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「言葉の定義」と納得感。

今日聴いていたセミナーで「デジタルトランスフォーメーション」についての話題があった。不束ながら業界に参画している身でもあるので非常に興味深い内容が、自分なりにものすごく腑に落ちた。「言葉の定義」はやはり大事だとも感じた。

この「言葉の定義」がシンクロできていないと、ボタンを掛け違えた状態でキックオフしてしまうことになる。その状態がひたすら続くと、全体に及ぼす影響力となり、問題が発生する可能性もある。そうならないための「言葉の定義」なのだ。

ゴール裏のサポーターは今、12月12日までに納得のいく説明を求めている。しかし、クラブ側が応じるのかどうかは今のところ分からない。「サポーターの気持ちは伝わっている」と語られてはいるものの、その「言葉の定義」は不明確である。

ここで冒頭に戻る。「デジタルトランスフォーメーション」だ。DXと表されることもあるのだが、この「X」。英語圏における「trans-」でもあり、それらは様々な意味に結びつけられるケースも多々ある。まさに「言葉の定義」はそれぞれだ。

だが本質はひとつだ。ましてやそれはアナログのデジタル化ではない。変わればいいというものでは無いのだ。だから僕はこの状況をとても心配している。何度も同じ過ちを繰り返してはならないと。変化は大事だが変化だけがすべてではない。

フランスの地下鉄のデジタルトランスフォーメーションの話を聴いて、さらに納得感が得られた。正統な方向性があれば、少なくとも人は受け止めることができることも知った。だからこそ早く、その言葉を聞きたいのだ。今すぐにでもなのだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

日本の地下鉄はどうなるだろう。

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