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第27節 湘南ベルマーレ戦。

昨日から鼻炎か風邪か分からないのだががすこぶる体調が悪い。どうもくしゃみが止まらない、鼻水が止まらない。ものすごい量のティッシュペーパーとの生活に慣れているとはいえ、鼻をかみすぎたため顔が赤くなっていてかなり痛い。しばらくは痛みに耐える。

痛いといえば湘南ベルマーレ戦もそう。いろいろな意味で痛みを感じる試合だった。杉本健勇選手の脱臼(厳しい)もあの場面のパスミスももちろん痛いが、それ以上に心身とも疲れたのが入りそうで入らない得点力不足のほう。ここまで決められないと正直辛い。

ラストシーンはキム・ジンヒョン選手の攻撃参加が功を奏しなんとかドローに持ち込んだが、得点シーンよりその直前のビッグセーブに震えた。時に痛いポカ(佐々木健介風)もするが、あのような場面でも冷静になれるのがスーパー・ジンヒョンたる所以でもある。

しかしながら、勝ち点1をなんとか拾ってお祭り騒ぎにならないように気をつけたい。何とも言えないのだが、このチーム構成だとペナルティエリア内に入ってくる選手が極端に少なくなる。このあたりは正直痛いし山村和也選手ひとりだと厳しい。8番を欲する気持ち。

さてこの湘南戦。難波近辺に居たので一念発起スタジアムカフェで見た。もう何年ぶりかも分からないくらいの期間訪れていなかったと痛感。「十年ぶりくらいですかね」と言われ本当に申し訳ない気持ち。不甲斐ない試合とは裏腹にお会いできたことを嬉しく思う。

昔はセレッソ大阪関連のイベントなどでお借りしていたスタジアムカフェ。今年で十八周年だと聞いた。色んな痛みにも耐えてこられただろうと察する。存在価値に長短などどうでもいいことだが、18年もの長きにわたり続けられる気持ちと心の強さが素晴らしい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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