時間の問題だとは理解していたものの、こうあっさりと発表されてしまうと心も身体もぐったりしてしまう。理由など聞いたところで何を言われたとしても信じることもできないだろうから、まずはこのシーズンを何とか戦い抜くことに賭ける。
個人的なことだけ書くとすれば、いまのサッカーを全面的に肯定すること自体、僕のなかではできていない。だから新たに形を作るという流れには少なからず理解しようと努力はするが、考えている問題はむしろそこではなく、もっと根が深い。
物事すべての構造は相互尊重ミューチュアルリスペクトでできている。信頼を失うというのは、この構造そのものの瓦解と言っていい。クラブと選手もそう、選手とサポーターもそう、そして、クラブとサポーターも、当たり前だが相互尊重だ。
そういう意味だと、多くの話を聞いてきて感じるのは、このリスペクトの精神がまったく存在していないと考えていいのだと、僕の脳味噌が訴えかけている。一体どこでそうなってしまったのかと思い返してみたら、終わりの始まりに行き着く。
今日、ディエゴ・マラドーナさんのお別れの会の映像を見た。ファン、サポーターによる数々のリスペクトの姿に、泣かない僕ですら涙腺が耐えられない状態だった。国のそしてチームのレジェンドに対する人の思いというものはまさにこれだ。
片方向じゃだめだ。一方通行ではだめなのだ。あくまでも両方向。だからこそ相互尊重ミューチュアルリスペクトなのだ。それがしっかりと確立しているからこそ、感動や辛い出来事も共有し合って前に進めるし、行動していくことができるのだ。
レジェンドには未来永劫いつまでもリスペクトの気持ちを持っていたい。レジェンドも人間。僕らも人間。過ちもあれば迷いもある。だが、根深く存在するものを断ち切る勇気とやらは、そう簡単に手に入るものでもない。涙腺同様、実に弱い。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP
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