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時代劇だと思えばいい。

ご存知の方も多いが、大阪市大正区には「昭和山」という標高33メートルの小高い山がある。我が実家からわずか徒歩1分という近い場所に、自然たっぷりの環境が存在していることに併せて、その名の通り昭和な少年時代をこの場所で過ごした。

コロナ禍でテレビと読書の時間が圧倒的に増えている。100冊読破することを目的としている後者はともかく、映画、ドラマの量が半端ないって、という感がある。時間が余りあるわけでもないのだが、この時期に見れるだけ見ておきたいと思う。

そのなかでも非常に興味があるのが、7年ぶりとなるあのドラマの賛否だ。銀行マンの下克上を見るために前回は40%越えという驚異の視聴率を叩き出したこのドラマ。今回は証券マン。巷では様々な議論も巻き起こしている。それが「古さ」。

僕はこの「古さ」を見るためだけにこの番組を録画していると言っていい。ただ、古いといっても昭和まで遡ることはなさそうだ(だいたい昭和はまだ働いていない)。ハラスメントに近い数々の言動と疑問符がいくつも付きそうな内部統制。

居酒屋では大声でペラペラ内部事情を話したり、お客様の前で子会社を恫喝。こんなことが本当に起こっていたらこの会社はどうなってしまうのだろうかと、いうギャップをこのドラマでは楽しんでいるのだ。それ以上でもそれ以下でもない。

事実は小説より奇なり。いや、事実はドラマより奇なり。そう自分自身に置き換えて考えていこうと思わされるドラマでもある。そんな方が多いからこそ、このドラマの視聴率が良い理由だろうか。決め台詞が見たいだけではどうも無さそうだ。

そう。時代劇だと思えばいいのだ。今の時代に合う合わないなどという言葉を、流石に「暴れん坊な将軍」や「幕末の風雲児」に向かっては言わないだろう。僕はそう思いながらこのドラマを見ている。または昭和や平成初期のあの熱さでもいい。

僕はこの昭和、バブルそして平成元年からの5年間に非常にノスタルジーを感じてしまう。Jリーグもその間に生まれたが、時間が流れるのが実にゆったりだった。先日もそんな話をしたのを思い出す。お相手は二十代女子。実に退屈だったろう。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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