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「今あるもの」も大事に。

ようやくJリーグが僕らのもとに「今」が戻ってくる。徐々に準備が整いつつある。6月27日にJ2とJ3、J1は7月4日。あくまでも再開なのだが、まるで開幕戦を迎えるかのような気持ちになっているなと感じるほうが正しいのかもしれない。二度漬けは禁止だが、このダブルな感覚は良いのではないだろうか。
この2ヶ月ほどのITの凄まじさにはIT屋でもある僕も正直驚いている。以前も書いたがこれが「当たり前の世界」になっていく。当たり前になればどこかにしわ寄せが行く。そのしわ寄せのおかげでビジネスが成り立つ会社もある。「風吹けば桶屋が儲かる」よろしく、良き連鎖反応が生まれていくはずだ。
その反面、ITにおける問題点が無いわけでもない。日本全国で緊急事態宣言が解除された今、中と外の通信量が莫大に増えているわけで、企業のオフィスや店舗などのネットワークには負担がかかるようになっていくだろう。売上減のなかであってもさらなるIT設備投資が必要となってくる組織も少なくない。
発想を変えないといけない。増え続けるオンラインミーティングに今まで通りの固定回線を設置するだけで良いのだろうか。すべてをクラウドに移行するだけで物事が上手く進むのだろうか。「ノーマル」な自分たちが「ニューノーマル」の荒波に飲み込まれないようにするにはどうすればいいのだろうか。
ITは既に「環境」や「設備」という言葉だけで片付けられるようなものではなくなった。スタジアムなどでも多くを目にする機会が増えるのだと思う。例えば自宅にいながらゴール裏で応援しているのと変わらない状況になっていくのだろう。是非そんな時代に対応できる体質を作っていきたいものである。
だからと言って、変えていくものばかりではないのも僕は思っている。無観客試合がデフォルトになるような時代などまっぴらだ。ITはあくまでも人がいて成り立つものだと僕は思っている。そして、「今あるもの」も大事にしなければ、先の未来など一体何のために存在するのだろうかと思ってしまう。
蹴球堂の「今ある」ITと言えばLINEスタンプだ。ローンチ以来、これまで多くの方に使っていただけていることに感謝したい。今日、あるトークライブにゲストで呼んでいただいたが、そこでも「セレ女」というキーワードも出た(メインじゃないけど)。スタンプ同様に「今あるもの」も大事にしたい。
NEVER STOP,NEVER GI…
最近の投稿

物忘れは罪深い。

昨日お願いした写真はまだ反応は無い。ゆっくりと待ち続けていようかと思っている。やはり、そのときそのときの風景をしっかりと収めておくことをしないといけない。最近はもうそれこそ、何でもかんでもiPhoneで撮影してGoogleフォトに上げてしまう。画質などそれほど拘らない適当感が良い。
僕にはまさにこの適当感という言葉がよく似合う。写真もそう。撮らないといけない場面ですっかり忘れていたり、あとになって気づいたりの連続だ。これは別名「物忘れが酷い」とも言う。ついさっきあったことをすぐに忘れてしまうのだ。どこかの誰かがいつもフォローをしてくれているのだろう。
そう。人がびっくりするくらい、僕は本当に物忘れが酷い。買い物に行けば何かを忘れる。冷蔵庫から出したものも直すのを忘れる。持っていた本のことを忘れて同じ本を買ってしまう。ただ、そんな僕でも、大事なことは忘れることはないだろうと根拠の欠片もない自信だけはあった。その日までは。
ある日、2000年5月27日の写真を探しているとき、あるフォトグラファーに相談することにした。「あのときの写真をブログで使いたいんやけどー」。返ってきた言葉は「その頃はまだ旗振ってたわ」だった。そうだった。すっかり忘れていた。この物忘れは本当に罪深いと改めて自分を恥じたのだった。
物忘れだけではなく人は自分の都合のいいように物事を解釈してしまうもの。時が流れるとともに変わっていくものばかりなのだ。現状がそうだからといって、必ずしも昔からずっとそうだったわけではないと、もうそろそろ僕は理解すべきだった。そんなことを考えながら当時を思い出して独りごちた。
今、F.C.OITOでは、FOOTBALL「A」であるArtの一環として写真展を催している。至極の作品たちが店舗を彩っている(はずだ。というのもその場を僕は見ていないから上手く説明できない)。セレッソファンの皆さんには開催期間中に是非お越しいただきたい。忘れてしまわないうちに告知しておく。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「Remember527」に提供を求む。

昨日の「サッカーショップ蹴球堂リスタート」には、多くの方が店舗のほうへお越しいただけたようだ。とにかく非常に嬉しい。早く皆さんの喜ぶ顔に会いたいという気持ちが益々高ぶってきている。正直それだけで、何杯もご飯が食べられるような気がする(実際は少食になったのでご飯一杯も限界)。
話は変わるが、僕には2000年5月27日の写真という記録が皆無に等しい。結構パシパシ撮ってきたのだが、なぜかこの試合のときの写真が僕のGoogleフォトの中にはほとんど、いや、まったくと言っていいほど存在しない。昨日も、この駄ブログを書くときに、どんな写真を使うとか相当悩んでしまった。
実は、Remember527というなんとも表現しがたいWebサイトを運営している。この運命の日に、セレッソ大阪サポーターは一体何を考え、どうしていたのかが気になったので、いっそのことまとめたらどうだろうかと思い、勢いで立ち上げた。多くの方が情報をくださり、掲載をさせていただいている。
「蹴球堂はセレッソ大阪の歴史を見れる場所でもある」とアミーゴのひとりがSNSで書いてくださっていたのと同様に、このRemember527も2000年5月27日の思い出で埋め尽くしていきたいと思っている。当時の写真をお持ちの方で「提供しても良いよ」とおっしゃってくださる方がいれば非常に嬉しい。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

20年前のスタートライン。14年目のリスタート。

僕の好きな映画の中のセリフのひとつに「すれ違ってなんかない。僕たちはすれ違ってない。端と端を結んだ輪になってひとつにつながっているんだ。」がある。無論これは恋愛映画での言葉ではあるのだが、人と人とのつながりに対しても充分意味を与えることができるくらい深遠だとも感じている。
先日とあるインタビューでも話したとおり、僕らという点と点が線となってつながっていくという言葉と近しい。どんな時代になっても一番大事な部分であるなと考えるとともに、これまでセレッソ大阪を通じてつながってきた方々との歴史を振り返ること。今日はそのような一日でもあるのだろう。

「2000年5月27日」に強く拘る理由をいまさら聞くまでもないだろうが、僕は死ぬまでこの日を糧に生きていくのだろうと思っている。もちろん今も気持ちは変わってはいない。2006年にサッカーショップ蹴球堂を誕生させ、毎年のように5月27日に催しを行ない、閉店も乗り越えて今日を迎えている。
糧、とは書いたものの、正直なところ僕にとってはトラウマのような存在でもあった。この日が近づくにつれ、あの試合が、あの試合の前後のできごとが、頭の中を駆け回っていた。記録もさながら、記憶というものの恐ろしさというか、本当にそんなものを感じながら生きているように思えていた。
逆もある。あの試合のおかげで深まった絆は今でも宝物であるし、自分だけで悩まなくても良いんだと思わせてくれるアミーゴもいた。なによりこの2000年5月27日を境に「サポーターとは一体何なのだろう」と考える機会をもらえたことに非常に感謝している。それだけでも気持ちが楽になってくる。
そして、2017年のダブルによって、僕の(たいしたことのない)重荷みたいなものが少しばかりどこかへと去ってしまった。インタビューでも話した「セレッソ大阪の歴史=自分のセレッソ歴」というなかで起こる様々な場面と、そこに一緒にいてくれる多くのアミーゴとのつながりが僕のすべてだ。
久々に本棚から出してきて「週間サッカーマガジン2000年6月14日号No.766」をおもむろに開いていく。18ページと19ページ。ちょうどそこに僕らのスタートラインがある。20年。僕らは走ったり、歩いたり、立ち止まってみたり。叫んだり、笑ったり、泣いたり。ときにはじっと座り込んでみたり。
この中には濃密な20年の物語の始まりが確かに存在した。今の応援…

寝起きのスタートダッシュ。

今朝、うちのワンコ(クロヱ、パグ♀3歳)の狂犬病注射済登録を行なうために役所へと行ってきた。毎年のことだがワンコの年次イベントは多い。狂犬病、フィラリア、混合ワクチンといくつかの処方と届け出。まあ飼い主の義務と責任でもあるので、しっかりと実施していくのが務めだとも思っている。
先日もニュースが狂犬病が14年ぶりに国内発生した、と報じていた。今の日本で発生する確率は少ないのだろうけれど、今回の新型コロナウイルス同様、どこに何が転がっているかまったく読めない時代。だからこそ「備えあれば憂いなし」の言葉とともに様々なしくみ段取りを行なっていく必要がある。
昨日、首都圏地域も緊急事態宣言が解除された。しかしながら第二波の恐怖も拭えていない状況ではある。三密を回避しながら、手洗いうがいなどを意識し、徐々に日常生活を取り戻していくのが最善であると心得ている。なにはともあれ、まさにここからが大事だということだけは間違いがないだろう。
本来であれば今週末の土日に大阪に帰る予定だった。もちろんそれはJリーグが行なわれていることを想定していた中での話。当分厳しい状況が続くと分かった時点でJALの航空券(片道しか取ってなかった)をキャンセルした。早割だったにも関わらずキャンセル料無しにしてくれたことに、感謝しかない。
現在のところ6月19日までは県外移動を制限されているため帰阪するのもその先になりそうである。明日のサッカーショップ蹴球堂RESTART、6月14日のモリシの日(今回は素晴らしく日曜日のようだ)にも、タイミング的に大阪にいることができないのが残念ではあるが、相当盛り上がるのだろうと思う。
F.C.OITOでも明日から写真展が開催されるようだ。これからは多くのイベントという花が咲いていくことだろう。非常に楽しみでならない。いつになるかは分からないが、この写真展が7月31日までの予定なので、そこまでにはなんとか皆さんの前に顔向けできるようにしたいとは思っているがどうだろう。
これから6月以降の段取りを決めていきながら、どのように移動しようかを検討していく。それ以上に日本全国からオファーも色々と貰っているので、そのあたりも一緒に段取っていきたいと思っている。「備えあれば憂いなし」。皆さんとの大事な時間を無駄にしないよう、準備を怠らないようにしたい。
そんなことを考えている矢先。そうだ思い出した…

喋れる口が大事。

先日オファーを貰っていたのだが、ついさきほどオンライン対談(というか聞き取りに近いインタビュー)を行なった。そのお相手は「一体何個下やねん」というくらいの年齢差だ。多分三倍いや四倍の開きはあるだろう。サッカーショップ蹴球堂のこと、F.C.OITOのことを色々と話しさせてもらった。
とてもじゃないが僕の子供の頃とは感覚が全く違う。今日も”ネイティブ”という言葉を使わせてもらったが、生まれたときに既にセレッソ大阪が存在し、物心がついた頃にはスマートフォンが当たり前になっていた時代と、昭和を比べてはならないとは思いながらもどうしてもその方向へと流れている。
無駄に歳だけを取ってしまっているなと感じつつも、このような若人(あきらではなく)とこんな風に対談できるのが素晴らしいなと感じている。これもセレッソ大阪が結びつける縁というものだ。あっという間の40分程度。どんなことを話したか、は、いつかYoutubeにでもアップされることだろう。
そんな、スマートフォンどころか携帯電話も無かった子供時代。どのように生きていたのか、まったく記憶を辿れなくなってきている。同じくらいの年齢のとき、どんな遊びをしていたのだろうとかふと思ってしまう。多分漫画を書いていたのだろうな。あと、本を読むか、野球をするかだったはずだ。
話は戻るが、この対談での問いが、某深夜番組並みに尖すぎて言葉に詰まってしまう。如何に彼のほうが真剣で、僕のほうが不真面目に生きているのがバレてしまう。そして年功序列などもうこの世には存在しない。あるのは、それを「する人」か「しない人」かの選別だけ。それと喋れる口が大事だ。
歳を取ったとしても、変わり続けることが大事だと改めて教わった。「強い者が生き残るのではなく、変化に適応した者が生き残るのだ」という有名な言葉を噛みしめる。最近ではこの言葉自体も、チャールズ・ダーウィンの言葉では無いと言われたりする。やはりこの世界は変わっていくから面白い。
そういや空いている時間を利用しサクッと映画「20世紀少年」三部作を見切った。僕よりも少し前の設定ではあるのだが、そこには僕らの昭和があった。もう何度見たか。僕らには時代時代に合った楽しみ方がある。今ならスマートフォン。あの頃なら、秘密基地、駄菓子屋、忍者ハットリくんなのか。
いつの時代も、喋りがあれば何かと上手く生きていけるはずだ。喋りが下手くそな…

情報という生き物について。

僕らのサッカー、僕らのJリーグが帰ってくるのは一体いつになるのだろうかと毎日のように情報を探している。ルヴァンカップの大会要旨も決まっていくだろう(地域ブロックごととかいう話もある)し、肝心のリーグ戦がどのようになるのかを早く知りたいところでもある。そのように過ごしている日々。
以前からも書いてきたとおり、新型コロナウイルスは、僕らの生活を少なからず変化させている。僕のテリトリーで真っ先に考えると情報ということになる。僕自身の情報発信にも数多くのニューノーマルが生まれている気がしている。インターネットが多くの情報で溢れかえっているのも必然なのだろう。
情報は、活かせば薬になり、またその逆もある。毎日このように書き続けている駄ブログであっても例から漏れることはないだろう。情報は生き物であり、元となる言葉もまさに生き物だ。さらには、人と共生することで成長していく。ひたすら書いているからかもしれないが、僕はそんな気がしている。
今この瞬間も情報は様々な形で多くの方から発信されている。情報量は、年を追うごとに増加していき、もう何が有益で何が無益かも判断がつかなくなってくる。そんな世の中で何を信じてどのように生きていけばいいのか、分からなくなるのも正直なところだ。なんだか、映画やドラマの中にいる気分だ。
そのような、映画やドラマのような生き方と、現実の生き方との境目が見えなくなってくることもしばしばある。今の自分は一体どっちの世界で生きているのだろう。放つ言葉は、自分の求める、自分がいるべき世界で発しているのだろうかと。僕が言うのも何だが、情報とは素晴らしくもあり儚くもある。
改めて書くが、情報は、活かせば薬になり、またその逆もあるのだ。だからこそ今、こうして書く、この瞬間を大事にしなければならない。本当に悲しいニュースを見た。どんな理由か何が原因かも僕には分からない。知れるのは目の前の現実だけ。情報、そして言葉の大事さを、改めて思い知らされるのだ。
僕自身の情報や文章から棘が突き出る場合があるやもしれない。そんなことを考え、意識しながら、情報という生き物とともに日々を生きていく覚悟が必要だと強く感じている。自戒の念に浸らせるために悲しい出来事があるとすれば、この世はなんて住みづらい場所なのだろうと思ってしまう。なんだか。
独り言を書きながらニュースを見ていたら、グループ別ではあるものの…