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久し振りの名古屋。

福岡から戻って一日明けて、今、名古屋にいる。僕の場合、新型コロナウイルス騒ぎの前から、オフィスは日本全国になっている。モバイルPCとスマートフォンさえあればなんとかなる。今は全然行けないのだがそれは海外でも一緒だ。かなり便利な世の中になったなととても感じている。

早速矢場とんで鉄板ヒレカツを食べる。超久々過ぎて味すら覚えちゃいないのだがやはり美味い。名古屋に来るとどうしても食べ過ぎてしまう。その昔、世界の山ちゃんで手羽先50人前を頼んで、店員さんにビックリされたのを思い出す。若かりし頃の思い出としては少々生々しい内容だ。

名古屋と言うとやはり名古屋グランパス。僕のイメージだが、スタジアムで見た試合で勝ったためしが殆どない。実のところ豊田スタジアムに訪れたことが無いのも残念でならない。東京からも大阪からも行きやすい位置である名古屋なのになかなか来る機会が少ないのも考えものだろう。

Googleフォトのアルバムを探してみても、2001年の名古屋市瑞穂公園陸上競技場(今はパロマ瑞穂スタジアムと呼ぶのか)の写真が最後だ。セレッソ大阪サポーターを名乗ってよいのかと文句を言われるレベル。しかもこの年はJ2へと降格した。もう何とも言い難い疫病神の本領発揮なのか。

よし、今年こそは名古屋での試合を見るぞ!と思い立って日程を見てみたらなんと最終節なのか。流石にその頃には延期も無いだろう。今から完璧に予約入れておくしかないかもしれない。と、そんな口約束に乗る人もいないだろうが、もしその場にいたら世界の山ちゃんに誘って欲しい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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 コロナ禍に、コールリーダーの言葉が伝わる環境を作った。それが「#コールリーダーウダウダ」。ひたすら毎週話し続け、今週、その#コールリーダーウダウダの200試合出場を達成した。 年間52週。そう考えれば、4年は続けているということ。今週のコールリーダーウダウダでも話したが、コロナ禍を忘れつつある。いや、忘れてはいけない。決して忘れてはいけないのだ。 だから話し続ける。継続は力。継続は愛。そんなことを思い浮かべてしまう。時代は変わる。でも変わらないのは、人の心、サッカー。そして、なによりも大きいセレッソ大阪への思い。 「#コールリーダーウダウダ」をやっているとよくわかる。セレッソ大阪のコールリーダーは、多くのものが継承されている。実に30年以上に渡って、様々な思いがつながっているのだ。 200という数字は、その思いの積み上げの上に成り立っている。そんな思いを、これからも紡いでいかねばならない。そう強く感じた200回目のハーフタイム。仲間はありがたいと感じた。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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