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年賀状へのこだわり。手で書くことへのこだわり。

正月気分もようやく終わり(とは言いながら元旦から仕事してましたけど)、もうそろそろ気分を上げていかねばなるまい。今年の目標を叶えるための、トレーニングしながらの愛犬の散歩。その帰りに年賀状をポストから受け取るという簡単なお仕事の毎日だった。

その年賀状。毎年200枚程度書いていたが、ここ数年は20%くらい枚数が減ってきた。それだけ歳を取ったということなのだろう。昔はプリンタで製作していたものだが現在では印刷業者にお願いしている。しかしながら宛名は今も変わらず筆ペンで手書きしている。

子供の頃、塾は行かなかったが習字だけは習っていた。毎週先生のところに習いに行っていたのを思い出す。その気持ちを取り戻すのでは無いのだが、字を書くという行為は本当に楽しい。今でこそiPadになったがロッカーには積まれたノートが塔を成している状況だ。

さて話を年賀状に戻す。最近では「来年から年賀状を止めます」という言葉を目にする機会が殊の外多い。僕自身、それ自体には特に気にならないのだが、なんというか、日本の文化とや伝統、そういうものが徐々に失われていくことには若干の寂しさを感じている。

確かにメッセージやSNSがあるじゃないか、時代と共に年賀状も変わっていけばいいじゃないかという意見を頂くだろうし、僕もその方向に関しては間違いじゃないと思う。が、年賀状を手で書く、という文化が消えていくことに対して、なぜだか憂いの思いが強い。

何もかもが変わっていくこの世の中。残るものと消え去るものとの運命ははっきりしつつあるが、たとえ「あんたは滅びの美学が好きやな」と言われようとも、元旦の朝、ポストの鍵を開けて覗き込んだ先に存在する長方形の厚紙に、どうしようもなく心を奪われるのだ。

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子供向けイベントのハシゴは修行とも言う。

繰り返し言うことになって恐縮だが、いきなり走り出したり何かを振り回したりする予測不能な動きや、見たまんまのことを発言してしまう子供が大の苦手だ。そんな僕がまさかそっち系統のイベントのハシゴ修行になろうとは誰がいつどう想像しただろうか。

午前中。ロボットを使ったプログラミングイベントのスタッフとして。子供が意味もなく走り出す。お、おぅ・・・。まあ大人になっても走って転んでスーツが破けて「お母ちゃんに怒られるー」とか言ってる人もいたので、子供だからというわけではなさそう。

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