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そんな小さなことなのだ。

12月に入り暖かい日が続いたかと思えば急に冷え込んだりしている。身体が気温差についていけていないが、これも日本の四季の良いところだと思えば許せてくる。世界中から愛されているかは分からないが、日本という国が本当に素晴らしいと感じる瞬間でもある。

先日、チームメンバーを集めて、マインド勉強会を開催した。自分の価値やモチベーションの源泉、チームへの貢献など当たり前かもしれないが必要なのに見逃されがちなこの領域について学んだ。どこまで人が進化したとしても、絶対に人格形成がキーになるはず。

テクニック論ばかりに目を向けず本質を見極めることこそ、今の世の中には大事なのではないかと、半ば反面教師を見ながら想像している。小手先だけではなく、本気でぶつかり本気で認め合い本気で称え合うことが僕らにできるようになるだろうか。道はまだ長い。
例えば、やるべきことがあったとして、その立場になったとき自分ごととして対処できるとしたら、ひとりひとりがそう思えればどうだろう。なんだか良い世界になるような気がしてくる。些細なことかもしれないけれど、それができないのは日本人としては寂しい。

昨日もとある勉強会でそんな話になった。僕は、ただ目の前にやることがあったので、ただやっただけ。それは、誰にでもできることだ。入り口近くに座ったので、醤油が近くにあったので、ただ鍋がそこに置かれたので。それだけのこと。そんな小さなことなのだ。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

最近の投稿

第34節 横浜F・マリノス戦。

今年は本当にサボっているというかなんというか、自分事ばかりを考えてしまいセレッソ大阪に関するあらゆるものから逃避していたように思える。「そんなことないっすよー」と周りからは言われるが、自分自身が本当によく分かっている。反省の念しかない。

そんな体質を改めようといろいろなことを考えてはいても、やはり行動に起こさないと何も前に進まない。この先の生活環境などを考えてみてもどうなるものでもない現状ではあるのだが、原点に立ち返ってみると見えるものもあるのかもしれないと思い始めている。

その自戒の中で最終節の横浜F・マリノス戦を見るために日産スタジアムに向かう。スタジアムで観戦できる機会があることに本当に感謝。天気もよく感謝。そしてなにより尹晶煥監督のラストマッチに勝利することができ、最大の感謝をするしかない状況だと思う。

ユンセレッソの原点に戻るというかこれがベターというか、本当に素晴らしい試合を見せてくれた。先制されたものの相手に走り負けず局面では体を張る。このような試合を34試合全てで出せていたら、間違いなく来シーズンはアジアの舞台に立っていたはずだ。

四半世紀に渡ってセレッソ大阪を応援し続けてきた情熱というものがどれだけチームのためになってきたかどうかなど関係ない。この横浜戦のような試合を見られるだけで感謝したい。監督が替わろうとも選手が替わろうとも、その情熱だけは永遠に続くのだろう。

サッカーショップ蹴球堂も現在Web(BASE)のみで活動しているので本当に申し訳なく思っている。2019年は多くの方の身近な存在としていられるようにもっと精進していきたいと思っている。そしてまた多くの方々とお会いして、多くのお話を聞きたい。素直に。

 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第33節 柏レイソル戦。

このクール、ドラマを多く見ている気がする。特に日曜日は目白押しとなっていて、リアルタイムで見れない分、その週の録画視聴が増えてしまう。特に「下町ロケット」は、リアルに自分たちと重ね合わせて見るため、なんだか見ているだけで胃がキュッとなる。

仕事というものはとても厳しく時には泣きたいくらい辛いこともある。はしごを外され更地に置き去りにされることもある。しかし、その分、結果として返ってきたときにはこの上なく嬉しいものだと再認識することができる。映画やドラマからそんなことを学ぶ。

ホーム最終戦となった柏レイソル戦。すれはすなわち尹晶煥監督のホームラストマッチでもあるわけだ。練習が厳しく選手が音を上げたとも噂されるが、昨年の2つのタイトルが示すとおり、結果として見えるものを手に入れた功績はとても素晴らしいし誇りに思う。

試合自体は散々な結果ではあったが、これもまた歴史の1ページ。ユンさんがセレッソ大阪にもたらしたものは非常に大きく、退任することで失うものも小さくはない。真の最終戦である横浜F・マリノス戦は日産スタジアムに行く予定。最後の勇姿を目に焼き付けたい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

感情と言葉と、時々パグ。

ちゃんと見てあげていなかったのかと反省する。土曜日の夜、外出から戻ってみるとうちの愛犬が少し左後ろ脚を気にしている様子。痛そうな素振りもなく触ってみてもそれほどの反応でもある。日曜日に病院に連れていき診察してもらったが特に問題は無かった。

体調もそれほど悪そうでも無かったのでそのまま散歩に連れて行ったのだが、いつも同様に歩く、走る、遊ぶ。でも、脚は気になるようだ。まずは経過観察ということもあり状況を見定めていこうと思っている。身体というもののメカニズムは実にわからないものだ。

特に動物のように言葉によって感情が伝わりにくい場合、どう判断すれば良いのか正直難しい。信頼関係と簡単に呼べるような代物でもないが、お互いのことを理解し目を見て次の行動を決めることで、なんとかコミュニケーションを図っているのが現状なのだろう。

人の目は本当にわかりやすい。喜んでいる、怒っている、哀しんでいる、楽しんでいる。目が発するメッセージは、言葉以上に何かを伝えている気がする。愛犬とも、目が合うと何かが解りあえるだろうか。そんな気持ちを感情を伝える表現を身に付けていきたい。

レゴ®シリアスプレイ®に視線を交わすことは存在しない。そこにあるのは作品を見つめる目。作品に集中し作品の良いところや疑問点に目を向ける。まずはこれができなければシリアスプレイとして成立しない。普段の生活から考えると非常に難しい行動でもある。

作品を通して感情と言葉のやりとりを行なう。そこに、今まで感じたことの無かった何かが生まれる。最近ファシリテーター有志で「スポーツ界におけるレゴ®シリアスプレイ®の可能性」についてのグループが立ち上がった。サッカーの世界にも是非広げていきたい。

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第32節 川崎フロンターレ戦。

暑いのか寒いのかわからないこの11月という季節。嫌いじゃない。嫌いじゃないが服装に困る。そんな基本的な仕事の格好はTシャツ、ジャージかジャケット、そしてデニム。先日もとある大学を訪れたのだが、そんなときでも最近はあまりスタイルを変えていない。

スーツを着る機会がめっきり減ったので、ときおりスラックスを履くときには胴回りに緊張感が走る。そうならないためにも定期的に足を通しておく必要があるなと感じる。日常とはそんなことの繰り返しなのではないだろうか。「人生は連続する刹那」だと言える。

Jリーグと関わって25年、悲喜交交、様々なシーンを体感してきている。たまたま昨年は運良く二度も素晴らしい経験をしたが、良いことだけが起こるわけでもない。そんな瞬間瞬間をどう生きるのか。サポーター生というものは、実に「連続する刹那」なのだと思う。

結果はご存知の通り、聖地長居で川崎の優勝を見ることになった。しかしながらその「連続する刹那」に一寸の釘を打ち込んだ。選手たちの気持ちかもしれないし僕らサポーターの持っている何かかもしれないが、この試合に勝つことの意味を強く知ることができた。

翌日、既にJ3優勝とJ2昇格を決めていたFC琉球に、6−0と勝利したU−23。川崎戦の想いがそのまま伝わった試合だった。一日一日は「瞬間」でしかないのだがこのように毎日を積み重ねることで物語になっていくと実感する。その輪にいられるのが殊更幸せなのだ。

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第28節 名古屋グランパス戦。

公私共にバタバタしておりなかなか書く時間が無かったと久々に言い訳してみる。このバタバタという言葉。便利なのか周りから見たらはた迷惑なのかそれとも「どっちでもいい」なのかはよく分からないが、なんとなく使ってしまう悪習慣。お恥ずかしい限り。

そんな中、バタバタの原因である「それほど悪くないのになんで上手くいかない」の同義語を探している。そして、それをどうしても見つけられない自分がそこにいる。自らで解決できることできないことがこの世の中には多々ある。そんなときには本を読むに限る。

その本をサラサラと読みながら頭の中を整理してみる。立ち返ってみて自分の振る舞いはどうだったか。相手を理解していたか。自分は相手をどう見て、相手は自分をどう見ていたか。そこに、その行ないに合意はあったか、それともそれは単なる同意だったのか。

名古屋戦の選手たちもそのような気持ちで戦っていたのかなと重なってしまう思いで試合を見ていた。やりたいことも分かるしそれが上手くいかないもどかしさも。いつの時代も結果というものは実に残酷である。だが僕らは少しずつでも前に進むしか無いのだ。

書いてみると少々落ち着いてくる。文字や文章というものは人の感情だ。実に素晴らしい。心の葛藤を現実を受け入れつつ次のステージをどう迎えるのかを考える必要性がある。まずは、自分自身のミッション・ステートメントを書き直してみることから始める。

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第31節 鹿島アントラーズ戦。

学ぶことを怠ると間違いなく成長はない。そんな思いが頭の中を充満するここ最近だったわけだが、時間が進むのは途轍もなく早く、過ぎ去っていく。喉元過ぎれば熱さを忘れるという言葉通り、自分の甘さによって意識から消えてしまう。人の記憶とは、実に儚い。

平日夜の試合を見ることが叶わないのは仕方ないとしても、辛いシーンをリアルタイムでなくあとで確認するのは本当に厳しいなといつも感じる。サッカーだから勝ち負けは仕方ないとしても、過去からの学びが継続できないクラブ全体の課題のほうがもっと厳しい。

どんな組織もそうだが、フィロソフィーというかポリシーというか一本筋として関係者のすべてに植え付けられるものの存在。それがわずかでも欠如すると一枚岩になれないというジレンマに陥る。頭で考えるだけではなく身体が自ら動きだすようなものなのだろう。

そんなフィロソフィーとかポリシーは「偉大なる先人」の場合もあるし「語られた言葉」なのかもしれない。それが組織の中で生き続け伝えられていくことの大事さ。時代と共に変わり続けるものと変わらない価値観を持つ。今、それこそがどんな組織にも必要だ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP