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9月, 2019の投稿を表示しています

ラグビーワールドカップ開幕。そのとき僕は。

唐突ではあるが僕には運が無い。なんだか得をしていそうな風貌だがそんなことはない。東京オリンピックのチケット然り大概の当てもんで当選したためしがない。日頃の行ないが良くないという叱咤激励は特に必要ない(!)が、それでもたまにはね、と思ってしまう自分が恨めしい。

遂にというか日本初開催のラグビーワールドカップが開幕した。当然のことながらチケットは全く取れていない。SNSなどを見ていると多くのアミーゴが東京スタジアムに集まっているようだったが、僕はその時間帯に歓送迎会に参加していた。そんな状況もあり、今朝、試合を見ている。
試合を現地観戦した経験が言うほど無い僕ではあるが、若い頃は花園ラグビー場に行ったりしていたことを今も思い出す。ドラマ「スクールウォーズ」や最近では「ノーサイドゲーム」なども全部見ているが、ラグビーフットボールのルールなどはそれほど分かっていない素人でもある。
それにしても気持ちが良いのはスクラム、モール、ラックというチームプレーだ。サッカーのそれとはまた違った”ひとつになって戦う姿”を垣間見せてくれる。また日本出身選手だけでなく多国籍な選手構成となっているラグビー日本代表という存在も、多様性を感じさせてくれる。
なんだか現地で見たくなってきた。それでも僕なんかよりも本当にラグビーフットボールを愛している方がひとりでも多く観戦できたらなと感じるので、その方々にチケットが回るようにと願う。僕はテレビでも充分楽しめる(チケット取れないだけでしょと強がりな姿でもある)。

そういや今回の歓送迎会。またひとりメンバーが去ってしまう。出会いと別れが人生には存在するが、これが終わりではなくここから始まるのだ。どんな場所でもどんな環境でもチームはいつでもひとつになれる。だからノーサイドはまだまだ先なのだ。僕らも、ラグビー日本代表も。

※頑張れニッポン。 ※引き続きサッカーショップ蹴球堂ではチャリティー販売を実施しています。どうぞよろしくお願いします。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

やりたいことがITで実現できる時代に。

先日、こんな記事を見た。スタジアムでのファンの熱狂度を見える化して活用する実証実験を行なうニュースだった。実のところ6年前くらいに似たようなアプリケーションサービスを考えて資料化していたのだが、当時は技術的に追いついていなかったために実現が非常に難しかった。

このように今日ではIT社会の劇的な変動によって、今まで出来なかったことが比較的簡単かつ安価に出来るようになったと感じる(上記の内容が簡単安価だと言っているわけではなく)。そして、多くのサービスやアプリケーション、IoTの普及がかなり後押ししていると言えるだろう。

いま、一般的に主流となってきているクラウドサービスやアプリケーションを総体的に見ていて感じるのは、コンシューマ(一般ユーザー)から派生または急激な変化を繰り返したのちに、ガバメントやエンタープライズ(企業などの組織)へと拡張するケースが非常に多いことだ。

個人がHotmailやGmailを使いこなせるようになったことで、Office365やGoogle Apps(現G Suite)といったエンタープライズスイートは普及したのだろうし、その使い方は今も共存している。若者は既にGoogleサービスをフル活用しており、教育時間が極端に削減できている気もする。

簡単にITの知識が手に入るこの時代。依存度が高くなればなるほどExitが難しくなるのではあるが、使わない理由は存在しない。初心者でも書けるプログラム、今までモヤモヤしていた自分の考えや「こうすればもっと便利になるのに」という感情を隠す必要がなくなりつつあるのだ。

そんな、やりたいことがITで実現できる時代になったにも関わらず、「やりたいことが見つけられない」「やりたいことを言っても拒否される」「やりたいことがあってもどうしようもない」という流れが実に多いこの世の中。残念とまでは言わないが、実にもったいないと思っている。

これは何も”ないものねだり”なのではなく、考え方次第でいくらでも可能性を秘めているそんな時代なのだと声を大にして言いたいのだ。テクノロジーは世界を社会を変えると思うが、身の回りを変えられる、個人のちょっとした”やりたいこと”が自分の世界に変化をもたらすはずだ。

道半ばではあるのだが、ここからの先に僕が目指していきたいこと。企業や組織のなかで「やりたいことを見つけたい」「やりたいことを言…

「『羨ましい』とか、うるせえ」。

「セレッソ、強くなったね」とよく言われるが、そんなことは決して無い。昨日の天皇杯は見ていないがおおよそ試合内容に想像がつく。良いときと悪いときのバランス、それが前者のほうに少し寄っただけだ。他クラブの立場から見てもそれほど羨ましがられるレベルではないのだ。

それにしてもだ。僕がファシリテーションをしているとその振る舞いが「羨ましい」という言葉をかけられたりする。う、うん。なんだろう。確かに、楽しそうではあるだろうしそう見せたいとは常々意識しているが、この「羨ましい」が正しい表現かどうか悩むことがしばしばある。

浦和戦で素晴らしいゴラッソを決めた(DAZNベストゴールにもなった)田中亜土夢選手のインタビュー記事を読んだ。試合に出られないことやベンチでの日々、アンダーカテゴリーでの出場などの悔しい気持ちを隠さずに語る内容に、「あ、プロなんだな、この人」と素直に共感した。

プロとは一体なんだろう。どんな世界であっても常に考えておかなきゃならないこの問いに「羨ましい」という気持ちは必要だろうか、それとも否か。プロ野球界で「お前、野手だからポジションいっぱいで良いよな、羨ましいな」というピッチャーは果たして存在するのだろうか。

自分が持っていないものを相手が持っている。自分ができないことを相手ができてしまう。そんな風にいつも相手と自分を比較してしまうこの感情をどうコントロールするかで「羨ましい」と思わないようになれるかもしれない。もっと自分を好きになるってことなのかもしれない。

とは言え、そんな御託を並べている僕にしたって、やっぱりこの「羨ましい」感情が無いわけではない。正直な思いは隠さないほうだが、おおっ広げに口に出さないだけだ。これをやせ我慢と見るかそうじゃないかは個人の思いにもよるだろう。だから今から僕は自分自身にこう叫ぶ。

「『羨ましい』とか、うるせえ」(でも言ってしまうんだろうけど(笑))。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※豪邸が立ち並ぶ中野区。う、羨ましく、ね、ねーずら・・・。

神輿は担がない。

唐突だが、この時期になると神輿が動き回る現象が首都東京という街に出没してくる。大阪にはだんじり祭りなども存在しているのだが、僕の生まれ故郷である大正区で自分自身が神輿を担いだ記憶は全然無いし、そもそも神輿自体を感じたことはほぼ皆無だ。この違いはなんだ。

半年前まで11年間住んでいた墨田区でも、5年に1度は大祭と銘打ってはいるものの毎年のように途方も無い数の神輿がマンション前を威風堂々と闊歩していたことを思い出す。声と太鼓(!)などが織り交ぜられ音楽を奏でながら、次から次へと多くの方々が過ぎ去っていくさま。

ここ中野区でも同様の状況である。老若男女問わず揃いのハッピで身を固め神輿と共に歩く姿を横目で見ながら、僕はスキマ時間を利用して髪の毛を切りに行くことにした。いつもならしばらく待つことが義務付けられているのだが、意外と空いている。これは少しツイているな。

「毎年、当日になるとこうです。先週は凄かったんですけどね」ハサミを入れながらスタッフのお姉さんが声をかけてくれた。祭りという存在は当然のことながら街の経済にも影響するのだろう。そんな会話をふたつみっつしていたら、あっという間にさっぱりする時間は終了した。

人が集まる場所が僕はあまり好きではないこの性格。こんなだからいつまで経っても街に馴染めないのは自分でも分かっている。神輿を見るたびにそんなことを考えさせられるのだ。「一度担いでみてはどうですか」お姉さんに叱咤激励を受ける。うん、それは無いでしょうと一言。

やはり、神輿も人も担ぎ担がれるのは好きじゃない。そんな状況は言うほど気持ちの良いものではないのだが、かと言って放っておかれるとそれはそれで寂しい気持ちになる(笑)。何という曖昧で貧弱な感情なのだと自分自身を見越して笑けてしまうが、それもそれでなんか、良い。

※誰が上手く言えと。

※引き続きサッカーショップ蹴球堂ではチャリティー販売を実施しています。どうぞよろしくお願いします。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「自分自身」をシリアスプレイすることで生まれる何か。

僕が「LEGO® SERIOUS PLAY®メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテーター」となってちょうど一年となった9月17日。ありがたいことに過去のこの日を思い出させてくれるフェイスブックは実に素敵なツールだ。どこまで使うかは不明だがまだ当分お世話になるだろう。

先週金曜日。東京五反田で行なわれたワークショップに、ファシリテーターとして声をかけていただいた。これもフェイスブックがつないでくれたご縁かもしれないが、僕がレゴ®シリアスプレイ®のファシリテーションを行なっている様(投稿)を見て、誘っていただけたのだと思う。

今回はある特定分野における「自分自身」の特性や考え方や他者から見た付き合い方、そして目指すべき方向性をその作品群から導き出すというワークにさせていただいた。作品に個性が溢れ、個人個人の考え方を尊重したダイアログが生まれた素晴らしいシリアスプレイだった。

誰にとっても簡単でブロック同士をくっつけていくだけで完成する作品。スキルとチャレンジのバランスに調和が生まれてくる。作るにつれて更に感性が研ぎ澄まされ、各人がフローな状態に入っていく。作品の完成度が問題ではない。作品は既に「自分自身」へと変貌している。

レゴブロックくらい「自分自身」を忠実に表現することができるツールは、今のところ僕の周りでは見当たらない。そしてその思いを熱く伝えるのがファシリテーターとしての僕の役割でもある。今回もヒートアップしてしまったのだが、あくまでも主役は参加者である皆さんだ。

僕の技量ではまだまだ人を変えられないかもしれない(そもそも人を変えようとは思っていない、人は自分で変わろうとした瞬間に変わる)が、レゴは少しだけその手助けをしてくれるのだと今回も気付かされた。シリアスプレイ(真剣に遊ぶ)ことの重要性を改めて感じている。

「自分自身」をシリアスプレイすることで何かが生まれたのなら、これから先の道筋に僅かでも光が見えたのなら、それは実にファシリテーター冥利に尽きるというものだ。考えを形にする、形から考える。今、ようやく形として目の前に誕生した瞬間だ。それを心に留めるのだ。

※引き続きサッカーショップ蹴球堂ではチャリティー販売を実施しています。どうぞよろしくお願いします。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

台風15号により被害を受けた方々へ。今できることを今行なう。

前回と同じようなスタートになるのかもしれないが、僕らの日本にはJリーグという素晴らしい仕組みがある。日本全国に50を超えるクラブが存在し、共に手を取り、日本サッカーの発展を目指して頑張ってきたし、今もそれは継続されている。クラブとクラブの友情も勿論である。
サッカーショップ蹴球堂長居店はセレッソ大阪だけでなく、そんな多くのJリーグクラブのファン、サポーターにも支えられてここまで来た。今はWebサイトだけで運営をしているのだが、その気持ちだけはずっと変わらず今ここにある。だからこそ僕らは今も存在し続けられている。

そんななか。台風15号の被害が甚大な千葉県。その千葉に本拠地を置くジェフユナイテッド市原・千葉ホームタウンの被害状況と不足物資についての詳細を「ジェフサポーター有志の会」から聞いた。僕が思っている以上に厳しい環境に置かれていることに、改めて気付かされた。

何かできることをと思っていたらセレッソ大阪ゴール裏サポーター有志も動き出しているようだ。蹴球堂としても少しでもチカラになれればと思いチャリティー商品の販売を開始した。微力ではある。だがその微力を結集して被害を受けた方々へのサポートができればと考えている。

既に数名のサポーターの方からご購入いただいたこともあり早速ブルーシートなどを手配した。セレッソファンとしても若い頃から多くのサッカー、Jリーグファンから支援を貰ったりした。今できることを今行なうのが僕らのやり方だ。皆様のご協力、どうぞよろしくお願いします。

サッカーショップ蹴球堂BASE店

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

#サッカー は #Jリーグ は仲間の絆を作る。

やはり、サッカーはJリーグは仲間の絆を作っていく。同じサッカークラブを愛する者同士のコミュニティのなかでつながっていく仲間。学校や会社といった組織とはまた違った人間関係。しがらみの無い環境を構築していく。僕はこの何とも言えない感覚が好きで好きでたまらない。
学校で何があろうと会社でどんなにミスをしても、スタジアムではそんなものは何の関係ない。ただただ自分たちの好きなクラブを応援し、目の前に存在する勝ち負けに一喜一憂する。笑顔も涙も、たったひとつの共通項にだけ反応していく。そういう生き方を僕らは愛しているのだ。
多くの若い仲間とも出会った。未就学児や小学生、中学生、高校生サポーターも数多く見てきた。果たして彼ら彼女らが学校でどんな状況だったのかは知る由もない。しかしながらファン、サポーターとして見たならば、それはあまり大したことではないのだと僕は今でも思っている。
昨日、もう20年以上の付き合いになるアミーゴがチームに帯同して横浜まで来るということだったので晩飯を食うことにした(とは言えU-50としてはそれほど食えない)。今のこと、健康のこと、他のアミーゴのこと。そして”あの頃”のこと。二人きりの同窓会は大いに盛り上がった。
確かにファンやサポーターでいるだけでは幸せになれないのかもしれない。でも人生を豊かにしてくれるかもしれない。本当の仲間に出会えるのかもしれない。学生生活や会社員、そんなものに疲れたら、是非スタジアムに来てほしい。サッカーを見て応援して楽しんでみてほしい。
スタジアムにも同様の状況があるのも否定はしないがそれ以上に得られるものは多い。お互い、時間が経ってぬるくなった烏龍茶を飲みながらそんなことを思い描いていた。あの頃のまま歳だけ重ねた。僕らは常につながっている。何度でも言う。サッカーはJリーグは仲間の絆を作る。
NEVER STOP,NEVER GIVE UP
※49のオッサンズがストローで烏龍茶。 ※そして手羽先はマストアイテム。

第26節 浦和レッズ戦。#フィンランド #フィンエアー つながり。

フライデーナイトのセレッソ大阪は浦和レッズとの戦いだったが僕にとっての金Jはレゴ®シリアスプレイ®のワークショップファシリテーター。貴重な関東地域のアウェイ戦ではあったのだが、僕のファシリテーションを待ってくださっている方がいる。僕は、五反田で戦っていた。

勿論だがセレッソ大阪も僕も共に勝ち点3を手にしたと思っている。完勝かどうかは評価が分かれるだろうが、お互い、自分たちのやれることを全て出し切ったはず。このワークショップについては改めての機会で書きたいと思いつつ、涼しく過ごしやすい朝、見逃し配信で視聴する。

埼玉スタジアム2002はセレッソ大阪の歴史的に鬼門のイメージが続いていたが、最近では総じて”幸せが訪れる場所”でもあるとも感じている。自分たちの良さとそれが潰れる場面(西村さんどうぞよろしくお願いします)が入り混じってはいたが、全体的に見て僕らの試合だったと思えた。

特に守備面においては、いくつかミスはあったもののかなり安心できる。特にセンターバック二人とボランチ二人のボックス。どのようなメンバーで構成しても一定の成果を出るという点では古参な人間からするとどうもむず痒く感じるが、チームとしての浸透度の高いだと理解する。

それにしても試合を決めた田中亜土夢選手のゴラッソは何度でもご飯がお代わりできるだろう。ひとり少ない相手とはいえ右サイド三人で崩して空けたバイタルがあれだけ大きいと、何でもできる亜土夢選手ならあっさり決めてしまうわけだ。更にはフィンエアーから鉄腕アトム。

フィンランドと言えば来月、トランジットにはなるのだがヘルシンキに寄る。そういやフィンエアーにも乗る。なんだかこのタイミングでの田中亜土夢選手の活躍。何かの巡り合わせなのかも知れないな。ヘルシンキ空港での滞在時間は約3時間だ。何かできることはあるだろうか。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

#DQウォーク にハマる予感。ハマらない予感。

取り急ぎはっきりと申し上げておくと僕はドラゴンクエストが大好きだ。1986年にこのシリーズが誕生する以前にもロールプレイングゲームというジャンルは確立していたものの、個人的にはここが原点であるのではないかと強く感じている(あくまでも個人の感想として【強調】)。

そのなかでも特に「ロトの三部作」と呼ばれるⅠ〜Ⅲは、大人になってからでも何度も何度も繰り返しプレイした記憶がある。成長、出会いと別れ、そして決断。なんとなく自分に置き換えてイメージしながら、まさに人生をどのように歩いていくのかを意識させられたような気がした。

年齢を重ねるにつれてなかなかまとまった時間でプレイすることが難しくなり、殆どロールエンドを見たためしがなかった。スマートフォンが普及しスマホアプリとしても登場したドラゴンクエストだったが、それでもまともにプレイできる状況には当然なれず、かなり距離があった。

2016年8月。ドラゴンクエスト誕生から30年を迎えたこの年に「ドラゴンクエストミュージアム」を見に行った。なんだか若い頃を思い出し大はしゃぎした。子供心というものは一生消えない宝物なのだなと、僕は正直思った。その時買ったドラクエ扇子は、今も常に持ち歩いている。

そして昨日、このドラゴンクエストと現実社会が融合したスマートフォンアプリ「ドラゴンクエストウォーク」の配信が始まった。早速ダウンロードして少しだけ遊んでみた。まずは流れる音楽がお涙を誘う。お、おぅ、面白いじゃね−か。と神田川のほとりでしばらくゲームに浸った。

とは言え今更ゲームにハマるたちでもなく、いつかはMyスマホの「使わないアプリ」の仲間入りをするのだろう。しかしながら大好きな感情は色褪せることもなく、僕とドラゴンクエストの旅はこれからもそこそこ続いていくものと思われる。腐れ縁というほどのものでもないが。

※自分のペット(モンスターw)を仲間にできるとかだと散歩が楽しそう。
※スクエア・エニックスさん、なんか、お願いします(笑)。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

雑談の時間。

毎週行なっていることのひとつに「雑談の時間」がある。とあるチームのメンバー(全員女性だが)と世の中のことについて対話する貴重な貴重な1時間だ。まったく仕事には関係の無いと思われるような内容も中にはあるが、話していると途中でふと何かに気づくメンバーもいたりする。

この「雑談の時間」こそこの時代には必要であり、その雑談のなかで気づくものに価値があると僕は感じている。これを、無駄な努力と見るか未来への投資と見るかによって、その先の考え方が大きく変わっていくのだと信じている。だからこそこの気づきに重きを置いているのだ。
月曜日の台風の関係(まだまだ被害の大きい地域の皆様のことを考えると心が痛い)で今週は中止も発生したレゴ®シリアスプレイ®。昨日は別のチームだったのではあるが、要請を頂き二時間強のワークを実施した。自分自身の内省とそこから導き出すチームビルディングという内容。
終了後の感想で「形から考えるの意味が理解できた」「後づけしたものにも意味があると知りました」という嬉しいコメントも頂戴した。作品を作って、意味を与えて、ストーリーを語り、振り返るというレゴ®シリアスプレイ®の真髄を知ってもらえて本当に感謝してもしきれない。

明日金曜日もワークショップが待っている。二時間という限られたなかで楽しく自分というものを意識してもらう。それからこの感想のようなチームの活性化だ。「出来上がった作品を中心にして話す点は、誰かを傷つけることを怖がって発言が臆病になるのを軽減してくれるようだ」

改めて言う。手のチカラを信じる。手が語りだす言葉を決して否定しない。作品がすべてだ。他者の作品にリスペクトする。やりっぱなしではなく作品について振り返る。ひとりひとりが違うことを受容する。そして「雑談の時間」を大事にする。貴重な時間を有意義に使ってもらおう。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

良いところとそうでないところ。

墨田区から中野区に移り住んではや半年になる。一番感じるのが「歩き煙草」の方が想像以上に多いことだ。個人的感想を申すとこれがこの街の印象にどれくらい影響しているのかは皆目分からないが「良いところとそうでないところ」を引っくるめて街というものは形成されている。

昨晩のワールドカップ二次予選ミャンマー戦を見た感想としては、その「良いところとそうでないところ」が入り混じった試合だな、と。「凄えな」とか「流石」とかに混じって「え、そこ行かないの」とか「なんでそれ」とか「意味が分からない」というのが僕のバズワードだった。

なんだかゴツゴツしたあの個性は無くなったものの何とも言えないオーラの選手たちに、良くも悪くもこれが今の日本を象徴する代表スタイルなのだと僕は見えてしまった。後半圧力を強めてきたミャンマーに対する戦い方は、少なくとも今後このチーム形成に大きく影響するだろう。

それでもしっかり手にした無失点での勝ち点3はこの水浸しのピッチを見ているだけでも正しい道を進んだのだと僕は感じる。「毒を以て毒を制す」という言葉が適切かどうかではあるが、良いところとそうでないところが今必要な個性だとするならば、信じる道をひた走るしかない。

何となくだが今回のワールドカップ予選、どこかでアウェイ戦を見に行く予感がしている。僕のこれまでの記憶を辿ると、訪問した国々で起こった「良いところとそうでないところ」が入り混じった歴史でもあった。今回はどちらに転ぶのだろうか。正直なところ皆目分からないが。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

本から「もうそろそろ大人になれ」と言われた件。

好き嫌いがあまりないのだが始めに断っておく。大変恐縮ではあるが11年前の例の出来事以来、どうもあの御仁を好きになれないままでいる。Jリーグのホームタウンやホームスタジアムという概念を考え直すきっかけになった(はずの)2008年に起きた事件のことを今でも思い出す。

普段はあまりこの手のものは読まないのだが、先日とある御方からの紹介で「サッカー日本代表帯同ドクター ~女性スポーツドクターのパイオニアとしての軌跡~」という書籍を手にとった。ロシアワールドカップに帯同したスポーツドクター・土肥美智子さんについて書かれている。

お恥ずかしい話お名前を存じ上げていなかった(本当に失礼)こと、また、ドクターの立場から見たロシアワールドカップという非常に新鮮な内容でもあってか、ほんの僅かな時間で読み切ることが出来た。文中には何名かのスタッフの方のコラムもあり、とてもリアルに感じられた。

このような本を読むと日本代表という華やかな舞台の裏で様々な方々の下支えが存在していることに気づく。特に2ゴールを決めた乾貴士選手の大会直前の話などは、良いところだけしか見ていないワールドカップなんてなんとつまらないものなのだろうかと自嘲してしまうくらいだ。

女性として組織内での立ち位置にまつわるハリルホジッチ氏とのこと(スーツの話はふいた)、そしてそれ以上に家族。常に苦労と葛藤があるのだろうなと文面からは感じ取れた。スポーツ界における性別の問題についてもそう。全ては人の関係性から物事が始まっていると言える。

さて今日から日本代表はワールドカップカタール大会への長く厳しい戦いが始まる。選手たちが素晴らしいコンディションで試合を迎えられるのも土肥さんのようなスポーツドクターを含む支えがあるからだ。まずは何とか緒戦を勝ち取って幸先良い2022年への第一歩を踏みしめたい。

そこで冒頭の話に戻ることになる。事件については至る所で話してきたのでここでは割愛しておきたいと思うが、なんだかこの本から「もうそろそろ大人になれ」と言われた気がした。おかげで少しだけ(ほんの少しだけ)好きが増えた気にもなってきた。もうあれから、11年も経つ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

命あっての物種。

台風15号が猛威をふるっている。いつも思うことは「備えあれば憂いなし」。人間はなかなかそれができない。危険だと思いつつも手を打っておくことが何故かできない。僕自身もそう。だから問題が長期化する。喉元過ぎれば熱さを忘れてしまう。実にどうしようもない生き物だ。

ちょうど今、雨、風とも上がっていたのでひとまず歩いてみる。近所の神田川の流れがいつもの10倍近く速く、水位も高い(それほど見ていないので正しいかは分からない)。これは結構なものが流されていっていると推測される。いつでも目に見える形で自然の脅威は現れてくる。

いつも仏様の周りに立てられていた旗の付いた物干し竿が全て根元から折れている。これを見るだけでも、この場所に途轍もなく強い風が吹いたことを感じ取れる。公共交通機関の遅れも相当あるため少なくとも午前中の関東圏はかなり混乱するであろう。そんな中で仕事を始める。

兎に角、何よりも我が身の安全、家族の安全を最優先に考えてほしい。鈍感な僕とは違ってアミーゴの方々は「備え」ておられるはずなので大丈夫だと思うが、まずは細心の注意を。やはり、命あっての物種、だ。早くこの台風15号が日本列島から離れていくことを切に願いながら。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

雨降りが好きだった理由。僕らが存在する理由。

台風が近づいている。最近では風水害も多く不謹慎ではあると思うが、子供の頃は雨降りの日が好きだった。しかしながら時を重ねるたびに好きという感情がなくなっていった気がする。先日に見た映画「天気の子」ではないのだが、恵みの雨があればそうでない雨の場合もある。

月曜、水曜、金曜と今週レゴ®シリアスプレイ®のワークショップが続く。対話の内容も全て違うのでドキュメント作成が目の前の課題だ。昨日一日かけてなんとかふたつのプレゼン資料を仕上げ(自分なりに)たので残りひとつ。類まれなる集中力の欠如と仕事が遅い性分を呪う。

「LEGO® SERIOUS PLAY®メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテーター」となって早いもので一年が経ったが、それにしても多くの方にお声をおかけいただいて非常に感謝している。この歳でもあるので体力とのトレードオフが必要だが、なんとかお役に立ちたい。

一年間ワークショップを行なってきてやはり感じるのは一年前にも書いた「声なき声に耳を傾ける」ことであると確信している。「好き」の反対語は「嫌い」ではなく「無関心」であることを僕は常々言い続けているが、言葉にならない思いは組織にとって何の足しにもならない。

不確実な世の中でもある。モヤっとしたこの感情のまま会議を進めるのかそれとも原点に立ち返って「自分たちは一体何者なのだろうか」「自分たちは何のために存在しているのだろうか」「自分たちはなぜここにいなければならないのだろうか」を再認識してみるのも手である。

個人的感想だが、チームが上手くいかない大半がこれらを意識しないまま「どうすれば」を探す旅に出てしまっている。そして、到底これらは自分たちだけでクリアできる問題ではない気もしている。だからこそコンサルタントだけでなく僕らファシリテーターが存在しているのだ。

僕は解決方法を指し示すこともできないし、正しい方向性を見出すこともできない。しかしながら組織やチームが進むべき道を照らし、掃き慣らし、歩きやすくすることはできるのかもしれない。その仕事が今の僕の心と身体にとって、間違いなくフィットしていると思っている。

もうそろそろ関東地域も雨が降ってくるはず。子供時代に好きだった理由のひとつに「雨上がりの虹」というご褒美があった。先日、出産祝いのお返しでLEGO®のペンを貰った。僕の前に今、虹がかかった。何となくで…

#マトリックス から見るシンギュラリティ前夜。

いつも意識していることがいくつかある。近い未来も中途半端な今後も長期的な将来もそこには含まれている。その中でもシンギュラリティ(技術的特異点)という言葉に非常に惹かれる。2045年、AI(Artificial Intelligence)いわゆる人工知能が人間の知性を超える概念でもある。

それほど多くのデータがあるわけではないが、お粗末ながら僕自身も人間の働き方のジャンルにおいて様々な研究をしてきた。その結果、人はコンピュータが導き出すおよそ求める答えに近いであろうサジェストという産物は、人と人の関係性にまで影響力を及ぼしていると感じる。

映画「マトリックス」が20周年という迎える節目の今年。各地でMX4D上映されることを知って震えた。同調してくれる方も多いと思うが、初めてこの映画を見たときの何とも言えない衝撃を今でも憶えている。まさに僕自身も子供のころから常々考えていた未来にほぼほぼ近い。

見れるのは僅か二週間。僕は居ても立っても居られず初日に観に行ってきた。当時と映像は同じではあるが、動く座席と特殊効果によって更に感情が高ぶる。MX4Dという”マシン”から提供された136分の極上体験。僕自身、生活だけでなく娯楽においても機械に頼ってしまっている。

もうどこまでがAIの指示に付き従っているのか、それとも自分の意思を貫けているのかが分からなくなってきているこの時代。もはやそれを見極めることが出来ないくらい人間社会は多様性に満ち溢れてしまったのだろうか。データに頼る「選択と集中」。見極められない「偉い人達」。

それでも僕は「リローデット」「レボリューションズ」と続くマトリックスシリーズを多くの人に観てもらいたいと思っている。当然三部作となると大いに好みが分かれる(この映画もそのひとつ)のではあるが、物語の背景や事情も含めて理解すると、より味わえるのではと思う。

こんな話ばっかりしているので既に”変な人認定”されているのは仕方がないとは思うが、僕らは既に「マトリックス」というカプセルの中で踊らされているだけなのかもしれない。兎に角まだまだ時間は存在する。人間という生物学的生命体がこの先どんな選択をするか楽しみだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

パラグアイ戦の帝王。

厳しかった8月が終わりここからバイオリズムが上がってくれば良いなと感じているのだが果たしてどうなっていくだろうか。少なくともこの先ワークショップ3本分のドキュメント作成が待っているのだが時間的制約をクリアしきれないスキル。まだまだ努力の足りなさを痛感している。

そんな9月の始め。2022年ワールドカップカタール大会を目指している日本代表。二次予選直前のパラグアイ戦をテレビで見た。今これが一番の構成であろうメンバーで戦い結果2-0。特に大迫選手、中島選手、堂安選手、そして帝王を含めたカルテットは惚れ惚れするほどの状況だった。

先日行なわれた川崎フロンターレ戦での瀬古歩夢選手の猛アピールによって一部では改めて話題になった南野拓実選手だが、歳を重ねるごとに大人になっていくのを非常に感じる。ゴールシーンの動き直しなど見ていても、セレッソ大阪にいた頃と比べたら桁違いに凄くなっている。

試合終了後はさすがに消耗していた表情をしていたが、フル出場のなかでも運動量は落ちずどのセットでも問題なくプレーできるところは本当に素晴らしいなと感じてしまう。ミャンマー戦のスターティングメンバーがどうなるのか正直分からないが、まずは強い日本代表を見たい。

セレッソ大阪に関わる選手が日本代表として出場しているだけで心が和む。特に少年の頃から見続けているだけに肩入れもしてしまう。何となく西が丘サッカー場で「あいつは凄いよ。日本代表は間違いないだろう」と語ってくれたあの御方を思い出した。あぁ会いに行かなあかんわ。

そんなこんなで3つのワークショップのあいだに行なわれる日本代表戦を楽しみにしながら、週末はひたすらMacBook Proと向き合ってひたすらプレゼンを作り続けることになりそう。イライラして「うっさいん・・・」口から飛び出さないよう気をつけないと、と心に誓うのだった。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

クロヱ3歳。人生と犬生。

すっかり書くのを怠っていた。時が経つのは案外早いもので、先日我が家のクロヱ(パグ♀)が3歳の誕生日を迎えた。人間の年齢でいうと28歳?くらいで、ようやく大人として成熟しかけているところだがまだまだお転婆娘のままである(いや40越えてもオコチャマは存在する)。

思い返せば自分自身がオコチャマだった幼年期の頃から常に犬と一緒に暮らしていたという実感がある。戌年生まれでもあるし、獅子座だし(関係ない)、里見八犬伝好きだし(もっと関係ない、あ、こっちのほうがまだマシか)。人犬共に幸せに満ち溢れた時間を共有している。

僕の運命的に寿命的にクロヱが最後の犬のような気がしてならない。だからこそ今まで共に歩んできたジル、エリー、ポール、テリ子のことをいつも思い出しながら懐かしみながら、クロヱと触れ合える時間を大切にして毎日を過ごしていきたいと思う気持ちがとても大きいのだ。

人生と犬生。この数奇な巡り合わせを胸にこれからも前向きに進んでいくつもりだ。散歩の距離が伸びれば伸びるほど、生き物同士の距離は近づいていくのだと僕はそう思う。物言わぬ分だけ余計にそう思う。それが人間だと、それが人間ができる愛情表現のひとつなのだと感じる。

子供も犬も自分の道具じゃない。彼らは大事な家族でありかけがえのない存在なのだ。勿論ときには躾が大事なのかもしれないがそれ以上に愛情はもっと大事だ。いやそんな言葉で収まるものではないのだ。最後は何度も何度も繰り返される哀しい出来事に重ねてしまって済まない。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

僕がセレッソ大阪ニュースをLINEで見る理由。

とある御方から「IT屋のくせにブログで全然ITのこと書いてないやん」とのお叱りを受けた。全くもってその通りだ、面目ない。ということもあり、たまにはITについて書いておかねばまた罵声を浴びせられることにもなりかねないので、少々お付き合いをお許しいただきたい。

以前に、移転前の「dobroのイバのblog」でも書いてあったのだが改めて。僕セレッソ大阪の公式情報をLINEで見るようにしている。何故チャットなのかというと、生活の中での使用比率が高いからだ。セレッソ大阪を生活の一部としている僕としては言わば当然のことだと思う。

ところでだ。情報というものは鮮度がある。だからこそ自分の生活に合った、自分の生活に準じた場所(タッチポイント)でキャッチできなければ情報の鮮度は落ちていくだろう。今の僕はLINE、Facebook(メッセンジャー含む)、Twitterなどに比重を置き過ぎている節もあるが。

少し横道に逸れてしまったが、そのような意味合いでLINEに情報を集めるようにしている。さてこの設定に必要なものは、スマートフォン、LINEアカウントそしてIFTTTというアプリケーション。それからセレッソ大阪のブログを受け取れる環境(RSS)を準備することになる。

また、ブログだけでなく、気になるTwitterアカウントもこの方法を利用してLINE上で閲覧できるように設定している。これにより、わざわざブログやTwitterに出向いて、雑多な操作や検索に惑わされることなく、自分の欲しい情報に辿り着ける。設定方法は・・・またの機会に。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「両雄並び立たず」。

「両雄並び立たず」とはいつの時代にも現れるが本当にそうなのかと疑問も湧き上がる。先日レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットが初共演した「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」を観に行ってきたが、改めて「両雄は並び立つ」ことを認識したのだった。

「両雄並び立たず」とは中国の史記にまつわる言葉のようだが、僕の中のイメージでは横山光輝先生の漫画「三国志」の中での曹操孟徳と劉備玄徳の関係性で出てきた一節のイメージがかなり大きい。「英雄は二人いらない、ただひとりで良い」という感じだったような気がする。

サッカー界でもしばしば「共存できるか」だとかいう言葉で語られるケースは多い。少し毛色は違うし何となくぼやっと感ではあるが、僕はどうしても二人のロベルトを思い出してしまう。二番手に甘んじることを敢えて拒否する姿勢などが物議を醸しだしていた1994年のアメリカ。

セレッソ大阪ではどうだろう。噛み合わないだろうなと思いきや意外とマッチした黄善洪さんと西澤明訓さん。年齢差のおかげなのかも知れないが、この二人が本当にとんでもないファンタジーを見せてくれていた。クラブ64ゴールという数字とともにあの年の良き思い出でもある。

東京国立博物館で行なわれている「特別展三国志」がもうすぐ終了してしまうのだ。近々で何とか行きたいと思っているが仕事とのトレードオフはどうなるのだろうか。両雄並び立ったどころか国家三分の計という三人の英雄を生み出したその歴史を堪能したい。何とか頑張りたい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

40年。

分かる人には分かる。

先日時間を作って「#009 WALKMAN IN THE PARK」を見るために銀座まで足を運んだ。今年でちょうどソニーウォークマンが40周年を迎えた。このブログでも以前盛田昭夫氏の動画を紹介したが、僕にとってのSONYは憧れの存在以外の何物でもなかった。それくらいイカしていたのだ。

会場へ辿り着いた。嬉しいのは最終日前日という日取りもあったのかもしれないが、かなり多くの方々がこのイベントに訪れていたことだ。中学生だろうか友達同士からご年配の夫婦まで老若男女が40年の記念を祝うかのように、ウォークマンを手に取りヘッドホンを頭につけている。

著名人の面々が思い思いに自身の思い出を綴っている。僕が初めてウォークマンを持ったのは一体いつだっただろう。親にねだって買ってもらったのだろうか、それともせっせと貯金をして手に入れたのだろうか。まったく記憶にはないのだが、手のひらの感触だけは今も残っている。

楽器を演奏していたわけではないし、音質なんかにもそれほど興味が無い。そもそも音楽自体を聴くこともそれほど多くなかった。しかしながら、人生の節目節目でどこかの誰かの「歌声」というカプセルに入った「勇気」のサプリを注入してもらったと感じていることだけは確かだ。

40年の時が流れ今の時代はスマートフォンでお気に入りの音楽を楽しむ。手軽に気軽に耳が音楽を受け入れていく。同じくらい半世紀近くを生きている僕の最近のお気に入りは何故か「For The Top of Dreams」。作詞作曲は勿論、ウォークマンと同じときを過ごしているであろうあの方。

分かる人には、分かるのだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第25節 川崎フロンターレ戦。

「因縁」とはいつの時代も大事な場面で訪れる。自分自身も先日「因縁」という言葉を強く感じるシーンがあったのだが、できるだけ考えないようにしたところ何故だか不思議とクリアすることができた。あまり深く考えず”ケ・セラ・セラ”よろしく流していくのもありなのだ。

長居スタジアムでの川崎フロンターレ戦となるとどうしても2000年5月27日を思い出すだろうが、よく考えてみるとあの頃とはもう立ち位置も状況もまったく変わってしまっている。2006年の雨の長居第二陸上競技場も含めて、川崎との「因縁」はこのまま薄れていくのだろうか。

瀬古歩夢選手の先制、鈴木孝司選手の勝ち越し共に我々の”らしさ”が出たゴールだった。特に瀬古選手のJ1初ゴールは自分ごとのように非常に嬉しい。U-22日本代表にも選出されたが、セレッソ大阪で更に活躍し、ここから東京オリンピック代表、フル代表への足がかりにしたい。

それにしてもだ。この暑さのなか、奥埜博亮選手、藤田直之選手、レアンドロ・デサバト選手の三人で35km以上を走り切るのは本当に驚異的だ。勿論走らされていたと言える部分も無くはないが、チームが助かっているのは言うまでもない。全ての選手のRUNの勝利だとも言える。

インターバル前のこの大事な試合で勝ち点3が手に入れられたのはとても大きい。「因縁」なんてものはどうでもいいと思えるような熱い試合内容。怪我人も増えるであろうなかでまたひとつ戦えるチームに成長したという感がある。残り9試合で更なる「因縁」が増えねばよいが。

何故ここまで僕が「因縁」という言葉に拘った書きっぷりなのか。それはまた別の機会にお伝えしたいと思っている(果たして書けるのかこれ)。それにしても大人になればなるほど引くに引けなくなる喜劇。踊る道化師のように”ケ・セラ・セラ”と僕は右から左に受け流す(古)。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP