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アルゼンチンの巨星、墜つ。

虫の知らせというわけではないのだろうけれど、本当にあった話として書いておく。昨日の夜にどうしても駄ブログを書くのが億劫になって、中途半端に投稿したあとワンコの散歩に出掛けようと着替えていた。いつものようにダウンを取る。 暑さ寒さの話かもしれないが、何故かこのウェアに手が伸びた。「今日はこれで行こうかな」と独り言を言いながら羽織る。さほどあったかいわけでもないこの上着を、どうして僕は着ようと思ったのか、今朝になるまでは知る由もなかった。 そのニュースを見て、なんだか分からないがもう一度このウェアを見てみた。感情が変化するわけでも無いのだが寂しさだけが込み上げてきた。タイムラインを見ていても本当に多くの方から愛されている、愛されていたことを改めて知った。 うちもそうなのだが選手はいつも、ファン、サポーターに愛されているという気持ちを前面に出してくれる。この方もそうだった。すべてがその通りだとは言わないものの、周りを取り巻く環境が選手を良い方向にもそうでない方向にも導く。 1986年のメキシコ1990年のイタリアも素晴らしかったが、僕個人としては我らの日本代表が寸前まで掴みかけた1994年のアメリカ大会がとても印象深い。ラウンド16のルーマニア戦に、この方が出ていたらどうなっていただろうと今でも思う。 まあそんな、僕のどうでもいい話など必要ないはずだ。今はゆっくりと休んで、そして天国でもあの楽しそうなサッカーを展開してくれることだろうと思っている。しばらくはこのウェアを着てワンコの散歩に行くことにしようと心に誓った。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第13節 横浜FC戦。

八月のサッカーショップ蹴球堂も締め処理が終わりつつある。取引先様にはいつも助けられてばかりだ。この関係性がどこまでも永遠に続くことを祈っているのと同時に、もちろんのことではあるが、ビジネスとしても成長を目指していきたい。 夏休みの最後として横浜FCとのアウェイ戦を今回もDAZNでのリモートリアルタイム観戦した。一週間は空いたものの、ここからまた九連戦が始まる。企業戦士には休息が無いと浜田省吾氏は歌っていたが、「特別な夏」のサッカー選手も同様だ。 ある程度同じメンバーで戦ってきた今シーズン。ようやくと言っていいほど数名を完全に空けることができた。それはそれでありがたいのだが、急務なのはセンターバックのような気が個人的にはしている。特にマテイ・ヨニッチ選手が心配だ。 今日はかなり体力を温存しようとした省エネサッカーに感じだったが、それでも疲労は溜まっていると思われる。数日で回復するとは見込めない。怪我から復帰した選手たちの目処も立ったような感があるし、ミッドウィークは総力戦だろう。 ところで今日一番気になったのが相手ゴール直後と試合終了後のキム・ジンヒョン選手。すぐにボールを離さなかったことが原因だと思う。僕が相手サポーターだったらかなり声を上げていたように思う。「特別な夏」だからこそ、より冷静に。 さて自分自身のことで恐縮ではあるのだが、九月からは少し表に出ていってみようと思っている。まだ海外や日本全国を廻るのは難しいが、東京都内からスタートする。僕にとっての「特別な夏」をここからRESTARTしていく。遅めだけどね。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP ちょっとだけ宣伝を・・・ マテイ・ヨニッチ選手を応援しよう! SUPER DOBRO #22 Tシャツ(白×ピンク) サッカーショップ蹴球堂BASE店

前に進むために。手始めに。

梅雨の空が言うほど嫌いじゃない。とは言えやはり雨が降ると行動が制限されてしまうので気持ちがその分落ちる。能天気なほどポジティブだと思われがちだが、それほど強いわけじゃない。その分、気を張って生きているような気がする。 新しいことを始めれば始めるほど様々なところからの圧力も多い。でも新しいことを始めなければ前に進めすらしない。そう思いながらみんな毎日を生きているのだと思うと、僕もなんとか前に進まないと、と奮い立たされる毎日でもある。 あと二週間もすればJ1が開幕する。更にその前にはJ2/J3が待っている。まだ今まで通りとはいかない(ニューノーマルになってしまうかもしれない)が、ようやく僕らのJリーグが帰ってくる。僕らのセレッソ大阪が長居に帰ってくるのだ。 考えるだけでソワソワしてしまう。ゴール裏サポーターもリモートマッチに向け動き出しているようだ。僕はまだノルマ(CEREBAKA EPISODE2の書き起こし)が終わっておらずどうしようかと思案しているが、そんなのは悩みに入らない。 今週で既に2020年が半年過ぎるのを今知った。セレッソ大阪同様、OITOも蹴球堂もここから突っ走らないといけない。前に進むためにまた多くのアイテムを世に出していきたいと思っている。まずは手始めにうちのJ1最強DFをリスペクトだ。 SUPER DOBRO NEVER STOP,NEVER GIVE UP

もう一度クロアチアへ行ってみたいのでWebサイトを作ってみた。

かなりの陽性反応が出ており、再び予断を許さない状況になるのかと少々不安な夜を迎えている。第二波、第三波が来るのは避けられないが、感染経路を辿れるようにしておくことでクラスターを防げたりするわけだが、プライバシーの壁などもあって難しい問題も多々ある。悩ましい課題だと思う。 改めてこの新型コロナウイルスの脅威を目の当たりにしている。このままの流れでいくと帰阪はさらに遅れるのかなとか真剣に考えてしまったりする。どうにかして早いうちにOITOを訪問したいのだが果たしてどうなるのだろうか。時間だけが刻々と過ぎていくもどかしさ。そんな日々を過ごしている。 そんなさなかで時間の調整がしやすくなったこともあり、スキマ時間でクロアチアっぽい(というか100%クロアチア)のWebサイト「 SUPER DOBRO 」をGoogleサイトで作成した。前にも書いたが、やはりGoogleサイトは便利で使いやすい。メンテナンスも物凄く楽だ。使わない手はないなと思う。 とまあ、Googleサイトを褒めるのはここらへんにしておいておく。このWebサイトを作ろうと思ったきっかけとしては、もう一度クロアチアへ行ってみたい、という思いがある。だが、もうひとつの動機としては、我がセレッソ大阪に在籍しているマテイ・ヨニッチ選手へのリスペクトでもあるのだ。 昨年のリーグ最少失点はチームとしての成果でもあるのだが、そのなかでも最大限の称賛に値する活躍を見せたのがマテイ・ヨニッチ選手だと僕は思う。間違いなく今シーズンも活躍するはずの、すべてにおいてハイスペックなディフェンダーに向けた言葉のひとつが、この「SUPER DOBRO」なのである。 あとは、クロアチアにいるアミーゴだ。先日も「ウイルスのほうは大丈夫か?家族は?」とメッセージしたら「みんな大丈夫だ。日本の仲間にも気をつけてと伝えてくれ」と返ってきた。新型コロナウイルスが収束を迎え、ヨニッチ選手やクロアチアのアミーゴたちと一緒に「SUPER DOBRO」と笑いあいたい。 Webサイトは、いつもの通り、ここから発展するかどうかは僕の気分次第(おい)ではあるのだが、もうひとつの目玉として「 SUPER DOBRO Tシャツ 」を復刻させようかなとも思っている。前回は自分のためのアイテムだったが、今回は蹴球堂でも販売できるかな?どうなるかは気分次第である(おい)。 ...

「ラストサムライ」とプロ意識。

信じてもらえないだろうが性格と気性が相まってなかなかの人見知りである。ましてや外国の方ともなれば尚更のことだ。そんな状況ではあるが多くのグローバルなアミーゴともつながってきた。インターネットやソーシャルネットワークのお陰もあって本当に楽しい日々を過ごせている。 録画していた「歴史秘話ヒストリア」を今朝ようやく見ることができた。基本的に僕がチェックするのは幕末や明治初期の話が中心だ。今回のタイトルは「サムライとフランス軍人−幕末ラストミッション」。滅びゆく旧徳川幕府軍と最後まで戦い抜いたフランス軍事顧問団についてだった。 ところで、トム・クルーズ主演の映画「ラストサムライ」を鑑賞したことがある方は多いと思う。そのトム・クルーズが演じたネイサン・オールグレン大尉のモデルとも言われるのがジュール・ブリュネ軍事顧問団副隊長。幕末期の歴史をあまり存じない方は聞いたことのない名前だろう。 徳川幕府に請われ異国での軍事訓練を行なう「幕府陸軍の近代化への支援」というミッションを持って日本を訪れた顧問団。その中でも帰国命令に背き函館五稜郭まで戦い抜いたブリュネ公。母国に戻るまで我ら日本人と行動を共にしたこのフランス人の姿に、正直感動が止まらなかった。 幕末明治好きを公言していた僕はこのブリュネ公を以前からも知っていた。知ってはいたが、何となく日本人を好きになり感情の向くままに行動していたのかと思い込んでいた。軍事顧問というプライドやミッションをクリアするためのまさに「プロ」としての振る舞いに感動してしまう。 日本人はこの時点においても既にグローバルの一員として外国人から多くの学びを得ていた。もちろんこの幕末期以前も行なわれてきた海外交流によって日本が強くなった部分も無くはない。いまの不安定な国際情勢だからこそあの頃の歴史を学んでいきたいと強く感じた番組でもあった。 助っ人としてセレッソ大阪に加入した多くの外国人選手たちも、そんな「プロ」としての強い気持ちで日本に来たのだろう。結果は水物だがまずは自分たちがやれることの全てを出し切ってくれたはずだ。そんな外国人選手を応援してきたことはグローバル人材としての立派な行動でもある。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

セレッソ大阪の人事と日本人的行動。

昨日、サポーターズコンベンション2020が行なわれた。今年も当然のことながら欠席となった。一番の関心事はルーカス・ミネイロ選手。あの悲惨な事故の際にも所属していたシャペコエンセからの期限付き移籍でもある。会見ではケンペスさんの話も出てきたいう。なんとも深い縁である。 セレッソ大阪に加入する外国人選手は素晴らしい人格者が本当に多い。僕にはこのようなイベントに参加したり練習場で選手と触れ合ったりする機会がそれほど多く無いが、選手と僕らファン、サポーターが互いへのリスペクトと相互尊重の気持ちで接している証なのだと、僕は感じている。 そしてクラブスタッフにも人事異動があった。本当に若い頃からお世話になっていた(と言ってもそれほど歳も変わらない)方も退任された。これからも様々変革していくのだろうがどこまで行っても組織はヒト。人同士の関係性が大事だ。信頼関係の元にすべては成り立っているのだろう。 先日あるミーティングで日本人の性善説について話題になった。先月参加したグローバル経営者フォーラムでもキーワードになっていた「日本人的」という言葉を思い出した。震災の際、支援物資の列に秩序を持って並ぶ日本人。物資が足らない地域に回してあげてほしいと懇願する日本人。 日本人にはそもそもそのようなマインドがセットされていて、気質というか思いが備わっているという感じている。それでも当然のことながら性悪説に基づく犯罪、横行があとを絶たない事実だ。どっちが日本人の本来の気質なのだろうか、とこのミーティングで改めて感じさせられたのだ。 とは言え先程、セレッソ大阪のサポーターのひとりからある連絡を受けた。この日本人的な行動に感動している。人と人とは時空の壁があってもつながっていけるのだ、とそんな気すらする。今までいただいてきた縁を大事にしながら、この先もサポーター生を歩んでいきたいと思っている。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第31節 湘南ベルマーレ戦。#スーパージンヒョン。

以前から書いているが、どうもヨーロッパから戻ってからというもの、気持ちが前に向かないというか何というか体調が優れない。特に右足の指がとても痛い。持ち前の変な感情と気力だけで保っているところもあるが、やはり病院などに行ったほうが良いのだろうかと考えてしまう。 そんな状況でお世話になっている組織で様々な催しなどを企画している。今週はデンマーク(いやロンドンとも言う)報告会を、そして「超拡散ブレスト」を先週末から開始している。長年同じ組織で培ってきた経験とそれによって得られた自分の能力を生かしていこうと考えている。 本当に申し訳ないのだがキム・ジンヒョン選手のJリーグ通算出場数が361試合となり、森島寛晃社長のクラブ歴代記録に並んだとのニュースを試合後のTwitterで知った。11年という長きに渡って外国人選手(もうそんな意識無い)が同じクラブでプレイするのも素敵なことなのだろう。 ミゲル・アンヘル・ロティーナ監督の就任によって、更に進化の一途を辿るジンヒョン選手。ここから年齢や怪我、様々な課題も増えてくるだろうし、常に変わり続けるサッカーに対応していくことも簡単では無くなってくる。しかしながら何時までも同じクラブで戦い続けたいものだ。 少なくとも三度は存在した”スーパー・ジンヒョン”。今シーズンを象徴するかのようなウノゼロ。31試合戦って失点23は素敵な数字だ。決してゴールキーパーだけの結果ではないが、彼の存在が大きく影響しているのは間違いないはず。新たなレジェンドの誕生を素直に喜びたいと思う。 残り三試合。アウェイ・ホームを関西で行ない最終節は大分。結果がどうなるかは別の次元であり、まずは自分たちのサッカー(この表現もどうだろうか)を貫いて勝ち点9を掴み取る。体調の問題もあるので僕はNJを見ることになるのだろうが、クラブの歴史と未来を共に堪能していく。 余談だがスーパージンヒョンチャント。本当に凄いなと感じる。20年くらい前に”ファンセ”ファン・ソンホンさんに向けて作ったチャイムのリメイク。間違いなくセレッソ大阪しか、いやセレッソ大阪だから見せられる他クラブとの違い。誰にも真似できない。それでいい。自信持っていい。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ニワカファンでも良いと思う。

所謂ニワカファンだ。ラグビー自体真剣に見ることなどそれほど無かった。4年前の南アフリカ戦の歴史的勝利(この表現もどうかと)といった節目節目では何気に目にしたが、その後見たという記憶もない。国内リーグも行なわれているのは知っているものの、どうにも興味が出なかった。 それは今回日本で行なわれているワールドカップであっても同様だった。チケットが販売されても頑張って取ろうという意欲が皆無に等しく(とは言え開催直前になって探しまくったのはここだけの話)、東京オリンピック前のプレ大会的なイメージしか無いのが正直な感想でもあった。 まあ事あるごとに「僕が日本にいないときに限って強い」とか言ったりしていたが、今回のラグビー日本代表はそんな疫病神をも超越するくらいの素晴らしきチームだったような気がする。その中心がリーチ・マイケル選手。心技体すべてにおいてまさに真のキャプテンだったと感じた。 それにしてもラグビーの国家代表というものは実に多様性に満ちている。その国でプレーしている外国人は代表選手として参加することができる。なんとも言えない今風の仕組みのような気がするのだ。かなり違和感を持っていたこの選出も、知れば知るほど素晴らしく思えたりする。 また、「シンビン」なるキーワードや反則の種類。退場になっている間に起こる出来事に対する処置。特定の選手で無いとこなせないポジション(サッカーなら考えられない)。そんな様々なルールを知る機会も、今回のワールドカップがなければ僕は手に入れることができなかった。 こんなニワカなファンをも惹き込んでしまうラグビーの魅力を提供してくれたラグビー日本代表の旅が昨日終わった。サッカーワールドカップ2002年のときにもそうだったが、これから国内リーグがどのように盛り上がっていくのかが肝心になるのだろうな、と余所者ながらそう思った。 しかしながら、僕の周りにこんなにもラグビーを愛する方が多かったのかという紛れもない事実がある。スタジアムに足を運んだ方々がここから更に愛を注ぐのだろう。あの国歌斉唱で感極まり涙するスクラムハーフ流大選手の姿を見ているだけでもラグビーが好きでで居続けられるな。 ニワカファンでも良いと思う。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「両雄並び立たず」。

「両雄並び立たず」とはいつの時代にも現れるが本当にそうなのかと疑問も湧き上がる。先日レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットが初共演した「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」を観に行ってきたが、改めて「両雄は並び立つ」ことを認識したのだった。 「両雄並び立たず」とは中国の史記にまつわる言葉のようだが、僕の中のイメージでは横山光輝先生の漫画「三国志」の中での曹操孟徳と劉備玄徳の関係性で出てきた一節のイメージがかなり大きい。「英雄は二人いらない、ただひとりで良い」という感じだったような気がする。 サッカー界でもしばしば「共存できるか」だとかいう言葉で語られるケースは多い。少し毛色は違うし何となくぼやっと感ではあるが、僕はどうしても二人のロベルトを思い出してしまう。二番手に甘んじることを敢えて拒否する姿勢などが物議を醸しだしていた1994年のアメリカ。 セレッソ大阪ではどうだろう。噛み合わないだろうなと思いきや意外とマッチした黄善洪さんと西澤明訓さん。年齢差のおかげなのかも知れないが、この二人が本当にとんでもないファンタジーを見せてくれていた。クラブ64ゴールという数字とともにあの年の良き思い出でもある。 東京国立博物館で行なわれている「特別展三国志」がもうすぐ終了してしまうのだ。近々で何とか行きたいと思っているが仕事とのトレードオフはどうなるのだろうか。両雄並び立ったどころか国家三分の計という三人の英雄を生み出したその歴史を堪能したい。何とか頑張りたい。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第25節 川崎フロンターレ戦。

「因縁」とはいつの時代も大事な場面で訪れる。自分自身も先日「因縁」という言葉を強く感じるシーンがあったのだが、できるだけ考えないようにしたところ何故だか不思議とクリアすることができた。あまり深く考えず”ケ・セラ・セラ”よろしく流していくのもありなのだ。 長居スタジアムでの川崎フロンターレ戦となるとどうしても2000年5月27日を思い出すだろうが、よく考えてみるとあの頃とはもう立ち位置も状況もまったく変わってしまっている。2006年の雨の長居第二陸上競技場も含めて、川崎との「因縁」はこのまま薄れていくのだろうか。 瀬古歩夢選手の先制、鈴木孝司選手の勝ち越し共に我々の”らしさ”が出たゴールだった。特に瀬古選手のJ1初ゴールは自分ごとのように非常に嬉しい。U-22日本代表にも選出されたが、セレッソ大阪で更に活躍し、ここから東京オリンピック代表、フル代表への足がかりにしたい。 それにしてもだ。この暑さのなか、奥埜博亮選手、藤田直之選手、レアンドロ・デサバト選手の三人で35km以上を走り切るのは本当に驚異的だ。勿論走らされていたと言える部分も無くはないが、チームが助かっているのは言うまでもない。全ての選手のRUNの勝利だとも言える。 インターバル前のこの大事な試合で勝ち点3が手に入れられたのはとても大きい。「因縁」なんてものはどうでもいいと思えるような熱い試合内容。怪我人も増えるであろうなかでまたひとつ戦えるチームに成長したという感がある。残り9試合で更なる「因縁」が増えねばよいが。 何故ここまで僕が「因縁」という言葉に拘った書きっぷりなのか。それはまた別の機会にお伝えしたいと思っている(果たして書けるのかこれ)。それにしても大人になればなるほど引くに引けなくなる喜劇。踊る道化師のように”ケ・セラ・セラ”と僕は右から左に受け流す(古)。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第17節 湘南ベルマーレ戦。

15歳(厳密に言うと今月16歳になる)の湯田海選手が二種登録された。いきなりは難しいかもしれないがJ3での出番が待っているかもしれない。毎年のようにアカデミーからの登録が進んでいると思うが、ゴールキーパーの重要性を強く考えるクラブになっている気がする。 この週末もゴールキーパーの活躍によって1勝1分という良い成績を残せてご満悦(自分で言う)ではあるのだが、キム・ジンヒョン選手、茂木秀選手ともに素晴らしいパフォーマンスを発揮したことに非常に意味があると思う。特にJ3における茂木選手の数字は突出している。 さて湘南戦である。相手のパフォーマンスはさておき、自分たちのサッカー(あまりこの言葉は使いたくないが)が明確に体現できるようになってきているといっても良いのではないか。特に右サイドの三人の運動量と走りの質の高さに感動で身体が震えるくらいだった。 その中でもやはりキム・ジンヒョン選手。スロー、キック共に素晴らしいと感じたし、茂木選手と比べて慌てさせられる場面が少なかったとはいえ、圧巻のプレーだったように思える。ここ数試合の高パフォーマンスがチームを支えているといっても過言では無いと思う。 武田亘弘コーチから始まるセレッソ大阪のゴールキーパーの歴史はこれからも続く。毎試合枠はひとつしか席が無いのだが、ベテランと若手の融合によって限りなく最高を保っていってくれるだろう。気がつけば失点11、無失点試合は実に17試合中 11 9。気持ちが良い数字。 ※無失点試合は17試合中9だったので修正。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

MIZUNOに釘付けの会見。

ようやく新加入記者会見をオフィシャルサイトで見ることができた。森島さん、大熊さん、ロティーナ監督の話を聞いて、今季の様々な思いが頭を駆け巡った。各人から「愛されるクラブになる」という言葉が何度も繰り返されていたが、森島さんらしいなと感じた。 1993年からスタートして四半世紀を超えて培ってきた「MORISHISM」が、経営のトップとなってこれから発揮されるのだろうと感じる反面、若い頃からの付き合いであった岡野さん玉田さんの時と同様に、色んなことを許してしまうのではないかと若干危惧もしている。 その記者会見のなかで、新たに加わった選手たち5名の様子を注意深く見ていた。二人の外国人選手レアンドロ・デサバト選手ブルーノ・メンデス選手は、日本でのプレーをとても楽しみにしている様子に見えた。なにかやってくれる期待感しか生まれない会見だった。 逆に藤田直之選手や奥埜博亮選手は落ち着き払っているのかそれとも緊張の面持ちなのか、どちらとも取れるのではないかと個人的には感じた。J1でも経験豊かな二選手に対する絶大なる期待感。水を運ぶ役割、それ以上の仕事など、充分果たしてくれるものと思う。 最後は都倉賢選手。会見中、どうも落ち着きがない。揉み手、足が動いている・・・と思って足元をよく見てみたら、なんと彼のシューズが「MIZUNO」だった。調べてみたら契約していることを確認。関わりある身として都倉選手の応援を義務付けられた瞬間だった。 そんな理由だけではなく、彼のように感情を表に出して闘うタイプのフォワードは僕自身としても待ち焦がれていたものであった。どのようなチーム構成になるのか監督の手腕次第だが、チーム、ファン、サポーターが心をひとつに進んでいくシーンが既に浮かんでいる。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

新加入記者会見をまだ見ていない者への挽歌。

バタバタとしながら生きていたので、なかなか更新もままならなかった。そんななかでも時間というものは無情にも足早に過ぎていき、1月も既に半ばを越えてきている。あと一ヶ月も経てばリーグが始まるというのにこの体たらくである。いったいどうなのだろうか。 セレッソ大阪も新たな5名の加入選手とともに始動した。森島寛晃新社長のもと、どのように変革していくのか楽しみである一方、様々な噂と憶測の中で悶々とする日々を送らざるを得なかったファン、サポーター。まずはそんなムードを払拭していきたいとは思う。 文章では追っているものの新加入記者会見をちゃんと見れていない。何をやっているのかとお叱りを受けながらだが、ようやく公式サイトに手を伸ばせる時間が作れそうなので、この週末に全てを確認をしたいと思っている。特に監督のコメントを早く聴きたいのだが。 #こんな駄文を書いているあいだに見ろよ NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第26節 ジュビロ磐田戦。

オープニングにも行けずラストマッチにも行けず、セレッソファンとして残念な立場ではある。なんちゃら記念の試合にここ最近行ったというと何だったかも忘れるくらい。それ以前に2018年シーズンまだ1試合しかスタジアムで見れていないことを憂う必要性がある。 そして当のこの試合。一週間経ってようやく見ることができたという何たる体たらく。理由というほどでもないが、先週月曜から11勤(うち4日は研修)というものに耐えようやくの今日。身体と脳を休めながらの状況下で磐田戦。ネット様様、DAZN様様ということ。 「戦っているな」という印象の強いナイスゲームだった。確かにキム・ジンヒョン選手のミスなどはあったもののうちの外国人選手たちは本当に素晴らしいなと改めて感じた。韓国、ブラジル、クロアチア、スペインで構成されてはいるのだが、絶妙に呼吸が合うな。 ヨーロッパのクラブを見ていても多国籍選手が集まり一致団結して戦う姿をよく目にする。やはりそのクラブにあるフィロソフィーが全ての戦略/戦術を決めているのだなと分かる気がする。そういう意味では、我らの理念も良いものになってきたのかもしれない。 今シーズンはヨーロッパチャンピオンズリーグ、ヨーロッパリーグ、各国リーグが見放題になり、時間配分が大事なシーズンになりそう。今必死にELハイライトをひたすら流し見ながらこのブログを書いている。こんな毎日がまだまだ続いていく幸せな環境。正直怖い。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ヒーロー考。

「オー・マイ・ジャンプ!〜少年ジャンプが地球を救う〜」を見終わった。どうでもいい内容(失礼)ではあったが、子供の頃から憧れてきた”ヒーロー”という存在があったせいか、最終話では思わず泣いてしまいそうな場面も多く存在した。 今では驚かれるかもしれないが、読書が好きだったこともあり多くの漫画を読んでいたあの頃。毎週月曜日が来るのを心待ちにしていた。キン肉マンはどうなるのか、キャプテン翼はどうなるのか・・・など、ワクワクしていたことを思い出す。 セレッソ大阪がJリーグに昇格した1995年。JFLで優勝を勝ち取ったのだが、やはり新戦力の加入が急務だったあの時。出場は無かったのがブラジル代表として前年のアメリカワールドカップの優勝メンバーであったジルマールがクラブに加入した。 どうしても守備に重きを置かざるを得なかったチームの守護神として素晴らしい活躍を目の当たりにして、世界のゴールキーパーとはこんなに凄いのだと、正に”ヒーロー”を見る目でジルマールに熱視線を送っていたことを今も記憶している。 昨日の湘南ベルマーレ戦のハーフタイム。DAZNからジルマールの映像が流れた時、一瞬あの時に戻ったような気持ちになった。サッカーも漫画も、”ヒーロー”はいつでも僕らを助けてくれる。そんな事を思い出させてくれるこの週末だった。 一度、歴代の外国人選手についても改めて調べてみようと思う。多くの素晴らしい選手たちに囲まれてこのクラブは育ってきたと言える。悲喜こもごもではあるが、こんな事を考えられるのも”ヒーロー”達のお陰、といっても過言ではない。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP