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「継続の重要性」のためにまずやること。

人間、やってみて初めて分かることなどしばしば起こる。しかしながらこの一歩を踏み出すところで皆くじけそうになってしまうのも人の常だ。偉そうなことを言える立場でもないが、長くこの世に生きてきた結果、その先で見えるものもある。

先日、ある行政上の手続きを行なった。その流れを読み取るのにかなりの労力、その作業にかなりの労力、再度の依頼でさらに労力。最初の頃なら心が折れているかもしれないが、意固地にやり続けてしまうのも僕の性根。なんとか乗り切った。

この行為ひとつで、世の中で起きていることの一部が分かってきた。何度も書くが、やってみて初めて分かる。やらなければ、それを知る機会を失ってしまうのかもしれない。そしてそのあとは、弛まぬ努力による、継続の重要性となってくる。

先日、自己満足の極み「CEREBAKA」の第四弾を収録した。そこでも感じたのがこの「継続の重要性」だった。たとえ惰性であったとしても(いやこの方がそうだと言っているわけではなく)続けるという行為そのものに、人は尊敬の念を持つ。

「雨垂れ石を穿つ」という言葉がある。ぽたぽたと落ちる雨水であっても、長期間同じところに落ち続けることで、硬い石に穴をあけてしまうほどの力があるということ。やはり僕らにとって必要な要素であると感じるし、そこに活路はある。

僕はまず、小菊さんのサッカーを信じることに決めた。だからこそ信じることを少なくとも継続していくと決めた。もちろんこの環境下で、誰しもが求める理想のサッカーを見せることは困難(交代ブーストはあるものの)だ。悲しいけれど。

やってみて試しながらの采配のなかにも、確固たる信念も随所に見せてくれる小菊サッカー。難しい局面が数試合続いているが、とにかく監督、選手、クラブ、ファン、サポーター一丸となってこの局面の打開と、その先の栄光を掴み取りたい。

さて当の「CEREBAKA」だが、ただいま鋭意編集中でもある。どこかの誰かがこのコンテンツを見て喜んでくれているかとかではなく、まず自分が嬉しいのひとことなのだ。どこまで続けられるかだが、継続することこそに、その意味は、ある。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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IBA MASAHIRO
伊庭@ネットコムズ⌘
Trained facilitator
LEGO®SERIOUS PLAY®
method and materials

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