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歩く。

少々ブルーになる出来事が多くて気持ちが萎えそうになるのをグッとこらえている毎日でもあるが、来週になると蹴球堂を起こしてから丸13年を迎えるし、それほどネガティブ寄りな話ばかりでもない。サッカーと歩き続ける日々を過ごせるだけでも幸せ者なのだろう。

歩く。年々心身の衰えを感じるようになり「一日10,000歩は確実に歩きたいよね」という世の中のディファクト的な言葉を自分に言い聞かせている。それでも座っているシーンが仕事柄多いということもあるので、できる限り歩く量を意識的に増やしているのだがまだまだだ。

最近は好物の幕末ものの史跡を廻る時間がなかなか無く、また、引っ越してからはどの辺りに存在するのかマップも作成していない関係でもっぱら緑道をワンコと歩く日々。それだけでも沢山の出会いが存在するのだなと改めて実感すると共に気持ちが晴れやかになる。

長居駅や鶴ケ丘駅から長居公園そしてスタジアムへ向かう道。歓声につられるように足を進めるときのあの気持ち。草木や生き物に囲まれてようやく辿り着いた夢の劇場。最近めっきり歩いていないのだが、久々にそんな想いが込み上げる。歩き続けることは肝要である。

住んでいた西田辺の街も相当変わったと思う。あの店はどうなったのだろう。風呂屋は?飯屋は?今も存在し続けているのだろうか。あのマンションのあの部屋も多くの違う人生を支えてきただろう。近いうちに西田辺と鶴が丘の周辺を歩いてみたいと思う。ヘルプ募集。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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祝・200試合出場。思い。

 コロナ禍に、コールリーダーの言葉が伝わる環境を作った。それが「#コールリーダーウダウダ」。ひたすら毎週話し続け、今週、その#コールリーダーウダウダの200試合出場を達成した。 年間52週。そう考えれば、4年は続けているということ。今週のコールリーダーウダウダでも話したが、コロナ禍を忘れつつある。いや、忘れてはいけない。決して忘れてはいけないのだ。 だから話し続ける。継続は力。継続は愛。そんなことを思い浮かべてしまう。時代は変わる。でも変わらないのは、人の心、サッカー。そして、なによりも大きいセレッソ大阪への思い。 「#コールリーダーウダウダ」をやっているとよくわかる。セレッソ大阪のコールリーダーは、多くのものが継承されている。実に30年以上に渡って、様々な思いがつながっているのだ。 200という数字は、その思いの積み上げの上に成り立っている。そんな思いを、これからも紡いでいかねばならない。そう強く感じた200回目のハーフタイム。仲間はありがたいと感じた。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

『継続は力なり』とか言うが。

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今も昔も。

 今日は誕生日である。もうこの歳になると嬉しいとか悲しいとかは感じなくなるものの、やはりお祝いのメッセージを頂いたりすると心が踊る。そして、そのカンバセーションの大半はセレッソ大阪。やはり切っても切れない縁が、サッカーによって大きく広がっていく。 身体はそれほど言うことを聞かなくなってはいるものの、それでも多くのところも顔を出したいと思うし、多くの方とお会いしたいという思いが歳を重ねるごとに強くなっているのは事実だ。それだけ「死」というものと向き合っている証拠とも言えるし、そうでもない。 小樽へ行ってきた。札幌に行く用があり少し足を伸ばしたわけだ。グラウンドに着いた瞬間に我が目を疑った。ものすごい数のセレッソ大阪サポーターがいたのだから当たり前と言えば当たり前だ。勿論ご家族の方が多いとは思うが、こんなにいるとは想像していなかった。 身内以外のサポーターが単独で行けるかというと厳しい面もあるだろうが、その中でもサポートに向かう方々はいる。セレッソ大阪のサポーターの歴史はこのようにして続いていっていることに、誕生日以上に感激してしまう。アカデミーの監督に言われた一言を思い出す。 それだけがすべてじゃないのも真実。だが、綺麗なコレオを作るとか、迫力ある応援ができるとかだけではない、「サポーターとは一体何なのか」を考える機会としてアカデミーと触れ合ってほしいと切に願う。5年後10年後のクラブはきっと彼らが支える。そのサポートを。 今日は誕生日である。プレゼントを求めるよりも、セレッソ大阪に関わる方々のKindleの片隅に「 朝、目覚めたら、そこにセレッソライフが。 」を置いてくださることのほうが本当に嬉しく思える。今も昔も次世代のために手を打っていくのが役目だと、自負だけは心にある。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP