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平和への願いと僅かばかりの貢献と。そんな一日でいいのだ。

人それぞれ東京に何かの思いを持っているのではないだろうか。僕の場合はこうだ。大阪に居たときからずっと憧れていた行きたかった場所。それが正月に行なわれる皇居一般参賀、新日本プロレス東京ドーム大会、そして靖國神社への参拝。今年も相も変わらず。

今日仕事を始める前の時間。平成最後となる8月15日終戦記念日の参拝。戦後73年という重みを感じながら九段下駅から歩き大鳥居をくぐる。暑さ対策で水もまかれている。8時だというのにもう多くの方々の姿がある。関心度が高い。あえて日向を選んで歩いてみる。

大村益次郎像付近に男女のグループがいる。近年、若い方々の参拝も多くなっていると聞く。どのようなきっかけなのかは知りえないのだが現に見ていてそう思う。「厳かな場所なので騒がないように」と話す代表らしき人物。この場所では確かにそう感じるだろう。

反面、遺族の方々の高齢化も懸念されていると聞く。そういう意味でも伝えることの大事さが必要になってくる。忘れ去られることは無いとしても時とともに少しずつ風化していってしまうのが世の常というもの。だからこそ毎年この時期に訪れてしまうのだろう。

そしてそんな速すぎる時代の流れの中で僅かでも平和への貢献ができているのだろうかと自分自身を問う日にもなっている。SNSでも同様のことを書いている方が多くいたりして、ひとりひとりの心の中に平和への願いが詰まっているのだなと改めて考えさせられる。

体質的なものなのか「インタビューさせてもらえますか?」と聞かれる。全て断る。九段下駅まで来た道を僕は戻る。夏の太陽のおかげでどっぷりかいた汗を駅ナカのエアコンが乾かしてくれる。こんなほんの小さな幸せも先人に感謝する。そんな一日でいいのだ。

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「声なき声」に耳を傾ける。

我が事で大変恐縮ではあるが、一年越しの目標だった「LEGO®︎SERIOUS PLAY®︎(レゴ®シリアスプレイ®)メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテーター」として正式にスタートを切ることになった。これから先が本当に楽しく未来がとても待ち遠しい。

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第27節 湘南ベルマーレ戦。

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しかしながら、勝ち点1をなんとか拾ってお祭り騒ぎにならないように気をつけたい。何とも言えないのだが、このチーム構成だとペナルティエリア内に入ってくる選手が極端に少なくなる。このあたりは正直痛いし山村和也選手ひとりだと厳しい。8番を欲する気持ち。

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第29節 大阪ダービーマッチ。

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こんなことをあまり書きたくもないのだが、体力の限界まで走り抜いて試合途中で起き上がれなくなった相手をモニタ越しに見て、今日の試合にかける思いの差を感じた。ぶっ倒れるまで走ることを強要しているのではなく、見ている人は見ているし、思う人は思う。

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