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カオスから得るもの。

インドア派で知られる僕の数少ない趣味である読書と映画。B型の本能というか何というか本が中々進まず、買うには買うが手を付けられないという所謂”積読(つんどく)本”が家の中を散乱している。そんな生活が何年も続いているのは、僕の性格を知る方にとっては当たり前のこと。

歳を重ねて雑誌を買うのはほぼ無くなった。若い頃はサッカー雑誌がそこら辺に散らばっているまさにカオスな状況を醸し出していたが、カオスな状況をなかば美徳のように捉えてしまう一面も隠し持っており、それ相応のモチベーションが非常に高かったことを思い出してしまう。

当時はインターネットメディアがそれほど発達しておらず、サッカー情報も思うように手に入らなかったが、今では簡単に目の中に入るようになった。とはいえその弊害も多く、見たくない情報や言葉の行き違いも多く(まあこちらは今も昔も変わらないが)なったような気がする。

昨日のベネズエラ戦は仕事の関係で後半から見ることとなった。結果自体は皆さんの御存知の通りなのだが、問題点が一体どこにあるのか、監督なのか選手なのか。また、あの場面で応援すべきなのか否かなどの多くの言葉が、様々なネットニュース内でまさにカオスになっていた。

僕はそれほどこの状況を嫌いでもないし、単純な批判以外ならどちらの意見も正しいと思ったりもする。僕はそれ以上に、なんでこの試合にセレッソ大阪の選手が選ばれていないのだろうか、選ばれていたらどうなっただろうか、というちょっと的外れな妄想に掻き立てられている。

この試合から見ても海外組への比重を含めて今後の選手構成に大きく影響が出るのだろうと感じると同時に、更に多くの選手チャンスが訪れる気がする。うちの選手たちはどうだろう。その資格はあるだろうか。昨日のカオスは僕自身にも大きなモチベーションとなっているようだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※先日の長野で六文銭を見て素直に感動した。
※モチベーションが結構上がったのを思い出している。

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熱さ。

先週の木曜日金曜日の二日間、TechCrunch Tokyo 2019というスタートアップイベントに行ってきた。毎年多くのベンチャー企業や投資家の皆さんのお話を聴くためにこの有料のイベントに参加しているのだが、非常に勉強・参考になると同時に気持ちの昂ぶりをもらっている気がする。
勿論、僕のベースはITではあるが、ヘルスケア、フィンテック、バイオテクノロジーという畑違いの分野についてのプレゼンテーションからも非常に学べる。それ以上にガートナーが語る「世界中の全ての企業がIT企業になっていく」という言葉の意味を、強く噛みしめる瞬間でもある。
そんな中で、今回のスタートアップバトルを見させていただいたが、キーワードとして多く出てきたのがAI、人工知能、ディープラーニング。じゃあ僕らはもっと人間臭いところで攻めてやろうか、なんてことを話しながら、イベント後の報告会で熱いしゃぶしゃぶを食したのだった。
当然ながら、理想論の塊になってしまっているようなものも無くはないが、それだけ熱い想いがある、ということかもしれない。このイベントから感じる途轍もない熱量。この熱さが業界を揺るがし、大企業を驚かせ、そして世界を変える大きな可能性を秘めていると僕は思っている。
今、自分の身近な方だけに向けて「超拡散ブレスト」というミーティングの機会を提供している。ただ単に僕が培ってきた経験を元に抱えている課題などについて思いっ切り拡散しながら話してみようという企画だが、いくつかの申込みを頂いており、本当にありがたいと感じるのだ。
熱さだけでも駄目かもしれない。しかしながらこの熱さから生まれるものが必ずあるはずだ。そしてそんな熱いベンチャー企業を応援することも続けていきたいと考えている。レゴ®シリアスプレイ®ワークショップも申し込みを頂いた。もう少しだけ熱く生きていくことができそうだ。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

未来を見据えないわけにはいかない。

日本全国を訪れる際に必ずと言っていいほど幕末明治の史跡を見て廻る。今、百田尚樹氏の「日本国紀」を読んで(聴いて)いるのだが、この時代の混沌さに対しての日本人の持つ素晴らしい気持ちの強さを感じる。150年経った今の僕らはどうだろうかといつも自問自答してしまう。

なでしこリーグ一部昇格を懸けたAC長野パルセイロ・レディースとの大事な試合。ホーム初戦を0-0として迎えたアウェイ長野Uスタジアムでのプレーオフ第二戦は、1-1のドローであったがアウェイゴール差でセレッソ大阪堺レディースが勝ち、ようやく来季はトップカテゴリーで戦える。

こんなことを書くと誤解を生みそうだが百濃実結香選手に惚れてしまった(もちろんプレーにだが)。後半開始(ちなみに事故渋滞で前半の途中からしか見ていない)から出場した百濃選手が相手の左サイドに圧力をかけにかけ続けた結果のゴールを見て素直にLOVEとなったのだった。

90分+アディショナルタイム(リスペクトを極端に欠く最後の一分間は非常に無駄でもあり苛立たしくもあった)を走り切った両クラブの選手たちも素晴らしいが、この試合を戦うために集まった多くのゴール裏サポーターも、勝利という称賛に値する存在なのだろうと思ってしまった。

どのスタジアムでもどんな状況であってもこんなに沢山のファンやサポーターが集まるクラブに、25年かけて成長した。昨日の試合の後、コールリーダーの某氏ともそんな話をしながら染み染みしてしまったが、それだけ長い期間、このクラブを見続けてきたという歴史なのだと感じる。

もうこれから先のセレッソ大阪サポーターは”アウェイ席に二人しかいない”なんていう状況も二度と起こり得ないのだろう。先日の大旗引退を宣言したアミーゴの言葉からも分かる通り、今を生きながら未来を見据えていく歴史とは、いつの時代も常にアップデートされていくものだ。

試合終了後の気分が乗っている中、なかなか来れる環境でも無かった松代を訪れた。幕末の日本に影響を与えたひとりでもある佐久間象山先生ゆかりの地をいくつか廻らせていただいた。時代の先を見過ぎるのも危険だが、未来を見据えないわけにはいかない。僕らの時間は実に短い。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

一路、長野へ。

今、長野へ向かう長距離バスの中でこれを書いている。それほど車系の乗り物に強くない(乗用車に乗るとすぐに祈りに入ってしまうタイプ)ので少々酔いそうになってしまうのを抑えつつ、とにかく手を動かす。若干の渋滞もあるにはあったが、今は順調に進んでいる気がしている。

それにしても今週は月曜日から昨日まで本当に多くの方々とお会いしてセレッソ、サッカー、映画、事業、レゴ®シリアスプレイ®、旅、もちろんITと様々な刺激をもらえた。知っていることの深堀りと知らなかったアミーゴの内面など含めて、改めて僕は恵まれていることに感謝する。

同時に、まだまだ僕は未熟だなと思ってしまう場面も多々有り、時間的制約や感謝、配慮といったものの足りなさを非常に痛感する。スキルと経験ばかりが上がっていき、人間性の向上が発展途上なのかもしれない。毎日の生活がまさに学ぶ場となっているのがとても有り難いなと思う。

人と人のつながりは本当に深い。特にセレッソ大阪に関わる方々との関係性はどこまででも続いていくような気がしている。だからスタジアムに向かう。いつものように時間が流れる。いつもの顔を見て安心する。柵や影響度合いなどは無意味だ。僕らはそんなものを超越しているのだ。

今日、長野ではセレッソ大阪堺レディースのなでしこリーグ一部昇格をかけた重要な試合が待っている。ここ数年の重要な試合ではほぼ負けていない勝利の男神(この単語、Google日本語でも出ないので存在しないのか)が参戦する。影響力の無さは半端ないが、兎にも角にも勝利を。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

歴史の1ページ。

毎年のように正月一般参賀で皇居を訪れていた身をご存知の多くの方から「パレードはいかがでしたか?」と常套句のように聞かれる。実のところ今年になってからすべての行事に参加できていない(と書くと如何にも関係者っぽく聞こえるが、全くもってそんなことはあり得ない)。

特に先週末についてはいつもの体調になかなか戻ってこれず、どうしたものかという気持ちで過ごしていた。そんな心持ちを切り替えるため、パレード中継が始まるまでに図書館へ行くことに決めた。中野区に引っ越してきてから実に半年以上経ってようやく登録を行なったのだった。

少しこの行事に話を戻すと、体調が良くないときに参加すると一番大変なのがトイレだということを感じる。一般参賀の時でもそうだがかなりの人数でしかも結構な時間を並ぶこととなる。少々些末な話ではあるが最近は回数が多くなり(これは歳のせいか)心もとない状況になる。

身体のせいばかりにしがちではあるが、元来人混みが苦手な人間でもある。できればひとり静かに体育座りをしているそんな場面が好きな性格。僕が図書館を愛する理由はそういうところからも表現されているのだろうと感じる。そう独りごちながらテレビを見るために家路に着く。

東中野図書館の近くに氷川神社があるので立ち寄った。ここには昭和十五年に建てられたと記されている「紀元二千六百年記念」の碑がある。以前住んでいた浅草近辺の神社にも勿論のこと趣があったが、ここ中野区のそれらにも、地場で培ってきた伝統や日本の文化が存在している。

考え方や思いは人それぞれではあるのだろうが僕は日本の歴史の深さを改めて感じた。人間ひとりひとりの歴史はせいぜい100年。でもその繋がりや繰り返し、積み重ねによって僕らが今ここに存在していると思えば、なんだか背中を押してもらっているような気にさえなってくるのだ。

天皇陛下御即位からパレードまでの一連の行事。また訪れるであろう正月一般参賀という歴史を僕は再び感じることができれば幸いだ。そんな思いでTVモニタに映るパレードの様子を見ながら、またもう一枚と歴史の頁を開き始める。あと何ページを僕はめくることができるだろうか。

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複雑性と手。

昨日、今月の諸々の予定を調整していた。なんとか上手く収めようとして逆に混乱してしまうという悪循環に陥る。難しいことをどうにか簡単に進めればいいかなのだが、それができないのも人間の持って生まれた複雑性によるものかもしれない。人はどうにも難しい生き物である。

そんな、どうでもいい内容を考えながら水曜日に行なうイベントのドキュメントを作成しつつセレッソ大阪U-23のゲームを見る。口では上手く言い表せないが、中島元彦選手がトップチームに昇格しなかった理由やベンチにも入れなかった理由が、少しだけ見えたように思えたのだ。

先日見たフィンセント・ファン・ゴッホの絵画展と映画を見たから特に感じるが、人にはそれぞれタイミングというものが存在しており、そのタイミングを逃すと次にまったく同じような状況が来るなんてことはほぼ無い。僕もそれらを多く逃してきたので感覚的に分かってしまう。

どうしてこんな感情を持って人間という生き物は生まれてくるのだろう。それは人間は生身であって機械では無いからだ。 0と1だけに支配される世界と近づいたり距離を置いたりできるところに人間の複雑性が現れるからだ。そんなことを中島選手とファン・ゴッホから感じ取れた。

こんな文章を書いたらまた「こいつは変わった奴だ」認定されるだろう。そう。今月から手書きノートに戻した。書くことの素晴らしさを思い出した。人間の不安定さは手から出るものが一番だ。レゴ®シリアスプレイ®に惹かれるのも無理はない。僕の手は0も1も勿論絵だって書ける。

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第31節 湘南ベルマーレ戦。#スーパージンヒョン。

以前から書いているが、どうもヨーロッパから戻ってからというもの、気持ちが前に向かないというか何というか体調が優れない。特に右足の指がとても痛い。持ち前の変な感情と気力だけで保っているところもあるが、やはり病院などに行ったほうが良いのだろうかと考えてしまう。

そんな状況でお世話になっている組織で様々な催しなどを企画している。今週はデンマーク(いやロンドンとも言う)報告会を、そして「超拡散ブレスト」を先週末から開始している。長年同じ組織で培ってきた経験とそれによって得られた自分の能力を生かしていこうと考えている。

本当に申し訳ないのだがキム・ジンヒョン選手のJリーグ通算出場数が361試合となり、森島寛晃社長のクラブ歴代記録に並んだとのニュースを試合後のTwitterで知った。11年という長きに渡って外国人選手(もうそんな意識無い)が同じクラブでプレイするのも素敵なことなのだろう。

ミゲル・アンヘル・ロティーナ監督の就任によって、更に進化の一途を辿るジンヒョン選手。ここから年齢や怪我、様々な課題も増えてくるだろうし、常に変わり続けるサッカーに対応していくことも簡単では無くなってくる。しかしながら何時までも同じクラブで戦い続けたいものだ。

少なくとも三度は存在した”スーパー・ジンヒョン”。今シーズンを象徴するかのようなウノゼロ。31試合戦って失点23は素敵な数字だ。決してゴールキーパーだけの結果ではないが、彼の存在が大きく影響しているのは間違いないはず。新たなレジェンドの誕生を素直に喜びたいと思う。

残り三試合。アウェイ・ホームを関西で行ない最終節は大分。結果がどうなるかは別の次元であり、まずは自分たちのサッカー(この表現もどうだろうか)を貫いて勝ち点9を掴み取る。体調の問題もあるので僕はNJを見ることになるのだろうが、クラブの歴史と未来を共に堪能していく。

余談だがスーパージンヒョンチャント。本当に凄いなと感じる。20年くらい前に”ファンセ”ファン・ソンホンさんに向けて作ったチャイムのリメイク。間違いなくセレッソ大阪しか、いやセレッソ大阪だから見せられる他クラブとの違い。誰にも真似できない。それでいい。自信持っていい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP