スキップしてメイン コンテンツに移動

第3節 清水エスパルス戦。

時間が経つにつれ塗り替えられたり消えたりするのが「記録」。言いたくはないのだが日々薄れていくのを肌で感じる。それでも多くのログを残しながら俗世を生きる。テキスト、フォトなど含めて、僕のエリアの様々な急所に散らばっている。

それにしてもDAZNのおかげで、幸か不幸か試合を録画するという機会がまず無くなった。DVDならいいがビデオはかさばるうえに劣化も激しい。インターネットが世の中を変えていることを再認識しながら今日も配信される試合を見ることにする。

平日の18時キックオフはやはり僕にとっては厳しい時間割だ。それでも、追っかけ再生(と呼んでいいのだろうか)ができるので18時50分くらいから見始めた。スターティングメンバーを二枚替えた。水曜と週末の連戦はターンオーバーは必要。

そんな意味も含めて、強くなったと感じる試合内容。こういう言いかたをすると本当に申し訳ないが、強さと脆さを併せ持つセレッソ大阪が懐かしいと思えてしまうくらい、僕らはあの頃を忘れたのだろうか。いや、忘れさせられたのだろうか。

J1のゲームは実に紙一重だ。この時期に首位だからといって浮かれることはまず無いだろう。とは言えアミーゴからメッセージが来たりすると、なんだか嬉しい。この土曜日からは少ないながらにファン、サポーターも入場ができるようになる。

今日みたく応援がなくても選手は戦うし最高のサッカーを見せてくれる。でも「それがどうした」だ。僕らがいる意味。選手と一緒の時間を過ごすこと。彼らの疲れた足を少しでも前に出す手伝いをすること。そのためにスタジアムに行くのだ。

だからといって応援のすべてが可能ではない。そしてスタジアムの何もかもがビフォアコロナに戻るわけではない。そんな状況下でこの一年を過ごしていかなくてはならないだろう。東京都民はしばらく大阪には行けない。さて、どう生きるか。

少し話が戻るが、我が家にはVHSだろうがBetaだろうがビデオは既に存在しない。すべて処分してしまった。覆水盆に返らず。見たいと思ったときにはもう遅い。記録とはそういうものだ。だから僕らは記憶に焼き付ける。忘れないためにも。

今日の清水エスパルス戦も僕の記憶のチップに登録されたのだろうか。それが自分自身でもよく分からないのだ。しかしながらまだまだ記憶力はわずかに残っているということ、先日のワークショップの報告書を書いている際に感じたのだった。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

コメント

このブログの人気の投稿

黒パグ、「一粒万倍日と天赦日が重なる日」に、病院へ行く。

一ヶ月前に狂犬病注射とフィラリアの薬をもらいに通院した際、その帰りしなに先生から「来月、混合ワクチンを打ちに来て」と言われた。なので、この土曜日に黒パグを連れて病院に行ってきたのだが、そこで起こったことを書いてみる。 雨が振りそうな天気でもあり、どのワンコも早めに連れて行こうかなとなったのか、病院は思いのほか混んでいて密だった(とは言え3人しか入れない)。しばらくして僕らの番が回ってきたので、黒パグと僕はドアを開けて診察室に入った。 「変わりはない?」「あー、ちょっと時々お腹周りを布団でスリスリすることがあります」「じゃあ診察してみよう」ということで色々と診てもらった。黒パグの全体を見てもらったのちに先生が「うん、これは外耳炎」。え?耳ですか? 思いも寄らない回答だったので一瞬面食らった。先生は薬と綿棒(みたいなやつ)で耳の治療を始めた。黒パグと目が合ったので軽く覗き込んでみたら、「顔を見ない!」と先生から一喝された。治療中にワンコが集中できないからだそうだ。 良かれと思ったら叱られた。気を取り直して見ないようにしていたら、今度は黒パグに猿ぐつわが装着されていく。目と口をカバーするようにセットされたこのワンコはついに暴れることを諦めてしまった。大人しく治療を受け入れ始めた。 そしてようやく耳の治療が終わり、混合ワクチンの注射が終了して帰ろうかと思った瞬間、思いがけない一言を先生から聞かされた。「カビですね」。どういうこと・・・。要はこの時期、お風呂に入ったあとのケアが必要だということだ。 ツイてない日だったのかもしれないと心が叫びたがっていたが、未だ病院は密でもあったので止めておいた。少々想定外の出来事ばかりが起こったので、今日は厄日かよ、と思ってしまう。僕らはかゆみ止めなどの薬をもらって家路に着いた。 いやいや、待てよ。まったくもって厄日なんかじゃない。そうだ。今日は「一粒万倍日と天赦日が重なる日」だった、と宝くじ売り場を見て思い出した。まじまじと宝くじ売り場を見てみる。TOTOやBIGを見て、改めてサッカーの再開を喜んだ。 宝くじでも買ってみるか。「ドリームジャンボ20枚お願いします!」。店員さんが首をかしげている。「ドリームジャンボは終わったよ」。暑さで舌を大きく出しっぱなしの黒パグがこちらを見ていた。まるでニヤニヤ笑っているようだった。 NEVER STOP

「我ら生まれた日は違えども死す時は同じ日同じ時を願わん」。

もうなんだか時間の流れがよく分からなくなってきている。今日が金曜日であると思い出したかのように”TGIF”を連発する。これはひとえにJリーグサイクルというか、そういうものの中で僕が生きている証拠では無いだろうか。もうかれこれそんな生活も30年近く過ごしているのだから。 その時間の流れというものが感じられない今、何を基軸に生きていけばいいのかと模索してしまう。週末、土日をどのように生きていけばいいのだろうか。やはりサッカーはJリーグは偉大だなと改めて気付かされてしまう。人生ならぬサポーター生の持つ力でもあるなとか感じてしまう。 サポーター生は「我ら生まれた日は違えども死す時は同じ日同じ時を願わん」という桃園の誓いようなものだ。桃園の誓いとは、三国志における劉備玄徳、関羽雲長、張飛翼徳の三人が志をひとつにした有名なシーンだ。横山光輝先生の三国志ファンでもある僕の好きなシーンでもある。 「いつなったのか」など愚問であり、今ここでどう生きているかが大事なのだと思う。とはいえ、すべてのサポーターの「セレッソ大阪との出会い」には非常に興味もある。別にドラマ性を求めたいわけでもないのだが、ひとりひとりに想いが存在しているといっても過言ではないのだ。 選手、監督は変わっていくが、サポーターは死ぬその日までクラブのサポーターだ。なんてことはない土日の試合を見て元気をもらっているという大先輩も、試合の最中、今まさに生まれそうな赤ちゃんも同じ。まさに「我ら生まれた日は違えども死す時は同じ日同じ時を願わん」だな。 ※書いていたら三国志を読みたくなってきた。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

未来のウルトラ。

久々のブログである。なかなかどうして、何を書こうかと悩んでいる自分がいた。もうひとつは #コールリーダーウダウダ の存在が大きい。ここで毎週セレッソ大阪のことを話しているからかもしれない。なんだかんだでかれこれ八十回を超えてきた。 実に多くの方にも聴いてもらえていることに満足してしまっている自分もいたりして、少し戸惑いがあるのも事実だ。これを皮切りに、他のサポーターが続々とTwitter Spaceを始めてくれていることこそが、嬉しい気持ちに更に拍車をかけていく。 逆に、このような年齢になってなお、このような表舞台に立ってよいのかとも思ってしまう。若いサポーターの方々がもっと前面に出てくる世界を期待しているのだが、話を聞くたびにまだまだ古参サポーターがいて成り立つ世界だなとも感じる。 最近のスタジアムを見ていても、応援、チャント、という観点ではチームはまとまっていると見えるものの、チームのサポートはそれだけでは無い。そこにはフラッグもあり、チームや選手に対する、ゲーフラや大小様々な横断幕も存在するのだ。 例えばゴール裏の横断幕ひとつにしても、個々人がただ貼るだけではなく、全体のコーディネートも考慮して配置を考えるなどを行ってきたが、今はどのように貼っているのだろうか。場所の取り合いや奪い合いは起こっていないだろうか、など。 そんな話し合いにも、積極的に若い方々が参画できているのだろうか、とかが頭の中を駆け巡っている。先日もTwitterに書いたが、小学生たちが、ウルトラを目指したいと思う世界に、ゴール裏がなっているのか、なんてことをつい思ってしまう。 来週の今頃には、歓喜のなかに僕はいるのだと思う。その輪には未来のウルトラたちはいるだろうか。あの頃のように次の世代へとつなげられているか。柏レイソル戦の試合後、当時の小学生たちに会った。とても立派なウルトラになっている。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP