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慣れないWindowsを触る。

人間、慣れとは恐ろしいものだ。毎日実施しているとどんどんと手慣れていくのにちょっと使わなくなると途端にまったく動かせなくなってしまう。スポーツ選手が1日休むと取り返すのに数日いや数週間かかるとか言う方もいるのはその典型だ。
使い慣れないWindowsなどというオペレーティングシステムを使ったせいか、肩が非常に凝っている。もうかれこれ窓を利用しなくなってから10年近く経つ。大半がMacだが、やはりスマートフォンのほうがすぐ使えて非常に便利になっている。
だからといってWindowsが駄目だと言いたいわけではなく要は多様性だということ。それは別の意味で言うと、少々乱暴になるのだが「何でも知ってると思うなよ」となる。IT屋のエリア(幅)が相当広くなっていてかなり厳しい状況でもある。
サッカーにおいてもこの「何でもできる」の範疇が存在しており、現代ではその境目が難しくなっているのも分かる気がする。多様性を持って戦える人間ばかりだったらそんなに苦労もしないが、全員が全員、そういうわけにもいかないだろう。
僕自身も若い頃と比べて守備範囲がまったく変わってきている。歳を重ねることで変わることもあれば、環境によってもそれは起こる。成長しているのかはたまた劣化しているのかが分からなくなってくることもよくある。それも、人間なのだ。
今日、アドラー心理学のセミナーを受講した。再三再四言われている「勇気づけ」という言葉を噛みしめるたびに、今僕がやらなければならないことが頭をよぎる。こういう状況だ。自分のやれる範疇を精一杯行なっていくのが重要なのだろう。
そういやあのコーチの勉強会を企画して実施のところまで行っていたのにリスケになったままになっている。東京は今日も凄まじい数の感染者が出たのでまだまだ先になりそうだが、必ずや実現させる。そのためにまずは今を大事に生きること。
そんなことを書いていたら当のWindowsが謎のCドライブ容量不足に陥っている。だから窓は嫌なんだ・・・と泣きながらメンテナンスを実施する。あれ?なんとなく身体が覚えている。やはり経験は知識となって染み付いたのか?それも謎だ。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP
※直接触るのは嫌なんで基本はChromeリモートデスクトップ。
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風。

雨が続いている。しかも中野坂上近辺ではかなりの風速がセットで提供されている。ビニール傘がもう何本やられたことか。最近は少し強い傘(この傘、あるトラブルで貰った)に替えたのでそれほどでもないが、大雨で傘の故障は正直辛い。
重ね重ね言わせてもらうが、中野坂上駅の周りは本当に風が強い。その名の通り坂上でもあるし、複雑に入り組んだ地形が原因のひとつだと思うが、ここまで凄いと正直どうしようもない。自然の力をまざまざと見せつけられている感がある。
風は時に甚大な被害を僕らのところに連れてきてしまう。被害発生の状況をニュースで見ているだけで本当に悲しくなる。そんな中で九州に住む幼馴染に連絡して、比較的被害は少ないとの返事をもらって胸をなでおろしている僕がここにいる。
大阪と比べても東京は風がある。この時期は風が吹くと涼しい日があるので助かるのだが、上下前後左右と所構わず吹き荒れるのはちょっと対応に苦労する。これはまるでセレッソ大阪の多彩な攻撃のようだと言うのは、表現としては厳しいか。
再開後の好調を支えている選手が多すぎて選びようがないが、強いて言うなら、個人的に中盤の底の二人と両サイドバックということになる。特に藤田直之選手とレアンドロ・デサバト選手の充実ぶりが本当に頼もしい。何物にも替えられない。
この2ボランチの安定感からの貢献度が攻守の軸であると言っても過言では無い。至るところに顔を出し、守備の場面はもちろん、時にはペナルティエリア内でも仕事をする。この充実ぶりが逆に「怪我しないか」と風向きを心配してしまうのだ。
とても気になったので「なぜ中野坂上駅付近は風が強いのか」を色々と調べてみた。インターネットなどで見ていると10年ほど前からポツポツつぶやかれ始めていた。「剥離流」「吹き降ろし」「谷間風」。メカニズムは、なんだか分からない。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第3節 清水エスパルス戦。

時間が経つにつれ塗り替えられたり消えたりするのが「記録」。言いたくはないのだが日々薄れていくのを肌で感じる。それでも多くのログを残しながら俗世を生きる。テキスト、フォトなど含めて、僕のエリアの様々な急所に散らばっている。
それにしてもDAZNのおかげで、幸か不幸か試合を録画するという機会がまず無くなった。DVDならいいがビデオはかさばるうえに劣化も激しい。インターネットが世の中を変えていることを再認識しながら今日も配信される試合を見ることにする。
平日の18時キックオフはやはり僕にとっては厳しい時間割だ。それでも、追っかけ再生(と呼んでいいのだろうか)ができるので18時50分くらいから見始めた。スターティングメンバーを二枚替えた。水曜と週末の連戦はターンオーバーは必要。
そんな意味も含めて、強くなったと感じる試合内容。こういう言いかたをすると本当に申し訳ないが、強さと脆さを併せ持つセレッソ大阪が懐かしいと思えてしまうくらい、僕らはあの頃を忘れたのだろうか。いや、忘れさせられたのだろうか。
J1のゲームは実に紙一重だ。この時期に首位だからといって浮かれることはまず無いだろう。とは言えアミーゴからメッセージが来たりすると、なんだか嬉しい。この土曜日からは少ないながらにファン、サポーターも入場ができるようになる。
今日みたく応援がなくても選手は戦うし最高のサッカーを見せてくれる。でも「それがどうした」だ。僕らがいる意味。選手と一緒の時間を過ごすこと。彼らの疲れた足を少しでも前に出す手伝いをすること。そのためにスタジアムに行くのだ。
だからといって応援のすべてが可能ではない。そしてスタジアムの何もかもがビフォアコロナに戻るわけではない。そんな状況下でこの一年を過ごしていかなくてはならないだろう。東京都民はしばらく大阪には行けない。さて、どう生きるか。
少し話が戻るが、我が家にはVHSだろうがBetaだろうがビデオは既に存在しない。すべて処分してしまった。覆水盆に返らず。見たいと思ったときにはもう遅い。記録とはそういうものだ。だから僕らは記憶に焼き付ける。忘れないためにも。
今日の清水エスパルス戦も僕の記憶のチップに登録されたのだろうか。それが自分自身でもよく分からないのだ。しかしながらまだまだ記憶力はわずかに残っているということ、先日のワークショップの報告書を書いている際に感じたのだった…

手札の「ブレない」個性を。

アドラー心理学の書籍である「嫌われる勇気」を貸してあげていた御方と、本を返してもらうタイミングで立ち話する機会があった。途中まで読んで面白さを感じたと同時に、借り続けるのも申し訳ないという気持ちになり、自分で購入したらしい。
先日は他の書籍を貸した若者からもメッセージが届いていた。最近、このようにお薦めの本を紹介して回っているが、このような形で「読みたい」を増やせているのは非常に嬉しい。世間話のような状況。この本の話で大いに盛り上がってしまった。
人と接点を持つのが苦手な僕だが、「目的論」で行動するとその苦手が克服できることを自分自身でもよく知っている。だからこそ、敢えてそこに飛び込むし、そのせいで火傷することもあるにはある。しかしながら、そうやって僕は成長してきた。
とは言え、それを誰かに強要しても仕方がない。一人一人には個性が存在する。その個性を活かせる場面に導いていくのが僕の役目でもあるのではないかと感じている。もちろん時間がかかったりするのは定めとして受け入れながら行くしかないが。
先日のダービーで、我らがセレッソ大阪の選手たちに「日本代表」待望論が出てきている。ファンと非常に嬉しい話で、すぐにでもと思う。しかしながらその反面、僕はそれ自体も個性の延長線に存在するものだと感じてしまう天邪鬼でもあるのだ。
そんな僕自身、手札の少ない個性を存分に活かしながら前に進みたいと思っている。ようやくだがレゴ®︎シリアスプレイ®︎のリモートマッチを開催することにした。ちょっとでも自分らしさを出すためにこんなものも用意している。何もかもが目の前。
そうだ。今日ある御方から僕の活動について非常にありがたい言葉をもらった。人生も長い間浸ってきたら、少しくらいは良いことがあるかもしれない。とにかくブレずに持っている個性を存分に活かしながら、これからも努力することを忘れない。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

急がば回れ、僕。

若い頃はよく金融商品の短期売買を行なっていたが、最近はもう満腹感もあり情報に流されないようになった。自分にとって有益か否かを見極められるようになったわけでは決して無いが逆に言うと「信頼できる情報」を手に入れたからだ。
そういう理由(というわけでもないが)で日本経済新聞はだいたい三日遅れで読むようにしている。何故こんなことをしているのかと聞かれるが説明は必要無いだろう。この行動、時間を置いて考えることで見えてくるものがあると知った。
焦るのは良くない。人様はどうであれ「急がば回れ」が自分には合っていると感じる。このコロナ禍然り。以前にも書いたのだが、多くの書籍を読む時間が増えたと考えてみる。ゆったりと過ごしているわけではないけれど余裕は若干ある。
そう言えば最近Googleフォトのアプリがアップデートされ、どの地域で撮影された写真かがマップ上で見れるようになった。中々海外には行けないものの、冒険小説同様に訪れた気持ちにさせてくれる。ちょうど今、香港の写真が出てきた。
わずかばかりだが香港とも接点がある身としては非常に関心を持ちながら情勢を見ている。僕はあまり情報音痴でもあるのでいい加減なことは言えない。年に一回程度は訪れていた街でもあるので、何とかまた行けるようになれれば嬉しい。
今後も情報をキャッチしながら次のステージへと向かう。「信頼できる情報」が今日も飛んできた。さっと目を通し、また僕は「急がば回れ」という言葉を思い出す。あとでゆったりとした気持ちでもう一度読めばいいかとメールを閉じた。
とは言え初めて訪れた7年前は仕事終わり(しかも飲み会後)の金曜日の深夜便で香港へと向かい、日曜日の深夜便で東京羽田に帰ってきてそのまま仕事に向かった記憶がある。十分「急いで」「回っていない」状況だったなとつくづく思う。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

東京都知事選に思う。

熊本県南部の大変な状況。ニュースを見てとても心が痛い。ちょうど映画「日本沈没」を見たこともあり、災害がいつ来てもおかしくないことを改めて感じる。関東近辺も最近では地震や余震が多く発生している。不安がかなり大きくなってきている。
今日は東京都知事選投票日である。地元の投票所へと向かう。22名もの候補者。掲示場にそのポスターが揃う日を待ちわびていたのだが最後の最後まで貼られていない枠が多かった。天下の回りものだとよく言うがやはり選挙にはそれ相応の金がいる。
それにしても、だ。街頭演説もほとんど無い(僕は街頭にも行っていないので知らないが)し、選挙カーも走っているのもチラホラなレベルだった。完全にインターネットの世界を中心に回している。これがニューノーマルになっていくのだろうか。
そういえば4年前の都知事選の際は、新宿駅西口であの御方と握手したなあ、とか、そういえばあの御方とはその昔に一緒にラジオ番組の1コーナーをやってたな(アニモセレッソは彼の中ではNGなのだろうか)とか。人も時代も、常に回っているのだ。
このコロナ禍での選挙でもあるので投票率はそれほど上がらないのだろうなと思っていたが予想通りだ。夕刻の投票だったがほとんど人もいないという寂しさも漂っていた。変わらないというよりも変えないでいいという理由だったら、それも寂しい。
戻るが「日本沈没」。東京都民が1200万人と言っていた気がする。1973年の映画なのだが今日では都民も1400万人と増えている。ましてや、都民の民意の選挙だが影響範囲は周りの県にも及ぶ。東京で働くすべての人に都の選挙権があるわけでもない。
言うは易く行うは難し。日本の首都はこれからどうなるのか。誰かが言っていたが問題は山積みだ。コロナ対策やオリンピックはもちろんのこと、多くの課題と向き合っていくことになる。都民の端くれとしてとても考えさせられる都知事選となった。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第2節 大阪ダービーマッチ。

何度も何度も「2003年ぶりのダービーアウェイ勝利」という言葉がタイムラインを賑わしている。そんなに勝ってなかったかと思ってしまうほどだが、ダービー自体をそれほどものにしていない口が語るフレーズではまったくもって、無い。
1990年代の万博記念競技場では結構勝っていたイメージがある。しかしながら上記の話からいくと、リーグ戦での吹田スタジアムは未勝利ということになる。サポーターの力は味方にも相手にも影響力があるのだと改めて知る試合になった。
もちろん勝利を目指して闘うのがダービーではある。ところが何故か試合が進むにつれて心境の変化が訪れた。勝つことだけじゃない。そう、そこには、勝敗を度外視した何かが、僕らの中に芽生えようとしているのが手に取るように分かる。
「WE ARE WITH YOU」の言葉になんだか泣きそうになる。大阪弁を駆使した様々なバナーにも少しばかり共感した。やはりこの大阪ダービーマッチは特別なんだ。今までのダービーとは違うんだ。そう思いながら感慨深くモニタを見ていた。
結果もそうだが、このように試合ができる喜びというか。サッカーを見ることができる喜びというか。こんなにラグジュアリーな気持ちで大阪ダービーマッチを観戦するのも初めてであったけど、やっぱり心の底から好きなんだなJリーグが。
試合終了後、セレッソのトレーニングウェアを着て相手クラブ選手と肘タッチしている方がいて、誰なんだろうとか思っていた。トニ・ヒル・プエルトフィジカルコーチなのだそうだ。終了直後のあのプレーでのイライラが一気に吹っ飛んだ。
予定だと次の大阪ダービーマッチは文化の日。ヤンマースタジアム長居(のはずだ)。この試合は間違いなく熱い闘いになるはずだ。だから、そのために早く新型コロナウイルスが終息してほしいがちょっと先が見えない。けど、諦めない。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP