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僕のサポーター的考え方。

先週からの繰り返しの話で大変恐縮ではあるのだが、先日のキッズイベントの僕が描いたイメージは「混沌のなかの秩序」。レゴを利用していたこともあって参加させていただいたのではあるが、改めて子供たちのイマジネーションというか感性は素晴らしいのだなと再認識した。

僕のもっとも不得意とする未就学児たちがレゴデュプロで好きなものを作っている。これもまさに「混沌」だ。しかしながらそんなカオスな中にも、子供なりのルールが存在し実にコントロールしている。この才能を活かしてどう大人になっていくか周りのサポートが大事だ。

あまり過保護になってもいけないし放置が過ぎると良くない。サポートとは付かず離れずただし本当に助けて欲しいときに手を差し伸べてあげられる、そんな気持ちがあれば人は育つのだろうと勝手に解釈しているが正しいだろうか。子供が大の苦手な僕が言うのも何なのだが。

サポーターとしても同様だと僕は感じている。歌い続けることが好きでは無かった。もっと試合を見よう、試合の流れを見よう、それからもっと選手たちの表情を見よう。そのうえで今やれる最大限のサポートの声をピッチに向かって発しよう。そんな言葉を常々口にしてきた。

クラブができてサポーターとしても黎明期を越え、今、ゴール裏にはたくさんの方々で埋め尽くされている。当然ながらファンが集まり強くなったセレッソ大阪しか見ていない人も大勢いるだろうが、だからといって歴史を押し売りする気はさらさら無い。そしてその必要もない。

姿形は変えようともDNAは受け継がれている。彼らは試合を読み、選手の息遣いを感じ取り、本当に助けてほしいと願う最善のタイミングで最高のチャントを鳴り響かせる。セレッソ大阪にしかない、いや、セレッソ大阪だからこそ、この戦い方が受け継がれているのであろう。

僕のような人間がもはや彼らに言うことなど何も無い。何かを請われても願い下げだが、若い方々に向けて常にイマジネーションと感性を伝え続けてきたことについては誇れる。長い歴史の中では僕などは点でしかないが、点と点はいつでも繋がる。それもサポートだと僕は思う。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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第29節 大阪ダービーマッチ。

文章を書く気分になかなかなれない今日。地元の祭りなどに足を運んでみたもののなんだか何かが抜け落ちたようになってしまう。だからといってムシャクシャした気持ちをぶつける先もない。世界中のサッカーファンが一番悲しむ日を、まさに体現しているようだ。

「ダービーマッチは、勝つかもしくは死ぬかのどちらかだ」壮大な格言もどこか過去のようなそんな世の中になってしまった気がする。時代によってサッカーも変化し続けているが、大阪ダービーもずいぶんと変わってきたのだろう。良いか悪いかは別物としてもだ。

こんなことをあまり書きたくもないのだが、体力の限界まで走り抜いて試合途中で起き上がれなくなった相手をモニタ越しに見て、今日の試合にかける思いの差を感じた。ぶっ倒れるまで走ることを強要しているのではなく、見ている人は見ているし、思う人は思う。

応援ってチャントって、選手に、絶対に届いている。相手より大きいとか小さいとか跳んでるとか跳ねてないとかコレオの美しさだとか否かとか、多分そんなものは大した話じゃない。それよりも君の声は本当にセレッソ大阪の宝だ。勝つためには必要な要素なのだ。

だからこそ大事な場面で重要なシーンで選手の魂を奮い立たせるところで、その声を多く使ってほしい。大切なのは声量でもメロディでももちろん歌詞でもない。君の声だ。一足、選手が気力で出すその最後の一足を出させるために使ってほしい、と僕は切に願う。

祭りにも飽き、自宅に戻ってセレッソ大阪U-23の試合を見る。あんな屈辱を味わってもJ3戦は淡々と行なわれる。心が救われる。セレッソ大阪があってよかった。若い彼らは勝ちそして4連勝を決めた。うん。ダービーはまだ続く。勝てなかったが死ななくてよかった。

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次の荷物は誰が背負うか。

去年の9月以来だが明日からシンガポールへ行く。4日と短期間ではあるが是非良いものにしてきたいと思う。準備がほぼできておらず日本代表対パナマ代表を見ながら荷物を詰めている。今回はセレッソ大阪の選手が選出されていないのだが、この試合は楽しめそう。
ともにワールドカップロシア大会に出場しこれからカタールを目指す両国の戦いは、序盤だけを見ていても結構面白い。まだまだ足りないところは多々あるのだろうけれど若い選手(サッカー的にはもう若くは無いのだが)とロシア組との融合がかなり良い感じだ。
その中でも南野拓実選手の二試合連続ゴールはかなり痺れた。ボールの受け方、ターン、持ち出し、そしてキーパーを確認する余裕すらあるフィニッシュ。完璧なプロセスは当然のことだが大阪時代よりもキレが良くなっている。セレッソアカデミーの賜物でもある。
来年のアジアカップまで調子が続く保証はないのだがとにかく怪我なくいってほしいと思っている。うちの前線の若手選手たちの刺激になってくれたりすると本当に嬉しいのだ。負傷が相次いでいるが、重い荷物も背負えるような、そんな選手の台頭を期待している。
なんとか試合が終了するまでに荷物も準備できた。今回、ジョホールバルまで行く予定がある。時間が作れたらラルキンスタジアムまで足を伸ばしたいのだがどうなるだろうか。伺うとなると実に21年振りになる。気持ちの高鳴りをカバンに入れるのはとても困難。
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再セットアップで手に入れたもの失ったもの。

先日リリースされたばかりのmacOS Mojave、さっそく我がMacBook Proをアップデートした。その途端といってはなんだが斯々然々でウイルスバスターが動作しなくなってしまった。いろいろと試行錯誤を繰り返したのだが健闘むなしく二度と動くことはなかった。

以前からこのMacBook Proは途中で止まったりファイルが保存できなくなったりとかなりの困ったちゃんであったわけだが、あとあとの手間などを考えるとなかなか決断ができなかった。この僕の決断力のなさ、優柔不断な性格を呪った。だがついに立ち上がったのだ。

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そして気づいた。バックアップを取っていなかったことに気づいた。だいたいいつも、大事なことに気づくのは離れ離れになってからだ、という失恋ソングを思い出して口ずさむ。いや、そんな馬鹿なことを言ってられない。今までの努力がすべて水の泡となった。

僕は言葉を失った。Google日本語入力に登録した膨大な数の単語をすべて失ったのだった。バックアップしなかった自分を責めてももう遅い。これからまた細々と単語登録の日々が始まる。後ろを振り向いてはいけない。つま先を前に、進むことだけを意識する。

だが、手に入れたものが無いわけではない。ウイルスバスターは見事に立ち上がった。ファイルも問題なく保存される。フリーズする回数自体極端に減った。再セットアップで手に入れたもの失ったもの。人間社会とおんなじ。僕はひとり悦に入る。まだ生きている。

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