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時代が変わっても。

今頃かよ、と言われつつも「ストーリーとしての競争戦略」を初読み(というかaudiobookなので初聞きなのか)している。常々感じていることのオンパレードだったので、素直に入ってくる気がする。やはり時代が変わっても良いものは良い。 最近、歴史を語るシーンが、公私ともに多くなってきている。やはりもうそういうお年頃なのだろうと腹を括ってもいる。親子いやそれ以上の年齢差のなかで伝えていくのはとても難しいわけなのだが、今では、それも楽しんでいる自分がいる。 オリンピックを見ていてもセレッソサポーターを見ていても、そう思う機会が著しく増えているのは、この若い世代が、僕の思考の範囲や領域を簡単に上回ってくるからなのだ、と考えるようにしている。僕はすでに「予備役」なのかもしれない。 先日は二週間ぶりのウダウダだった。一週休みだけなのに勝手が行かず、なんだかぎこちない感じになってしまい申し訳ない。23回続けてきた習慣の力をものすごく思い出してしまって、迷惑ではあったが「7つの習慣」を若者に薦めてしまった。 繰り返して恐縮だ。この「ストーリーとしての競争戦略」は2010年初版。「7つの習慣」に至っては1996年日本語出版。温故知新、と丸めることだけがすべてでは無いが、時代が変わっても受け入れられるのは「良い物」。自分もそうありたい。 そう言えば昨日、運転免許証の更新で東京都庁にあるセンターに行った際、ようやく東京オリンピックと触れ合うことができた。一回目のワクチンも先程打ったので、色々前に進み始めてもいる。しかしながら八月の大阪は無くなった。残念だ。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP
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良くも悪くもサッカー三昧なのだけれど。

緊急事態宣言下での東京オリンピックが開幕する(実際には既に競技は始まっているのだが)。そのうえ前代未聞な出来事の連続で、もう、どうすればいいのか思考の限界を超えている気もする。気持ちだけはしっかりと保っておきたいものだ。 以前にも書いていたが、女子サッカーのチケットを何枚か持っていた。ことがすべて順調に進んでいたならば、この日曜日にはスタジアムで試合を見ていたのだろうが、類に漏れず、ウェブサイト上では「無効」の文字が煌々と光り続けていた。 男子サッカーの吉田選手も話していたが、ファンやサポーターは選手の最後の一足を手助けする力を持っている。だから無観客という選択が、本当に試合を難しくしているのはJリーグで織り込み済みである。そんななかで僕らはどう向き合うか。 セレッソ大阪、なでしこジャパン、そしてU-24日本代表と、我がクラブにゆかりある選手たちで溢れているこの期間(スタジアムDJもぜひ加えておきたい)。もうこうなったからには、良くも悪くも逆手にとって、サッカーを味わっていきたい。 今週、例のウダウダ(僕のTwitterを見て)は一週お休みさせていただいた。次の木曜日にはものすごい情報量で多くの方と話ができると思うと、この時代を上手く楽しんでいるのだとも言える。コロナ禍で多分、仲間との絆も深まっているのだ。 だからこの緊急事態宣言下の東京オリンピックもポジティブを捉えたい。世界で初めての経験を伝えるためにも、より多くのアクションを意識していきたいと実に感じる。この、良くも悪くもサッカー三昧ななかで、手に入れられるものがある。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP ※プロトタイプ作ってみた。ちょっと薄いな。 ※もうちっと何か出来ないか、考えてみようと思う。

ビジョンと結果の両立。

やはりと言うか何と言うか、東京オリンピックは一都三県で無観客開催とあいなった。女子サッカー数試合ではあったが、チケットを保持していた身としては、「見たかった」と思うと同時に、やはり「厳しいな」と現実的な見方も必要である。 多くの思惑が入り混じっていて混乱しているが、政治の話はここではしないでおこう。言いたいことは ただひとつだけ。 プレイヤーの皆さんが「スポーツの素晴らしさ」を体現し、そして、その姿を自宅で見られることに、常に幸せを感じたい。 そんななかで我らのセレッソ大阪が挑んでいたアジアでの戦いは、傑志とのグループ最終戦をスコアレスで引き分け、しばしの小休止となった。中二日の連戦、そして高気温のピッチは選手たちにとって想像以上に非常に厳しい環境だったろう。 しかしながら、ターンオーバーという言葉だけではまかないきれないほど、多くの経験ができたのではないか。そんな思いをライブで四試合、見逃し配信二試合というモニター越しの映像から感じた。「負け無し」なんてものよりも価値がある。 気持ち良い週末のさなかに、唐突に、森島社長の動画が配信された。いや、唐突などではなく、例のアンケート提出がトリガーとなって、この流れになったのかもしれない。内容については、評価はともかく、良くも悪くもと、双方受け取れる。 サッカークラブもひとつの組織だ。そこには戦略があり戦術がある。そしてこれらにはマネジメントとリーダーシップが存在する。マネジメントとはものごとを「正しく行なうこと」であり、リーダーシップは「正しいことをすること」でもある。 今、特に必要なのは長期的なビジョンと短期的な結果の両立。どちらも大事だが、どちらも求め過ぎてもいけない。そういう思いがここしばらく続いている。ACLでのアカデミー出身選手と、先週日曜日に見たなでしこリーグで、更に確信した。 とにかく今は、リアルにサッカーを見たい。その思いが日に日に増えている。もう何度目だかの緊急事態宣言が改めて始まる東京ではまだまだ難しいところではあるが、長期的なビジョンと短期的な結果を、荒れ荒れの肌で感じていきたいのだ。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「チームはファミリー」は信念。未来永劫。

セレッソ大阪サポーターとして物心がついた頃から、このクラブにとっての理念は、パウロ・エミリオ初代監督が発した「チームはファミリー」であった。この重厚な言葉によってクラブとサポーターの距離は一気に縮まったように思えている。 理念というより信念と言ったほうが良いのかもしれない。これは監督が変わっても選手が変わっても、クラブとサポーターの関係は不変である、という願いに近い気持ちも多分に含まれている。あれから時代は変化しているが決して色褪せない。 当時はアジアで戦うなど夢のまた夢で、まぐれとは言わないまでも天皇杯で正月を国立で迎え有頂天になり、レベルの差を感じながらの人生ではあった。今、我がクラブは、四度目のAFCチャンピオンズリーグでグループ首位をひた走っている。 いつも話しているが、セレッソ大阪は常にアジアの舞台で戦い続けないといけない。そのためにはクラブとしてより上のステージへと向かう必要がある。だが、そんななかでも忘れてはならないのは信念。チームはファミリーであるということ。 さる木曜日。我らの代表として、あるサポーターがアンケート結果を持ってクラブへ訪れた。その内容をもとに森島社長としっかりと対話ができたことをTwitter Spaceで語ってもらった。ウダウダと話している際に浮かんできたのが前述の信念。 クラブも生き物、サポーターも生き物。だが何度も言うが、信念は、その生き物たちの内部に存在するDNAとして宿り、そして未来へとつないでいく。この瞬間も大事だが、未来永劫続いていくこのクラブにとっては単なる1ページ程度のこと。 だからこそ動き続けなければならない。書き続けなければならない。クラブは変わらないといけないし、サポーターも変わらないといけない。今回のアンケートとウダウダ#21は、そんなことをかなり考えさせられた。本当にありがたい話である。 長生きをするつもりはないが、自分自身のエンディングを迎えるまで、チームはファミリーだと、胸を張って言い続けたいと思っている。八月には一度大阪に帰る予定だ(緊急事態宣言下以外)。多くの方と話せると良いなと切に願っている。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP あ、ACLのことなど。 土曜日の四戦目。三ゴールともにクオリティが高く、非常に素晴らしいと感じた。この勝利でノックアウトラウンドへと近づきはした。暑さの中

AFCチャンピオンズリーグ、始まる。

アジアでの戦いが始まった。思うところは多々あるものの、大事な緒戦で勝ち点3を取れたことがなによりのポイント。短期集中のここからが勝負になる。厳しい日程のなかでのゲームがとれだけ今後のチームに活かせるのかが重要になってくる。 僕自身AFCチャンピオンズリーグにはとんと縁が薄い。記憶が定かではないが、多分、二試合か三試合くらいしか現地観戦したことが無いはず。しかも海外アウェイとなると、2014年シーズンのみ。ファン、サポーターとしてどうなのだろうか。 以前(20年前くらいの話で恐縮だが)も書いたりもしていたのだけれど、若いうちは旅に出ていくほうが良い、特に海外アウェイに行ったほうが良いと話してきた。ワールドカップ予選はもちろんのこと、我らがセレッソ大阪のアジア然り、だ。 海外では、特にアジアにおいての真剣勝負では、国内でのスタジアムで味わったことの無いような空気に包まれる。今はそれほどでも無いのかもしれないが、その昔は、石や瓶が飛んできた、なんてこともあった。そんなことを思い出してしまう。 旅は良い。吊り橋効果ほどでは無いものの、ファン、サポーターのあいだの距離を、限りなく狭めてくれる。同じ空気、同じ空間を共有することで、共感が生まれやすい。この共感を作り出す力が、このサッカーの旅には多く含まれているのだ。 齢五十となった今でも、この旅を続けたいという気持ちは昂っている。それ以上に、環境を準備するためにはやはりセレッソ大阪がこのアジアで戦い続ける必要があると強く感じている。今回もそのための資金石だと考えれば、素敵なのである。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

この時代に必要な存在について。

セレッソ大阪にゆかりのある選手たちが国家代表としてプレイする姿を見ると、感極まってしまうのは今に始まったことではない。綺麗すぎる言葉かもしれないが「共に戦ってきた」からこその感情であり、これはファンに与えられたご褒美だ。 先週から今週にかけての各カテゴリーの代表戦を見た。坂元選手と瀬古選手は言うまでもないが、桜なでしこから巣立っていった林選手、宝田選手そして北村選手の遜色の無い戦いに、これまでの育成は決して間違ってなかったのだなと感じる。 もちろん、組織である以上、諸々の事情はつきものである。避けて通れない「しがらみ」なんてものもまとわりついてくる。ファンの言葉の責任の有無を求めるのはナンセンスであると同時に、言葉と行動が責任を作っていくことも多々、ある。 木曜日にも話したが、クラブが誕生して27年以上経って、まだこんな形で分かり合えない部分が多いことに考えさせられる。たしかに二十年前くらいにはお互いがまだまだ未熟で、感情のぶつかり合いが、クラブだけでなく選手にも及んでいた。 このコロナ禍だから、というわけでは無いだろうが、いま言葉と感情のやりとりをできないもどかしさに苛まれる。これまでに何人も、クラブと僕らのあいだを取り持ってくれる方がいた。この時代に必要な存在として、重要ではないだろうか。 まあ、そういう方は、いつの時代も、何かの力が働いて、我が家からいなくなってしまうのだが。コロナが落ち着いたなら、そんな方々に会うための旅に出たい気持ちになってきた。過去を振り返るばかりでは駄目だろうが、温故知新でもある。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

継続は力なり。

トーマス・エジソンの言葉だったか「人間の一番の弱点は諦めてしまうところだ」に近いものがあったと記憶している。個人的にも飽きっぽさが身体の中を充満しているB型人間としては心と耳が痛い。「諦めたらそこで試合終了」でもあるのだ。 ラストチャンスをもらった形のジャマイカ戦は相応の姿を見せてくれた。結果は結果。どうなるかだけが人生でも無い。諦めずに戦い続けるだけの場面で、最後の最後まで堂々としたプレイ。「人事を尽くして天命を待つ」とはまさにこのこと。 そして、たとえ選ばれなかったとしても我らの誇りであることには変わりは無いし、選ばれたならば思う存分楽しんでもらいたいと思っている。それと同時に、ここが終わりなどではなく、継続していくこと。それこそが一番大事な部分だ。 話は変わるが、天皇杯では久々の複数得点での勝利となった。たしかにカテゴリが違うので一概に喜べないのだが、これから迎えるアジアの戦いに向けての重要だと位置付けていたので素直に嬉しい。桜スタジアムの景観にも少々感動している。 無観客試合だったからこそスタジアム近辺の風景が映える。先週木曜日のウダウダでもサクラホリックやオイト(なんで両方ともカタカナ)の話題になったが、あの場所にあることの意味や意義や重要性が、なんとなくではあるが分かってきた。 フル代表、U-24、なでしこ、そしてセレッソ大阪。毎週の話題に事欠かない状況が、ウダウダの継続を産んでくれる。継続は力なり。諦めずに続けていくことこそすべて。さて、いつまで回を重ねていくのか。それは誰にも分からないことだ。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP