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旅とウダウダ。

 ワールドカップが始まってから 一度もブログを更新していないことに気づく それだけサッカーと仕事に集中していた すべてのゲームが面白すぎて困るな それ以上に困ったことが沢山存在している セレッソ大阪の噂話が増えていること もちろん打てる手は打っているだろうけれど サポーターとしてはヤキモキしてしまう 考えても仕方ないので、あまり考えない そんなときには旅に出るのと ウダウダするのが最適なのかもしれない

ヴィッセル神戸戦。

 前節の内容を踏まえてみても このメンバーで戦う意義がある 特にディオンをスタートで しかもあのポジションで起用する アーサーがさらに好きになった 3だろうが4だろうが5だろうが 走る、走る、走る、走る 出す、出す、出す、出す そして試合に合わせて コールリーダーは声を引き出す それができる人間がいること セレッソ大阪は良いクラブだ 1を失ったのか、2を得たのか それよりももっと大事なものを また一つ手に入れたような気がする NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「継続の重要性」のためにまずやること。

人間、やってみて初めて分かることなどしばしば起こる。しかしながらこの一歩を踏み出すところで皆くじけそうになってしまうのも人の常だ。偉そうなことを言える立場でもないが、長くこの世に生きてきた結果、その先で見えるものもある。 先日、ある行政上の手続きを行なった。その流れを読み取るのにかなりの労力、その作業にかなりの労力、再度の依頼でさらに労力。最初の頃なら心が折れているかもしれないが、意固地にやり続けてしまうのも僕の性根。なんとか乗り切った。 この行為ひとつで、世の中で起きていることの一部が分かってきた。何度も書くが、やってみて初めて分かる。やらなければ、それを知る機会を失ってしまうのかもしれない。そしてそのあとは、弛まぬ努力による、継続の重要性となってくる。 先日、自己満足の極み「 CEREBAKA 」の第四弾を収録した。そこでも感じたのがこの「継続の重要性」だった。たとえ惰性であったとしても(いやこの方がそうだと言っているわけではなく)続けるという行為そのものに、人は尊敬の念を持つ。 「雨垂れ石を穿つ」という言葉がある。ぽたぽたと落ちる雨水であっても、長期間同じところに落ち続けることで、硬い石に穴をあけてしまうほどの力があるということ。やはり僕らにとって必要な要素であると感じるし、そこに活路はある。 僕はまず、小菊さんのサッカーを信じることに決めた。だからこそ信じることを少なくとも継続していくと決めた。もちろんこの環境下で、誰しもが求める理想のサッカーを見せることは困難(交代ブーストはあるものの)だ。悲しいけれど。 やってみて試しながらの采配のなかにも、確固たる信念も随所に見せてくれる小菊サッカー。難しい局面が数試合続いているが、とにかく監督、選手、クラブ、ファン、サポーター一丸となってこの局面の打開と、その先の栄光を掴み取りたい。 さて当の「 CEREBAKA 」だが、ただいま鋭意編集中でもある。どこかの誰かがこのコンテンツを見て喜んでくれているかとかではなく、まず自分が嬉しいのひとことなのだ。どこまで続けられるかだが、継続することこそに、その意味は、ある。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP -- IBA MASAHIRO 伊庭@ネットコムズ⌘ Trained facilitator LEGO®SERIOUS PLAY® method and ma...

第17節 ベガルタ仙台戦。

僕はカップラーメンが好きだ。年齢のせいか最近では量は減ってきたものの、コロナ禍で家にこもることが多くなった今、お昼ご飯としては最適でもある。身体に悪いとの話もあるだろうが、この好き感は、それらを超越しているかもしれない。 さて、仙台戦である。チアゴ選手、ダンクレー選手、瀬古選手による3バックと、原川選手の1アンカーのスタートメンバーを見て少々驚いた。監督としてもいよいよと言った感があるが、交替メンバー含めて見ても、即席感が否めないのも事実。 それでも、改めてひとりひとりの能力は高いなと感じると同時に、個々の選手は勢いを取り戻しつつ(と言ってもわずかばかりの)ある。だからこそここでいくつかのインターバルが取れるのは、チームにとってとてもありがたいことだと思う。 先日のSpaceでも話したが、今、監督が替わるのは好ましくないと僕は感じる。サポーターにも個性があり、考え方がそれぞれ違うのも当たり前なのだ。スタジアムで対話することがなかなか難しい時代だからこそ、多くの考えが出てきていい。 しかしながらその部分だけは即席では上手くいかないだろう。考え方や思想の違いをもっともっと共有して、対話を繰り返すことの重要性。サポーター同士はもちろん、監督と選手、選手と選手そしてサポーター。お湯を入れて3分ではできない。 話は戻るが、どんなカップラーメンが好きかというと、わかめラーメン、チキンラーメン、サッポロ一番塩ラーメン。やはり、カップラーメンもサッカーも、よりシンプルで分かりやすいなもののほうが好みなのである。後入れはとても難しい。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第3節 清水エスパルス戦。

人には、触れられたくない痛みが、ひとつくらいはあるものだ。僕が歴史を好きになるきっかけの小説に、そこに触れたら命のやり取りになる、的なニュアンスの文章があったのをふと思い出す。その小説のタイトルがいまいち思い出せないが。 清水エスパルスとのゲームを「前カノ今カノ」対決で括るのはどうかとは思うが、お互いの監督があまり触れてほしくない部分なのだろうなと思いながら見ていた。サッカーだけに限らず戦術は生き物であり、選手が変われば戦いかたも変わる。 試合はそれこそ、プロの方やセミプロの分析官に任せたい。そこでClubhouseでも少し話題にはしたのだが、太鼓について。 セレッソファンの太鼓も聴こえなくはなかったが、 スタジアムでもモニタ越しでも、サンバの音色がかなり響いていた。 僕は常々、 無駄な太鼓ほど不必要なものは無い 思っている。無くても充分に応援をまとめることは可能だ。しかしながらこのコロナ禍では満足な声も出せず、クラップもなかなか合わせる機会が難しい。だから今は太鼓の力を借りる必要がある。 そういう意味では、各クラブの太鼓の方々の苦悩がよく分かる。スタンドで立って応援することもままならない状況で、太鼓の力だけで拍手を統一化させていくのはとても難しいのだろうなと感じる。コールリーダーと太鼓打ちの関係も、然り。 新型コロナウイルスは生活を一変させ、働きかたを一変させ、そして、応援スタイルまでも変えてしまった。セレッソファン、サポーターが一体となって、コールリードのありかた、太鼓がある意味などを議論・対話していくべきだと感じた。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

初期化。

機械ものは、やはり難しい。ブルーレイレコーダーに外付けハードディスクを取り付けていたのだが、見事にクラッシュした。すべての録画とお別れするときが来た。関係を作るのには時間がかかるのだが、壊れるときはまさに一瞬なのだろう。 果たして、クラブと監督の関係も同様と言えるのか。試験勉強も終わり、いっぱい本を読める、と以前書いていたのだが、もちろんそれはオーディオブックも同様なのだ。そのオーディオブックで今、「全裸監督」を読んでいる(聴いている)。 村西とおるさんは特別なのかもしれないが、監督とは個性の塊なのだろうなと感じてしまう。その個性に対しての周りの反応は、当然ながらポジティブなものとネガティブなものが同居している。逆に言うと、ついてこれるかこれないか、だ。 それは多分クラブだけではなく、一部の選手もだろう。そう言えば三部練が無理、という、どこかで聞いたような話を先日お会いした方から伺ったのを思い出す。クラブとしては監督の個性を取るのか、それとも選手の立場か。いやはや別の? たとえ外側だけ取り繕っても、いつか必ずほころびは生まれる。今が良くてもこの先はどうなっていくかなど誰にも分からない。次の監督を決めるというのも基本的な原則は変わらないのだと僕は思う。そこだけは普遍的であり不変的なのである。 泣く泣くハードディスクを初期化した。どうもハード面は大丈夫で、要はデータだけがダメだったようだ。空のフォルダと燦然と輝くとてつもない空き容量。機械もののようにサッカーの世界では「はい初期化しますよ」はまったく通用しない。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第33節 サガン鳥栖戦。

人生、上手くいくことといかないことの両面が存在する。どうしても駄目なときが、長いこと生きていれば必ずある。逆に、何も考えずにいったら上手くいったりするケースもあるのだ。だからこそこの世は複雑で面白い。弄ばれているようだ。 ワークショップのファシリテーションがあったため、後半の途中から見たこの試合。偶然ではなく必然だと感じるような内容だった。ロティーナ監督のホーム最終戦が、こんな結果で終わったことに両面の感情が溢れ出してくるのは、果たして。 試合終了後の言葉にも残念さが溢れていた。DAZNの実況の方も話していた。そうだ。たった二年しかいなかったのだ。そのなかでフィロソフィーというか、これまでのセレッソ大阪のサッカーには無かった感情が僕自身に生まれたのも事実だ。 言葉には魂が宿る。ロティーナ監督は間違いなくこの先も日本で指揮されるのではないかと、言霊から感じ取れた気がした。ロティーナ監督がいたからこそ光り輝いた選手とそうでない選手。監督も人、選手も人、そして僕らサポーターも、人。 三位のポジションを争う戦いは三日後。今一度ロティーナ監督がセレッソ大阪に来た意味を問う大事な一戦となるだろう。中二日でのアウェイは選手にとって何も良いことは無いだろうが、このサッカーの集大成をしっかり見届けたいと思った。 今日のワークショップも上手くいけたところといけなかったところがあった。僕にとっての試練でもある。セレッソ大阪同様、しっかりといただいた意見や指摘を意識していきたい。複雑ななかでも哲学だけは忘れない。それが重要だと学んだ。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ポジティブを学ぶ。

試験勉強ばかりしていた二ヶ月が終わって、ようやく本がたくさん読めるようになった。昨日もブックオフで二冊の積読本を購入して我が家の本棚を汚す。この本たちは、いつの日か僕の脳みそに刻まれていくのだろうか。時間はそれほど無い。 しかしながら最近は視力も落ちてきたりしているので、細かな文字の本を読んでいると結構な割合で疲れてきたりもする。もちろん老眼ということもあるだろうし、この先を考えるとどうしても少しだけ不安になってくるのは仕方のないことだ。 この視力というキーワードで言うならば、音だけでボールを扱い、ゴールを目指すブラインドサッカーということになってくるだろう。そして、僕がもっとも尊敬するブラインドサッカープレイヤーが、もう15年近く交流のある落合啓士さんだ。 その落合さんが松本山雅B.F.Cの監督になられたのが今年の夏。本当にすごいことだと感じると同時に、このポジティブさがどこから来るのかといつも感じさせられている。その落合さんが今月から「 オンラインサロン 」を始められたとのことだ。 なかなか始められない僕とは対照的に、どんどんと前に向かって走り続けているおっちーさんを見ているだけで、非常に勇気づけられる気がするし、それだけでなく本当に「何かしなきゃ」と思わされてしまう。またお会いして話を聴きたい。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP この食事会もご一緒したが このとき昭恵夫人を紹介したな 僕も初対面だったが(笑)

「チームはファミリー」という言葉が最近よく浮かんでくる。

昨日ダブルダブルと喜んでいたが、セレッソファンのフェイスブックグループを見ていると、レディース、そしてU-18も勝利したということを知って赤面している。やはり良い情報はみんなでシェアして、みんなで幸せを実感できるのが素敵だ。 もちろんそこでは良い話だけではなく、しっかりとした議論も大事である。過去から連綿と続いているのだろうが、シーズンが始まる直前や節目節目ではリアルなミーティングを開催して、多くのサポーターで意見を戦わせることも大事である。 同じセレッソ大阪のファン、サポーターといえどと、信念や考えていること、ポリシーなどもまちまちであると思うし、それが当たり前だとも思っている。今回の某案件も、それをよしとする方もいれば到底受け入れられないと考える方もいる。 例えば、サポーターがスタジアムで奏でる応援も同様だ。いま歌うべきいま勇気づけるべき瞬間ななんてものもほとんど感覚に近いだろう。その感覚という曖昧なものをどう共有していくかで、スタジアムの雰囲気が変わっていったりしていく。 応援にせよ何にせよ、最初に声をあげるというのは本当に勇気がいることだ。何事も、前例のない行動には否定的な意見や批判じみた内容も集まってきたりする。だから、いい。その声に向けられた言葉は、いつの日か集合知になりえるからだ。 僕らセレッソファン、サポーターは、初代監督であるパウロ・エミリオさんが言った「チームはファミリー」という言葉を大事にしている。これは何も、友達感覚ということではなく、何かを成し遂げるための仲間なのだと改めて感じてしまう。 クラブとの距離が遠くなったと感じる今だからこそ、これからも多くの真剣な言葉を交わしたいと思うし、もっともっと議論できる対話できる場を増やしたいなとも思う。「あの頃は良かった」ではなく「あの頃”も”良かった」に早く変えたいね。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

健康体。チームの、人の。

健康診断当日は何歳になっても気が重い。それほど大したことでもないはずなのに、どうしてこんな気持ちになってしまうのかを考察してみた。真っ先に思い当たるのがバリウムという白い液体の話になるのだろう。どうしても得意になれない。 「じゃあ胃カメラにすれば良いではないか」と言われてしまいそうだが、胃カメラは胃カメラで、もっと苦手なのである。初めて行なったときのトラウマというかなんというか、もう耐えがたい苦痛を伴った検査に、号泣しっぱなしだったのだ。 健康体を保つためには大切な儀式なのだろうが、これはサッカーにおいても同様だと思っている。今日、多くのセレッソファンもニュースで見ただろうが、僕個人的に感じるのは、せっかく健康体に向けて進めてきたのにこれからどうする、だ。 監督を決める権利は、もちろんサポーターには無い。うちの歴史の中でも守備重視(という括りで置くのは違うとは思うが)な監督もいなくはなかった。そのたびに攻撃面のテコ入れに失敗してきたが、それは、監督だけの問題でも無かった。 まあ、綻びはここが始まりというわけでもなく、もっと前から蝕まれていた。日々多くの情報を聞くごとに様々な葛藤に苛まれる毎日でもある。冷静になって考えてみれば分かることでも、感情的になると見境がつかなくなるのが人の常なのだ。 健康体を保ち続けるには変化も必要。だが今かと言われたら何と答えればよいだろうか。様々な活動によって健康診断の数値は結構良かった気がする。齢五十。どうにかしてこの先しばらくは生きていかなければならない。続いていくのだから。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第25節 ヴィッセル神戸戦。

いま、若者向けの「お金の勉強会」と、その後の「ソーシャルデザイン仲間の集い」が終了した。心地よい疲労感と極度の緊張感を味わう。そんな、ふわっとした中で帰宅の途に着く。足取りは何ともだが、上手く着地できたような達成感もある。 お金の勉強会については来週、再来週も開催(三部作)するので次回以降に。集いでは何故だかレゴ®シリアスプレイ®の話題で盛り上がった。着地点の難しさはとても多かったが、社会デザイン的観点で見れば繋がる部分も多く、実りもあった。 神戸戦は、33分から始まった長い長い滑走路だった。まさに「ソフトランディング」したような感のある試合だった。どちらかと言えば都倉賢選手の退場までの時間のほうがより危険度は高かったので、戦術を明確にできたことが功を奏した。 前半途中で交代となった西川潤選手には非常に同情してしまうが、これも人生だと思えば、次につながる。若者には酷な仕打ち。葛藤はあっただろうが、敢行してしまえるロティーナ監督には尊敬の念しかない。真剣勝負とはかくあるべきか。 それにしても多くのポジションをそつなくこなせる選手は監督にとって本当にありがたいだろう。スペシャリストも大事だが、多様な専門性を持つジェネラリスト(ポリパレントでもユーティリティでもなく敢えて)の重要性を改めて感じた。 うちにはそんな選手が多くて本当に助かる。企業においても大事な人材。形は違えど学ぶところがとにかく多い。達成するという強い意志と着地点を見つける戦術眼。僕自身もしっかりと意識していきたい。ああ、レゴが二試合分残っている。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第16節 横浜F・マリノス戦。

やっぱりサッカーは難しい。何が起こるか本当に分からないスポーツなのだと、いろんな試合を見るたびに思わされてしまう。今シーズンは特に五人の交代選手の関係で、より複雑さが増しているような気すらする。だからこそ面白いのだろう。 Football LAB のKAGI、AGIを見ている。今年のセレッソ大阪は共に17番目。昨年度はというとAGIは13番目KAGIに至っては18番目という数字だ。このデータから見て取れるのはなんだろうか。そんなことを推し量りながら頭の中で計算している。 果たして2020年のセレッソ大阪のサッカーは面白いのだろうか。いやもっと言うと昨年から続くロティーナ監督のサッカーは、僕らセレッソファンの心を掴んでいるのだろうか。データという生き物はなんだかいろんなことを考えさせる道具だ。 横浜F・マリノス戦は幸運も味方して逆転で勝利することができた。途中くらいからモニタに向かって吠えっぱなしだった(実のところ前節の札幌戦も喉が枯れた)。五連勝はしているものの結果と過程のギャップについては思うところもある。 とは言え清武弘嗣選手のゴールはスーペルだったし、坂元達裕選手のアシストは鳥肌もんだったわけで大いに満足している。サッカーの世界では適さないのかもしれないが「勝てば官軍」という言葉もある通り、今は勝利と勝ち点が、欲しい。 ここからの数試合も、ポゼッションでは少し(いやかなり?)劣るかもしれない。また見ている限りだと、次節は厳しいと感じる選手もいる。良い意味で期待を裏切ってくれることを願いながら、雨が降ったり止んだりのなか散歩へと向かう。 あ、僕は勘違いしている。難しいのはサッカーだけじゃない。生きている限り、多くの物事には困難はつきものだ。諸説あるが「勝てば官軍」では錦の御旗が自陣に立った。さてセレッソ大阪にはどんな旗が立つだろう。楽しみに待っている。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第6節 ヴィッセル神戸戦。

梅雨空の雨が続いている。それほど外に出ていない(基本的にはワンコの散歩くらい)ので濡れることはほぼないのだけれど、それでもジトっとしてムシっとするこの時期は身体に良くない。これから四連休だが、仕事の時間がたんまりだ。 以前も書いたかもしれないがトルステン・フィンク監督とは2002年に訪れたバイエルン・ミュンヘンの練習場で一緒に写真を撮らせてもらった思い出がある。そのフィンク監督が率いるヴィッセル神戸との試合は、一進一退の状況となった。 胸が苦しくなるくらい息の詰まるゲームだ。一年に一試合あるかないか。正直言うと身体にはよろしくない。よろしくないがそれもサッカーの醍醐だろうか。ゴールは水物で守備は造りあげていくものだとすると、こういう90分もありえる。 たしかにアンドレス・イニエスタ選手を中心に神戸は上手くて強いと認める。だが我がセレッソ大阪の選手たちはそれ以上に素晴らしいと感じた。まるで、強い相手と戦うことで更に能力の限界を超えていくドラゴンボールの孫悟空のようだ。 ただ、連戦で出場している選手の疲労が気になっているのも否めない。前節同様、選手交代に多少モヤモヤとするところもある。あの選手も、もう少し長い時間見たいと思ったりする。まあ僕などが語る言葉には何の責任も何も無いのだが。 繰り返しだが、胸が苦しくなるくらい息の詰まるゲーム。もっともっとこんな真剣で斬り合うかのような張り詰めた空気の試合を僕は見たい。このような試合はミスがあってもミスのように見えない。ピッチにいる22人がそれを補っている。 選手もファンもサポーターも、もちろん監督も勝ち点1で満足しているとは思えない。僕も勝ち点2を落とした感がある。だがこの勝ち点1は必ずどこかで生きてくるはずだ。そろそろターンオーバーで新たな選手たちの出現を願ってやまない。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「何故その選択をしたのか」。

セレッソ大阪の試合を見てきていると、フォーメーションや選手選びなど監督による「何故その選択をしたのか」というシーンによく出くわす。それは監督によってまったく感覚が違うだろうし日本人と外国人の差もある。香川真司選手のケースなどが、選択という言葉により重みを増す。 人が何かを選択するとき、様々な思いや多くの葛藤が頭の中を駆け巡る。中でも「ヒト」「モノ」「カネ」「ジョウホウ」という資源の選択ならまだしも、一個人を選ぶという行為は、選ぶ側にも選ばれる側にも「感情」というなんだか得体の知れないものがドクッと溢れ出してくるのだ。 水沼宏太選手の横浜F・マリノス移籍で空いた右サイドハーフのポジション。プレシーズンマッチの京都サンガF.C.戦、ルヴァンカップの松本山雅FCそしてリーグ開幕戦の大分トリニータ戦では坂元達裕選手が全試合フル出場した。左足のテクニックと深い切り返しが印象的な三試合だった。 また彼には90分間走り切れる体力もあることを知った(こんなことを書くとモンテディオ山形のファンの方に怒られそうだ)。このポジションには新加入の西川潤選手やアビスパ福岡から復帰した前川大河選手がいる。しかし、確かにどこから見てもファーストチョイスしたくなる選手だ。 何かを選択するとき僕の場合は直感を信じることが多い。それはまるで居酒屋で焼き鳥を注文する際にタレかシオかを決めるのに似ている。これはちょっと馬鹿げているかもしれない。だが、心の声に素直に耳を傾けて出した答えが正解だったことも。考え過ぎないほうが良いときもある。 感覚で物事を決断していくのは決して悪くないと僕は思う。もちろん知識に基づいた根拠も大事である。そんな判断材料が直感を鈍らせることも忘れてはならないと感じている。五感を信じてみるのもときには必要だ。レゴ®シリアスプレイ®で言うと視覚、触覚をフルに活用してみるのだ。 レゴブロックを掴む瞬間。考えるより先に手を指先を信じる。信じて選んだレゴブロックを用いてひたすら作品を創り上げていく。「直感」という「感情」。突き動かされて僕らは何かを選択する。ロティーナ監督の選択の素晴らしさを知る。何故その選択をしたのか。そこに興味がある。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第22節 サガン鳥栖戦。

物事には全て理由があり必然と偶然は常に背中合わせである。事故は起こるべくして起こるが時に超常現象にも似た理解しがたい状況も訪れる。それがこの世の中であり、そこに僕らは住んでおり、そんな混沌の時代を生きている。どのような局面においても当てはまる。 だから人は準備をする。もし事故が起こったら、もしお金に価値がなくなったら、もし、もし・・・。段取り八分とはよく言ったものだが、ただ、この人という生き物は時間が経つに連れ過去のことを忘却の彼方に置き去りにする。残念ながら人間なんぞ欠点だらけなのだ。 昨日ようやくDAZNでサガン鳥栖戦を視聴した。結果的に逆転負けを喫したわけだが、モニタ越しで見たがそれほど悪い試合ではないというかどちらかと言うと全体を通して面白い内容でもあった。勝敗は時の運でもあり、勝ち点ふたつを取りに行った姿勢へのしっぺ返しだった。 それよりも悔やむべきは最初の失点であり、多分ここの守備を何度も何度も練習していたと思われるが、最後の最後でファーを開けてしまったところだと感じた(まあコーナーキックは最高だったが)。今のJ1に力の差は殆どない。こんな結末は大いに有り得るし現に起こった。 そんな結果の善し悪し以上にこのロティーナサッカーがセレッソ大阪に浸透した姿を早く見たいとさえ思った。バックラインの組み立てがハマったときやサイドにおける数的優位な状況を見ただけで、何だかセレッソ大阪が変わっていく感覚に鳥肌が立つほど興奮してしまう。 残り十試合強のなかでどれだけ勝ち点を積み上げて戦術の浸透と明確な結果の両方をこの2019年シーズンで残してくれるだろうか。指揮官や管理職には共に求められるところであり、選手の出入り、若手の台頭、ターンオーバー含めて、そのための準備が大切になってくる。 今僕はとても練習を見に行きたいと感じている。日程的に厳しいがどこかで舞洲を訪れる機会を、そう思い始めているのだった。準備と段取りが物の見事に下手くそな僕はこの先の未来どころか数日先のことすら決められないのだ残念ながら。ここが肝心なのではあるのだが。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

MIZUNOに釘付けの会見。

ようやく新加入記者会見をオフィシャルサイトで見ることができた。森島さん、大熊さん、ロティーナ監督の話を聞いて、今季の様々な思いが頭を駆け巡った。各人から「愛されるクラブになる」という言葉が何度も繰り返されていたが、森島さんらしいなと感じた。 1993年からスタートして四半世紀を超えて培ってきた「MORISHISM」が、経営のトップとなってこれから発揮されるのだろうと感じる反面、若い頃からの付き合いであった岡野さん玉田さんの時と同様に、色んなことを許してしまうのではないかと若干危惧もしている。 その記者会見のなかで、新たに加わった選手たち5名の様子を注意深く見ていた。二人の外国人選手レアンドロ・デサバト選手ブルーノ・メンデス選手は、日本でのプレーをとても楽しみにしている様子に見えた。なにかやってくれる期待感しか生まれない会見だった。 逆に藤田直之選手や奥埜博亮選手は落ち着き払っているのかそれとも緊張の面持ちなのか、どちらとも取れるのではないかと個人的には感じた。J1でも経験豊かな二選手に対する絶大なる期待感。水を運ぶ役割、それ以上の仕事など、充分果たしてくれるものと思う。 最後は都倉賢選手。会見中、どうも落ち着きがない。揉み手、足が動いている・・・と思って足元をよく見てみたら、なんと彼のシューズが「MIZUNO」だった。調べてみたら契約していることを確認。関わりある身として都倉選手の応援を義務付けられた瞬間だった。 そんな理由だけではなく、彼のように感情を表に出して闘うタイプのフォワードは僕自身としても待ち焦がれていたものであった。どのようなチーム構成になるのか監督の手腕次第だが、チーム、ファン、サポーターが心をひとつに進んでいくシーンが既に浮かんでいる。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

新加入記者会見をまだ見ていない者への挽歌。

バタバタとしながら生きていたので、なかなか更新もままならなかった。そんななかでも時間というものは無情にも足早に過ぎていき、1月も既に半ばを越えてきている。あと一ヶ月も経てばリーグが始まるというのにこの体たらくである。いったいどうなのだろうか。 セレッソ大阪も新たな5名の加入選手とともに始動した。森島寛晃新社長のもと、どのように変革していくのか楽しみである一方、様々な噂と憶測の中で悶々とする日々を送らざるを得なかったファン、サポーター。まずはそんなムードを払拭していきたいとは思う。 文章では追っているものの新加入記者会見をちゃんと見れていない。何をやっているのかとお叱りを受けながらだが、ようやく公式サイトに手を伸ばせる時間が作れそうなので、この週末に全てを確認をしたいと思っている。特に監督のコメントを早く聴きたいのだが。 #こんな駄文を書いているあいだに見ろよ NEVER STOP,NEVER GIVE UP

新監督発表。

遂にスペイン人監督がセレッソ大阪で誕生する。東京ヴェルディからミゲル・アンヘル・ロティーナがやってくる。中心選手の移籍話がまだまだ気になる時期なのではあるが、まずは新監督を歓迎したいと思う。これまで就任した監督は以下の通りとなっている。 パウロ・エミリオ 楚輪博 松木安太郎 レネ・デザイェレ 副島博志 ジョアン・カルロス 西村昭宏 塚田雄二 ナドベザ・ペーター フアド・ムズロビッチ アルベルト・ポボル 小林伸二 都並敏史 セルジオ・ソアレス レヴィー・クルピ ランコ・ポポヴィッチ マルコ・ペッツァイオリ 大熊裕司 パウロ・アウトゥオリ 大熊清 尹晶煥 ヤンマー時代のネルソンさんを経て、セレッソ大阪としてスタートしてから22人目の監督となるミゲル・アンヘル・ロティーナ。どんなサッカーを魅せてくれるのか今から楽しみでならない。そう言えばしばらく監督と話しをした記憶がない。来年こそは時間を割きたい。 監督の一覧を見ていて今ふと思い出したのだが、蹴球堂の一周年を記念して2007年に行なったイベントのゲスト、副島さんに来てもらったのだった。なんだかよく覚えてはいないのだが、あの川崎フロンターレ戦をふたりでトークしたのをなんとなく記憶しているな。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第33節 柏レイソル戦。

このクール、ドラマを多く見ている気がする。特に日曜日は目白押しとなっていて、リアルタイムで見れない分、その週の録画視聴が増えてしまう。特に「下町ロケット」は、リアルに自分たちと重ね合わせて見るため、なんだか見ているだけで胃がキュッとなる。 仕事というものはとても厳しく時には泣きたいくらい辛いこともある。はしごを外され更地に置き去りにされることもある。しかし、その分、結果として返ってきたときにはこの上なく嬉しいものだと再認識することができる。映画やドラマからそんなことを学ぶ。 ホーム最終戦となった柏レイソル戦。すれはすなわち尹晶煥監督のホームラストマッチでもあるわけだ。練習が厳しく選手が音を上げたとも噂されるが、昨年の2つのタイトルが示すとおり、結果として見えるものを手に入れた功績はとても素晴らしいし誇りに思う。 試合自体は散々な結果ではあったが、これもまた歴史の1ページ。ユンさんがセレッソ大阪にもたらしたものは非常に大きく、退任することで失うものも小さくはない。真の最終戦である横浜F・マリノス戦は日産スタジアムに行く予定。最後の勇姿を目に焼き付けたい。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第7節 川崎フロンターレ戦。

この試合が行なわれる水曜日の朝。病院に行き検査をして、そして手術入院と相成った。この歳になってくると本当に色んなことが起こるし何とも言えない。調査も含めての入院だが、それほど重くもないと感じているので自分でも安心している。 まあそれはさておき。第8節が行なわれる土曜の朝にようやくこのゲームを見終わるという何ともだらしないセレッソサポーターではあるが、ご容赦願いたい。公式戦4連勝とは言え薄氷を踏む思いも度々感じているし両手を挙げて喜んではいない。 15連戦という未だかつて無いスケジュールを乗り切らないといけないJリーグ。ターンオーバーを上手く活用し選手の休息に努めるのが監督の役目とするならば、モチベーションを保ち続ける尹晶煥監督の手腕というものは本当に凄い。 それもこれも、昨年のルヴァンカップ、紐解いてはU-23の設立というクラブ全体の意識の持ちようなのかもしれない。選手たちが「頑張れば出場できる」環境を構築することも、モチベーション維持に大きく貢献する要素なのは間違いない。 ベテランと若手、前線と守備陣、日本人と外国籍選手。それだけではない。様々なせめぎあいがクラブの中で生まれ、切磋琢磨し、そしてお互いのレベルが限界を超えていく。それこそがミューチュアルリスペクトと呼べると僕は思う。 2ヶ月ぶりに清武弘嗣選手がピッチに戻ってきた。違いを魅せられる選手として当然この切磋琢磨の中に入ってくる。そして今後も怪我人が戻ってきて、更なるレベルアップが行なわれるはず。厳しい日程が続くが、うちの選手たちは戦える。 <15✕30の中での3ラインに尹晶煥監督の美学を見ました。> NEVER STOP,NEVER GIVE UP