スキップしてメイン コンテンツに移動

新年。

激動の一年が明け、また来たるべき一年が訪れるという、あいも変わらない人生を送っている。少なくともこの2022年という空間を、また、多くの方とともに歩めればそれでいいと感じる自分が大きくなってきた。年齢を重ねている証拠だろう。 セレッソ大阪というクラブを愛し始めてかれこれ三十年弱となるわけだが、この思いだけは決して色褪せないのがありがたい。ひとえにこれは仲間の存在が大きい。時間というファクターは人を不幸にすることもあれば、人を幸せにもしていく。 ようやくヨドコウ桜スタジアムに足を踏み入れることができ、F.C.OITOでイベントも開催できた。Twitter Spaceだって四十四回も続けることができたのだ。2022年はいったいどんな一年になるのだろうか。そう思っていた矢先に、あれが来た。 今年も多くのアミーゴに巻き込まれながら過ごしていくことになるだろう。 サッカーショップ蹴球堂は、まあぼちぼちやっていく。健康に気をつけながらゆっくりと前に向かって、着実に歩く。そうして辿り着ける先の、その向こうへと・・・。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

20年前のスタートライン。14年目のリスタート。

僕の好きな映画の中のセリフのひとつに「すれ違ってなんかない。僕たちはすれ違ってない。端と端を結んだ輪になってひとつにつながっているんだ。」がある。無論これは恋愛映画での言葉ではあるのだが、人と人とのつながりに対しても充分意味を与えることができるくらい深遠だとも感じている。

先日とあるインタビューでも話したとおり、僕らという点と点が線となってつながっていくという言葉と近しい。どんな時代になっても一番大事な部分であるなと考えるとともに、これまでセレッソ大阪を通じてつながってきた方々との歴史を振り返ること。今日はそのような一日でもあるのだろう。

「2000年5月27日」に強く拘る理由をいまさら聞くまでもないだろうが、僕は死ぬまでこの日を糧に生きていくのだろうと思っている。もちろん今も気持ちは変わってはいない。2006年にサッカーショップ蹴球堂を誕生させ、毎年のように5月27日に催しを行ない、閉店も乗り越えて今日を迎えている。

糧、とは書いたものの、正直なところ僕にとってはトラウマのような存在でもあった。この日が近づくにつれ、あの試合が、あの試合の前後のできごとが、頭の中を駆け回っていた。記録もさながら、記憶というものの恐ろしさというか、本当にそんなものを感じながら生きているように思えていた。

逆もある。あの試合のおかげで深まった絆は今でも宝物であるし、自分だけで悩まなくても良いんだと思わせてくれるアミーゴもいた。なによりこの2000年5月27日を境に「サポーターとは一体何なのだろう」と考える機会をもらえたことに非常に感謝している。それだけでも気持ちが楽になってくる。

そして、2017年のダブルによって、僕の(たいしたことのない)重荷みたいなものが少しばかりどこかへと去ってしまった。インタビューでも話した「セレッソ大阪の歴史=自分のセレッソ歴」というなかで起こる様々な場面と、そこに一緒にいてくれる多くのアミーゴとのつながりが僕のすべてだ。

久々に本棚から出してきて「週間サッカーマガジン2000年6月14日号No.766」をおもむろに開いていく。18ページと19ページ。ちょうどそこに僕らのスタートラインがある。20年。僕らは走ったり、歩いたり、立ち止まってみたり。叫んだり、笑ったり、泣いたり。ときにはじっと座り込んでみたり。

この中には濃密な20年の物語の始まりが確かに存在した。今の応援から比べたらまだまだひよっこだったかもしれない。でもそこには間違いなくスタートラインが引かれていたのだ。僕らはそこに並んで、掛け声を待っていた。まるで子供のかけっこのように。一歩を踏み出したその先に、光を見た。

今日、また、そんな歴史の1ページをアミーゴとともに刻むことができた。14年前のこの日に産声を上げた蹴球堂が今、リスタートした。アミーゴたちの発した沢山の言葉たちがリフレインしている。それらのひとつひとつが僕の心を軽くしていく。つながっているんだ、僕らは。今ここに生きている。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


コメント

コメントを投稿

このブログの人気の投稿

黒パグ、「一粒万倍日と天赦日が重なる日」に、病院へ行く。

一ヶ月前に狂犬病注射とフィラリアの薬をもらいに通院した際、その帰りしなに先生から「来月、混合ワクチンを打ちに来て」と言われた。なので、この土曜日に黒パグを連れて病院に行ってきたのだが、そこで起こったことを書いてみる。 雨が振りそうな天気でもあり、どのワンコも早めに連れて行こうかなとなったのか、病院は思いのほか混んでいて密だった(とは言え3人しか入れない)。しばらくして僕らの番が回ってきたので、黒パグと僕はドアを開けて診察室に入った。 「変わりはない?」「あー、ちょっと時々お腹周りを布団でスリスリすることがあります」「じゃあ診察してみよう」ということで色々と診てもらった。黒パグの全体を見てもらったのちに先生が「うん、これは外耳炎」。え?耳ですか? 思いも寄らない回答だったので一瞬面食らった。先生は薬と綿棒(みたいなやつ)で耳の治療を始めた。黒パグと目が合ったので軽く覗き込んでみたら、「顔を見ない!」と先生から一喝された。治療中にワンコが集中できないからだそうだ。 良かれと思ったら叱られた。気を取り直して見ないようにしていたら、今度は黒パグに猿ぐつわが装着されていく。目と口をカバーするようにセットされたこのワンコはついに暴れることを諦めてしまった。大人しく治療を受け入れ始めた。 そしてようやく耳の治療が終わり、混合ワクチンの注射が終了して帰ろうかと思った瞬間、思いがけない一言を先生から聞かされた。「カビですね」。どういうこと・・・。要はこの時期、お風呂に入ったあとのケアが必要だということだ。 ツイてない日だったのかもしれないと心が叫びたがっていたが、未だ病院は密でもあったので止めておいた。少々想定外の出来事ばかりが起こったので、今日は厄日かよ、と思ってしまう。僕らはかゆみ止めなどの薬をもらって家路に着いた。 いやいや、待てよ。まったくもって厄日なんかじゃない。そうだ。今日は「一粒万倍日と天赦日が重なる日」だった、と宝くじ売り場を見て思い出した。まじまじと宝くじ売り場を見てみる。TOTOやBIGを見て、改めてサッカーの再開を喜んだ。 宝くじでも買ってみるか。「ドリームジャンボ20枚お願いします!」。店員さんが首をかしげている。「ドリームジャンボは終わったよ」。暑さで舌を大きく出しっぱなしの黒パグがこちらを見ていた。まるでニヤニヤ笑っているようだった。 NEVER STOP

ルヴァンカップ。明と暗。

徳島戦の朝。非常に良い天気の中で朝の公園を歩く。多くのワンコと出会う。犬同士のコミュニケーションは複雑。くっついたり離れたり、におったり、におられたり。人間も同様。いつもの習慣、いつも出会う人。ともに歩く道だからこその。 とてもファイナルという空気感ではなかった。スタジアムに着いた瞬間、というよりも、前日前々日、いや、厳密に言うともっと前からその独特の雰囲気は存在していなかったように感じた。良くも悪くもその空気感が、試合の明と暗を決めた。 先日ツイッターで「ファイナルルーザー」と書いた。要は、ファイナルでシルバーメダルをかけられた経験の無いサポーターがいるのだという現実を改めて知り、その空気感というものは、こういう風に醸し出されていたのだろうかとも思った。 いつも言っているように、歴史の一部分だけを切り取って考えるのは良くない。だからと言ってすべての歴史を自分のものにするかどうかは本人次第だ。ファイナルルーザーの経験が無いからといって、それは決して、負い目でもなんでもない。 そしてそれは、ここから始まる歴史において過去の点を線で結ぶ役目があるのかもしれない。だからこそゴール裏ウルトラの話を聞いていきたいと思っている。ウダウダの延長線など、出来るだけ多くのチャネルを作っていこうと考えている。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP 追伸 サッカーショップ蹴球堂も併設しているコニュニティスペース「 F.C.OITO 」でのイベントにてファシリテーターを務めます。久々の大阪なので緊張しますが、ぜひお会いできれば、また、イベントにも参加いただけたりすると嬉し泣きします。 お申し込みフォーム

新年。

激動の一年が明け、また来たるべき一年が訪れるという、あいも変わらない人生を送っている。少なくともこの2022年という空間を、また、多くの方とともに歩めればそれでいいと感じる自分が大きくなってきた。年齢を重ねている証拠だろう。 セレッソ大阪というクラブを愛し始めてかれこれ三十年弱となるわけだが、この思いだけは決して色褪せないのがありがたい。ひとえにこれは仲間の存在が大きい。時間というファクターは人を不幸にすることもあれば、人を幸せにもしていく。 ようやくヨドコウ桜スタジアムに足を踏み入れることができ、F.C.OITOでイベントも開催できた。Twitter Spaceだって四十四回も続けることができたのだ。2022年はいったいどんな一年になるのだろうか。そう思っていた矢先に、あれが来た。 今年も多くのアミーゴに巻き込まれながら過ごしていくことになるだろう。 サッカーショップ蹴球堂は、まあぼちぼちやっていく。健康に気をつけながらゆっくりと前に向かって、着実に歩く。そうして辿り着ける先の、その向こうへと・・・。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP