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久し振りの名古屋。

福岡から戻って一日明けて、今、名古屋にいる。僕の場合、新型コロナウイルス騒ぎの前から、オフィスは日本全国になっている。モバイルPCとスマートフォンさえあればなんとかなる。今は全然行けないのだがそれは海外でも一緒だ。かなり便利な世の中になったなととても感じている。

早速矢場とんで鉄板ヒレカツを食べる。超久々過ぎて味すら覚えちゃいないのだがやはり美味い。名古屋に来るとどうしても食べ過ぎてしまう。その昔、世界の山ちゃんで手羽先50人前を頼んで、店員さんにビックリされたのを思い出す。若かりし頃の思い出としては少々生々しい内容だ。

名古屋と言うとやはり名古屋グランパス。僕のイメージだが、スタジアムで見た試合で勝ったためしが殆どない。実のところ豊田スタジアムに訪れたことが無いのも残念でならない。東京からも大阪からも行きやすい位置である名古屋なのになかなか来る機会が少ないのも考えものだろう。

Googleフォトのアルバムを探してみても、2001年の名古屋市瑞穂公園陸上競技場(今はパロマ瑞穂スタジアムと呼ぶのか)の写真が最後だ。セレッソ大阪サポーターを名乗ってよいのかと文句を言われるレベル。しかもこの年はJ2へと降格した。もう何とも言い難い疫病神の本領発揮なのか。

よし、今年こそは名古屋での試合を見るぞ!と思い立って日程を見てみたらなんと最終節なのか。流石にその頃には延期も無いだろう。今から完璧に予約入れておくしかないかもしれない。と、そんな口約束に乗る人もいないだろうが、もしその場にいたら世界の山ちゃんに誘って欲しい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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第29節 北海道コンサドーレ札幌戦。最後の最後まで大事。

そう言えば先日の台風による遅延で代替出来なかったJALに代えて乗ったロイヤルブルネイ航空。当然のことながらヒースロー↔バンダル・スリ・ブガワンに日本語字幕のある映画が無いのだろうな・・・と思ったら、何故だかひとつだけ存在したのだった。その名も「 ヌヌ子の聖戦 」。 内容は、原宿を愛する双子コーデの女子が紆余曲折しながら成長していくという物語。おぉう。兎に角見てみる。・・・結構面白い。僕としてはどっちかといえば三好里奈よりも田原葵やなーとか考えながら見ていたら、隣のブルネイ人(多分)の女子も見始めていたのが驚きだった。 何故葵は上手くいかないのかと考えたとき日本語には便利な言葉がある。「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」。サッカーでも他のスポーツでも、負けたときの理由は何かしら説明がつく。だが「どうしてこの試合に勝利できたのか」とても理解に苦しむ瞬間がある。 さて肝心の北海道コンサドーレ札幌戦である(どっかの話ではないが名前が長いとは思わない)。相手はルヴァンカップファイナルへ進んだ勢いそのままに来るのかと思ったが、怪我人などもあり、試合自体がうちの展開にもなった。そんな中で、エースの最高の一撃が勢いをつけた。 少なくともこの試合に限っては勝ちに不思議は無かった。途轍もないゴラッソに目を向けがちだが、それ以上に柿谷曜一朗選手のフル出場が全てを物語っている。彼が本調子(まだまだ僅かだが)に帰ってくることで、勝ちは確信に近づくのだと思う。それくらいの存在でもあるのだ。 残り五試合。首位とは勝ち点差7。ACLを勝ち取るためにも6をひっくり返さなければならない。29試合を戦ってきての失点22は勿論驚異的だが、ここからは更なる守備と得点が必要になってくる。柿谷曜一朗選手の全ての能力が発揮されるとき、偶然ではなく必然が僕らの前に広がる。 「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」。最後の最後まで諦めずに戦い続けることが、上位クラブに圧力をかけるはずだ。話を戻すが隣のブルネイ人女子。10分程度で映画を諦めて深い眠りに入ってしまった。ラストに良いシーンあるのに。やはり最後の最後まで大事。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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 #コールリーダーウダウダ 200試合出場記念ステッカーが多くの方の手に届いていることを願う日々。大した話でもないけれど、ごくごく小さいことを積み重ねてきた結果なのだとも思う。 セレッソ大阪のコールリーダーは、1993〜1994年から30年以上連綿と続く旅路なわけで、この絆はちょっとやそっとじゃ崩れない。セレッソ大阪は、Jリーグはそうやって成長してきた。 その、言葉では表現しにくい、人間的なつながりを、スペースでは出しているつもりなのだが伝わっていれば嬉しいところ。だからこそ、今、ここにいる意味なども意義もあるのだろう。 ステッカーの画像をSNSでアップしてくれているのを見る。ふと胸が熱くなる。やってきたことや、やり続けてきたことの全てが、正しいものではないことも重々理解をしているつもりだ。 だけどそれらは、決して間違ってもいなかったのだなとも思えて、人間的なつながりに感謝してしまう日々。その輪がここまで大きくなり、そしてここからも更に大きくなっていくはずだ。 だから、続けられるだけ続けよう。昔ある人に言われた言葉。「『継続は力なり』とか言うがあれは嘘や。ほんまは『共に継続する仲間がいることは力なり』なんや」。これ、まさに本質。 ※ステッカーはイバのところにも若干あるので、もし手に入らなかった方は、スタジアムやお店などで見かけたときに声をかけてください。人と人のつながりから何かが始まりますよね。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP