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11月, 2018の投稿を表示しています

第32節 川崎フロンターレ戦。

暑いのか寒いのかわからないこの11月という季節。嫌いじゃない。嫌いじゃないが服装に困る。そんな基本的な仕事の格好はTシャツ、ジャージかジャケット、そしてデニム。先日もとある大学を訪れたのだが、そんなときでも最近はあまりスタイルを変えていない。

スーツを着る機会がめっきり減ったので、ときおりスラックスを履くときには胴回りに緊張感が走る。そうならないためにも定期的に足を通しておく必要があるなと感じる。日常とはそんなことの繰り返しなのではないだろうか。「人生は連続する刹那」だと言える。

Jリーグと関わって25年、悲喜交交、様々なシーンを体感してきている。たまたま昨年は運良く二度も素晴らしい経験をしたが、良いことだけが起こるわけでもない。そんな瞬間瞬間をどう生きるのか。サポーター生というものは、実に「連続する刹那」なのだと思う。

結果はご存知の通り、聖地長居で川崎の優勝を見ることになった。しかしながらその「連続する刹那」に一寸の釘を打ち込んだ。選手たちの気持ちかもしれないし僕らサポーターの持っている何かかもしれないが、この試合に勝つことの意味を強く知ることができた。

翌日、既にJ3優勝とJ2昇格を決めていたFC琉球に、6−0と勝利したU−23。川崎戦の想いがそのまま伝わった試合だった。一日一日は「瞬間」でしかないのだがこのように毎日を積み重ねることで物語になっていくと実感する。その輪にいられるのが殊更幸せなのだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第28節 名古屋グランパス戦。

公私共にバタバタしておりなかなか書く時間が無かったと久々に言い訳してみる。このバタバタという言葉。便利なのか周りから見たらはた迷惑なのかそれとも「どっちでもいい」なのかはよく分からないが、なんとなく使ってしまう悪習慣。お恥ずかしい限り。

そんな中、バタバタの原因である「それほど悪くないのになんで上手くいかない」の同義語を探している。そして、それをどうしても見つけられない自分がそこにいる。自らで解決できることできないことがこの世の中には多々ある。そんなときには本を読むに限る。

その本をサラサラと読みながら頭の中を整理してみる。立ち返ってみて自分の振る舞いはどうだったか。相手を理解していたか。自分は相手をどう見て、相手は自分をどう見ていたか。そこに、その行ないに合意はあったか、それともそれは単なる同意だったのか。

名古屋戦の選手たちもそのような気持ちで戦っていたのかなと重なってしまう思いで試合を見ていた。やりたいことも分かるしそれが上手くいかないもどかしさも。いつの時代も結果というものは実に残酷である。だが僕らは少しずつでも前に進むしか無いのだ。

書いてみると少々落ち着いてくる。文字や文章というものは人の感情だ。実に素晴らしい。心の葛藤を現実を受け入れつつ次のステージをどう迎えるのかを考える必要性がある。まずは、自分自身のミッション・ステートメントを書き直してみることから始める。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


第31節 鹿島アントラーズ戦。

学ぶことを怠ると間違いなく成長はない。そんな思いが頭の中を充満するここ最近だったわけだが、時間が進むのは途轍もなく早く、過ぎ去っていく。喉元過ぎれば熱さを忘れるという言葉通り、自分の甘さによって意識から消えてしまう。人の記憶とは、実に儚い。

平日夜の試合を見ることが叶わないのは仕方ないとしても、辛いシーンをリアルタイムでなくあとで確認するのは本当に厳しいなといつも感じる。サッカーだから勝ち負けは仕方ないとしても、過去からの学びが継続できないクラブ全体の課題のほうがもっと厳しい。

どんな組織もそうだが、フィロソフィーというかポリシーというか一本筋として関係者のすべてに植え付けられるものの存在。それがわずかでも欠如すると一枚岩になれないというジレンマに陥る。頭で考えるだけではなく身体が自ら動きだすようなものなのだろう。

そんなフィロソフィーとかポリシーは「偉大なる先人」の場合もあるし「語られた言葉」なのかもしれない。それが組織の中で生き続け伝えられていくことの大事さ。時代と共に変わり続けるものと変わらない価値観を持つ。今、それこそがどんな組織にも必要だ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP