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8月, 2019の投稿を表示しています

リアルで魅力溢れる大正区を感じよ。

少々大阪で滞在した際に梅田周辺を歩いてみた。確か、阪神梅田駅にジュースが飲める店があったような気がして僕は階段を降りる。店はかなり綺麗になっていてかなりの人だかりになっていた。久しぶりに飲むリアルなミックスジュースの味は変わったような変わらないような。
大阪の街も変わり続けている。年に1回帰れば良いほうな僕の故郷大正区も同様。無くなってほしくないのにいつの間にやら消えていく。実家に戻るたびにそう感じてしまうのはどうやら歳を取りすぎたせいだろうか。時間の経過とともに過去も消されていく気になってしまうのだ。

大正区という街をご存知だろうか。大正時代に出来たわけでもなくたまたま大正橋という存在のおかげでこの区名になったと歴史は語る。木津川と尻無川に囲まれた橋を渡らないと辿り着けない”修羅の国”。聖地と言われる千島団地は「軍艦マンション」とも呼ばれているらしい。

総人口6万人。リトル沖縄と称されるこのモアイみたいな形をした街の変わりようが気になる。滞在時間が限りなく短いであろう次回の帰省の際にも、新たな変化が眼中に飛び込んでくると信じているがどうなるやら。そんな中途半端さも含めて僕は大正区という街が大好きなのだ。

リアル渡し船に乗れ。リアルメガネ橋を渡れ。リアルに美しい(いや過去形か)夕日を昭和山から見よ。そんな魅惑の街大正区を肌で感じてみよ。僕はこの街で人生の最期を迎えることになるはず。その場所を探す旅にまた向かう。唯一の交通手段であるバスに揺られることだろう。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

二十世紀セレッソノスタルジア。

セレッソ大阪の選手たちが次々と日本代表選出されていくニュースがITを駆使した自分独自に設定しているLINEグループに流れてくる。J3での出場機会やガールズの存在によって若い頃から代表レベルで世界と戦えているのは、成長における有意義なポイントでもあると思う。

レストランでバイエルン・ミュンヘンから来ていた御方と当時U-18の監督さんから言われた強烈な一言を思い出した。1990年台後半の出来事。そこからアンダーカテゴリーの試合を見るようになったのは以前にも書いた。そういう信念の積み重ねが今の成績に表れている気がする。

よく考えてみるとあの頃は非常に充実していた。ただ生活するだけでなく多くの方と触れ合い、刺激を貰って自分の中で解釈し実行に移していた。二十代から三十代に差し掛かるこの多感な時期の出会いによって、今の自分というものが形成されていったと途轍もなく感じる。

その中でも、セレッソ大阪というサッカークラブに関わってこられた方々との交流が今も続いている。まだまだ学ばせていただく機会を頂けていることに素直に感謝したい。「ええおっさんになったな」と声をかけてもらえただけで、歩んだ道が間違っていなかったと思えるのだ。

今日のクラブとサポーターの距離感とはまた違った関係性。そんなものが21世紀に差し掛かる間際のセレッソ大阪に存在していたような気はする。勿論のことながら今は今でとても素晴らしい関係なのだが、個人的に最近やけに”二十世紀セレッソノスタルジア”に浸ってしまう。

9月末。ちょうど父親の命日で大阪に戻る。そこでも多くの”二十世紀セレッソノスタルジア”に浸る予定でもある。信念の積み重ねの末に辿り着く場所。そんなことを考えていると早くサッカーショップ蹴球堂を復活させたくなる。そんな折に店長から連絡が。さて動き始めるか。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※蹴球堂十周年記念ユニフォームとクロヱの図。

錦糸町でベリーダンス初体験。

雨である。九州ではかなりの災害レベルだともニュースで見る。この地域のアミーゴの無事を祈っている。雨のせいか逆に東京は朝晩の気温がぐっと下がっていて、ハーフパンツなどで散歩に出かけると若干肌寒さを感じる。日本という国の天候気候は実に難しく実に読めない。

そんななかで昨日「THE SILKROAD」なるベリーダンスイベントを訪れて少し日本的感覚から離れてみた。錦糸町に足を踏み入れたのは実に5ヶ月ぶりだ。両国から一駅歩いてみたのだがこの界隈の街並みはかなり変わり果てていた。たった半年足らずなのに時が経つのは実に早い。

SILKROAD Cafeというお店に辿り着く。え?こんなんあったっけ?何時出来たの?と幼く見えるが笑顔がキュートな店員さんに聞いてみたらなんと3年ほど前。本当に?いつもこの前を自転車とか歩いたりしていたよ?僕の観察力とは所詮この程度でしかなかったのかと改めて凹む。

そもそも”踊る”という行為が全く似つかわない僕。ベリーダンスというジャンルはもちろん初体験。食わず嫌いではないのだが正直なところ接点が何も無かったのだ。今回アミーゴからお誘いを受けて赴いたこの地で、何が起こるのかも全く想像がつかないなかイベントが始まる。

うん・・・いやこれすごく良いな。なんだか心を揺さぶられる。なんだか夢を見ているのかな、そんな高揚感で溢れてくる。確かに、飲みながら食べながらダンスを楽しめるのもこのイベントの素晴らしさを更に大きくしている気がする。正直あっという間に至福の3時間が終了した。

とは言え、とてもじゃないが自分自身が踊ることは死ぬまで無さそうだ。とりあえず見て楽しむほうはまだまだいけそうに思えてきた。今回何名かのベリーダンサーさんともお知り合いになることができたので、また機会があれば見てみたい、そう思えるベリーダンス初体験だった。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「私は、そもそも人間というものに向いてないのですよ」。

誰かが誰かを応援するには勿論のことながら理由が存在する。例えば病気がちだった子供の頃に勇気を貰ったとか、近所でも評判の”ちゃんと挨拶できる子”だったとか。応援する側にもされる側にもそれぞれの論理があり、それが実に美しく調和されているところに僕は惹かれる。

若い頃から「アイドル」という生物学的行動体に惚れてしまう体質でもあった。大手を振って世界の中心で叫べるほどではないが、聖子ちゃん明菜ちゃん、おニャン子クラブに始まり今日に至る過程の中にも、ある意味特別でれっきとした僕なりのこだわりが散りばめられている。

最近ではご当地アイドルと銘打って日本全国(いや世界中か)にアイドルグループが存在し、いつでもどこでもアイドルと触れ合える機会を持つことが可能になっている。オジサンとなった今でも彼女たちの情熱に感化され応援し続けている方が僕の周りにもことさら多いのだ。

3年前の5月。アミーゴの某監督からの要請で参加した「ロリさつ」という作品により知った秋葉原女優アイドル・プロジェクト『ピカ☆マイ』。今年7月に解散したものの、ことあるごとに応援し続けてきた。その流れで映画「星を捨てて」を見るために池袋シネマ・ロサを訪れた。

内容そのものはアイドルものでありSFっぽいところあり涙あり感動あり。僕はただの映画好きなので細かい話はするつもりは毛頭無いが、ひとつだけ言えることとすれば特定のワンフレーズにとてつもない共感を得る結果となったのだ。映画の中の女子高生から教わったのだ。

「私は、そもそも人間というものに向いてないのですよ」

ポスターやフライヤーでは何遍もこの言葉を見てきたにも関わらず、映画の冒頭でこの台詞を聴いた瞬間、僕は何もかもを見透かされたような気持ちになってしまった。この思いを誰かに知ってほしいわけでは無いのだが、多分何も感じない人には到底想像もつかないのだろう。

老いも若きもなく映画に心動かされることは少なくない。どんな映画であろうとそのワンカットワンカットから発せられる極上の言葉が溢れ出してくる。「私は、そもそも人間というものに向いてないのですよ」もしこの言葉に惹かれたのなら、是非池袋に足を運んでみてほしい。

アイドルだからとか若い子たちはちょっと・・・ではなく、是非、素の彼女たちを見てほしいと切に願う。僕は何の影響力も持たないが彼女たちを応援することくらいはできる。こんな…

僕のサポーター的考え方。

先週からの繰り返しの話で大変恐縮ではあるのだが、先日のキッズイベントの僕が描いたイメージは「混沌のなかの秩序」。レゴを利用していたこともあって参加させていただいたのではあるが、改めて子供たちのイマジネーションというか感性は素晴らしいのだなと再認識した。

僕のもっとも不得意とする未就学児たちがレゴデュプロで好きなものを作っている。これもまさに「混沌」だ。しかしながらそんなカオスな中にも、子供なりのルールが存在し実にコントロールしている。この才能を活かしてどう大人になっていくか周りのサポートが大事だ。

あまり過保護になってもいけないし放置が過ぎると良くない。サポートとは付かず離れずただし本当に助けて欲しいときに手を差し伸べてあげられる、そんな気持ちがあれば人は育つのだろうと勝手に解釈しているが正しいだろうか。子供が大の苦手な僕が言うのも何なのだが。

サポーターとしても同様だと僕は感じている。歌い続けることが好きでは無かった。もっと試合を見よう、試合の流れを見よう、それからもっと選手たちの表情を見よう。そのうえで今やれる最大限のサポートの声をピッチに向かって発しよう。そんな言葉を常々口にしてきた。

クラブができてサポーターとしても黎明期を越え、今、ゴール裏にはたくさんの方々で埋め尽くされている。当然ながらファンが集まり強くなったセレッソ大阪しか見ていない人も大勢いるだろうが、だからといって歴史を押し売りする気はさらさら無い。そしてその必要もない。

姿形は変えようともDNAは受け継がれている。彼らは試合を読み、選手の息遣いを感じ取り、本当に助けてほしいと願う最善のタイミングで最高のチャントを鳴り響かせる。セレッソ大阪にしかない、いや、セレッソ大阪だからこそ、この戦い方が受け継がれているのであろう。

僕のような人間がもはや彼らに言うことなど何も無い。何かを請われても願い下げだが、若い方々に向けて常にイマジネーションと感性を伝え続けてきたことについては誇れる。長い歴史の中では僕などは点でしかないが、点と点はいつでも繋がる。それもサポートだと僕は思う。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第24節 ジュビロ磐田戦。

結果を知っての状況だが、今、見逃し配信でジュビロ磐田戦を視聴した。試合については後述するが素晴らしい内容であることにとても満足している。良いサッカーは溜まりに溜まった身体の疲れを一気に晴らしてくれる活力剤でもある。結果が伴うと更に清々しい思いだ。

僕にとってのもうひとつの栄養源、それは多くの方から聴く「言葉」だ。コミュニケーションに問題のある僕だが、金曜日のレゴ®シリアスプレイ®とその後の懇親会、土曜日にキッズイベントと昼食会で得ることができた。やはりポジティブな言葉が多くなる対話は楽しい。

昼食会ではインターンの皆さんに囲まれて本音を聴かせていただいた。自信と期待と不安が入り交じる、まさに試合開始前の気持ちに近いのではないだろうか。これから選択の時期がくる彼女らの質問が新鮮過ぎてなんだか心地よかった。僕の言葉が少しでも役立てばよいのだが。

さて肝心の磐田戦。相手の死物狂いさが伝わってきて受けてしまう時間が多かったのではあるが、チームとしての形が確立してきている気がするゲームだった。ベースは変わっていないとはいえ、鈴木孝司選手のようにすぐにフィットしてしまえる柔軟さもあるのは素晴らしい。

多分そこには言葉があるのだろう。選手同士の言葉が飛び交っているシーンが試合中でも多く描かれている。議論でも反論でもなくそこにあるものは対話。チーム力はそこから生まれてくると確信している。今のセレッソ大阪はその言葉の力を余すところ無く見せてくれている。

言葉のパワーは無限大だ。この週末は女子大生と我がクラブから教えられた気持ちで胸いっぱいになった。人前では見た目以上に緊張しっぱなしの僕ではあるが、誰かの言葉によって少しずつこの歳になっても成長している気がする。Childrenとの対話もいつか克服できるだろうか。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

また旅に出かけるとするか。

九州熊本県。あの地震から三ヶ月後の2016年7月以来か。ロアッソ熊本との試合と被災地を訪れたのを今でも憶えている。今回は時間がなかったので近くまでは行けなかったが、熊本城は今も修復工事中だろうか、赤と白の色をしたクレーンが設置されているのが遠くから見えた。

セレッソ大阪が当時まだJ2にいたことを思い出した。なかなか試合に行けていない時代(いや今もそうだろう)にどうしてもこの試合だけは見たいと思った熊本。その地でレゴ®シリアスプレイ®を行なうことを想像するどころか存在も知らなかった。時間が経つのは思いのほか早い。

多くの方の協力を受けて無事ワークショップも終了。個人のこと、仲間のこと、チームのこと、未来のこと、今できること。レゴで作っていけば行くほど深みが増していく。コンストラクショニムズ、フロー理論、「まずやってみる」思考への転換を中心に前向きになっていく。

仲間の作品を見て感じることを経て、手を使ってものを作ることで自分自身の考えに更に拍車がかかっていく。この感覚は実際に体験してみないと分からないのかも知れない。後づけ、蛇足何でもあり。まずは手を信じて動かしてみる。それは子供がおもちゃで夢中に遊ぶように。

しかしながら大人の僕らは、ただ単に遊ぶだけでなく、眼の前に展開される作品に意味付けることができる。手から発したその言葉の先に原理原則、コアアイデンティティが見えてくるのだ。それぞれの立場を越えたなかから、今回も最高の共有モデルが完成して正直心が震えた。

これから移動し今度はレゴを利用した子供向けのイベントに参加する(大丈夫だろうか)。レゴ、レゴ®シリアスプレイ®が導き出す威力はまだまだこんなもんではない。僕自身まだまだファシリテーターとしてはひよっこでもあるので努力を継続していく。また旅に出かけるとするか。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

人の感情の歴史。

歴史は繰り返す。幕末明治人間を標榜する僕だが、縄文・弥生以前の時代からの日本史全般、そして紀元前から中世にかけての世界史についても読んだり聞いたりすること少なくない。そこからまさに人間の持つ感情というものの歴史が繰り返されているように思えてくる。
そんななか、先日録画していたNHKスペシャル「全貌 二・二六事件 ~最高機密文書で迫る~」(ちゃんと払ってます)を見た。謎の多かった二・二六事件に関する極秘文書がこのたび発見されたという内容だったが、いち個人としても本当に驚きを隠せない真相でもあったのだ。

僕の中の既知情報とは違う。日本海軍による想定の範囲などを額面通りに受け取るとするならば、一歩道を間違えていたら日本最後の内戦は「西南戦争」では無くなっていたことになる。しかも首都の東京で起こるという、とてつもなくインパクトの大きな出来事であると感じた。

その詳細を記していたのがなんとその海軍だったという。資料が殆ど存在せず謎の歴史になりつつあった「二・二六事件」について少しずつ明らかになっていく。過去の情報を現代に蘇らせる技術だけでなく、過去の事実を受け止める準備が必要な時代なのだなと感じてしまう。

歴史は繰り返す。人間の感情によって繰り返されていくのだ。そんな世に僕は生きている。個人の思いに加えて、しがらみ、立場、固定観念、既成事実、やっかみ、思惑・・・。当時は乗り越えられなかった陸や海を、新たな武器を手に入れた今の時代ならどう歩けるのだろうか。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

猛犬と散歩。

最近何だか健康を意識するようになってきた自分に驚いている。若い頃は暴飲暴食と言うほどでは無いにしてもリミッターなんてものは存在していなかった気がするし、提供されたものは隅から隅まで平らげないといけないのだなと直感的に植え付けられていたようにも思える。

以前、からあげクンダイエット法(ネーミング!)を書いたことがあるが、少しペースは落ちてきたもののほぼ毎日食べている。このおかげかどうかは不明だが体重も狙い通りの値になっているので効果は少なからずある。三食必ず食べるが増減の差は思っているほど変化は無い。

またもうひとつはクロヱ(パグ♀もうすぐ三歳)の散歩量かもしれない。前の家のときは朝に散歩に行く時間がまったくなかったのだが、今は毎朝有り余るほど時間があるのでひたすら歩き続ける。犬も人も早朝からかなりバテバテになるのだが、それはそれで気持ち良いものだ。

5時くらいから暴れまわるこの犬の手伝いもあって健康を保てているのあればそれはそれで良しとするしかないな。年齢も年齢なので自分の身体くらいは自分で考える必要があることをここに来て知った。いつまでも元気で健康でサッカーを見たいから続けられるというものだろう。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

お待たせしました。お待たせしすぎたのかもしれません。

毎度の繰り返しで恐縮なのだが僕はインドア派である。「アクティブな活動をいつも拝見しています」「色々と飛び回っていますね!」「活動的なところを見習います」いやいやそんなの生活の0.0何%だから。内向的な性格だから。家のテレビで映画とかドラマとか派だから。
サッカーを含めて放っておいたらずっとテレビを見てしまうたちなので、最近は意識的に見ない(テレビを消すなど)ように努めている。ようやく映画もドラマも途中で止めることを何のためらいもなくできるようになってきた。大人への階段を登れるようになったということか。
そんななか少し前の話で恐縮なのだがNetflixで超絶話題になっている「全裸監督」を先日一気見した。年齢的にも時代背景が近いこともあってかかなり見入ってしまった自分がここにいる。ド素人として何も分かっちゃいない(と怒られている)が俳優陣の演技に素直に感動した。

そういや、昔運営していたULTRASサイト(閉鎖中)でも「ナイスですねえ」というコーナーを作って楽しんだりしていたし、かなり影響されていた感があるのも否めない。更にそれくらいパワーを持っている方々をパワーを持った方々が演じているのだから面白くない訳が無いのだ。
どぎつい描写も数多く存在しているので、今のこの時代にこのドラマが地上波で流れることは決して無いだろう。子供の頃にコソッと見ていた時代が懐かしい。そのような気持ちや思いが満載のまま大人になった自分を褒めてあげたい。僕の周りにはそんなアミーゴもかなり多い。
何だか書籍も読みたくなってきた。年末には村西監督の映画も公開されるようだ(いつ見れるのかと待ち焦がれていた)。待たされて焦らされてそれでもついていってしまうのが性分だ。そんな時には家から出てアクティブになるのだ。いつまでもどこまでもミーハーだな、僕は。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

シンプルなサポーター生を歩む。

若い頃と比べてスタジアムで試合を見る機会、特に長居へ行くことがめっきり減ってしまった(東京に来てから蹴球堂長居店を閉店してからとも言う)。サポーターという人生いわゆるサポーター生(独自語)が一体どこまで続くのだろうかと考えることが多くなっている。

今や人生の半分以上の期間をセレッソ大阪を応援し続けている。この四半世紀以上のサッカー生は嬉しいこともあれば勿論悲しみに暮れる日々も多々あったが、それでもこうしてサポーター生を歩んでこれたのはセレッソアミーゴのおかげだと言っても決して過言ではない。

老若男女問わず同じ目的意識を持ってただセレッソ大阪の勝利だけを目指して共通のベクトルとそんな距離感。会社や学校の枠を越えながらも毎週毎週同じ場所で共に戦うことで心と身体で通じ合い分かり合っていく。そんな関係性の居心地の良さが僕としては大好きなのだ。

今、このようにいい歳となったからといってその目的は変わらない。そうたったひとつなのだ。セレッソ大阪の勝利。それだけは揺るがない。だからこそ僕らはこんな長い時間を共有できているのかもしれないと感じている。僕らが考えている以上に幸せとは案外シンプルだ。

※多くの誕生日メッセージありがとうございました。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP
My妻からのバースデーケーキ

第23節 横浜F・マリノス戦。

先々週、やむを得ない事情で味の素スタジアムに行けなかったため、スタンドでサッカーをリアルタイム観戦するのは多分5月のなでしこリーグ以来ではないかと思っている。それで良いのかという叱責と共にこれほどセレッソ大阪の試合を見ていないシーズンも実に珍しい。

それにしても本当に暑くて熱い試合であった。気温は高く蒸し暑く、席にいるだけでも衰弱していくそんなゲーム。また中二日というこの時期での過酷日程。都倉賢選手の言葉を借りるならば「命を削る戦い」であったとも言える。両クラブ選手たちの頑張りには敬意しかない。

奥埜博亮選手の2ゴールと最後の最後までチェイスする姿にレジェンド現社長が重なって見えた。スピードと高さだけがサッカー選手の必要な資質ではないことを、奥埜選手は常に体現してくれている。尹さんからロティーナへ。全員で走り切るスタイルというものに感動を覚える。

そんな選手達を後押ししたのはULTRAS。あの絶妙なタイミングでの「何が何でも勝ち点3取れ」には本当に感動したし素直に尊敬する。3ポイントがどうしても欲しかったこの試合。足が止まる瞬間にチームの心をひとつにさせるチャントとはこういうものだと改めて知ったのだ。

久々ではあったが、やっぱりサッカーは現地観戦が一番いい。テレビモニタでは映し出されない色々なシーンに出会うことができるのだ。新横浜駅は28,304人の観客の一部を飲み込みかなりの混雑ではあったがこれもひとつのシーン。疲れ汗だくの身体に電車のエアコンが、沁みた。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

アミーゴは見てくれている。

サッカーショップ蹴球堂長居店が閉店して一年半になる。諸々の事情でなかなか次の場所も見つけられないのではあるが、多くの方に気にしていただけて本当にありがたい。なんとかポジティブに捉えて前に進みたいと思うが、僕らはどんな方向性で未来を迎えるのだろうか。

そんななかで今現在インターネットのみに店舗を置いて展開している。サッカーショップ蹴球堂BASE店である。現在は2デザインの三色展開でしかないのが本当に申し訳なく思っているが、そのような状況であってもTシャツを購入していただけていることに非常に感謝している。

先日もとある機会でお会いした方から「NEVER STOP,NEVER GIVE UP。すごく勇気が湧くワード。是非購入させていただきます」というお言葉と共にご注文を頂戴した。僕自身のモチベーションもアップしたがそれ以上に”アミーゴは見てくれている”という嬉しさのほうが大きい。

現在新たなデザインもかなり考えており、これからもアミーゴに見てもらえるよう努力して参りたい。2006年から毎年繰り返してきている僕らの試みは、たとえリアルな店舗が無かったとしてもひたすら続けていくつもりだ。言葉に込めたメッセージを多くの友に届けていく。

またいつの日かスタジアムを訪れる多くのファンやサポーターが、試合前そして試合後に集える環境を創りあげていきたいと思っている。多くの笑顔と出会える日がどんな毎日になるのか。夢を見る時間が長いのは申し訳ないが、この気持ちの持続は決して止まらないのだ。

今日、これから今年始めての観戦に向かう。いつものように僕の胸には燦然と「NEVER STOP,NEVER GIVE UP」が光輝く。いくら時間が経っても色褪せないこの言葉を噛み締め横浜Fマリノス戦に臨みたいと思う。スタジアムで顔を見たら是非声をかけてくださると幸いである。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

僕は金言を言えない。

調子が思わしくない。風邪っぽいこともあるが身体の節々がとても痛い。とは言え休んで床に臥すほどでもなく仕事はするし犬の散歩にも朝晩欠かさず行く。年齢のせいもあると自分自身に言い聞かせる毎日でもあるのだが、これほど急激に来たのはやはり45を越えてからだ。

親のおかげで子供の頃からスポーツだけは行ってきたおかげで何とかここまで無事生きてこられたが、ここからは老いとの共生を余儀なくされる。いつもお世話になっている先輩方の後ろ姿を、と考えているが思いのほか僕の周りには参考にならないくらいの元気人が多すぎる。

全国を飛び回ることが多いのでその際にも様々なお話をいただいたりするのだが、その言葉のひとつひとつが五臓六腑に沁み渡るくらいの金言だ。若い頃の僕はあまり人を大事にしなかった大馬鹿者だったが、それでも言葉をくれる方々には感謝だけでは足りないと感じている。

さて天皇杯の三回戦。レノファ山口との試合をゴールシーンだけだが視聴した。二発のミドルは見事だったがそれ以上にターンオーバー(というと出場している選手に失礼)のプレーヤーがここ数試合の払拭とまではいかないものの無失点で抑えられたことが非常に嬉しく思う。

試合に出られる選手がいる以上は出場できない選手が存在するのも必然。そんなときにどうすれば良いのか、を常に考えて生きているのだろうな、どうやってモチベーションを保っているのかな、と、この山口戦に出場してた選手を見ていて僕はそう思ってしまったのだった。

僕はそんなプロスポーツ選手の感情に向けてもレゴ®シリアスプレイ®メソッドを実践してみたいと常々考えている。僕はコーチでもなくコンサルタントでもないので難しい局面も多々あるとは思うが、個人個人の内省に導くことはできるはず。たとえ金言は言えなくとも、だ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

歴史から先人から僕らはどう学ぶのか。

仕事の関係で残念ながら今年の終戦記念日は靖国神社に行くことができなかったが、心のなかでお祈りさせていただいた。毎年のように書いてはいるが、今このような社会で暮らせているのも多くの先人の犠牲のうえに成り立っているからだと身が引き締まる思いでもある。

僕は周りから”マニア”と呼ばれるくらいの歴史好き(特に幕末〜明治初期)だが、最近は特に昭和史を選んで見たり読んだりしている。明治の終わりから大正を経て迎える昭和という時代。世界の中での日本という国家の存在。国民の暮らしなども含めて非常に考えさせられる。

昨日、録画視聴したNHKの番組(僕は受信料払っている)の中で描かれていた太平洋戦争に至る過程を見ていて、スケールの大小はともかく思考や行動など見ても、今の時代も言うほど変わっていないのかも、と妙に納得してしまうとともに少し不安に思ってしまう場面もあった。

今ちょうど読んでいるユヴァル・ノア・ハラリ氏の「ホモ・デウス」でも書かれているが、歴史から先人から僕らはどう学ぶのか、眼の前にある教科書をどう読み解くのか。そんな思いを強く感じさせてくれるのが8月6日や8月9日と同様にこの終戦記念日なのだと僕は思っている。

来年オリンピックとパラリンピックの間に75回目の終戦記念日を迎える。東京にいるかどうかは定かではないが是非お参りをしたいと考えている。それより今、自分自身の思考や行動を改めて見つめ直したいと思う。時間はあるようでそれほどでは無いことだけは自覚している。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※写真は2018年のもの。

思い立ったが吉日。

来週行なうワークショップの設計書をようやく書き上げ提出した。昨日の繰り返しではないのだが、この瞬間がとても心地良い。段取りができれば、あとは信じて行動するだけ。そんな毎日を過ごすのは僕にとって非常に意味のあることだと思うし、納得感に溢れるのだ。

たまたま過去のブログを見返していた。11年前、2008年の今頃は北京を始め実に様々な場所、土地を訪れていたのだった。最近は行動力が影を潜め中々出不精になってしまった我が身を憂う。年齢のせいもあるがなんだか段取りするところで挫けてしまうケースが殊の外多い。

確かに北京オリンピックなどは「思い立ったが吉日」ではないが本当に直近での即決だった。ヤフオクでチケットを探しエアなどの予約を行なってすぐさま飛び立つといった感じだった記憶がある。これに関しては段取りがどうこうという問題では無さそうではあるのだが。

そんなこんなで決めた。大阪ダービー、行く。ちょうど父の命日が近いこともあるのでタイミングが良い。どうも次の日にはJ3もヤンマースタジアムで行なわれる模様なので連チャンの様相。練習場は行けなさそうだが美味い飯を食らう時間は山程ある。行動あるのみ(何やそれ)。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※天津でのナイジェリア戦。

第22節 サガン鳥栖戦。

物事には全て理由があり必然と偶然は常に背中合わせである。事故は起こるべくして起こるが時に超常現象にも似た理解しがたい状況も訪れる。それがこの世の中であり、そこに僕らは住んでおり、そんな混沌の時代を生きている。どのような局面においても当てはまる。

だから人は準備をする。もし事故が起こったら、もしお金に価値がなくなったら、もし、もし・・・。段取り八分とはよく言ったものだが、ただ、この人という生き物は時間が経つに連れ過去のことを忘却の彼方に置き去りにする。残念ながら人間なんぞ欠点だらけなのだ。

昨日ようやくDAZNでサガン鳥栖戦を視聴した。結果的に逆転負けを喫したわけだが、モニタ越しで見たがそれほど悪い試合ではないというかどちらかと言うと全体を通して面白い内容でもあった。勝敗は時の運でもあり、勝ち点ふたつを取りに行った姿勢へのしっぺ返しだった。

それよりも悔やむべきは最初の失点であり、多分ここの守備を何度も何度も練習していたと思われるが、最後の最後でファーを開けてしまったところだと感じた(まあコーナーキックは最高だったが)。今のJ1に力の差は殆どない。こんな結末は大いに有り得るし現に起こった。

そんな結果の善し悪し以上にこのロティーナサッカーがセレッソ大阪に浸透した姿を早く見たいとさえ思った。バックラインの組み立てがハマったときやサイドにおける数的優位な状況を見ただけで、何だかセレッソ大阪が変わっていく感覚に鳥肌が立つほど興奮してしまう。

残り十試合強のなかでどれだけ勝ち点を積み上げて戦術の浸透と明確な結果の両方をこの2019年シーズンで残してくれるだろうか。指揮官や管理職には共に求められるところであり、選手の出入り、若手の台頭、ターンオーバー含めて、そのための準備が大切になってくる。

今僕はとても練習を見に行きたいと感じている。日程的に厳しいがどこかで舞洲を訪れる機会を、そう思い始めているのだった。準備と段取りが物の見事に下手くそな僕はこの先の未来どころか数日先のことすら決められないのだ残念ながら。ここが肝心なのではあるのだが。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ソニー創業者 盛田昭夫氏のメッセージ。

今、鳥栖戦を見ている。まだ序盤なのだがこの先に来る悲劇まで感情が持つだろうか。そんな「山の日」に山下達也選手が完全移籍するという何とも言えない振替休日を味わっている。まあ元来平日休日も意識していない性分でもあるので振り返られている気持ちはないが。
世間では三連休というその最中。先日たまたま見つけたこのような動画アーカイブを見ることにした。ソニー創業者の盛田昭夫氏によるウォークマン十周年について語っている。12分ほどおひとりで喋り続けている動画ではあるが、非常に興味深い内容で見入ってしまった。
「そのプロダクトがどんな人の生活を生み出すか」よりも「そのプロダクトは人の生活のどこで活かされるか」。現存するプロダクトが姿形を変え、どのようなイノベーションを起こすのか。ウォークマンの歴史を見ているとそんなことを思い出させてくれる気がしている。
今日、既に多くの技術や価値が存在しており世の中に全く無い価値を見つけ出すのは本当に難しい。僕自身もイノベーティブな企画を考えたりすることが多いが、ゼロをイチにする難しさをお腹が痛くなるくらい痛感している。また同じことを考えている人も万を下らない。
僕がとあるサービスを考えだしたとき、プロダクトというか仕組みは四半世紀前に存在していたのだが、そこに新たなテクノロジを組み込むことで違った価値を生み出すことができた。この価値を感じて頂ける方も増えていき、かなりのID数を獲得することもできたのだった。
それにしてもこのようなアーカイブがネット上に残っているのはありがたい話だ。Youtube始め見るに堪えない動画も無くは無いのだが、時たま見つけるお宝映像に心を震わされるのがインターネットの素晴らしさだろう。まだ手元にいくつかのお宝がある。無いのは時間だけだ。
※このあとで鳥栖戦は書こうと思う。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

東京ドームシティという教材。

東京ドームで開催の巨人対ヤクルトの試合を見に行ってきた。とある事情で少なくとも年に一回は読売ジャイアンツの試合を観戦する必要があるのだが、これまでとは全く違った展開(アナウンスでは13年ぶりと言っていた)のゲームになり非常に価値のある時間だった。

昨年までの観戦では最後まで居座ることがほぼ無かったのだが、手に汗握る展開(かなり寝ていたのも事実)もあり試合終了まで席を立つことは無かった。そんなイベント全体を見て多くの学びがあったのも事実で、それを見ただけでも4時間という長丁場が苦痛と感じなかった。

サッカーと比べて決定的に違うのは攻守交代における時間だ。サッカーの場合だと前後半のハーフタイムがそれにあたるのだろうが、野球の場合は3分程度のインターバルが十数回存在する。この行間を埋めているのがファン(特に子供たち)にフォーカスをあてた催しだった。

また試合終了後には、既に22時にも関わらず多くのファンの方々がグラウンドレベルに入り、多くのイベントに参加していた。サッカーでは考えられないが翌日にも公式戦を迎える野球クラブとして、その準備をしながらファンサービスを行なう姿を見て素直に感動を覚えた。

この試合に限って言えば4時間の試合を含めたイベント全てがつながっていると思えた。サッカーの試合はたかだか2時間。試合は勿論のこと、その一日をどのように「フットボールパーク」で楽しんでもらえるかが、これからのサッカークラブのファンサービスの基礎となるだろう。

スタジアムを含む僕らの長居公園がこれから様々な変化を経て、サッカーを見るのも楽しく、試合の前後も楽しく、それ以外の時間幸せに過ごせる。そんなとても素敵な空間になっていくのだろう。その日がやってくるのはまだ少し先なのかも知れないが、楽しみで仕方ない。

今、日本で一番ファンが集まる場所かもしれない東京ドームシティという「ベースボールパーク」。野球開催がなくても人は集まり、試合の当日はこの公園全体がジャイアンツ一色に染まる。そんな日本一の環境を見て考えさせられることも多い。どんなところにも教材はある。

※7点差を逆転したのは実に13年ぶりだそう。
※その試合を見るとか、まさに持っている。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第21節 FC東京戦。

人生には上手くいくときとそうでないときが交互にやってくる。堪えるところは堪えながら生きていくのではあるが、心が折れそうな場面も当然ながら来る。どのようにその壁を越えていくのか。チームとしての資質が問われるそんな瞬間。総力戦という言葉だけでは無い何か。

ようやくトップの試合をライブ観戦できるはずだったがよんどころない事情により叶わず、先程ようやくDAZNで見ることになった。結果は既に入手していたので淡々としてはいるが、相変わらずの前半と後半のガラッと変わる(勿論相手もいるから)チームを僕はかなり見飽きた。

ファーストハーフが良かっただけに3失点するような試合展開では無かったのだが何より後半最初の失点で試合展開の全てが狂ったように感じた。それ以上に前半に仕留められていたらもっと違った形で進められたのだろうが勝負は時の運。こんな試合も長いシーズンの中で訪れる。

点差ほど決定的なチームの差があるとは思えないが、言葉の壁、ひとりひとりの意識、そして何より仲間への思いやり、リスペクト。そんなものが勝敗を分けるのだろうと僕は思っている。その先にこそ戦略や戦術は存在し、そしてそれがチームにマッチすることになる筈である。

サッカーも人生も、このようなときだからこそチームとしてどのように前に進んでいくのかを求められるのだろう。与えられた時間は限りなく少ないが、その中で結果に結びつけていくかが大事になる。この言葉が自分自身の頭の中でリフレインする。もうすぐバースデーなのだが。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

広島と長崎。そして。

先月、仕事で広島に行った際に原爆ドームを訪れた。本当に久々に見た原爆ドームは変わりなく戦争の悲惨さを表していた。外国人旅行者の方々が大半。建物を説明しているボードをじっくりと読んでいる方々が多かったが、逆に日本人は読んだことあるのかなとも思った。

中学生の頃の卒業旅行が確か広島の平和記念公園と山口萩の城下町だったように覚えている。学生時代には広島に原子爆弾が投下されたという社会の勉強レベルでの知識でもあったが、大人になるにつれてさらなる情報と学習意欲が増し、知る機会も格段に増えていった。

それは2002年からクロアチアやボスニア・ヘルツェゴビナを支援する活動を始めたこともきっかけのひとつなのかもしれない。多くの方々と出会い、学び、そして伝える。戦争の無い世界で思う存分にサッカーを楽しめる幸せ。そんな当たり前の日常を噛み締めている。

2019年は正月明けの長崎と併せてこのふたつの場所を訪問できたのは非常に意味のあることではないかと自分自身の心に問いかけてみる。初めて日本に来たアミーゴが一番行きたいと言った街、広島。原爆ドーム。平和記念公園。日本人はもっと注目してもいい気はする。

どうやら今年は靖国神社を訪れることは難しそうな8月15日。僕らはまた終戦記念日を迎える。最近は中々行けていないのが悲しすぎる長居スタジアム(ヤンマースタジアムか)には「平和な世界でサッカーを」の幕が今も張られているのだろうかとひとり懐かしむのだった。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP