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MIZUNOに釘付けの会見。

ようやく新加入記者会見をオフィシャルサイトで見ることができた。森島さん、大熊さん、ロティーナ監督の話を聞いて、今季の様々な思いが頭を駆け巡った。各人から「愛されるクラブになる」という言葉が何度も繰り返されていたが、森島さんらしいなと感じた。

1993年からスタートして四半世紀を超えて培ってきた「MORISHISM」が、経営のトップとなってこれから発揮されるのだろうと感じる反面、若い頃からの付き合いであった岡野さん玉田さんの時と同様に、色んなことを許してしまうのではないかと若干危惧もしている。

その記者会見のなかで、新たに加わった選手たち5名の様子を注意深く見ていた。二人の外国人選手レアンドロ・デサバト選手ブルーノ・メンデス選手は、日本でのプレーをとても楽しみにしている様子に見えた。なにかやってくれる期待感しか生まれない会見だった。

逆に藤田直之選手や奥埜博亮選手は落ち着き払っているのかそれとも緊張の面持ちなのか、どちらとも取れるのではないかと個人的には感じた。J1でも経験豊かな二選手に対する絶大なる期待感。水を運ぶ役割、それ以上の仕事など、充分果たしてくれるものと思う。

最後は都倉賢選手。会見中、どうも落ち着きがない。揉み手、足が動いている・・・と思って足元をよく見てみたら、なんと彼のシューズが「MIZUNO」だった。調べてみたら契約していることを確認。関わりある身として都倉選手の応援を義務付けられた瞬間だった。

そんな理由だけではなく、彼のように感情を表に出して闘うタイプのフォワードは僕自身としても待ち焦がれていたものであった。どのようなチーム構成になるのか監督の手腕次第だが、チーム、ファン、サポーターが心をひとつに進んでいくシーンが既に浮かんでいる。

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