スキップしてメイン コンテンツに移動

思ってもみなかった言葉。

仕事が好きやんね?と思われているようだが、それほどでもないというのが本音だ。しかしながら仕事をしているときは充実感があるのも正直なところ。しかもできれば鬼瓦のような顔ではなく、いつも笑って仕事をしていたいなと思っている。

もちろん仕事は厳しいものであると感じるし中途半端にできないのも当然なのだが、つらいときは逃げてもいいんじゃないかとも思う。抱え込まずに少しでもシェアする。そして何より大事なのは「つらいときに話をしあえる仲間」がいること。

そういう意味では、F.C.OITOもサッカーショップ蹴球堂も、そんな仲間と仕事ができている幸せを噛み締めている。だからこそつらいことだって乗り越えられるのだろう。仕事が好きイコール仲間が好きってことに置き換えられるかもしれない。

先週の金曜日にとあるプロジェクトのブレインストーミングで、レゴ®︎シリアスプレイ®︎ワークショップを行なった。若いメンバーで構成されていたこともあったので、これまでの経験則や進め方など含めて、レクチャーしながらの三時間だった。

僕もそれほど思っていることを口にしないタイプでもあったから、若い頃、特に二十代前半では本当に苦労した。周りの人たちに「分かってもらえないんじゃないか、いや、それ以上に、分かってもらえるはずないわ」とか思っていたりもした。

「あの頃レゴ®シリアスプレイ®が存在していたら良かったのに」とかちっちゃい人間みたいなことを言う気は無いが、今は心の声を聴くためのメソッドが多く存在している。その中でもレゴ®シリアスプレイ®は最高のメソッドであると僕は思う。

そんな先日のワークショップにおいても「思ってもみなかったような言葉」が何度も繰り返し出ていた。メタファー表現によって導き出された「思ってもみなかった言葉」が、周りのメンバーに驚きを与えたりチームの理解を深めたりしていた。

使い尽くされた言葉だけですべての物事が解決するのならば、そして思ってもみなかったような言葉に価値が無いと思っているなら、このようなワークショップなど必要が無い。解決できないと気づいたからこそ、僕のところに仕事は舞い込む。

今ある言葉だけで解決できるという幻想は、今日の複雑すぎる社会環境では既に瓦解し始めているかもしれない。言葉を選んで議論するのも仕事として大事な要素ではあるが、ときには「思ってもみなかった言葉」を導き出してみてはどうだろうか。

いやこんなことを書きたかったわけではない。人はそれほど強くはない。もちろん僕も。だからつらいときは逃げていい。レゴブロックを利用して対話するだけで心が落ち着くなら、そういうことも仕事にしていいかな、と密かに思い始めている。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


しっかりとアルコール消毒も忘れない

コメント

このブログの人気の投稿

祝・200試合出場。思い。

 コロナ禍に、コールリーダーの言葉が伝わる環境を作った。それが「#コールリーダーウダウダ」。ひたすら毎週話し続け、今週、その#コールリーダーウダウダの200試合出場を達成した。 年間52週。そう考えれば、4年は続けているということ。今週のコールリーダーウダウダでも話したが、コロナ禍を忘れつつある。いや、忘れてはいけない。決して忘れてはいけないのだ。 だから話し続ける。継続は力。継続は愛。そんなことを思い浮かべてしまう。時代は変わる。でも変わらないのは、人の心、サッカー。そして、なによりも大きいセレッソ大阪への思い。 「#コールリーダーウダウダ」をやっているとよくわかる。セレッソ大阪のコールリーダーは、多くのものが継承されている。実に30年以上に渡って、様々な思いがつながっているのだ。 200という数字は、その思いの積み上げの上に成り立っている。そんな思いを、これからも紡いでいかねばならない。そう強く感じた200回目のハーフタイム。仲間はありがたいと感じた。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

『継続は力なり』とか言うが。

 #コールリーダーウダウダ 200試合出場記念ステッカーが多くの方の手に届いていることを願う日々。大した話でもないけれど、ごくごく小さいことを積み重ねてきた結果なのだとも思う。 セレッソ大阪のコールリーダーは、1993〜1994年から30年以上連綿と続く旅路なわけで、この絆はちょっとやそっとじゃ崩れない。セレッソ大阪は、Jリーグはそうやって成長してきた。 その、言葉では表現しにくい、人間的なつながりを、スペースでは出しているつもりなのだが伝わっていれば嬉しいところ。だからこそ、今、ここにいる意味なども意義もあるのだろう。 ステッカーの画像をSNSでアップしてくれているのを見る。ふと胸が熱くなる。やってきたことや、やり続けてきたことの全てが、正しいものではないことも重々理解をしているつもりだ。 だけどそれらは、決して間違ってもいなかったのだなとも思えて、人間的なつながりに感謝してしまう日々。その輪がここまで大きくなり、そしてここからも更に大きくなっていくはずだ。 だから、続けられるだけ続けよう。昔ある人に言われた言葉。「『継続は力なり』とか言うがあれは嘘や。ほんまは『共に継続する仲間がいることは力なり』なんや」。これ、まさに本質。 ※ステッカーはイバのところにも若干あるので、もし手に入らなかった方は、スタジアムやお店などで見かけたときに声をかけてください。人と人のつながりから何かが始まりますよね。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

今も昔も。

 今日は誕生日である。もうこの歳になると嬉しいとか悲しいとかは感じなくなるものの、やはりお祝いのメッセージを頂いたりすると心が踊る。そして、そのカンバセーションの大半はセレッソ大阪。やはり切っても切れない縁が、サッカーによって大きく広がっていく。 身体はそれほど言うことを聞かなくなってはいるものの、それでも多くのところも顔を出したいと思うし、多くの方とお会いしたいという思いが歳を重ねるごとに強くなっているのは事実だ。それだけ「死」というものと向き合っている証拠とも言えるし、そうでもない。 小樽へ行ってきた。札幌に行く用があり少し足を伸ばしたわけだ。グラウンドに着いた瞬間に我が目を疑った。ものすごい数のセレッソ大阪サポーターがいたのだから当たり前と言えば当たり前だ。勿論ご家族の方が多いとは思うが、こんなにいるとは想像していなかった。 身内以外のサポーターが単独で行けるかというと厳しい面もあるだろうが、その中でもサポートに向かう方々はいる。セレッソ大阪のサポーターの歴史はこのようにして続いていっていることに、誕生日以上に感激してしまう。アカデミーの監督に言われた一言を思い出す。 それだけがすべてじゃないのも真実。だが、綺麗なコレオを作るとか、迫力ある応援ができるとかだけではない、「サポーターとは一体何なのか」を考える機会としてアカデミーと触れ合ってほしいと切に願う。5年後10年後のクラブはきっと彼らが支える。そのサポートを。 今日は誕生日である。プレゼントを求めるよりも、セレッソ大阪に関わる方々のKindleの片隅に「 朝、目覚めたら、そこにセレッソライフが。 」を置いてくださることのほうが本当に嬉しく思える。今も昔も次世代のために手を打っていくのが役目だと、自負だけは心にある。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP