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新年。

激動の一年が明け、また来たるべき一年が訪れるという、あいも変わらない人生を送っている。少なくともこの2022年という空間を、また、多くの方とともに歩めればそれでいいと感じる自分が大きくなってきた。年齢を重ねている証拠だろう。 セレッソ大阪というクラブを愛し始めてかれこれ三十年弱となるわけだが、この思いだけは決して色褪せないのがありがたい。ひとえにこれは仲間の存在が大きい。時間というファクターは人を不幸にすることもあれば、人を幸せにもしていく。 ようやくヨドコウ桜スタジアムに足を踏み入れることができ、F.C.OITOでイベントも開催できた。Twitter Spaceだって四十四回も続けることができたのだ。2022年はいったいどんな一年になるのだろうか。そう思っていた矢先に、あれが来た。 今年も多くのアミーゴに巻き込まれながら過ごしていくことになるだろう。 サッカーショップ蹴球堂は、まあぼちぼちやっていく。健康に気をつけながらゆっくりと前に向かって、着実に歩く。そうして辿り着ける先の、その向こうへと・・・。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

人間の底力を見せるときが来た。

今日五月十四日は大久保利通先生が東京の紀尾井坂付近(厳密には清水谷)で暗殺された日だそうだ。その場所らしきところを歩いたこともあるが、当時はどんな状況だったのだろうとか思ってしまう。明治11年(西暦1878年)というから今からざっと140年前。戊辰戦争からも10年だ。

今回の新型コロナウイルスとの戦争(と言っても過言ではない)のなかで、僕ら人類が造ってきた文化自体が変わっていっている気もする。特によく分かったのが「感染しないために経済活動を自粛する」ことと「経済活動をしなければ生活が立ち行かなくなる」という二項対立だった。

どちらが正しくてどちらが正しくないかは正直僕には分からない(こんな書き方をするとまた叱られるだろう)。「リスクを取ってでも経済を回さなければ」という意見も正しいのだろうし、「経済なんてなんとでもなる、まずは感染リスクを減らさねば」という意見も正しい気がする。

有事になるとどうしても他人に厳しくなったり、自分の選択と他人の選択を見比べてしまいがちになってしまう。人の心が荒んでしまわないよう、そのケアの重要性を改めて感じる毎日だ。今日39県で緊急事態宣言が解除された。東京や大阪はまだ先だが、人間の底力を見せるときが来た。

少し話を戻すのだが、大久保利通卿が亡くなったとき、数え49歳(満47歳)だったそうだ。満年齢で考えれば少々ずれもあるが僕も現在49歳。幕末明治の偉人を含め、諸先輩方ほど突っ走ってこれたわけでは決してないが、ほんの少しぐらいだけでも、底力を見せられていたのなら本望だ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


※鹿児島の大久保利通卿の像には清水谷のときの馬も一緒にいる。

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