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二十世紀セレッソノスタルジア。

セレッソ大阪の選手たちが次々と日本代表選出されていくニュースがITを駆使した自分独自に設定しているLINEグループに流れてくる。J3での出場機会やガールズの存在によって若い頃から代表レベルで世界と戦えているのは、成長における有意義なポイントでもあると思う。

レストランでバイエルン・ミュンヘンから来ていた御方と当時U-18の監督さんから言われた強烈な一言を思い出した。1990年台後半の出来事。そこからアンダーカテゴリーの試合を見るようになったのは以前にも書いた。そういう信念の積み重ねが今の成績に表れている気がする。

よく考えてみるとあの頃は非常に充実していた。ただ生活するだけでなく多くの方と触れ合い、刺激を貰って自分の中で解釈し実行に移していた。二十代から三十代に差し掛かるこの多感な時期の出会いによって、今の自分というものが形成されていったと途轍もなく感じる。

その中でも、セレッソ大阪というサッカークラブに関わってこられた方々との交流が今も続いている。まだまだ学ばせていただく機会を頂けていることに素直に感謝したい。「ええおっさんになったな」と声をかけてもらえただけで、歩んだ道が間違っていなかったと思えるのだ。

今日のクラブとサポーターの距離感とはまた違った関係性。そんなものが21世紀に差し掛かる間際のセレッソ大阪に存在していたような気はする。勿論のことながら今は今でとても素晴らしい関係なのだが、個人的に最近やけに”二十世紀セレッソノスタルジア”に浸ってしまう。

9月末。ちょうど父親の命日で大阪に戻る。そこでも多くの”二十世紀セレッソノスタルジア”に浸る予定でもある。信念の積み重ねの末に辿り着く場所。そんなことを考えていると早くサッカーショップ蹴球堂を復活させたくなる。そんな折に店長から連絡が。さて動き始めるか。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※蹴球堂十周年記念ユニフォームとクロヱの図。

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