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5月, 2020の投稿を表示しています

喋れる口が大事。

先日オファーを貰っていたのだが、ついさきほどオンライン対談(というか聞き取りに近いインタビュー)を行なった。そのお相手は「一体何個下やねん」というくらいの年齢差だ。多分三倍いや四倍の開きはあるだろう。サッカーショップ蹴球堂のこと、F.C.OITOのことを色々と話しさせてもらった。
とてもじゃないが僕の子供の頃とは感覚が全く違う。今日も”ネイティブ”という言葉を使わせてもらったが、生まれたときに既にセレッソ大阪が存在し、物心がついた頃にはスマートフォンが当たり前になっていた時代と、昭和を比べてはならないとは思いながらもどうしてもその方向へと流れている。
無駄に歳だけを取ってしまっているなと感じつつも、このような若人(あきらではなく)とこんな風に対談できるのが素晴らしいなと感じている。これもセレッソ大阪が結びつける縁というものだ。あっという間の40分程度。どんなことを話したか、は、いつかYoutubeにでもアップされることだろう。
そんな、スマートフォンどころか携帯電話も無かった子供時代。どのように生きていたのか、まったく記憶を辿れなくなってきている。同じくらいの年齢のとき、どんな遊びをしていたのだろうとかふと思ってしまう。多分漫画を書いていたのだろうな。あと、本を読むか、野球をするかだったはずだ。
話は戻るが、この対談での問いが、某深夜番組並みに尖すぎて言葉に詰まってしまう。如何に彼のほうが真剣で、僕のほうが不真面目に生きているのがバレてしまう。そして年功序列などもうこの世には存在しない。あるのは、それを「する人」か「しない人」かの選別だけ。それと喋れる口が大事だ。
歳を取ったとしても、変わり続けることが大事だと改めて教わった。「強い者が生き残るのではなく、変化に適応した者が生き残るのだ」という有名な言葉を噛みしめる。最近ではこの言葉自体も、チャールズ・ダーウィンの言葉では無いと言われたりする。やはりこの世界は変わっていくから面白い。
そういや空いている時間を利用しサクッと映画「20世紀少年」三部作を見切った。僕よりも少し前の設定ではあるのだが、そこには僕らの昭和があった。もう何度見たか。僕らには時代時代に合った楽しみ方がある。今ならスマートフォン。あの頃なら、秘密基地、駄菓子屋、忍者ハットリくんなのか。
いつの時代も、喋りがあれば何かと上手く生きていけるはずだ。喋りが下手くそな…

情報という生き物について。

僕らのサッカー、僕らのJリーグが帰ってくるのは一体いつになるのだろうかと毎日のように情報を探している。ルヴァンカップの大会要旨も決まっていくだろう(地域ブロックごととかいう話もある)し、肝心のリーグ戦がどのようになるのかを早く知りたいところでもある。そのように過ごしている日々。
以前からも書いてきたとおり、新型コロナウイルスは、僕らの生活を少なからず変化させている。僕のテリトリーで真っ先に考えると情報ということになる。僕自身の情報発信にも数多くのニューノーマルが生まれている気がしている。インターネットが多くの情報で溢れかえっているのも必然なのだろう。
情報は、活かせば薬になり、またその逆もある。毎日このように書き続けている駄ブログであっても例から漏れることはないだろう。情報は生き物であり、元となる言葉もまさに生き物だ。さらには、人と共生することで成長していく。ひたすら書いているからかもしれないが、僕はそんな気がしている。
今この瞬間も情報は様々な形で多くの方から発信されている。情報量は、年を追うごとに増加していき、もう何が有益で何が無益かも判断がつかなくなってくる。そんな世の中で何を信じてどのように生きていけばいいのか、分からなくなるのも正直なところだ。なんだか、映画やドラマの中にいる気分だ。
そのような、映画やドラマのような生き方と、現実の生き方との境目が見えなくなってくることもしばしばある。今の自分は一体どっちの世界で生きているのだろう。放つ言葉は、自分の求める、自分がいるべき世界で発しているのだろうかと。僕が言うのも何だが、情報とは素晴らしくもあり儚くもある。
改めて書くが、情報は、活かせば薬になり、またその逆もあるのだ。だからこそ今、こうして書く、この瞬間を大事にしなければならない。本当に悲しいニュースを見た。どんな理由か何が原因かも僕には分からない。知れるのは目の前の現実だけ。情報、そして言葉の大事さを、改めて思い知らされるのだ。
僕自身の情報や文章から棘が突き出る場合があるやもしれない。そんなことを考え、意識しながら、情報という生き物とともに日々を生きていく覚悟が必要だと強く感じている。自戒の念に浸らせるために悲しい出来事があるとすれば、この世はなんて住みづらい場所なのだろうと思ってしまう。なんだか。
独り言を書きながらニュースを見ていたら、グループ別ではあるものの…

ストレスと愛と。

どうも風邪を引いてしまったようだ。黒いワンコによって、夜中に布団を取られたせいだろうか。最近特に暴れる頻度が多くなっていて睡眠を妨げられている日々。しばらく雨も続いているので散歩に行けないストレスとも取れる。人も犬も気持ちを和らげることを適度に行なう必要があるのだなと感じる。
そんなストレスには「ストレッサー」という問題が存在する。他の何かに要因を押し付けることは必ずしも悪いことではない。状況を踏まえてこのストレスと向き合うのも大事な方法かなとも僕は思う。ストライカーが「ゴールを決められないのは自分のせい」と思い続けていたら、正直心が折れるだろう。
よく「ストレスって無いでしょ?」と言われる。とんでもない。ストレスの無い人間などこの世にはいない。ただし、捉え方の違いで、ストレスを軽減することはできると僕は思う。人間の行動なんてなんの保証にもならない。だから深く考えないようにしている。僕の歴史のなかにすべてがあると考える。
関東在住のセレッソ大阪を好きな人が集うコミュニティ「セレッソファン東京支部」をご存知だろうか。まあそれほど多くもない人数ではあるがフェイスブックを通じて心細さを共有しながらアウェイの地で細々と生きている。セレッソからサッカーから始まったご縁がさらなるコミュニケーションを生む。
その「セレッソファン東京支部」にて初めてのオンライン飲み会が開催されたので参加した。もちろんリアルとヴァーチャル、オンラインとオフラインの違いなど諸々異論はある。だがそんななかでも、久々にアミーゴの顔を見てホッとした自分がいる。それだけでもこの会の意義を大きく感じてしまうのだ。
中身はというとそれほど大した話でもなく他愛もないことだ。だがそんな話しをできるだけでも、心に一陣の風が吹いてくる気がしている。人はひとりでも生きられる。しかし人はひとりでは生きられない。この矛盾し合った言葉の裏側には、とてつもない数の愛が存在する。その愛が止めどなく続いていく。

誰かが言っていた「オンライン飲み会は飲み過ぎる」。アプリによっては時間の制限もなくなる。愛だけでなく時間も止めどなく流れていく。中座した僕はワンコの夜の散歩へと向かう。はしゃぐワンコ。STAY HOMEは人にも犬にもストレスを連れてくるが、その分、愛も増えていくのが手に取るように分かる。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「今日は時間が無かったため長い文章になってしまった」。

もともと人とのタッチポイントが少なく、何もすることがない休みの日は引きこもるほうでもあったので、コロナ禍もこれまでの生活もあまり変わらないのが本音だ。ワンコの存在のおかげで歩く距離もほぼ同等であるし、体重もまったく増えていない。ただ、本を読む量だけは確かに増えたなと感じる。
最近何かと本とのご縁がある。もろんF.C.OITO(が本屋でもあることを知っている方は素晴らしい)は言わずもがな、数多くの良質な書籍を手に取っている毎日だ。当然のことながら薦められた本がまったく手に入らず途方に暮れるケースもなくはないが、ぼーっとしたときに開くページの余韻が素敵だ。
そのなかのひとつに「具体と抽象」という本がある。タイトルからしても見た目非常に分かりやすい二項対立の骨頂なのだが、如何にも難しそうな気もしなくもない。しかしながら内容はというと至ってシンプルかつ重厚。「一秒漫画」なども駆使したうえで進んでいく。非常に面白く読ませていただいた。
「なんか良い感じに、チャチャっとやっといてください!」と言う営業と「良い感じってどんな感じなんですか?そして、チャチャっという単位が意味が分からない」と言うエンジニアの対立。まあ今に始まったわけでもない。このような事例なども理解しやすく解説してくれていて非常に重宝している。
レイヤーが合っていないのだ。まるでパラレルワールドにいるかのように求めているものへの尺度が決定的に違っているのが見て取れる。そんな身の回りやどこにでもあるような些細な対立について、この本は実に細かくそのうえで読みやすくなっている。正しい道の探し方を教えてくれている気がした。
具体的であるに越したことはない。とは言え抽象化する力は現代においては重要なファクターでもあると僕は思う。マクロとミクロ。社長の言葉と社員の想い。具体性を持った指示と抽象的で考えさせるような問い。どちらも重要でどちらも欠かせない。向き不向きもあるし置かれた環境にも左右される。
どこまで行っても平行線の議論はこの世に多く存在している。僕も使い分けているつもりでもあるが、完全に吸収するのには正直無理があるのだろう。だから少しでもその域に近づけるようにと僕は本を読む。良い本に出会うと人に薦めたくなる。「今日は時間が無かったため長い文章になってしまった」。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

コールリーダー論。

全ての面で良いか悪いかは別にして、僕が幕末明治の歴史が好きな理由のひとつに、個性的なリーダーが多いということが挙げられる。しかもそのリーダーが武力を中心とした人物だけでなく、武士の時代の終焉に向けた知識力や情報力に長けていた人物も数多く、急激な日本成長の立役者となっていった。
二十代三十代で政権交代(明治維新)を成し遂げ、数々の要職に付きながら年月を重ねていった志士たちも人間。人間だから一年に一度は歳を取る。次の代に受け継いでいく方がいる一方で、どうしてもその地位に居続ける方もいた(もちろん必要だったのもある)。継承とは本当に重要な事項だと感じる。
先日、セレッソ大阪ゴール裏のコールリーダーと話をしたときに感じたモヤモヤ(もちろん良い意味での)。そのモヤモヤ。このコールリーダーという立ち位置は、ある日突然生まれるものか、それとも、代々、綿々と受け継がれていくものなのか。これだけJリーグを見てきてもよく分からないのが本音だ。
他クラブはともかく、セレッソ大阪だけを見ていてもその流れがよく分かる気がする。当たり前のことだが人は毎年ひとつずつ歳を取っていき、その、わずかひとつの年齢を重ねるのと同時に、社会での責任もひとつ(どころではないだろうが)増えていく。当然、スタジアムを訪れる回数にも影響が出る。
スタジアムで大勢のサポーターのとともに、選手たちのその一足を踏み出させることができなくなっていき、信頼できる誰かにその任を引き渡していく。CEREBAKAで話したなかでもオフレコな部分で、そのような話をしたことを思い出しながら、コールリーダーとは、如何に難しい生き物なのかと感じた。
次のコールリーダーで第7世代になるそうだ(信じるか信じないかはあなた次第)。得るものはとてつもなく少なく、逆に応援などになにか問題があれば真っ先に矢面に立たされる。それでも、だ。常にコールリーダーを目指しているサポーターは少なくない。責任同様に、これはまるで社会の縮図のようだ。
コールリーダーという立ち位置はやってみなければ分からない。他の方や選手たちであってもこれは多分理解できないだろう。それを受け継いでいくのだ。かなりの志でないとやっていけない。ユズリハという木は、前年の古い葉は新しい葉が出るまで待って、その場を譲るかのように落葉していくらしい。
CEREBAKA EPISODE1「店をやるのも自分の使…

ガラケー人生。

コロナ明けの六月になったら行なおうとしていることのひとつに、携帯電話回線の変更というものがある。多分20年以上持っているであろうauのガラケー回線(CDMAって言うんでしたっけ?)。電話専用機と化しているこの二つ折りの携帯電話をもうそろそろスマホへと移そうかとそう考えている。
この携帯電話会社の「二年割」というプランに契約している(というかこれしかないとショップの店員さんから言われた)のだが、このプランの場合、ちょうど二年後の2ヶ月程度しか手数料ゼロ円でのMNPができない。それが6月なのだ。ついにauから離れるのか。それとも継続なのかの境目なのだ。
ガラケーと言うと思い出すことがある。数年前に母親にiPhoneを持たせてLINEを使えるよう(これは弟夫婦のファインプレイだ)にしたのだが、本当に良かった。もしこのコロナ禍で、通話でしかコミュニケーションが取れなかったとしたら、一体どれだけのパワーを使うことになっていただろうか。
実際このような状況になっていなかったとしても、まめに連絡できない僕にとっては非常にありがたい。スマホというツールのおかげでお互いが簡単につながるようになったことで、時間の壁、距離の壁をスムーズに超えることができる。世界に比べて普及率はまだまだだが、本当に素晴らしいことだ。
そう言えばこのGoogle Bloggerもスマホから簡単に投稿することができるようになっていた。スマホファーストのなかで、ころころインターフェースが変わるGoogleサービスにはしてやられるケースが少なくないが、それでも、時間の壁、距離の壁を意識することなく記事を書けるのは嬉しい話でもある。
スマホファーストのサービスが多くなってきた昨今。通話という文化が少しずつ薄れていく昨今。そんな中でレガシーとして生きていくのはとても大変なこと。拒絶感とともに過ごすのも有りではあるが、スマホの世界にどっぷり浸かるのもそれはそれで有りだ。そんな僕は今、PCでブログを書いている。
矛盾したことを書いていたら、その昔、セレッソファンのためのSNSを作っていたことを思い出してしまった。その頃、僕はこのガラケーでSNSを利用していた。ガラケーと出会って約30年。人生の半分以上を共に生きてきたガラケーとお別れするのは寂しいが、これも人生だ(そんなに感慨深いか?)。
NEVER STOP,NEVER GIVE …

世界一の環境に会いにいこう。

歳なのだろうか。最近、身体の疲れが顕著に表れる。息切れ、ため息。どうしても足が前に進まないときもある。どうしたものかと思いながらも、尊敬する諸先輩のアクティブさを見ていると「もう少し頑張らねば」という決意だけはとてつもなく満ち溢れている。なにか起爆剤が必要か。

このコロナ禍だからというわけではないが、なかなか海外に行く機会が少なくなってきている。昨年はシンガポール、デンマーク、グレートブリテン(怪我の功名)くらいしか頭に浮かんでこない。まあ実際のところ行ったことのある国を数えてみたら、母国を入れてもたかだか20だった。

特に、サッカーを見るために海外に行くなんてことを考えると、インドにまで遡るのだろうか。2016年だった気もするから実に4年もの月日が経っている。そう考えると、もうそろそろサッカーを見るために海外へと訪れたい気持ちに火が付いてもいい頃だ。そんなことを思ったりしている。

そうか、そう言えば、ロンドンに行った際、ハイブスタジアムに訪れたのを思い出した。考えたらそれ以前にコペンハーゲンでパルケンにも行った。常にサッカーと関われているなと感じる。果たして次はどこへ行きたいのだろうか。そんなことを夢見たりしているが、叶うか叶わないか。

その前に、桜スタジアムに行かなければならない。桜スタジアムが見えるF.C.OITOに行かなければならない。海外も良いが、まずは大阪に行くことが必要なのだ。日本一、いや、世界一素晴らしい環境の長居公園とその中に存在する3つのスタジアムに会うのを最優先としていきたいと思う。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「ニューノーマル」で時間を作る。

インターネットショップであるサッカーショップ蹴球堂BASE店で購入いただくことが多くなっている。蹴球堂のリアル店舗がない今、方法としてはOITOかBASEかになっているわけではあるが、それでもインターネットでの購入がシフトしているのは新型コロナウイルスの影響がとりわけ大きい。

「ニューノーマル」という言葉が新型コロナウイルスの最中に歩き回っている。決して独り歩きしているわけでもなく、かと言って半歩前を闊歩しているのでもなく。特にITも絡めたこの議論については、今でも起こっている様々な変革の色合いを如実に表していると非常に関心を持っている。

では一体ニューノーマルとは何なのか。Wikipediaの一部にはこう描かれている。「この言葉は、以降、様々な文脈で用いられるようになり、かつては異常とされていたような事態がありふれた当然のものとなっていることを意味するようになった。」。当たり前の話だが真面目に書かれている。

今、身の回りだけでも多くのニューノーマルが見え始めている。キャッシュレス決済やノータッチオペレーションといった操作や、在宅ワークや徒歩通勤や自転車通勤などの緩和。今まで多数の企業がチャレンジしてきたアクションを、新型コロナはいとも簡単にあるべき姿に変えてしまった。

テレビでニュースを見る。非常事態宣言が解除された街であっても、人が戻ってこない地域もあったりする。見る限り「あの日常」がいきなり帰ってくるような様子ではない。「あの日常」は既に変わっているのだ。いや変えられてしまっていると言うほうが適切なのかもしれないと僕は感じる。

これは行動の問題ではなく心理の問題だろうか。そのひとつとしてリバウンドが発生するのでは無いかという思いなどで、外出を控える方もあるのだろう。この新型コロナウイルスは、物理的攻撃、肉体的攻撃よりも心理的攻撃、精神的攻撃を仕掛けている、という言葉のほうが似合っている。

生き方や働き方が変わってしまったことで、どうしてもデメリットばかりを探してしまいがちだ。しかしながら僕は「時間の大切さ」を知る機会にもなったのだと思っている。今を大事に生きること。その先に広がる何かのために、時間を有意義に使っていくこと。そんなことを模索している。

だからこそ、目の前のスモールワールドであっても、一人一人がニューノーマルを確立していく必要があるのだと思わされ…

当たり前のようにそっと横にいる存在。

ドイツ・ブンデスリーガが再開した。まだ試合自体を見てはいないが、ようやくサッカーと過ごす毎日が戻ってきた。しかしながらJリーグはもう少し先になりそうである。サッカーと過ごす日々はまるでワンコと一緒に生きているようなものだ。当たり前のようにそっと横にいる存在なのだ。

今年もこの季節がやってきた。いかな新型コロナが猛威を振るっていたとしてもだ。犬の世界には大事な儀式が待っている。僕とワンコは真夏日に近い空の下をテクテクと歩いてとある場所へと向かった。家を出た途端このワンコの口からはピンク色の物体が出て上下運動を繰り返している。

とまあこんな書き出しをしてしまったが何てことはない。この時期に実施しなければならない、狂犬病の注射を打ちに行っただけである。併せてフィラリアの薬をもらう。ここから12月までこのワンコはこの薬を食べ続ける。これ以外にも近々、混合ワクチンを接種することになるのだろう。

ひとつ分かっていることがある。人間とワンコはどんどん似通ってくる。それは「医者嫌い」だ。今日のこのワンコはまさにそういう状況だった。動物病院に入ってから獣医の先生が注射を打つときまで尻尾が丸まってしまって、蛇に睨まれた蛙、もとい、先生に睨まれたワンコだったのだ。

「筋肉の付き方で分かるよ、毎日朝晩散歩に行ってるってこと」。獣医の先生から言われたこの一言が非常に嬉しかった。今までも、そしてこれからも当たり前のようにそっと横にいる存在。そんな今日はテリ子さんの命日でもある。これまで一緒に過ごしてきたワンコたち。すべて家族だ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「なさすぎる」のリハビリ。

今朝、とあるグローバル企業のZoomによる上場説明会に参加して、とても素晴らしい話を聴かせていただいた。夢のある内容も素晴らしいなと感じるが、それ以上にその説明会が終了した直後にメッセージをもらったりして、成功するのはやはりこういう方なのだろうなとか思ってしまった。

このような行動が非常に大事というか、僕に決定的に足らない部分がここだ。そんなことを再認識するとともに、自分なりにも色々と考えてみた。まず僕はマメでなさすぎる。受け取る側の気持ちを考えなさすぎる。おもてなしの心がなさすぎる。とまあ、「なさすぎる」のオンパレードだ。

この世界には本当に偉人が多いなと思う。僕の周りにも、存在や仕草から学ばせていただける環境があって非常に嬉しい。常にそんな方々の背中を見ながら過ごしている。そこには年齢などまるで関係ないのだ。このような気の持ち方もサポーターという人生から得られたのだと感じている。

そんな他愛もないことをつらつら書いていたら、昔一緒に仕事していた(飲んでただけか)アミーゴから「書籍出したから読んでみて」という連絡が飛び込んできた。その文章の最後に「コロナ明けに飲みましょう!」と書いているだけで彼の人柄が溢れ出しているのがよく分かったのだった。

本当に多くのアミーゴに囲まれて、充実した人生であると実感している。その感覚に、あとはサッカーさえセレッソ大阪さえ戻ってくれば、この先これ以上何がいると言うのか。今月末でコロナ明けするかどうかは分からないが、まずは「なさすぎる」のリハビリでもしておこうと思っている。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

Jリーグの誕生日に国立競技場での試合を思い出す。

Jリーグが始まって三十年弱。多分、この日の前後でサッカーが行なわれていなかった年などかつて無かったと思う。それくらい新型コロナウイルスの猛威は凄まじかったということだろうか。この日を迎える度に、あの国立の綺羅びやかなスポットライトに包まれた試合を思い出してしまう。

セレッソ大阪も1995年に昇格して以来5月15日に試合を行なうこともあったが、勝った記憶が殆どない。基本負けているような気はする。それこそ暦なのでぴったりその日に試合ができる年ばかりではない。でもこの誕生日が毎年華やかになるようにと願ったりしているオールドファンだ。

僕らセレッソ大阪サポーターがJリーグとともに過ごした年月は本当に素晴らしいものだと思う。良いこと悪いこと数多くあったし、Jリーグによって涙することも数多く存在した。でも、それらも月日が経つにつれ良い思い出に変わっていって、逆に人生の糧のような状況でもあるのだろう。

5月15日の国立競技場はテレビで見ていた。この試合は感慨深いのだが、やはり国立でのJリーグで思い出すのは1995年11月4日の鹿島アントラーズ戦だ。他のセレッソサポーターの方はどう思っているかではあるが、この試合くらい良い意味でも悪い意味でも印象的だったことは無かった。

あの風景は今でも思い出してしまう。国立競技場でも複雑な思いはたくさんしてきたが、それは日本代表の話が非常に多い。我らのセレッソ大阪が、ましてやJリーグでの国立競技場での試合。何と言っていいか正直分からない。いや、少し思い出しただけでもなんだか気持ちに動揺が走る。

そんな気分を吹っ切らせたいと思いながらこの文章を書いているので、かなり乱筆になっているかもしれない。試合結果は2−2のPK勝利だった。森島社長の2ゴールは覚えていない。国立でのJリーグというとあとは横浜FC戦くらい?もうあの国立競技場はその場所には既に立ってはいない。

詳しい話を聴きたいなと思う方がいらっしゃれば、是非コロナ明けにでもF.C.OITOでぺちゃくちゃやりたいなと思ったりする。あの場所は、過去を懐かしんで共に肩を抱き合うところでもある。Jリーグの誕生日に、そのような店舗が存在していることに感動してしまう僕はただのおじさんだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

人間の底力を見せるときが来た。

今日五月十四日は大久保利通先生が東京の紀尾井坂付近(厳密には清水谷)で暗殺された日だそうだ。その場所らしきところを歩いたこともあるが、当時はどんな状況だったのだろうとか思ってしまう。明治11年(西暦1878年)というから今からざっと140年前。戊辰戦争からも10年だ。
今回の新型コロナウイルスとの戦争(と言っても過言ではない)のなかで、僕ら人類が造ってきた文化自体が変わっていっている気もする。特によく分かったのが「感染しないために経済活動を自粛する」ことと「経済活動をしなければ生活が立ち行かなくなる」という二項対立だった。
どちらが正しくてどちらが正しくないかは正直僕には分からない(こんな書き方をするとまた叱られるだろう)。「リスクを取ってでも経済を回さなければ」という意見も正しいのだろうし、「経済なんてなんとでもなる、まずは感染リスクを減らさねば」という意見も正しい気がする。
有事になるとどうしても他人に厳しくなったり、自分の選択と他人の選択を見比べてしまいがちになってしまう。人の心が荒んでしまわないよう、そのケアの重要性を改めて感じる毎日だ。今日39県で緊急事態宣言が解除された。東京や大阪はまだ先だが、人間の底力を見せるときが来た。
少し話を戻すのだが、大久保利通卿が亡くなったとき、数え49歳(満47歳)だったそうだ。満年齢で考えれば少々ずれもあるが僕も現在49歳。幕末明治の偉人を含め、諸先輩方ほど突っ走ってこれたわけでは決してないが、ほんの少しぐらいだけでも、底力を見せられていたのなら本望だ。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※鹿児島の大久保利通卿の像には清水谷のときの馬も一緒にいる。

変わったもの。変わらないもの。

二週間後の5月27日はサッカーショップ蹴球堂の14周年だ。皆さんは既に耳にタコができるくらいの状況だろう。2006年のオープンのときにスタジアムの付近でフライヤーを渡したりしていたななどを思い出してしまう。そこからかなりの時間が経った。僕らもかなり歳を取ってしまった。

JR鶴ケ丘駅前にF.C.OITOがオープンして二週間経った。店舗でも様々なアクションが行なわれている。ここだけの話、店には一度も立ち寄っていない(厳密に言うとオープン前の3月にビジネスのディスカッションで伺った)僕だが、来てくださるお客様には本当に感謝しか浮かんでこない。

そのF.C.OITO内にサッカーショップ蹴球堂は復活する。5月27日。まだまだアイテムの準備がままならない状況だ。そんな中で、昨日もデザインをまたひとつ考察しながらの深夜作業を行なっていた。アイテムのデザインそしてそのサイトの作成など。時間がいくらあっても足りないのだ。

ざっと考えて、意見を出し合って対話し、データを作りながら議論して、そして形を整えていきながら、今に至る。そう思うと、2006年からやり方はほとんど変わっていないのだ。あの頃と変わらず協力してくださる方々が多くいらっしゃって心強い。気持ちの高ぶりが止まらなくなる。

新型コロナウイルスはもちろん悪い面が非常に多いのだが、僕らの「考え方」というものに変化を促している。そして、助け合いの中で僕らは生きていることを実感する。「時代は急激に進歩している」ってことを少年Kの動画を見て考えさせられている。おじさんもちょっとだけ頑張るかな。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


※最後まで見ると僕の歌が聴けます(笑)

Google Bloggerで投稿500回。

時計のバンドが切れた。もう不吉だとかを言う歳でも無いので、なんとかしたいという思いだけだ。僕を知る人は分かっているだろうが、本田圭佑選手ばりに両手首に時計をマイて生活をしていた(もちろん寝るときも二本の時計が存在した)だけに若干違和感を覚えながらの日々である。

なんだかんだで昨日の投稿が500回目の記念だったようだ。特にこの4ヶ月で120本近く書いているわけだから、この先どうなるのか、に一抹の不安を感じている。ブログとはお風呂のようなもの。沸かし続ければ温かいが、少し間を開けるとすぐに冷めてしまう。だから人はお風呂なのだ。

とまあ、なんとなくメタファー的な書き方をしてしまったのだった。昔から例えとか比喩表現が僕は好きだったので普通に使用しているのだが、「さあメタファー表現で語ってみて」と言われるとたちまち脳の思考が停止してしまう。ボキャブラリーの無さに心が折れそうになってしまう。

いまコロナ禍で巣籠もっている中、動画や文章を掲載してくださる方々のおかげで更なる言葉の学びに勤しむ日々。なんだか仲間に助けられている気持ちが非常に大きい。特にオンラインセミナーやそれに付随して録画した映像を、惜しげもなく閲覧させていただけることに感謝している。

501回めがこんなダラダラと書いていいのかと心で思いながら「今までと変わらんやん」という吹き出しが皆さんの頭にいっぱい付いているのを想像している。仕方ないので僕は脳を活性化するためにこんな道具でも使うしかないかなと思っている。やってみてたが言葉は生まれそうもない。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


人の見る目を侮ってはいけない。

その昔。とある偉い方に飲みに連れて行かれたときの話。「お前は偉くなれない。少なくともこいつよりは間違いなく」と同行していた先輩と比べられてとうとうと話をされた。そこで「人の見る目なんて人それぞれですからねえ」と言った途端、お偉い方にどえらい剣幕で怒鳴られた。

若気の至りで片付けていい題材ではあるが、この「人の見る目」について今日は少し書いてみたいと思う。なぜ僕がレゴ®シリアスプレイ®に惹かれるかの要素のひとつに、この「人の見る目」というものがある。自分自身で作った作品の自分自身の評価と他の方の評価の差に興味がある。

たかが玩具という方も多いとは思う。だがこのレゴブロックで作ることができる作品数には限界がない。以前にも書いたが2✕4のブロック6個で作れる作品数はゆうに9億通りを超える。これだけでもすごいのに、更に人の数だけ見え方が変わってくる。ただのブロックの集まりなのに、だ。

そんなレゴブロックの集まりといっても正面、サイド、上下など角度によっても違う顔を見せてくる。今日、様々なテストを行なってみた。ターンテーブルなどのガジェットを使ってレゴ作品を3Dにしてみた。これだけで人の目を引き、そして色んな表情を見せてくれることが分かるだろう。

レゴの作品を乗せた32✕32のプレートを上にセットし、スマートフォンからの操作で3Dを作っていく。もともとはフリマなどでの販促に利用するのだろうが、このようにレゴ作品をインタラクティブに鑑賞できる。8個のアイデンティティが角度によって表情を変えているのが非常に面白い。

「人の見る目」を決して侮ってはいけない。人は、自分のことはなかなか見つけられない生き物だが、他人の特徴は手に取るように分かったりする。「ジョハリの窓」を意識することだけでも、チーム内でレゴ®シリアスプレイ®を行なってみる価値があることを知ってもらえると僕は思う。

ちなみにこの作品はWindow Exploration Kit(通称WEK)というレゴ®シリアスプレイ®で利用するパーツ群で作成した。プレートを除くレゴブロックの数は52個。たった50個ちょっとのパーツでこれだけの奥行きを出せるのも、レゴ®シリアスプレイ®の素晴らしさだ。やはり侮ってはいけない。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


↓ スマホなら指で動かせるはず

日本語が気になる。

結構なくらい文章を書く僕が最近、非常に気になっている存在が「日本語」の使い方というものだ。これには正悪両面があるのだが、今は特に「言葉遣い」という部分をかなり意識してしまう。特にもやもやして調べてみたのが、メール、SNS、メッセンジャーなどにおける「殿様問題」だ。

社長に対して「様」をつけてみたり、目上の人に「殿」をつけてみたり。後者はどうかは分からない(社長に向かって殿は無いだろうという意見と、やっぱり殿なんだから有りでしょうという意見の両方があるとは思う)が、前者について役職に対しての敬称だ。やはり使い方に問題がある。

なぜなら「イバオーナー様」ってやっぱりおかしい。オーナーのイバ様(または殿)が正しい使い方だろうがそれが出来ていない文章も多い。まあオーナーなんて呼ばれ方は今はほとんどないし、僕に対しては大半の方が「さん」。僕も他人に対しては基本「さん」付を心がけているのだ。

そんな「殿様問題」についてちょっと調べてみた。インターネットでも数多くの方が書いていらっしゃる。その中で面白い記事を見つけてしまった。その内容はというと、関西弁の敬称の序列ってもので下から順に「やん、どん、はん、さん」なのだそうだ。へえー、としか言いようが無い。

「番頭はん」と「丁稚どん」を例えていたが、まあよくよく考えてみたら、「どん」なんてどこで使うねんと思うし、逆に「やん」は結構利用したりしている。時代時代や場面場面によって使い方が変わってきたのだろうなとも感じる。関西はそんな独特な変化を行なってきた街でもある。

この「殿様問題」だけではないのだが、あちらこちらで改めて日本語の素晴らしさを意識してしまう。水のようにさらさらと流れていく言葉の美しさに何とも言えない気品を感じる今日この頃。もう一度自分自身にも戒めとしてここに書いておこうと思う。日本語とは本当に素敵な言語だ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ウイイレの魅力。生身の魅力。

休みの日も意外と早起きである。今朝も6時に起床し、散歩にいったあと、先日NHKで放送されていた「君の膵臓をたべたい」のアニメ版を見た。実写版を既に見ていたせいもあってかどうしても比較してしまう。アニメにも実写にもお互いに良い面とそうでない面のふたつが存在した。

サッカーの試合自体が行なわれなくなって久しい。それでもヨーロッパではそろそろ始まりそうでもある。そんな中でDAZNを見た。かなり懐かしい過去の映像なども放送されていた。加えて、選手同士によるeスポーツ(ウイイレ映像)も流れているので楽しんで見てみたりしてしまった。

浦和レッズとの試合(!)を見てウイイレの魅力を非常に感じてしまう。ウイイレの醍醐味はやはりインターネット対戦だ。実のところ僕も結構なほどウイイレをやり込んでいるのでとても興味を持ってしまった。特に中島元彦選手がかなり上手いように思えるのが画面から伝わってくる。

さて僕のウイイレ。どんどんセレッソ大阪の選手を集めているのだがなかなか登場してくれない。8番、14番がどうしても我がクラブに加入してもらえないのだ。課金などをするまで気持ちが入ってはいないので気長に待つようにしている。その時間も我がクラブには非常に大事なのだろう。

どうしてもリアルとeスポーツではお互いに良い面とそうでない面のふたつが存在する。当然、どちらもそれぞれ素晴らしいのだが、やはりリアルを求める気持ちが大きくなってきているのだ。ちなみに「君の膵臓をたべたい」は実写のほうがより実感が湧いて良かった。生身がやはり良い。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

空中戦。

何事も「習うより慣れろ」がモットーなうえに無茶なことを考えてしまう質なので、周りが辛い思いをするのもしばしばある(らしい)。僕はあまりビジネスを優先に考えてしまうのではなく、まず「面白いかどうか」を優先してしまいがちだ。そこについていけない人も多いのだと思う。

あと、極度の面倒くさがりだ。できればほとんどのことを自動化できればなお嬉しい。そういう点では空中戦が好きなのは言うまでもない。まあOITOについても、リアル店舗ではあまり貢献していないものの、インターネット環境においてなんとか体裁を整える程度の活躍ができたはずだ。

ちょうど今、サッカーショップ蹴球堂BASE店に新たな商品を加えようとしているところでメンテナンス中なのだが、前々から書いてきたとおり、かなり楽にショップ運営ができている。僕のようなとことんだらしない人間からしたら、このツールは最適という言葉以外の褒め言葉が、ない。

また、新たな機能も増えているようだ。あまりゴテゴテしているのが好きではないから、あくまでもシンプルにしておきたいとは思う。だがやり始めたら色々と触ってみたくなり、やはりゴテっとしてしまう。まあ、「駄目だったら外せばいいや」ができるのが、クラウドのいいところだ。

今月にはOITO内に蹴球堂長居店(だと思うがまだ何も)のリニューアルも迎えることになる。リアル店舗はOITOや店長に任せて、僕はまた空中戦で楽しんでいこうかなと考えている。「面白いかどうか」を探す旅に、近々また出ることになるだろう。どちらとも愛してもらえれば幸いである。

2000年5月27日から20年。この試合を覚えている人のほうが少なくなってきているような気もするが、まだまだ意識を高く持っていきたい。当日はどんな日になるのだろうか。この日にCEREBAKAとか行おうかなと考えているがどうだろう。とか思っていたら、平日やんか!と自己完結する。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

OITOでのワークショップを夢想する。

そもそもリアルなコミュニケーションに向いていないタイプであるにも関わらず、多くのイベントや勉強会などを企画したりしてしまう。上手くいくはずもなく終わってしまうのだが、それでも実施することから始めなければ失敗すらも生まれない。やはり行動していく必要があるのだ。

新型コロナウイルスの影響で、そのようなイベントや勉強会もほとんどがオンラインでの開催になってしまっている。先日はファシリテーターのための勉強会を行ない、遠くシンガポールからも参加していただいたりして本当に感謝しかない。これからも何度か続けていく予定でもある。

十八番であるレゴ®シリアスプレイ®のほうも、とんとワークショップ的なものを開催できずにいる。敢えてこのステイホーム週間もレゴブロックに触れない日々を過ごしてみた。そうするとものすごく愛着が湧いてきて、いろんなことをイメージしながら今日一日を過ごすことができた。

5月いっぱいは県外への移動がかなり難しそうなので、5月末の蹴球堂14周年の帰阪は取り止めた。6月にはなんとか大阪に戻れるよう祈っている。6月のその時では無かったとしても、OITOでレゴ®シリアスプレイ®のワークショップを実施したいと考えているのでここで宣言しておきたい。

既にタイトルは決めている。「この先の自分は大阪という街とどう生きていくのか」。その思いをレゴブロックで表現していく。どんな作品たちがOITOの店内を飾るのかを想像するだけでゾクゾクする。この感覚が鈍っていかないようにこれから僕が行なっていく事柄が、沢山あるのだ。

だからそれまでに多くのことを妄想しておきたい。そういや新型コロナ前に訪問を予定していたところにも再度アプローチしておこうか。命より家族より大事なものはないが、この先、やがてやってくる未来のために準備を怠らないようにしよう。今はバラバラなのだが近々発表したい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「演じる」。感動した映画とサポーターとの関連性。

このステイホーム週間は主に仕事と仕事と仕事ときどき映画というかなりダラダラした生活だった。この休みの間に12本の映画を見たのだが、かなり濃い内容でもあったので誰かに話したいところでもある。でも趣味趣向がバレてしまうためにちょっと止めておこうかなと思っている。

それでも少しその趣向をひけらかすとしたら、この間、ショートムービーにもハマっていたのだった。もちろん「カメラを止めるな!リモート大作戦!」にもちょっと感動したのもあったが、それ以外にもいくつかの短編英語を見て、非常に感銘を受けた作品があったので紹介したい。

そんな中に「玉城ティナは夢想する」というものがあった。10分程度のまるでプロモーションビデオのような短編映画だ。特に何か特別なものを感じたとか、出演者に対しての意識が高かったかという感情があったわけでもないのだが、最後の最後でなぜか感動してしまったのだった。

「演じる」とは実に奥深いのだなと思ってしまった。ときどき映画に関わることもあるのだが、役者さんの感情移入が本当にすごいなと感じてしまう。先日の対談でも感じた「演じる」という言葉。役者などなれるはずもないが、普通に生きている人でも日々「演じる」瞬間が多い。

だからこそ僕は映画に入り込んでしまうのかもしれない。仕事では「演じる」なんてことはありえないのだが、サポーターの前に立つと演じてしまったりするのは、今も昔も変わらないのだろう。どちらにしても、これらの映画がYoutubeでアップされているのは本当にありがたい話だ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP




#WorldCupAtHome で思い出す。

今年のゴールデンウィーク改めステイホーム週間。自宅で多くの映像を見ている。ブルーレイやDVD、Netflixなど配信サービスはもちろん、Youtubeにもかなりの短編映画やサッカー動画がアップされている。これだけあると楽しみもたくさんあるのだが、思いのほか時間が無いのが残念だ。

そんなバタバタしている最中で久々すぎるほどなのだが、1994年ワールドカップアメリカ大会の映像を見た。数あるワールドカップでこの1994がとても大好きなのは周知の通りなのだが、多くのスーパープレイが展開された試合の中でも僕が最も素晴らしいと思ったのが何試合か存在する。

そのうちのひとつが「ナイジェリアvsイタリア」のラウンド16。薄氷を踏む思いで決勝トーナメントに進出した優勝候補のイタリアと、台頭し始めたアフリカの雄であるナイジェリア。大好きなファンタジスタ、ロベルト・バッジョとジェイジェイ・オコチャを見るだけでも価値があった。

今、その試合のフル映像がFIFATVの #WorldCupAtHome で公開されている。FIFAのこのプレゼントによって思い出がより鮮明になっていく。このハッシュタグでは多くのフル映像がアップされている。時間が許す限りこれらの試合を見ていきたいと思うが、時間が僕を許してはいないのだ。

いや、こんなことを書いていたら、アメリカワールドカップのことを思い出したくなってきた。前述の二選手に加えて、ロマーリオやべべット、バティストゥータ、クリンスマン。更に濃いところでいくとゲオルゲ・ハジとドミトレスクとか。今度、思いっ切り書いてみたいなと思っている。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

理性と本能。

もちろん、文章を書くのは楽しいことなのだけれど、どうしても、ときどき迷ったり疲れたりする。このブログも、小説も何もかも、お腹いっぱいになったかのように、何もかもを中途半端に投げ出したくなるときもある。いい加減そうに見える僕でも、そうなってしまう日もあるのだ。

それでも道を逸れずに進めるのは、ほんのわずかの理性というか。理性というとおこがましいのだが、なんだか一言で表すとするとこの言葉が浮かんできた。理性と本能。この、すべての人間が持ち得るふたつの対立のなかで、今、僕は揺れ動いているのだろう。そんな思いが駆け巡る。

そんな中で、ようやくCEREBAKAの第一回目を書き上げた。僕の自己満足でしかないこのメディアを誰が読むのだろうかという話も数多く存在するが、まあ初老の戯言だと思っていただければ良いのかなと思う。読みたければ読めばいいし、読みたくなければ放っておいて良いレベルだ。

初めてだったのもあってかなりざっくりとした感じになってしまった。だがトーク相手の話を聴いていると、段々と面白くなってきて会話が止まらなくなる。なんだか、自分自身が求めていたものがそこにあって、動画を作っていても文章を書き上げていても、本当に楽しく進められた。

予告動画の音楽を快く提供してくださる方もいたりと本当に助けてもらいっぱなしだ。そんな多くの方の力が僕を後押ししてくれるおかげで、文章を書けるのだと思うと、案外本能で突っ走るのも悪くない。だから時々理性をくすぐってくれて、まっすぐ歩けるよう指導をお願いしたい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ステイホームをTシャツで過ごす。

東京が暑い。かなりの紫外線で焼けそうだがマスクだけは外せないというジレンマ。先日までウインドブレーカーを準備していたかと思えば、昨日くらいからはTシャツ一枚で過ごせるようになってきた。とはいえ朝晩はまだまだ羽織るものが必要である。体調管理が大変な時期になってしまった。

僕は衣装などにあまり無頓着なので、ほぼ毎日同じような格好で仕事をしたり家でゆっくりしたりしている。もちろんクロヱさんの散歩にも同様のスタイルだ。その大半で着ているのが「BORN IN THE OSAKA」と「NEVER STOP,NEVER GIVE UP」のTシャツ。それぞれ10枚以上着回している。

残りのほとんどはLEGOに関するものなので、そういう意味では家にあるTシャツは三種類に分かれている。ジャージの場合は家用とよそいきがあるが、Tシャツはほぼ兼用。というかあまり気にせずに着用している気がする。とにかくTシャツは堅苦しくなく、気持ちを楽にしてくれるアイテム。

夏に向けてまた新たなTシャツのデザインを少々考えている。僕が考えたものはなかなか万人受けしないので、欲しくなる方は僕同様にちょっと変わっているのだろう。それでも、大阪の魂や自分たちのキャッチフレーズを中心に、納得できるデザインのTシャツを作っていきたいと思っている。

先日オープンしたOITO。OITOでもその記念にTシャツを販売している。デザインは当然だが僕のものとはえらい違いだ(良い意味で。いやそんなこと口にするだけで怒られる)。これから末永く続くとはいえ、今、着ておきたいTシャツでもある。ぜひ早めに一枚GETしてみてはどうだろうか。

5月末に合わせて大阪にOITOに行こうかと思っていたが、明日の発表によってキャンセルになる可能性もある。なので僕はCEREBAKAに専念していこうかと考えている。ようやくEPISODE 1の原稿が出来上がって、本人同士のすり合わせも終了した。Tシャツ姿のステイホームはしばらく続く。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


ポータブルDVDプレイヤーが届く。

その昔はサッカーの試合をかなり見ていたのだが、最近ではその数が非常に減ってきている。大人になればなるほど、まとめて見れる時間を作るのが難しくなってきているのかもしれない。1999年代から2000年代前半の怒涛の閲覧数は今では考えられないほどだ。そんな時代だったのだろう。
当時に撮りためてDVDなどに焼いていた試合がかなりある。ワールドカップはもちろんのこと、ヨーロッパチャンピオンズリーグやヨーロッパ選手権など、今でもかなりの枚数が我が家に残っている。しかしながら、そのDVDたちもなかなかデッキに入れて見ようとすることが出来なかった。
そして一念発起、ポータブルDVDプレイヤーを購入することにしてアマゾンを覗いてみた。結構なお値段をするのだろうなと考えていたら意外とリーズナブルなのを知り、なんだか良さそうな商品をポチってみた。基本、車載目的なのだろうが、家でさくっと見るのにも合っていそうな感じ。
そして、僕はその日から、仕事をする傍らDVDプレイヤーでサッカーの試合を流したり、セレッソ大阪の昔のダイジェストやゴール集を流したりしている。当然のことながら仕事に身が入るわけもなく、DVDプレイヤーの中で行なわれるプレーの数々に酔いしれている。分かっていた話だが。
2005年のスーペルクラシコを見る。いや、それにしてもお互いものすごいメンバー構成だ。一昔前のミラノダービー。なんやこの雰囲気は、となってしまう。このようにして、僕の大事な時間がまたひとつずつサッカーで埋められていく。まあ、それもいいじゃないか。それがサッカーだ。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

当たり前を変えよう。

ついに五月を迎えた。皆さんもご承知だとは思うが、2020年も既に1/3が終わってしまっている。そういえばなんとなく正月くらいから新型コロナウイルスについての話をしていた気がするので、かれこれもう相当長い。緊急事態宣言も一ヶ月ほど延びそうだし、まだ先行きなどは不透明だ。

比較的早い段階からプライベートイベントを自粛してきたかいがあってか、周りに感染者がいない。とはいえ無症状の方も多くいるわけで、とにかく予断を許さない。先日テレビを見ていたら「コロナ世代」などという言葉も出ていた。なんだかもう当たり前のような生活になりつつある。

僕は内向的だからいいものの、アウトドア派の方々のことを思うと少々心が痛い。せめてテレビでJリーグでもあれば気持ちは落ち着くのだろうけれどそういうわけにもいかず。なので自己学習の時間がみるみる増える。読書。英語。プログラミングなんてやり始めると、いつのまにか夜になる。

すべての人に言えることだが、書ける書けないに関わらず発想という観点からでもプログラミングを学んだほうがいい気がする(と昔から言っている)。当たり前のように行なってしまっていることやいつもの行動に疑問を持ってみたりすると、違う局面を迎えることができるようになる。

当たり前、を変えていく努力をしよう。昨日の自分をアップデートしていこう。それを今僕らは試されている。そして当たり前ように感じてしまう新型コロナウイルスとの共同生活を否定し、早くもとの日々に戻れるよう、いや、今後、戻ったときのためにこの瞬間瞬間を活用していこう。

マスクが我が家にも届いた。五重構造?のこのマスクを早速付ける。確かに小さい。だが折角いただいたものなのでとにかく大事に使っていきたいと思う。僕は政治のことは分からないが、日本に住む全員がマスクを着用してもらうための策なら、多少小さいことなどさほど気にはならない。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP