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命とお金。どっちも大事。

新型コロナウイルスの恐怖に怯える日々が続いている。有名人が亡くなると特にその怖さが増す気がする。何とも言えない気持ちの連続で、自分自身もなかなか整理ができない。どのように対策すればよいかすら判断に迷うのがもはや日常茶飯事になっている。とにかく家にいるべきか。

皮肉にもこの数日、ある程度まとまった時間を作ることができている。そんななかで、後回しにしていた様々な学びに徹している。ひとつは溜まっていた記事に目を通す。もうひとつはドキュメントを作成する。そして「見ろ見ろ」と何度も言われていたYoutubeチャンネルを見始めた。

そのひとつがいつもお世話になっている「家族で学べるお金の学校」というYoutubeチャンネルだ。本当に「お金」というものを学ばずに生きてきたと痛感する。そんな無知な人間に懇切丁寧教えてくれて助かっている。ここで教わったおかげで人生が少し豊かになったような感もある。

また、お金の勉強の機会をくださるだけに飽き足らず、僕が行なっているレゴ®シリアスプレイ®なども積極的に取り入れて体験会を開いてくださったりしている。本当に感謝の思いしか出てこない。レゴはまあ置いといて、とにかくこのYoutubeチャンネルにある数々の動画を見て欲しい。

最新動画もアップされたので早速閲覧する。元サッカー日本代表の高原直泰さんと代表の中村さんの対談だった。沖縄でスポーツクラブを創設された高原さん。また、いつもお世話になっている中村さんの言葉の重みを感じながらさらなる学びを得る。時間が経つのを本当に忘れてしまう。

僕のような行動力に欠けている人間は、このような活動的な方々から元気をもらうのが一番だ。今経済も大変な状況なのでより多くのお金の学びをしていかなければならないし、お金を学ぶことによって命の大事さを改めて知る。どちらも天秤にかけることのできない大事なものなのだ。

お金は汚いものだと親から言われたことはなかったと記憶しているが、僕もかなりのお金を両親に使わせたほうだと思う。果たして大人になっても恩返しができているかどうか。まったくのところ分からない(多分NOだ)と言えてしまう。これからでも少しずつ恩を返していけるだろうか。

思えば志村けんさん。学年で言えば8年前に亡くなった父と同い年なのか。同じように酒も煙草も豪快だった。この団塊の世代(1950年も含まれるのかな?)の方の不幸を見るとどうしても父を重ねて見てしまうな。僕も少しずつ歳を取り身体も悪くなっていく。命とお金。どっちも大事だ。

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