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今と昔の感情の距離感。

 昨年発生したサポーターの違反行為の件 最終の対応報告を見る こういうニュースを見るたび考えるのが 今と昔の感情の距離感 ちょうど今、読んでいる本にも この30年くらいの 人の感情の変遷について書かれているし そっちはまあ、恋愛性愛についてだけれど Jリーグの、サポーターの世界も だいたい一緒なのではなかろうか 人と人との距離感とか信頼とか 叱ってやれる人間の存在だとか 「守る」ことは「隠す」ことじゃないとか 自分の本にも書いているのだが やっていいことと駄目なことの境目が とてもとても曖昧だった時代だったな だが最後の一線を越えそうなとき 周りにはいつも立派な大人がいた ときには羽目も外す大人がいた その大人が正しい正しくない、じゃない なんか、そういう生き方もありなんだなと そういう人を見習って生きようと思った そんな感情を常に持って生きていたな でも時代だけで片付けちゃならない 今と昔を肯定と否定で 角を取って丸くするだけがすべてじゃない そういう大人を今、 自分は目指さないといけないのだろうか 最近はそんなことばかり考えている 歳を取りすぎたかな もう大半、遊び心しか残っていないけれど NEVER STOP,NEVER GIVE UP

敬意。

「敬意」とは一体なんだろう 自分としての「敬意」は 常に優しさのうえに成り立っている ではその「優しさ」とはなんだろう それは「人に興味を持つこと」 そんなことを毎日考えてしまう 先日、Xでのアミーゴのポストで コリンチャンスの投稿 を知った そこでの一文 Na casa do povo, respeito é regra. 勝手な解釈かもしれないが <スタジアムにおいて、互いへの敬意は絶対だ。> 当のXはその欠片を失いかけている 違う座席を探し始めるべきなのかもしれない NEVER STOP,NEVER GIVE UP

名古屋グランパス戦。

 何事においても「先制」することの大事さ それが一番大きな勝因のように思える そう考えると二人のツーゴールに どうしても目が行きがちではあるものの ダブルボランチがそこにいるからこその この点差での勝利だったのではないだろうか 特に石渡ネルソンは もはや日本のレベルを超えかけている 必然だろうがサポーターは心の準備が必要 この日5月17日は 我が愛犬テリ子の命日でもあった そんな大事な日に、6-1なんて数字 そんな日に、幼馴染のライブに行く なんか、いろんなことが変わっていく NEVER STOP,NEVER GIVE UP

アユム。

 まだまだ夢の一歩 ここから伝説が始まる 大正区の星は まだまだ輝き続ける 2016年 16歳 インド・ゴアの夏 熱はあの頃のまま NEVER STOP,NEVER GIVE UP

Jリーグの日に。

 Jリーグが始まった日も もはや過去のものになったのかも 最近のウダウダでも 世代の差を感じてしまうことも多い でもそれって悪いことではない 時代など移り変わってなんぼ 遺物が跋扈しているクラブもちらほら セレッソだけはと思いつつも そうは問屋が卸さない 変えちゃいけない歴史と 変えなきゃならない歴史がせめぎ合う そんな一日になればいい 日本の誇り、Jリーグの日 おめでとうございます NEVER STOP,NEVER GIVE UP

そんな熱量があればいい。

 コールリーダーウダウダでは 数多くのコメントを頂く回もある 本当にありがたい話 内容的や時間の制約上 すべてのコメントに反応はできないが セレッソ大阪に対する思いが伝わってくる 社長やクラブや選手が語る言葉と 単なるサポーターが語る言葉 どちらに重みがあるのかなんて 考えるだけ野暮である 何もかもがセレッソ大阪のため そこにはそんな熱量があればいい 明日は木曜日 また熱くウダウダいたしましょう NEVER STOP,NEVER GIVE UP

紙の本の匂い。

 紙の本は、いい だが、かさばる それだけの理由で紙の本を失うのは惜しい そんなことを書棚を見ていて感じた 久しぶりに図書館で本を借りてきたが タイトルをここで載せるのは憚られる そんな本でも、紙の匂いが、いい 先日、アミーゴに借りた紙の本 「横浜フリューゲルスはなぜ消滅しなければならなかったのか」 を読了した いろんな思い出が蘇ってきた 紙の匂いとともに伝わってきた また別の一冊を、手にとって読んでみる 紙の匂いが鼻を通って、脳まで行き渡る やっぱり紙の本は、いい 長居に来たなら F.C.OITOに寄っとくれ 紙の本の匂いを堪能できるから NEVER STOP,NEVER GIVE UP