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人の感情の歴史。

歴史は繰り返す。幕末明治人間を標榜する僕だが、縄文・弥生以前の時代からの日本史全般、そして紀元前から中世にかけての世界史についても読んだり聞いたりすること少なくない。そこからまさに人間の持つ感情というものの歴史が繰り返されているように思えてくる。

そんななか、先日録画していたNHKスペシャル「全貌 二・二六事件 ~最高機密文書で迫る~」(ちゃんと払ってます)を見た。謎の多かった二・二六事件に関する極秘文書がこのたび発見されたという内容だったが、いち個人としても本当に驚きを隠せない真相でもあったのだ。

僕の中の既知情報とは違う。日本海軍による想定の範囲などを額面通りに受け取るとするならば、一歩道を間違えていたら日本最後の内戦は「西南戦争」では無くなっていたことになる。しかも首都の東京で起こるという、とてつもなくインパクトの大きな出来事であると感じた。

その詳細を記していたのがなんとその海軍だったという。資料が殆ど存在せず謎の歴史になりつつあった「二・二六事件」について少しずつ明らかになっていく。過去の情報を現代に蘇らせる技術だけでなく、過去の事実を受け止める準備が必要な時代なのだなと感じてしまう。

歴史は繰り返す。人間の感情によって繰り返されていくのだ。そんな世に僕は生きている。個人の思いに加えて、しがらみ、立場、固定観念、既成事実、やっかみ、思惑・・・。当時は乗り越えられなかった陸や海を、新たな武器を手に入れた今の時代ならどう歩けるのだろうか。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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第29節 北海道コンサドーレ札幌戦。最後の最後まで大事。

そう言えば先日の台風による遅延で代替出来なかったJALに代えて乗ったロイヤルブルネイ航空。当然のことながらヒースロー↔バンダル・スリ・ブガワンに日本語字幕のある映画が無いのだろうな・・・と思ったら、何故だかひとつだけ存在したのだった。その名も「 ヌヌ子の聖戦 」。 内容は、原宿を愛する双子コーデの女子が紆余曲折しながら成長していくという物語。おぉう。兎に角見てみる。・・・結構面白い。僕としてはどっちかといえば三好里奈よりも田原葵やなーとか考えながら見ていたら、隣のブルネイ人(多分)の女子も見始めていたのが驚きだった。 何故葵は上手くいかないのかと考えたとき日本語には便利な言葉がある。「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」。サッカーでも他のスポーツでも、負けたときの理由は何かしら説明がつく。だが「どうしてこの試合に勝利できたのか」とても理解に苦しむ瞬間がある。 さて肝心の北海道コンサドーレ札幌戦である(どっかの話ではないが名前が長いとは思わない)。相手はルヴァンカップファイナルへ進んだ勢いそのままに来るのかと思ったが、怪我人などもあり、試合自体がうちの展開にもなった。そんな中で、エースの最高の一撃が勢いをつけた。 少なくともこの試合に限っては勝ちに不思議は無かった。途轍もないゴラッソに目を向けがちだが、それ以上に柿谷曜一朗選手のフル出場が全てを物語っている。彼が本調子(まだまだ僅かだが)に帰ってくることで、勝ちは確信に近づくのだと思う。それくらいの存在でもあるのだ。 残り五試合。首位とは勝ち点差7。ACLを勝ち取るためにも6をひっくり返さなければならない。29試合を戦ってきての失点22は勿論驚異的だが、ここからは更なる守備と得点が必要になってくる。柿谷曜一朗選手の全ての能力が発揮されるとき、偶然ではなく必然が僕らの前に広がる。 「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」。最後の最後まで諦めずに戦い続けることが、上位クラブに圧力をかけるはずだ。話を戻すが隣のブルネイ人女子。10分程度で映画を諦めて深い眠りに入ってしまった。ラストに良いシーンあるのに。やはり最後の最後まで大事。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

今も昔も。

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