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平成最後の新年一般参賀。

東京に住んで丸12年が経とうとしている。大阪弁も少々忘れつつ、突っ込みも入れられず、そして笑いを取ることすら出来なくなってきている今日この頃。うどんや蕎麦の汁の色、お雑煮の餅の形なども含めて、大都会東京という街に染まり始めているのかもしれない。

とは言え、大阪の頃からテレヴィジョンで見て憧れていて、東京に来てからというもの行き続ける場所が3つある。ひとつが1月4日の新日本プロレス東京ドーム大会。もうひとつが靖国神社への初詣および終戦記念日の参拝。そして毎年1月2日の皇居での新年一般参賀。

ここ数年アメリカに行ったりなどの事情もあり、1月4日の東京ドームは全く見なくなってしまった。先に書いたとおり、少し自身の整理もしていくことを決めたためプロレスとも距離を取るようになってしまったが、皇居と靖国神社だけは今年も漏れなく行ってきた。

特に今年2019年は平成最後ということもありかなり多くの方がいらっしゃった。朝9時半くらいから並んだのだがその時点で桜田門から入れず、12時を過ぎても二重橋を渡れないという近年稀に見る混雑だった(実際には15万人という多くの方が来られていたと聞く)。

周りの声を聞いていると、日本各地からツアーで来ている方々や、初めて一般参賀に来たという方々も多くいた。また、若い人も比較的多く、イベント化していることは若干否めないのだが、天皇皇后両陛下や皇室方の皆様の人柄に惹かれているのだろうなと感じた。

昨年の一般参賀はあまり覚えていないのだが、宮殿正面以外でも見やすくなるようにとモニタが設置されており、お話される姿を大きな映像で見ることもできる。新しいことに取り組みながら古き良き伝統や文化を貫いていく。やはり日本という国は素晴らしいなと。

さて、来年からどうするか。4時間並んでしかもトイレに行くことも難しい状況はどうなのだろうか。行くか行かないか悩んでしまうが、やっぱり足を運ぶことになるのだろうと思う。平成最後の一般参賀に参加できた喜びと、立ち続けた足の痛みを今噛み締めている。

ちなみだが、1.4東京ドームは今年も行かない。Tranquilo!

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