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5月, 2019の投稿を表示しています

文章を書くことについて。

全く気付いていなかったがGoogle Bloggerに引っ越しして投稿数が200を越えた。真面目に書くときと何だこれはという内容をツラツラ書くときのギャップを味わってもらえていると自身では思っているのだが、実際のところどのように感じてもらっているのかは気になる。

1995年か1996年くらいに自分たちのWebサイトでセレッソ大阪についてのブログ的なものを始めたと記憶している。子供の頃から文章を読むことや書くことが好きだったのでここまで続けてこれたのだろうが、ほぼ四半世紀のあいだに一体何を伝えようとしてきたのだろうか。

今でこそクラブ公式や多くの方のブログ、SNSなど情報を発受信するしくみが多く存在するのだが、当時はそれほどインターネット社会も浸透しておらず、伝える/知る術が限定されていたように思える。そんな時代と今とでは文章の書き方自体も大きく変わったなと感じる。

生きている限り、僕はこれからも文章を書き続けるのだろう。平成から令和の時代へと移り変わっても、人が目にするという普遍的な行動に向けて書き続けるだろう。言葉が持つ責任と読んでくださった方との共感。このふたつを両肩に背負って、僕は今日も書き続ける。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

点と点を繋いで線にしていくこと。

5月27日である。いつまで語るのかと言われようともひたすらこの日を伝え続けていく。クラブも忘れていく、その頃を知っている選手は少なくなる、ファンもサポーターも記憶から薄れていくのが運命なのではあるが、だからこそ語り継ぐ宿命を背負う人も必要である。

先日「次の店は何処に出す予定?」という質問をされ答えに窮した。まだまだ何も決まっていない状況のなか残念な気持ちよりも逆に、待ってくださっている方に向けての申し訳無さが先にある。お茶を濁す形にはなってしまい本当に心苦しい会話になってしまったのだった。

ひとつひとつ見ると点でしか無い歴史。その点を繋ぎ合わせる役目が、クラブだけしか無いのではとても残念に思える。とは言いながら僕らも一年に一度ずつ歳を取っていくのだ。人生観も生き方も、そして何よりセレッソ大阪との関わり方も変わっていってしまうのだ。

2000年5月27日と2000年5月28日。REMEMBERとRESTART。僕らはこの忘れられない二日間をふたつの点と見なし、繋ぐことを決意した。当時の話でもある。デザインは洗練されていないし何よりセンスも無い。しかしながらその考えは間違っていなかったと今でも言える。

流れていく点と点を線にすること。それがクラブ創設時から関わってきた人間、関わっていく人間が必要とされる宿命でもある。様々な点と点を結ぶために次の手を考えているが、寄る年波には勝てず動けていないのも事実。「オラに元気玉をわけてくれ」と叫ぶとするか。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第13節 FC東京戦。

リーダーシップとマネジメント。ビジネスの世界もサッカーの世界で重要なキーワードでもある。監督業を見て自分自身に重ね合わせる時もしばしばあるが、とても真似できないと感じる場合が多いのも事実。だがそもそもの話、比べること自体が失礼なのかもしれない。

正直言ってこのスタートとサブの選手の想定ができず。しかしながら結果的には素晴らしい展開を繰り広げ、まさに監督の考えたプラン通りのゲームになったのではないか。前節やミッドウィークのルヴァンカップを見ていても、低次元の僕にはまったく思いもつかなかった。

それにしてもうちの選手たちの気迫というか闘志というか、ダービー敗退という事実と、眼の前に存在する若い日本代表選手に対しての強い決意をこの試合に感じた。この気持ちを持ち続ける限り、我らのチームがそう簡単に負けるわけがないということを改めて知る。

バックラインからボールを動かし、豊富な運動量でボールを支配し、じっくりと試合を進め最後に仕留める。ロティーナ監督のマネジメントと、着実に実践していくリーダーとなり得る選手たちの奏でるハーモニー。スタジアムで観戦していたら多分吠えていたことだろう。

そしてこの試合を盛り上げたのは間違いなくファン、サポーターだ。足が止まりそうな時間を見定めたあのチャント。選手たちはもう一度奮い立つ気持ちを手に入れたと思う。やはりサポーターにもリーダーシップとマネジメントが必要なのだなと身に沁みた瞬間だった。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

書籍の新たな学び方と楽しみ方。

何故か分からないが、勝利することでこの上なく嬉しくなるチームがJリーグにはいくつか存在する。そんなひとつでもあった今日の試合は見逃し配信で見ることになったため、明日にでも書こうと思っている。それにしても素晴らしい試合展開だったと胸を撫で下ろす。

何故見逃し配信になってしまったかというと、今日「書籍の新たな学び方を模索する」というミーティングにお誘いを受けたからだった。摂氏三十度を超える真夏日のなか、東京大学のある本郷まで行ってきた。引っ越してから初めてこの地を訪れたが思いのほか来やすい。

それより何より僕自身、読むのも聴くのも好きな本大好き人間なのでかなりの勉強にもなった。しかしながらそれ以上に、人様から本好きの印象を持っていただけているのだなと感じることに非常にこそばゆい気持ちになる。感謝しても感謝しきれないくらいだろう。

個人的なルールとして、小説は紙で、ビジネス書はオーディオブックでと原則的に決めていたりするのだが、たとえどんな手法であったとしても、その本を楽しむことがもっとも重要なのだと僕は思う。堅苦しいことは考えず本と向き合うという姿勢が大事なのだろう。

本にはいつもそのような気にさせてくれる力が存在する。正しいか正しくないかは分からないがより良い道を探すための道標を見せてくれたりもする。だから本とは離れられない運命。とは言え楽しみ方は人それぞれ。そんなことを考えながら僕は家路についたのだった。

それにしても、重ね重ねお呼びくださったことに本当に感謝したい。書籍の新たな学び方と楽しみ方を自分自身でもこれから考えたいと思っている。そして多くの方に本と向き合ってもらえるよう個人的にも努力していきたい。読書は義務ではない。自らの選択であると。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

作って試して壊して作る。

U-20ワールドカップが開幕した。テキストでしか追ってはいないが、うちの選手たちが要所要所で活躍している姿、それだけで感動を覚える。2020TOKYO、2022ワールドカップ、更にその先へとつながる、作る・壊す・再構築していく過程の中での重要な大会でもある。

久々に工作を行なっている。ミニPCの「ラズベリーパイ」と色々なセンサー類を使ってのモノづくり。今話題のSnapchatで子供フィルターを利用した(正直この写真は笑けるが、こんなところに載せられない)せいか、あの頃を思い出してながら手をひたすら動かしている。

いつ頃からか、「自分で作って試す」という行為が億劫になり、既成品や誰かのものを活用することに慣れてしまっている。今すぐ結果を出さないと・・・という強迫観念にも似た感情に突き動かされ安易な方向に行ってしまいがちだが、エンジニア魂が疼き始める。

昔なら試作品を作るにしても非常に高価だったが、最近では本当に安くつくことも多いし、試して失敗してもそれほどの痛手にはならない。それよりも、失敗しないことのほうがより損失の大きさを感じる。「失敗は成功の母」。偉人の言葉が心に染み込んでくるのだ。

とは言いながらまだまだ素人レベルの状況でもあるのでインターネットなどで調べてからの単なる猿真似ではあるが、やりたいことを「自分で作って試す」をこれからも実践していきたいと思う。そして、試して駄目だったら、一旦壊して、また更に作る。この繰り返し。

しかしながら最近、相当目がヤバくなってきているので、ジャンパー線のつなぎ間違いなどが発生しそうな予感もする。ハズキルーペかビッグビジョンのような拡大鏡が必要なのでは無いかと自問自答。IT免許返納という最悪なケースが起こらないよう精進し続けたい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

韓国に行けなくなったのでセルフレゴ®シリアスプレイ®してみた。

ソウザ選手の二発によるルヴァンカップの勝利で少しは気分も良くなってきているが、まだまだ全開とまでは言いがたい状況でもある。この気持ちをどこにぶつければ・・・とかも考えてしまうが、そこは自制心を効かせてぐっと堪える色男として生きていくしかない。

6月7日に韓国で行われるはずだった親善試合の日程が直前になって前日の6月6日に変更された。久々に行く予定を組んでエアとホテルを予約していたのだがスケジュールの関係もあり全てキャンセルすることになった。気落ちしているわけでは決してないが哀しさは残る。

今の気分をレゴ®シリアスプレイ®で自己分析する。右側の人は僕。頭の中にセレッソ大阪がいっぱい詰まっていてその上にあるタケコプター(?)で飛んでいきたいのだが、左側にある韓国とは既に橋が切り離されていて、どうしても辿り着くことができない自分自身。

僕は道具を持っているのだが、これは応援したい気持ち(フラッグ)ともしかすると攻撃的な感情が入り混じっている(武器)のかもしれない。完全に心の声(ボイス)に問いかけ、何も考えず作った作品でもあるので、少々意味も後付けしている感じになっている。

レゴ®シリアスプレイ®はこのように、内なる気持ちを形(三次元化)し、意味付け(先程のように後付けでも全く構わない)していくことによって相互尊重やコミュニケーションを活性化できる。なにより自分自身(そして相手)の内面をより知る機会にもなり得るのだ。

この作品に自分自身に質問を投げてみた。「なんで目ん玉はひとつしかないのか?」。今回この作品を作ることによって、僕自身思っていたことがひとつ見つかった。セレッソ大阪に対し片目を閉じている状況なのだ。もしや穿った見かたをしているのかと気付いた。

社長になってから全然お会いできていない方、お世話になった方々にも中々お目にかかれていない。そんな思いがこの目ん玉に無意識に表れたのだとすると、今回のセルフレゴ®シリアスプレイ®は捨てたものじゃない。早速大阪旅行の段取りをしなければと強く感じた。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


歩く。

少々ブルーになる出来事が多くて気持ちが萎えそうになるのをグッとこらえている毎日でもあるが、来週になると蹴球堂を起こしてから丸13年を迎えるし、それほどネガティブ寄りな話ばかりでもない。サッカーと歩き続ける日々を過ごせるだけでも幸せ者なのだろう。

歩く。年々心身の衰えを感じるようになり「一日10,000歩は確実に歩きたいよね」という世の中のディファクト的な言葉を自分に言い聞かせている。それでも座っているシーンが仕事柄多いということもあるので、できる限り歩く量を意識的に増やしているのだがまだまだだ。

最近は好物の幕末ものの史跡を廻る時間がなかなか無く、また、引っ越してからはどの辺りに存在するのかマップも作成していない関係でもっぱら緑道をワンコと歩く日々。それだけでも沢山の出会いが存在するのだなと改めて実感すると共に気持ちが晴れやかになる。

長居駅や鶴ケ丘駅から長居公園そしてスタジアムへ向かう道。歓声につられるように足を進めるときのあの気持ち。草木や生き物に囲まれてようやく辿り着いた夢の劇場。最近めっきり歩いていないのだが、久々にそんな想いが込み上げる。歩き続けることは肝要である。

住んでいた西田辺の街も相当変わったと思う。あの店はどうなったのだろう。風呂屋は?飯屋は?今も存在し続けているのだろうか。あのマンションのあの部屋も多くの違う人生を支えてきただろう。近いうちに西田辺と鶴が丘の周辺を歩いてみたいと思う。ヘルプ募集。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

ビジョン、自制、情熱、良心。

ファシリテータ同期によるレゴ®シリアスプレイ®のプレワークショップに行ってきた。いつのときも心地良い。今日だけ忘却の彼方にあったはずの記憶が無意識ながら作品になっていく。出すべきか出さざるべきか。どちらも正解であり、その選択をするのは常に自分だ。

もし選択肢の全てが正解だったとしたら自分は何を選択をするか。人間は理性の生き物であり正解と間違いを見分ける能力を予め授かっている。しかしながら正しい選択肢が複数存在した場合、その瞬間の生き方をどう決めていくのかは本当に難しいのだなと感じる。

先週、例のふたつの「事件」がニュースサイトを騒がせている。現在読んでいる「第8の習慣」の中の一節「ビジョン、自制、情熱、良心」というワードを見たこともあってか、そんな言葉をふと思い出してしまった。4つのボイスがこれらの事件にどう影響していたのか。

今僕自身も色々と考える機会に出会えている気がする。そもそも良心とはどこにどのように存在するのだろうか。内面から溢れ出す自分自身のビジョン。そのビジョンを進むべき方向に導いていく自制心と情熱。その先に良心があるのかそれとも後か。毎日が自問自答。

プレイを続けるのも正解でプレイを続けないのも正解。試合をボイコットするのも正解で試合を継続することも正解だという状況だった場合、自分自身だったらあの場面で何をどう選択していたのだろうか。レフェリングにミスはあったが、選択は常に良心と共にある。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


第12節 大阪ダービーマッチ。

無。とにかく無。ダービーで敗れるということは、今まで積み上げてきた多くのもの全てが無になってしまいそうな、そんな気持ちになる。時間が経てば忘れるのかもしれないが、これだけ勝てないとなんだかDNAにそう書き込まれているのではないかと勘ぐってしまう。

そのDNAの書き換えが必要かどうかは僕みたいな一サポーターには分からないが、改めてここから前に進まなければならない。ダービーマッチという重みが身体と頭を埋め尽くしたそんな数日を過ごすことになるだろう。現実逃避は今日だけにしておきたいとは思う。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP
NEVER STOP,NEVER GIVE UP
NEVER STOP,NEVER GIVE UP
NEVER STOP,NEVER GIVE UP
NEVER STOP,NEVER GIVE UP


サポーターのコミュニティが彩る未来。

この時期というか毎年5月になると思い出すJリーグ元年。1993年5月15日。日本にプロサッカーリーグが誕生し26年。とある番組でその話題になっていたが、歴史の積み重ねとこれから変わっていく先の未来がシンクロした素晴らしい環境なのだなと改めて認識したのだった。

先日も、やるきを出すためだけにホルモンを食べながら、Jリーグについて某メンタルコーチとあれこれ話しした。勿論良いことばかりではないが、全てが思い出というか気持ちの良い懐かしさでもある。彩りある人生を送らせてもらっていることが実に幸せなのだと思う。

その中で「サポーターのコミュニティ」という話があった。事あるごとに僕も話していることではあるのだが、しがらみのない、ただサッカーがセレッソ大阪が好きな人同士がスタジアムに集まり、試合を見て、議論しあって、クラブをより良いものにしていくはずだ。

そんな「サポーターのコミュニティ」から人間関係が深まり、様々なムーブメントが起きたりもしている。普通に生きていたら全く出会うことのないはずの仲間ができ、絆を深めあい、その仲間のために戦い、涙を流す。僕らが持ち得ている最高の能力なのかもしれない。

会社や学校のコミュニティと同様にこの「サポーターのコミュニティ」が存在していることで、少なくとも僕は生きながらえていると感じると共に、その環境を提供してくれた方々や道半ばでお別れした方々、そして今繋がり続けている方々に感謝する毎日なのでもある。

今日は令和初の大阪ダービーである。今回もスタジアムには行けないのだが多くのセレッソ大阪サポーターが素晴らしい試合を演出し最高のゲームになると信じている。未来のためにただがむしゃらに勝ち点3を取りに行く姿が、今日のテレビモニタを彩ることだろう。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

テリ子さん。

今日は愛犬テリ子さんの命日。心はいつも共にある。R.I.P.

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瀬古歩夢と共に歩む。

未だ東京五輪の抽選申し込みを行なっていない。日に余裕があると思うとすぐに堕落してしまい期限ギリギリになって動き出すという体質を変えていかねばとつくづく感じる。代表戦はとんとスタジアム観戦が無くなったがファイナルに行けると信じて登録しようと思う。

その前哨戦になるかもしれないU-20ワールドカップポーランド大会。アカデミーの頃から応援している瀬古歩夢選手を見るため、そして今まだ見ぬ国を訪問してみたいという理由もあり行きたかったのだが、自分の不甲斐なさからどう調整しても都合がつかなかった。

エクアドル、メキシコ、イタリアと強豪ぞろいのグループに入ったが、ここがサッカー人生のゴールじゃないし(これ確か瀬古選手が12歳くらいのときに全日本で準優勝?の際話していた言葉だったと思う)思い切って戦うことができる相手であるのも非常に嬉しい。

U-17ワールドカップに出場できなかった瀬古歩夢選手。今回にかける思いは並大抵では無いと思う。それが今のJリーグでもかなり表に出ている感がある。子供の頃から見続けてきた選手が今大会、来年の東京オリンピック、そして日本代表。生きていく糧がここにある。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

この幕を思い出した。現地でもはられるかな?


残念な言葉。

人が発する言葉に惹かれる、それは偉人でなくとも。やはり今を真剣に生きている方々の一言一言には重みがあり想いがある。最近はそんなことをひしひしと感じる毎日を過ごせていてありがたい。口から外に出していかないと勿体無い言葉たちが沢山あることを知る。

しかしながら実に残念な言葉も世の中には溢れている。いや「残念」だけでは済まされない言葉も巷には多々存在している。それらは、口から出るか出ないかの問題などではなく"そう思っていること"に対してのほうが、より残念なのかもしれないなとつくづく感じる。

先日ブックオフに行ったらこんな本が売られていたので手を伸ばしてみた。いくら凄い方々でも僕らと同じ人間だ。愚痴りたいときや「残念な言葉」を発することもある。そんな逆境をはね退けて偉業を達成したのだと思うと、なんて僕は小さなことに悩んでいるのかと。

この本、実にネガティブ思考やダークサイドに陥りそうな気がする(!)が、かなりお茶目な一面も見れたりするので非常に面白い。「残念な言葉」を糧にして更にステップアップできることを自分の周りにも伝えていきたいと思う。そうやって言葉は今日も生まれ続ける。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

魂の叫びに痺れる震える。

年に何回かはとんでもない試合を見るものだが、こんなにまとまって起こるとは想像すらできなかったというのが本音。前節のうちみたいに安心して見ていられる試合が勿論ありがたいのだが、心の底から痺れる震える、そんな気持ちになりたいと思うときも多々ある。

UEFAチャンピオンズリーグをフルで、ヨーロッパリーグをダイジェストではあるがセミファイナルセカンドレグをようやく見ることができた。四試合とも感動を生む本当に素晴らしい内容だった。ファイナル4クラブ全てイングランド・プレミアリーグというのも奇跡だ。

応援する立場から見て、ファンやサポーターの力というものが本当に選手の後押し、最後の最後でその足を出させる一助になっていることを非常に感じた。ピッチの上に存在する疲れた身体に向けられた魂の叫びが、水分同様に新しい活力を生み出すのだと再認識した。

歴史に残る素晴らしいゲームになるだろうチャンピオンズリーグ、ヨーロッパリーグ共にリアルタイムで起きていられる自信は殆ど無いに等しいが、見逃し配信だとしてもプレー同様ファンやサポーターの魂の叫びが色褪せることはない。最高の瞬間を目に焼き付けたい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

第11節 横浜F・マリノス戦。

映画好きとして「アベンジャーズ/エンドゲーム」を見たいと思っているのだが、そもそもそのシリーズをほぼ見ていない身。これから二十数本という壮大な数をこなさなければその日がやってくることはない。とてもじゃないが映画館で目にすることはできないだろう。

どんな形であれチームで戦う姿は実に素晴らしい。たとえ一人一人の能力が高かったとしても結局は「1」でしかない。信じる信頼しあえる仲間が多ければ多いほど、力は二倍にも三倍にも、いや十倍にもある可能性があるのだ。昨日の試合にはそんな思いを強く感じた。

特に中盤の底で組んだ藤田直之選手と奥埜博亮選手。何処にでも顔を出しディフェンスを助け前線の選手を追い越して攻撃に絡む姿を見ていると、二人のはずなのにまるで何人もいるかのように思えた。彼らがいるとボール支配だけが勝敗の鍵ではないことがよく分かる。

それ以上にとても嬉しい気持ちになったのが、三点目を獲った水沼宏太選手が駆け寄る先にいる多くのベンチメンバーたち。試合に出たいであろうソウザ選手やデサバト選手の外国人選手を始め多くの輪ができていた。チームが良い形になってきている証拠だと思った。

チームは、志だけでもリーダーシップやマネジメントだけでも上手くいく保証はない。だからこそ信じる信頼しあえる仲間との関係が必要なのだ。若い選手の台頭もあり方向性も前に進んでいる。目指そうとしているサッカーの形とは程遠いが、それもありかもしれない。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

愛の形は人それぞれ。

「今日、人が集まらないと解散らしい」と映画監督業よりも最近は主演俳優のほうがトレードマークになりつつあるアミーゴから連絡が入った。早く仕事も終え帰宅の途でもありこのあとの予定もないというすべての条件が揃っていた僕は新宿村LIVEへと向かった。

「えんとつ町のプペル」。キングコング西野亮廣氏原作による絵本の舞台を女優アイドル「ピカ☆マイ」が「5日間で1,500人の観客動員」に解散をかけて臨んでいることは聞き知っていた。メンバーの菅原彩香さんもとある映画の関係で知り合ったというご縁でもある。

という背景はありながらも正直言って見に行くかどうかは分からなかった。仕事やその他の予定も含めて優先度はそれほど高めでも無かったし、それこそ舞台というものにあまり興味が無い身でもあった。しかし冒頭のアミーゴからの一言が僕の行動を一変させた。

「これから調整します」僕はそのまま劇場を訪れ拝見してそして色々な意味で泣いた。いや本当に素晴らしかった。原作を読んではいないが描きたい世界観を身体全体で感じることができた。そしてなぜこの舞台に人が集まらないのだろうかと疑問が残ったのだった。

演劇終了後は近所でアミーゴと二人飲む。サッカーの世界でも芸能界の世界でも勿論のことながら「タラレバ」はよろしくないが、「ああだったら」「こうだったら」「あの時こうしていたら」と串カツを頬張りながらグダグダ話し合う。どこかものすごく既視感がある。

例えは良くないが降格が見え始めたサッカークラブの試合を応援に行く心境に近かった。そう考えると劇場の雰囲気に違和感を感じたしもっとやれることがあったのではないかと思ってしまった。それ以上にサッカー界におけるクラブ愛を再認識した瞬間でもあったのだ。

愛の形とは人それぞれである。一度でも愛したのであれば、最後の最後まで気持ちをつなげ続けることも愛であり、自ら身を引くのも愛。ならば僕なら前者を選択する。アミーゴの映画愛を聞いて次の作品が非常に気になっている。この方への僕の愛も半端ないな(笑)

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

あと4回公演があるとのこと。ぜひこちらで。

イベント。

ビッグイベントである東京オリンピック。そのチケット購入サイトの件。なんだか見ようによっては日本らしいなとも感じるが、昨晩訪問してみたら14万番目という途轍もない状況になっていた。同じIT屋として何故こんな仕組みになのだろうと逆に興味が湧いている。
言えることは「抽選」「5月末くらいまで時間がある」「10分とかだとイーッとなるが1時間だと諦めがつく」というキーワードがあったにしても、人中心設計になっていない気はする。ひとまず忘れてそれ以外のことを行なう気持ちにさせてくれたのは不幸中の幸いだ。
そんな中ではあるが、サッカー界の様々なニュースにかなり感動している。UEFAチャンピオンズリーグのあの劇的な話題は改めて拝見してから書こうと思っているが、その前にU-20ワールドカップ日本代表。うちの選手が選出されていることに至極の喜びを感じている。
三名以外にもアカデミー出身で他クラブに所属する二名、そしてサポートメンバーとして参加する選手含めて、来たる東京オリンピックやその先の日本代表への足がかりにしてほしいと思うし、何よりこのワールドカップというイベントを思いっきり楽しんでもらいたい。
別口ではあるが、イベントと言えば来月メンタルコーチと共同でレゴ®シリアスプレイ®の体験ワークショップを東京で開催する。ワクワクとドキドキが止まらない。こちらは14万人・・・も待っていない(筈)ので、興味があってもし時間等が合うようならいかがだろうか。
申込みはこちら
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人とコンピュータの未来は意外と泥臭い?

ITという底無し沼に両足がどっぷりと浸かっている身として、これから迎えるであろう僕らの未来のことについて毎日のように考える。2045年。太平洋戦争終結から100年後。シンギュラリティ(技術的特異点)によって世界が変わってしまうのだろうか。それとも・・・。

このゴールデンウィークで読破した本の中に「オリジン」という作品がある。ベストセラー「ダ・ヴィンチ・コード」の作者でもあるダン・ブラウン氏のロバート・ラングドンシリーズ最新作。単行本が苦手な僕は、文庫本になるのを満を持して待っていたのだった。
いつもながらの上中下巻の三冊構成で描かれるミステリー。これまで読んできたシリーズの中でも自分の中で一番しっくりくる内容で本当に驚いている。「進化論」と「人工知能」という謳い文句だけでなく、まるで世界を旅しているような情緒あふれるストーリー。
実に考えさせられるシーンが多く存在しており、自身も是非を問うてしまいそうになる瞬間が多々あった。個人的には懐疑的なところもあるのだが、昨今ではサッカーを含むスポーツにおいてもビデオアシスタントレフェリーなど人とテクノロジーが融合し始めている。
人とコンピュータは融合していくのかそれとも相反関係となっていくのだろうか。便利な世の中はありがたい話だが、人間らしさもそれはそれで愛すべき存在である。ミスしてエラーを起こし困り果て改善しようとする。人が持つそんな泥臭い特権が僕は大好きだ。

余談だがこのロバート・ラングドンシリーズ。面白いのは良いのだが、止まることができずまさに「一気読み」してしまった。頭では解っていても身体が書籍を欲してしまう。これも人の性分、特権だとしたら、学習意欲というものは人もコンピュータも変わらないな。
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※「面白く読める技術本」認定、してもいいんじゃないか?

ゴールデンウィーク最終日に。

ゴールデンウィークが終わる。細々と仕事してはいたが結構ゆったりまったりした日々を過ごしていた。以前にも書いたとおり大半を自宅で過ごしたわけだが、明日からの活力になるものを手に入れられたかどうか分からない。バランス考えるとそれはそれで疲れる。

そんな最終日にようやくセレッソ大阪(堺レディースだが)の試合を会場で見ることができた。何年か前にも訪れたのだがそれにしても保土ヶ谷は実に遠い。到着するとかなりのファンでスタンドが結構埋まっていたが、なんとか屋根のある席に座れてラッキーだった。

選手の顔と名前が一致できていない(その前にほぼ見えていない)不届き者なので、何かとスマートフォンをチラ見しながらの観戦。試合については他に任せるが、皆かなり上手い。ただ何となくだが、上手いだけで「凄い」とか「怖い」という感じには見えなかった。

7戦で3勝1分3敗。順位もこの試合を見る前に知った。自分のGoogleカレンダーにはスケジュールが登録されているのだが、結果含めてもう少ししっかりと意識しておかないとなと反省。「ちゃんとしー」。桜なでしこにダラけていた黄金週間を締めてもらえた気がした。

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第10節 松本山雅FC戦。

今日は御即位一般参賀だった。今年の正月を最後にしようと決めていたので今回は行かなかったのだが、14万人という物凄い数の方々が訪れて東京駅付近まで列ができたとのことだ。警備諸々大変だと思うが、ゴールデンウィークの影響は実に凄いなと思ってしまう。

そんな黄金週間だったわけなのだが結局のところこの休暇期間でもスタジアム観戦が叶わなかった。今年はもう駄目かもと弱気の虫が何匹か頭の中を飛び回っている。近々に日本の北のほうと南のほうに行く予定はあるが、併せて試合を見ることができるのだろうか。

さて当の松本戦である。なんだかんだ言いながら、このメンバー構成で4バック2トップになったらこういう相手だとこんな結果になるわな、という典型的な形が見れたのが良いか悪いか分からないが、とにかくアウェイの地で勝ち点3を取れたのは嬉しいことではある。

それ以上に感動しているのは瀬古歩夢選手のJ1初先発試合をクリーンシートで終われたことなのかもしれない。二度ほど厳しい場面もあったがこのステージでも全然問題ないのが見て取れたし、ここから更に成長していってくれることを期待する(髪の毛はどうかと)。

とは言いながら、ひたすらこのサッカーで戦うわけでもないと思う。手っ取り早く結果出す感もいいのだが、目指していくべきこれからのサッカーを考えていくことも必要。目に見えるトレードオフはもちろん大事だが、チーム全体に弱気の虫が出ないことを切に願う。

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原作からか映像からか。「KINGDOM」で考える。

それにしてもこのゴールデンウィークの「家にいる率」が途轍もなく高い。仕事する、小説書く、映画見る、本を読む、御飯食べるの繰り返し。これくらい時間があるとお陰様で諸々捗ることがなんとなく分かってきた。数十年後の暮らしが見えた。生きていればだが。

そんななかで数少ない外出のひとつとして「KINGDOM」を見に映画館へ行ってきた。中国の歴史と言えば「項羽と劉邦」「三国志」。これらをこよなく愛する僕としてはなかなかそれ以前を感じる機会が少ないのも事実。予備知識無しで見たが非常に面白い内容であった。

小説であれ漫画であれ、原作を読んでから臨むのかそれとも映像を見てから手に取るのか。映画になった途端に興ざめするケースもあれば、どうしても原作を感じたい衝動に駆られるケース。両者とも甲乙つけがたく、どちらも好物な僕として当然といえば当然の話なのだ。

そんな「KINGDOM」。映像化されたほうがより自分自身に合っている気がしているので原作を読むことはまず無いだろう。逆に小説や漫画を超える「項羽と劉邦」や「三国志」の映画に出会えていないのも事実。いつか見れる日を心待ちにしている。生きていればだが。

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令和の時代。新しい時代。それは学ぶ時代。

令和の時代が始まった。様々な儀式をテレビで拝見した。自身の勉強不足を露呈し、まだまだ知らないことが数多く存在していると今更ながら気づかされた。改めてこの国の歴史を学んでいかなければならないと感じると同時に、皇室を知る素晴らしい機会に感謝した。

ニュースでは海外メディアの反応が流れる。そんななかで僕にとっては聞き慣れたと言ってもいい”あのワード”がとても耳に残った。日本語で表すと「新時代」を意味する「New Era」という表現方法。未来を見据えたしっくりくる言葉だ。素直に英語を学びたいと思った。

そんな5月1日。とある撮影のエキストラに呼ばれた。内容も知らないしどんな映画になるのかも分からないのだが、場の作り方や撮り方などを学ぶ機会になったような気がした。そのような学びの場を体感して、何だか自分自身でも作品を作りたくなってしまったのだった。

新しい時代に新しいことをひとつずつ着実に学んでいく。これは、”考える葦”でもある僕としても、もっと学べるしもっと知っていくことができるはずだ。そして学び続けるのは成長し続けることでもあるのだ。そんなことを考えさせられる令和の時代の元日になった。

夕方自宅に帰ってきた。眠そうな顔をしながら例の黒いワンコが出迎えてくれた。年齢がそうさせるのか、それとも新しい家にも慣れたのか、トイレや色々なことを彼女もかなり学習し始めている。大口を開けたこの生き物を見ながら「凄いな」としみじみ感じたのだった。

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