたのだった。こんな時期だからこそ、このような事態だからこそ、この「ネバーギブアップ」の言葉が、胸に染みた。

僕はシンプルな言葉でシンプルに伝えるのが好きだ(単に喋り下手なだけ)。あの当時の「フランスで君と会いたい。」なんてフレーズを考えてしまうのは多分僕だけだ。まさに簡単だけど重みがある言葉づくり。だから今は「ネバーギブアップ」を胸に掲げて、常に前向きに戦いたいと思う。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


すっからかん、再び。

何を馬鹿なこと言ってるんだと怒られるかもしれない。今年はあの527からちょうど20年を迎える。現在検討中の新たな取り組み。まずは当時お世話になった方々に向けて報告をし始めた。まさに頭の中が「すっからかん」になったあの日。今では東京のスーパーでそのような状況になっている。

今朝、近所のスーパーに行ってみた。その時点で150人ほどの行列になっていた。マスクは全国的に入手が困難だが、東京では同じくらいトイレットペーパーが手に入らない。しかも昨日の小池都知事の発表が、消費者行動を更に助長したと思われる。紙類どころか食料品もすっからかんだった。

店舗側も買い占めができないような工夫がされているが、ひとり一品となると家族総出の様相もちらほら見られる。それらを横目に僕は普通に買い物をして帰ってきた。だいたい一個ずつ、ヨーグルトは毎日食べるので少し多めに(ヨーグルトはいかんと言われたがどうしても食べてしまう)。

この週末、東京都の繁華街は「すっからかん」になるのだろうか。本当は明日とある会食を予定していたが泣く泣くキャンセルした。お店には本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。落ち着いたら絶対に行くとメッセージを入れたら「笑顔を忘れずコロナ退治」と返信が返ってきて、救われた。

「すっからかん」の日々はしばらく続く。首都ロックダウンが起こった日にゃどうなるのかと考えるだけで恐ろしい。食料はともかく(スーパー閉まったりしないよね)安定した生活を送りたい。ティッシュペーパー、トイレットペーパーは大事。こうなったら、大阪から送ってもらおうかな。

さて、多くのサイトでバナーなども切り替えていっているのでお気付きかもしれない。もう少しまとまってきたら公にしていきたい。サッカーショップ蹴球堂リスタート。まずは蹴球堂BASE店を「すっからかん」にできるようTシャツをお薦めしていく。ぜひお手伝いいただければ幸いである。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


走り続ける理由。存在する理由。

東京オリンピックは正式に一年程度の延長に合意して承認されたようだ。選手ファーストという言葉が出ていたようにこれからは、選手枠や年齢制限の問題、何より環境の準備なども含めて走り続けなければいけないのだろう。開催には多くの壁が存在すると思うが、応援したいと思う。

話は変わるがインターネットは本当に便利な道具だ。時間の壁、距離の壁、言語の壁などを越えていくことができる。僕自身かなり利用しているほうだとは思ってはいるものの、まだまだ可能性を活かしきれていないのも事実。さらなる向上を目指して精進していかなくてはならない。

特に、メッセンジャーというツールに頼ることがことさら多い。人見知りの口下手でトークが苦手な僕としては物凄く重宝している。今日もたくさんの方に向けて送信した。僕らはつながっていると認識する。会話の文化、電話文化、メール文化、メッセージ文化そしてチャット文化。

コミュニケーションには様々あり、そのひとつひとつはしっかりと「理由」が存在する。僕の座右の銘でもある「物事には全て理由がある」。意味のないものなどこの世には存在していないと自分なりに解釈している。なぜなら「意味がない」という言葉にもちゃんと意味は存在する。

言葉には言葉の存在理由があるように、サッカーショップ蹴球堂にも存在する理由、存在しなきゃいけない理由がたくさんある。長居に無いといけない理由もそのひとつ。そんな多くの理由が僕らを突き動かしている。まさにNEVER STOP,NEVER GIVE UPだ。そこに存在しているのだ。

周りから「セレッソ大阪が人生の一部だな」とよく言われる。少し訂正させていただく。「セレッソ大阪が身体の一部」が正確には当たっている。いや、もしかすると、僕らが「セレッソ大阪の一部」なのかもしれないと考えると、走り続けてしまう理由が見えてくるような感もある。

大小存在する理由を数えればきりがない。それでいいじゃないか。それで充分幸せだ。それでOKなのだ。そんなことを考えていたらまた何か沸々と湧き上がるものがある。まだまだやるべきことは残っている。吉本新喜劇的に言うと僕らは「止まると死ぬんじゃ」なのかもしれないな。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

12年の「時」の重み。

やはりというか当然というか、今夏の東京オリンピックは一年程度延期の方向となりそうだ。これはなにも日本だけの問題ではない。直近の世論からみても仕方のない部分も多くあるのだと思う。今後の流れを考えてもディティールなどはともかく大枠だけでも早く決めてもらいたいものだ。

そんななかでも前に進み続けなければならない。サッカーショップ蹴球堂の準備をコツコツと実施していく。特に空中戦というかインターネットの世界はまさに主戦場だ。様々な趣向を凝らして手を打っていく。とは言ってももちろん承認などが遅れるのは必至だ。地道にじっくり対応する。

蹴球堂の過去の写真などを眺めてみる。店内を様子を見ているだけでも、11坪程度の店舗にかなり詰め込んでいたのが見て取れる。12年という「時」の重みなのだろうなとしみじみ感じている。一日一日をしっかりと生きていくことを積み重ねた結果に対してのこの状況だと思うと感慨深い。

長居店は度重なる水害で非常に厳しい環境下だった。それでも長く続けるのは大事なことであり大変なことなのだと改めて実感している。東京オリンピックも長い時間をかけて準備されてきたと思うと胸が痛いのも事実だ。僕ら日本人はこれから一年という「時」の重要さを噛みしめていく。

まだまだ全国で余談を許さない状態でもあるなかで、こんな内容を書くのはどうかとも思っている。しかし気持ちを高めるでもなく、また、落ち込むこともなく。常に自然体で戦っていくのが多分僕ららしい。時間は少しずつ、そして、それは確実に進んでいく。信じて未来に向かうだけだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

蹴球堂にも昭和のシンプルさを。

今週くらいからサッカーショップ蹴球堂Re:Startについて作業を急ピッチに行なっている。細かなところはまだだとしても、大枠については近々に案内できるかもしれない(あくまでも仮)。フェイスブックページやツイッターなどのSNSを中心に適宜(適当に)確認いただければ幸いに思う。

「100日後に死ぬワニ」なる四コマ漫画が流行っていると聞いて読み始めたのが死ぬまで一週間を切った頃だった。どうも世の中のトレンドについていくことに疎い。残念なのかありがたい話なのかはとんと判断がつかないが、時代の波に乗れず、未だ昭和の幻影を追い続けている身でもある。

何故だか昭和という年号に愛着を感じる自分がいる。昭和生まれであり、子供の頃遊び回った山の名前は「昭和山」だった。それ以外に僕と昭和を結びつける要素は無いに等しいのだが、会話の端々に昭和の臭いを感じさせようとしてしまう。年齢からくるノスタルジーとも言えるのだろう。

さてこのワニの漫画。何が良いのかと言われるとなかなか答えられないくらいのシンプルさがある。そのシンプルさの内側に潜む「侘しさ」や「虚しさ」というものに人は惹かれてしまうのだろうな。そんなことを思いつつ第一話からずっと読み続け、ようやく先日100日後を迎えたのだった。

確かに炎上の話題などを見ていると様々な憶測が浮かんできたりする。だが、漫画としては非常に読みやすく分かりやすい。子供の頃に漫画家を目指していた僕としてはそう感じた。僕がよく書いていた「やさいマン」に近いくらいのこのシンプルさ(一緒にすな)。なんだか心地よかった。

ちょうど読んでいる書籍もビジネス本ながら四コマ漫画が主体で、非常に分かりやすく構成されている。すべてをシンプルに四コマで表現させる(ワニの最後は長かったが)。まさに起承転結の大事さがここに凝縮される。漫画の世界で僕が学んだこのシンプルさを今こそ活かすときだろう。

話を戻して蹴球堂のこと。長居駅前の店舗と比べると素晴らしい「昭和のシンプルさ」をしっかりと表現できると思っている。昭和に生を受けた人間の”悪あがき”ともいえるノスタルジックな空間。これからどのように魅せていくか、アミーゴと共に創り上げていく。答えは100日後くらいだ。

・・・まあ、死にはしないが。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※写真はイメージです。

普段通りの生活。

ヨーロッパにおけるコロナウイルスの猛威。ドイツ、メルケル首相が行なったテレビスピーチ。その翻訳を読んだ。内容から本当に厳しい状況が続いていることを感じる。日本もクラスターやオーバーシュートが起こってもおかしくない。ひとりひとりのマインドが大事なのだなと感じた。

ふと気になってクロアチアのアミーゴにメッセージを送ってみる。大変な状況ではあるが家族を含めてまだ大丈夫だとの返信をもらう。僕はホッとすると同時にまだまだ余談を許さないなと思っていたら、次は地震だ。神はいつも僕らに試練を課す。ただ僕らはいつも乗り越えてきている。

スーパーマーケットに行く。トイレットペーパーは無い。ティッシュペーパーが若干残っている。僕はひとつだけ手に取りレジに向かう。必要な量を必要な時に買う。僕はそれでいい。手洗いうがいも普段から実施している。だから多めに行なう必要性もない。今まで通りの生活を続ける。

あと一週間経つと毎年同様に四月がスタートする。新たな一年。新たな環境を迎える方ももちろんいるだろう。普段通りの生活は難しいかも知れない。だけど普段通りに生活しようと考えることはできるはず。やはりマインドは大切だ。サッカーが普段通りにやってくる週末が待ち遠しい。

僕は愛犬クロヱから「普段通り」を学んでいる。どんな出来事があってもご飯を食べ散歩に行きトイレをする。変わらぬ生活に努めている。動物と生活するとそのような恩恵も得られる。ニュースで見たのだが、巷ではレンタル動物もサービスとして存在しているらしい。分かる気がする。

それにしてもザグレブは本当に大丈夫だろうか。新型コロナウイルスで混乱しているうえにこの地震では、普段通りの生活が一変していると思う。教会が倒壊したとのニュースもちらほらと流れてくる。またいつか訪れたいと思っていたので美しいあの街の状況が非常に気になってしまう。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

桜の季節は待ってはくれない。

日当たりに左右されるが、神田川沿いの桜もかなり咲いてきた。年々満開の季節が早くなっている気がする。中野区に越してきてほぼ一年。本所、浅草の桜とは違う中野の桜を見て、またひと味違った感覚を得る。とは言え散りゆくさまはどの桜も皆同じだ。そんな儚さに毎年心を打たれる。

そういや、この三日間はこの桜を見てきたクロヱの散歩と多少の買い物以外で外出していないことに気付く。今日も経費の整理やらを行ないながら、我が家の居心地なんてものを楽しんでみる。来週はこじんまりな懇親会なども入っているので、多少は外の空気を味わうことができるだろう。

そして蹴球堂関連も引き続きさまざまな作業に勤しむ。ULTRASスタンプセレ女スタンプもまだまだ購入してくださる方々が多い。本当に嬉しい限りだ。新たなアイデアを考えていきたいと思ってはいるものの春の陽気に誘われてボーッとしてしまうこともしばしば。気持ちを入れ直さねば。

それにしても外は外でことさら暑い。太陽が赫赫明明としていて気持ち良いのは確かだが、寒いのにも暑いのにも順応性の低い僕としては耐えられないこともしばしば。そういや選手たちもこの時期には公式戦を積み重ねて寒暖の変化に合わせていくものだが今年はそうもいかないようだ。

ニュースを見ていたら今年のJリーグは降格するクラブが無しとなったらしい。それはそれで決め事でもあるので異論はなく、それ以上に感じるのはシーズン終盤を迎えた頃の下位クラブのモチベーションがどうかということ。良いことや悪いことには対処できるが中途半端は非常に良くない。

自分自身にも言える。中途半端になっている事柄が僕にもある。デザイン、書き物などなど、これを機にリスタートしていこうかと思っているがどうなることやらだ。そう。今年こそは菊が咲く頃までに書きあげたい物語もある。そう、桜の季節は待ってはくれない。なんか競馬のようやな。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ゲームのように人生を。

Jリーグの無い三連休はまるでドラクエのレベル上げ作業のようだ。時間を無駄にしてしまう感覚が延々と続いている気がする(別に揶揄しているわけではない。ブックカバーにするほど僕は大ファンだ)。まあ、そんなフリーな時間が存在するよしもなく仕事に明け暮れているのだけれど。

このような状況でもあるので世界はともかく日本国内ですらあまり行けていないのが少々寂しい。とにかく生活が城と我が家の行ったり来たりになりつつあり、たまには洞窟や塔そして宿屋を訪れたくなってくる。確かに人が言うように、平気を保つのが難しくなってきているのも事実だ。

そんなことを考えていても埒があかないので、仕事の合間にウイイレでも行なってみる。当然クラブはセレッソ大阪一択。それほど上手いわけでもないがかなりやり込んでいるので、うちの選手も結構な人数が加入している。なんとか頑張って全員のレベルを上げる努力をしているところ。

思えば昔からフォーメーションサッカーとかJリーグプライムステージとか、サッカーゲームにはハマっていた。ゲーム機と呼ばれる代物はとうの昔に我が家から無くなっている。だがスマートフォンやタブレットに取って代わっても楽しいものはやはり楽しいのだ。いくら歳を取ろうとも。

かの太宰治先生は言った。「趣味というものは、むずかしいものでしてね。千の嫌悪から一つの趣味が生れるんです。趣味の無いやつには、だから嫌悪も無いんです。」。そうか、嫌悪は・・・それほどないのだけれど(笑)セレッソ大阪はもう趣味の域をとうの昔に越えてしまっている。

どんなときでもどんな場所でも何があってもセレッソ大阪との縁は深い。今アミーゴたちとパーティを組んで様々な手を打っている。それぞれの能力を活かして事に当たるのも考えてみればドラクエ感覚だ。僕らはゲームに育てられ、ゲームのように人生をなぞらえているのかも知れない。

それでも良いんじゃないかと僕は思う。ゲームは僕らのバイブルのようなものだ。教わることもたくさんある。だからもっとゲームを楽しんでいい(できれば課金せずに楽しみたい)。ただ僕らには必ず帰る場所がある。翌日の朝が来る頃には多分ヒットポイントも回復しているのだろう。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

蹴球堂、リスタート、始める。

「蹴球堂はこれからどうなるんですか?」とよく言われる。逆に僕らが聞きたいくらいに色々と悩みながら検討を繰り返している。今はネットショップでのビジネスを中心にしているが、本来僕らが目指していたのは、ふとしたときに集うことができるセレッソファンの場を提供すること。

サッカーショップ蹴球堂長居店はまさにそんな場所だった。試合前には今日のゲームがどうなるのかを話したくて立ち寄り、試合後は映像を見ながら結果について振り返りつつ悲喜こもごも語り合う。いや、試合の日だけじゃない。セレッソ大阪をいつでも感じられるそんな場所が必要だ。

当時はセレッソ大阪のネットショップが充実していなかった。長居周辺にはオフィシャルグッズが買える場所もないうえに、試合当日はスタジアムのグッズ売り場が混雑するという状況が続いていた。そういう経緯もあり猫の額ほどの店舗にたくさんの方が来てくださったことを思い出す。

ロスロボス駒川店が閉店する際「グッズ販売を受け継いでもらえないか」とクラブからお願いをされて始めたオフィシャルグッズの販売。これからは長居公園内にオフィシャルショップができる予定でもある。セレッソ大阪との約束。だからもともとこれは僕らのテリトリーではないのだ。

僕らの持ち合わせるアイテムは「人」だ。人の心なのだ。これだけは昔から一切何も変わっていない。僭越ながら僕らから触発された多くの「セレッソファンのため」の店が長居周辺にも生まれ始めている。彼らの活躍を見ていると、リスタートを意識せざるを得ないことに気付かされる。

新しいステージがこれから始まる。サッカーショップ蹴球堂が誕生したのが「長居の悲劇」の6年後である2006年5月27日。今年はあの日からちょうど20年の節目の年。新たな蹴球堂のありかたを模索して、そして僕は少しだけ気付いた。アミーゴがいる。集う場所がある。イバも、動く。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

歴史の面白さに触れる。

改めてここで書くと「しつこいなあ」と思われるだろう。学問の中でもとにかく歴史が僕は好きだ。特に日本の幕末明治という動乱の時代に心惹かれる。子供の頃にそれほど好きだったかと言われると中の上くらいだった感もある。しかし大人になるにつれ教養が高まり(?)今に至っている。

だが周りの方と話していてもこの歴史に興味の無い方が非常に多いことにも気付く。当然歴史とは左から右へ流れる事象を見聞きするのがオーソドックスな学びだ。もっと平たく言うと起こったことをただひたすら暗記するだけの単純なお仕事。まあひとことで言うと”面白くない”のだそうだ。

「過去なんてどうでもいい」「今だけなんとかなればそれでいい」「縄文知ってどうなんのよ」と終末論的に考えている方ばかりでは決してないだろうが、確かに淡々と流れる歴史の勉強は僕も退屈だ。だから僕も子供時代にはその程度の好きさ加減しか持ち合わせていなかったような気もする。

その理由として「歴史を”点”で考えてしまうところにある」と僕は思っている。例えば幕末の動乱を「1854年、黒船」「1867年、大政奉還」「1868年、戊辰戦争」なんて単位で見てしまうとまったく面白くない。なぜ面白くないか。そこには「Why?(なんで?)が決定的に欠けているからなのだ。

「Why?」は引き金とも言う。何故黒船は来たのか。何故将軍徳川慶喜は大政奉還したのか。何故戊辰戦争は起こってしまったのか。様々な論点はあるものの共通して言えるのは「起こるべくして起こった」ということだ。その前後の背景を見ていくのが、たまらなく面白いと感じてしまうのだ。

セレッソ大阪の歴史も”点”として捉えてしまうと言うほど面白くない(いや一部の方には楽しいコンテンツかも)。起こった事実に対し前後に発生した”点”と”点”をつないで線にしてみると見え方が180度変わってしまうこともある。歴史はまるでメビウスの環のように「てれこ」になって繰り返す。

例えば僕らがよく口にする「2000年5月27日」。涙に濡れた一日を点として捉えると「優勝に近づいたが最後はVゴールで負ける(Vゴールを知らない世代もいるのかな)」とひとことで終わってしまう。だがこの日を迎えるまでの一週間を振り返ると、それこそ実に負ける要素がたっぷりなのだ。
その記録が僕のEvernoteに存在しており、時折、戒めのように読むようにしている…

抗いがたく予測困難な時代のサポーターの生き方。

出歩くことも減ったので本を読む時間が圧倒的に増えている。ビジネス書から小説、絵本や漫画も含めて次々に読了していく。その中でもより多く読んでいるのがマインドセットに関する書籍だ。特にレゴ®シリアスプレイ®と密接している「VUCAの時代を乗り越える」ものを意識している。

VUCAとは、Volatility(変動)Uncertainty(不確実)Complexity(複雑)Ambiguity(曖昧)からなる造語。まさに予測困難な時代認識からくる言葉だ。今まで当たり前に行なえていたことがある日突然当たり前で無くなる。そのような事態に直面した世の中をどのように生きていくのか。

セレッソ大阪もまさに予測するのが難しいクラブと言われる。サッカーだからある程度カオスも仕方ないのだがそれでもどう考えてもあり得ないような場面に遭遇したのが数多くある。振り回されたと他人行儀に言うつもりは毛頭ないがサポーターもあっちこっちに行く羽目になっていった。

1995年。僕らにとっての初めてのJリーグは長居第二陸上競技場から始まった。前年のJFLではメインスタジアムでの応援がメインだったが、このシーズンからバックスタンドとゴール裏へと移っていった。この過程でも様々な出来事が起こった。今では良い思い出でもある(ブログ参照)。

その結果(今では不祥事以外では想像できないと思うが)「ゴール裏では太鼓を叩くことができない」という、うちでしか無さそうな”異例のルール”ができあがった。良い意味でみんな真剣でみんな不安定でみんな自我を持って生きていたのだなと感じてしまう。そんな一年を過ごしていた。

逆にそのような状況のおかげで、より人間関係が深まったという副作用(と言うのか?)があったのも事実。逆境(というほどのことでもないが)の中から学ぶものはとても多い。僕はちょうど今の半分の24〜25歳。とにかく若気の至りで、多くの方へ迷惑をたくさんかけた頃でもあった。

とは言え、それでもまだ予測が容易な時代でもあり余裕もあった。だが今は若い方々にとって非常に難しい時代だ。常に変動し不確実かつ複雑で曖昧な状況は、何事にも代えられないストレスとなる。抗いがたく予測困難なこの時代を乗り越えるマインドセットが必要だと僕は思っている。

想定していたことが想定どおりに動かないだけならまだ施しようがあるかもしれないが、慣例やルールだけ…

失敗を継続して得られるもの。

スポーツには勝ち負けが存在する。サッカーの場合。その試合に勝てば3点、引き分ければ1点、負けたらもちろん入らない。シーズン通してこの勝ち点が少なければ残念ながら降格の憂き目に会う。当然だがより上のリーグで戦い続けることが、サポーターにとってのモチベーションになる。

セレッソ大阪はそんな憂き目に三度出会った。2001年、2006年そして2014年だ。降格した試合のほぼすべてが大敗とも呼べる。なかなかうちみたいな毎回こんな気分にさせてくれるクラブも珍しい。とは言えこの3つのシーズンでサポーターが戦えていたかというと、そこも多少疑問符が付く。

少なくとも2001年は課題の多い一年だった。前年ファーストステージの優勝争いがあたかも自分たちの実力のように受け止めてしまい、すっかりとセカンドステージのことを忘れたままシーズンに入ってしまっていた。その結果、8連敗を喫し、降格の日まで5勝しかできなかったのだった。

2000年のセカンドステージから2001年にかけては、ゴール裏と屋根下の関係などを含め、この先どのように進んでいくべきなのかというセレッソ大阪サポーターにとって様々考える時間だったような気がする。試行錯誤を繰り返しながら、僕らサポーターはこの不安定な時期を戦っていた。

人数も非常に少なかった。そのなかで僕らのスタジアムをどのように盛り上げていくのか。たとえかませ犬だったとしても常に走り続けるしか無かったわけだ。試合はなかなか勝てなかったし僕らも失敗を重ねてはいたが、少しずつ分かってきたこともあった。やはり大事なのは継続だ。

人はどうしても成功したいとか成長すると考えるときには、どうしても一足飛びに考えてしまいがちだ。しかしながら紆余曲折しながら歩んできた道のおかげでふたつのタイトルを取れたと考えることもできる。そういう意味からして長い目で見たら、全部が「正解」なのだろうとも思う。

ゴール裏を埋めるまでサポーターが増えている今。さほど新たな動きを必要とされているわけでもない。良くも悪くも今のままのパフォーマンスで満たされているようにも見て取れる。だが「20年も経っているのだからあの頃と比べてはいけない」と言ってしまって本当に良いのだろうか。

何事も1を100にするよりゼロイチが難しい。何も無いところから創りあげる。今の彼らには是非とも経験してほしいなと思っている。そして…

正しい解釈と判断、選手との距離感。

これは本当に効いているようだ。この雨上がりの晴れの中を歩いても、鼻の痒さがほとんど来ていない。一番ありがたいのは集中力が保てること。デシジョンというほどのものでも無いが、涙目で鼻水をすすって状況ではあり得なかった、すべての面において正しい判断を下せそうな予感だ。

鼻水同様、感情が先走ってしまうときに間違った判断や解釈、いざこざも起こりやすい。特に愛するクラブが勝てない時期を迎えたりするととかくそうなりがちだ。だが怒りの矛先がただ勝ち負けだけに向けていてはサポーターはいけないのだとも思う。とても難しい問題でもあるのだれど。

何十年もセレッソ大阪を応援してきてはいるが未だに「選手は戦っているか、戦うべきところで戦えているか」の境目は正直難しい。明らかに目に見えるレベルなら良い。だが一試合通して一人の選手がボールを持つ時間など3分に満たない。ほんの一瞬のシーンで判断することなどできない。

同じようなことを以前放送された「ロストフの14秒」というドキュメントでも数名の選手が語っていた。問題の、長谷部誠選手が香川真司選手にぶつけてしまったあのシーン。延長戦含めて素晴らしい戦いを見せた試合で、少なくともあの瞬間だけは気が抜けてしまっていたと僕には見えた。

サッカーは「どちらが多くゴールを決める」以前に「どちらが多くミスをするか」を競うスポーツだ。そのミスを少しでも減らすため、問題を見つければその場で選手に伝え、試合後に選手に伝える必要がある。リーダーのコールを待っていて、それが行えるはずもない、と個人的には思う。

試合をちゃんと見ておく。しっかり見て判断していく必要性がある。その上でこそ選手たちと向き合わないといけない。おそらく、このベルギー戦をロストフアリーナで観戦していたサポーターの一部は、気が抜けた瞬間、チャントの途中だろうがなんだろうが声を張り上げていたのだろう。

クラブが試合を開催し選手たちがフィールドで戦う。サポーターは応援する・・・だけでなく選手とともに戦う。選手のミスはサポーターが拾い、サポーターのミスを選手がカバーしてくれる。そんなサッカー文化を生み出したいと考えていた。時代は進んだとしても流れは確実に来ている。

その大事さを強く感じたのが、1997年に鳥取市営バードスタジアムで行なわれた京都パープルサンガとの公式戦だった。申し訳ないが試合内容はまるで覚えて…

元旦の国立。浮足立つ。

ようやくヨーロッパチャンピオンズリーグのラウンド16ファーストレグ&セカンドレグの一部を見た(といってもハイライト)。もちろんのことながら無観客試合もいくつか存在はした。だが、順当も波乱も織り交ぜながら、すべての試合が熱い戦いであり素晴らしいプレーの連続でもあった。

サポーターの暴動や災害での中断や延期はあったものの、疫病によってこのような事態になるのは僕も体験したことがない。特にセレッソ大阪の話に限ってみれば、これだけ長く公式戦が無いシーズンは無かったと記憶している。2011年の震災の際も、リーグは中断したがACLは戦っていた。
それは9年前の話なのにかなり昔のように感じる。対して神戸の震災はというと実に25年だ。この1995年、セレッソ大阪はJリーグで初めて戦うことになっていた。その三週間前にはJFLでありながら旧国立競技場で天皇杯ファイナルを戦っていた。悲喜こもごも非常に感慨深い年だったと思う。
いたるところで話をしているのだが、ベルマーレ平塚とのファイナルは2000年5月27日の”あの試合”同様に、僕の心の中に大きなインパクトを残している。今風の言い方をするとまさに「テンパっていた」ということだろう。それだけサポーターという存在に甘え、そして浮足立ってようだ。
そう。僕らはサポーターの”はず”だった。なのに、そのサポーターがやらなくちゃならない「選手の足が止まるとき、その一足を出させないといけないとき」に。選手を勇気付けるという行為を僕らは忘れてしまった。要するに、元旦の決勝に国立にいることで、既に満足してしまっていた。
この大会。ヴェルディ川崎に勝ち、浦和レッズに勝ち、横浜マリノスに勝ったとはいえ(勝ちに不思議の勝ちあり)、クラブも選手もサポーターも実力が伴っていないうえに、こんな状況では当然勝負にならない(負けに不思議の負けなし)。50歳を前にしても頭をぐるぐると回っている。
現在では実力もありJリーグのなかでも優勝を狙えるクラブになった。いま、応援の力がどう効果を生むのか僕には判断できない。しかし1995年のセレッソ大阪にはとても大事で必要なファクターだった。大事で必要であるにも関わらずそこを怠ってしまった罪をこれからも背負っていくのだ。

今日は何とかなったが「セレッソ大阪サポーターの歴史について少しずつ書いていく」なんて言ってしまったせいで…

セレッソ大阪サポーターの歴史の話でもしようかなと。

Jリーグが3月に開催予定していたすべての試合を延期すると発表した。苦渋の決断でもあるし理解もできる。この状況で数万人規模のイベントは難しい。どのような日程になるのか。全試合を消化することが可能なのか。沈静化すらしていないなかでまだまだ余談を許さない時間が続いていく。

もちろん大人数の飲み会などというものも中止になっていく。今日も元々予定が入っていたのだが数日前に連絡が来た。まあ当然のことだろう。少しでも集団感染の危険性を回避できるよう、日本にいる全員が意識を高く持ってことに当たらないといけない、と改めて感じている次第でもある。

意識を高く、で少し思い出したことがある。とある事情で歴史を整理する仕事をしているのだがこれが結構骨が折れる。実施当時はそんなふうに何かを残していくことの意識がとてつもなく低く、あとに残された者に託された頃にはかなり大変な状況にもなる。企業などでは実によくある話だ。

多分サポーターもそうだ。Jリーグの各クラブでも「脈々と受け継がれる」ケースと、「そのもの自体取って代わられる」ケースの両方が存在している。国家の事例と比べる気などさらさら無いのだが、世界の中で日本という国の歴史がここまで続いてきたという話と、どこか似ている気がする。

セレッソ大阪のサポーターの歴史をまとめるのはそれほど難しく感じない。たとえゴール裏にいるメンバーが代替わりしていこうと「脈々と受け継がれ」ているのだろう。それは未だI4にいる古参のサポーターの方のおかげでもあるし、受け止める若い方々のおかげでもある。それこそが凄い。

そして、若い方々にはもっとセレッソ大阪サポーターの歴史を知ってもらいたいし、逆に僕らは意識を高く持ち、それらを伝えていかなければならない。そんなことを毎日のように考えている。落ち着いた頃に話をする機会を設けたい。その頃にはきっと格好の場所ができあがっているはずだ。

僕らのJリーグの火を灯し続けたいと思う。明日からは枠が許す限り(というか自分の裁量やろうが)歴史の話を多く取り入れていきたいなとも思う。ちょっと老害に近い状況を生み出すかも知れないが、それも歴史の一部だと思って受け止めてくれれば幸いである。さていつまで続くのやら。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

直感と感性の「何となく」。

いろいろなことが起き過ぎていてなかなか気付かずにいた。先日打った花粉症の注射が何となく効いている気がする。My妻からの「そう思った。なんでかと言うとゴミ箱のティッシュのボリュームで分かる」と言われ、おおなるほど。何となく、ではなく定量的に判断しているところが凄い。

定量的判断や論理的思考は若い頃からかなり勉強してきた。数字の計算能力や問題解決能力といった手法によってその恩恵をいただいてきたのも事実だ。こんな不確実性の高い時代へと変貌し、答えを見つけにくい世の中になった今だからこそ「何となく」のパワーを利用していきたいのだ。

僕らはかなりこの「何となく」で生きているにも関わらず、ビジネスになった途端に定量的判断をしがちである。直感や感性という言葉が横に置かれてしまう。すべての物事が論理的思考だけで解決するのであれば、なぜ、こんなに辛い思いがいっぱい振りかかってくるのかと思いたくなる。

そうなると、どうしても「今この瞬間」のことだけを考えてしまいがちだ。目の前で起こるできごとに左右されて、誰かに定められた回答にだけ、ただ黙々と向かうだけの道筋を考えるだけになってしまう。考えているのに思っているのに。それらを言語化しようとすると重圧がのしかかる。

ときには「何となく素敵だなと思いました」「なんか格好良いかなと感じました」「とにかくぱっと見で凄いと思った」という時間があっても良いと僕は思う。直感と感性を全面に出しての対話が今の時代に不要ではないと感じるのは僕だけでは無いはず。「今思った」ことで話し合うのだ。

レゴブロックはそのためのツールであり、レゴ®シリアスプレイ®はそのためのメソッドである。そしてファシリテーターは文字通りその場を「活かす」のだ。この「何となく」を引き出して、言語化するお手伝いができるのは、今、世界に数多く存在する認定ファシリテーターなのだと言える。

このカオスの世で、スタッフの直感や感性を引き出せないうちから新たな取り組みを期待しても難しいと言えるだろう。そんな定量的で論理的になりがちな企業や組織にとって、レゴブロックは最高のツールでレゴ®シリアスプレイ®は最高のメソッドだと確信している。いち早く気付くべきだ。

それにしても家族というものは「定性的と定量的」「論理的と直感的」を双方併せ持って生きていく必要があるのだと改めて知った。だいたい世の中をいい…

2020年3月11日に想う。

まずは東日本大震災で犠牲になられた方のご冥福をお祈りすると同時に、被災されました方々に心よりお見舞いを申し上げます。



毎年この日に思い出してしまうことがある。あの3月11日に家まで三時間かけて歩いて帰った道。震災後に訪れた街が、街として呼吸していなかったように感じた光景。神戸やボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボなども見てきたが、どれとも違う姿。それがはっきりと脳裏に焼き付いている。

「鎮魂」と言葉で表すのはとても簡単である。こんな、行事的にしか書くことができない(いや気持ちは常にあるのだが)ようではいけないと自分自身も罪の意識に苛まれる。9年が経過した今でも苦労されている方々が未だ多く、継続して支援されてる方々もいるなかで自分はどうなのかと。

良い行ないとか悪い行ないとかってなんだろう。悪の反対側が必ずしも正だけということはない。災害が起こるたびに僕は毎回そんな思いを抱いてしまう。そして、いつまでも覚えていることと記憶から消したいと願うことは、その人その人の気持ちによって、捉え方もまったく違ってくる。

何が良くて何が悪いかなんて、こんなちっぽけな僕に判断できるわけがない。それでも日々は続き、毎日何かが起こる可能性を考えて生きることはできる。人はみんな誰かに支えられ、誰かを支えて生きていくもの。今改めて、あのときの助け合いの気持ちを日本全体で持たないといけない。

翌朝。3月12日の東京スカイツリーはまだ建設中だったのだ。そんな他愛もないことにも気付かされた(Googleフォトというツールは実に素晴らしい)。9年という月日は僕の魂にさらなる変化をもたらすのだ。もしかすると足りないのは、マスクよりも電気よりも「強い心」なのかもしれない。

そういや、2011年シーズンも確か開幕戦のあとは延期や日程の調整などかなり大変だった。記録を見てみたら第2節は7月2日に行なわれていたのだな。国ができること、地域ができること、サッカーがスポーツができること。そして何より、自分自身が何をできるのか。今一度考えていきたい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

セレッソの枯渇が身体に一番悪い。

こんな状況だから人に会うのもかなりお預けになっている。「飯食いながら話ししましょう」と約束していた20年以上の付き合いがあるセレッソ関連の某御方とも、結局先延ばしにしてしまった。じゃあ何時まで?と考えても今は仕方ない。まずはこの三月いっぱいを乗り越えていきたい。

先日注射を打ってもらったものの、未だ花粉症を持っている僕としてはこの時期マスク必須状態である。そんな理由もあってか、医療用マスクが枯渇している話を聞くと非常に辛い。インターネットでの転売禁止策もそうだができる限り医療関係者にマスクが回ってほしいなと思っている。

話は変わる。いやいや最近になって流行っているのだろうか。Youtubeチャンネルを立ち上げるアミーゴが実に多くなった。素敵だなと思うと同時に、毎日ブログネタですら枯渇してしまうの僕としては「とてもできないなあ」という、尊敬の念のフィットアンドギャップしか浮かばない。

クリエイティブな感性をお持ちの方にはやはり憧れてしまう。かなりな映画好きの僕としては、動くものを作れる技術というか才能というか。そういう、僕が到底辿り着けないものがとかく格好良く見える。インターネットやSNSで拝見するたびにある凡人はそんなことを考えているのだ。

だが凡人には凡人なりのプライドもある。長く続けることもそのひとつ。サッカーとの関係もその延長線上だろう。某御方と飯を食っても、多分そんな話になるんやろうなーと妄想が膨らんでいく。それほど悪くもない。今はすべてにおいて我慢の時だ。セレッソの枯渇が身体に一番悪い。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

時には「歩く速さ」で。

日々のニュースを見ているのが辛くなるくらいの内容だ。日本がどのようになっていくのか先行きも不安になりながら毎日を過ごす。そんななかでも少しでも勇気付けて、笑いを生んでいくのが大阪人のスピリット。僕らの代名詞でもある「This is OSAKA spirit」なのだろうな、まさに。
そんな日曜日にイラストを描いてみた。時間があるとすぐに落書きしてしまう性格を、今は大事にしている。そんな僕が好きなもの。ワンコと本。そして少しのフットボール。適当にササッと短時間で完成したこの「よみぱぐ」。なんだかちょっとずつだが愛着が湧いてきてしまうのだ。
適度に緊張感は持ったほうが良いが元来いい加減なのでこの「どうでもいい感」に癒やされてしまう。新たな取り組みを進めるにはそんな場当たり的な発想も時には必要なのだろう。早速ではあるが一個描いたものを使いまわしていく。僕は何処まで行ってもクリエイターにはなれない。
さあのんびり行こう。ゆったりと時を巡る時間旅行。走るばっかりじゃなく、時には「歩く速さ」で前に進んでみる。焦ることはない。それもいいだろう。そんなことを考えながらイラストを書くのにも飽きた。日の目を見ること、商品化などもっての外。ただここにあればそれで良い。
色んな方々から連絡をいただいている。また逆に色んな方に連絡もしている。送る。受ける。返事が無くても気にしない気にしない。時計の針もゆっくりと、だが一秒ずつ着実に前へと向かっている。最近はダッシュしたり歩いたり立ち止まったりの連続なのだ。それが実に人間らしい。

いや、人間らしいだけでなく「大阪人」らしいと言ってもいいのかもしれない。大阪人はセカセカしているだけでなく、じっくり待つこともできる国民性なのだ。そんなDNAを13年間忘れたこともない。いつの日か本拠地が大阪になったときは身も心も「歩く速さ」で生きているはずだ。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

脳味噌は考えることに使う。

私ごとではあるのだが自分のスマートフォン(Android)が危険な状態になった。最近、トリニティのNUANS NEO[Reloaded]のバッテリが膨張し始めて、モニタパネルが外れかかっている。おサイフケータイヘビーユーザーの僕としては壊れてしまう前に買い換える必要があると感じたのだった。

早速新宿まで出かけてビックロを訪れ衝動買いする。今回は「SHARP AQUOS sense3 SH-M12」にしてみようと思う。WAONやEdy、Suicaなどを機種変更していく。ほぼ苦労も必要とせず、サクサクと作業が進んでいく。iPhoneもそうだがスマートフォンの移行がどんどんと簡単になっていく。

言葉は悪いが、言ってしまえばこんなところで大事な時間を使っている場合ではない。それはビジネスの世界でも一緒だ。やらないといけないこととやらなくてよいこと。この整理が一番大切だ。特に、コンピュータに置き換え可能なルーティーンをどのように減らしていくのかが大事なのだ。

どうしても人は難しい業務から手を付けようとしてしまう。考えて、設計が難しいものは多分置き換えも困難になる。今すぐできて作業回数が多いものから進めるべきだが、そこは何故か見過ごされてしまうケースも多々ある。そんな場面も数多く見てきただけになんとかてあげたいと感じる。

そんなこんなでスマートフォンのリプレースが完了する。必要とした時間は電源を入れてからわずか一時間程度。そのうち何もしなくて機種変更が完了してしまうような時代がやってくるだろう。僕が生きているうちにそんな世界になったりしたらもっと自分の時間を作ることができるはずだ。

おサイフケータイに代表されるキャッシュレス決済について、様々打ち合わせをしていたのを思い出す。ショップで現金を出している時間が僕にはとても勿体なく感じる。脳味噌をフル回転しなければ生きていくのが難しくなっていくこの先、できるかぎり考えることに使えればと思っている。

雨だからか。くしゃみ、咳、鼻をかむ回数が極端に少なくなっていると感じている。もしかして注射の効果が出てきたのだろうか(いや、疑っているわけではないのだが)。これで少しでも頭の回転が早くなればありがたい。そう言えば今日、空いた時間でイラストを書いた。脳味噌が動いた。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

セレッソ関連。ミーティング三昧。

名古屋、大阪と旅をしているあいだにJリーグが新たな方針を発表した。3月15日までとしていた延期のプランを、4月再開催まで延ばす可能性があるとのことだ。「僕らからJリーグを取ったら一体何が残るのか」と思ってしまう方々同士で、お互い肩を抱き合って慰め合う日々が続いている。
そんななか、来年から我がクラブが利用する予定の「桜スタジアム」建設状況を見に来てみた。メインスタンドが結構な出来っぷりだ。どのような完成図なのかあまり知らないくせに、偉そうにスタジアムについて語ってよいのかと自分自身も思ってしまうのは”らしさ”と受け取って欲しい。

さて、二日目の大阪も当然ながらミーティング三昧。気の合ったアミーゴたちと対話する日々は充実していて本当に楽しい。昔からそうだがセレッソ大阪に関する案件。次から次へと新しいアイデアが生まれていくのでいつまで経っても話が尽きない。今日はそんなことを改めて実感している。
なんでこんなに楽しいのだろうか。やっぱり何かを創り上げていく過程が僕は好きだ。既存の仕組みを取っ払った、まさに、今までにないもの、今までになかったもの、僕らじゃないとできないもの、僕らだからこそ面白いもの。そんなものが近々に生まれる予感がしているのは伊達ではない。
新たな取り組みなので内容はまだまだ明かせないのが非常に辛い。これからは少しずつでもオープンにしていけるだろうか。考えているだけじゃなく動いてみるのが一番。「案ずるより産むが易し」。しっかりと準備をして、皆さんにお伝えできるよう、今後も努力していきたいと思っている。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

何処にでも学ぶ機会はある。

名古屋から大阪に移動。一月以来。やはり大阪弁を聴くと心が休まる。あの粘っこい感じが僕の身体には合っているようだ。東京に出て13年という月日がそんな懐かしさを助長している気もする。どこまで行っても大阪の人間であると自覚すると共に、改めて東京での生活を意識させられる。

ここ数日で、実に色んな方と話してたくさんの刺激をもらっている。なんだか、ワークもライフもごっちゃにしている感もあるにはあるが、それでもそんな他愛もない話を肴に飲むのが楽しい(とは言いながら今日二本くらい注射を打ったのでアルコールを摂取できない身体だったのだが)。

そのなかで僕は突拍子も無いようなことや理想を語る。技術論やマインド、未来の話諸々含めて、肯定的に見てくれている方とそうでない方がいるのも事実だ。現実との狭間に生きていると、どうしても未来をイメージするというフェーズに入ることができなくなってしまう方々も存在する。

新しく何かを行なおうとするとどうしてもバイアスがかかってしまうのは仕方ない。大事なのはやり続ける決意だと僕は思っている。自分の信念を貫くという実にシンプルなものなのだろう。どなたかも「失敗とは成功する前に止めてしまうこと」たと語っている。まさに継続は力なり、だ。

今日注射を打ってもらったクリニックの先生と雑談している際、「これが良いと思って長年やってきた」という言葉を聴いた。多分、成功したと考えているとは到底思えないような笑顔でもあった。いや、いつも書いているが、何処にでも学ぶ機会はあるものだ。明日もそんな日になるはず。
これからも僕は言葉を創り続けていく。更に多くの方々と語り合い、対話しながら新たなものを生み出していく。そしてそれが必ずや成功に向かっていると信じて前に進む。良いこともそうでないことも起こり得るこの世界で、伝え続ける意味や意義を感じていきたいと切に願ってやまない。

注射を打ったところが実は今もヒリヒリと痛いのだ。しかし、この痛みが、次の成功を連れてくるのかと考えるとあながち不必要でも無いようだ。物事にはすべて理由がある。この数日で僕は生まれ変われるはず。眠れないほど痛いわけではないので、そう信じながら眠りにつきたいと思う。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

久し振りの名古屋。

福岡から戻って一日明けて、今、名古屋にいる。僕の場合、新型コロナウイルス騒ぎの前から、オフィスは日本全国になっている。モバイルPCとスマートフォンさえあればなんとかなる。今は全然行けないのだがそれは海外でも一緒だ。かなり便利な世の中になったなととても感じている。

早速矢場とんで鉄板ヒレカツを食べる。超久々過ぎて味すら覚えちゃいないのだがやはり美味い。名古屋に来るとどうしても食べ過ぎてしまう。その昔、世界の山ちゃんで手羽先50人前を頼んで、店員さんにビックリされたのを思い出す。若かりし頃の思い出としては少々生々しい内容だ。

名古屋と言うとやはり名古屋グランパス。僕のイメージだが、スタジアムで見た試合で勝ったためしが殆どない。実のところ豊田スタジアムに訪れたことが無いのも残念でならない。東京からも大阪からも行きやすい位置である名古屋なのになかなか来る機会が少ないのも考えものだろう。

Googleフォトのアルバムを探してみても、2001年の名古屋市瑞穂公園陸上競技場(今はパロマ瑞穂スタジアムと呼ぶのか)の写真が最後だ。セレッソ大阪サポーターを名乗ってよいのかと文句を言われるレベル。しかもこの年はJ2へと降格した。もう何とも言い難い疫病神の本領発揮なのか。

よし、今年こそは名古屋での試合を見るぞ!と思い立って日程を見てみたらなんと最終節なのか。流石にその頃には延期も無いだろう。今から完璧に予約入れておくしかないかもしれない。と、そんな口約束に乗る人もいないだろうが、もしその場にいたら世界の山ちゃんに誘って欲しい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

サブスクリプションは天使か悪魔か。

このような事態になって興行やイベントが中止に追い込まれている。そのなかでも、もしかして一番割を食っているのは芸能関連だろうか。コンサートや舞台が延期や自粛ムードに満ちあふれている上に、ライブハウスで感染者が出るなどのニュースが拍車をかけてしまっている感がある。

流石に無観客で行なうわけにもいかないのではないかと僕なんかは思ってしまう。しかしながら路上ライブはいつもそんな状態なのかな、とか考えたり。僕にはこの方向の才能がまったく無いので分からないけれど、自分自身を安売りしないよう常に意識しているところにプロ魂を感じる。

最近、アマゾンプライムミュージックに大物アーティストが曲を提供していたりしているようだ。先日も見ていたらなんとaikoさんの楽曲が含まれていることに気付いた。音楽配信には消極的なイメージもあった。時代の波もそうだろうが、やはりサブスクリプションへの流れになるのか。

利用期間や利用時間、その利用量に応じて料金を支払うというビジネスモデルであるサブスクリプション。いまどんな業界でもこのキーワードで埋め尽くされようとしているのだろうか。Jリーグを見るためのDAZNなどは良い例だ(さて、Jリーグが見れない今、課金はどうなるのかな?)。

飲食店などでは試行錯誤を繰り返しているし、売る側買う側双方でも様々課題があることも分かってきている。金銭的価値だけで考えると意外と損している感もあるこのサブスクリプション。しかしながら諸々のトータルコストでものごとを考えてみると、また違った見え方がするものだ。

DAZNサッカーではハイライト映像も準備されている。例えばまとまった時間を取れない方などには、フルタイムは必要ないのでハイライトだけ見放題、になった場合の料金体系の変動など。そんなビジネスモデルも視野には入っているだろう(当然視聴ログがあるのですぐに判別される)。

加入しやすく離れやすいのも特徴だ。なので、サービス提供元はお客様の動向やフィードバックに多くの工数を割くことにもなるだろう。ここにはAIなどの技術も用いられるだろうが、人の感情を微妙に読み取る「ヒトならでは」の部分もあるだろうし、働ける場所にもなるかもしれない。

はたしてサブスクリプションはこの世の中にとって天使なのかそれとも悪魔なのか。いずれにせよ早かれ遅かれほとんどのサービスが「モノを所有する時代」から「…

インターネットは大事。通信はもっと大事。

三月三日。桃の節句である。巷では休日に、という話題もあるようだ。よくよくインターネットなどで調べてみると桃の節句とは和名で、漢名でいうと「上巳(じょうし)」だとのこと。やっぱり色々と調べてみることでより知識を得られる。どこで役に立つのかは正直分からないが。

それにしてもインターネットは便利だ。知らない内容はインターネットで調べてみると大半が出てくる(とは言え昨日のような相当過去で誰得情報は別)。当然専門家の方ばかりではなく一般の冷やかし程度も存在するため、情報の取捨には苦労する。今、その整理に追われる毎日だ。

これから「5G」という高速通信も視野に入れさらにインターネットが活発になる。大容量データ通信が可能となることで様々なジャンルで可能性が広がる。今、プロ野球や東京ガールズコレクションなどでは無観客でのイベントを開催しているようだが、概念が変わってしまうだろう。

前述のビデオ会議などとは比べ物のならないくらいのパラダイムシフトが間違いなく起こる。自宅にいながらにして「まるでスタジアムの観客席にいるような」といった感覚ではなく「スタジアムで前後左右にファンがおり、四方八方からの声援」という臨場感を味わう日も相当近い。

そんな未来のためにも今のこのウイルス騒ぎが早く沈静化するよう祈っている。今週はまだ出張が続く。僕はよく身近の若者に問いを出す。「固定観念を除外したうえで、東京から大阪に最短で行く方法は何かを考えてみて欲しい」と。今一番欲しているもの。それはどこでもドアだ。

戻る。Wikipediaを見ると節句とは5つも存在する(人日(じんじつ)1月7日、上巳(じょうし)3月3日、端午(たんご)5月5日、七夕(しちせき)7月7日、重陽(ちょうよう)9月9日)ことを今知った。インターネットは大事。そして、それらを支える通信はもっと大事だなと感じる。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

1994年、福岡の記憶。

九州の福岡県に来ている。2020年に入ってまだ二ヶ月経ったところだが既に三度目だ。飯が美味いので良いのだが前の二回とはまったく違う空気感である。飛行機に乗るために訪れた羽田空港も人があまりいない。これは新型コロナウイルスの関係で外国人が少ないのはほぼ間違いないだろう。
福岡空港が綺麗になっているのはもう見飽きた。僕自身、なかなかプライベート旅行することが少なくなったなあとか思いながら、それでも来たからにはちょっとでもその街を味わって帰るのが僕の流儀・・・だが、それもやり切った感もある。今日も遅くまで仕事してやはり旅感覚ではない。
福岡と言えば博多の森だ。様々思い出があるこの地だが、最近、よく頭の中に浮かんでは消えるのが1994年の天皇杯。浦和レッズとの準々決勝。博多の森陸上競技場のほうだった記憶がある。しかしそれ以外の内容はほとんど僕には残っていないのだ。それが何故なのかはまったく分からない。

結局、ファイナルまで勝ち上がったあの天皇杯でこの試合だけ覚えていない理由を必死に探してみても、どうも情報に辿り着けない。脳裏に焼き付いているのは浦和レッズサポーターの姿。23,000人くらい入っていた(らしい)この試合。いつの日かどこかから、何かが降りてくるのだろうか。

当時にスマートフォンなどがあったならば、この記憶を留めておくことができただろう。そんな経緯もあり、今の僕は、どんなときでもパシャパシャ写真を撮ったりしている。いつか何も思い出せなくなったときに、ふとしたきっかけになるよう、これからもひたすら被写体を収め続けるのだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

良質なソース。

Jリーグの無い週末。自宅から一歩も出ない(いやパグのクロヱさんの散歩には行くか)週末。サッカーファン誰しもが何度かの週末を同じ気持ちで迎えることになる。良い意味でリフレッシュしているサポーター。悶々と過ごしているサポーター。SNSを見ているとそれぞれ存在している。

その間にはオイルショックやら米騒動やらが起こっているようだ。たしかに昨日、近所のマーケットに行ったらすっからかんだった。なんでこんなことになっているのか、そのときまで気づいていない僕もどうかと思うが、それ以上に冷静に対応や対処していきたいと強く感じてしまった。

そうは言いながらTwitterなどをほとんど読んでいない僕のソース(情報源)はFeedlyに流れるブログやニュースだ。FeedlyとはRSSリーダーで、登録しているソースを自動巡回で収集してくれるアプリケーション。GoogleリーダーやLivedoorリーダーが無くなった今もう手放せないツールだ。

そのソースでこんな記事を見つけた。塚本泰史さんと早川史哉選手の対談。特に塚本さんは、2010年3月のNACK5に僕もいたこともあって、とても気になっていた(実はあの試合かなり遅くなって大宮駅からタクシーに乗ったのだが、運転手さんがFC東京の森重真人選手のおじさんだった)。

まあ自分のことはさておいて。この対談記事のなかで非常に意識してしまったところがあったのだ。それが「「頑張れ」は正しい?間違い?」というフレーズだった。詳細はサイトの関係で割愛するがこの「頑張れ」という言葉には二種類の意味があるのだな、と今更ながら考えさせられた。

ファンやサポーターも試合中に何気なく使ってしまうこの「頑張れ」という言葉。そんなことを書いている僕も、仕事柄いろいろな場面で利用している。しかも反射的なのが大半だ。良い悪いだけを問わず、口にする瞬間瞬間でしっかり整理し、様々なことを考えていかなければならないな。

その2010年3月7日の大宮アルディージャ戦は0-3とまさに完敗だった。試合内容はともかくだ。クラブ、選手だけに留まらず、ファンやサポーターを含む大宮アルディージャの方々の物凄い気迫。それらを実に鮮明に覚えている。そう言えば友さんが亡くなったときのうちの試合もそうだった。

休みにはこういう記事を読むに限る。塚本さんはこの対談のなかでセレッソ大阪サポーターについて語っ…

時間は「無くなる」ものではなく「生み出す」もの。

昨今の新型コロナウイルスの関係などで仕事にもかなりの変化が訪れている。少々不謹慎を承知でだ。これを機に、できること、できないこと、やれること、やれないこと、やりたいこと、やりたくないことを整理したいと考えている。外部環境や内部環境といった阻害要因も無くはないのだが。

僕のスタンスはあくまで20-80ルールだ。80%の力で抱えているすべての仕事をやりきったうえで、20%(まあ月金で働くとしたら一日)を「新しいことを生み出す時間」に費やしたいと常々思っている。その20%でどんなことを見つけられるのかを想像するだけでゾクゾクしてきてしまうのだ。

職業柄、多くのアイデアを耳にしたりする。その大半は既に結論が決まっていて(そしてそれは作られた数字でまさに捕らぬ狸の皮算用だ)逆算というシナリオを辿っているケースに明け暮れる。際限なく見てきたせいか、ゼロイチを生み出すお手伝いをしたいという思いが大きくなっている。

ところがいつも聴かされるフレーズに「時間が無い」がある。僕は、時間はアイデア同様に「無くなる」ものではなく「生み出す」ものだと思っている。短期的に時間が少ないのは仕方がないとしても、中長期的に20-80を作り出す努力ができれば、と可能性を見出す行動を取るべきなのだろう。

今この時代。何が成功するのかなど誰にも分からない。例えばアップルがiPhoneを誕生させたとき(このデバイスが生まれてまだ十数年しか経っていないのはまさに奇跡だ)オーディエンスの声に多く存在したのが「タッチパネルなど流行るわけがない」という先入観からくる感情の声だった。

人は誰しも一日24時間というキャパシティを与えられている。しかも死ぬまで。この長い時空を自分のものにするか、自分のものにしたいと思うかによってすべては変わったりするのだと僕は考える。そう考えるだけで、案外、学ばないといけないことは一体何なのかに気づけたりするものだ。

例えば、一日を15分単位に区切ってみるだけで、96ものターンを自分で好きに組めるようになる。もちろん自分の力だけではどうにもならない場合も存在する。悩んでも仕方ない。その時間でさえも15分単位で仮に区切ってみたら、果たしてどんなことが起こるのだろうか。試してみて欲しい。

さて、昨日の話の続きではないが人には特性がある。「現状を維持する」、「今の姿を少し変える」、「現状を全…

ゆで卵(のことじゃなく)。

ゆで卵を剥くのがどうも苦手だ。最近はお昼ご飯に一個食べる習慣にしている。しかしながらこの殻の処理に手こずっている毎日だ。何をどうやってそうなるのかが不明だが、どうしても僕の指が白身ごとえぐってしまう。元来運動神経の良いほうではないが、ここまでくると笑えてしまう。

人には向き不向きがある。仕事においても得意な分野とどうしても駄目な苦手分野が存在する。文系理系、事務職系と技術職系、運動系と文化系(これはちょっと違うか)。生まれ持つ能力や経験によっても変わってくる。自分のなりたい姿とのギャップにも苦しんでしまうことだってある。

ルヴァンカップが延期となった昨日の夜。たまたま流れてきた知人のタイムラインで「エアルヴァン杯」というハッシュタグを見た。なるほどこのような楽しみ方もあるのだなと思った。このような流れを作ることができる方の才能に少々嫉妬しながら、逆に感心の気持ちのが大きくなった。

Jリーグが始まった1990年代に同様の事態がもし起こっていたとしたら、このような状況が果たして予測できただろうか、とか考えたりしている。それ以外にも、「今日からサポーターになる」的なブログのアクセスが凄いことになったり。得意な分野で表現可能な時代になってきたのだろう。

そういや、話を戻す。そのゆで卵。一番剥きにくいと感じたのはあのコンビニエンスストアのものだ。「なら自分で作れよ」と言われている気配を感じるのは気のせいだろうか。できればとことん「食べるの専門」でいたい。その才能は十分持ち合わせている。舌の出来は想像にお任せする。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

天命をまだまだ知らない。

iPhoneを持って十年。何の心境の変化か。多分初めてだと思うがケースを付けることにした。3、3S、4S、5、6S、7、Xs。この間に落として破損したこと二回。それでも頑なに保護せず生きてきた。「歳を取ると守りに入る」なんて言葉とは同居したつもりは無いが、これが意識というやつか。

もはや今となっては誤解を招くことも皆無であろう。”カズ”三浦知良選手は別格としても、横浜FCの中村俊輔選手(そういや昔はよく似ていると言われたものだ)とガンバ大阪の遠藤保仁選手にはとびっきりのリスペクトを持っている。年齢以上の、サッカーにかける思いの質量に対して、だ。

よく「歳の差なんて関係ない」と耳にするが、直接そこに関わる人からすると重要だ。僕も若い方々と一緒に仕事をする機会が多いので感じる。現代における必要な才能の伸びしろが半端ない。ましてやサッカーの世界ではそのスピードが、ビジネスにおいてのそれとはまた違った状況だろう。

令和の時代に僕のようなおっさんが必要なのかどうか考えてしまう。もちろん、やれることだけをやって、それなりのお金を稼いで、過去の栄光を偉そうに語る生き方も決して駄目だとは言わない。でもそれだけで良いのか。もっと自分を高めないといけないのではないか、とも思ってしまう。

さてJリーグ開幕戦。セレッソ以外に実は両クラブそれぞれの試合も見た。中村選手、遠藤選手共に、まるで”不惑”そのものだった。感動してしまった。と同時に、僕自身も、何かまだまだやれることがある気がしてきた。不肖イバ。今年なんと晴れて五十。とは言え天命をまだまだ知らない。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ポジティブに考えられる材料があるのは心の支えになる。

昨日も書いていて多少繰り返しにもなる。このような状況になるとどうしても「ツイている」「ツイていない」という気持ちになってしまう。毎日神頼みをして、上手くいかないと責任を押し付けてしまう自分勝手の悪い癖だ。もう少しポジティブに物事を考えてみる必要があると感じる。

身近にもアジアチャンピオンズリーグに出場するクラブのサポーターがいたりしてアウェイの旅費をどうしようかと悩んでいる様子がうかがえる。またSNSのタイムラインを眺めていて、今日が仙台旅行になっている方々もちらほら存在する。同じサッカーファンとしては非常に心が痛い。

先日誘っていただいた「卓球新年会」で感じた卓球の面白さに端を発し、気の合う仲間で卓球を行なう予定があったのだが、泣く泣くキャンセルした。その際の電話口での店員さんの「やっぱりそうですよね・・・」という言葉。同様のケースが多いのだろうと申し訳ない気持ちになった。

幾度の災害の際にも起こっていた「やるべき」「自粛するべき」という狭間で僕らは生きていくことになる。ストレスのなかで戦っていくという言葉がまさしく事実だろう。「常に考え」「遅滞なく」「正確に」「漏れなく」対応していかなくてはならない立場の方々には本当に感謝したい。

いま新しいプロジェクト(と呼んで良いのかな?)を数名の志士で進めている。将来や未来を考えるだけでワクワクしてしまう。まだまだ発表できない内容も多い。この先進まないことも出てくるだろう。だが、こんな状況だからこそポジティブに考えられる材料があるのは心の支えになる。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

Jリーグ開催延期決定。

うん、花粉がひどい。まず目が相当痒い。あとなんと言っても鼻水がエンドレスだ。この調子だとなんだか(もともと無いのだが)集中力も削がれてしまう。毎日薬を飲んだりマスクをしながら暮らしている。まあ僕以上に辛い思いをされている方もいるので、少しの我慢が必要なのだろう。

日本国内における新型コロナウイルスの状況もかなり大変だ。政府の対応が良いか悪いかなど僕には到底分からない。分からないなりに多くのニュースを見たり情報をつぶさにチェックしたり。亡くなられた方や感染された方も多くいらっしゃるので、もちろん、早く終息してほしいと思う。
今日、Jリーグは、3月15日までに予定していた全公式戦の開催を延期すると決定した模様だ。これに対しても僕は正解かそれとも不正解かを問えるような立場では無い。ただ、やはりサッカーを見たいと思う方が不安な状況では試合を楽しめない。決断としては、正しいと言える気もする。
J1リーグが27試合、J2ルーグが33試合、J3リーグが18試合そしてルヴァンカップの16試合。全体で94試合だという。2019年度の一試合平均入場者数がそれぞれ20,751人、7,176人、2,396人なので、単純に考えると、少なく見積もっても延べ100万人の方々の観戦機会が損失したことになる。
前売りチケットを購入しているケースがある。いやチケットだけではない。アウェイへの交通手段の予約、付随して当然ながら宿泊施設などに影響が出る。今時点ではこのような試合に関連している外部要素について発表はされていないようだ。これから先のJリーグの動向に注目していきたい。
こんなことを書いていたらセレッソ大阪からも多くの情報が流れてきた。今、日本全体が我慢のときなのかもしれない。この大変な時期を乗り越えた未来。Jリーグの試合を見れると願って前に進む。そのために少しでも自分自身でできる努力。後ろ向きにならずに明日からも生きていくこと。

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「何故その選択をしたのか」。

セレッソ大阪の試合を見てきていると、フォーメーションや選手選びなど監督による「何故その選択をしたのか」というシーンによく出くわす。それは監督によってまったく感覚が違うだろうし日本人と外国人の差もある。香川真司選手のケースなどが、選択という言葉により重みを増す。

人が何かを選択するとき、様々な思いや多くの葛藤が頭の中を駆け巡る。中でも「ヒト」「モノ」「カネ」「ジョウホウ」という資源の選択ならまだしも、一個人を選ぶという行為は、選ぶ側にも選ばれる側にも「感情」というなんだか得体の知れないものがドクッと溢れ出してくるのだ。

水沼宏太選手の横浜F・マリノス移籍で空いた右サイドハーフのポジション。プレシーズンマッチの京都サンガF.C.戦、ルヴァンカップの松本山雅FCそしてリーグ開幕戦の大分トリニータ戦では坂元達裕選手が全試合フル出場した。左足のテクニックと深い切り返しが印象的な三試合だった。

また彼には90分間走り切れる体力もあることを知った(こんなことを書くとモンテディオ山形のファンの方に怒られそうだ)。このポジションには新加入の西川潤選手やアビスパ福岡から復帰した前川大河選手がいる。しかし、確かにどこから見てもファーストチョイスしたくなる選手だ。

何かを選択するとき僕の場合は直感を信じることが多い。それはまるで居酒屋で焼き鳥を注文する際にタレかシオかを決めるのに似ている。これはちょっと馬鹿げているかもしれない。だが、心の声に素直に耳を傾けて出した答えが正解だったことも。考え過ぎないほうが良いときもある。

感覚で物事を決断していくのは決して悪くないと僕は思う。もちろん知識に基づいた根拠も大事である。そんな判断材料が直感を鈍らせることも忘れてはならないと感じている。五感を信じてみるのもときには必要だ。レゴ®シリアスプレイ®で言うと視覚、触覚をフルに活用してみるのだ。

レゴブロックを掴む瞬間。考えるより先に手を指先を信じる。信じて選んだレゴブロックを用いてひたすら作品を創り上げていく。「直感」という「感情」。突き動かされて僕らは何かを選択する。ロティーナ監督の選択の素晴らしさを知る。何故その選択をしたのか。そこに興味がある。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

シンプル。

久しぶりにレゴブロックを洗浄しようとダイソーに行ってきた。当然のことながらマスクは売り切れだ。今日の目的は洗濯ネットとオキシウォッシュ。しっかりと買い込み、何回かに分けて洗濯ネットに詰めてつけ置き洗いする。そして、そのままベランダで干しておくのがシンプルで良い。

他クラブ同士の試合を見ることは結構稀だ。しかしながら今日は少々調子も良くない。なので朝にレゴブロックの洗浄を行ない午後は本を読みながら何試合かテレビ観戦をしている。今はエンペラーズカップチャンピオンの神戸とJ1昇格した横浜FCの試合の合間にブログを書いているところ。

実況を聞いているとこの試合は鳴り物による応援行為が無しになっているらしい。なるほど、このボリューム感は非常に欧州風味だ。僕にとってはシンプルで心地よく感じる雰囲気。そればかりが気になって試合内容が入ってこないのも一理ある。こういうときにサポーターの凄さが分かる。

チャンスには歓声が溢れ、ピンチとなると野太い歌声が選手たちに勇気を与える。まさにシンプル。僕の理想の「試合の流れとシンクロする応援」。時勢の折この決断に踏み切った両クラブが素晴らしいと思う。少し不謹慎だが、そこからこのような雰囲気が生まれ、何か感じるものもあった。

応援が楽器や歌中心になっている昨今のJリーグ。何か事故が起こる以外ではあまりお目にかかれないこんな試合をどう捉えるか。僕は後者が好みだがもちろん価値観の相違はある(これについては改めて書く)。ときには他クラブの試合を見てみるのもあり。やはり何事もシンプルな感が良い。

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第1節 大分トリニータ戦。

タイミングとはこのように訪れるのだろう。昨日、箱根からの帰りに新宿西口にあるブックオフに立ち寄った。ご存知の方は分かるだろうが新宿駅の東西に存在したブックオフが数ヶ月前に統合されてしまった。なので大の本屋好きである僕としては、少々辛い人生を送っているのだった。

話が逸れた。そのブックオフで色々探しながら歩いていると一冊の本を見つけ、その前で立ち止まった。「俺か、俺以外か。」先日初代セレ男に就任されたローランドさんの名言集だ。以前から読みたいと思っていながらサボっていた自分が憎い。僕は躊躇せず手に取ってレジへと進んだ。

そのローランドさん効果もあってか、2020年シーズンも開幕戦を勝利することができた。お客様との会合があり今年もスタートはテレビ観戦。主導権を握られっぱなしの、とても難しい試合だった。内容はともかく失点せずに終えられ(最後の最後は冷や汗が出た)、感謝をしたいと思う。

気になるところもいくつかあって修正してかないと不味い気はした。しかしながら数人の新戦力はフィットしている感もあるし、これは先々が非常に楽しみになってくる。もう少し力が付いたなら「夢に近づくのではなく、夢のほうから俺に寄ってくるはずだ」という言葉も聴けそうだな。

それにしても大分トリニータは素晴らしいサッカーをしている。いや大分だけじゃない。今のJリーグはどのクラブも最後まで走り抜くサッカーだから面白いのだ。今改めて言いたい。Jリーグを見にスタジアムへ行こう。そこには、まさに夢と魔法の国に匹敵するファンタジーが溢れている。

余談だがまたメディアで話す機会をいただけそうだ。やっぱりセレッソ大阪を好きになって良かったなとつくづく思ってしまう。1993年夏。父の言葉。スケールは違えど(もちろん僕が低い)奇しくもローランドさんもお父の言葉に影響を受けたとこの本に書かれていたのが印象的だった。

その「俺か、俺以外か。」昨年10月以降セレッソファン、サポーターも手にしただろう。僕は今さっき読み終わった。なんだか中古本で済ませようとしたのがとても申し訳なく感じる。五十前の男が読んでも素敵だ。のめり込んで一気読みしてしまった。多くの方に見てもらいたいなと思う。

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バックエンドのプロフェッショナル。

録画していたセレッソ大阪寮母である村野明子さん出演の番組を見た。具材選びや目分量で入れる調味料などを見ているだけでプロフェッショナルという言葉を感じさせられる。我がクラブの未来の選手たちを育てる大事な役目だ。メディアへの露出は本当にありがたい。素晴らしいことだ。
これは何もセレッソ大阪のことだけではない。まさにJリーグすべてのクラブにおいてバックエンドの方々のご努力によるところが非常に大きい。そしてその方々のご苦労が見える化されているのが嬉しい。僕らファン、サポーターにはそのバックエンドの状況を知る義務があるのかもしれない。
僕らサッカーショップ蹴球堂も言ってしまえばファンやサポーターのバックエンドのような存在であった(今もその思いだ)。なかなかスタジアムでオフィシャルグッズが買えなかった時代に上手く活用していただいたり。誰かの幸せを後ろから支える。世の中の仕事はほぼその仕組みだろう。
表には見えてこなくても素晴らしいプロフェッショナルがいる。そんな方々が僕は大好きだ。どんな仕事にも楽しさはあり、もし自分がやりたい仕事に就けなかったとしても、その仕事を楽しいものにしていければいい。それがプロフェッショナルへの一歩だということを若い方々に伝えたい。
この週末箱根に行ってきた。そこでも多くを意識する機会があった。たくさんの刺激と決断。たったひとつの問いだったがレゴ®シリアスプレイ®を行ない、見つけることができた。僕はどこまで行ってもバックエンドのプロフェッショナルを目指す僕がそこにいた。間違っていない生き方だ。
話は戻る。村野さんのご飯を食べて育ったアカデミーの選手がこれからトップへとどんどん上がっていくはず。その姿を見るために僕らは待ち続ける。バックエンドのプロフェッショナルが支えてくれていることを決して忘れてはならない。これが選手に限った話でないことは誰にでも分かる。
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地域清掃活動に参加して感じたこと。

先日、とある地域清掃活動に参加した。マスク、手袋姿でビニール袋とトングを持って自分たちの街を歩きながら落ちているゴミを拾うこと30分。歩道や道路脇にある花壇などが中心だ。いやいや、たかが30分と言うなかれ。大きいゴミ袋が半分ほど埋まるくらい拾うことができたのだった。

その拾ったゴミのなかで一番多かったのは、ご想像のとおり「タバコの吸い殻」だ。これはもう圧倒的である。東京都の道路の大半は歩きタバコが駄目になっているようだ。たしかに見る機会が圧倒的に少なくなった気はするが、まだまだこれだけ落ちているのだなと少々戸惑いを隠せない。

次は「缶」や「ペットボトル」だ。飲み終わったあとゴミ箱へと行くこともなく道端へと投げ捨てられているのだろう。思えば東京に来たときからかなり感じていた。この街の道路に設置されているゴミ箱らしきものが実に少ない。そのせいとは決して言わないが少なくはないと感じている。

昨今のコロナウイルスの影響なのだろうか。マスクの投げ捨てが非常に多い。ゴミとしてもどうかと思うが、家に辿り着く前に取り外していることが気になる。できればしっかりと帰宅するまで装着しておくのが良いのではと思う。それだけで市中のゴミにもならずに済むし一挙両得である。

サッカースタジアムでも試合終了後に清掃活動が行われる。ワールドカップ時など海外メディアで絶賛されたりする。ゴミが出たあとに片付けるのももちろん大事だがひとりひとりがゴミを出さない努力をするのも必要なのだと僕は思う。出たゴミは持って帰るか、もしくはゴミ箱に入れる。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP