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ビジョン、自制、情熱、良心。

ファシリテータ同期によるレゴ®シリアスプレイ®のプレワークショップに行ってきた。いつのときも心地良い。今日だけ忘却の彼方にあったはずの記憶が無意識ながら作品になっていく。出すべきか出さざるべきか。どちらも正解であり、その選択をするのは常に自分だ。

もし選択肢の全てが正解だったとしたら自分は何を選択をするか。人間は理性の生き物であり正解と間違いを見分ける能力を予め授かっている。しかしながら正しい選択肢が複数存在した場合、その瞬間の生き方をどう決めていくのかは本当に難しいのだなと感じる。

先週、例のふたつの「事件」がニュースサイトを騒がせている。現在読んでいる「第8の習慣」の中の一節「ビジョン、自制、情熱、良心」というワードを見たこともあってか、そんな言葉をふと思い出してしまった。4つのボイスがこれらの事件にどう影響していたのか。

今僕自身も色々と考える機会に出会えている気がする。そもそも良心とはどこにどのように存在するのだろうか。内面から溢れ出す自分自身のビジョン。そのビジョンを進むべき方向に導いていく自制心と情熱。その先に良心があるのかそれとも後か。毎日が自問自答。

プレイを続けるのも正解でプレイを続けないのも正解。試合をボイコットするのも正解で試合を継続することも正解だという状況だった場合、自分自身だったらあの場面で何をどう選択していたのだろうか。レフェリングにミスはあったが、選択は常に良心と共にある。

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「声なき声」に耳を傾ける。

我が事で大変恐縮ではあるが、一年越しの目標だった「LEGO®︎SERIOUS PLAY®︎(レゴ®シリアスプレイ®)メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテーター」として正式にスタートを切ることになった。これから先が本当に楽しく未来がとても待ち遠しい。

このブログでも書いてきているがレゴ®シリアスプレイ®を端的に言うと「コミュニケーションと意思決定のための”問い”を出席者全員で考えていく」。もっとざっくりと乱暴に言うと「声なき声に耳を傾ける」。もしかするとそのワードがしっくりくるかもしれない。

企業でも学校でもどこでも起こってしまう「声が大きい人」「同調する人」「萎縮する人」「どうでもいい人」の組み合わせ。いわゆるニッパチではないが二割の意見がほぼ全ての結論に導かれてしまうのが、この普通の会議のどうしようもないところではある。

口では言う。「全員の意見を聴く」「何か意見は無いのか」「書いてみよう」。そんなもので絞り出されたような意見が、果たして本当に求めていたものなのだろうか。我々は何か思い違いをしているのではないだろうか。僕はいつもそのような思いを感じていた。

そこで一年前、初めてレゴ®シリアスプレイ®と出会った。「声なき声」に出会った。形から考える、考えから形にする。大事なのはそんなシンプルなものだったのに、長年蓄積された経験やカンや勢いという、言うほど意味の無いものに縛られていたことが分かった。

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第27節 湘南ベルマーレ戦。

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痛いといえば湘南ベルマーレ戦もそう。いろいろな意味で痛みを感じる試合だった。杉本健勇選手の脱臼(厳しい)もあの場面のパスミスももちろん痛いが、それ以上に心身とも疲れたのが入りそうで入らない得点力不足のほう。ここまで決められないと正直辛い。

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しかしながら、勝ち点1をなんとか拾ってお祭り騒ぎにならないように気をつけたい。何とも言えないのだが、このチーム構成だとペナルティエリア内に入ってくる選手が極端に少なくなる。このあたりは正直痛いし山村和也選手ひとりだと厳しい。8番を欲する気持ち。

さてこの湘南戦。難波近辺に居たので一念発起スタジアムカフェで見た。もう何年ぶりかも分からないくらいの期間訪れていなかったと痛感。「十年ぶりくらいですかね」と言われ本当に申し訳ない気持ち。不甲斐ない試合とは裏腹にお会いできたことを嬉しく思う。

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第29節 大阪ダービーマッチ。

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「ダービーマッチは、勝つかもしくは死ぬかのどちらかだ」壮大な格言もどこか過去のようなそんな世の中になってしまった気がする。時代によってサッカーも変化し続けているが、大阪ダービーもずいぶんと変わってきたのだろう。良いか悪いかは別物としてもだ。

こんなことをあまり書きたくもないのだが、体力の限界まで走り抜いて試合途中で起き上がれなくなった相手をモニタ越しに見て、今日の試合にかける思いの差を感じた。ぶっ倒れるまで走ることを強要しているのではなく、見ている人は見ているし、思う人は思う。

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だからこそ大事な場面で重要なシーンで選手の魂を奮い立たせるところで、その声を多く使ってほしい。大切なのは声量でもメロディでももちろん歌詞でもない。君の声だ。一足、選手が気力で出すその最後の一足を出させるために使ってほしい、と僕は切に願う。

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