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7月, 2020の投稿を表示しています

コロナウイルスは夏休みを取らない。

いきなりの緊急地震速報(速報とはいきなり来るものだ)にびっくりした朝だった。家族共々SNSで情報を検索しつつ、身構えながらそのときを待つ。だが、我が家に揺れが来ることは無かった。しばらくは不安ではあったが、安堵が訪れた。
誤報では?と訝しむ声もあった。狼少年と言われるかもしれないが、このように正しい情報をもとに早め早めに情報を投げてくれるのは本当にありがたい。自分自身、常に意識は持っているつもりだが、まさに「備えあれば憂いなし」だろう。
さてコロナである。東京都の一日の感染者が367名となり、全国で1,200名なのだそうだ。僕はほぼ外出をすることは無いし、外食もまったくしていないのだが、そのような状況であってもなお怖いと感じている。これは、過剰反応なのだろうか。
第二波対策として、東京都では「感染拡大特別警報」営業時間短縮の要請を出されたようだ。医療と経済というふたつの課題を抱えたジレンマ。世界中がそんな究極の選択の場に置かれて既に4、5ヶ月になる。この先の行動をどう考えていくか。
たしかに、早く多くのアミーゴに会いたい、あのお店に食べに行きたいと思う気持ちと、感染させる/してしまうのではないかという恐怖もある。誰かが話していた「コロナウイルスは夏休みを取らない」。この言葉が今リフレインしている。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

見方や見る角度が違えば。

サッカーを楽しむこと。そんな日々が戻ってきて嬉しいがそれは感染の拡大に結びつく可能性もあることを理解しておかなければならない。以前からも書いているがどちらが正しいかを決められない場合、人それぞれの物事の見方は違うのが当たり前だ。
最近「勝手にセレッソdeレゴ®︎シリアスプレイ®︎」という作品をInstagramに投稿している。セレッソ大阪の試合のハイライトシーンをレゴブロックで再現することを目的としている。これだけだと、ただの「作るの下手っぴ」を晒しているようなものだ。
そこはレゴ®シリアスプレイ®らしくいかなければならない。実のところこの作品は5分という製作時間を設定してワークしている。当然のことながらほとんど感覚で作っているので、シーンとして若干リアルとはかけ離れたものになってしまう場合もある。

だがそれがいい。その直感から作られた作品を見ても何かが生まれる気がする。例えば今回の作品。第7節サガン鳥栖戦のアディショナルタイム。元々は松田陸選手の身体を張ったディフェンスを作ったが、よくよく見ると身体を投げ出す二人に目が行く。
印象的なプレーひとつとっても、見方や見る角度が違えば捉え方も変わってくる。インパクトのあるシーンの取捨ひとつ取ってもそれは言える。なぜ坂元達裕選手のゴールではないのか、とか。その違いを見つけていく道筋を作るのも僕の役目だと思う。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「君子は豹変す」。

元来、チームが変わる要素はいくつかあって、そのうちのひとつに「トップの交代」がある。特に精神的な面というかメンタルに変化が生まれやすいと感じる。思い切ったこのアクションによって、その効果がすぐに表れてくる選手たちもいる。
思い出すのは今から23年前の1997年。中央アジア二連戦。その真っ只中で日本代表監督が代わるという危機的状況。監督が代われば戦い方も当然変わる。ウズベキスタン戦でトップ下のスタートに立ったのは中田英寿さんではなく森島寛晃さん。
そんな過去の思い出に浸りたかったのではなく、今日のカマタマーレ讃岐戦の戦いについて書きたかった。途中から試合を見たが最後の最後まで走り抜いた姿は、前節までに見られなかった姿でもあったなとモニタ越しには感じることができた。
やはり、仕事でも流れを変えるのは、どんなときでも人によってもたらされるといっても過言では無い。今回に留まらず、監督交代で何度も何度も苦い経験をしてきた。J3とはいえ育成チームだとはいえ、戦う姿勢が重要だなと見ていて感じた。
企業や組織でのカンフル剤という言葉が浮かび上がってきた。どっちが良くてどっちが悪いなど言いたいわけでは無いが、勝負の世界の厳しさはビジネスもサッカーも本質は同じ。最後の最後まで走り抜くこと。諦めたらそこで「試合終了」だ。
「君子は豹変す」なんか良い言葉だ。徳の高い人は過ちに気づいたときにそれを改めて、正しい道に戻っていく。そして状況によって考えを急に変えていくものだ。駄目なときには思い切って何かを変える。人にとって大事なのは変化のようだ。
決定機を外したものの、ウズベキスタン戦でトップ下のポジションを奪ったかに見えた森島さんだったが、交代で出場した中田英寿さんの鬼気迫るプレーぶり。タシケントのスタジアムでその姿を見て正直震えた。監督が代われば選手も変わる。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

時代劇だと思えばいい。

ご存知の方も多いが、大阪市大正区には「昭和山」という標高33メートルの小高い山がある。我が実家からわずか徒歩1分という近い場所に、自然たっぷりの環境が存在していることに併せて、その名の通り昭和な少年時代をこの場所で過ごした。
コロナ禍でテレビと読書の時間が圧倒的に増えている。100冊読破することを目的としている後者はともかく、映画、ドラマの量が半端ないって、という感がある。時間が余りあるわけでもないのだが、この時期に見れるだけ見ておきたいと思う。
そのなかでも非常に興味があるのが、7年ぶりとなるあのドラマの賛否だ。銀行マンの下克上を見るために前回は40%越えという驚異の視聴率を叩き出したこのドラマ。今回は証券マン。巷では様々な議論も巻き起こしている。それが「古さ」。
僕はこの「古さ」を見るためだけにこの番組を録画していると言っていい。ただ、古いといっても昭和まで遡ることはなさそうだ(だいたい昭和はまだ働いていない)。ハラスメントに近い数々の言動と疑問符がいくつも付きそうな内部統制。
居酒屋では大声でペラペラ内部事情を話したり、お客様の前で子会社を恫喝。こんなことが本当に起こっていたらこの会社はどうなってしまうのだろうかと、いうギャップをこのドラマでは楽しんでいるのだ。それ以上でもそれ以下でもない。
事実は小説より奇なり。いや、事実はドラマより奇なり。そう自分自身に置き換えて考えていこうと思わされるドラマでもある。そんな方が多いからこそ、このドラマの視聴率が良い理由だろうか。決め台詞が見たいだけではどうも無さそうだ。
そう。時代劇だと思えばいいのだ。今の時代に合う合わないなどという言葉を、流石に「暴れん坊な将軍」や「幕末の風雲児」に向かっては言わないだろう。僕はそう思いながらこのドラマを見ている。または昭和や平成初期のあの熱さでもいい。
僕はこの昭和、バブルそして平成元年からの5年間に非常にノスタルジーを感じてしまう。Jリーグもその間に生まれたが、時間が流れるのが実にゆったりだった。先日もそんな話をしたのを思い出す。お相手は二十代女子。実に退屈だったろう。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

誰一人取り残さない。

「立教大学大学院ソーシャルデザイン集中講座」にオンラインで通っている。この分野についてはいつも学習したいと考えていたし、レゴ®︎シリアスプレイ®︎にも活かせると考えている。三ヶ月、七週間ほどではあるがしっかりと学びたいと思う。
もちろん、自由資本主義の世の中では様々な課題も生まれており、それは僕の身の回りでも同様に起こっている。そのなかでも僕が常々考える「誰一人取り残さない」というキーワードが、双方の利害として一致しているのだと改めて感じた。
その懇親会の場でも話したが、既に様々なところでコモディティ化(この言葉も既に使い古された感)しており、今までに存在している言葉や手法、そして動画などは意味を成さないものも増えてきた。新たな価値を見つけないといけないのだ。
だが、その新たな価値の見つけ方が古いと、出てくる価値も当然古くなってしまう。声の大小や特定の人間の経験則だけでは非常に難しい時代に差し掛かっている。全員が持っているアイデアからどのように「拡散」と「収束」するか、が鍵だ。
この21世紀の時代。「何かアイデアあるなら喋ってみろ」で出てくるものなど、たかが知れていると言わざるを得ない。高度経済成長期からほとんど進んでいなさそうな、時代錯誤的発想そのものを僕らは変えなければならないのかもしれない。
そういう意味ではF.C.OITOもコミュニティスペースとしての役割も充分に備わっている。しかも店舗自体も多くの声によって作られたと言っても過言では無いだろう。ここからさらにセレッソファンの声を聴く機会が必要なのだろうなと感じた。
ひとりよりもふたり。ふたりよりも三人。三人よりも、より多くの仲間による対話に価値が存在していると信じて進みたい。「誰一人取り残さない」を意識しながら、この短期間学習していく。頭の中に入る量が限られているのが、少々不安だ。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第7節 サガン鳥栖戦。

鳥栖駅前スタジアムは言うほど訪れたことが無いので偉そうには言えない。非常にアクセスが良いとか、肝心なところで勝てないとか、非常に相性が良くないとか。そんな記憶のほうがなぜか残っている。今回のゲームも、まったく同様だった。

また、疲労の関係からも出来る限り省エネで、とかも考えたが、そんな展開を許してくれるはずもなく、相当な体力勝負にもなった。相当な消耗戦だった三連戦の締めくくりとしては及第点だったと感じるし、走り切った選手には脱帽しか無い。

とは言え、ひとつひとつのズレが相手の思う壺になった前半は、かなり厳しかった。松田陸選手に助けられたと言えば聞こえが良いが、やはり、全体的に身体の重さは否めない。前節同様にいくつかの好機を決めておく必要はあるかなと感じた。

解説の方もおっしゃっていた通り、こういう試合を取るか取らないかでチームの強さが分かるのだと思う。前節を「勝ち点3を落とした」とするならば今節はなんだと言えるだろうか。僕的には、またしても「勝ち点2」を失った、そう感じている。
次節まで一週間ちょうど一週間。だが求めたいのは一時の休息ではなく「新しい戦力」だ。何度も書くように若手選手の奮起を待っている。次の湘南戦もアウェイではある。是非F.C.OITOで試合を観戦してもらいたい。僕らはそれも待っている。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ときにこんな試合になってしまったら。

こういう試合のフォローのしかたは様々ある。ゴール裏にもしサポーターがいたなら何か手の施しようもあったかもしれないが、このコロナ禍の現状では声をかけることすらままならないだろう。課題も選手自身でクリアしていく必要がある。
何よりもクラブのことを一番に考えているサポーターの存在が、こういう試合では必要になってくると思う。応援の力は本来こういうところで発揮されるのだ。歌って踊ってだけではないということを最も考えさせられる試合展開でもあった。
セレッソ大阪の歴史の中でもかなり多い「心が折れそうになる試合」のひとつだ。選手交代や戦術変更など、試合中に何とか修正しようとしても、どうにもならないようなゲームは時折ある。もちろん大事なのは選手自身のメンタルだとは思う。
プロ選手とその域を目指している選手たちで構成されているU-23でも同じだ。だが彼らも人間なのだ。ガムシャラに行ったとしても難しいときだってある。だからこそ、そんな背中を押すことができるのが、サポーターなのだと僕は思っている。
そういう意味では、このようなつらい戦いへのフォローだけでもできるようになれればいいなと思ったりする。選手の頑張りやクラブ、スタッフだけに頼っていては絶対に厳しいだろう。応援というのは音を流せば良いというものでもないのだ。
クラブもスタッフもそして選手たちにも、その思いに気づける方と気づかない、気づけない方がいるのも事実だ。サポーターや応援が面倒に感じてしまう場合もあるだろう。だが長い時間を共に過ごしてきたのは間違いない。だから分かるのだ。
このような状況のなか、サポーターという存在や、応援という存在の重要性を強く感じる。四半世紀以上のあいだに各クラブで育まれてきたこのサポーターの力、応援の力。ときにこんな試合になってしまったら、ぜひとも思い浮かべて欲しい。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

レゴ®︎シリアスプレイ®︎と出会った日。

三年前のちょうど昨日。僕はあるメソッドに出会ったのだった。それは「レゴ®︎シリアスプレイ®︎」と呼ばれており、その名の通り、山ほどたくさんあるレゴブロックを利用して、次々にコミュニケーションと意思決定を行なっていくという仕組みだ。
真剣に楽しみながら与えられた時間でファシリテーターの問いに対する作品を作っていく。作った人ではなく、作品を中心にしてどのブロックにどんな意味があるのか、などを仲間に説明する。フィードバックを受けながら、本質に近づいていく。
当時、チームの中でも考えが停滞したり、何を導き出しても同じようなことの繰り返しになるようなミーティングが、多く存在していた。メンバー間のコミュニケーションは声の大きな者が常に勝ってしまうような、そんな話し合いばかりだった。
一部の人間の裁量で決まったような方策はもちろん機能せず、ましてや彼らしか意識をすることなく、その後どうなったのかすら皆は関心が無い。またその打開策なども目の前のことばかりなので、変化が生まれる要素なども限りなく乏しかった。
「時代が変わっても自分たちは変わらないという"普遍"であり"不変"」は、まったく逆の意味で捉えられ、反対方向のベクトルへと向いている気さえした。一体僕らはどうなっていくのか。不安に駆られる日々を過ごしていたことも思い出される。
そんななかで、とあるワークショップを見つけた。それがこの、レゴブロックを利用したものだった。会場には老若男女の参加者がいる。気後れしそうではあるが、気持ちを高く持って臨んだ。遊び道具が仕事における「道具」に変わる瞬間だった。
その日から見様見真似でワークショップを開催し始めた。レゴ®︎シリアスプレイ®︎の真の価値を知るのはそれからさらに1年以上の時間を要した。その間もひたすらワークショップを行ない、レゴ®︎シリアスプレイ®︎の良さを知ってもらおうと努力した。
2020年。七月に入って、新入社員のチームビルディング、プロジェクトメンバーのブレインストーミング、そしてオープン参加のリモートマッチと三件のワークショップを行なった。すべての会で多くを持ち帰ってもらったのではないか、と感じる。
それと同時に、僕にこの世界を紹介してくださった方々に感謝の気持ちが溢れ出した。もちろんポジティブだけでなく否定的に見られる傾向は変わらず存在する。だ…

長文だが、なぜ僕が幕末明治の歴史を好きなのか、をちょっと明かそう。

セレッソ大阪とヴィッセル神戸の息詰まる試合から一晩経つ。Jリーグクラブの地域を思うたびに幕末明治の史跡と照らし合わせてしまうのが僕の悪い癖だ。このゲームの場合は、大阪と言えば鳥羽伏見の戦いでも様々な出来事が起こった街である。
一方神戸の街には神戸海軍操練所跡がある。また兵庫県全域にまで範囲を広げると、長州奇兵隊の駐屯地があり、赤穂は幕府伝習隊として五稜郭まで戦い続けた箱館政権の陸軍奉行、大鳥圭介の生誕地だ。大鳥圭介は淀屋橋の適塾にもいたそうだ。
最近では薩長史観だけでなく、幕府側の書物などからもこの幕末明治の世がどんな状況だったのか具に見てとれる。何が良くて何が悪いかなどという言葉で言い表せないほどの出来事が、あちらこちらで動いていたということに心が躍ってしまう。
ほんの150年ほど前のことであるにもかかわらず、真実かどうかの見極めが非常に難しい。「勝てば官軍」という言葉通り勝った側によって歴史は塗り替えられもする。この時代は明らかに何らかの手によって変容しているのだと簡単に推察できる。
その中でも一番気になる存在というのがやはり坂本龍馬の暗殺となってくる。なぜ殺されたのか、なぜ殺されなければならなかったのか。実に悩ましい謎でもある。そのために様々な憶測と諸説が入り乱れ、あることないことのオンパレードだ。
当然、幕府方からも討幕派からも恨まれる要素はたんまりあり、また、そのような立ち位置におりながら、普段から用心が足りないことを指摘されつつも無防備な状況が多かったという坂本龍馬。暗殺されるべくして暗殺された展開、でもある。
坂本龍馬を暗殺したとされる京都見廻組が潜伏していた京都府上京区にある松林寺を訪れたことがある。いくら近道したとしても、暗殺現場の近江屋まではゆうに50分ほど歩くことになる。しかも付近には薩摩藩邸もあり厳重体制だったはず。
そう考えると、浮かんでくるものは非常に分かりやすいし、どこで、どのように絡み合ってこのような結末を迎えさせたのかなど見えてくるものも多いだろう。絶対にあり得ないことが現実に起こってしまうという。事実だけが隠されてしまう。
なぜ僕が幕末明治の歴史を好きなのか。それはまさに「カオス」だったから。黒船でマシュー・ペリーがやってきた1853年から、西南戦争が終結する1877年までの四半世紀に、実に様々な、通常では考えられないような「カオス」が発生して…

第6節 ヴィッセル神戸戦。

梅雨空の雨が続いている。それほど外に出ていない(基本的にはワンコの散歩くらい)ので濡れることはほぼないのだけれど、それでもジトっとしてムシっとするこの時期は身体に良くない。これから四連休だが、仕事の時間がたんまりだ。以前も書いたかもしれないがトルステン・フィンク監督とは2002年に訪れたバイエルン・ミュンヘンの練習場で一緒に写真を撮らせてもらった思い出がある。そのフィンク監督が率いるヴィッセル神戸との試合は、一進一退の状況となった。
胸が苦しくなるくらい息の詰まるゲームだ。一年に一試合あるかないか。正直言うと身体にはよろしくない。よろしくないがそれもサッカーの醍醐だろうか。ゴールは水物で守備は造りあげていくものだとすると、こういう90分もありえる。
たしかにアンドレス・イニエスタ選手を中心に神戸は上手くて強いと認める。だが我がセレッソ大阪の選手たちはそれ以上に素晴らしいと感じた。まるで、強い相手と戦うことで更に能力の限界を超えていくドラゴンボールの孫悟空のようだ。
ただ、連戦で出場している選手の疲労が気になっているのも否めない。前節同様、選手交代に多少モヤモヤとするところもある。あの選手も、もう少し長い時間見たいと思ったりする。まあ僕などが語る言葉には何の責任も何も無いのだが。
繰り返しだが、胸が苦しくなるくらい息の詰まるゲーム。もっともっとこんな真剣で斬り合うかのような張り詰めた空気の試合を僕は見たい。このような試合はミスがあってもミスのように見えない。ピッチにいる22人がそれを補っている。
選手もファンもサポーターも、もちろん監督も勝ち点1で満足しているとは思えない。僕も勝ち点2を落とした感がある。だがこの勝ち点1は必ずどこかで生きてくるはずだ。そろそろターンオーバーで新たな選手たちの出現を願ってやまない。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

史跡巡りを夢想。

旅行に行けていないどころか家からもほとんど出ていない状況で書くのも何だが、Go Toトラベル事業(キャンペーンと言わない)が明日から始まる。国土交通省観光庁発行のドキュメントを眺めている。12ページ「東京に居住する方」の文字が目に入る。
僕自身はそれほど気にもしていないので、お金よりも行きたい気持ちのほうを優先したいなと個人的には思うが、やはり不公平感は生まれてくる。それでも"気にしい"なので、訪問先がどう思っているか、どう思われてしまうのか、と常々考えてしまう。
こんなときだからと思い立って(というほどでもない)「行きたいところ」をGoogle Mapでお気に入り登録していくことにした。やはり食べ物屋さんがリストの中心となるのだろうが、もちもんイバと言えば幕末明治の史跡、という流れにはなっていく。
特に薩長と幕府だけでなく市中においてのお金の流れを見ていると、このさき、何が良くて何が悪いかなど気にするよりも今を大事にしていくべきなのかな、とかも思ってしまう。光も闇も全てひっくるめてこそ、この時代を理解できるのかもしれない。
話を戻すが、一体いつ以来、幕末明治の史跡巡りをしていないのだろうか。思い出せないなとか、そう考えてしまう時点で今年はほとんど廻れていないと思っていい。2月に行った箱根が最後だとしたら(ここは遊撃隊関連だったはず)少々寂しくもある。
この三枚橋は同じ名字の伊庭八郎が小田原藩士に手首を斬られた場所。それ以外にもこの箱根には多くの幕末の史跡もある。山崎古戦場もそのひとつ。日本全国にはこのような、何の碑も残されていない場所が山程ある。僕はそこにスポットを当てたい。
僕のGoogleマイマップには既に3,000件近くの史跡が登録されており、その大半がまだ訪問できていないという事実に直面している。正直なところ心が折れそうにもなってしまう。セレッソ大阪のアウェイゲームと併せて訪れる日が来ればよいのだけれど。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

思ってもみなかった言葉。

仕事が好きやんね?と思われているようだが、それほどでもないというのが本音だ。しかしながら仕事をしているときは充実感があるのも正直なところ。しかもできれば鬼瓦のような顔ではなく、いつも笑って仕事をしていたいなと思っている。
もちろん仕事は厳しいものであると感じるし中途半端にできないのも当然なのだが、つらいときは逃げてもいいんじゃないかとも思う。抱え込まずに少しでもシェアする。そして何より大事なのは「つらいときに話をしあえる仲間」がいること。
そういう意味では、F.C.OITOもサッカーショップ蹴球堂も、そんな仲間と仕事ができている幸せを噛み締めている。だからこそつらいことだって乗り越えられるのだろう。仕事が好きイコール仲間が好きってことに置き換えられるかもしれない。
先週の金曜日にとあるプロジェクトのブレインストーミングで、レゴ®︎シリアスプレイ®︎ワークショップを行なった。若いメンバーで構成されていたこともあったので、これまでの経験則や進め方など含めて、レクチャーしながらの三時間だった。
僕もそれほど思っていることを口にしないタイプでもあったから、若い頃、特に二十代前半では本当に苦労した。周りの人たちに「分かってもらえないんじゃないか、いや、それ以上に、分かってもらえるはずないわ」とか思っていたりもした。
「あの頃レゴ®シリアスプレイ®が存在していたら良かったのに」とかちっちゃい人間みたいなことを言う気は無いが、今は心の声を聴くためのメソッドが多く存在している。その中でもレゴ®シリアスプレイ®は最高のメソッドであると僕は思う。
そんな先日のワークショップにおいても「思ってもみなかったような言葉」が何度も繰り返し出ていた。メタファー表現によって導き出された「思ってもみなかった言葉」が、周りのメンバーに驚きを与えたりチームの理解を深めたりしていた。
使い尽くされた言葉だけですべての物事が解決するのならば、そして思ってもみなかったような言葉に価値が無いと思っているなら、このようなワークショップなど必要が無い。解決できないと気づいたからこそ、僕のところに仕事は舞い込む。
今ある言葉だけで解決できるという幻想は、今日の複雑すぎる社会環境では既に瓦解し始めているかもしれない。言葉を選んで議論するのも仕事として大事な要素ではあるが、ときには「思ってもみなかった言葉」を導き出してみてはどうだろう…

時間を作り出す。

最近は時計の針が速く動きすぎる傾向がある。ビジネスもサッカーもスピード重視だけの世の中で本当に良いのだろうかと時折思ってしまう。そんな場面でよく僕が口にする(独り言かもしれない)のが「Andante(アンダンテ)(歩く速さで)」だ。
勘違いしないでほしいが、僕は音楽なんてものを一切やったこともないし、ましてやこの「歩く速さで」という言葉も実のところ漫画から見つけたのでもある。だから使わせていただくのも少々気が引けるのだが、このアンダンテがしっくりきている。
昨日今日と自宅にいて(いやコロナ禍でいつもだろうが)ので、本日、重い腰を上げてようやく6月13日に収録したCEREBAKAのEPSODE2を仕上げた。やはり校正の仕事は向いていないなと感じながらもひたすらキーボードを打ち続ける一日でもあった。
ダイジェスト動画は早々と作っていた。だが、どうもこの文章を書き上げるのに時間を作りたかったのが本音でもある。このように時間を作ったことによって、固定観念や収録当時に起こっていた"熱"以外の要素が加わって次々に良くなっていく内容。
それにしてもこの御方の言葉の数々は珠玉だ。ゴール裏サポーターは是非彼に話を聴きにいくべきだと正直思う。もちろん僕らは聖人君子でもなくすべてがすべて正しいかは分からない。だが、時間を作り出してセレッソ大阪に捧げてきた経験がある。
時間を作り出すことで生まれてくる、その何か。仕事でも一緒のような気がする。慌てず急ぎすぎず、ときには「歩く速さ」になったとき、僕らは解き放たれるのかもしれない。セレッソ大阪で言えば藤田直之選手がボールを持った瞬間のように、だ。
しかしこの犬は先を急ごうと自身のリードに噛み付く。そのためにまったく進むことができなくなってしまう。僕は「歩く速さで」とつぶやいてみる。このワンコは徐々に歩き始めてペースを取り戻す。一歩立ち止まってみるのが良いのかもしれない。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第5節 サンフレッチェ広島戦。

人生とは実にはかない。どうして、どこで、どうなってしまうのか本当に分からない生き物なのだ。そんな人の胸の内は、他の誰にも知ることなどできやしない。世知辛い世の中を僕らは懸命に生きている。だがどうしようもないこともあるにはある。
幸せとは一体何なのだろうか、と、ふと、考えるときがある。答えなど簡単に出てくるわけもなく、その質問はいっときの露と消えゆく。それでも僕は生きている。食べて、寝て、少しの仕事とそれを上回る楽しみとともに僕は毎日を生きているのだ。
楽しみのひとつであるセレッソ大阪の試合を見る。チームの、そして選手のコンディションや試合内容に対して、あーでもないこーでもないと、リモート観戦のモニタに向かってボヤきながら過ごしている。勝てば喜び負ければそう、悲しみに暮れる。
今日の広島戦は喜怒哀楽の極みのような一進一退の良い試合だった。気になるシーンが少なからずあって、最後の最後まで難しかった。また、替えの効かない選手とその替わりの選手(という表現もどうだろうか)のローテーションの重要性も知った。
前節の嫌な負け方から巻き返した試合に満足しつつも、ここで終わりではないことに更に気持ちを高める。選手交替など考えも違うように、ロティーナ監督の胸の内は僕に知ることなど出来るわけもない。色々考えてみても、他人には到底分からない。
そういう僕自身も今、胸に秘めていることがある。来たるべきときが来たらどこかで報告したいと思いながらこの瞬間を懸命に生きている。とにかく今を大事に生きること。僕に出来るのはだせるのは多分そういう感情。次の試合が楽しみでならない。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ルールとエゴの先にあるもの。

観客が入っての公式戦。こんなふうに購入するのか・・・とチケットの買い方などを教えてもらったりして少々驚きを隠せない自分がいる。僕個人として、やはり観客の皆さんが全員座って試合を見ている姿を拝見するのに違和感がある。
サポーターも、ルールとエゴの狭間でモヤモヤしながら試合と向き合っているのだろう。だが映像を見ているだけだが、立って応援しているような方もいなさそうで、やはりエゴよりもルールが大事なのだとみんなよく分かっているのだ。
これを機にニューノーマルとしての観戦方法が定着して、全席着席の指定席になる可能性だって何%かはある。ゴール裏は立って応援するという、しきたりのようなルールも変わってしまうかもしれない。そんな日が来てほしくはないが。
とは言えだ。生声での応援歌やチャントが無いゲームを見るのにも馴れてきた気がする。このまま「ゴール裏サポーター」なる方々が本当にいなくなってしまうのだろうか。そんな場面に今まさに遭遇していることを身を以て感じている。
四半世紀近く歌い継がれてきたチャントなどが、ここで消え失せていくなんてとてもじゃないが見ていられない。だからこそ今が耐えるときでもある。ひとりひとりの自覚と責任がこの先のサポーター人生を作ると言っても過言ではない。
明らかに選手の足が止まる瞬間が見て取れる。コンディションの問題だけではない。辛いときに後押しできるサポーターの声の力がいつか必要になってくる。その日までは大人しく座席に座り、試合を俯瞰してみるのも、趣があっていい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP
いつかまたこんなふうになるといいね

耳たぶの大きさ。

昔から「耳たぶの大きい人はお金持ち」なんていうことをよく聞かされてきた。街中で人の耳たぶをジロジロ見て顰蹙を買ったこともある。自分の耳たぶのサイズを嘆き、引っ張ってみたり揉んでみたりしたものだ。結果は見ての通りである。
身体的特徴に憧れを抱くのはいつの時代も変わらない。耳たぶもそのひとつ。たしかに、大きい人は全員がお金持ちかどうかは分からないのだが、そのように語り継がれるということは何らかの作用が働いているはずだ。僕はそう考えている。
それ以上に感じるのは、見た目以上の語る言葉の意味だ。第一印象とその後のギャップが大きければ大きいほど愛される可能性が非常に高くなる。またその逆も然り。そのギャップに人は惹かれ、そして莫逆の友になっていくのかもしれない。
莫逆の友と言って僕の中で真っ先に出てくるのが直江兼続と前田慶次郎になる。言葉も交わさずただ横にいるだけで落ち着く関係、だったらしい。現代ではとても難しい関係なのかもしれないが、そのような気持ちだけは持ち続けられるはずだ。
残された時間はそれほど多くはないが出会えたことを誇りに持ち、僕はこれからもセレッソ大阪を取り巻く多くの出来事と向かい合っていくのだろう。そんなことを考えながらキャンディを食べる。フエキくんがこちらを見て語りかけている。
このフエキくん。一体どこまでが耳でどこからが耳たぶかなのか、まったく判断がつかない。いやもうそんなものはどうでもいいのではないかと思い始めている。「耳たぶの大きい人はお金持ち」だろうがなかろうが、何の問題も存在しない。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

喩え。「押しつぶされたサッカーボール」という表現。

いま読んでいる本の中でちょうど南極大陸が出てきている。何がちょうどなのかと言うと、ちょうど見ていたニュース記事と被ったからだ。昨日の投稿とも被るが、6600万年前と言われてもピンと来ない。この時期の歴史にはとんと疎い。
なぜこの記事に目が行ったかというと、軟卵の表現が「押しつぶされたサッカーボール」だったから。どうしてこのような言葉になったかは化石を見ても分からないが、ことサッカーに喩えられるとどうしても読んでしまう体質でもある。
最近、この「喩え」というキーワードを意識するようになってきている。もちろんレゴ®︎シリアスプレイ®︎の構造表現である「メタファー」を意識してのことだが、どうもそれだけではないような気がしてきている。ここは経験がモノを言う。
ではなぜ「喩え」や「メタファー」は大事なのか。それは「伝える」ことよりも「伝わる」ことが大事だからだ。どれだけ綺麗な言葉で飾っても、それが相手に伝わらなければただの言葉遊びだ。いつもそう思いながら文章を考えている。
「伝わる」こと。そっくりそのまま刃となって僕に返ってくる。適当なワードを散りばめて表現しているだけの味気の無い僕の文章。一体誰が読んでいるのかも分からず、ただ書きなぐっているだけの文章に、惹かれるところは何も無い。
先日たまたま「伝え方が9割」のマンガを二冊読む機会があった。じゃないほうは読んではいたのだが、このマンガ版も意外と(というと失礼か)心にグッとくる内容だった。言葉の選び方、使い方など僕が苦手としているところでもある。
生きた言葉は人を幸せにする。僕が愛読している様々なブログの中でも幸せにする言葉が散りばめられている。人を読む気にさせ、そして読んだあとに何かが残る言葉。僕もなんとか見習って「伝わる」言葉を発していきたいと思っている。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

楔。

地球が誕生して46億年。生物が誕生して38億年だという。そこから更に時代は進み、700万年前〜600万年前に人類が生まれたとされている。こう考えると僕の歴史などたかが知れている。それはまさに点と呼ぶのもおこがましいくらいだろう。
人として人生を全うすることの尊さを、今、噛み締めている。こんな点にも満たないのような人生の中で何かをやり遂げたとしても、地球にとって何の意味も持たないのか。いやそうではないと言いたい。何かしらの楔を打ち込んでいるはずだ。
以前にも書いたが、真の偉人は街のあちらこちらにいる。もちろん教科書には載らないし、ましてや知っている人も多くはない。それでも偉人に違いない。誰かの心に楔を打ち込んだのならば、少なくともその誰かにとっての偉人にはなり得る。
僕も歳を取り、そんな偉人たちが、ひとりふたりとこの世を去っていく。人間はせいぜい120年しか生きられないそうだ。いつか死ぬのだ。死ぬために生きていると言ってもいいくらいだ。だからその時間を精一杯生きるのだ。死ぬその日までは。
もう一度言う。僕は楔を打ち込むために生きているのではなく、死ぬために生きている。楔は打たれた側が感じることであって、少なくとも打った僕がそれを考える必要はない。楔のボールはすなわち勝負の縦パス。だから死ぬまで打ち続ける。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

気持ちは常に鶴ヶ丘。

わずかではあるものの観客が入っての公式戦の当日。あいにくの天気でもあったのだが、F.C.OITOおよびサッカーショップ蹴球堂にも多くのファン、サポーターの方々にお越しいただいたとのことで本当にありがたいと感謝の気持ちでいっぱいだ。
アミーゴからも「行ってきたよ」というメッセージをもらったりして、素敵な言葉だけでなく、勇気や元気も一緒に送られてきたような気がする。もちろん試合は残念ではあったが、そんな沈みがちな気分も吹っ飛ぶくらい、とても心が軽くなる。
前回大阪に戻ってからはや四か月が経つ。試合を現地で見れない以上に、アミーゴに会えないことの方が落胆は大きい。やはり僕らは多くの方々に支えられていたと改めて感じるとともに、早く帰阪して仲間と一緒の時間を過ごしたいと思ってしまう。
ここでも何度も書いているが4月30日オープン後のF.C.OITOにも5月27日リスタート後の蹴球堂にも僕は足を踏み入れていない。言ってしまえば純真無垢な状態だ(決して僕以外がそうではない、という意味ではなく)。なのでとても待ち遠しいのだ。
そんなこんなで「とても素敵なお店です」とか「お洒落な環境ですね」と言われても、お恥ずかしい話だが正直ピンときていないのが実情だ。僕の中では何もないただの木の部屋だったわけだ。そのような場所が多くの方々のおかげで命を宿している。
ここには、僕個人としての魂が存在していると声を大にして言いたい。物理的な身体は遠く東の京にあったとしても、気持ちは常にJR鶴ヶ丘駅前から少し歩いて、角を曲がったあの場所にあるのだ。だからこそこのような状況でも強くいられるのだ。
うーん。しかしながら、長居球技場にある会社にも行かなくてはならないのにこの状況が非常に悔しい。御存知の通り、東の京の人間が大阪に入ることはまだまだ遠慮しなければならない時期でもある。気持ちをひとつにじっと耐えるときでもある。
いま、今週行なう予定のレゴ®︎シリアスプレイ®︎のワークショップ設計とドキュメントを仕上げているところ。コロナが明けたあかつきには必ず、F.C.OITO内においてアミーゴに集まってもらってワークショップを開催する。これだけは約束しておく。
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第4節 名古屋グランパス戦。

世の中は本当に分からないものだ。何がきっかけで物事が起こるのかなんてまったく読むことができない。初めてその話を聞いたときは一体何のことだか理解するのは難しかったが、昨晩ようやく事の真相がつかめてきた。凡人には捉えきれない。
とは言えそんな状況になっているとは露知らずだった。叔父からの電話で「高一ミスコン」のことを知り、その総合一位に遠縁が立っているというではないか。買い物から帰ってきて、しかも荷物を受け取る瞬間の出来事で少々混乱したのだった。
今日の名古屋グランパス戦はこの「混乱」という言葉がピッタリの試合だったと感じる。選手個人のミスは一試合の中では当然出るものでもある。ただそのミスが続けて起こるとこのような試合になるのだろうな。そう思いながら試合を見ていた。
選手を5人まで交代することができるのは過密日程には非常にありがたいが、監督としては悩んだりするのだろうか。今年は特に試合プランとのトレードオフが難しそうな気がする。一週間ほどのインターバルでまずはコンディションの調整だろう。
そんなダブルの混乱のなかでこのブログを書いている。負けはしたが、観客の皆さんがスタンドに座っている姿を見ているだけで涙が流れそうになる。目頭を必死に抑えながらの90数分。これでようやく、僕らのJリーグが戻ってきたような思いだ。
東京からはまだまだ他県に出ることがはばかられる状況なのでDAZNでの観戦が続くのだろう。スタジアムはこの先も混乱が続くと予想されるが、できるだけ早く、録音のチャントが生の声に代わる日を待ち望んでいる。スタジアム観戦を願いつつ。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP

変わるべきときに変わること。

創業初年度だろうが100年続いているだろうが、変わるべきときに変わらなければまったく意味がない、と僕は思っている。F.C.OITOもサッカーショップ蹴球堂も様々な改革を次々に進めていっている。組織とはそういうもので、それは普遍であり不変だ。
とある記事を見た。変わるときに変わらないといけない展開。バズワードに囚われるのではなく、トラディッショナルで誇り高く改革に取り組む様に感動すら覚える。当然時間もかかるし、それは上手くいかずに終わってしまうことだって充分にある。
しかしながら、一歩前に出なければいつまで経っても何も変わらない。だからこそ優しさと気遣いと、おせっかいが必要になってくる。だが、必要も無いのに理解を求めるための無駄な時間を使ったりしなければならないのは、企業独特の文化なのか。
変わろうとしているときに一歩先んじると出る杭を打たれる。容赦なく身内に背中から斬られる。伝統だのしきたりだのとこれまでもおよそ守ったことも無いのに簡単に振りかざしてくる。日本の組織はこういった類のものが日常茶飯事になっている。
そこに悩みがある。特に大きいのは人間関係でもあると僕は断じて言いたい。昨日も少し書いたのもあるが、アドラー心理学のアルフレッド・アドラー先生が言う「人間が抱える問題はすべて人間関係の問題」は、まさにその通りなのだと思ってしまう。
今日熊本戦でセレッソ大阪U-23のなかでもちょっと感じてしまった。ペナルティーキックの際に少し意見が合わないシーンがあったように僕には見えたが果たしてどうだったのだろうか。確かにプロなので良いとは思うが時と場所を考える必要もある。
書いてはいるが若い頃は僕もそれが当然だと思っていた節もある。丸くなったとよく言われる。変わるべきときに変われたのかなと自分自身は思っているが、周りの目からどう見えているのか。今の若者たちはタイミングを逃さないようにしてほしい。
かく言うF.C.OITOも蹴球堂も、越えないといけない、越えていくと信じて走っている状況のなかで様々な課題にぶつかることもある。考え方は人それぞれ。だが僕らは獣では無い。お互いをリスペクトして合意点を見出す。人間の、当然の行動なのだ。
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慣れないWindowsを触る。

人間、慣れとは恐ろしいものだ。毎日実施しているとどんどんと手慣れていくのにちょっと使わなくなると途端にまったく動かせなくなってしまう。スポーツ選手が1日休むと取り返すのに数日いや数週間かかるとか言う方もいるのはその典型だ。
使い慣れないWindowsなどというオペレーティングシステムを使ったせいか、肩が非常に凝っている。もうかれこれ窓を利用しなくなってから10年近く経つ。大半がMacだが、やはりスマートフォンのほうがすぐ使えて非常に便利になっている。
だからといってWindowsが駄目だと言いたいわけではなく要は多様性だということ。それは別の意味で言うと、少々乱暴になるのだが「何でも知ってると思うなよ」となる。IT屋のエリア(幅)が相当広くなっていてかなり厳しい状況でもある。
サッカーにおいてもこの「何でもできる」の範疇が存在しており、現代ではその境目が難しくなっているのも分かる気がする。多様性を持って戦える人間ばかりだったらそんなに苦労もしないが、全員が全員、そういうわけにもいかないだろう。
僕自身も若い頃と比べて守備範囲がまったく変わってきている。歳を重ねることで変わることもあれば、環境によってもそれは起こる。成長しているのかはたまた劣化しているのかが分からなくなってくることもよくある。それも、人間なのだ。
今日、アドラー心理学のセミナーを受講した。再三再四言われている「勇気づけ」という言葉を噛みしめるたびに、今僕がやらなければならないことが頭をよぎる。こういう状況だ。自分のやれる範疇を精一杯行なっていくのが重要なのだろう。
そういやあのコーチの勉強会を企画して実施のところまで行っていたのにリスケになったままになっている。東京は今日も凄まじい数の感染者が出たのでまだまだ先になりそうだが、必ずや実現させる。そのためにまずは今を大事に生きること。
そんなことを書いていたら当のWindowsが謎のCドライブ容量不足に陥っている。だから窓は嫌なんだ・・・と泣きながらメンテナンスを実施する。あれ?なんとなく身体が覚えている。やはり経験は知識となって染み付いたのか?それも謎だ。
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※直接触るのは嫌なんで基本はChromeリモートデスクトップ。

風。

雨が続いている。しかも中野坂上近辺ではかなりの風速がセットで提供されている。ビニール傘がもう何本やられたことか。最近は少し強い傘(この傘、あるトラブルで貰った)に替えたのでそれほどでもないが、大雨で傘の故障は正直辛い。
重ね重ね言わせてもらうが、中野坂上駅の周りは本当に風が強い。その名の通り坂上でもあるし、複雑に入り組んだ地形が原因のひとつだと思うが、ここまで凄いと正直どうしようもない。自然の力をまざまざと見せつけられている感がある。
風は時に甚大な被害を僕らのところに連れてきてしまう。被害発生の状況をニュースで見ているだけで本当に悲しくなる。そんな中で九州に住む幼馴染に連絡して、比較的被害は少ないとの返事をもらって胸をなでおろしている僕がここにいる。
大阪と比べても東京は風がある。この時期は風が吹くと涼しい日があるので助かるのだが、上下前後左右と所構わず吹き荒れるのはちょっと対応に苦労する。これはまるでセレッソ大阪の多彩な攻撃のようだと言うのは、表現としては厳しいか。
再開後の好調を支えている選手が多すぎて選びようがないが、強いて言うなら、個人的に中盤の底の二人と両サイドバックということになる。特に藤田直之選手とレアンドロ・デサバト選手の充実ぶりが本当に頼もしい。何物にも替えられない。
この2ボランチの安定感からの貢献度が攻守の軸であると言っても過言では無い。至るところに顔を出し、守備の場面はもちろん、時にはペナルティエリア内でも仕事をする。この充実ぶりが逆に「怪我しないか」と風向きを心配してしまうのだ。
とても気になったので「なぜ中野坂上駅付近は風が強いのか」を色々と調べてみた。インターネットなどで見ていると10年ほど前からポツポツつぶやかれ始めていた。「剥離流」「吹き降ろし」「谷間風」。メカニズムは、なんだか分からない。
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第3節 清水エスパルス戦。

時間が経つにつれ塗り替えられたり消えたりするのが「記録」。言いたくはないのだが日々薄れていくのを肌で感じる。それでも多くのログを残しながら俗世を生きる。テキスト、フォトなど含めて、僕のエリアの様々な急所に散らばっている。
それにしてもDAZNのおかげで、幸か不幸か試合を録画するという機会がまず無くなった。DVDならいいがビデオはかさばるうえに劣化も激しい。インターネットが世の中を変えていることを再認識しながら今日も配信される試合を見ることにする。
平日の18時キックオフはやはり僕にとっては厳しい時間割だ。それでも、追っかけ再生(と呼んでいいのだろうか)ができるので18時50分くらいから見始めた。スターティングメンバーを二枚替えた。水曜と週末の連戦はターンオーバーは必要。
そんな意味も含めて、強くなったと感じる試合内容。こういう言いかたをすると本当に申し訳ないが、強さと脆さを併せ持つセレッソ大阪が懐かしいと思えてしまうくらい、僕らはあの頃を忘れたのだろうか。いや、忘れさせられたのだろうか。
J1のゲームは実に紙一重だ。この時期に首位だからといって浮かれることはまず無いだろう。とは言えアミーゴからメッセージが来たりすると、なんだか嬉しい。この土曜日からは少ないながらにファン、サポーターも入場ができるようになる。
今日みたく応援がなくても選手は戦うし最高のサッカーを見せてくれる。でも「それがどうした」だ。僕らがいる意味。選手と一緒の時間を過ごすこと。彼らの疲れた足を少しでも前に出す手伝いをすること。そのためにスタジアムに行くのだ。
だからといって応援のすべてが可能ではない。そしてスタジアムの何もかもがビフォアコロナに戻るわけではない。そんな状況下でこの一年を過ごしていかなくてはならないだろう。東京都民はしばらく大阪には行けない。さて、どう生きるか。
少し話が戻るが、我が家にはVHSだろうがBetaだろうがビデオは既に存在しない。すべて処分してしまった。覆水盆に返らず。見たいと思ったときにはもう遅い。記録とはそういうものだ。だから僕らは記憶に焼き付ける。忘れないためにも。
今日の清水エスパルス戦も僕の記憶のチップに登録されたのだろうか。それが自分自身でもよく分からないのだ。しかしながらまだまだ記憶力はわずかに残っているということ、先日のワークショップの報告書を書いている際に感じたのだった…

手札の「ブレない」個性を。

アドラー心理学の書籍である「嫌われる勇気」を貸してあげていた御方と、本を返してもらうタイミングで立ち話する機会があった。途中まで読んで面白さを感じたと同時に、借り続けるのも申し訳ないという気持ちになり、自分で購入したらしい。
先日は他の書籍を貸した若者からもメッセージが届いていた。最近、このようにお薦めの本を紹介して回っているが、このような形で「読みたい」を増やせているのは非常に嬉しい。世間話のような状況。この本の話で大いに盛り上がってしまった。
人と接点を持つのが苦手な僕だが、「目的論」で行動するとその苦手が克服できることを自分自身でもよく知っている。だからこそ、敢えてそこに飛び込むし、そのせいで火傷することもあるにはある。しかしながら、そうやって僕は成長してきた。
とは言え、それを誰かに強要しても仕方がない。一人一人には個性が存在する。その個性を活かせる場面に導いていくのが僕の役目でもあるのではないかと感じている。もちろん時間がかかったりするのは定めとして受け入れながら行くしかないが。
先日のダービーで、我らがセレッソ大阪の選手たちに「日本代表」待望論が出てきている。ファンと非常に嬉しい話で、すぐにでもと思う。しかしながらその反面、僕はそれ自体も個性の延長線に存在するものだと感じてしまう天邪鬼でもあるのだ。
そんな僕自身、手札の少ない個性を存分に活かしながら前に進みたいと思っている。ようやくだがレゴ®︎シリアスプレイ®︎のリモートマッチを開催することにした。ちょっとでも自分らしさを出すためにこんなものも用意している。何もかもが目の前。
そうだ。今日ある御方から僕の活動について非常にありがたい言葉をもらった。人生も長い間浸ってきたら、少しくらいは良いことがあるかもしれない。とにかくブレずに持っている個性を存分に活かしながら、これからも努力することを忘れない。
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急がば回れ、僕。

若い頃はよく金融商品の短期売買を行なっていたが、最近はもう満腹感もあり情報に流されないようになった。自分にとって有益か否かを見極められるようになったわけでは決して無いが逆に言うと「信頼できる情報」を手に入れたからだ。
そういう理由(というわけでもないが)で日本経済新聞はだいたい三日遅れで読むようにしている。何故こんなことをしているのかと聞かれるが説明は必要無いだろう。この行動、時間を置いて考えることで見えてくるものがあると知った。
焦るのは良くない。人様はどうであれ「急がば回れ」が自分には合っていると感じる。このコロナ禍然り。以前にも書いたのだが、多くの書籍を読む時間が増えたと考えてみる。ゆったりと過ごしているわけではないけれど余裕は若干ある。
そう言えば最近Googleフォトのアプリがアップデートされ、どの地域で撮影された写真かがマップ上で見れるようになった。中々海外には行けないものの、冒険小説同様に訪れた気持ちにさせてくれる。ちょうど今、香港の写真が出てきた。
わずかばかりだが香港とも接点がある身としては非常に関心を持ちながら情勢を見ている。僕はあまり情報音痴でもあるのでいい加減なことは言えない。年に一回程度は訪れていた街でもあるので、何とかまた行けるようになれれば嬉しい。
今後も情報をキャッチしながら次のステージへと向かう。「信頼できる情報」が今日も飛んできた。さっと目を通し、また僕は「急がば回れ」という言葉を思い出す。あとでゆったりとした気持ちでもう一度読めばいいかとメールを閉じた。
とは言え初めて訪れた7年前は仕事終わり(しかも飲み会後)の金曜日の深夜便で香港へと向かい、日曜日の深夜便で東京羽田に帰ってきてそのまま仕事に向かった記憶がある。十分「急いで」「回っていない」状況だったなとつくづく思う。

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東京都知事選に思う。

熊本県南部の大変な状況。ニュースを見てとても心が痛い。ちょうど映画「日本沈没」を見たこともあり、災害がいつ来てもおかしくないことを改めて感じる。関東近辺も最近では地震や余震が多く発生している。不安がかなり大きくなってきている。
今日は東京都知事選投票日である。地元の投票所へと向かう。22名もの候補者。掲示場にそのポスターが揃う日を待ちわびていたのだが最後の最後まで貼られていない枠が多かった。天下の回りものだとよく言うがやはり選挙にはそれ相応の金がいる。
それにしても、だ。街頭演説もほとんど無い(僕は街頭にも行っていないので知らないが)し、選挙カーも走っているのもチラホラなレベルだった。完全にインターネットの世界を中心に回している。これがニューノーマルになっていくのだろうか。
そういえば4年前の都知事選の際は、新宿駅西口であの御方と握手したなあ、とか、そういえばあの御方とはその昔に一緒にラジオ番組の1コーナーをやってたな(アニモセレッソは彼の中ではNGなのだろうか)とか。人も時代も、常に回っているのだ。
このコロナ禍での選挙でもあるので投票率はそれほど上がらないのだろうなと思っていたが予想通りだ。夕刻の投票だったがほとんど人もいないという寂しさも漂っていた。変わらないというよりも変えないでいいという理由だったら、それも寂しい。
戻るが「日本沈没」。東京都民が1200万人と言っていた気がする。1973年の映画なのだが今日では都民も1400万人と増えている。ましてや、都民の民意の選挙だが影響範囲は周りの県にも及ぶ。東京で働くすべての人に都の選挙権があるわけでもない。
言うは易く行うは難し。日本の首都はこれからどうなるのか。誰かが言っていたが問題は山積みだ。コロナ対策やオリンピックはもちろんのこと、多くの課題と向き合っていくことになる。都民の端くれとしてとても考えさせられる都知事選となった。
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第2節 大阪ダービーマッチ。

何度も何度も「2003年ぶりのダービーアウェイ勝利」という言葉がタイムラインを賑わしている。そんなに勝ってなかったかと思ってしまうほどだが、ダービー自体をそれほどものにしていない口が語るフレーズではまったくもって、無い。
1990年代の万博記念競技場では結構勝っていたイメージがある。しかしながら上記の話からいくと、リーグ戦での吹田スタジアムは未勝利ということになる。サポーターの力は味方にも相手にも影響力があるのだと改めて知る試合になった。
もちろん勝利を目指して闘うのがダービーではある。ところが何故か試合が進むにつれて心境の変化が訪れた。勝つことだけじゃない。そう、そこには、勝敗を度外視した何かが、僕らの中に芽生えようとしているのが手に取るように分かる。
「WE ARE WITH YOU」の言葉になんだか泣きそうになる。大阪弁を駆使した様々なバナーにも少しばかり共感した。やはりこの大阪ダービーマッチは特別なんだ。今までのダービーとは違うんだ。そう思いながら感慨深くモニタを見ていた。
結果もそうだが、このように試合ができる喜びというか。サッカーを見ることができる喜びというか。こんなにラグジュアリーな気持ちで大阪ダービーマッチを観戦するのも初めてであったけど、やっぱり心の底から好きなんだなJリーグが。
試合終了後、セレッソのトレーニングウェアを着て相手クラブ選手と肘タッチしている方がいて、誰なんだろうとか思っていた。トニ・ヒル・プエルトフィジカルコーチなのだそうだ。終了直後のあのプレーでのイライラが一気に吹っ飛んだ。
予定だと次の大阪ダービーマッチは文化の日。ヤンマースタジアム長居(のはずだ)。この試合は間違いなく熱い闘いになるはずだ。だから、そのために早く新型コロナウイルスが終息してほしいがちょっと先が見えない。けど、諦めない。
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譲れないポイント。

昨日の大阪ダービーについての投稿は少しおとなしいモードで書いてしまった。スポーツだからサッカーだから思う部分と、闘いとしての一面とを併せ持つのがこのダービーマッチでもある。だからこそ、譲れないポイントがいくつもあるのだ。
しかもついさっき知ったのだが、土日でダブルヘッダーだったのか。この二試合を連勝したとしたら、なんて素敵な週末になるのだろうか。そんなことを妄想しながら過ごすだけで実に幸せな気持ちになってくる。まずは明日のJ1が重要である。
そんな折、うちの栄光の背番号8な方々のインタビューをいくつか見た。もちろんそれぞれに個性があり譲れないポイントというかアイデンティティがある。森島寛晃社長、清武弘嗣選手そして柿谷曜一朗選手ひとりひとりのセレッソ愛を感じた。
タレント性の強いチームをまとめるキャプテンでもあり辿ってきたストーリーもまったく異なる三名。だが、ダービーの勝利だけを求めて戦うはず。去年のヤンマースタジアムでの快勝は出来すぎた。そんなことは忘れてしまってもよいだろう。
どんな形であっても、たとえワンゼロでも良いから、結果だけは決して譲れないという気持ちを全面に出してくれると、そう信じている。そのトップの気持ちが見えたのならば、翌日のU-23にもその思いが必ずや伝わっていくのだと思っている。
「譲れない」と言えばこんな僕にもいくつかある。プライドなんていうとおこがましいのかもしれないが、やはりその「譲れない」が大事なときもある。さて僕の一番「譲れない」は何なのだろう。どうもくだらないものばかりが浮かんでくる。
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ダービーマッチがある街の特権。

昨日とある若者に、以前書いた隆慶一郎先生の前田慶次郎利益を描いた小説「一夢庵風流記」を紹介した。もう思い出せないが、僕がこの若者と同じくらいの二十代前半に初めて読んで衝撃を受けたこと、今でも蘇る。歴史とはそういうものだ。
初めての大阪ダービーはちょうどその頃くらいだ。そこから一喜一憂(まあ喜ぶことは非常に少ないのではあるが)しながら25年。1995年といえば神戸の地震だったが、まさかこの時代において、このような状況になるとは思いもよらなかった。
Jリーグ再開初戦の大阪ダービー。そのリモートマッチでの開催は一体どうなるのか。もちろんアウェイでもあるので自分たちでそのアウェイ感をどう表現するかなのだろう。ダービーでの観客無しの試合は、必ずや歴史に1ページに刻み込まれる。
プレミアリーグも同様で、再開後のエヴァートンとリヴァプールもリモートでのマージーサイドダービーだった。モニタ越しでしかなかったが、グディソンパークがなんだか厳かで神聖な感があったと思ったのは、果たして僕だけなのだろうか。
まだまだ両クラブに成績の面でも差があるし(マージーサイドでも言える?)おこがましい話なのかもしれない。しかしながら、観客がいようがいまいが、最高の舞台であることは疑いようのない事実だ。これが連綿と受け継がれている歴史だ。
「ダービーは負けてはならない」これは、ダービーマッチのある街をホームとするクラブの特権でもある。この気持ちがあり続ける限りは僕らは何処へでも行ける。何処までも行こう、道は険しくとも、希望、夢、そして勝利へ、セレッソ大阪。
来年は万博に行けるだろうか。太陽の塔をGoogleフォトから見つける。確か2017年のルヴァンカップセミファイナル。そう言えばBloggerに移って最初に書いたのもこの試合。歴史とはそういうもん。大阪万博同級生が言うのだから、間違いない。
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ワークショップ事始。

新型コロナの影響でなかなか進んでいなかったレゴ®︎シリアスプレイ®︎のワークショップ。七月に入った今日から始めていくことにした。もちろん対策をしながらなので、プレイヤーもファシリテーターも気を遣いながら手を使っていく。
チームビルディングに重点を置いた今回。世界中のほぼすべての組織が思い悩む課題に取り組んでもらった。非常に多くの成果が見えた気がした。やはりチーム内のメンバーがモヤモヤを感じたのならば、レゴ®︎シリアスプレイ®︎に限る。
リモートも何度か試してみたわけだが、やはりリアルな環境が合っているかものしれない(これはあくまでもレゴ®シリアスプレイ®がということ。決して僕では無い)。そんなことを感じながらのワークショップは非常に学びがあった。
手の動きはもちろんのこと顔、口(これはマスク)、仕草。レゴブロックを選ぶ瞬間の表情などを見ていて、集合でワークショップを行なうことの大事さを痛感する。とは言いながらリモートというニューノーマルも視野に入れていく。
今日はまさに、作りながら学んでいく「コンストラクショニズム(構築主義)」を目の当たりにしたのだった。こんなに深く感じる機会が少なかったこのシーモア・パパート先生の理論。やはり「百聞は一見に如かず」。実行は大事だ。
それだけでもこのワークショップを行なう意義があった。この先の予定は非常に厳しいものもあるのだがまずは自分自身の研鑽含めて意識を高めていきたい。手が導き出すこの構築主義の醍醐味をより多くの方に味わってほしいと願う。
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