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アミーゴは見てくれている。

サッカーショップ蹴球堂長居店が閉店して一年半になる。諸々の事情でなかなか次の場所も見つけられないのではあるが、多くの方に気にしていただけて本当にありがたい。なんとかポジティブに捉えて前に進みたいと思うが、僕らはどんな方向性で未来を迎えるのだろうか。

そんななかで今現在インターネットのみに店舗を置いて展開している。サッカーショップ蹴球堂BASE店である。現在は2デザインの三色展開でしかないのが本当に申し訳なく思っているが、そのような状況であってもTシャツを購入していただけていることに非常に感謝している。

先日もとある機会でお会いした方から「NEVER STOP,NEVER GIVE UP。すごく勇気が湧くワード。是非購入させていただきます」というお言葉と共にご注文を頂戴した。僕自身のモチベーションもアップしたがそれ以上に”アミーゴは見てくれている”という嬉しさのほうが大きい。

現在新たなデザインもかなり考えており、これからもアミーゴに見てもらえるよう努力して参りたい。2006年から毎年繰り返してきている僕らの試みは、たとえリアルな店舗が無かったとしてもひたすら続けていくつもりだ。言葉に込めたメッセージを多くの友に届けていく。

またいつの日かスタジアムを訪れる多くのファンやサポーターが、試合前そして試合後に集える環境を創りあげていきたいと思っている。多くの笑顔と出会える日がどんな毎日になるのか。夢を見る時間が長いのは申し訳ないが、この気持ちの持続は決して止まらないのだ。

今日、これから今年始めての観戦に向かう。いつものように僕の胸には燦然と「NEVER STOP,NEVER GIVE UP」が光輝く。いくら時間が経っても色褪せないこの言葉を噛み締め横浜Fマリノス戦に臨みたいと思う。スタジアムで顔を見たら是非声をかけてくださると幸いである。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

僕は金言を言えない。

調子が思わしくない。風邪っぽいこともあるが身体の節々がとても痛い。とは言え休んで床に臥すほどでもなく仕事はするし犬の散歩にも朝晩欠かさず行く。年齢のせいもあると自分自身に言い聞かせる毎日でもあるのだが、これほど急激に来たのはやはり45を越えてからだ。

親のおかげで子供の頃からスポーツだけは行ってきたおかげで何とかここまで無事生きてこられたが、ここからは老いとの共生を余儀なくされる。いつもお世話になっている先輩方の後ろ姿を、と考えているが思いのほか僕の周りには参考にならないくらいの元気人が多すぎる。

全国を飛び回ることが多いのでその際にも様々なお話をいただいたりするのだが、その言葉のひとつひとつが五臓六腑に沁み渡るくらいの金言だ。若い頃の僕はあまり人を大事にしなかった大馬鹿者だったが、それでも言葉をくれる方々には感謝だけでは足りないと感じている。

さて天皇杯の三回戦。レノファ山口との試合をゴールシーンだけだが視聴した。二発のミドルは見事だったがそれ以上にターンオーバー(というと出場している選手に失礼)のプレーヤーがここ数試合の払拭とまではいかないものの無失点で抑えられたことが非常に嬉しく思う。

試合に出られる選手がいる以上は出場できない選手が存在するのも必然。そんなときにどうすれば良いのか、を常に考えて生きているのだろうな、どうやってモチベーションを保っているのかな、と、この山口戦に出場してた選手を見ていて僕はそう思ってしまったのだった。

僕はそんなプロスポーツ選手の感情に向けてもレゴ®シリアスプレイ®メソッドを実践してみたいと常々考えている。僕はコーチでもなくコンサルタントでもないので難しい局面も多々あるとは思うが、個人個人の内省に導くことはできるはず。たとえ金言は言えなくとも、だ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

歴史から先人から僕らはどう学ぶのか。

仕事の関係で残念ながら今年の終戦記念日は靖国神社に行くことができなかったが、心のなかでお祈りさせていただいた。毎年のように書いてはいるが、今このような社会で暮らせているのも多くの先人の犠牲のうえに成り立っているからだと身が引き締まる思いでもある。

僕は周りから”マニア”と呼ばれるくらいの歴史好き(特に幕末〜明治初期)だが、最近は特に昭和史を選んで見たり読んだりしている。明治の終わりから大正を経て迎える昭和という時代。世界の中での日本という国家の存在。国民の暮らしなども含めて非常に考えさせられる。

昨日、録画視聴したNHKの番組(僕は受信料払っている)の中で描かれていた太平洋戦争に至る過程を見ていて、スケールの大小はともかく思考や行動など見ても、今の時代も言うほど変わっていないのかも、と妙に納得してしまうとともに少し不安に思ってしまう場面もあった。

今ちょうど読んでいるユヴァル・ノア・ハラリ氏の「ホモ・デウス」でも書かれているが、歴史から先人から僕らはどう学ぶのか、眼の前にある教科書をどう読み解くのか。そんな思いを強く感じさせてくれるのが8月6日や8月9日と同様にこの終戦記念日なのだと僕は思っている。

来年オリンピックとパラリンピックの間に75回目の終戦記念日を迎える。東京にいるかどうかは定かではないが是非お参りをしたいと考えている。それより今、自分自身の思考や行動を改めて見つめ直したいと思う。時間はあるようでそれほどでは無いことだけは自覚している。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※写真は2018年のもの。

思い立ったが吉日。

来週行なうワークショップの設計書をようやく書き上げ提出した。昨日の繰り返しではないのだが、この瞬間がとても心地良い。段取りができれば、あとは信じて行動するだけ。そんな毎日を過ごすのは僕にとって非常に意味のあることだと思うし、納得感に溢れるのだ。

たまたま過去のブログを見返していた。11年前、2008年の今頃は北京を始め実に様々な場所、土地を訪れていたのだった。最近は行動力が影を潜め中々出不精になってしまった我が身を憂う。年齢のせいもあるがなんだか段取りするところで挫けてしまうケースが殊の外多い。

確かに北京オリンピックなどは「思い立ったが吉日」ではないが本当に直近での即決だった。ヤフオクでチケットを探しエアなどの予約を行なってすぐさま飛び立つといった感じだった記憶がある。これに関しては段取りがどうこうという問題では無さそうではあるのだが。

そんなこんなで決めた。大阪ダービー、行く。ちょうど父の命日が近いこともあるのでタイミングが良い。どうも次の日にはJ3もヤンマースタジアムで行なわれる模様なので連チャンの様相。練習場は行けなさそうだが美味い飯を食らう時間は山程ある。行動あるのみ(何やそれ)。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※天津でのナイジェリア戦。

第22節 サガン鳥栖戦。

物事には全て理由があり必然と偶然は常に背中合わせである。事故は起こるべくして起こるが時に超常現象にも似た理解しがたい状況も訪れる。それがこの世の中であり、そこに僕らは住んでおり、そんな混沌の時代を生きている。どのような局面においても当てはまる。

だから人は準備をする。もし事故が起こったら、もしお金に価値がなくなったら、もし、もし・・・。段取り八分とはよく言ったものだが、ただ、この人という生き物は時間が経つに連れ過去のことを忘却の彼方に置き去りにする。残念ながら人間なんぞ欠点だらけなのだ。

昨日ようやくDAZNでサガン鳥栖戦を視聴した。結果的に逆転負けを喫したわけだが、モニタ越しで見たがそれほど悪い試合ではないというかどちらかと言うと全体を通して面白い内容でもあった。勝敗は時の運でもあり、勝ち点ふたつを取りに行った姿勢へのしっぺ返しだった。

それよりも悔やむべきは最初の失点であり、多分ここの守備を何度も何度も練習していたと思われるが、最後の最後でファーを開けてしまったところだと感じた(まあコーナーキックは最高だったが)。今のJ1に力の差は殆どない。こんな結末は大いに有り得るし現に起こった。

そんな結果の善し悪し以上にこのロティーナサッカーがセレッソ大阪に浸透した姿を早く見たいとさえ思った。バックラインの組み立てがハマったときやサイドにおける数的優位な状況を見ただけで、何だかセレッソ大阪が変わっていく感覚に鳥肌が立つほど興奮してしまう。

残り十試合強のなかでどれだけ勝ち点を積み上げて戦術の浸透と明確な結果の両方をこの2019年シーズンで残してくれるだろうか。指揮官や管理職には共に求められるところであり、選手の出入り、若手の台頭、ターンオーバー含めて、そのための準備が大切になってくる。

今僕はとても練習を見に行きたいと感じている。日程的に厳しいがどこかで舞洲を訪れる機会を、そう思い始めているのだった。準備と段取りが物の見事に下手くそな僕はこの先の未来どころか数日先のことすら決められないのだ残念ながら。ここが肝心なのではあるのだが。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ソニー創業者 盛田昭夫氏のメッセージ。

今、鳥栖戦を見ている。まだ序盤なのだがこの先に来る悲劇まで感情が持つだろうか。そんな「山の日」に山下達也選手が完全移籍するという何とも言えない振替休日を味わっている。まあ元来平日休日も意識していない性分でもあるので振り返られている気持ちはないが。
世間では三連休というその最中。先日たまたま見つけたこのような動画アーカイブを見ることにした。ソニー創業者の盛田昭夫氏によるウォークマン十周年について語っている。12分ほどおひとりで喋り続けている動画ではあるが、非常に興味深い内容で見入ってしまった。
「そのプロダクトがどんな人の生活を生み出すか」よりも「そのプロダクトは人の生活のどこで活かされるか」。現存するプロダクトが姿形を変え、どのようなイノベーションを起こすのか。ウォークマンの歴史を見ているとそんなことを思い出させてくれる気がしている。
今日、既に多くの技術や価値が存在しており世の中に全く無い価値を見つけ出すのは本当に難しい。僕自身もイノベーティブな企画を考えたりすることが多いが、ゼロをイチにする難しさをお腹が痛くなるくらい痛感している。また同じことを考えている人も万を下らない。
僕がとあるサービスを考えだしたとき、プロダクトというか仕組みは四半世紀前に存在していたのだが、そこに新たなテクノロジを組み込むことで違った価値を生み出すことができた。この価値を感じて頂ける方も増えていき、かなりのID数を獲得することもできたのだった。
それにしてもこのようなアーカイブがネット上に残っているのはありがたい話だ。Youtube始め見るに堪えない動画も無くは無いのだが、時たま見つけるお宝映像に心を震わされるのがインターネットの素晴らしさだろう。まだ手元にいくつかのお宝がある。無いのは時間だけだ。
※このあとで鳥栖戦は書こうと思う。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

東京ドームシティという教材。

東京ドームで開催の巨人対ヤクルトの試合を見に行ってきた。とある事情で少なくとも年に一回は読売ジャイアンツの試合を観戦する必要があるのだが、これまでとは全く違った展開(アナウンスでは13年ぶりと言っていた)のゲームになり非常に価値のある時間だった。

昨年までの観戦では最後まで居座ることがほぼ無かったのだが、手に汗握る展開(かなり寝ていたのも事実)もあり試合終了まで席を立つことは無かった。そんなイベント全体を見て多くの学びがあったのも事実で、それを見ただけでも4時間という長丁場が苦痛と感じなかった。

サッカーと比べて決定的に違うのは攻守交代における時間だ。サッカーの場合だと前後半のハーフタイムがそれにあたるのだろうが、野球の場合は3分程度のインターバルが十数回存在する。この行間を埋めているのがファン(特に子供たち)にフォーカスをあてた催しだった。

また試合終了後には、既に22時にも関わらず多くのファンの方々がグラウンドレベルに入り、多くのイベントに参加していた。サッカーでは考えられないが翌日にも公式戦を迎える野球クラブとして、その準備をしながらファンサービスを行なう姿を見て素直に感動を覚えた。

この試合に限って言えば4時間の試合を含めたイベント全てがつながっていると思えた。サッカーの試合はたかだか2時間。試合は勿論のこと、その一日をどのように「フットボールパーク」で楽しんでもらえるかが、これからのサッカークラブのファンサービスの基礎となるだろう。

スタジアムを含む僕らの長居公園がこれから様々な変化を経て、サッカーを見るのも楽しく、試合の前後も楽しく、それ以外の時間幸せに過ごせる。そんなとても素敵な空間になっていくのだろう。その日がやってくるのはまだ少し先なのかも知れないが、楽しみで仕方ない。

今、日本で一番ファンが集まる場所かもしれない東京ドームシティという「ベースボールパーク」。野球開催がなくても人は集まり、試合の当日はこの公園全体がジャイアンツ一色に染まる。そんな日本一の環境を見て考えさせられることも多い。どんなところにも教材はある。

※7点差を逆転したのは実に13年ぶりだそう。
※その試合を見るとか、まさに持っている。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第21節 FC東京戦。

人生には上手くいくときとそうでないときが交互にやってくる。堪えるところは堪えながら生きていくのではあるが、心が折れそうな場面も当然ながら来る。どのようにその壁を越えていくのか。チームとしての資質が問われるそんな瞬間。総力戦という言葉だけでは無い何か。

ようやくトップの試合をライブ観戦できるはずだったがよんどころない事情により叶わず、先程ようやくDAZNで見ることになった。結果は既に入手していたので淡々としてはいるが、相変わらずの前半と後半のガラッと変わる(勿論相手もいるから)チームを僕はかなり見飽きた。

ファーストハーフが良かっただけに3失点するような試合展開では無かったのだが何より後半最初の失点で試合展開の全てが狂ったように感じた。それ以上に前半に仕留められていたらもっと違った形で進められたのだろうが勝負は時の運。こんな試合も長いシーズンの中で訪れる。

点差ほど決定的なチームの差があるとは思えないが、言葉の壁、ひとりひとりの意識、そして何より仲間への思いやり、リスペクト。そんなものが勝敗を分けるのだろうと僕は思っている。その先にこそ戦略や戦術は存在し、そしてそれがチームにマッチすることになる筈である。

サッカーも人生も、このようなときだからこそチームとしてどのように前に進んでいくのかを求められるのだろう。与えられた時間は限りなく少ないが、その中で結果に結びつけていくかが大事になる。この言葉が自分自身の頭の中でリフレインする。もうすぐバースデーなのだが。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

広島と長崎。そして。

先月、仕事で広島に行った際に原爆ドームを訪れた。本当に久々に見た原爆ドームは変わりなく戦争の悲惨さを表していた。外国人旅行者の方々が大半。建物を説明しているボードをじっくりと読んでいる方々が多かったが、逆に日本人は読んだことあるのかなとも思った。

中学生の頃の卒業旅行が確か広島の平和記念公園と山口萩の城下町だったように覚えている。学生時代には広島に原子爆弾が投下されたという社会の勉強レベルでの知識でもあったが、大人になるにつれてさらなる情報と学習意欲が増し、知る機会も格段に増えていった。

それは2002年からクロアチアやボスニア・ヘルツェゴビナを支援する活動を始めたこともきっかけのひとつなのかもしれない。多くの方々と出会い、学び、そして伝える。戦争の無い世界で思う存分にサッカーを楽しめる幸せ。そんな当たり前の日常を噛み締めている。

2019年は正月明けの長崎と併せてこのふたつの場所を訪問できたのは非常に意味のあることではないかと自分自身の心に問いかけてみる。初めて日本に来たアミーゴが一番行きたいと言った街、広島。原爆ドーム。平和記念公園。日本人はもっと注目してもいい気はする。

どうやら今年は靖国神社を訪れることは難しそうな8月15日。僕らはまた終戦記念日を迎える。最近は中々行けていないのが悲しすぎる長居スタジアム(ヤンマースタジアムか)には「平和な世界でサッカーを」の幕が今も張られているのだろうかとひとり懐かしむのだった。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP