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歴史から先人から僕らはどう学ぶのか。

仕事の関係で残念ながら今年の終戦記念日は靖国神社に行くことができなかったが、心のなかでお祈りさせていただいた。毎年のように書いてはいるが、今このような社会で暮らせているのも多くの先人の犠牲のうえに成り立っているからだと身が引き締まる思いでもある。

僕は周りから”マニア”と呼ばれるくらいの歴史好き(特に幕末〜明治初期)だが、最近は特に昭和史を選んで見たり読んだりしている。明治の終わりから大正を経て迎える昭和という時代。世界の中での日本という国家の存在。国民の暮らしなども含めて非常に考えさせられる。

昨日、録画視聴したNHKの番組(僕は受信料払っている)の中で描かれていた太平洋戦争に至る過程を見ていて、スケールの大小はともかく思考や行動など見ても、今の時代も言うほど変わっていないのかも、と妙に納得してしまうとともに少し不安に思ってしまう場面もあった。

今ちょうど読んでいるユヴァル・ノア・ハラリ氏の「ホモ・デウス」でも書かれているが、歴史から先人から僕らはどう学ぶのか、眼の前にある教科書をどう読み解くのか。そんな思いを強く感じさせてくれるのが8月6日や8月9日と同様にこの終戦記念日なのだと僕は思っている。

来年オリンピックとパラリンピックの間に75回目の終戦記念日を迎える。東京にいるかどうかは定かではないが是非お参りをしたいと考えている。それより今、自分自身の思考や行動を改めて見つめ直したいと思う。時間はあるようでそれほどでは無いことだけは自覚している。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※写真は2018年のもの。

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「声なき声」に耳を傾ける。

我が事で大変恐縮ではあるが、一年越しの目標だった「LEGO®︎SERIOUS PLAY®︎(レゴ®シリアスプレイ®)メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテーター」として正式にスタートを切ることになった。これから先が本当に楽しく未来がとても待ち遠しい。

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第27節 湘南ベルマーレ戦。

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しかしながら、勝ち点1をなんとか拾ってお祭り騒ぎにならないように気をつけたい。何とも言えないのだが、このチーム構成だとペナルティエリア内に入ってくる選手が極端に少なくなる。このあたりは正直痛いし山村和也選手ひとりだと厳しい。8番を欲する気持ち。

さてこの湘南戦。難波近辺に居たので一念発起スタジアムカフェで見た。もう何年ぶりかも分からないくらいの期間訪れていなかったと痛感。「十年ぶりくらいですかね」と言われ本当に申し訳ない気持ち。不甲斐ない試合とは裏腹にお会いできたことを嬉しく思う。

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第29節 大阪ダービーマッチ。

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「ダービーマッチは、勝つかもしくは死ぬかのどちらかだ」壮大な格言もどこか過去のようなそんな世の中になってしまった気がする。時代によってサッカーも変化し続けているが、大阪ダービーもずいぶんと変わってきたのだろう。良いか悪いかは別物としてもだ。

こんなことをあまり書きたくもないのだが、体力の限界まで走り抜いて試合途中で起き上がれなくなった相手をモニタ越しに見て、今日の試合にかける思いの差を感じた。ぶっ倒れるまで走ることを強要しているのではなく、見ている人は見ているし、思う人は思う。

応援ってチャントって、選手に、絶対に届いている。相手より大きいとか小さいとか跳んでるとか跳ねてないとかコレオの美しさだとか否かとか、多分そんなものは大した話じゃない。それよりも君の声は本当にセレッソ大阪の宝だ。勝つためには必要な要素なのだ。

だからこそ大事な場面で重要なシーンで選手の魂を奮い立たせるところで、その声を多く使ってほしい。大切なのは声量でもメロディでももちろん歌詞でもない。君の声だ。一足、選手が気力で出すその最後の一足を出させるために使ってほしい、と僕は切に願う。

祭りにも飽き、自宅に戻ってセレッソ大阪U-23の試合を見る。あんな屈辱を味わってもJ3戦は淡々と行なわれる。心が救われる。セレッソ大阪があってよかった。若い彼らは勝ちそして4連勝を決めた。うん。ダービーはまだ続く。勝てなかったが死ななくてよかった。

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