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第7節 川崎フロンターレ戦。

この試合が行なわれる水曜日の朝。病院に行き検査をして、そして手術入院と相成った。この歳になってくると本当に色んなことが起こるし何とも言えない。調査も含めての入院だが、それほど重くもないと感じているので自分でも安心している。

まあそれはさておき。第8節が行なわれる土曜の朝にようやくこのゲームを見終わるという何ともだらしないセレッソサポーターではあるが、ご容赦願いたい。公式戦4連勝とは言え薄氷を踏む思いも度々感じているし両手を挙げて喜んではいない。

15連戦という未だかつて無いスケジュールを乗り切らないといけないJリーグ。ターンオーバーを上手く活用し選手の休息に努めるのが監督の役目とするならば、モチベーションを保ち続ける尹晶煥監督の手腕というものは本当に凄い。

それもこれも、昨年のルヴァンカップ、紐解いてはU-23の設立というクラブ全体の意識の持ちようなのかもしれない。選手たちが「頑張れば出場できる」環境を構築することも、モチベーション維持に大きく貢献する要素なのは間違いない。

ベテランと若手、前線と守備陣、日本人と外国籍選手。それだけではない。様々なせめぎあいがクラブの中で生まれ、切磋琢磨し、そしてお互いのレベルが限界を超えていく。それこそがミューチュアルリスペクトと呼べると僕は思う。

2ヶ月ぶりに清武弘嗣選手がピッチに戻ってきた。違いを魅せられる選手として当然この切磋琢磨の中に入ってくる。そして今後も怪我人が戻ってきて、更なるレベルアップが行なわれるはず。厳しい日程が続くが、うちの選手たちは戦える。

<15✕30の中での3ラインに尹晶煥監督の美学を見ました。>

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子供向けイベントのハシゴは修行とも言う。

繰り返し言うことになって恐縮だが、いきなり走り出したり何かを振り回したりする予測不能な動きや、見たまんまのことを発言してしまう子供が大の苦手だ。そんな僕がまさかそっち系統のイベントのハシゴ修行になろうとは誰がいつどう想像しただろうか。

午前中。ロボットを使ったプログラミングイベントのスタッフとして。子供が意味もなく走り出す。お、おぅ・・・。まあ大人になっても走って転んでスーツが破けて「お母ちゃんに怒られるー」とか言ってる人もいたので、子供だからというわけではなさそう。

そんななかでなんとか頑張ってお助けしようと頑張ってはみたものの、いろいろとなんちゃらオーラでも醸し出しているのか上手く噛み合わない。だが、子供とコミュニケーションが取れないわけではない。ゴール裏などでは一緒に応援していたわけなのだから。

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昨年は鹿島アントラーズとKDDIのコラボによるサポーター向けのIoT(モノのインターネット)グッズが展示されていた。サッカー関連を見つけられなかったのだが、例年同様多くの団体のロボットやセンサで社会を変えようとする思いが素晴らしいと感じた。

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この試合をアミーゴが「ピース・ダービー」と呼んでいた。呼び名がどうこうというわけではないのだが、この試合がこの時期に行なわれることの意義についてだけは改めて考えさせられる。原爆ドームと平和祈念像の前に立ったときのあの感覚をふいに思い出す。

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せめて、毎年この期間だけでも”平和な世界でサッカーを”を考えることができれば、歴史は忘却の彼方に向かわない。サッカーができる幸せ、サッカーを見れる幸せ。戦争を知らない僕らがサッカーを通じて知る存在の意義を、噛み締めながら一日一日を大事に。

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